臓物ぶちまけて死にかけの侍を勇者として召喚してしまった件について 作:トロ
「とまぁそういう流れで、今日よりこいつも共に行動することになった」
チンピラに絡まれていた修道女とご飯を食べに行ったら発情されて、場所を移して浮浪者を葬りました。
「まぁ、分かっていたというか……うん、知ってた」
話を聞いても特に驚くことも無ければ、ちょっとだけ納得している自分に言いようのないやるせなさを覚える。だが一々驚くのも阿保らしいので、宗司の先日の行動を簡潔に聞いたクロナは、疲労混じりの溜息を吐き出すだけに終わった。
「初めまして。私はナイル・アジフ。偉大なるにゃるに仕える者です」
「……私はクロナ・クロルキスだ。こちらこそ、よろしく頼むアジフ。」
自由行動の翌日、宗司が昨日言っていた通り、朝早くから街の入り口で集まったクロナは、遅れてやってきた宗司の隣に立つ美貌の修道女、ナイル・アジフを見てそう呟いた。
見た目はまるで問題ない。いや、絶世の美女であるというのはそれだけで驚きであり、異世界が産んだ人斬りマシーンである宗司が連れてくるというのはそれだけで異常と言えば異常である。
しかしクロナの武芸者としての長年の勘は、この女性――ナイル・アジフが見た通りの只の美女ではないと警告を発していた。
だがそんなクロナとは対照的に、メイルは警戒心などまるで見せずにナイルに近寄って会釈した。
「初めましてアジフさん! 私、メイル・リンクキャットって言います!」
「これはご丁寧にどうもありがとうございます。さて……」
笑顔のメイルと未だ警戒の強いクロナを見比べて、ナイルは恭しく一礼を返す。
「かしこまらずに、私のことはナイルで良いですよお二方。その代わりというのも失礼でしょうが、私もメイルちゃん、クロナさんと呼びますから」
「えへへー、ちゃん付けで呼ばれるの初めてです」
「そうなのかしら? うふふ、嬉しいわ。メイルちゃんの初めて、私が貰ったのね。ちょっと申し訳ないくらい」
「そんなことないですよー。アジフ……ナイルさんみたいな人にそう呼ばれると、お姉ちゃんが出来たみたいで嬉しいです」
「うふふ、でしたら私のことはナイルお姉ちゃんと呼んでも構わないのですよ?」
「えへへ、でもそう言われちゃうとちょっと恥ずかしいです」
「そう? 恥ずかしさなんて気にすることなんてないのに。そうだわ! 折角知り合えたのですし、今夜はクロナさんも誘って三人でねっちょりぐっちょり、共に混沌の渦へ……ふふふ、くひ、ふふふ」
「どうかしました?」
「どうにかしそうなだけだから心配しないで。うふふ……くひ」
だんだんと危ない方向に二人の会話は進んでいく。だがナイルの毒牙に全く気付かないメイルは、意味深な笑みを浮かべるナイルの顔を見て首をかしげるばかりだ。
というか、さりげなく私にまでアプローチかけてこないでくれないかなぁ。
すんなりと打ち解けあったメイルとナイルから一歩離れたところで、クロナはちらちらとこちらを伺うナイルに愛想笑いを浮かべながら、宗司の隣に立った。
「で?」
「言ったろ? 飯食って少しばかり武を見せ合って意気投合したと」
「短い、詳しく話せ」
「阿吽とはいかんかの?」
「あぁ?」
「……うん、分かった分かった。ちゃんと話す。だからそう怖い顔するな」
真上からぎょろりと目を剥いて宗司を見下ろすクロナの威圧感に押されたわけではないが、いい加減我儘が過ぎているのは何となくわかっている宗司だったので、肩を竦めつつも昨日のことについて話し始めた。
「別に先程語ったことに付け足すことは殆どないぞ? あの気性故、少々面倒な女子だが、根っこの部分で意気投合してな。あれよあれよと酒と飯が進み、気付けば一晩ともにすごしたというわけだ。あぁ、無論色のある話ではないぞ?」
「それは分かった。でもどうして彼女が私達の旅に同伴するような空気になっているんだい?」
「あぁ単純な話でな。ないる殿は聖剣の存在を感づいて俺達を追っていたらしい」
さりげなく言った宗司の言葉だが、聖剣の存在を知っているという言葉はクロナには聞き捨てならないことであった。
「何? では、王国側の追手ということなのか?」
「いえ、それは誤解があります」
いつの間にかメイルを胸元に抱きかかえたナイルが、警戒心をさらに強めるクロナと、のほほんとした宗司の間に割って入ってきた。その体から滲み出る雰囲気は決して温和なものではなく、見る者が震え上がるような歪んだ喜悦を湛えている。
「私は王国側の追手として断罪しに来たのではなく、むしろソォジ様が行った悪行を称えに来たのですよ」
「悪行を、称えに、だと?」
「えぇ、だって……この国は、平和すぎますわ」
そう言って笑うナイルの目に真正面から見据えられたクロナは、全身から溢れだす冷や汗を止められなかった。
彼女はあくまで自然体だ。だが笑みの種類を全く変えることなく、纏う空気を変質させるだけで印象を真逆にさせるナイルのそれは、クロナをして怖気を感じずにはいられなかった。
「何、を……」
「何て平和なのかしら。これではおかしいと思いません? えぇ、きっとおかしいです。だって世界の全ては混沌のままに。我が神は平和もましてや惨劇だけの世界も認めない。善悪合わさり混沌とした世界。善性の停滞も悪行の停滞もいらない。常に人を渦巻く善悪の混沌こそ我が教義我が使命。おぉ偉大なる神黒の英知真なる混沌無貌の君、全てはにゃるの望むがまま我が身命はひたすら黒に、神よ、神よ、偉大なる神よ!」
「こいつ、は……」
瞳だけをぎょろぎょろと動かしつつ、別人になったかのように何かを口走るナイルの目は既にクロナを見ていない。
それは最早、敬虔な信者の姿とは程遠い。
盲信。
否、狂信。
神に仕える、それだけの化け物がそこには立っていた。
「な? 面白いだろ」
戦慄するクロナを軽く小突いて、宗司はナイルの奇行を見ながら喉を鳴らした。
「……成程、君と意気投合するわけだ」
メイルを抱きしめてぶつぶつと狂ったように何事かを呟くナイルの姿は、あまり言葉を重ねない宗司とは違ったように見える。
だが、宗司が言ったようにこの二人は根っこが似ているのだ。その一片を垣間見て、恐怖を覚えるのは人間らしい感情だろう。
少なくとも自分はナイルの奇行を笑って見ていられる宗司や、ナイルの胸元でむず痒そうにしているだけのメイルのようにはなれない。
だからこそ、自分はこの連中と共に居るべきなのかもしれない。ぼんやりとはしているが、覚悟とも取れる何かをクロナが胸に刻んでいると、正気を取り戻したナイルが軽く両手を合わせた。
「さて、ご挨拶もお済になったところで早速行くとしましょう!」
「そのことだが……ナイルはこれから私達が行く場所について知っているのか?」
「えぇ、確かここよりさらに北の樹海を越えて、そこに廃棄されているという転移パスを使用するのですよね? 先日、ソォジさんから明日の予定は聞いておきました」
「そういうことだ。安心しろくろな殿」
「……うん、そうした説明をどうして私の時だけ省くのかは気になるけど、それならいいんだ」
それを信頼と取るか。単純に面倒くさいと思っているだけなのか。
きっと後者だろう。
それでも今後のことを思えば、宗司の大雑把なところについては色々話し合うべきだろう。恨みがましい視線を宗司に向けるが、やはり全く動じることのない背中を見て、クロナは投げやり気味に肩をがっくりと落とすのであった。
―
メビウス王国と他国を隔てる、雲を貫く巨大な山脈、アポロン。人の手が殆ど入っていないこの巨大山脈には、依然の魔王復活の際に放たれた魔獣の子孫が無数と存在している。さらに尤も小さなもので全長五千メートルを超える山の過酷な環境は、放たれた魔獣を長い年月を経させて進化させており、一般人は知らないことだが、危険な魔獣だと現在人間界に進行している魔族の力を超える個体も存在する。
当然、全体的な能力の平均も高く、アポロン山脈に居る魔獣を適当に一匹連れてくるだけで、鍛えられた兵士の一個小隊を容易く葬れる程だ。
それほど危険な魔獣が多数存在しながら、何故これまで周辺国家への被害が報告されてこなかった理由は大きく分けて二つある。
まずはメビウス王国の外、アポロン山脈の北方にある国家群だが、こちらは単純にアポロン山脈と北の国家群の間の大地の実りが少ないということにある。それでも数年に一度はアポロン山脈より魔獣が下りてくるがあり、その都度、異変を察した国が兵士を派遣することで対処していた。
それも生存競争に敗北し、仕方なく北方に下りた魔獣なので、戦闘力などはアポロン山脈内でも下の方にあたる。だがそれでも毎回多数の負傷者や死者が出ている。数年に一度とはいえ危険な任務であり、現在、魔王復活による魔族の進行のせいもあってか、アポロン山脈より下りてくる魔獣は頭の痛い悩みであった。
だがそれでも北の国家群は楽なほうであることを知っている人間はそう多くない。大多数はメビウス王国側には魔獣が下りてきていないと考えているのだが、実際はまるで違うものだ。
アポロン山脈の恐ろしい魔獣は、北とは違い年に幾度もメビウス王国側に降りてきている。
その最たる理由が、広大な大樹海、ガイアであった。
過酷な環境出るアポロン山脈とは違い、豊富な自然に満ち溢れており、魔獣達はその自然を食って生きているのだ。
その中には当然、さらなる食料を求めて南下してくる個体も少なくはない。しかし、メビウス王国にはこれまで、魔獣による甚大なる被害が起きたという報告は一切無かった。
何故なら、南下してくる魔獣は、それがどんなに強くあろうとも、決してある一定のラインを超えたことが無いからだ。
ガイア大樹海。アポロン山脈とメビウス王国を分けるようにして広がっているこの樹海にて、魔獣の進軍を人知れず阻止している者達。
それが、商人達が蛮族として恐れる森の守護者。古の時代、メビウス王国と盟約を交わした原住民族カリス。
前回の魔王戦争より今に至るまで、大樹海に入ってきた人間を問答無用で葬ってきた彼らの正体を知る者は少ない。何せ、カリスという部族名すら、知っている人間は殆ど居ないくらいなのだ。
謎に包まれた部族、カリス。だが、彼らが居るからこそ魔獣の脅威からメビウス王国は今日までの平和を保つことが出来ていた。
つまり、メビウス王国が魔獣の被害を受けない理由は単純明快。
圧倒的な力を誇るアポロン山脈の魔獣も、彼らにとっては狩猟対象でしかないということに他ならない。
魔族に匹敵する力を誇る魔獣を狩猟して生きている戦闘民族達。宗司達が今から行く場所とは、そんな恐ろしい者や魔獣が大量にいる危険な場所なのである。
だがその最悪な事実を、箱入り娘であったメイルや、そもそもメビウス王国とは無縁だったクロナ、何より異世界から来たばかりの宗司とナイルがそこまで深く知っているわけがなかった。
「しかし、らいんを出たらすぐにでも大樹海とやらが見えると思っておったのだが、そうでもないのだな」
ラインの街を出て暫く、既に街の影すら見えなくなってきた宗司は、街を出てからずっと見えていたアポロン山脈の威容を眺めながらそんなことを呟いた。
一応道は整備されているものの、ラインから大樹海を繋ぐ道はこれまで歩いてきた道に比べて随分と酷いものだ。時折道そのものが緑に飲まれて消えている部分もあり、今歩いているところも殆ど獣道に近い。
「これでも大樹海とやらではないのだろう?」
宗司の何度目になるかわからない質問にメイルは取り出した地図を見ながら頷いた。
「地図的にも距離はまだありますし、屋敷の授業で見せてもらった大樹海の写真ともここら辺の光景は違いますから、まだだと思いますよ。ここはまだ大樹海手前の小さな丘が幾つも在るコースですから」
「先は長いということかの」
「そうでもないですよ。この調子なら夕刻には大樹海のところまで行けるはずです」
「やはり先は長いではないか……まぁそういうことならのんびり行こう。お主も疲れたら遠慮なく言うのだぞ」
「分かりました、ソウジさん」
朝早くから街を出ていき、現在はまだ太陽が頂点にようやく来たところである。ここからさらに数時間以上もこの獣道を歩くかと思うと、放浪の旅をしてきた宗司でも若干辟易するというものである。
無論、それは他の二人にも言えたのか、言った本人であるメイルと、先頭を歩くクロナも精神的な疲労で肩を落としていた。
唯一旅の当初から変わらないのと言えば、列の最後尾を歩くナイルくらいのものである。
朝、四人分の暫くの食料を分配しようとしたところで、「勝手に付いていく私が全て持ちますよ」と彼女自ら提案し、問答無用で人数分の荷物を担いだナイルは、今に至るまで食料等の入ったリュックにその他小物を多数しまった皮の袋を幾つもぶら下げた状態で平然と歩いている。
強化魔術を使った一般人でも彼女が今担いでいる荷物を持ったまま同じ時間歩けば疲弊しても可笑しくはない程だ。だがナイルはまるで堪えた様子も無く、それどころか美しい旋律を紡いでいる始末。
「元気だなぁお主は。疲れはせんのか?」
「えぇ大丈夫です。とはいえ旅というのは初めてですからね、気付かぬ内に疲れているかもしれませんが。特にこのような未開の土地は、私の居た場所では一部のところ位しかなかったものですし」
「ほぉ、旅をしたことが無かったのか?」
「巡教はありますけどね。それも基本は同志の運転する車や飛行機でしたし」
「車に、飛行機? 何だそれは」
「ん? あぁ、すみません。ソォジさんも、貴女方も知らないことでしたか。まぁ戯言と聞き流してください」
ナイルは愛想笑いを一つ。それ以上語るつもりはないのか、「ともかく私はとても楽しいのでお気づかいなく」そう締めくくって再び歌を口ずさみ始めた。
中身はともかくとして、超一級品の美貌を誇る彼女の歌声もまた超一級品。周囲の自然に溶けるような声ながら、耳に入ってすんなりと染み込む美しい声。その響きを背中に受けながら、宗司は前を行くクロナの隣に立った。
「そう言えばお主、刀を新調したのだな?」
「あのさ、それよりも二人にしたように疲れたのか聞かないのかい?」
「阿呆、お主この中で一番体は強いのだ、心配する意味がないだろ」
お前は何を言っているのだ。そう目で訴えてくる宗司にクロナは何度目になるかわからないやるせなさに肩を落とした。
だがクロナの複雑な乙女心など当然どうでもいい宗司は、その腰に携えられた新品の剣を軽く小突いた。
「ふむ、それなりに詰まっているようだな。中々、お主の背丈を考慮しても、強靭な物に違いない」
「ラインの街というよりも、メビウス王国の質の良さとでも言うべきかな。以前の大剣よりも良い物が手に入ったよ。とはいえ、まだ手に慣れていないのでこれから暫くは素振りでならすさ」
「だったらどうだ? 素振りもつまらぬだろうし、俺と一手軽くやらんか?」
「魅力的な提案だが、そんな時間があれば今はメイルに使ってやってくれ。彼女のここ暫くの成長ぶりは目を見張るが……まだメビウス王国の外を行くには不安が残る」
外とはつまり、魔族との戦争状態にある国家群のことだ。普通の整備された道でも、頻繁に魔獣の出現報告があり、常に周囲を警戒せねばいけないようなところでは、今のメイルは頼りないとクロナは思う。
勿論、宗司と自分、そして実力は未知数だが、宗司と意気投合するほどならば実力は申し分ないだろうナイルが居れば、余程の自体が無い限りメイルに危害が及ぶことは無いだろう。
いや、むしろこの男が居るからこそ危険であるとみるべきか。にやけた顔の裏側で何を考えているかわからない宗司を横目にクロナは考える。
そんなクロナの不安を払うように、宗司は朗らかに笑って返事をした。
「案ずるでない。そもそも、お主の不安はまるで見当違いだぞ?」
「どういうことだ?」
「どうもこうも、俺達は仲間ではない。俺にとってお主達がいずれ最高のところで斬る相手であるように、ないる殿は内心上手く隠しているが、いつ俺達を殺すかしっかり考えておる。お主もそうだ。お主のそれは仲間意識ではなく、単純に命を救われたことへの恩義によるものだ……でなければ、俺達のような気狂いにお主のような正道者が付き合うわけがない」
「……メイルはどうなんだい? 彼女こそ、私達を仲間だと思っているようだが? 特に君に対しては師匠としての敬意を払っているように見える」
クロナは宗司に指摘された自分がここに居る理由には返事をせず、話を逸らすようにメイルの話題を投げかけた。
宗司も意図的か、あるいは無意識に話を逸らしたクロナを特に追求するつもりは無かった。何れ馴れ合いの関係ではないと悟るだろうし、もしかしたらわかったうえであえて目を逸らしているだけかもしれないのだ。
ならば一先ずは、その生温い不安をまずは払うことにしよう。
「確かにめいるは俺に敬意を払っている。稽古をしているときも素直であり、俺の教えをしっかり身につけようと努力している。それは無論、お主に対してもめいるは同じことを思っているだろうよ」
「だったら……」
「昔話をしよう」
クロナの言葉を遮って、宗司は地べたに視線を向けて口を開いた。
「俺の数多く居た師匠のうちの一人の話だ」
「君の、師匠……」
「そうだ。とはいえ、殆どは技を盗んでその試し斬りでさっさと斬り捨てていたので、真の意味で師匠と言えるのは二人……その内の一人だ」
まるでその下にある深淵を覗きこむように、地べたに向けた視線は動かない。一瞬、宗司は後ろで歩いているメイルとナイルの様子を伺った。
どうやら二人は仲好く談笑しているらしい。別に聞かれて困るというわけではなかったが、今、この話をメイルに聞かれるのも面倒だと宗司は思っていた。
「さて、どこから話したものか……その男と出会ったのは、俺が先生と呼んでいた師匠がそいつとの決闘に挑み……呆気なく殺された時のことだ」
今でも鮮明に思い出せる。
降り注ぐ雨に消えていく命の赤。
地べたに伏して死んだ男に涙を流して寄り添う己。
そして――。
「光を飲み込む奈落の如き黒い瞳が印象的な、美しい吐しゃ物で練り上げられたような男だった。あるいは醜悪な美貌、あるいは汚らわしい宝石……飾る言葉はそんなものだった」
不意に口をついて出た言葉の矛盾にクロナは首を傾げた。
「つまり、汚いのに綺麗で、綺麗なのに汚い人間だということか? 何だそれは」
「あぁそうだ。何だそれはと言いたくなる……
どの程度昔の話だかわからないが、クロナは宗司程の男が恐怖を覚えたという相手を想像して、それこそ復活した魔王なんて目でもない化け物ではないかと勝手に考えた。
だが即座に、その言葉に新たな疑問を覚える。
「人間?」
「あぁ、人間だ。むしろ、アレ以上に人間らしい人間を見たことが無いくらい……どうしようもないくらい人間だったせいで気持ち悪い人間だったよ」
宗司の語る言葉をクロナはいまいち理解できていなかった。だが宗司も理解してもらおうとは思わなかったのか。それ以上疑問に対する答えを言わずに話を続けた。
「先生を殺したそいつに、俺はその場で呆気なく斬られるはずだった。だがまぁ先生のおかげかは知らんが、運よく生かされた俺は、なし崩し的にその男と行動を共にすることにしたよ」
思えば奇妙な関係であったと思う。
師を殺された弟子が、殺した相手を師と仰ぎ。
師を殺した男が、その弟子を己の弟子とする。
「ともかく、俺は強くなりたかった。先生を殺された怒りもあったのだろう。強くなって、強くなって、いつかこの男を斬って捨てるのだと、その想いを喜怒哀楽を浮かべる顔の裏側にしまい込んで日々を過ごしたよ……結局、一年程共に居て、いつの間にか別れてしまったがな」
「……」
「今のめいるはあの時の俺と同じだ。確かに賊を一人斬って怒りは収まっただろう。だが無力を嘆いた。強さを欲した。原因はどうあれ、その果てに強さを追い求める形へ至った。ならば、自覚してるかは知らんが、あいつはいつかその日が来れば、躊躇なく俺やお主に挑み、その刃で斬り伏せようとするだろう」
強くなる。
明確な理由はどうあれ、その思いは根っこに宿ったはずだ。ならばメイルにとって、宗司達は強くなるための餌でしかなく、必要無くなれば文字通り斬って捨てる。
それが分かっていて、だからこそ楽しいのだが。宗司はその日を思って内心ほくそ笑んだ。だが心境穏やかでないクロナは、どう返していいのか分からず、咄嗟に口を開いていた。
「と、ところでソージ。その、君の二人目の師匠とは結局どうなったんだい? 別れた後は、見つけられたのか?」
「いや、見つけることは終ぞ叶わなかった。しかし俺の意志は変わらんよ。強くなって、いつか斬るのだと。もっとも、今の俺では一手届くかどうかといったところだろうがな」
出会ってからの一年。
たった一年だったが、斬撃と言う在り方に終わったその男を、宗司は今でも覚えている。
斬るのだと。
刀を片手に、それ以外興味ない、いや、全ての解答がそこに至るような男のことを。
「……君にそこまで言わせるとはね、余程高名な人だったのかな?」
「そうでもない。世間的にはむしろ、怪談の一つ程度にしか思われていなかったのではないか? まぁあんな人間が居る事実等、怪談にでもして誤魔化さなければ話にならんという気持ちもわからんでもないが……俺も、結局奴の名前は知らないからな」
だが、あの男を指す名称は知っている。
なんて様だと恐れられたアレを、無限にある人間の可能性を極めた男を呼ぶとき、恐れを込めて告げられたその渾名を。
「修羅外道……」
「なんか言ったか?」
「いや……何でもないよ」
最早、この異世界の土地では意味の無いことだ。
宗司はそれを最後に会話を締めくくると、落とした視線を前に向けた。
ちょうど丘の頂上に辿り着いたのか。眼下には広大な森林がある。
ガイア大樹海。侵入者を必ず殺す、恐るべき蛮族が住処としているらしい未開の奥地。
今は、ここをどう抜けるかを考えよう。
宗司は唇を歪めながら、背筋を走る闘争の予感に身悶えするのであった。
次回、襲撃