臓物ぶちまけて死にかけの侍を勇者として召喚してしまった件について 作:トロ
「……人殺しの鋼か」
呟きは気分よく語る店主といつの間にか相槌を打って笑っているメイルの声にかき消された。
だが周囲の喧騒を気にも留めず、宗司はこの短剣を生み出した鍛冶師の人物像を思い描く。
人を殺した者が、人を殺すために打った鋼。己の子を愛するように、これを含めたここにある武器を生み出した鍛冶師は刃を打ったのだろう。
どうか立派に人を殺してくれるように。
どうか無事に人を殺せるように。
どうか最期まで人を殺し続けられるように。
親が子を想うように生み出された武器の数々は、改めて見れば、珍妙なのも個性を出そうと考えた末のことなのだろうと分かる。
それでありながら、担い手に迷惑が掛からないように武器としての長所を引き出すように心がけているのも感じ取れた。
(尤も、天然かつ阿呆なのも事実だろうな)
どう考えても熟慮の末に明後日の方向に突き抜けた失敗作もあるのだが、そこはちょっとした茶目っ気とみるべきだろう。誰しも失敗はあるのだ。タダで渡している以上、店主も特にそこを突っ込むのも野暮と考えたからこそ、こうして失敗作も展示されているのだろうが。
「しかし、気に入った」
宗司はかざした短剣を数度その場で振るって会心の笑みを湛えた。
作った者の気質はどうあれ、これまで廻った武器屋に並んでいた武器と比べても頭一つ抜けた出来栄えかつ、宗司の手にも良く馴染む武器に出会えたことは嬉しいことだ。
「店主、こいつを貰うぞ」
腰帯に付けた革袋より金貨を数枚取り出して店主の前に置く。値段の数倍以上の金額を出されたことに目を疑う店主を他所に、宗司は「これでは足りんか?」と告げて、店主が慌てて首を振ったのを見て短剣を改めて腰帯に差した。
「では貰っていく。釣銭は要らん、楽しめた駄賃と思ってくれ」
言うだけ言って颯爽と体を翻した宗司はそのまま店を後にしようとして、ふと体を止めて振り返った。
「ところで店主、最後に一つ聞きたいのだが」
「あ、は、はい。どうぞ」
「これを作った鍛冶師、何処に住んでいるのか知らぬのかの?」
「いえそれは……すみません。いつも顔までフードで隠して殆どなにも言わずに武器だけ置いて消えて行くんで、場所も名前も知らないんでさぁ……あぁでも、あれだ。時期的にそろそろ入荷に来るころですぜ?」
「ほぅ、それは真か」
「へい、とはいえ最近は魔族との戦争もより物騒となってきたもんですし、来るかどうかは……」
その時、店の入り口にある来店を知らせるベルが鳴った。
「……店主、邪魔をする」
次いで室内に響いたのは、風鈴のように涼やかな声ながら、しわがれた老練なる音色。フードを目元まで深々と被ったその老人と思しき人物は、宗司とメイルの間に割り込んで店主の前に立った。
そして、背中に背負っていた重そうなリュックを乱暴に降ろすと、今度は慎重に、赤子でも抱くようにして幾つかの刀剣を取り出した。
「ほぉ……」
並べられた刀剣に宗司が思わず感嘆する。
どれも装飾が意味不明で、見栄などを気にする形だけの武士ならば手に取ることすらしないだろう。
だが宗司は、そしてメイルもこの刀剣達が見栄えだけの奇妙な物ではないことを即座に見抜いていた。
殺してください。
どうか、私を使って殺してください。
立派に殺してみせます。きっときっと、誰よりも殺し尽くしてみせます。
「魔剣、妖剣の類か」
執念すら感じる刀剣から発せられる思いの丈を汲み取り、宗司の口許に笑みが浮かんだ。
その様子をフードの下より老人が静かに見つめる。だが数秒もせずに視線を切ると、老人は店主へと視線を戻した。
「今日はこの子達だ。頼む」
「お、おう。いつもどうもでさぁ」
「では、また来る」
「まぁ、待たれよご老人」
用は済んだと足早に去ろうとする老人の背中に宗司は声をかける。しかし老人は一切こちらの声に反応すらせずに、そのまま扉を開けて出て行こうとした。
全く、これだから老人は頑なで困る。
「そう慌てるなよ。老い先短いとはいえ、急いては緩やかな隠居すら楽しめ……」
宗司は嘆息しながら、扉を開いた老人の背に一足で近寄り、その肩を掴み――。
「俺に、触れるな」
死に触れたのだと理解した。
「ッ……」
咄嗟に屈んだのは半ば直感でしかなかった。遅れてその背後に置いてあった店の家財が、まるで鋭利な刃物で切断されたように斜めに崩れる。
突然のことに店主が当惑を露わにした。何が起きたのか理解すら出来ていない。
それはメイルも同じ、彼女すらも何が起きたのかと動揺を僅かに見せ、だが即座にこれが命の取り合いだと悟った直後、戦闘状態に意識を切り替え、宗司の名を叫ぼうと口を開き――。
その時すでに、宗司の意は那由他を知覚する域へ走っていた。
「ソ――」
そして、時は遅延する。
「ウ――」
間延びする意識領域。
「ジ――」
一秒が十秒へ。
「さ――」
十秒を百秒へ。
「ん――」
百を裁断した果てに、無限の刹那を是と成して、メイルがこちらを呼ぶまでの間に、宗司は極地を物としていた。
だが、宗司は己の生み出した絶対不可侵の領域に、老人の冷めた眼光の輝きが乗り込んでいることを即座に察する。
「運が悪かったな、若造」
音速すら遅くなる領域で、本来聞こえるはずのない声が宗司には聞こえる。
時間にして刹那。
油断と言うにはあまりにも短き時の隙。
驕り、不用意に間合いへと入り込んだ宗司への嘲笑を一つ、必殺を再び紐解かんと老人が腕を上げた。
故に宗司もまた笑う。
「それはこちらの語り文句よ、ご隠居殿」
それは、自分を間合いに入れて未だに動きを見せない老人への忠告。
瞬間、互いが互いに慢心を捨てる。
メイルが意識を切り替えるその僅かな間、共に告げられないはずの意を告げたと同時に、出会うべくして出会った強者同士の戦いは幕を開けた。
――こちらが一手、遅れるか。
故に宗司は状況の不利を悟る。
この時まで動けずにいた己の油断を嘲笑う。
それ以上に、この刹那までその実力を隠し通してみせた目の前の強者への歓喜に、宗司は悶えた。
抜き払った短剣は未だ己の手に完全に馴染んだわけではない。だがその程度の誤差は問題なく、宗司は一手目を避けたことで晒した己の隙にねじ込まれる相手の殺気を右に飛ぶことで避けきった。
――斬撃か?
肌を撫でる殺気の軌跡は視覚でははっきりと見えない。それでも確かに己の横を抜けた何かが、カウンターもろ共驚愕の表情を浮かべた店主を左右に切断したのを気配で察する。
――メイルは……戯けが、切り替えが遅すぎる。
「うわぁぁぁぁぁ!!!!」
遅れて、ようやく意識の高速化を終えたメイルが、悲鳴のような咆哮と共に手近にあった武器を握り締めて勢いよく老人へと投擲した。
切り替えの遅さは情けないが、その後の行動は完璧と言っていい。ただ腕を使って投げるのではなく、床を踏みしめ、腰を回し、肩、肘、そして手首。さらには頭部の捻りを用いることで全身を丸ごと叩き込むように投げた鋼鉄は鉄板ですら容易く貫くだろう。
しかし老人はその必殺を一瞥するだけで細切れに寸断する。
絶技、と賞賛するほかあるまい。太刀筋が一切見えず、殺気でしか全容を理解出来ない。
そこまでの応酬で実に一秒にも満たぬ間。そこで膠着に陥った状況を誰もが察して、宗司達の思考速度は世界と同じ流れに戻った。
「面白いなぁ」
轟音を立てて崩れ落ちる家財と血しぶきと臓腑を丸ごと溢れさせて左右に崩れた店主の半身を背後に、宗司は嬉しそうに喉を鳴らす。
「うっわ、ソウジさん、店主の人死んじゃいました」
「阿呆、それはいいから目の前に集中しろ。俺が抑えねばお主、この語らいで死んだぞ」
「分かってて声かけただけです。えへへ、ちょっと楽しくなってきましたよ。恐くて泣きたいです。ていうかホントだったらもう八回は私死んでましたよね?」
「良い心がけと認識だ。以後は助けん、だから死ぬな。それと十二回だ、もっと読め」
「はいっ! 死にたくないので読み切ります!」
右手に鞘に収まった聖剣チート、そして左手に先端が三つ又になった奇怪な長剣を掴んだメイルは老人へと鋭い視線を向ける。
気力は充実していた。
威勢良く返事はした。口許は笑みを象っている。
だが、背中を、頬を、全身から流れる冷や汗が止まらない。
背筋をチリチリと焦がすこの焦燥感をメイルは先の蛮族との戦いで何度となく経験していた。
これは死の気配だ。しかも、今の自分では抗うことすら出来ない。
その証拠に見ろ。己が周囲に張り巡らされた死線の数々を。
(……やばいなぁ。一歩も動けないです)
この世界における限界点を超えたメイルの見切り。レベルに換算して100を超えたそれを持ってして覗いた老人の攻撃圏は、恐ろしいことに宗司とメイルはおろかこの武器屋を丸ごと収めていた。
下手に動いた瞬間に理解も追いつかないまま切断された店主のようになるのは明白。いや、宗司が前に立って老人に気を当てていなければ今頃自分も何が起きたか分からないまま死んでいただろう。
「さてご老人……俺の浅慮も大概だが、肩に触れただけでこれとはお主も癇癪が過ぎるのではないかな?」
「……そうか。強いな、お前」
「話を聞いておらんな。まぁいい……気が変わった。お主がこれらの作り手なら俺の刀を作ってもらおうと思っていたが、ここに至っては是非も無し」
宗司の纏っていた気配がより鋭く尖っていく。研ぎ澄まされた刃を人の身のまま、未だ全容の分からない敵手へと手にした鋼鉄をもってして――。
「斬る」
直後、宗司目掛けて無数の殺気が飛来した。
先程から放たれ続けている見えない斬撃は脅威、驚嘆するほかない。
しかし芸が分かれば容易いと、宗司は直感の赴くままに迫る殺気の間へと己の身を滑り込ませた。
「ッ……」
風が鳴る。
風が断つ。
快刀乱麻に剣戟一つ、狭間で踊る宗司が健在である事実にフードの下で老人が唇を噛む。
「うわぁぁぁぁぁ!?」
その背後、無数と駆け抜ける見えない斬撃を前にメイルは悲鳴をあげながら聖剣を盾にして身を屈め、同時に戦慄する。
自分では気配を察するまでは出来ても、見ることも、ましてや回避することすら出来ない必殺の雨を、宗司は鼻歌混じりに捌いていた。
決して容易いものではない。現に宗司の体には幾つもの傷が生まれ、血の雫が踊りを彩るように空を舞っている。
だが宗司は止まらない。追い詰められることすら是として、恍惚と死線に佇み――ついにその手に握った鋼鉄が虚空の何かと火花を散らした。
「ちっ……」
「見えた」
舌打ちする老人と対照的な宗司が舞踏を止めてその場にとどまり刃を振るい続ける。その度に響く鋼鉄の残響と室内を照らす火花こそ、宗司が老人の刃を見切った証。
「余興としては楽しめたぞ」
「……」
「薄刃の群れとでも言おうか?」
「死ねよクズ」
「その反応、どうやら合っているとみた」
宗司は忌々し気に口を歪ませる老人の周囲を俯瞰する。
よく見れば、光に僅か反射する透明な布らしき物が無数と老人の周囲を漂っているのが見えた。だがそれはただの布ではない。
極限まで薄く、薄く、薄く薄まった鋼鉄。
数にして五十に及ぶ見えない刀身が老人を守るようにその周りに展開されていた。
「ガキが知った風にほざきやがって」
「なら試してみよ。嘲りと侮ったが最期、そのそっ首を斬り捨てる」
「ケッ、その前にお前の首をその汚ぇケツに突っ込んでやるよ」
互いに軽口を交わしながら、油断なく間合いを図る。
だが既に宗司は老人の実力をほぼ見切っていた。
揺らぐ程に薄い刃でありながら、店主もろともカウンターを両断し、メイルの投げた長剣を一瞬にして寸断する切れ味は脅威だ。
武器だけではない。担い手である老人の有する技量も達人の領域に至っているのは間違いないだろう。
しかし、それだけだ。
「抜かせよ、老体」
既に生半可な達人であれば容易に斬り捨てる域へと、あの盲目の騎士との死闘を経た宗司は到達している。
「来い。ここより先はお主の死線だ」
真実を告げ、短剣を両手で握り切っ先を向けた。
誇張もない現実は相対していないはずのメイルにすら死を予感させる冷たい殺意の発露。実際に相対している老人であれば、本人の技量も相まって宗司が嘘を告げていないことなど既に悟っているだろう。
だが老人の表情は己の死を前にしても変わらない。相変わらず何処かふてぶてしさすら感じるフードの下で何を思ったのか。
不意に、その眼が宗司の向けた短剣へと向けられ――。
「オイオイ、お前それ俺のアンジェちゃんを使ってんのか!?」
先程までの嫌悪感が嘘のように晴れて、殺気を放つ宗司に無防備な状態で近づき握っていた短剣に無遠慮に手を這わせた。その掌が当然のように浅く裂けて鮮血が刃の表面を滴るが、老人はそんなことを気にせずに興奮したままだ。
「うぉ! すげぇすげぇ! お前! これ、お前! 触れただけで斬れちまうじゃねぇか! あぁ畜生! 何だよお前! 百どころか二百、いやそれ以上に性能引き出しやがって! 作り手冥利に尽きるってもんだがこれやられちゃテメェで作った剣ってことも分かんねぇじゃねぇか! つーか相思相愛すぎて作り手的には嬉しいような悲しいような娘を大事にしてくれよって感じだぞ! ありがとうクソッタレ! この武器たらし野郎が!」
「う、ん?」
「しかし……カァーッ、こいつぁホントに驚きだぜ! 俺の娘に相応しい奴を探していろんな場所で達人とか抜かしやがる短小インポをぶっ殺してきたがお前程の化け物は初めてだ! これまでの短小と違って俺の娘と最高の野外ファックを決めたお前を褒めてやる! ところで流派は? 西の騎剣とは違うな、どちらかというと東の武剣辺りに近いが……あぁもういい! それよりもお前、どっちかと言うと重めの剣には不慣れだろ? あぁいい! いいぞ! 言わなくてもいい! 分かってる! 見た感じ重心の置き方は完璧だが、慣れないというより久しぶりって感じの振り方だったからな! 普段はもっと軽めの剣、長さはこのくらいだな? そうだな? よしっ! あー、それに暗器の類もそつなくこなせるとみた! 肉付きがこっちの筋肉ばっかのチンカスとは違って無駄なく整ってるからな! マラに頼ってテクを磨いてねぇインキンとはそこが違うねぇ! そこでこの娘、今さっきお前にもかましてやった俺のお気に入りのローズちゃんなんかどうだ? へへへ、すげぇだろこれ、眼に見えない状態まで細くした鉄だがよ、この細い刀身もさらに細い鉄の集合体なんだぜ。使い勝手としては風魔術を応用してよぉ、これでよがりまくる様はご覧の通り、ここの店主のフニャチンが最高のイキ顔キメてるところから……ってこいつぁ俺の魔術に合わせた俺用だから駄目だよな! わはは! 悪い悪い! だったら一から作り直していくほうがいいと思うがどうだい? いやいい、答えはいい! 俺はアンジェをここまでたらしこんで、いつでも股広げるメスにまで変えちまったクソヤロウなお前をとことん気に入った! 俺の娘をファックした奴でここまで気に入ったのはお前が初めてだ! ありがたく思えよ! よし! とりあえずこんなちんけなところで話すのは止めだ! お前さんっていう最高の担い手が現れた以上、こんな湿気た場所で俺の大事な娘達を……ってあぁぁぁぁぁぁぁぁ! ごめんよスファーナ! 勘違いした馬鹿剣士に汚されたと勘違いした怒りで我を忘れて斬り捨てちまってよぉ! ちゃんと帰ったら鍛え直してやるからなぁ!」
先程メイルが投げて細切れにした長剣の残骸をかき集めて男泣きする老人には、先程までの達人然とした空気は存在しない。
一体、何がどうなってこうなったのやら。この置いていかれる感覚はナイルに覚えたものに近いかもしれない。
「……何にせよ、闘争の空気ではない、か」
「え? これ、今斬っちゃ駄目? 駄目?」
「いや、流石にこれは駄目だろ」
「よっしゃぁ! それじゃ俺の娘達と金目の物を……ちっ、何だよこいつ、俺の大事な娘達を並べてたってのにしょっぱい金しかねぇじゃねぇか! このクソッタレの玉無し野郎が! 地獄で魔獣共にケツをファックされて最低十回、いや千回は死んで出直しな! ペッ! 生きてても死んでても使い物にならねぇインポデブが! 来世は生ゴミに生まれ変われよ!」
刀剣を回収しながら金銭を略奪し、左右に分断された店主の亡骸をガスガスと踏みつけて唾を吐き捨てる姿は、老人というよりは癇癪を起した童か畜生染みた盗人にしか見えない。
これが先程まで己と斬り結んだ達人だというのだから恐れ入る。
「例えるなら、そうさな……」
――まるでこの男は山の天気のようだ。
宗司は吐き出す場所を見失った闘志を溜息に乗せて吐き出しながら、そんなことを思うのであった。