臓物ぶちまけて死にかけの侍を勇者として召喚してしまった件について   作:トロ

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第二十三話『故に、斬る』

 

 

 

 

 俺の刀の原初はいつだっただろうか。

 

 そんなことを、最後に思う。

 あぁ、ここに来てすぐに見た夢の景色の話ではない。

 あれは切っ掛けであり、始まりではあったが、道を得た原初の一歩と言うわけではなった。

 俺の刀。

 突き詰めた鋼の先に手にした、俺だけの刃。

 心と鋼を合わせられると思えた感激の瞬間は、そう、遡ると数年前になる。

 遡る。

 遡っていく。

 記憶は遠く、滲んでいた原風景に、再び俺は当時の俺に意識を重ねていく。

 

 あれはそう、今宵の月にすら勝る程、刀のように美しく、肌を斬り裂くような冷たい三日月の下でのことだった。

 

「お主は、筋が良いな」

 

 刀を振るうのが楽しくて仕方なかった当時、虚空に描いた敵手の幻影に向けて一人真剣を振るっていた時、その様子を傍で見ていたこの世でたった一人、俺が先生と呼んだ人はそんなことを言ったのだ。

 だが俺は当時も変わらずひねくれていたもので、褒められた嬉しさを誤魔化すように鼻を擦りつつ疑問を投げかけていた。

 

「そうでしょうか? いや、先生にそう言っていただけるのは誉ではありますが……唐突に何故?」

 

「唐突でも無いし、何故と疑問を挟まれるようなことでもない。お主は筋が良い。それだけの話だ」

 

「しかし先生、単に筋が良いと褒められるだけではむず痒いだけであります。良ければ俺の何処が良いのか教えていただければ、それ以外は劣ったところということで稽古にも励みがでるというもの」

 

 素直に褒められたことを受け入れろとも思わなくもないが、しかしそんなひねくれが功を成して一歩目を踏み出せたのだから、当時の童だった俺にも感謝する点もあるだろう。

 先生は俺の言い分にちょっとだけ口許を歪め、そっと遠くを見据えた。

 

「お主は、月を斬るように飛ぶ」

 

「月を?」

 

「あぁ、いつかお主は羽毛のように軽やかに飛んで行って、空の星々を斬れるのではないかといつも思うのだ」

 

 先生の視線を追った先、見上げた空に浮かぶのは刃のように鋭い三日月。

 あれを俺は斬れるというのか。ならば言われた通り俺が羽になって飛べるなら、未だ重みを感じるこの肉を削げばいいのだろうか。

 そう答えた俺の返事が面白かったのか、いっそう笑みを深くした先生は静かに首を左右に振った。

 

「肉を削ぐ必要はない……そうだな。まずはその手に持っている刀と同じになってみるといい」

 

「刀と同じ?」

 

「そうさ」

 

 先生は嬉しそうに頷くと、腰に差した刀を抜きはらい、天高く掲げた。

 人を斬る。それだけのために作られた鋼は、美しい。

 まるで夜に溶けるような薄い刀身だというのに、確かな重みを感じる鈍色を示す鋼の美麗に見惚れ、熱のこもった吐息が漏れたのを覚えている。

 

「心と鋼を統一するのだ。己は鋼で、鋼は己、その果てに至る金剛こそ、極まった真の刀である」

 

「それは、極意でしょうか?」

 

「そうでもあるし、そうでもない」

 

 だが真実ではあるのだ。

 先生は誇らしげに刀を見上げながら言った。

 

「しかしそれだけでは届かない。刀になっただけでは正しくはない。それは何故だとお主は思う?」

 

「うーん……」

 

 俺は両腕を組んでしばらく唸って、ふと得意げに先生と同じく刀を天高く掲げてみせた。

 

「刀だけでは人を斬れません! 人が刀を使うから、刀は人を斬れるのではないでしょうか! つまり、そこには人が居ない……あれ? でも先生は己を鋼とすることで刀になるって……」

 

「そういうことだ。己を鋼にした時点で、自身は人ではなくただ一本の刀となる……だがそこには人間が居ない。極まった金剛を振るうために必要な人が足りぬ。刀になる過程で削ぎ落した余分が何処にもないからな」

 

「ですが、己とはつまり人です。鋼が己なら、逆に鋼もまた人になるのではないでしょうか?」

 

「違うな。己が鋼になったとしても、鋼は何処まで行っても所詮は鋼。そこには鋼以外に何もない」

 

 そう返されてしまって、まるでトンチを聞かされている気分になって頭がぐちゃぐちゃになってしまう。

 では正しさとは何なのだろう。

 刀と化した後、何をもって正しさを成すのだろうか。

 

「だからお主は筋が良い」

 

 頭を悩ませている俺に、先生は再び最初に掛けてくれた言葉を繰り返した。

 

「拙者には見つけられなかったその先へお主なら行けるような気がするのだ。手に鈍らを抱えたまま、月を斬り裂く狂気の真髄へな」

 

「狂気の、真髄……」

 

「人だけでは至れぬ。鋼だけでも至れぬ。真の意味で合わさるとはつまり、合わせて練った真なる鋼を、欲を極めた人が扱うことで至れるもの。これぞ、我が流派に伝わる心鉄金剛、その真実だと拙者は思うのだ。だからな宗司、お主は一心に刃となるだけではなく、きっとそんな極みの中で、決して一つどころに留まらぬようなところがある。それこそ、羽毛のように風の吹くままあっちこっちと、まるで我儘ばかりの子どものようにな」

 

 強くなりたい。

 痛いのは嫌だ。

 楽しく遊びたい。

 辛いのは怖い。

 斬って斬られて斬り続ける。

 斬りたくも斬られたくもない。

 技の冴えを極めたい。

 技を極めるのは面倒くさい。

 相反する雑念だらけでいつまでも子ども染みた俺だから、そういう部分が、筋が良いのだと先生は笑った。

 

「無邪気とはつまり、我欲であり、それは雑念だらけの低俗な在り方だ。決して誇れるものではなく、真っ当な人を目指すなら律するべきことだろう」

 

「……」

 

「だが、枠に嵌めたものや、余分を削いだ純粋で至れるところなど、所詮は商人が集めるような小奇麗なだけの物でしかないよ」

 

 だから雑念で無邪気に汚れているお主が真、面白い。

 何度も頷く先生の傍ら、ふと自分が雑念だらけで低俗な奴だと言われていることに気付いた俺は目を吊り上げて唾を飛ばした。

 

「結局のところ俺を貶しているのではないですか!」

 

 そう叫べば、悪戯がばれた小僧のように嫌らしく笑った先生。あぁ畜生、いくら原初の尊さと言え、いつもこの面だけは苛立ちが腹の底から沸き上がり、当時の怒りが体を満たすようだ。

 

「ハッハッハッ! ばれてしもうたか! お主はいつもいつも拙者を楽しませてくれるのぉ!」

 

「ぐぬぬ! えぇい! 真面目に聞いた俺が阿呆か! 勝負だ先生! この苛立ち、刀をもって拭わせてもらいまする!」

 

「よぉし、今宵最後の稽古じゃ! 遠慮せずにかかってまいれ!」

 

「うおぉ! 死ねぇぇ!」

 

「うぉ危ねっ!? 真剣では無く木刀を使えぃ! この馬鹿弟子がぁ!」

 

 当然、童だった俺は苛立ちを隠すことも飲み込むことも出来ず、刀片手に先生へと突撃する。

 そして最後は体よくあしらわれたかつての光景。

 しかしそれこそ俺が俺の至る道を察した確かな原初であり、怒りとは裏腹に軽やかと飛び出した俺は、結局途中から笑いながら先生と斬り結んだのだ。

 そんな今にして思うことがある。

 鳥は当たり前のように空を飛ぶ。そしてその当たり前をこなす一方で、巣を作ったり餌を探したりと生きるための雑念を四方八方へ飛ばすのだ。

 ならば、刀が斬るのは当たり前で、だからと言って刀の在り方を認めるあまり、全てがそこから派生するのではそれこそ意味が無い。

 斬る当たり前。

 それとは別にあらゆる雑念を持つ。

 斬るという鋼。

 雑念という人。

 合わせて至る金剛こそが先生の言った真実であり。

 ――あぁ。そうか。

 

「そういうこと、だったのだな」

 

 音も無き世界で、いつの間にか得心の声は漏れ出ていた。

 束の間の微睡みから目覚めれば、目の前に何て様だとしか言いようのない姿を晒す、人間の可能性を極めた修羅が立っている。

 だがそれは所詮、人間が至る可能性の一端を修めたに過ぎないことを俺は思い出した。

 雑念は無数と存在する。

 あらゆる我欲に終わりは存在し、それら全てを極めずに、何を完結したと言えようか。

 だからこそ人間の可能性は無限大なのである。であれば高々そのうちの一つの可能性を極めた末に、その完結に飲まれたこの女の何処に究極があるというのか。

 そういうことだ。

 そこでようやく、現実の己を改めて認識する。

 つまり、俺が死にそうになっているという現実。

 これは困った。

 折角、さらなる一歩目が踏み出せそうだというのに。

 いや。

 踏み出せるはずだ。

 一先ず喜び勇んで新たな一歩。

 きっと、語られた理は既にこの手に宿っていた。

 心鉄極まることに腐心した我が生涯、その過程で重ねた雑念の数々。それこそが何よりも大切で、決して斬り捨ててはいけないものだったというのに。

 明鏡止水では至れない。

 狂気が、捻じれてかき混ぜられた悟りなら、そもそも俺は何て回り道をしていたのだろう。

 雑念を消して、余分を削いだ鋼になる必要はない。

 俺が立つのは無垢の逆、汚らしい垢で塗り固められた下賤の在り方ならば。

 あの日、稽古の後に俺に語り掛けてくれた先生の言葉を思い出せ。

 

「宗司、お主なら修羅外道と言われている男が極めた斬撃に届く天賦の才がある。だが忘れるな、そこはお主の終わりではない。お主が至るのはその向こう側、人間では入れぬ極地、人が練った鋼の真理……つまり、修羅道であることを」

 

 その言葉を、忘れてはならない。

 至るのは我欲の果て。

 我欲が生んだ鋼の極み。

 我欲同士が合わさる金剛。

 そんなもの、いつもこの手にあった。

 だとしたら、俺は何て遠回りをしていたのだろう。

 余分を捨ててはならない。鋼鉄を振るうに必要な我欲を抱えてこそ、人は刀と共に唯一無二へと至るのだ。

 それが極み。

 合わさる鋼を担う人。

 なら今こそあの誓いを果たす時だろう。あのご老人との戦いで指一本届いた真理の門の奥地へ、今ならきっと行けるから。

 虚無などと言う、先生が語った真理の真逆を行く愚かに見せつけてやろう。

 それでもお主には感謝がある。

 無という完結を見せてくれたからこそ、俺はようやくそこに気付くことが出来たから。

 ではまずは、その喜びを鉄に込め。

 

 感謝の代わりに。

 

「お主を、斬ろう」

 

 

 

 

 

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