臓物ぶちまけて死にかけの侍を勇者として召喚してしまった件について 作:トロ
――そうして、自分はまた間違えたまま、ただ全てが終わった光景を見ることしか出来なかった。
「……」
暗い森を進む。気を緩めればたちまち崩れ落ちそうな体を無理矢理押して、クロナは一人、粘着質な何かの混じった大地を、己に刻み込むように気を払って歩いていた。
進路を考える必要はなかった。何せ鼻をくすぐる血の香りと、月明かりに薄らと照らされている死骸で彩られた道を辿るだけでいいのだから。
クロナは既に戦意を喪失していた。まだ残党が居る可能性もあるというのに、刃は収めて、周囲を警戒することも忘れ、浮浪者のように呆けた様子で歩くばかり。
「……」
何だと言うのだろうか。
この光景をどう表現すればいいのだろうか。
煉獄と呼ぶか、地獄と呼ぶか。
「いや、修羅場だ」
修羅が躍った後の祭り。修羅場の跡地を己は辿っているのだ。
それを自覚した瞬間、堪え切れずに両膝をついたクロナは、胸に溜った不快感もろとも嘔吐した。
血の臭いは慣れている。
死体の姿も見知っている。
だが、この結果に至った原因と過程がクロナの心の許容量を容易に超えたのだ。
ここには正義が無い。
己の欲求を満たすためだけに森を蹂躙しつくした彼らの行いは、断じて正義と呼び、王道と呼ばれるものとは真逆を行くものだった。
狂気が織りなす修羅の道。
描き出された結末は、宗司が言ったように、王道を行くべきクロナには耐えきれない。
「……何を、今更」
口許から滴る唾液を拭うのも忘れて、クロナはうつむいたまま自嘲した。
そう、今更過ぎる話だ。宗司と一戦を交えた己は、宗司がどういった存在だったか知っていた。
知りながら、付いていったはずだ。
風の吹くまま飛ぶ綿毛のように、思うまま進む宗司がもたらす悲劇を知っている。
戦いを純粋に楽しむ修羅だから、そのせいでこの国の王都は消滅したのだ。
ならば、そんな男が戦いを求めて歩めば、こんなことになるのは分かり切っていたはずだろう。
「だが……私は」
分かっていて、見ようとしなかった。
宗司に命を救われた恩がある。
宗司という規格外がもたらす強さを知りたいという好奇心がある。
宗司という迷いを知らぬ男に付いていけば、いつまでも間違え続けている自分を正せるという予感があった。
だから、見逃した。
その結果、また間違えるという本末転倒を起こしながら。
何度だって、繰り返す。
「……行こう」
クロナはこのままではいつまでも思考の渦に飲まれると思い、口許の唾液を拭いさると、重たい体を引きずるように歩みを再開した。
そして、どれほど歩いただろうか。
血の臭いを抜けた先、僅かに開けた広場の中心にある、クロナですら見上げる程の巨大な石造りの門の前に、三つの人影をクロナは見つけた。
暗がりでも見誤ることはない。顔面蒼白のクロナとは対照的に朗らかと会話しているのは、宗司、メイル、ナイルの三人であった。
「あ、クロナさんだ! おーい! こっちですよー!」
クロナに気付いたメイルが両手を精一杯振りながら笑っている。その笑顔に、どうしようもない嫌悪感を覚えてしまいながらも、クロナは取り繕うように乾いた笑みを浮かべつつ、片手を挙げて応じてみせた。
「丁度よかった。くろな殿、この奇怪な門が転移ぱすとやらだそうだぞ。ないる殿がどうやら見つけてくれたらしい」
「とはいえ、道中、少々蛮族の皆様方に苦戦してしまい、このままでは死んでしまいそうになりましたけど……戦いの喧騒を聞きつけて助太刀してくれたソォジさんとメイルちゃんのおかげで助かりました」
「お主はよくぞまぁ平然と嘘をつけるのぉ。一人でも楽勝だったろうに」
「買いかぶりすぎですわよソォジさん」
「まっ、そういうことにしておこう……喧騒に俺らが気付けたことも含めて、な」
意味深な宗司の言葉にナイルは決して笑みを崩すことなく黙したままだ。そんな二人を見比べて難しそうに眉をひそめるメイルがシュールではあるが、その状況に至る過程を知るクロナは一人、言い様のない疎外感を覚えていた。
――考えるな。
それが誤りだと分かっているが、クロナは己に言い聞かせるように心中で呟いた。
「……それで、これを使ってメビウス王国の外へ行くのだろう?」
「そうなのだがな。その前にこれの処理をどうしようかと話していたのだ」
クロナの問いかけに答えた宗司は、手に持っていた穴の空いた布――アン・サルソンを召喚した際に、召喚者である族長もろとも貫かれた聖骸布ハックを丸めて、クロナの胸元に投げた。
言うよりも早く、反射的にハックを手に取ったクロナは、聖骸布よりもたらされる情報量に一瞬眩暈を起こしながら、それがどういった代物なのかを瞬時に理解した。
「これは……」
「まぁ同じと言っても、予め決められた力を授ける聖剣とは随分と違いますけどね」
メイルの言う通り、確かに聖骸布ハックは聖剣や聖槍とは違った能力を秘めている。二つと違って、聖骸布には聖剣や聖槍のような能力は搭載されていない。
だがその能力は聖剣と聖槍と比較して尚、恐るべき力を秘めていると言っても過言ではなかった。
「世界、改変能力? 馬鹿な……こんなものが、あっていいのか……!?」
使用者の思った通りに世界の在り方自体を改変させる。
たったそれだけの恐ろしい力がハックにはあった。
「だが……いや、そんなことが許されるはずが……しかし……」
お気楽な感じでどうすべきか悩む三人とは違い、聖骸布の秘めた力が示す一つの事実にクロナは戦慄を禁じ得なかった。
聖骸布ハック。世界改変能力を秘めた聖装系統の装備が三つ目。
世界を象る根源的な原則を思うが儘に改変するということは、今、この場でクロナが聖骸布を使用することで、彼女の思うままの世界が生まれるということだ。
言わば、この世を作ったとされる唯一神クトゥアと同じことを許されるということ。
それは人が持つには過ぎた力であることは間違いなかった。
「俺としては何に使おうがどうでもよいのだがのぉ……正直、どうでもよくはあるが、だからとて放置して勝手に使われるのも面倒だ」
「私も同意見ですけど、どうすればいいんですかね? 私、馬鹿なのでどうすればいいのかとか分かりませんよ」
「でしたら私が……と、言いたいところですが、あのような布きれを使って世界を無理矢理操るというのもつまら……許せないというもの。何かを変えるのは己の手であるべきですし、ソォジさんの言う通りうっかり誰かに使われるというのも釈然としませんわ」
クロナは分かっていたとはいえ、聖骸布の力を知ったうえで使われたら面倒といった程度の認識しかない三人の考えに、最早笑いしか出てこない。
この三人を常識で括ろうとしたのが愚かだと言うべきか。
何より、こんな化け物共を理解できると思っている己に――
「……ッ」
不意に、クロナは一歩後ろに下がった。
瞬間、宗司とナイルの視線が一瞬だけクロナに向けられ、クロナの全身が泡立った。
間違うはずがない。今、確実に己に殺気が向けられたことをクロナは悟った。たった一歩下がっただけで、まるでクロナの内心を見切ったかのように、眼前の化け物は殺気でこちらを制したのだ。
それでもクロナは脳裏を過った考えを止めることが出来なかった。
これさえあれば、こいつらをこの世から――
「無理ですよ、クロナさん」
視線を向けることなく、ナイルは笑ったままクロナの考えを制した。
「そうだぞくろな殿。それ、穴空いているから本来の使い道も出来ぬ上、後一回分しか使用出来ぬ」
応じた宗司の言葉を聞いて、クロナは握り締めた聖骸布に意識をさらに注ぎ込み、風穴が空いた結果、その能力で改変出来るのが、元の能力と比べると雀の涙程もないことを悟る。
尤も、穴が空いていたからこそ、本来の使用者であったアン以外の人間が触れただけで、その機能を扱えるようになったのだが。
いずれにせよ、聖骸布を使用してクロナが思った行動を実践することは不可能であったということになる。
「あ……う……」
己の邪な考えを見抜かれ、殺されるのではないかという絶望と、この化け物共を葬れる唯一無二の力が使えなかったという絶望。二つ合わさったクロナは喉より引きつった声を漏らしつつ、さらに数歩後ずさる。
だがクロナの思いに反して、ナイルと宗司はクロナに何かしようとする素振りは見せず、むしろいいことを閃いたとばかりに会心の笑みを浮かべた。
「そうですわ! クロナさんが聖骸布を持つというのはどうでしょう?」
「うむ。俺もそう思ったところだ。ははは、くろな殿ならよくわからん使い方や不用意な使用はせぬだろう。めいる、お主もそれでよいな?」
「はい! ソウジさんの言う通りでいいですよ!」
三人が揃って、能力が遥かに弱まったとはいえ使い様では今も尚危険な力を秘めた聖骸布をクロナに譲ることを問題としていない。しかも、宗司とナイルは、クロナが脳裏に浮かべた考えを察したうえでそう言い切ったのだ。
それが、どういうことなのかが分からない程、クロナは鈍くはない。
――私であれば取るに足りぬというか……!
今の聖骸布を使われたところで『クロナ程度なら問題は無い』。害意が有ろうと無かろうと、宗司とナイルにとってクロナはそういった存在なのだ。
反射的に顔を俯かせたクロナの表情は、言外の屈辱に歪み切っていた。
そして、それが分かっていながら何の反論も出来ない己が嫌だった。
分かっている。
分かっていながら、踏み出せない。
だからこそなのだろうか、クロナは俯いていたため見えなかったが、宗司とナイルがクロナを見る瞳に、小さくない落胆の色が浮かんでいた。
「……まっ、ともかくこれで聖骸布とやらの処理は終わりとしよう。それで? この転移ぱすとやらはすぐにでも起動するのかの?」
門を軽く小突いて宗司が言うと、隣に並んだナイルが「えぇ、どうやら山脈の反対側にある門に通じているようですね」と返した。
その言葉にメイルが不思議そうに首を傾げてみせる。
「どうしてナイルさん、この門が何処に繋がってるのか知ってるんですか?」
「え? あ、ふふふ、ほら、門に術式が刻まれているじゃないですか。それを今軽く読んで何となくの場所を予測しただけですよ」
「あ、そういうことですか。てっきりこの転移パスが何処に繋がってるのか最初から知ってるんじゃないかと思いましたよ。ほら、転移パスの術式って複雑すぎて専門家以外は解読出来ないって聞いてましたし。凄いですねナイルさんって」
「ふ、ふふふ、えぇ、そうなんですよメイルちゃん。もっと褒めてもいいのよ?」
「お主、口が若干引きつって――」
「ラブリースマイル!」
「……まぁ、どうでもいいわ」
両目を見開き叫ぶナイルを横目に呆れ混じりの溜息を吐き出しつつ、宗司は咳払いを一つすると前に一歩出て三人の方に振り返った。
「話は少々脱線したが、今宵は存分に楽しめた。個人的な話だが、この大樹海に来て俺は新たな境地を得ることが叶い、当初の目的であっためいるの良き稽古にもなった。今だから話すが、最初の一合でほぼ十割方死ぬと思っていたが、何、人間やってみれば案外……また話がそれたな」
このままでは長話になってしまうだろう。宗司は再度咳払いをして一端間を置いた。
「夜も更けた。月下で舞えたことに感謝しつつ、では新天地へと赴くことにしようか……ないる殿」
「はい、任されました」
言われるがまま前に出たナイルが転移パスに手をかざした。
「では、こちらで操作しますので、三人はパスの中へ」
ナイルに促されて宗司達は転移パスの前に立った。未だ閉じたままのその門は、当然裏側に何かあるわけではない。
しかし、三人が門に立ったのを見計らって己の胸より聖槍を取り出したナイルが、膨大という言葉ですら足りぬ程の魔力を容易に操って転移パスに注ぐと、自動で閉ざされていた門がゆっくりと開き始めた。
開いた門の奥に広がる風景は鬱蒼とした森林ではない。眩いばかりの白い閃光が開いた門より溢れだすのを見て、三人は堪らず目を細めた。
「……よし、これで転移パスは繋がりました。後はここを通ればメビウス王国の外へと晴れて脱出となりますよ」
「脱出って……まぁ、間違えてませんけど」
王都崩壊の責があるのを分かっているため、若干引きつった笑みを浮かべつつメイルが投げやりに応じた。
だがいつまでも過去に囚われるのも阿保らしいというものだ。メイルは後悔も早々に、何ら迷う素振りも見せずに転移パスから溢れる光の中へと踏み出して、その場から居なくなった。
どうやら無事転移が完了したのだろう。光に消えていったメイルを見送って、宗司は未だ動揺を隠しきれないクロナの足を軽く小突いた。
「すまぬ、先に行っていてくれ」
「……分かった」
言われるがままという言葉そのままに、クロナが憔悴しきった表情で転移パスを潜り抜ける。大柄な彼女すらも転移パスは容易に飲み込んで、そのままクロナの気配は光の中へ消え去っていった。
そして後に残るのは、宗司とナイルの二人のみ。
光を背にして振り返った宗司は、目を細めることなく真っ直ぐに己を見つめるナイルに鋭い視線を向けた。
「言いたいことは?」
「ここでお別れですね」
あらゆることを含んだ宗司の問いかけに対してのナイルの返答は気楽なものだ。
まるで動じた様子がない。少なくとも表面上はそう見えるナイルを見て、宗司は溜息と共に毒気が体より消えていくのを感じた。
「……まっ、お主が言わぬならそれでいい」
「あら?」
「ったく、そういうのは……それで? ここまでで、いいのかの?」
短い付き合いではあるが、この女が思った以上に頑固であり、己の欲求に忠実な人間だということはよくわかった。
だから言わないのだろう。
言わない方が、面白いから、言わないのだ。
その全てを納得したうえで、宗司は改めて問いかける。
それならそれでいい。
そういった態度を崩さない宗司に、背筋を駆け抜ける興奮を抑えられた己がナイルのは誇らしかった。
「……私の目的はあくまで聖剣の担い手がどういった存在なのかを見極めることでしたからね」
「では、お眼鏡には適ったのかの?」
「それはもう十二分に。貴方なら、私が何かするまでもなく、きっと素敵な混沌を世界にばら撒くことでしょう」
「そう言いながら、素知らぬ顔で俺を釈迦の掌に乗せるというわけか」
「そんな低俗な邪神で例えられるのは些か不愉快ですが、確かに貴方に対して黙してばかりの今の私にはそう言われても仕方ないところがあるのは事実……安心してください。全ては偉大なるにゃるに嘲笑われるだけのこと。貴方も、そして私も。その中でどれだけにゃるを楽しませることが出来るか、それだけの話です」
困ったように目尻を落としつつ、ナイルはにゃるの加護を受け止めようとでもするように、その両手を広げてみせた。
「だからこそ、ここでお別れというわけです。にゃるをより楽しませるために、程よく混沌に陥っているこの国の外は貴方が、そして貴方が撒いた混沌の種を、私がこの地で育みますわ」
「……好きにしろ」
「うふふ、初めての共同作業ですわね」
「好きにしろ……!」
ナイルが相手だと精神的な疲労が積み重なる。痛くも無い頭が痛むような感覚に額を抑えつつ、宗司は最早それ以上語ろうとはしないナイルに背を向けて転移パスに入ろうとして、立ち止まった。
「あぁ、最後に一つ」
「はい?」
背を向けたまま、宗司は隠すことない殺気を漲らせた。
そして邪悪に口許を歪め、宗司とナイル、最後に問答をもう一度。
「次に会ったら?」
宗司は気軽に問いかけて。
ナイルは無邪気に微笑んだ。
「殺してあげる」
間髪入れず、響く声。
その心地よい感覚に、宗司は楽しそうに喉を鳴らして。
「俺もお主を、斬るとしよう」
――これだから、修羅場というのは面白い。
嗤う宗司のその背中、死に倒れるまで狂い踊れと、蒼褪めた月光は降り注ぐ。
恐れも不安も、今は無い。
風の吹くまま、気の向くまま――。
次の修羅場へ、赴こう。
【血まみれのぼーいみーつがーる】完
これにて一章の完結となります。此処までおお付き合いしていただき本当にありがとうございました。
そして改めて、待っていただいた読者の皆様、本当にお待たせしました。改めて投稿を始めた時はどうなることかと考えていましたが、感想で暖かい言葉をいただき、Twitterなどでも待っていたという読者の皆様の言葉をいただき嬉しかったです。それと、思った以上に私のような作者を待っていた方が多く、待たせてしまったことを恥じ入るばかりでした。本当に申し訳ありません。
そのうえで欲張りな言い方ですが、今後とも変わらぬ応援と感想や評価のほどお願いします。作者の元気の源です。
さて、個人的なアレコレはここまでにしていつものちょっと長いあとがきとなりますので、そういうのが苦手な方は次回からの第二章でお会いしましょう。
この臓物侍、あらすじの最後に書いてあるとおり、しゅらばらばらばらの後日談として第一章は多少の手直しと修正が入っています。そのおかげか、幾つか見慣れないシーンで驚いた方も多かったのではないでしょうか?
そんな臓物侍ですが、しゅらばらのどのルートからの派生かというと、結論としてはどのルートからの派生でもありません。近いルートではAルートですが、Bルートの要素も含んでますし、かと思えばCルートの続きである可能性も否定できません。ともあれ、知っていてほしいのはあの修羅外道は皆様の知ってるクソッタレ青山であるということです。
私としてはBルートでやりすぎたこいつをいつか必ずアヘ顔状態で殺してやると思っていたのですが、二章を書いている最中、その考えが強すぎたせいか気付けば青山がポツンと現れていました。プロットも関係なし。こいつ、殺されたくて現れたかグヘヘ。いや冗談です。白状するとプロットを組みなおしたところ青山ぶち込めばもっと簡潔に纏められるなと思ってこうなりました。
まぁ旧プロットでも最後に現れる予定でしたが、新プロットでは二章から登場します(ネタバレ)。どういう形で登場するのか、どうやって全てを台無しにするのかはのんびりとお待ちください。
そんな感じで第二章からはいよいよ修羅外道同士の殺し合い、メイルの成長伝、クロナ胃痛待ったなし、魔王軍でも動きあり?みたいな具合で一気に物語が動き出しますので、ご期待ください。
ではでは後書きはここまで、第二章もぜひぜひ楽しんでやってください。変わらない応援のほう、お待ちしています。