臓物ぶちまけて死にかけの侍を勇者として召喚してしまった件について   作:トロ

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第十五話『貴女の後ろは、私が守るから』

 

 メイルが言っていた通り、日が真っ赤に燃える頃には宗司達はガイア大樹海の前に辿り着いていた。

 丘の上から見えた時は随分近くに感じたが、道の都合上何度も迂回することになり、時間がかかったというわけだ。

 

「やれやれと言ったところかの。ちと疲れてしまったわ」

 

 肉体よりも精神的な疲労が積もったせいだろう。見えているのに辿り着かないストレスに宗司も含めてそれなりの疲労を一同は感じていた。

 だが別に気にする程のことではないのは事実である。むしろ、ようやく目的地の前に辿り着いて、宗司は己の中の疲労が吹き飛んでいくのを感じていた。

 大樹海という名に相応しく、入り口らしきところから広がる樹木は、そのどれもがクロナの背丈すら容易に超えている。そんな木々が所狭しと生えているのだから驚きだ。

 これではクロナでは通るのは難しいかもしれない。そんな心配をする宗司を他所に、クロナは地面に屈むと、掌より淡い輝き、魔力を放出した。

 

「『先を行く者の光をここに』」

 

 言語を通して紡がれた魔術はクロナの目に収束する。すると、クロナの目から流れ落ちるようにして、小さな光の球体が現れて虚空に浮遊した。

 

「それは?」

 

「遠見の魔術と呼ばれる視力に影響する魔術の一種だよ。これは光を中心にした周囲の景色を術者の視界に繋げる、旅人には必須の魔術さ。今から行くのは大樹海と呼ばれる場所だからね。一応、昨日商人から色々聞き出して廃棄された転移パスの場所はある程度分かっているが、確認しておくに越したことはないだろ?」

 

「確かにな。迷子になっては話にならん」

 

「よし、では、始めよう」

 

 クロナは浮遊する発光体が己の視界に繋がったのを確認すると、魔力で編んだ糸を使って大樹海の奥へと光を放った。

 

「……驚いたな」

 

「どうかしたか?」

 

「いや、遠見の魔術を行って先を見たのだが、鬱蒼とした目の前の木々は飾りだ。奥は私はおろか、純正の巨人も容易に動ける道が幾つもあるように見える」

 

 クロナが見たのは、幾重にもある獣道の数々だ。だがそれと同時に、ある一定のラインからこちら側にかけて、広い獣道が途切れていることにも気づいた。

 一体、何故途切れている?

 その疑問を解決するため、クロナは魔術で作り出した光を獣道の途切れているラインから向こう側へと侵入させ。

 

 その瞬間、繋がっていたラインが強制的に切断された。

 

「ッ!?」

 

 クロナが目を見張る。それを見た宗司とナイルは反射的に戦闘態勢へと移行し、メイルも慌てた様子で鞘に収まった聖剣を両手で構えた。

 

「やられた!」

 

「何をだ!?」

 

 荒々しく問いかける宗司の言葉に、クロナは苦渋の表情で答えた。

 

「遠見の魔術の媒体が強制的に切断……おそらく結界か何かで大樹海の一定のラインから先を遮っているのだろう。もしこれが単純に探索系の魔術を妨害するただけの類ならましだが……」

 

「お話を聞いた限りだと、そんなに優しい相手ではないはずですよね? ふふ、きっと今頃、侵入者を察知して、排除するために動き出しているかもしれないわ」

 

 そんなことを嬉々として語るナイルに突っ込む余裕はクロナには無い。

 宗司が言ったように根っこが正道者であるクロナとしては、己の安直な行いで要らぬトラブルを巻き起こしたかもしれないということに申し訳なさを感じていた。

 同時に焦りもある。

 何よりもこの身を焦がす己への憤り。

 

 私はまた(・・)誤ったのか。

 

「私は……!」

 

「クロナさん」

 

 己への憤りを口にしようとしたクロナの鎧を、メイルは軽く聖剣の先で小突いた。

 その衝撃で我に返ったクロナが隣のメイルを見下ろせば、見る者を落ち着かせる微笑みが返ってきた。

 

「何を思っているのかは知りませんけど、今は落ち着いたほうがいいんじゃないですか?」

 

 唇を目一杯吊り上げて笑うメイルの手は、よく見れば小刻みに震えている。

 どういった震えなのかは本人にしか分からない。

 だがクロナはそれを、無理に強がってでもこちらを安心させようとするメイルの気遣いだと思った。

 

 そう、思ったのだ。

 

「……あぁ、すまない。もう大丈夫だ」

 

 深呼吸を一つ行い、クロナは心を落ち着かせて腰の鞘から特注の大剣を引き抜いた。

 遠見の魔術を破られただけであり、もしかしたら何もないかもしれない。しかし宗司達は先程まで夕焼けに染まった美しい樹海が、今や血に染まった不気味の森に見えていた。

 こういう時の勘は嫌になる程よく当たるものだ。

 冷静になった思考で己へ皮肉を飛ばしたクロナは、冷静になったからこそ分かっているものの、それでも一応、義務として前に立つ宗司の背中に問うことにした。

 

「……それで、我らが大将はどうするおつもりだい?」

 

 皮肉交じりの言葉に宗司が何を感じたのか、背中しか見えないクロナには分からない。

 だが、言葉よりも雄弁に、宗司は腰の鞘から走らせた鉄の鋭利を天高くかざすことで答えて見せた。

 

「知れたこと。さっきまで只の木々の集まりだったのが……今では魑魅魍魎の広げた口のような邪悪を放っておる」

 

 いや、宗司の顔を見なくても、クロナには容易に何を思っているのか想像出来た。

 それはきっと己を追い抜いて宗司の隣に立ったナイルの横顔を、邪悪に歪んだその笑みを見たからで。

 

「ッ……」

 

 何故かクロナは、隣に立つメイルを見ようとは思わなかった。

 見てはいけないと、本能的に思ってしまった。

 

「でしたら、お話は早いですわ。えぇ、こんなにも鬼気としてたら……くひ! 今にも叫びたくなるくらい嬉々としてしまうじゃないですか!」

 

 ナイルの狂気は、その場を満たす全てを代弁していた。

 あぁ、恐ろしきは大樹海の恐ろしさではない。

 クロナは産毛が泡立つように逆立っていくのを感じた。それは隠し切れない生存本能の発露。大樹海で待っている蛮族すら霞むであろう二匹の獣が放つ殺気に怯えたせい。

 だからクロナは前に進まなかった。前に進めば、己を躊躇なく噛み殺すと察したから。

 なのに前に進んだメイルを、クロナは無意識に視界の外へと追いやっていた。

 

「ねぇソウジさん」

 

 クロナを追い抜き二人の隣に立ったメイルは、先程クロナを心配したときと全く同じ笑みを浮かべて宗司を見た。

 一瞬、その笑みにナイルが目を見開いたのは何を思ったからか。さらにその直後、歓喜に震えながらメイルを観察するのはどういうことなのか。

 クロナにはきっと分からない。

 分かってはいけない、狂気がある。

 

「これから修行ですよね。でも私、何をしたらいいのですか?」

 

 冷静になったようで、超えてはいけない一線から目を逸らし、無意識に葛藤するクロナなどまるで眼中にはない。先程の心配が嘘だったかのように師事を乞うメイルに、宗司は内心の嬉しさをかみ殺しつつ、この理想的な弟子に助言を一つ与えることにした。

 

「何、簡単なことだ。お主はお主が使える全てを使って、これより先を生き残れ」

 

「私の、全て……」

 

「あぁ、木の根っこに齧りついてでも、生きるのだ……おそらくこの感じは――」

 

「とっても素敵な戦場、ですわね?」

 

「先を言うなよ、馬鹿者が」

 

「これはこれは、お株を奪って申し訳ありませんわ」

 

「ったく……」

 

 ともかく、行くとしよう。

 軽口を叩きあったところで、宗司達は殺気を充満させるガイア大樹海へと足を踏み入れる。

 躊躇など一切無かった。

 戸惑いなんて、どこにも無かった。

 これより向かう場所が戦場で在ると分かっていながら、相手が何人いるかも分からず、何処から狙われるのかもわからないというのに、迷っていなかった。

 迷っていない。

 その事実と、吐き出される殺気によって、クロナはようやく冷静ではなく正気に戻った心地だった。

 何だ、これは。

 勝手にちょっかいをかけて、もしかしたら立ち去らせるために殺気を出しているだけの相手を、さらに挑発するように武器を構えて踏み込んでいくそれは。

 これでは只の――。

 

「只の、侵略ではないか……!」

 

 咄嗟に剣を構えはしたが、そもそも自分達がここを訪れなければ何の問題も無かった話だというのに。

 少なからず宗司達に毒されていた思考が、皮肉にもその殺気を受けたことで取り戻されていた。だからこそ、クロナは自分達が今、何をしようとしているのか理解し、歯噛みする。

 確かにラインの転移パスは使えないが、こちらには聖剣という反則技があり、事実、宗司は聖剣を使えばメビウス王国の外へ出ることは可能だとも言っていた。

 なのにあえて立ち入った者を全て生かして返さないとはいえ、立ち入らなければ無害であるはずの蛮族を悪戯に刺激している。

 これの何処にも正義は無い。

 本来なら行ってはいけない行為のはずなのに。

 

「君達は……分かっているんだな」

 

 思考が麻痺していたクロナは今に至ってようやく気付くという愚かを犯したが、おそらく、いや、確実に宗司達は気付いていたはずだ。

 今、自分達が何をしようとして、その結果、何かが起きるかもしれないということも。

 だがしかし、クロナにそれを糾弾する資格があるかと言えば、それもきっと、嘘になる。

 

「……どのみち、王都を滅ぼした邪悪ということは、事実だからな」

 

 最早、自分が正道を語る資格はない。

 その事実に虚しさと憤りを覚え、それでもクロナは先を行く三人を追って大樹海へと足を踏み入れる。

 嬉々として得物を構え前を行く宗司の背中はすぐそこに

 

「あぁ、畜生……」

 

 きっと、君が言っていたことは正しいよ。

 狂気の才を、残念がるなど愚かしかった。

 何より、仲間だと思うことこそ、愚かの極み。

 最早、目を背けることなど出来ない。唯一普通だと思っていたメイルだって、先程見せた震えはきっと――。

 

「私ですら怯える殺気に武者震いするのか……あの年代の、人を殺して半月も経っていないような少女が……!」

 

 少し前まで蝶よ花よと箱庭で育ってきた少女が、今や笑顔で戦場への道を進んでいる。

 狂っている。

 こんなのは、狂いすぎている。

 憧れなんて、覚えるわけがない。

 

「やはり私は……」

 

 あの日、魔族を斬り殺した日から。

 何度だって、間違えている。

 本当に愚かなのは自分だ。

 今もきっと間違っていると分かっているのに。

 

 それでも今は、邪悪を是とする修羅達の背中を追って突き進むしか道は無いのだと、クロナは思うのであった。

 

 

 

 

 

 踏み出せば、戦士としての経験から、心の迷いはふり払われた。それでも前を行く宗司達に遅れたという思いのあるクロナは、その巨体に見合わぬ軽快な動きで木々の合間を縫うようにその後を追った。

 既に起こったことを事前にどうにか出来たかどうかについては、今は考える時ではない。それよりも遠見の魔術をかき消した結界の正体と、その後すぐに立ち込めた殺気について考える方がいいだろう。

 

「イシスにかかる結界と似たやつとみるか。確か上級魔術に索敵系の魔術を妨害、逆探知が可能なものがあったような……」

 

「だとしたら光属性の上級魔術、聖域ですね」

 

 口に出していた思考の返答が返ってきたことにクロナが驚いて声の方向に視線を移した。

 隣ではいつの間にかナイルが並走している。見た感じ強化の魔術も使っていないはずなのに、強化魔術を使っているクロナに並走しているところや、戦闘態勢に入っているクロナに気付かれずいつの間にか隣まで接近していることなど気になるが、それもすぐに思考の外へ追いやった。

 今はそのことを考える時ではない。クロナはナイルの言った魔術を聞いて、己の記憶にある魔術を洗い出した。

 

「……イシスの結界を知る者に話を聞いた時、確かそんな魔術のことを言っていたな。成程、上級魔術なら話は早い」

 

「えぇ、貴女の使った遠見の魔術程度なら、聖域は一瞬で遮断しますからね」

 

「迂闊だったのは謝罪する……それよりナイル、宗司とメイルは?」

 

 ナイルは背負ったままの荷物を肩越しに指さして、呆れた風に鼻を鳴らした。

 

「ご覧のとおり、荷物を背負った私では彼らについていくことが出来ず、置いてけぼりですよ」

 

 その見え透いた嘘にクロナは呆れを通り越して笑いがこみあげてくるのを感じた。宗司一人ならともかく、強化した自分の動きに並走出来るナイルが、メイルにすら置いていかれるというのはおかしな話だからだ。

 

「……まぁ、そういうことにしておこう。どうやら随分と距離を離されたようだから、少し速度を……」

 

「その必要はないみたいですよ?」

 

「何?」

 

 どういうことかナイルに問いかけようとして、クロナは首筋を焼く冷たい殺気に反射的に振り返り、握っていた大剣を袈裟に振るった。

 クロナを狙っていた矢がその剛剣によって虚空で砕け散る。薙いだ勢いで発生した暴風はさながら台風のように凶悪だが、その風を斬り裂いて、さらに無数の矢がクロナを襲った。

 

「影からこそこそと……!」

 

 姿の見えない敵手の攻撃への苛立ちと、先程から積もっていた憤り。その二つを相手への怒りとして体現させた刃は、矢が大剣の圏内に入った瞬間に落としていた。

 握りには未だ違和感があるが、感触は上々。とんだ試し斬りになったが、確かな手ごたえにクロナは頷きを一つすると、矢の飛んできた方向に切っ先を突きつけた。

 

「無礼は承知! 非礼も心得ている! しかしそちらに戦士の矜持があるなら、正々堂々姿を現し刃をかざせ! 卑怯卑劣の言われは覚悟している! だがせめてこの闘争にのみ、私は王道を突き進むことを約束しよう! この言葉! 偽り無しと思うた者より前に出よ!」

 

 威風堂々。その騎士としての姿に相応しい堂々とした名乗りは、まさに宗司が語った正道者の正しい在り方だろう。

 しかし叫ぶ言葉への返事は、さらに数を増した矢によって行われた。

 

「そうか……! これが返答なのだな!」

 

 クロナは苦渋の表情で立て続けに襲い掛かる矢を斬り捨てた。

 やはり虫のいい提案だったのだろう。当然だ、自分達は彼らの領域を犯した侵略者。それに対しての行いがこれならば、それを卑怯とは言えないだろう。

 しかし、クロナはそれでも尚己の王道を掲げるのだ。

 

「だが騎士の誇りに賭けて、先の言葉は撤回せぬ!」

 

 叫ぶ間にも矢の猛攻は熾烈を極めていく。最早、豪雨となった弓やの洗礼に、クロナは怯むことなく大剣を巧みと操り真っ向から迎え撃った。

 せめてそれだけが彼女に出来る彼らへの誠意。

 王道を叫ぶことだけが、彼女に出来る唯一無二の信念の通し方ならば。

 

「我が名はクロナ・クロルキス!」

 

 三度目の弓矢の怒涛を超えたクロナは、大剣を力強く大地に突き立てて名乗りをあげた。轟音と共に大地が揺れ、周囲の木々が巨人の膂力に恐れをなしたように震えだす。

 それが彼女の在り方。圧倒的な力と、清々しいまでの戦いを望む高潔さこそ。

 

「この首! 名を上げたければ前に出て取ってみせろ!」

 

 魔族と人族の戦場で先頭を走り続けた女騎士の持つ強さ。

 だがその輝きをもってしても、この大樹海を支配する戦闘民族が返すのは、黒々とした冷たい殺意の雨だった。

 

「ッ……! それが答えならば、無理矢理にでも前へ出すぞ!」

 

 さらに物量を増す矢の数は、流石のクロナも今度こそ一撃二撃は覚悟するほど。しかし決して臆することなく大剣を引き抜き振り上げた直後、その前に影が一つ躍り出た。

 

「ナイル!?」

 

「素敵な口上、震えましたよ」

 

 瞬間、背中の荷物を下ろしたナイルは、片手で豪快に荷物を振り回してみせた。

 まるで子どもが駄々をこねるようでありながら、クロナはナイルが振り回す荷物に降り注ぐ矢が絡めとられていくのを見た。

 それどころか、弾かれた矢が他の矢にぶつかり、軌道を逸らされた矢がさらに他の矢を、といった具合で連鎖反応を起こす。

 気付けば木々を縫って迫ってきた視界を覆い尽くす程の矢は、全てクロナとナイルの周囲に突き刺さるだけに終わった。

 

「なんと、見事な……」

 

 その絶技に思わずクロナの口は賞賛を漏らしていた。ナイルはそれに笑みを一つ背中越しに送って答える。

 刹那、その隙を狙ったように、一本の矢がナイルの首筋へ飛んできた。

 

「ッ!?」

 

 注意を促す暇も無かった。緑色に塗りつぶされた矢は、周囲の自然に紛れているせいで気付くのに遅れてしまったのだ。当然、クロナの方を振り返っているナイルに見えているはずがない。

 既に回避は不可能。強化されているせいか、弾丸の速度に匹敵する矢はナイルの首を貫いて――。

 次の瞬間、近くの木から人影が一つ落ちてきた。

 

「え?」

 

 人影が大地に落ちてきた音に反応したクロナは、すぐに矢が突き立ったはずのナイルを見た。

 

「趣向としては……えぇ、私、こういうの大好きですわ」

 

 片手を虚空にかざしたナイルが、落ちてきた人影へ微笑みを向けた。

 落ちてきたのはおそらく魔獣のであろう皮で作られた皮鎧を纏った奇妙な化粧をした男だ。

 これがこの付近に住んでいるという蛮族なのだろうか。遠目で観察していたクロナは、男の額に深々と矢が突き刺さっているのに気付いた。

 

「まさか、さっきの……」

 

「小手先の技ですわ。クロナさんの素晴らしい剛の太刀に比べればまだまだ」

 

 そう言って人差し指を数度曲げる仕草をするナイルを見て、クロナはこの女が今何をしてみせたのかに気付き、戦慄した。

 目前まで迫ってきた音速の矢を指先で弾いて一回転させ、その尻を弾いて矢を放った男の額に突き立てたのだ。

 言葉にすると冗談にしか聞こえない人外の技の冴えに息を飲んでいると、いつの間にか周囲を囲っていた気配が静かに姿を現した。

 いずれも先程落ちてきた男と似たような装備をした男女だ。不可思議な化粧を施された彼らの表情からは感情は一切伺えない。さながら侵入者に反応して襲い掛かる獰猛なハチの如く、そこにあるのは明確な殺意のみ。

 そんな殺意の塊の数がおよそ三十、そのいずれも熟練の兵士ですら届かぬ技量を誇っていることをナイルとクロナは見ただけで理解した。

 

「あら、熱烈な歓迎ですこと」

 

「……これを見越して残ってくれたのか。感謝しよう、ナイル」

 

「いえいえ、遅れただけですわ」

 

「ふっ……わかった。そういうことでいいのだな」

 

「はい、そういうことでいいのです」

 

 何故ナイルが遅れた自分を待ってくれたのか、周囲を取り囲む蛮族、カリスの者達を見て理解した。

 間違いなく、彼らはこの数ならクロナを殺せると判断したのだろう。そして事実、もしもクロナが一人だったならば、三十人のカリスのハンターによって成す術なく殺されていたかもしれない。

 しかし、彼らは姿を隠して矢を射るというアドバンテージを捨ててまで姿を晒した。その理由はきっと、背中合わせで立っている、自分の半分の背丈もない美貌の修道女のため。

 

「だから、後ろは気にしないでくださいな」

 

 その軽くつまめば簡単に折れそうなナイルの細くて白い指から、ゴキリと骨が鳴る音が幾つも響いた。さながらそれは今から砕ける生贄達の骨を先に教えているかのようであり、ゆっくりと握りこまれた二つの拳からは、これまで吸ってきた多量の血が臭ってきたようにクロナは感じた。

 

「貴女の後ろは、私が守るから」

 

「そいつは随分……頼もしい」

 

 自分に向けられていないと分かっていても、背筋が凍るようなナイルの殺気にクロナの額から冷や汗が流れた。

 最早、祈りの時間は与えない。

 夕暮れはすぎ、暗黒の時間は訪れようとしている。

 

「さぁ、我が神へ全てを捧げなさい」

 

 今宵、最初の惨劇を始めよう。

 嗤う狂信者へ向けて、生贄と定められた森の守護者達は、尚も冷静を保ったままに襲い掛かっていくのだった。

 

 

 

 

 




次回、根っこを齧って生き残れ
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