臓物ぶちまけて死にかけの侍を勇者として召喚してしまった件について   作:トロ

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第二話『幕間・忍者出立』

 

 魔王の直轄領にして極北の大地、ニブルヘイム。常に雪が降り積もるこの極寒の地は、魔族のような、生物としての能力値が高い存在でない限り生きることすら難しい。

 弱者には一切の生存権利すら認められず、強者であろうと明日の糧となる弱肉強食を体現した世界。当然、人間のような弱小種族等、生きるどころか踏み入れることすら不可能な土地に、極寒の吹雪すら凍てつかせる冷酷なる殺意の担い手は突如として現れた。

 魔王城の城下町。暮らしている者が全て魔王に忠誠を誓った精鋭の兵士達。いずれもイシスの結界を超えられるような弱小魔族とは違い、もしもこの内の一騎でも完全武装で人間界に現れれば、人類に対する最悪の脅威となる程の存在だ。

 

「ぐ、ぅぉ……」

 

「ぬ、ぅ……」

 

 だが、城下町の中央広場。魔族達の決闘場となっているそこには、そんな一騎当千の猛者達が苦悶の声をあげながら誰も彼も蹲っていた。

 

「……魔族、面白いものだ」

 

 その中でただ一人平然と立つのは、目元以外を漆黒の衣装で隠した珍妙な姿をした人間。彼こそこの城下町に現れた殺意の担い手、そして人間の身でありながら魔王の懐刀となった異世界よりの来訪者、ハットリだった。

 

「うひゃー、分かっちゃいたけどハットリ君ってば強すぎない? アタシ、何が起きたのか分からなかったんだけど、ヴィン様は見えた?」

 

「分かっていて聞くなリア……人間、しかも魔術すら使えない無能、というだけではないと分かってはいたが、俺の目ですら影を追うのがやっとだった」

 

 そんなハットリに、現在は二人となっている四天王の二人、アフロディアとヴィンセントが、口調の違いこそあれど、互いに引きつったような笑みを浮かべながら近づいた。

 

「あ、それでも一応見えてるんだ。やっば、ヴィン様もアレ、わりかし魔族辞めてね? フツー、見えないって」

 

「戯けるな……それよりハットリ殿、一応聞くが、怪我はないかな?」

 

「問題ない。しかしヴィンセント、俺が貴方を呼び捨てて、年長者の貴方が俺に殿と付けて呼ぶのは心苦しいのだ。そろそろハットリと呼び捨ててもらえないだろうか?」

 

「そうもいくまい。今や貴方は四天王である我々よりも上の階級、魔王様の半身とすら呼べる立場にあるお方。本来なら気軽な口調で応じるのも慎むところを、こうして砕けた口調で接しているのだ。私の魔王様への忠義も察して、ここで妥協してもらえると嬉しい」

 

「敵わないな。忠義を出されては俺は弱い」

 

「ヴィン様はお堅いんだからー。でも安心してねハットリ君! その代わりにアタシが沢山イチャイチャしてあげるから!」

 

「お前はむしろもう少し俺に遠慮してくれ」

 

 言うやいなや、アフロディアは猫のようにハットリの背中に飛びつくと、そのまま器用に肩まで登り、肩車の状態でべったりとハットリの頭をその小さな両手で抱き締めた。傍で「お前こそもっと慎みを持て……」とヴィンセントが掌で顔を覆って嘆くものの、何処吹く風で頬ずりすらする始末である。

 

「だからさぁハットリ君。早く新しい忍術をアタシに教えてちょーだい♪」

 

「あのな、教えてほしいのなら、まずは変わり身をちゃんと覚えからにしろ。お前は筋がいいが、そのせいで次を次をとせっつく悪い部分が目立つんだ。神童なのは分かるが、基礎をおろそかにしてはいずれ忍術そのものに己を食い殺されることになるぞ?」

 

「ちぇ。もうだいぶ出来るようになったと思うんだけどなぁ」

 

「あれでか? 里の童でも今のお前よりは巧みだぞ?」

 

「ひっどいなぁ。アタシもまだ子どもだよー?」

 

「成熟を歳月で語れるなら、老害などという言葉は生まれなかっただろうよ。理由は聞かないが、お前の在り方を童と同列で見ることは俺には出来ない」

 

「ふーん……アタシのこと、大人って扱ってくれるんだ、ハットリ君はさ」

 

「何を嬉しそうに言っている。そうでなければ今頃お前は俺の首を薙いでいるだろうに」

 

「あはは、君のそういうとこアタシ大好き。益々惚れちゃった♪」

 

「もっと胸と背を盛ってから出直せ、俺はチビガキには興味がない」

 

「言ったそばから子ども扱い!? うわぁぁん! ハットリ君の意地悪ぅ! 知らない! 死ね!」

 

 その幼い見た目からは考えられない膨大な魔力がアフロディアの体から噴き出す。だが有言実行を果たす前に、アフロディアが抱きかかえていたはずのハットリの首は人間の胴回り程の厚さの木片へと変わっていた。

 

「お前程度に殺される程、俺は軟弱ではないよ」

 

「むぅ……これでアフロディアちゃん記念すべき百回目の暗殺失敗……!」

 

「精進しろ。俺を殺すなら今のままでは百年程度では足りぬぞ」

 

「百年たったらハットリ君寿命で……あー、そういや魔王様の魔力とリンクしてるから死なないのか。もうこれほぼ魔族じゃん」

 

「全く、主殿には感謝しているが、死んでも死ねぬというのは難儀なものだと俺は思うよ」

 

 いつの間にかアフロディアの背後に回り込んでいたハットリに二人は驚くことはもうない。当初は原理すら分からない忍術という存在に戸惑ったものの、それが原理を悟らせない超常の技術だと分かってからは驚くほうが馬鹿らしいと悟ったからだ。

 

「ではリアはさておき……ハットリ殿、今後の予定について聞いてもよろしいか?」

 

「そうだなヴィンセント。俺も今後を詰めたいと思っていた」

 

「えー、二人してスルーってひどーい! リアちゃん泣いちゃうよー!」

 

「黙れ。……一先ず、俺はこれからイシスの大結界とやらを抜けようと思う」

 

 その言葉に、蹲っていた魔族兵はおろか、先程までおちゃらけていたアフロディアすらも目を見開いてハットリのほうを見た。

 

「正気? アレは聖装を人間にもたらした堕神クトゥアの呪いの一つ。魔王様ですら解除出来ない最悪の結界だよ?」

 

「ハットリ殿はここに来たばかりで知らないだろうが、この魔王領がさらなる極寒に閉ざされたのもアレの影響なのだ。天候すら捻じ曲げて我らを苦しめるだけの忌々しき魔。そしてアレは強靭な魔族であればある程戒めを強くする。魔王様を初め、ここに在る我らは近づくだけで消耗する代物だ」

 

 二人の言葉にハットリは頷く。無論、彼もそのことについては重々承知していた。

 

「知っている。だがヴィンセント、忘れているだろうが……俺は魔力もスキルも、そもそもレベルすら存在しない人間だぞ?」

 

「まさか、貴方は……」

 

 目を剥くヴィンセントに、ハットリは黒頭巾の下で笑みを作りながら頷いた。

 

「そうだ。俺はこれから単身で……人間界とやらに踏み入り、聖装の勇者とやらの面を拝みに行く」

 

「それは危険すぎる!」

 

 ヴィンセントはハットリのあまりにも無謀な発言に声を荒げた。

 確かにハットリの実力は、数合わせとはいえ仮にも四天王と呼ばれた魔族の二人を鎧袖一触し、今も魔王軍の精鋭を呼気すら乱さずに殺さぬ加減すらして倒してみせた。

 だがそれでも、ヴィンセントは知っている。かつての勇者と魔王の激闘を見届けた生き証人の一人として、聖剣の担い手がどのような怪物かということを。

 

「幾ら貴方が人間の限界を超えた未知の力を持ち、そして魔王様との契約によりその力を行使する権限を持っているからとはいえ、アレは! アレと対峙すれば最悪の結果すら招きかねん!」

 

「だからこそだよヴィンセント。いずれは対峙する相手だ。ならばどの程度か見定めておく必要があるだろう?」

 

「ならば結界を超えられる魔族にでも頼んで――」

 

「生憎と、俺は自分で感じたものしか信じぬ性質なのだ。……それに、安心してほしいヴィンセント」

 

 黒頭巾で隠されたハットリの表情は分からない。だがヴィンセントは、唯一覗くその瞳に秘められた感情――氷のように冷たい戦意に射抜かれて、先程までの激情すら忘れて絶句した。

 

「聖剣を抜かねば戦えないような賊なら、戦う前に殺す。俺にはそれが容易に出来るからな……しかし」

 

 もしも勇者とやらが聖剣に頼らずとも戦える猛者であるならば――。

 ハットリは頭巾の上からでもはっきりと分かる笑みを湛えた。

 

「あぁ、殺そう。どのみち殺す。いずれは殺す。幾度と殺す。必ず、殺す。俺の敵なら、俺の全てを使って殺すまで殺す。それが俺の……忍びの(いくさ)だ」

 

 夫に尽くす妻の如き献身にて。己が全てを賭して殺し尽くせる相手を、ハットリは雪に隠れた空の向こう側へと柄にもなく願うのであった。

 

 

 

 

 

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