臓物ぶちまけて死にかけの侍を勇者として召喚してしまった件について   作:トロ

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※残酷グロ描写有りなので注意


第十三話『異教徒を、正す』

 

 

 

――まぁ、こんなものかの。

 

 グッと一息でグラスの中身を呑み終えた宗司は、同じく対面で酒を飲み干したナイルへ気楽な笑みを浮かべた。

 互いにテーブルを挟んだ間合いで、僅かだが隣で観察したナイルの実力を考えられる最悪を想定した場合の決着の形。両者即死で終わるだろうなぁと考えている宗司は、粘性を帯びた濁流の如き殺気を叩きつけてくるナイルの全身を改めて観察する。

 まぁ想像するのはただだからいいだろう。何せ相手は極上の極上なのだ。宗司は不敵に笑うナイルを見てそう思った。

 露出している外見に騙されがちだが、ほぼ全身を包む修道服の内側は鍛え上げられており、単純な身体能力だけならば宗司を遥かに凌ぐことだろう。

 女神のような笑みを浮かべながら、文字通り指先一つで生物を抹殺出来るナイルの力を感じて、宗司は沸き上がる歓喜を抑えるのに苦労した。

 さて、どう出るべきか。

 戦うか、戦わぬか。

 今はまだとそう告げたが。

 しかして相手は二度と出会えぬかもしれない極上の強者。

 今はまだ、だと?

 いや、戦った方が楽しいだろう。

 後はまぁ、なるようになればいい。

 全身を包むナイルの殺気に呼応して、宗司は邪悪に笑みを象る。そして、最早この場に人が居ることも忘れ、腰の刀に手を伸ばし――。

 

「やだ、濡れちゃった」

 

 火照った頬の熱を冷ますようにナイルは唇から熱い吐息を漏らし、情欲に塗れた視線を宗司へと向けた。

 

「あ?」

 

 殺意から一転、男女問わずに劣情を誘うようなナイルの仕草と視線の熱さに宗司が目を丸くさせる。

 そうしている間に、ナイルは吐息を荒げ頬を紅潮させ、歓喜で震える己の身体を両腕で抱き締めて必至に抑え込んでいた。

 目には色に狂った情婦の如き熱がこもっており、見つめられるだけでそのまましゃぶりつきたくなるような眼差しが宗司に向けられた。

 直接向けられていないにも関わらず、男女問わずに周囲の人間が魅せられる程の色香。

 それを冷静に見抜いた宗司は、だからこそ混乱のあまり己が目を疑った。

 

 ――こいつ、もしや……。

 

「ここで発情……!?」

 

 色んな意味で戦慄する宗司の言葉を受けて、とうとう体を抑えることが出来なくなったナイルが、口から唾液を滴らせながら欲望をぶちまけた。

 

「いい! 素晴らしい! 何て素敵なのでしょう! ふふふ、やはり貴方は私が思っていた通りの逸材でした。惜しむとすれば想像していた美しき乙女ではなく男であったことでしょうが、まぁこの際貴方が連れてきた雄々しい乙女と可憐な乙女が居るので問題はないでしょうし、貴方もよく見れば線が細く女性的な雰囲気がすると言えばするので見方を変えればまるで! まるで、問題がない!」

 

「お、おい?」

 

「何より、貴方から放たれる殺気の美しさ! まるで処女の血が如く芳醇な香り! 絶妙なスメルぅ! ふふふ、あまりにも香るものだから、不覚にも股ぐらがちょっと濡れてしまいましたが全くどうしてくれるんですかね、んふふふ、うふふふふー!」

 

「お……おう、それはすまぬ」

 

 何だ。

 何だ、これは。

 毒気を抜かれたというよりも、別な毒気で上書きされたと言ったほうがいいか。周囲の者は男女問わずに扇情的に頬を染めて吐息熱く興奮しているナイルを見て頬を染めているが、宗司からすればただの変態の痴態を見せられて困っていた。

 若干、その姿に引いていた。

 何せ、殺気を浴びて喜悦を出すどころか、性的興奮を覚えて発情して、しかも勝手に突き抜けているのである。

 白状すると、ドン引きであった。

 

「いえいえ、お気になさらず! しかし思った通り、いや、思った以上の混沌と出会えたこの奇跡! やはり我が偉大なる神、黒の英知、無貌の三つ目たるにゃるの導きに感謝せねば!」

 

 だが目を爛々と輝かせ、手を組んで祈りを捧げるナイルは宗司の評価などまるで気付いていない。興奮のあまり周囲の目もお構いなしと言った様子だ。

 

「……まぁ、見ていて飽きぬがな」

 

 どうやら、珍妙な女子に俺は縁があるらしい。

 飽きることなく延々とにゃると呼ばれる神の名を呼び、祈り続けるナイルの姿を見ながら、宗司は運ばれてきた料理を食べ始めるのであった。

 

「にゃるよ! 貴方の導きにこのナイル、感謝感激であります!」

 

「ったく、せめてうるさいのは……む、本当に美味いな」

 

 どうやら、長い休日になりそうだ。

 一人、盛り上がるナイルを出来るだけ視界に入れないように心がけながら、宗司はそんなことを思って小さく溜息をつくのであった。

 

 

 

 

 

 当然と言うべきか、白昼堂々と痴態を晒したナイルのせいで料理に集中できるはずも無く、宗司はさっさと料理を食べ終えると、己の痴態に羞恥で顔を染めて俯いたまま黙り込んでいたナイルを連れて、逃げるように外へと出て行った。

 

「すみません……」

 

「いや……」

 

「でも、ソォジさんが魅力的なのもいけないのですからね? あれ程濃厚な殺気を受けて興奮しない女の子なんていないのですから」

 

 殺気で発情する女はいないし、そもそもお主は女の子などという可愛らしい存在でも、年齢でもないだろうが。

 ナイルのぼやきにそう突っ込みを入れようとして、喉元まで出てきた言葉を無理矢理飲み干す。

 

「……ともかく、おかげでろくに話が出来んかったのだ。やるにしろ、話すにしろ、どうやら俺とお主では人が多いところはいけぬらしいな」

 

「では、一度街の外に出ましょうか? 食べられなかった食事の方は露店で買って、お外で食べればよいですし。ふふ、今日は良い天気ですから、日の下で食事をとるのも一興です」

 

「まっ、その意見には同感だな。食えなかったのはお主の責任だが」

 

「意外に根に持つほうですか?」

 

「罪の在処を明確にしてるだけだよ」

 

 話が決まれば行動は迅速に。

 目についた露店で適当な物を幾つか購入した二人は、そのままラインの大通りを抜けて脇道より奥へと入っていった。

 先程は日の下で食べるのもいいだろうと言いながら、入ったのは日が届かない路地裏というのに些か思うところもあるが、先頭を歩くナイルにいざなわれるがまま宗司はその背中を追っていく。

 

「さて、ここら辺でよろしいですかね」

 

 立ち止まった二人が辿り着いたのは、細い路地を抜けた小さな広場だった。大通りの賑やかさとは裏腹に、そこは随分と前から人の手入れが入っていないのだろう。荒れ果てた状態で放置され、見渡せば幾人かの浮浪者が座り込んでいるのが見えた。

 

「光の指す闇、とでも言いましょうか。どんなに賑やかな街でも、光の届かぬ、いや、光が強ければ強い程、このような闇が浮き彫りになるというものです」

 

「お主としてはそんな現状が嘆かわしいとでも?」

 

「まさか」

 

 宗司の野次にナイルは淡々と返事した。

 

「我が神の望むのが混沌ならば、光と闇の混ざったこの街は、まぁ及第点をあげてもよいです。個人的にはもう少し殺伐としている方が好みなのですが……それも、ソォジさんのおかげで上手く導くことが出来るでしょう」

 

「俺のおかげとな……あぁ、そういうことか」

 

 その後の発情で忘れていたが、そうなる直前に自分が王都を崩壊させた犯人だとナイルが当たりを付けていると言っていたことを宗司は思い出した。

 

「えぇ、ですが私の予想は、結果は当たっているでしょうが、過程の部分は外れてしまいました」

 

「というと?」

 

「当初、情報を仕入れ現地を見たときは、おそらく邪神の眷属になることに憤った私の同胞がその力を利用してその場に居た者を虐殺し、次いでに力の全てを王都目掛けて放ったのではないかと思いました」

 

「それは酔狂だの」

 

「ですが、聖剣を所有する貴方を遠目で見かけた時、それは違うのだと確信しました」

 

 ナイルは語りながら途中で購入した安物の布を広場の隅に綺麗に広げると、ゆっくりと腰を下ろした。

 足を揃えて座るナイルの前に立つ宗司は、こちらを見上げてくるその瞳を真っ向から見返す。邪悪に淀んだ瞳が怪しく輝く様が、どうしようもないくらい宗司の闘争本能を擽った。

 

「ソォジさん、貴方、聖剣の勇者を下しましたね」

 

 問いかけのようで、それは断言であった。

 

「あぁ、俺が聖剣とやらを……正確には聖剣を使っている奴を斬り伏せた」

 

 応じる宗司の方も躊躇うことなく素直に答える。

 疑問は幾つかあるのは事実だ。

 どうやって聖剣と自分の戦いを察したのか。そもそも聖剣の存在を何故知っているのか。そしてどうやってこの短期間で自分達を発見出来たのか。

 それら一切の疑問をあえて放置して、宗司は堂々と答えた。

 そんな宗司の振舞に、ナイルは見惚れるくらいの笑顔で返した。

 

「ありがとうございます。自分で言うのも変な話ですが、私のような胡散臭い人間のお話に正直に答えてくれるとは思っていませんでした」

 

「気にするな。そもそも俺が聖剣を下したことも、その結果起きた惨劇のことも、別に隠すつもりなどなかったからな。勿論、むやみやたらと風潮するつもりもなかったが」

 

 肩を竦めつつ、宗司もナイルの隣に座って、露店で買った串焼きの一つを取り出して頬張った。

 塩だけの味付けだが中々に美味い。確か無駄に長い名前の肉だったよなぁと記憶をたどっていると、隣のナイルが肩を震わして笑みを堪えていた。

 

「何か可笑しいかの?」

 

「そういうわけではないですが……ふふ、まぁこの話は置いておきましょう。それよりも、いつまでも公平ではないのは失礼ですし、どうして貴方という答えに私が辿り着いたのか、そのことについて話しましょう」

 

 ナイルはそう言うと、おもむろに己の胸に掌を乗せた。

 

「むっ?」

 

 宗司は胸に乗せられたナイルの掌から淡い輝きが漏れ出した。

 それは徐々に輝きを増していき、目を細める程の輝きになった時、ナイルはその光を掴みとって一気に引き抜いた。

 

「おぉ」

 

 奇術を見た時のような驚きに目を丸くする宗司の視線は、頭上に掲げられたナイルの掌に握られている一本の槍へ注がれた。

 美しい金色の紋様が刻まれた白色の槍は、その矛先まで純白だ。穢れなきその槍は、平服したくなるような神々しさすら感じる。現に広場にいた浮浪者の全員が、遠目からでもわかる槍の美しさに言葉を失い、静かに頭を垂れている。

 

「聖槍ジムと言います。ソォジさんが持つ冗談みたいな名前の聖剣、チートを律するために我が神が私を呼ぶための媒体として遣わした聖遺物です」

 

「……ちぃとを律する?」

 

「はい。細かい説明は省きますが、このジムはチートの在る場所を即座に見つけ、さらにはチートの機能を外部から完全に掌握、そして所有者から使用権限をはく奪することが出来ます」

 

「ややこしいのぉ」

 

「つまり、貴方の持つ聖剣の力はこのジムの前では無力ということです」

 

「そうか、それは凄い」

 

「あまり驚かないのですね」

 

「まぁ、便利ではあるが、移動手段としては便利過ぎて使う気になれんし、傷薬にしては無駄にでかくてかさばる。そもそも、あれを持つと俺が俺では無くなるようで好きではないのだ……今のお主みたいにな」

 

「……気付いていましたか」

 

 宗司の指摘を受けてナイルは肩を竦めると、召喚したジムをゴミでも放るように虚空へ投げ捨てた。

 そのまま地面に落下するように見えたジムは、淡い光に包まれると地面に触れるより早く粒子となって消え去る。その残光を目で追いながら、ナイルはつまらなそうに唇をすぼめた。

 

「我が神も、気まぐれが過ぎるというものです。貴方の言う通り、移動手段としてや治療代わりとしては最適ですが……弱くなるのが唯一の難点でしょうか。いえ、それもまた偉大なるにゃるの命であればこそ納得は出来ますが」

 

 そう言いつつも内心の不満はあるのだろう。あからさまに不機嫌な様子を見せるナイルの横顔を見て、宗司は小さく口許を緩めた。

 

「ったく、仏のように見せかけて、一転して殺人鬼かと思えば色魔と来て、そして今は童の如き振舞を見せる。果たしてどれがお主の本質なのかの」

 

「そんなの、どれも私ですわ」

 

「どれも本質だと?」

 

「我が神と同じく、私も無数の貌を持っているのです。まぁ、女性なんて殆ど全員幾つもの貌を持っているものでしょうが……」

 

 子どもが拗ねたような様子から一転、仮面を付け替えるように笑みを浮かべたナイルは、下から覗きこむように宗司の顔を見た。

 

「むしろ私は、貴方の本質の方が気になります」

 

「お主程楽しいものではないよ」

 

「ですが、ここでは珍しい服装に剣を携えていますよね……まるで、この世界の人間には思えないくらいに」

 

「ないる殿?」

 

「ねぇソォジさん。貴方は、魔術を使えますか?」

 

 意味深なナイルの言葉に宗司が眉をひそめるのも束の間、ナイルが矢継ぎ早に重ねた言葉に宗司は苦笑した。

 

「生憎と、俺は魔術とやらに縁がない生活をしていてな。出来ることは棒振り程度の寂しい男よ……だが、これで負けるつもりはないがな」

 

 別に隠すことでもないだろう。含みを持たせたナイルの言葉に素直な答えを返した。

 己を卑下するようで、宗司の言葉には自信が満ち溢れている。重ねた修羅場の数で得られた力を疑うこともしないその言葉と、曇りなき瞳。

 

「本当に、意地悪な人」

 

 その素直さに何を思ったのか、笑みをより深くしたナイルは体ごと宗司のほうへと詰め寄った。

 互いの瞳に反射する己の顔が分かる程の至近距離。少しでも詰めれば口づけが出来そうだが、宗司は一切動じることなく、小首を傾げて甘く熱い吐息を漏らすナイルを見た。

 

「お主、やはり本質は色情魔か何かか?」

 

「いいえ……いや、そうですね」

 

「ん?」

 

「先程はあぁ言いましたが……えぇ、私の本質はきっと只一つ。混沌の戒律ですら制御しきれない――」

 

 その言葉の続きを告げる直前、宗司とナイルは示し合わせたようにその場から飛び退いと、二人の居た場所に錆びついた剣が振り下ろされた。

 見れば、先程からこちらを遠巻きに見ていた浮浪者の一人が血走った眼差しで宗司とナイルを見つめている。

 

「どうやら長く話しすぎたみたいですね」

 

「というよりも、でかい餌を見せびらかしたせいだろうよ」

 

 広場の中央まで引いた二人は背中合わせに立つと、周囲に目を走らせた。

 

「クソ! 絶対に逃がすんじゃねぇぞ!」

 

「わ、悪く思うなよ。金目の物を見せびらかすお前らが悪いんだ」

 

「へへ、お、女、柔らかそうな、女だ……!」

 

 その周囲を取り囲むのは浮浪者の群れだ。どうやら周りから金の匂いでも嗅ぎつけたのか、当初居た人数よりも数が随分と増えている。そしてそれぞれがただの木材から先程のように錆びついた片手剣、木の先端に石を付けた即席の槍などなど、多種多様の武器をもって宗司達に狙いを定めていた。

 見慣れぬ服装と剣、刀を持つ宗司と、絶世の美女であり聖槍ジムという素人でもわかる程希少な武器を持つナイル。浮浪者から見ればまさに鴨が葱を背負って来たように見えたことだろう。

 

 だが、その考えは誤りだ。

 

「興は乗らんが……火の粉とあれば払うまでだな」

 

 目先の欲に目が眩み戦力差を理解出来ない浮浪者と言えど、戦うつもりであれば宗司は一切の容赦をしない。

 さっさと斬り捨ててしまおうか。

 周囲を見渡し、一瞬で決着するだろうと判断した宗司は静かに刀へと手をかけて、その手にナイルの掌が重ねられた。

 

「ないる殿?」

 

「混沌とはつまり公平で平等ということでもあります」

 

 宗司の動きを制したナイルは、振り向きざまに宗司へと笑いかけて一歩踏み出した。

 瞬間、ナイルを中心にして発生した冷気の如き殺気に反応した浮浪者達が、本能的にナイルを中心とした円陣を組む。

 

「今日は私ばかりがソォジさんのことを聞きすぎました」

 

 宗司はナイルからみなぎる殺気が、浮浪者が絶望的な戦力差に気付かぬ程度に抑えられていることに瞬時に気付く。そんな宗司の視線に背筋を震わせながら、ナイルは友を抱きしめるかのようにその両手を広げた。

 

「ならばその分、ソォジさんには私のことを知ってもらう必要があるのです!」

 

「……いや、まぁ結構アレなところまで知ったというか知らされたというか――」

 

「あるのです!」

 

「お、おう」

 

 有無を言わさぬナイルの言葉に、宗司は何を言っても無駄かと悟って数歩分距離をとった。

 

「では、俺が教えた分のお主を……見せてもらうよ、ないる殿」

 

「えぇ、たっぷりと――」

 

「いただきぃぃぃぃ!」

 

 ナイルが言い終わる前に、宗司の背後に居た浮浪者の一人が宗司目掛けて飛び出した。

 落ちぶれても異世界の住人とでも言うべきか。強化の魔術が使えなくとも、宗司が居た世界の人間よりも数段高い身体能力の疾走はそれなりの速度だ。

 だが宗司は振り返るどころか指一本すら動かさない。

 その視線は真っ直ぐに。

 

 一瞬にして邪悪に歪んだ表情を浮かべるナイルへと向けられていた。

 

 そして、惨劇は始まる。

 

「ぐご!?」

 

「たっぷりと、私を堪能してください」

 

 いつの間にか宗司の隣まで踏み込んだナイルの右手が、木を削っただけの木刀を振りかざした状態で止まってしまった浮浪者の腹部に突き立っていた。

 一体、どのような力が働いているというのか。手首まで深々と突き刺さった右手をナイルはおもむろにぐりぐりと回すと、何が起こったのか理解できていない浮浪者に笑みを一つ。

 

「貴方も、ね?」

 

 一気に右手を引き抜けば、その手に握り締められた腸が勢いよく引きずり出された。

 

「うぇ!?」

 

「共に、神へ祈りを捧げましょう」

 

 痛みよりも驚愕が先に来た浮浪者の見つめる先、空いている左手で木刀を弾いたナイルは、得物を手放したその両手に右手の腸を走らせて器用に拘束してみせた。

 己の腸で拘束されているという事実に目をつむれば、胸の前で手を組むその姿はさながら、祈りの姿勢に見えるだろう。

 だが当然、周囲の人間がその姿を見て思ったのは、人間という物体を使ったおぞましい造形物、悪魔への供物そのものであった。

 

「え、ぅ、え? お、おれの、これ、おれの?」

 

「素晴らしい。とっても可愛いわ」

 

「おれのちょうで、むすんでる?」

 

「そう、とっても素敵な腸結びね。では、神へ膝を折りなさい」

 

 ナイルはそういうと、体を一切揺らすことなく右足で浮浪者の膝を薙ぎ払った。

 すると、未だ当惑から抜け出せていない浮浪者の膝が本来なら折れない方向へと折れ曲がり、ナイルが言った通りに祈りを捧げる殉教者が『文字通り膝を折る姿勢となる』。

 だがその時には事実を理解した浮浪者は、知覚した激痛に耐えかねて、この世の終わりを見たような表情を浮かべたまま絶命していた。

 まさに悪魔の所業。一瞬にして人間が人間ではなくなる工程を見せつけられ、冷静でいられる人間など殆ど存在するわけがない。

 唯一、冷静でいた宗司は、その一連の行動に魔術は一切使用されていないことを見抜いていた。その残虐性には眉をひそめるが、手慣れた様子で人間を『解体する』その手腕は、予想した通りの力をナイルが持っているのだと宗司に確信させた。

 

「……あぁ、また一人、哀れな子羊に真実の信仰への気付きを与えることが出来ました。さぁ先に神の御許に行き、混沌の堝で絶望と幸福に酔いしれなさい」

 

 ナイルは悶死した浮浪者の顔を見て恍惚としていた。心の底から自分が素晴らしいことをしたのだと信じて疑わないその瞳こそ、狂信者たるものの証。

 無数とある貌の中、唯一無二の真実。

 黒を信仰する混沌の使徒よ。

 

「ひ、ぁ」

 

「う、うぅぅ」

 

「なんだよ……なんだよこれぇ!?」

 

 その全てを見て、ようやく浮浪者達の濁った眼もナイルという規格外の持つ狂気と、それに見合った破格の力を理解した。

 だがしかし、気付いた時にはもう遅い。

 ぎょろりと周囲を見つめたナイルの視線。そこに込められた邪悪な殺気によって、彼らの足は地面と一体化したかのように動かなくなってしまった。

 最早、彼らに出来ることはただ一つ。

 神へ救いを求めることだけ。

 

「助けて、クトゥア様……」

 

 この地獄から我らを救いたまえ。

 その場に居た誰もが抱いている祈りを代弁した一言が、ナイルの耳を打った。

 

「あ?」

 

 瞬間、ナイルの顔から笑みが失われる。

 宗司と共に居た間に見せていた笑顔はそこにはなかった。

 

「今、何て言った?」

 

 あるのは純然たる殺意のみ。

 その殺気によって、金縛りで動けないはずだった浮浪者達の全身が恐怖によって震えだした。

 笑顔の仮面は剥がれ、そこから覗きこむのは混沌とした殺意。

 その殺意を見た宗司だけが、その場で唯一歪なまでの笑みを浮かべていた。

 

「クトゥア? 何ですかそれ、違うでしょそれ、ありえないでしょそれ。今この場に在るのは邪神などへの信仰ではなく、混沌を是とする唯一無二の神、黒の英知にゃるですよね? そんなのも分からないのですか? そんなことも理解していないのですか? ふざけるな、ふざけるなふざけるなよ! 優しくしてやれば付けあがってぇ! 汚い見た目通りに脳髄から精子の一粒まで腐りきった異教徒だとぉぉ!?」

 

 殺意に飲まれたナイルは髪を振り乱して絶叫する。その姿は絶世の美女であることを考慮しても、見るに堪えぬ気持ち悪さと邪悪に満ち満ちていた。

 

「優しく逝けると思うなよ異教徒共! お前達に与えられるのは恐怖と苦痛を超越した究極の邪だ! 我が神の怒りを思い知れ! 我が神へ行った侮辱を後悔しろ! お前らは大いなる黒に抱かれるまでもなく! 我が手によって人類としての尊厳を徹底的に奪い去り! 死ぬことが人生最大の幸福だったと思えるような地獄を直接味あわせてあげるからさぁぁぁぁ!」

 

 瞳孔の開ききった眼をぎょろぎょろと周囲に向けながら、憤怒の限りを込めた二つの拳を強く形作る。

 地獄ですら生温い。

 異教徒に与えるのは、死も許さない最悪のみ。

 だがそれも束の間、突如動きを止めたナイルは、晴れやかな笑顔を浮かべて空を仰いだ。その瞳は何もない虚空に向けられている。

 しかし、ナイルの瞳は確かにその姿を捉えていた。

 

「お! おぉ! なんという、なんという慈悲! えぇ! えぇ! 分かります! 分かりますよぉ! 救いを与えるのですね! 真なる救済を授けるのですね! 慈悲! これが混沌の慈悲! 今、私の頭に直接、我が神が貴方達を救済せよとお告げを! おぉ! おぉぉぉぉ! 来た来た来た来た来たぁぁぁぁぁ!」

 

 声高らかに叫ぶナイルは既に正気ではない。

 これこそ混沌。人間が持つ根源の最悪であり、そして、只人では自覚することも出来ぬ異常の在り方。

 信仰という狂気。

 その混沌を、神の代行とする修羅外道よ。

 

「神が今! 私に語り掛けてくれました!」

 

 ナイル・アジフ。

 混沌を信仰する、恐るべき狂信者による小さなミサは開かれる。

 

「私のこの手で! 貴方達を救ってみせよと! 神がぁぁぁぁぁ! 言っているぅぅぅぅぅ!」

 

 救いという名の一方的な殺戮は、哀れなる子羊達がその手によって食らいつくされ、その断末魔が途絶えるまで続く。

 そして地獄が始まった。

 人間が解体されていく。

 

「ひぃ! く、来るなぁぁぁぁ!!??」

 

「静粛に。ただ、祈りなさい」

 

 まず動けなくなった男に歩み寄ったナイルは、先程と同じく浮浪者の腹から幾つかの臓腑を奪った。その異常に絶叫をあげようとした口に彼の臓腑を突っ込んで口を抑える。

 

「うわぁぁぁぁ!!」

 

「ふふ、元気ですね。えぇ、骨も太くて意外に健康みたい」

 

 そして続いて逃げ出そうとした男が突如倒れた。どういうことかと振り返った男は、笑顔を浮かべるナイルの手に掴まれたいくつかの白い骨と、ぐにゃぐにゃになった自分の両手両足を見て絶望の表情を浮かべた。

 

「あひひ、夢だ。これは夢に違いない。ふへ、へへへへ」

 

 その光景を見た男の一人が表情を歪めて狂ったように笑いだした。だがナイルは安易な発狂を許さない。悶えるだけの二人は放置し、そのこめかみをゾプリと指で貫いた。

 

「あひゃひゃ、ひひゃひゃ――痛ぃぃぃ!!?? た、たすけてぇぇぇぇ!!??」

 

「駄目ですよ。ちゃあんと神へ祈らないと、ね?」

 

 懇願などは届かない。

 救いなども存在しない。

 狂っても正気に戻される。

 あるのは只一つの現実のみ。

 ナイル・アジフが飽きるまで玩具とされる最悪の現実。

 

「さぁ救済に抱かれなさい! 我が神は、貴方達の絶叫を供物として受け入れると決めました! つまりぃぃぃぃぃ!!」

 

 ――永遠に死に続けろよ、異教徒共。

 

 絶叫は続く。

 死を乞うても許されない。

 路地裏の広場は今、狂信者を主役とした狂気の舞台へとなったのだった。

 

 

 

 

 




次回、名。

例のアレ

ナイル式精神分析
脳髄をくちゅくちゅして正気に戻します。
これで一時的狂気も安心だね!
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