臓物ぶちまけて死にかけの侍を勇者として召喚してしまった件について   作:トロ

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第二話『南蛮独自の、技術かよ?

 幻想世界ファービュラス。海と間違うほどの巨大な湖『イシス』によって南北で大陸が分かたれたこの世界では、北の大地を悪魔、鬼、竜人などの魔族で、そして南の大陸を亜人、人族、エルフ、ドワーフ等の人間種と呼ばれる者で生活圏を分けられている。

 これまで、互いに自身の領土争いに勤しんでいたため、人間種も魔族も互いにイシスを境にして干渉していなかったのだが、今より半世紀程前、突如として北の大地、魔界にて、千年以上空位であった王位に、かつて超絶的な力を持った人間によって封印された魔王が目覚め、そこに収まった。

 その後、自らの圧倒的な力にて、僅か数年で魔界を治めた魔王は、それから一年もしないうちに、人間種を遥かに上回る能力を秘めた貴族級魔族を率いて人間界に侵攻。やはり一年も経たずに、イシス周辺の国家を制圧。奴隷国家と名づけ、支配した。

 このままでは人間界が魔族に支配されるのは時間の問題と見た当時の人間界の王族達は、各国の優秀な魔術師を集め、長年人間界と魔界を分けていたイシスを媒体とした巨大な結界を展開。大勢の優秀な魔術師を失いながらも、貴族級魔族以上の魔族の侵入を防ぐ聖域と呼ばれる結界を生み出した。

 それにより、爵位持ちの魔族、ならびに魔王の進行を防ぐことに成功したが、彼らの奴隷である魔獣や、爵位を持たない低級の魔族。そしてイシス周辺国家を魔王代理として治める貴族級魔族の進行は苛烈を極めた。

 そして現代。終わりの無い魔族との戦いで疲弊していた人間界の最南端。前線で戦う国々とは違い、巨大な山脈によって他国との接触が難しい場所にありながら、豊富な資源に溢れ、国民の殆どが現在の世界情勢と比べると裕福な王国。

 その名をメビウス王国。後方から魔族との戦争に必要な物資を提供することで、莫大な財産を得ている国だ。

 本来なら彼らの広大な土地を狙った国々との衝突があってもおかしくないはずなのだが、彼らは魔族が進行する以前より、前述した山脈、アポロンという天然の城壁によって国土を守られたため、未だ戦火を知らない稀少な国だ。

 そんなメビウス王国と他国を繋ぐ唯一のラインは、王国が抱える優秀な魔術師達によって製作された膨大な魔力を秘めた魔力炉を用いた巨大転移パスのみである。

 これにより他国との貿易からも優位に立ったメビウス王国は繁栄を続け、魔族との戦争が始まった現在、人間界の生命線でもあり、同時に他国の人々が憧れる理想郷である。

 そんな王国の王都より離れた場所に生い茂った森林の奥にある女人のみしか入れぬ聖域。そこでメイル・リンクキャットは、次代の聖剣の守り手として生を受け、育っていった。

 森の奥にある美しい湖の見える湖畔に建てられた大きな屋敷。彼女はそこから見える風景しか外の世界を知らない。

 物心ついたころには既に屋敷で生活を行っていた。清き乙女にのみ聖剣を見守る役目が授けられる。今代の守り手であるアイリーンにそう言われ育った彼女は、守り手にふさわしい女性であるため、日々魔術の鍛錬に明け暮れた。

 生活に疑問を覚えることは殆ど無かった。ただ、一度でいいから外に出たいなぁと思いはしたが、それは叶わぬ夢だと幼いながらに聡い彼女は理解していたし、自分は一生をここで過ごすことになるのだろうと漠然と納得はしていた。

 そして幾つもの歳月が流れ、彼女は幼さを未だ残しつつも、屋敷に居る大勢の美しい女性達と比べても一際美しいとさえ思えるほどに可憐な美少女へと成長を遂げた。

 歳にして十六。「ようやく貴女にお役目を託すことが出来ます」とアイリーンに言われたメイルは、己の使命に内心で感動したり、やっぱり外に出られないんだという残念な気持ちを感じたり、色々と感情をごちゃ混ぜになりながら、継承の儀と呼ばれる守り手の受け継ぎ儀式を行うため、屋敷でも未だ一度も訪れたことのない、聖剣の安置所にまで足を運んだ。

 いつも以上に豪華な服を身に纏い、しかしそれに負けず劣らずの美貌を緊張に引き締めた彼女は、初めて聖剣の間へと通され、そこで、初めて己の使命を理解した。

 祭壇の如きものの奥、壁に立てかけられたその聖剣は、穢れを知らぬかのように純白だった。

 鞘から柄に至るまで全てが白。魔術における六属性を現す六つの輝く宝石を装着した鞘は眩しく、一目見ただけで魂が吸い取られそうになる感覚をメイルは覚えたものだ。

 

「では、継承の儀を」

 

「……はい」

 

 立てかけられた聖剣を丁寧に手に取ったアイリーンがメイルの前に立つ。守り手のみに許された神聖なる儀式。これをもって、次代の守り手がメイルとなる瞬間、それは唐突に現れた。

 

「キャー!」

 

 絹を裂く女性の悲鳴。直後聞こえてきたのは、メイルがこれまで聞いたこともない野太く獰猛な声、男の声だった。

 突然の事態にメイルも、そしてアイリーンも動けない間に、聖剣の間にまで賊は一気に流れ込む。

 

「何を──」

 

「ひょー! 上玉発見! ここの女は当たりだらけで最高だぜー!」

 

 現れた賊達はアイリーンとメイルを下卑た視線で舐るように見つめて興奮のあまり狂ったように叫び散らした。

 

「たまんねぇ! さっさと犯しちまおうぜ!」

 

「そうだ! けけけ、先遣隊には美味しいところ取られちまったしよぉ! とりあえずここに居るのは俺らでやっちまうべ!」

 

「おほっ、しかも『目標の剣』までありやがる! 最高! これで俺らの勝ちってわけだ!」

 

「貴方達! ここは聖剣の眠る神聖な──」

 

「とりあえずやっちまえ!」

 

「ヒョー!」

 

 アイリーンの言葉になど耳を傾けるつもりなど賊には無かった。身勝手に各々の欲望を口にしたと思いきや、まるで獣のように賊達が襲い掛かってきた。

 だが腐っても、ここまで進行してきた男達か。強化の魔術によって体を強化した賊達の速度は速く、瞬く間に二人との距離を詰めて、その穢れた手を伸ばし──

 

「『火炎球』!」

 

 そのよりも速く魔術の詠唱を終えたアイリーンの手から放たれた炎が、先頭を走っていた男の顔面に直撃した。

 

「ぎがぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 一抱えほどの炎が顔面に炸裂したとなれば、たとえ強化されているとはいえ、いや、強化されているからこそ激痛によって悶えることとなる。一瞬で爆ぜた眼球部分を押さえて地面をのた打ち回る賊の一人、だが賊達は速度を緩めることなく、アイリーンと、その背中で聖剣を抱えて震えるメイルに殺到した。

 

「ヒャァ! 女ぁ!」

 

「クッ……!」

 

 伸ばされた手から逃れるように、アイリーンはメイルの手を持つと自身もまた肉体を強化して飛び退いた。

 しかし、男達の情欲に塗れた手は次々と襲い掛かってくる。それを何とか掻い潜って反撃しようとするアイリーンだったが、手を繋いでいたメイルが賊の手に掴まれた。

 

「ひっ……!」

 

「捕まえたー!」

 

 そのまま強引に手繰り寄せられたメイルからアイリーンの手が離れる。しまったと思ったときには遅い。聖剣を握ったままだったメイルは容易に組み敷かれ、賊は怯え竦むメイルの表情を見て口元を歪めた。

 

「げへへ。安心しなお嬢ちゃん。俺ぁ紳士だからよぉ、最初は優しくしてやるぜぇ」

 

 そう言いながら生臭い舌を突き出して、震えるメイルの頬を舐め上げる。言語に出来ぬ不快感がメイルを襲うが、恐怖で逃げ出したい心と裏腹に、体は主の命令を無視して微動だしない。

 唯一、聖剣を抱きしめた両腕だけはしっかりと握り締めた。これだけが心の拠り所だとばかりに抱えた聖剣だったが、男には今から行う行為にそれは邪魔だったのだろう。苛立たしそうに舌打ちを一つ

 

「とりあえず邪魔だからよぉ」

 

「い、いや……」

 

「剣とついでに、その綺麗なドレスも捨てちまいなぁ!」

 

「いやぁ!」

 

 神聖なる聖剣に垢塗れで土に汚れた手が伸びる。その手から聖剣を守るように体を縮こまらせたメイルは、頭の片隅で自分はやはり聖剣を守るために生まれてきたんだなぁとどうでもいいことを思いつつ、今から自分に起こりうる恐ろしい出来事から逃れるように目を瞑った。

 

「止めなさい!」

 

 そんなメイルの窮地を救ったのは、賊達から逃れてきたアイリーンだ。愚直な突撃のせいで賊達の手を抜けることが出来ず、掴まれた衣服を引きちぎられながら、それでもメイルの、何より聖剣のために飛び出したアイリーンは、何事かと顔を上げた賊の顔面に、儀礼用に装着した小ぶりのナイフを突き立てた。

 

「ギャアアアアア!」

 

 左目に突き立てられたナイフから鮮血が溢れ、激痛に悶える悲鳴が木霊する。初めて見る人間の鮮血と濃厚な香りにメイルが眩暈を起こしていると、アイリーンがその体を抱き起こした。

 

「メイル。今から貴女を屋敷の外に──」

 

「ふざけんなよこのクソアマがぁ!」

 

 逃がします。

 そう言おうとしたアイリーンの言葉は、背中を深く切り裂いた男の片手剣によって遮られた。

 

「あっ……」

 

 滂沱と流れる鮮血がメイルの体を染め上げる。

 真っ赤な血。

 命の赤。

 鮮血。

 死。

 連想された最悪に思考を停止させている向こう側。剣を降りぬいた片目にナイフの突き立った男が、憤怒の形相で二人を見ていた。

 

「クソッ! 調子に乗りやがって!」

 

「ヒャヒャヒャ! だっせぇなジェイン! 久しぶりの女で頭いっちまったからそこでくたばったベンみたいにヘマすんだよぉ!」

 

「うるせぇ! クソッタレ。もう我慢できねぇ。犯すだけじゃ駄目だ。くたばっても早々に捨ててやらねぇ。瀕死のこのクソアマの前でそこのガキの目ん玉犯してやる。そんくらいしねぇと気がすまねぇ!」

 

 怒りで我を忘れた賊の口走った言葉の意味はあまり理解出来ないが、きっとこれから恐ろしいことが起きるのだろう。

 蘇ってきた恐怖にメイルが泣きそうになっていると、その頬をアイリーンの血濡れの右手が撫でた。

 

「アイリーン、様」

 

「……聖剣を、託しましたよ、メイル」

 

 その右手が力なく崩れ落ちる刹那、メイルを中心に金色に輝く魔方陣が展開された。

 

「こいつは……!」

 

「やべぇ! メビウス王国製の転移パス使いやがった!」

 

 その魔方陣を見て、賊達の顔に初めて焦りの表情が浮かぶ。だが時既に遅し。光の粒子が瞬く間にメイルの体を包み込み、閃光が弾けた後、メイルは屋敷の外に出ていた。

 

「あ、え……」

 

 何が起きたのかわからずに周囲を見渡すメイル。しかし、緊急で行われた転移では精々屋敷の直ぐ側までの転移しか出来ず、どうしていいのかわからず周囲を見渡している間に、慌てて外に出てきた男達と目があってしまった。

 

「逃がすな!」

 

 その中で一際体格のある男の号令で無数の男達がメイル目掛けて走ってくる。

 逃げなくてはいけない。咄嗟に判断したメイルは、自身に強化の魔術を施すと、聖剣を頑なに抱きしめたまま森の中へと駆け出した。

 どうして。

 どうしてなの。

 疑問は疾駆する己の脳内を駆け抜ける。背後からは野蛮な男達の不愉快な声。こちらを嬲るようにゆっくりと追い詰めているが、メイルには己が追い込まれているという実感は当然なかった。

 逃げなくてはいけない。

 逃げて、この聖剣を守りきらないといけないから。

 

「なの、に……!」

 

 どうして涙が溢れて視界が滲むのか。

 どうして喉が引きつり鼻が詰まり呼吸が難しくなるのか。

 どうしてこの足は今にも崩れ落ちそうなのか。

 守り手としてそれなりの訓練を積んできた。もしも正常な思考のままだったら、賊の一人や二人は倒せたはずだ。

 そしてそれはアイリーンにも言えることなのだが、実戦というものを知らなかった彼女達では、野蛮でありながらも幾つもの実戦を潜り抜けてきた賊達を前に、本来の実力の半分も発揮することが出来なかった。

 だからこうして冷静な思考を奪われ、鈍った思考能力で下した判断の結果、悪戯に魔力と体力を消耗したメイルはついに転んでしまう。

 

「へへへ、もう終わりだな」

 

 そこにリーダー格の男を含めた数人の男が意地悪い笑みを浮かべながら現れた。

 

「い、いや……!」

 

「おいおい、そんなに怖がるなよお嬢ちゃん。怖がってもお嬢ちゃんが俺達の玩具になることは変わらないんだからなぁ!」

 

「いや、だ……!」

 

 幾ら魔術が優秀であり、守り手と言われていても、戦いはおろか外も知らぬ小娘では逃げ切れず、ついには追い詰められる。

 そこで彼女の咄嗟の行動が、果たして全ての因果の原因であった。

 

 聖剣を媒体とした、異世界からの勇者召喚儀式。

 決して独断で使ってはならないと、守り手の間でのみ伝わってきた古から脈々と受け継いだ禁断の魔術。

 

 それは、勇気ある者。

 

 それは、人々の希望となる者。

 

 それは、あらゆる魔を払う光の者。

 

 それこそ勇者。

 

 それこそ、英雄。

 

 そして現在、彼女の目の前には臓腑と血肉で描かれた地獄絵図が広がっていた。

 

「あ、ひ……」

 

 召喚に応じて呼び出された勇者は、儀式が中途半端であったためか瀕死のまま呼び出された。

 だがそんな状態でありながらも、自身の臓腑を撒き散らしながら、黒髪黒目、黒い着物姿という風変わりな異国の青年は賊達を全て斬り捨ててみせた。

 しかし、喜べるだろうか。

 いや、喜べるはずが無い。

 

「う、うぇ……」

 

 メイルの瞳に涙が浮かび、恐怖で緩んだ股からは暖かな液体が溢れ出た。

 怖かった。

 何がではなく、世界の全てが彼女には怖かった。

 鳥籠の子として育てられてきた半生。そこに現れた外の者は、自分の見知った世界を崩壊させ、全てが無くなってしまった。

 唯一あるのは、抱きしめた聖剣のみ。この手に抱いた聖剣だけが彼女の拠り所であり、この死だけに満ちた世界で頼りになるたった一つの確信だからだ。

 

「逃げ、逃げない、と……」

 

 そしてもう一つ。それは聖剣を託したアイリーンの言葉。

 その言葉と聖剣を頼りに、大粒の涙を流しながら立ち上がったメイルだが、汗と血で塗れた掌は、ずっと聖剣を握り締めたせいで握力を失い、立ち上がったときにその手から抜け落ちてしまった。

 

「あっ……!」

 

 慌てて手を伸ばすが、聖剣はするりと彼女の手を抜けて赤い大地に落ちる。

 ぐちゃり。

 ぺちょり。

 そんな不快な音を立てて死肉に落ちた聖剣は、そのまま横に倒れて、まるでそれが運命かのように、この惨劇を作り出した瀕死の青年の掌に納まった。

 瞬間、メイルは信じられないものを見る。

 

「う、ぁ……」

 

 青年の手に触れた瞬間、津波のように聖剣からあふれ出した聖なる魔力か。

 否。

 青年の状態をいち早く察した聖剣『チート』が能力の一部、『無限魔力』と『魔術、スキルの最適使用』を緊急起動させて、回復魔術を自動で詠唱したその光景。

 ばら撒かれた青年の臓物が、生き物のようい蠢いてその腹に収まっていくというおぞましい光景を見て、言葉を失う。

 

「う、ぅ……ぁ」

 

 まるでそれは、死肉で練り上げられたおぞましき害虫でも見ているかのようで。

 最早、耐えることは出来ない。限界を超えたメイルは、泣き喚くことも出来ず、ついに意識を手放して倒れるのであった。

 

 

 

 

 

 刀を手にしたのは十を過ぎたころだ。

 侍と名乗るには些か遅いのかもしれないが、それまでは百姓の倅として慎ましやかな生活を両親としていた。

 だが戦があった。そこに俺の村が巻き込まれ、生き残ったのは俺だけとなった。

 刀を手にしたのはその頃だ。

 さて、食料もなく、頼れる家族も居ないと困った俺が手にしたのは、道端で悶死していた武士の差していた脇差。アレを一本拝借して、それからは当てもなくとりあえずさすらった。

 人を斬ったのは、そう遅くはなかった。たまたま、俺の手にした脇差がそれなりの業物だった故、それを奪おうとした山賊を斬り捨てたのが始まりだ。

 感慨というものは、あったか、なかったか。

 腑を裂く、というには稚拙な技量であったが。

 するりと入れて。

 するりと殺す。

 そこで俺は閃いたのだ。

 

 そうだ。強くなろう。

 

 そんな、懐かしい記憶。

 

 

 

 ふと、目覚めた。

 

「ん?」

 

 パチリと開いた眼を一周。辺りを見渡したところで上半身を起き上がらせる。

 

「……桃源と語ったが、事実であったか」

 

 周囲を満たす臓物温もりを肌で感じつつ、件の青年、宗司は、歳のわりに幼いと言われるその顔を軽く一撫でした。

 続いて腹部を撫でて、驚愕する。

 

「なんと……」

 

 背骨まで届かんと思うくらいの腹部の裂傷が一切見当たらない。それどころか、あの剣豪との死闘で受けた傷の一切が治っている。着物が心当たりのある傷口の部分に沿って斬られているため、決して夢幻というわけではないのだろうが。

 

「狸か狐……化かされたかな」

 

 まるで状況が理解出来ない。

 コレは困ったぞと、まるで困った風に見えない表情で軽く口ずさんだ宗司は、一先ず右手にかかっていた装飾のごてごてしていた剣を放り捨てて、柄部分がぼろぼろの刀を拾い、起きたときに察した呼気のほうへと視線を向けた。

 寝ているのは、壮絶な光景に意識を手放したメイルである。

 

「南蛮娘? というより、こいつら全員、南蛮の者か?」

 

 驚きのあまりわざわざ口に出して確認してみる。生涯の殆どを日の本と呼ばれる島国で暮らしてきた宗司にとって、顔の作りが異なる彼らの顔は見慣れぬものだ。

 剣豪との死地を超え、意識を失いかけ、いつの間にか南蛮の者と斬り結んだ。

 過程がぶっ飛んでいるよな。なんて宗司は無い頭を捻って考えるが、幾ら考えても何かが分かるわけではない。

 とりあえず、この場で唯一の生存者であるメイルを起こすことに決めた宗司は、メイルの体を抱き起こすと、その背中を軽く力を込めて叩いた。

 

「ッ……!」

 

「おぉ、起きたかの。俺は宗司と言う。起き抜けですまぬが、一体ここが何処なのか──」

 

「きゃぁぁぁぁぁぁ! いや! いやぁぁぁぁぁ!」

 

 宗司に起こされたメイルは、朗らかに語りかけてきた宗司(臓物と血塗れ)を見るや否や、錯乱した状態で暴れだした。

 咄嗟に押さえ込もうとした宗司だが、即座にメイルの細腕からは考えられない力を察して距離を取る。気絶したとはいえ時間が然程経っていないため、メイルにかけられた強化の魔術は残ったままだったのだ。

 だがそれを知らぬ宗司は、己を遥かに凌駕するメイルの怪力に目を丸くした。

 

「なんと怪力」

 

「止めて! 来ないで!」

 

「……ともあれ困ったのぉ」

 

 怪力はさておきだ。

 何故だか知らないが怖がられているらしい。肩に乗っかった小腸の束をそこらに放り捨てながら、どうしたものかと悩む宗司の前で、メイルはいっそう錯乱して尻餅をついたまま号泣する。

 最早、言葉にすらなっていない。只喚くだけのメイルを眺めて暫く、「あまり使いたくはないが」と呟くと、喚くメイルを見据え、掲げた指先の人差し指をおもむろに立てると。

 

「せい」

 

 などと、気の抜けた言葉と共に、メイルを指差した。

 

「いやぁぁぁぁ、ぁッ……!」

 

 たったそれだけで、錯乱していたメイルの動きが停止する。どころか、体中の力が抜けて、再び股を濡らす始末だ。

 今のは殺気を用いた気当たりと呼ばれる難しい技術だ。本来、達人相手に殺気をぶつけて、自分が斬りつける箇所を惑わす技だが、こうして一般人が相手なら、その生存本能をたたき起こして、一瞬で体の自由を奪うことが出来る。

 欠点は体の力が抜けて、大抵の場合股間を濡らすということなのだが。

 

「すまぬな。女子(おなご)に恥をかかせるとは情けないが、これも一旦落ち着いてもらうためだ」

 

「う、ぅ……」

 

「……暫く、声が出ないようにするぞ。その間に俺のことを話す。敵ではないということを知ってもらう。いいな?」

 

 有無を言わさぬ宗司の言葉に、メイルは自由を奪われた内心で喚き散らしていたが、敵意無く真っ直ぐにこちらを見つめてくる宗司の瞳を見ていると、何故か脳内の混乱が少しずつ収まっていくような気がした。

 

「……さて、先程も述べたが、俺は宗司と言う。字は……こうも汚いと土に書くわけにも、というかお主、俺の言葉、わかるのか?」

 

 メイルの顔を見て、宗司はどうしたものかと唸った。

 そう、南蛮だ。何はともあれ異国の少女だ。幾ら学が無くても、人づてに南蛮の人間は日の本言葉ではなく、別の言葉で語るということは聞いている。

 これでは語りかけたところで意味がないではないか。

 どうしようもなくどうしようもない現状に宗司は困惑にしどろもどろしていたが、突如その視線がメイルの奥に向かった。

 

「五人か、どうやらお主の声でこちらに気づいたようだな」

 

「ッ!?」

 

「お? 反応したということは、俺の言葉がわかるのか」

 

 誰かが近づいていることに目を見開いたメイルの表情を見て、とりあえず言葉が通じていることに宗司は安堵した。

 だがメイルはそれどころではない。この状況で迫る者といえば、間違いなくあの賊達だ。

 逃げないと。そう思うが、宗司の殺気の影響は抜けず、未だ体は微動だしない。

 そうこうしているうちに、草木を掻き分けてぼろぼろの宗司に負けず劣らず不潔な男達が言ったとおりに五人現れた。

 

「いぃッ!?」

 

「なんじゃこりゃ!」

 

「嘘だろ、これ、兄貴じゃねぇか!?」

 

「何で兄貴が……」

 

「それより目の前だ!」

 

「よぉ」

 

 宗司は五人の視線が集まったところで、軽く手を上げて会釈した。

 だが気軽な宗司と対照的に、対峙する男達は表情を引き締めて片手剣を抜き払い、魔力の輝きで体を満たし肉体を強化した。

 あれが、敵だ。

 宗司と相対する五人は、本能で目の前の男が自分達の敵であると理解した。

 

「……話すつもりはない、か」

 

 場を満たす殺気の塊。静かに見渡し、話しあう余地はないと悟る。

 

 良きかな。良きかな。

 

 険呑な空気に肩を竦めながら、宗司は隠すことも無い愉悦を目に浮かべ、腰の鞘からその愛刀を見せびらかすように引き抜いた。

 賊達の片手剣が、大量生産された粗悪な物に対して、宗司の抜いた日本刀は色香とでも言うべき不思議な魅力を放っていた。

 なだらかな弧を描いた刀身。光を反射する鉄の冴え。薄く研がれた刃は周囲の風景に溶けるくらいに鋭い。

 賊達の剣が打撃武器にしか見えなくなるくらい、その日本刀はひたすらに斬るということを突き詰めた、芸術品とも呼べる仕上がりである。

 息を呑まれる、とはこのことを言うのだろう。刀の色香と、それを操る宗司の放つ色気。性欲の沸かぬ美しさ。絵画を前にした人々のような気持ちが、この極限状態だというのに賊達の胸に去来した。

 

「我流、宗司。愛刀は無銘。共に名の無き無頼の剣客」

 

 傷はどうやら完全に治っているらしい。

 動かしても痛まないのを確認した宗司は、こちらに見惚れる賊達に名乗りを上げると、滑るように足を踏み出し、腰構えに刀を寝かせた。

 

「いざ、尋常に」

 

 一手。馳走。

 宗司はそのまま吹き飛びそうなくらい軽やかに一歩を踏み出した。

 その初動。強化の魔術で向上した男達の反射神経ならば容易に視認することの可能な踏み込み。

 だというのに、見逃した。

 否。

 見るのに頼るから、宗司の踏み込みを理解しきれなかった。

 

「あ?」

 

 奇怪と言うほかないだろう。ぼろぼろの袴の下に隠された宗司の足捌きは、体を一切動かさずに一定の速度で前進しているように見える。それだけでも異常だが、その実、不規則に速度を増減させることで、一定の速度で真っ直ぐ進んでいるのに、どうしてか進んでいないように相手の視界を錯覚させた。

 こちらに迫っている。

 だが、こちらに迫っていない。

 本来は達人を相手にしたとき、敵の間合いを撹乱させて空振りさせるための技術なのだが、進むのに進まないという矛盾する宗司の歩法は、強化によって良くなりすぎた彼らの目にはあまりにも毒となる。

 眼球からの情報ではどうしても処理しきれないその動きに、一秒もせずに目を酷使した彼らの脳髄は、激痛をもって宗司を見るなと訴えてきた。

 その隙を逃さず、するりと間合いに到達する。

 

「奇怪な気を感じるが……」

 

 構えも歪。

 呼気もばらばら。

 殺気の出所で動きの所作も丸見え。

 そんな彼らに対して宗司が己の技術の一端を見せびらかしたのは、彼の第六感に触れた男達の発する奇怪な気の流れを感じてだ。

 似たような気を感じたメイルは、先程、見た目からは想像の出来ない怪力を発揮してみせた。

 そして不確かな記憶が事実なら、意識を失う直前に戦い、今は回りで骸を晒す男達は、踏み込みの速さだけならば信じられない速度を発揮していた。

 

「それは、南蛮独自の技術かよ?」

 

「ひっ!?」

 

 宗司は一番手前に居た男の間合いよりもさらに深く入りこむと、その奈落のように黒い瞳で男の顔を覗きこむ。

 恐怖に怯えた男の顔からは何も答えは返ってこない。

 仕方ないか。

 宗司は嘆息ついでに男の首に刃を突き立てた。

 

「え?」

 

「そりゃ」

 

 痛みに叫ぶ暇もなく、目を丸くする男の首筋に刃を刺した宗司は、気楽な掛け声とともに捻るようにして刃を引っこ抜いた。

 するとその先に、器用に絡めた頚動脈が現れる。生きるために必要な血を供給する大事な血管。どくどくと血を流す命の糸の動きを刀越しに感じつつ、宗司は顎をしゃくり注意深くその流れを見た。

 

「え、え? 痛、いたた、いたたたた」

 

「不可解な気の流れだが……ふむ、どうやら血の流れは変わらんらしい。こういう場合、脈の流れが異様だったりするのだがの。気の運用とは違うのか?」

 

「え、ちょ、俺、首、痛い、どうなって……」

 

「では、死ね」

 

 それを確認出来たら、用済みだ。

 痛みはあるが、自分がどうなっているのか分からず慌てふためく男の頚動脈を、宗司は躊躇なく斬り裂いた。

 まるで痛んだゴムを裂いたような抵抗の後、半ばから絶たれた血管の切り口から滂沱と流血が始まる。

 蛇口の壊れた水道管のようにとめどなく噴出す己の血に塗れ「あー。あー」とか細い悲鳴をあげつつ男が倒れるその間。

 裂いた脈から血が流れる刹那の間に、いつの間にか周りに居た三人の首が虚空にむけて飛んでいた。

 

「……岩を裂く手応えの人肌とはな」

 

 切り捨てた首の感触に宗司は首を捻りつつ、残った一人を静かに見つめた。

 

「ひ、ひぃぃぃぃ!」

 

「……戦意を失ったか」

 

 片手剣を放り投げ尻餅をついた男を見下ろして、呆れた様子で宗司は肩を落とした。

 どうせなら奇怪な気の運用。つまりは魔術を使った動きを見せてもらいたかったのだが、戦意を失ったというならば仕方ない。

 宗司は斬るのが好きなのではなく、戦って斬るのが好きなのだ。

 その点で考えれば今の一合は戦いとは言えないだろうが、それはそれ。別に好きな斬り方が戦う中であり、それ以外の場所で斬らない道理など何処にも無い。

 斬るのだ。

 それだけ。

 

「つまらん。失せろ」

 

 さりとて、無抵抗な弱者を斬り捨てするほど享楽に耽る男ではない。

 刀を鞘にしまって告げた宗司の一言を聞くや否や、生き残った男は尻を向けて涙を流し悲鳴をあげながらその場を後にした。

 

「……つまらん」

 

 もう少し歯ごたえのある者と戦いたかったものだ。

 そこまで考えて苦笑。生きてるだけで御の字なのに、この上早速敵を欲する己の欲の深さには呆れるばかりだ。

 

「……さて、そろそろ解けているはずだが?」

 

 やるならば相手をしよう。

 その背後、殺気の呪縛から抜けてこっそり聖剣を拾ったメイルを見ることなく宗司は告げた。

 

「ひっ……!」

 

 僅かとはいえ、賊の放つ獣欲とは純度の違う戦意を向けられてメイルは再び臓物の海に腰を抜かしてしまう。

 ぱちゃりでぐちょり。不快な感触に再び起き上がったメイルは震える足で臓物の海の外へと逃げてから再び腰を抜かして倒れてしまった。

 

「ハハッ、見ていて飽きぬ女子だな」

 

 生まれたての馬みたいにガクガクなメイルの動きを見て、宗司は面白おかしいと声をあげてひとしきり笑うと、逆に声を殺して泣いているメイルの側に近寄り、有無を言わさずその体を肩に担ぎ上げた。

 

「え、えぇ!?」

 

「うむ。やはり気の流れが失われると怪力もなくなるようだな」

 

 突然担がれて慌てふためくメイルだが、その抵抗は先程よりも頼りない。混乱のあまり魔術を使うことすら忘れてしまったメイルは一通り暴れると、抵抗が無駄と悟り動くのを止めた。

 

「すまぬなぁ。何せ俺という男は女子の扱いに慣れてない故。さりとて回りくどいやり方はあまり好かん……それで、落ち着いたかの?」

 

 宗司の問いかけにメイルは聖剣を抱きしめて力なく頷きを一つ返した。

 

「あの、ありがとうございます」

 

 思い返せば、本人の意図がどうあれ、宗司が窮地にあったメイルを助けたのは事実である。

 そう、窮地だ。

 ふとそこで、あまりにも唐突に己の身に降りかかった災厄と、追い込まれた窮地の全てが走馬灯のように脳裏を駆け抜ける。

 アイリーン。私を庇って死んだ。

 他の子もそうだ。私以外、きっと皆。

 

「う、ひっ……うぇ」

 

「あん?」

 

 黙りこんだかと思えば、今度は再び声を押し殺して泣き出すメイルを見て、宗司は困ったものだと眉を潜めた。

 確かにメイルには色々とあったのだろう。武装された男達に襲われていたのだ。それを考えれば確かに泣きたくなるのも無理は無いが。

 だからとて、困っているのは宗司も同じである。そして、宗司という男は、女が泣いているからといって遠慮や配慮が出来るほど器用な男ではなかった。

 

「とりあずここを出るぞ。こう臭くては堪らんからな」

 

「う、うぅ……ひゃい」

 

「返事が出来るなら良しとしよう。ところでお主、何処か近くに水浴びの出来る場所を知らんかの? お主も俺も、こう臭くては獣の良き標的となってしまう故」

 

 その問いかけに、メイルは言葉ではなく指先で道を示した。

 どうやらこの先に水浴びできる場所があるらしい。

 

「では行くか。ほれ、少々揺れるが我慢しろよ」

 

「ぁぃ」

 

「……大丈夫かのぉ。こやつ」

 

 これだから女子という生き物は良く分からんのだ。

 宗司は内心で溜め息を吐き出すと、示された道のほうへと歩き出す。

 或いはそれは奇跡みたいなものだろう。何せ外の世界など知らぬメイルだ。それが恐慌状態のまま森の中を走り続け、未だショックから立ち直っていないというのに、正確に水浴びが出来る場所。つまりは湖の方角を示すことが出来たのは。

 そしてそれは同時に不運でもあったのだろう。

 十人近くの賊を斬り捨て、まぁ他には居ないだろうし、居たら居たとして面白そうだからいいやと賊のことを気にしない宗司。

 そもそも世間のことなどまるで知らないため、帰巣本能で湖のほうを示してしまったメイル。

 その行く先にあるのは、当然ながら惨劇の起きた屋敷のある場所に他ならず。

 未だそこには、賊の残党が残っているのだということに、二人はこの時全くもって気づくことはなかったのであった。

 

 

 

 

 




次回、聖剣チート、文字通り。
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