臓物ぶちまけて死にかけの侍を勇者として召喚してしまった件について   作:トロ

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第二章開始、ご期待に答えられるよう頑張ります


第二章【変えられず、ごーいんぐまいうぇい】
第一話『地獄よ踊れ、災禍はここへ』


 血潮が空を染める。

 肉が地面を彩り、大きく抉れた大地にぶちまけられた臓腑は、さらなる破壊によって再度抉られ、飛び散る全ては砂塵か肉片か分からぬ程。

 怨嗟の体現、ここに極まり、兵士達はそれでも尚と命を投げ出し愚直を犯す。

 

 ――だからここは、地獄なのだ。

 

「怯むな! 進め進めぇ!」

 

 絶え間なく周囲で響き渡る轟音と肌を焦がす熱波を浴びながら、手入れも殆ど出来ていない武器を片手に兵士達が駆けていた。

 目指す先には巨大な城壁が走破を試みる兵士達の前に立ち塞がっている。

 魔術的な防御を施された鋼鉄の盾は、例え巨人であろうと通さない堅牢さと強大さを誇っている。それだけではなく、行く手を阻む幾多の攻性防御網が兵士達の前進を遅滞させ、その間に城壁の向こう側より降り注ぐ鋼鉄と魔術の洗礼が絶叫と血潮を戦地の至る所にばら撒かせていた。

 

「まだか、まだ抜けられんのか!?」

 

 その様子を後方に設営された本部より遠見の魔術で見ていた将軍、ノード・ビタンスは忌々し気に見ていた。

 一ヶ月前までは美しい自然が広がっていた草原地帯は、度重なる戦闘の余波によって地表が剥き出しとなった状態だ。攻城用の大規模な魔術を幾つも解き放ち、絶え間なく兵士達の進軍にて踏み荒らされた結果である。

 だがそこまでして未だに城壁はおろか、城壁に至る道程すら攻略出来ていない。

 

「気合いを入れろ! ここを奪われたままでは人類に未来はないのだぞ!?」

 

「いずれ城壁の魔術砲撃も底をつく! 自然回復される前に絶え間なく攻め続けて血路を拓け!」

 

「ですがその前に我が軍が!」

 

 将官の怒声が通信用の水晶より響いてくるが、それで戦線が有利に働くことなど断じてない。だが、分かっていながらも彼らは叫ばずにはいられなかった。

 何せ彼らが挑んでいる難攻不落の城壁こそ、かつては北部戦線の中継地点にして、本来なら魔族に対する人族連合の最終防衛ライン、アイアス城塞。

 数万の兵士を一年以上は戦わせることが出来る大量の物資に、自給自足のエリアまで確保された広大な都市の周囲は、各国の優秀な魔術師の手によって施された魔術防壁が幾重にも施された堅牢な城壁によって囲まれている。上空から攻めようにも透明な障壁とドラゴンにすらダメージを与える魔術兵器が常に周囲を睨んでいるために突破は難しい。

 だが地表から攻めようにも、今行われているように周辺を取り囲むようにして散布された大量の魔術地雷の数々と、城壁そのものより放たれる絨毯爆撃の如き魔術によって、城壁に近づくことすら出来ないのだ。

 

「ヘイム卿の率いる四軍が壊滅! 並びに三軍、八軍もこれ以上の戦闘は――」

 

「それでも進め! ここで止まってはこれまでの犠牲すらも無に帰すことになるのだぞ!」

 

 魔術による砲撃の音に紛れて聞こえる報告に、己がどんな理不尽を強いているのか分かっていながらも命じるしかない。そして報告を受けた兵士もそれが分かっているのか、絞り出すようにして「……行きます」と言って、その数秒後、水晶に響いていた音が消えた。

 

「クソ! クソ! クソが!」

 

 そこでついに我慢が出来なくなったのか、ノードは机を力任せに叩き折った。

 あまりの威力に砕けた木片が地面にめり込むほどだったが、ノードの激情はその程度では決して収まらない。

 

「人類最後の砦が人類を脅かす最悪の悪魔となる! こんな馬鹿げたことがあっていいのか! クトゥアは我々を見捨てたと!? このまま魔族共に滅ぼされてしまえばいいというのか!」

 

 血走った眼で崩壊していく戦線を遠見の水晶より見ながら、ノードは人類の慢心が招いたこの悲惨な戦場を嘆いていた。

 事の発端は今より一ヶ月程前、現在でも情報規制によって一部の者しか知らないが、突如として発生した謎の広域殲滅魔術と思わしき魔術により、メビウス王国の首都が一瞬にして消滅したことに始まる。

 これによって物資の流通が一時的にだが停滞することが危惧され、補給線としても機能していたアイアス城塞から各地に向けた物資の供給が開始された。

 だがそれによって、本来なら魔族ですら攻めることが敵わないアイアス城塞内部に、魔族の侵入を許すことになる。

 そして、一度内部への侵入を許してしまえば、基礎能力で違う魔族と人族では相手になるはずもなく、城塞内部は一夜にして制圧。だが悲劇はこれでは終わらなかった。

 あろうことか、城主が命惜しさにアイアス城塞の機能を魔族に開示してしまったのである。これにより一夜にして城塞の制圧、そして機能の掌握まで果たした魔族は、自身の軍勢を城塞に招き入れ、完全なる難攻不落の拠点を手に入れることとなった。

 急造とはいえ敵の侵入を容易に許す杜撰な補給ライン、命惜しさに城塞を明け渡す無能な将、そんな将に全機能を委託していた人族軍の怠慢。

 一つひとつはまだ取り返しがつく。だが全てが見事に重なったこの悲劇は、まさしく人族という存在の無能さを示すだけの喜劇ですらあった。

 そして、そんな喜劇の尻拭いのために、真に勇気ある人族の兵士達が次々と骸を晒して乾いた地べたを潤わせていた。

 だからこそ、ここは地獄。

 あるいは、これより開かれる地獄へと通じる門。

 誰もがここを切っ掛けに、人類はさらなる窮地に追い込まれる。確信に満ちた思いは、ノードだけではなく、戦場に人類の誰もが考えていた。

 

「だからこそ……! だからこそここで……!」

 

 ここで何としてもアイアス城塞を奪還しなければ、後に待つのは魔族による一方的な蹂躙だ。そうなれば、イシスに展開した結界まで前線を押し返すどころか、雪崩れ込む化け物によって全てが崩壊する。

 しかし、そんなノードの思いも虚しく、水晶を通じて伝わる戦線の情報は一秒ごとに悪化していた。

 

「将軍……! これでは……!」

 

「……」

 

 辛うじて最後まで言わずに言葉を飲み込んだ将官の言いたいことは分かっている。

 最早、意地ではどうすることも出来ない。このままでは――この時点で、人類側の損耗は致命的なものを受けている。

 そして今ここで退かなければ、体勢を立て直すことすら出来ずに攻勢に打って出てくる魔族を迎撃する陣すら構築できずに突破されるだけだ。

 もう時間は残されていない。

 今すぐに撤退を告げるべきだと分かっている。

 

「だが、退いて、どうする?」

 

 擦り切れたノードの呟きに、将官の誰もがやはり返す言葉を持っていなかった。

 ここで退けば、まだ防衛を出来る最低限の戦力は残る。だがそれはあくまで最低限、虚しい延命処置でしかない。何より、アイアス城塞の魔術は、大地の龍脈より魔力を汲み取ることによって、消耗した迎撃魔術等を一週間もあれば完全に使い果たした状態から回復することが出来る。

 そうなれば、仮に再び城塞攻略を行えたとしても、今回よりも少ない戦力で万全に戻ったアイアス城塞に挑まねばならないのだ。

 可能か不可能かなど、戦略等を知らない素人でも分かることだ。

 ここで撤退すれば、もう二度と城塞を奪還することは出来なくなる。

 

「どうすれば、いい?」

 

 今ここで起死回生を信じてこの場での全滅か生存かの二択を選ぶか。

 あるいは、死ぬことが分かっていながら延命のために撤退するか。

 刻一刻と時間の砂は零れ落ちていく。だが、その肩に人類の明日を背負わされたノードは、喘ぐように口を震わせ、いずれにせよ最悪の二択の選択肢を告げようとして――。

 

「ッ! 魔術砲撃が――」

 

「なっ……」

 

 天幕を照らし出すのは魔術の輝き。天幕ごと周囲一帯を覆い尽くす消滅の一振りは、ノードを含めたその場の将官全てが何かしらの行動を行う前に、暴虐的な光の柱によって全てを薙ぎ払う。

 これにより司令部を失った人類軍は、当然ながらぎりぎりで保っていた戦線を維持することが出来ずに瓦解を果たし、一転して攻勢に躍り出た魔王軍によって一方的な撤退戦を行うことになる。

 こうして第二次にして最後となるアイアス城塞攻略戦は人類軍の大敗によって決着を迎えた。

 

 迎えるはずであった。

 

 

 

 

 

 その戦場はどこか慣れ親しんだ匂いに包まれていた。

 血と臓腑と土砂の混じった火薬の匂い。

 口より吸いこんだ空気にすら弾力を感じられるような、舌に重さを覚える匂いの塊を、体中に吸い込んで、ほぅっと一息。

 

「だが如何せん、こうも騒音が響くとなると風情に欠けるというものか」

 

 男は、自分の後方へ我先にと走る兵士達を見て小さく嘆息した。

 誰もが死にもの狂いで走っているせいか、まるで大海原で発生した大波のようにすら感じる。少し視線を走らせれば、転倒したところを上から踏み潰されて圧死した兵士もちらほらと見えていた。

 だが一度立ち止まればたちまち潰されてしまうような人の波の中、男は平然と彼らとは真逆の方向を見据えて、散歩でもしているかのように歩いていた。

 まるで男が一人だけ周囲の風景から切り取られたかのように、その動きは優雅で、平凡であり、だからこそ異常そのもの。

 戦場にありながら、敗走する兵士に囲まれながら、襲い掛かる魑魅魍魎の圧力を肌で感じながら、悠然と前を行くその歩みには迷いはない。

 ただ前に。

 進める足は躊躇なく。

 そして遂に男は兵士の波を超えて、魔獣と言われる魔族の先兵達と激突し――一瞬にして男に殺到した全てをただの肉塊へと斬り捨てた。

 

「うむ。やはり手に馴染むが……ちょっと自己主張強すぎんか? そりゃ斬るだけだから分からんでもないが、もっと、なぁ?」

 

 そう言う男の手には、いつの間にか剣が握られていた。

 剣は男の言葉に不満を訴えるように鈴のような音色を奏でる。その子ども染みた仕草が楽しくて、男は喉を鳴らして目尻を緩めた。

 まるで意志を持っているかのようなその剣は、意志を持つような素振りを見せるが故か、その形状も剣と呼ぶにはあまりにも奇怪な見た目であった。標準的な両刃で肉厚な片手剣とは違い、男の剣は長さこそ片手剣と同じくらいだが、その刀身は薄く、片刃であり、真っ直ぐにではなく薄い弧を描く。

 それは剣ではなく、刀と呼ばれる切断端末であった。

 刀を扱う男の服装も珍妙そのもの。戦場にありながら鎧を一切纏わず、一枚の布を腰の帯で縛っただけにしか見えない漆黒の衣類。

 そして男はこの世界ではあまり見ない異国の顔立ちと、珍しい漆黒の髪と瞳の持ち主でもあった。

 敗走の軍に置いて異端である男は、見た目も得物も全てが異端。だからこそ、魔獣を一撫でする様は当然の如くとでも言うべきか。

 男は歩みを止めない。

 いつしか兵士の波ではなく、魔獣の嵐に飲み込まれながら、男の周囲こそ台風の目が如く、あらゆる一切を寄せ付けずに刀の範囲には骸で出来た円が続く。

 あるいは、男こそが台風そのもの。全てを引き寄せ、全てを薙ぎ払う。そこに一切の優劣はなく、男に巻き込まれた全ては、斬撃の暴風に引き裂かれ、血肉を撒き散らし無意味な絶命を果たすのみ。

 

「では、試し切りも早々に……」

 

 その間に数百を超えた骸のことなど関心すら寄せず、必死に男の進撃を防ごうとする魔獣の壁を斬り捨て続けた先。いつしか男を取り囲むだけで突撃してこなくなった魔獣達の向こうに立ち塞がる威圧感へと男は視線を向けた。

 そのいずれも魔獣などとは比べ物にならない力を隠そうとせず、只一人戦線を超えて現れた男の視線を真っ向から睨み返している。

 魔獣と違いどことなく人間に近いとはいえ、炎のような赤熱の肌の者、八つの腕にそれぞれ違う武器を持つ者、上半身は人間に近いが、下半身が巨大な蜘蛛のような者、その他、数十にも及ぶ異形の者達こそ、たった一騎でも現れれば人類軍の木端兵士を殺戮しつくす当千の猛者、魔族。

 男が観察するように、魔族もまた男を観察するように物理的な圧すら伴う視線を向けていた。

 

「良きかな、良きかな」

 

 そこで初めて男は笑った。ここに至るまでどこか退屈さすら感じさせた表情が一転、矮小な人間では一体相手でも勝ち目の薄い魔族を無数と見据えて笑う様はやはり異端の見た目に相応しき対応か。

 

「蟻の如く逃げ惑う阿呆共、脳天が足りずにただ死ぬためだけに食らいついてくる獣、だがそこを抜ければなんとまぁ……強者共が雁首揃えて俺を見ているこの至福よ」

 

「……名乗りな、人間」

 

 周囲の風景すら歪ませる熱を発する赤い肌の魔族が男に問いかける。そこには決して相手を侮るような雰囲気はないが、強者特有の傲慢を感じさせるものがあった。

 しかし男は特に気にした様子も見せず、むしろ恥ずかしそうに頬を軽く指で掻いて苦笑する。

 

「……これは失礼した。決闘ならいざ知らず、戦場での名乗りなど悠長なものをする考えなどなかったものでな」

 

 だがそれが礼儀となれば応じよう。

 言って、男は手にした刀を魔族達に突きつけた。

 

「俺の名は宗司。宴の駄賃にお主らの首……貰い受ける」

 

「ハッ! 人間如きが粋がってよぉ!」

 

「おもしれぇぇぇ! やってみせろやぁぁぁ!」

 

「雑兵を蹴散らしたところで、我らも蹴散らせると自惚れたかぁ!?」

 

 宗司の挑発に対して、魔族達の誰もが咆哮に乗せた激烈なる魔力を持って答える。一体一体が人類側の兵士を千単位で滅ぼす、文字通りの一騎当千。

 そのような化け物が徒党を組んで迫りくる中、宗司はゆっくりと瞼を綴じて呼気を整えると。

 

「では……」

 

 ――斬るとしよう。

 

 陽光、下る日差しに照らす鈍ら。かざした殺意を童心に振るわせて、超常を頂く二人(・・)の修羅よ。赴くままの闘争を、一心不乱に貪り尽くせ。

 

 

 

 

 




次回、北の国から
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