臓物ぶちまけて死にかけの侍を勇者として召喚してしまった件について   作:トロ

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第三話『掃き溜めの街』

 

 正直なところ、棒振りが幾ら上手くとも強くなったりはせん。

 無論、俺は兜割りを容易に出来る技量だが、お主は魔法を使わなければいいところ傷をつけるのが関の山であろう。

 だが刃の冴え等そこまで気にすることはない。

 何故なら、兜を割れずとも人を斬ることは出来るからだ。

 尤も、ここでは強化の魔法を使えば誰もが鉄に等しき硬度を得るのだが。そこはまぁお主も強化を扱えるという点で気にする必要はないか。

 さて、少々話が逸れたが、俺が言いたいのは人を斬れるだけの巧みさえあれば、それ以上に棒振りの冴えを極める必要などあまりないということだ。

 それよりも重要なのは……うむ、その通り。

 お主の言う通り、防御にある。

 斬るだけならば猿でもできる。

 殴るだけなら獣でも容易い。

 噛みつきに至っては犬のほうが巧みだ。

 では人間である俺達は何をすればよいのだろうか?

 技とは何か?

 それは守。

 技量とはつまるところ防御と同義なのだ。

 攻撃なんぞ、敵手の技を掻い潜り、必要なだけの一撃を与える技を叩き込める程度で良い。そこで必要になるのが目だ。

 目。

 つまり見。

 お主も以前の戦いで目がどれだけ重要なのかは分かったろう? 場の流れを読み、そこに己を合わせるには、流れを読む目こそ肝となる。

 よく見よ。

 よく捉えよ。

 そしていずれ、目だけではなくお主は全てをもって流れを知ることになる。

 初めは目より。

 続いて耳で。

 そして肌に至り、果てとなれば鼻と舌も流れを感じ取れるようになる。

 そのために目を養え。つまりは相手の目を読み取れ。

 

「視線に気づき、込められた意をくみ取り、流れに乗りながら己の流れに相手を飲み込む。そこに武の始まりがあると知れ」

 

「はい!」

 

「良い返事だ。とはいえお主は門を開いてすらいない、未だ門の前にようやく立っただけだ。慢心油断は捨て去って、俺を殺すつもりでかかってこい。……では、今宵の稽古を始める。参れ、めいる」

 

 宗司がそう言って手にした木の棒を軽く振ると、鞘に収まった聖剣を握ったメイルは地面から弾かれたように宗司目掛けて踏み込んだ。

 その足は蛮族との死闘をした前とは明らかに違う。無駄なく体を動かすことで得られた速度は、宗司をして目を剥く程の速さだ。

 

「やぁぁぁ!」

 

 小細工は無用。メイルは上段に振りかぶった聖剣を目にも留まらぬ速さで宗司の頭に振るった。

 大気の壁すら突破しかねない一撃は、見てから避けるは熟練の兵士ですら難しい。だが予めメイルの動きを読んでいた宗司は、聖剣ではなくその柄を握るメイルの掌に木の棒を添えると、まるで鍵を開けるように棒を捩じってその指の間に棒を突き入れた。

 

「それ」

 

 そんな気楽な掛け声が響く前、木の棒でメイルの指を絡め取った宗司は、捉えた指先に細やかな力を通して流れを崩す。瞬間、真っ直ぐと走っていた聖剣は、メイルの掌から離れ、上段の勢いをそのままに明後日の方向に飛んでいった。

 

「ッ!?」

 

 だがメイルはそこで動きを止めない。すっぽ抜けた聖剣を無視して、指に絡まった木の棒を強化されたその手で強く握りこむ。

 このまま宗司の得物を粉砕し、さらに懐に踏み込む。そう一瞬の間に動きを組み立てたが、メイルの視界は突然天地が逆さになってしまっていた。

 木の棒を握られた瞬間、その力を利用して宗司が行った合気は見事に決まる。ぐるりと体が半回転したメイルは、何が起きたのか理解できないまま脳天より地面に激突した。

 

「痛っ!?」

 

「ここまで、だのぉ」

 

 受け身も取れずに地面に落ちたメイルの眼前に宗司が木の棒の切っ先を突きつける。それに気づいたメイルは、「また負けたぁ」と四肢を地面に放り投げた。

 

「ちぇ、力押しじゃやっぱ無理でしたか」

 

「発想としては良いと思うぞ。既に俺とお主では単純な腕力で赤子と大人以上の差があるからな。だがせめて聖剣程の力が無ければ俺を驚かすことすら出来んぞ」

 

「聖剣って……あぁ、あの時の戦いですか。私じゃあんな一振りで国を吹っ飛ばす力なんて一生かかっても無理ですし……他の方法考えないと」

 

「はははっ、まっ、つまるところ精進あるのみということだ。修行せよ修行」

 

 快活に笑って木の棒で自身の肩を叩く宗司に、メイルは口をとがらせて「ちぇ、分かりました」と僅かばかりの不満を乗せて答えた。

 あの戦いから数日、暫くは旅路をのんびり楽しむために稽古は控えていたが、今夜になってようやく宗司との試合が叶ったメイル。しかし結果はこれまでとまるで変わることなく、宗司をその場から動かすことすらも出来なかった。

 

「身に染みましたよ。防御ってやっぱり重要ですね」

 

「それを知りたいから力押しを行ったのだろう? だがこれで分かったつもりになるなよメイル。今見せたのはあくまでも見せ札であり、武の極みにはまるで届かぬ児戯でしかない。片手間で覚えた戯れ程度の技よ」

 

「……そこまでばれちゃってましたか」

 

「俺を騙くらかすなら、もっと巧みを得てからだな」

 

 精進あるのみだ。

 宗司がそう言い終わると、少し離れた場所で野営の準備をしていたクロナが、横に置いている鎧を剣の鞘で軽く叩いて宗司達を呼んだ。

 

「晩飯の準備が出来たぞー!」

 

「わーい!」

 

 猫のように軽やかなステップでメイルは胃を刺激する香りへと駆けてゆく。

 

「ったく、昔の俺を思い出すよ」

 

 そのメイルの後ろ姿にかつての己を重ねた宗司は、柄にもない自分の思考を嘲るように鼻を鳴らしてみせた。そう考えると、多少過去の己に恥ずかしさを覚えなくもないが、苦笑を交えることで恥辱は臓腑まで飲み干した。

 

「……先生も、似たような気分だったのか」

 

 見上げれば、幼き時分の己が見たのと同じ空。

 あの日と同じ空を、あの日追いつきたいと思った人と同じ立場から見る。

 弟子であった己が、今は人に何かを教える師としてここに居る。己の我欲を満たすために手に入れた技を、託すように教えていくのは柄にもなく楽しくも感じていた。

 それでもあの日と心は変わらず、いずれ月光を斬って落とすと誓った願いはここに。

 もしかしたら先生も今の自分と同じく――。

 

「下らんな」

 

 ――感傷に浸るなど、らしくないことをした。

 世界が変われど変わらぬ景色から視線を戻し、笑顔で手を振る愛弟子の元へと宗司は歩き出すのであった。

 

 

 

 

 

 アポロン山脈より隔てられたメビウス王国とその他国家の格差は、ある商人が「天国と地獄だ」と言った程、その他国家の生活水準は極めて劣悪なものである。

 それは単純に魔物による被害がその他国家では常習化していることからも分かるだろう。メビウス王国では久しく見ていない魔物も、アポロン山脈を超えた先では比較的安全な街道ですら時折襲撃がある程である。

 それにより国家間はおろか村と村の交易すらも場所によっては難しくなっており、魔族との最前線となっているノートン帝国より最も離れたアポロン山脈に隣接する国家でも、近年廃村が増えている現状だ。

 だが人とはどんな劣悪な環境でも逞しく生き抜くものである。

 メビウス王国を除き最も戦場より遠い国家、コロナ王国。この王国の首都より西に馬で二日程の距離を走ったところにある街は、まさに混沌と化した現代を象徴するような発展を遂げた街であった。

 名をアバド流通街。困窮する世界の中、法を無視した悪徳によって肥大し、今や名だけとなった王国を影より操るこの街は、富裕層と貧民層の格差がはっきりとしていた。

 街の中心部となる流通市場。墓場から武器、裏に隠れれば違法である人身売買すらされているこの流通市場を基本に、カジノから売春街、高級料理店やホテル、果ては依存性の強い薬の露店等、アバドの中心区はある部分ではメビウス王国以上の物が取り揃えられている。故にと言えばいいのだろうか、ほとんどがコロナ王国はおろか周辺諸国の貴族や富豪、そして商人やならず者等の利権が渦巻く混沌とした市場である。

 そしてその中心区を西に少し離れれば、表向きは他国への武器防具、そして魔法具の生産を行っている工業区となっている。ここでは中心区でばら撒かれる金を元に無数の商人等がそれぞれ様々な物品を生産しているのだが、表向きと述べた通り、実際は違法な魔法具や人身売買で出される奴隷が収容されている施設が設置されていた。まさに取り締まり対象のオンパレードだが、あらゆる利権や裏取引が横行しており、結果として臭い物に蓋といった状態となっている。日夜絶え間なく稼働して、さらには重要な魔法具の数々を作っていることもあり、ある意味では中心区以上にアバド流通街の心臓部で、工業区には警護の兵士達が目を光らせている。

 そんな工業区の反対側にあるのが、貧民街と呼ばれるアバドを象徴するもう一つの街だ。

 そこでは人族と魔族の戦いから逃げてきた兵士を中心として、アバドでの生存競争に負けた者達によるコミュニティが出来ている。

 所謂、負け犬と呼ばれる者達が、アバド流通街より離れることも出来ずに街の外に築き上げたコミュニティが貧民街と呼ばれる場所だ。

 徐々に追い詰められる人族の現状から目を逸らし、人同士で潰し合い、騙し合い、敗残者を肥溜めに捨てて放置する。

 人の悪意と弱さで作られた悪徳の街。

 

 そこが宗司達の辿り着いた新天地であった。

 

 

 

 

 

「見たこともねぇ。他を当たりな」

 

「うむ、邪魔をしたな主人」

 

 これで十軒目。今回も良い返事を得られなかった宗司は、店の外で待っていたメイルとクロナにやや疲れた表情を見せた。

 

「やっぱ駄目でしたか、刀。出来るなら私も一本欲しいんですけどね」

 

「こう言ってはあれだが私は好かないな。切れ味は良さそうだが、耐久性が低く見える」

 

「くろな殿は見た通りに力が規格外だからな。耐久性を重視するのも分かるが、俺やめいるのような奴は鋭さのほうが好みなのよ」

 

 メイルとクロナの意見を聞きながら、宗司は手元の紙に描いた刀を見て頭を掻いた。

 

「何にせよ、得物が無いのは些か不便だ」

 

 宗司達一行がアバド流通街に寄ったのは、食料の補給とは別に、先日の戦いで失われた宗司の武器、刀を手に入れるためであった。

 とはいえ、この世界に置いての武器と言えば、クロナの持っているような頑丈さを主に置いた両手剣などが基本だ。しかも、只でさえ強化と言う魔術が日常に普及しているのである。日常で使う鎌や包丁などは問題ないが、宗司の居た世界に比べてこの世界の武器は遥かに重い。

 一応、カリスとの戦いで頂戴した鉈を代用の武器として宗司は持っているが、その重量は片手で扱うと体ごと持っていかれそうな程だ。

 

「まぁソウジさんの絵が上手いとはいえ、絵だけじゃ分からないっていうのもあるんじゃないですかね?」

 

 意外なほどに上手い宗司の描いた刀の絵を横から覗きこんだメイルに宗司とクロナも頷きを一つ。

 

「確かになぁ。だが片刃で僅かに反りがあるというのもそうだが、何よりも重量について語るのが一々面倒だ」

 

「いやソージ。君が面倒臭がってどうするんだ」

 

「とはいえな……。ふむ、郷に入れば郷に従うとも言うし、ここは一つこの世界の刃に慣れるというのも良いかもしれん」

 

 使うのであればなるべく重量の軽い武器。理想としては刀であるべきだ。

 その一方で、最早刀に執着する必要はないという事実が、宗司に刀以外の剣を持つ選択肢を考えさせていた。

 心鉄金剛。明鏡止水とは真逆の、我欲を極限まで膨れ上がらせた領域に入る奥義。虚無に至った修羅との死闘の果てに手にした極みは、あらゆる武器であろうと発揮することは可能だ。そもそも、心鉄金剛そのものは武器の扱い方というよりは体捌き的な側面が強いので使う得物が槍であろうが弓であろうが問題ない。

 それでも、やはり己の中の理を扱うに相応しいのは日本刀だろう。

 なので、こうして諦めきれずに自作の絵を片手にクロナの肩に乗りながら流通街にあるあらゆる武器屋を虱潰しに探しているというわけだ。その一方、武器屋で自分の手に合うような武器も見ているのだが、これと言った物は得られず。

 

「……邪魔するぞ」

 

 遂に十二軒目。クロナでは少々動きづらい路地に入ったところにひっそりと開いていた武器屋。クロナを店の外に待たせて、待っているのが暇すぎると言って付いてきたメイルと共に店に入った宗司は、これまでとは違う光景に少々目を丸くした。

 

「わぁ……変なのばっかだ」

 

 メイルが口にした通り、そこに置いてあった武器はどれもがこれまでの武器屋に置いてあったものとは違っていた。

 籠手に刃を装着した物。

 槍の矛先と柄が何故か鎖で繋がっている物。

 刃に無数の凹凸ある物。

 中には鉄仮面の頭頂部に無数の針が突き出ているというよくわからない物まで、いずれも珍品と呼んでいい謎の武器が数多く揃っていた。

 

「ほぉ、まさに見世物市だ」

 

「これ! これ見てくださいよソウジさん!」

 

 無数の針が付いた肩当てを付けたメイルが姿見を見て興奮しているのを置いておき、宗司は早速カウンターで肘をついてこちらを見ている店主へと刀の絵を差し出した。

 

「店主。すまぬがこのような武器を知らぬかの?」

 

「……いや、俺も珍しい武器を揃えているがそれは初めて見るな」

 

「そうか……。いや、すまぬ、時間を取ったな」

 

 絵を再び懐に仕舞った宗司は、僅かに芽吹きかけた希望が潰されたことへの落胆に肩を竦めた。

 だがいつまでも未練たらしく刀に依存するのも良くないのかもしれない。あるいはいい切っ掛けなのだろうと宗司は己に言い聞かせると、折角なので目を輝かせて武器を見るメイルと共に展示されている武器を眺めることにした。

 

「ほぅ……軽めの武器も揃えているのだな。うん、感触も悪くない」

 

 試しに刃渡り二十センチ程度の肉厚の短剣を手に取った宗司は、存外悪くない握りの感覚と軽さに僅か目を開いた。

 

「ウチは腕利きの鍛冶屋を抱えていてね。まっ、ご覧のとおり珍妙な武器ばかりだが、軽さとは裏腹に頑丈さも切れ味も握り心地もそこらの武器とはまるで違うのさ」

 

 宗司の感想に気を良くした店主の言に「鍛冶屋?」と宗司が聞き返す。

 

「あぁそうさ。とはいえこれがまた変な奴でなぁ。金は要らないから武器を置いてくれっていう奴で、まっ、おかげで俺は仕入れの金も要らねぇってもんでこうして普通なら置かないような珍妙な物を無数と置けるってわけよ」

 

 おかげで表では店出すのが難しくなったがな。そう言って高笑いする店主に吊られて目尻を緩めた宗司は、握った短剣を鞘より抜き払って顔の前に掲げた。

 粗悪な量産品とは違って、歪みの無い真っ直ぐな刀身である。剣先が二股になっているのと、柄の先に剣山のような物が付いているのが珍妙ではあるが、宗司はこの短剣の綺麗な刀身に感嘆した。

 

 




次回、外道爺
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