臓物ぶちまけて死にかけの侍を勇者として召喚してしまった件について   作:トロ

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第六話『腐敗した性根』

 喧騒の只中を掻き分けて歩くメイルは、すっかりアバドを楽しんでいた。その頭には既にクロナとの合流の件は頭にはない。

 転移門の時は王都崩壊の件があったために、緊張からあまり楽しめなかったのだ。こうして一人になると、文字通りの箱入り娘であったメイルはすっかり露店巡りをハマってしまった。

 

「うん、美味しい! このお肉、売ってた人も何の肉かは知らないって言ってたけど、悪くないなぁ! あ、お兄さん! そのよくわからないフルーツ一つくださいな!」

 

 路銀に関してはメビウス王国より持ち込んだ物が有り余る程にある。そのお金を躊躇なく使って食事をしていたメイルは、動きやすいとはいえ見事な装飾を施されたドレスを着て、背中には見た目だけは完璧な聖剣チートを背負っているため、良くも悪くも衆目を集めていた。

 メビウス王国とは違い、荒くれ者の多いアバド流通街ではメイルのようなお嬢様は間違いなく存在しない。だからこそ世間知らずのお嬢様を騙して浚ってしまおうかと考える者も少なからずいた。

 そう、露店の品物を貪るメイルの傍に人ごみに紛れて近寄り、彼女の懐から金銭をかすめ取ろうとする男も――。

 

「ぎゃぁぁぁぁ!!??」

 

 瞬間、メイルの背後で右手首を半ばまで切断された男の絶叫が響き渡った。

 

「あのー、人のお金を勝手に盗もうとするからですよ?」

 

 激痛で地べたを転げまわる男を見下して、メイルは右手で先程の鍛冶屋から拝借したダンの剣を弄ぶ。

 いつの間に腰の得物を抜き払ったのか。閃光の如き早業を見切れた者はこの場にどれほどいるか。

 少なくとも、メイルにちょっかいをかけようと様子を伺っていた者の全員が、彼女に手を出すことを諦めたのは事実だ。

 世間知らずのあッぱらぱーなお嬢様が、実は世間知らずで凄腕の躊躇なく人をぶった切るあっぱらぱーなお嬢様だったのだ。

 下手なことをすれば地面で悶える男に次は自分がなるかもしれない。

 だがそんな哀れな男に声をかけるどころか、街中で斬り合いが発生したにも関わらず、誰も衛兵を呼ぼうとする者はいなかった。

 そんな周囲の様子を見て、メイルは一つ頷く。

 どうやら武器屋が崩落した後に衛兵が誰も来なかったこともそうだったが、ここではこの程度の事件は日常茶飯事なのだろう。

 

「まっ、運が悪かったね、おにーさん」

 

「いやー凄いなお嬢さん。素晴らしい腕前じゃないか」

 

 男を放置してその場を後にしようとしたメイルだったが、気だるげな拍手の音を耳にして足を止めた。

 その方向に視線を向けると、恰幅が良くメイル以上に派手な衣装を着た男が数人の護衛らしき剣士を引き連れて立っていた。

 露骨なまでの胡散臭さにメイルの眼が警戒の色を灯す。

 いざとなればさっさと斬り捨ててほとぼりが冷めるまで隠れていればいいだろう。

 そんなメイルの剣呑な雰囲気を察して護衛の剣士達が腰の剣に手をかけるが、恰幅の良い男は片手を挙げてその動きを制した。

 

「初めましてお嬢ちゃん。私のことはそうだな……気楽にグリイドと呼んでくれ」

 

「……メイル・リンクキャットです。何か御用ですか? そこのおにーさんなら勝手に私の剣にぶつかっただけなので私は悪くないですよ」

 

「ハハハッ、偶々抜いた剣に偶々伸ばした手が当たったと? 言い訳にしては今日び子どもでも言わないぞ」

 

「だったらなんです? 怪我させたから慰謝料払えとでも?」

 

「いやいやそんなことは言わんよ。まぁ怪我させたのはやりすぎだが――そこの君、彼を頼んだよ」

 

 グリイドは近くの露店の店主に金貨を一つ投げ渡す。それを受け取った店主は喜色満面の笑みを浮かべて盗人をそこから運び出していった。

 

「いいんですか?」

 

「構わんよ。少なくともこの周辺では私がルールだからね。しかしリンクキャット君は肝が据わっている。流石は武器屋で大立ち回りをした連中の一人なだけはあるな。あぁそれと、君の連れの巨人の戦士、クロナ・クロルキスは既に私の屋敷に招待させてもらった」

 

 既に自分のことはおろか、クロナと宗司のこともグリイドは把握しているらしい。

 周囲のグリイドへと向ける畏敬の念。そして僅かな間にこちらのことを知っていたことから分かる情報網の大きさ。幾らメイルが世間知らずとはいえ、ここまでくれば何となくグリイドがどの程度の地位に居るのか理解出来た。

 

「つまり……あれですか? 武器屋を吹っ飛ばした私達をとっ捕まえにきたと?」

 

「それは違う。むしろ私はあのダンに気に入られた君達を大いに買っていると言ってもいい」

 

「あの魔剣鍛冶師に気に入られるって割と嫌なんですけど……」

 

「言いたいことは分かる。あれは性根が畜生だからね……だがしかし、彼は替えの効かない天才だ。そんな彼に気に入られた君達は果たしてどうなのかな?」

 

「少なくとも私は普通ですよ」

 

「私から見れば君も恐ろしい天才に見えるがね。それより、どうだい?」

 

「どう、とは?」

 

「決まっているだろう。ご招待だよリンクキャット君。ようこそアバド流通街へ。歓迎するよ……心からね」

 

 その見た目とは裏腹に優雅な動きで一礼してみせたグリイドを数秒見つめ、メイルは片手剣を鞘に収めた。

 どういう要件かは分からないが、宗司がダンとの魔剣作成が終わるまで動けない以上、暇潰しを何処かでする必要がある。

 

「メイルでいいですよグリイドさん。歓迎、心より感謝します」

 

「ふふっ、ありがとうメイル君。では行こうか、少し離れているが来たばかりの君にここらのことを軽く説明するがてら、歩いていくとしようか……お前達、周りを黙らせておけ」

 

 グリイドが護衛に一言告げるやいなや、護衛の兵士は軽く一礼すると周囲の人混みに紛れるようにして消えていった。

 例の蛮族との死闘を経て成長したメイルから見ても優れた暗技だ。すっかり気配を感じられなくなった兵士の気配を何とか辿ろうとするが「さぁついてきてくれ」と言って先導し始めたグリイドの言葉を聞いて、今は気配探知を後回しにする。

 そんなメイルの様子に気付いたグリイドがふくよかな顎を揺らして、やはり見た目に反して爽やかな笑顔を浮かべた。

 

「少しは驚いてくれたかな? 彼らは幼少の頃から私の護衛として育ってきた自慢の護衛でね。直接戦闘では君に劣るだろうが、こうして影より私を守ることに関しては一流なんだ」

 

「えぇ、確かに凄いです。人混みに紛れるところまでは分かったんですけど、そこから先はまるで追えませんでした。よければ一手ご指導してほしいくらいです」

 

「そういうことなら後で聞いてみよう……それより君から見てこの街はどうだい?」

 

 言われて、メイルは左右に分かれた人々を見渡す。

 かつて、一度だけ連れていかれたメビウス王国の王都と同じ程度に賑やかではある。だがアバド流通街は王都のような精錬された活気というよりも、垢に塗れた昏い賑やかさとでもいう不気味なものを感じていた。

 だがその不気味さは今のメイルにとっては心地よい。秩序ではなく力で統率された世界は、強者の道を歩みだしたメイルが立つべき場所でもあるからだ。

 

「ここだけなら、まだ良いところだと思います」

 

「ここだけならとは?」

 

「この露店街を歩く前に貧民街を歩きました。驚きましたよ、人間ってあそこまでゴミみたいな眼つき(・・・・・・・・・)になれるんですね」

 

「辛辣だね」

 

「ですが事実だと思います。どうしてあそこに生きている人は、まだ体が動くのに死んだみたいな顔をしているのか分かりません」

 

 だからこそ、あの人々が気に入らなかった。

 メイルはダンの工房へ行く間に歩いた貧民街で、こちらを見る貧民達を思い出す。

 誰も彼もが諦めたように暗い顔で、縋るような眼差しで自分を見ていた。

 助けてくれ。

 恵んでくれ。

 救ってくれ。

 いっそ、殺してくれ。

 

「ふざけてるんですかね? どうして動けるのに動かないんですか?」

 

 己の全存在を修羅という塊で砕かれ再構成されたメイル。そんな彼女から見れば、ただ誰かを望むのは人として下劣だとしか思えなかった。

 助けを求めるならなりふり構わずしがみつけ。

 恵みを欲するならもっと哀れに媚びてみろ。

 救いを望むなら教会でご大層な祈りでも捧げていろ。

 どうしても殺されたいなら――牙を剥いて殺しに来い。

 

「あそこに居た人の殆どが誰かが動くのだけを欲してました。自分が動くという選択肢が一切なかったんですよ」

 

「成程。確かに君の言う通りだメイル君。しかし、だからこそ私はあえてこう言おう――君は、随分と恵まれているようだ」

 

「え?」

 

 メイルが疑問を浮かべるのも束の間、その肉のついた右手でグリイドが遥か遠くの空を指さした。

 

「断絶魔人戦線ノートン。この指の先、地平線を跨いだ向こう側のノートン帝国がそう呼ばれているのを知っているかい?」

 

「知らないですけど、それがどうして私が恵まれているという話になるんですか?」

 

「話は最後まで聞き給えメイル君。そこではね、今も尚魔族の侵入を阻むイシスの大結界を奪還すべく、日夜魔族と人族による絶え間ない戦いが続いている」

 

「だからそれが――」

 

「貧民街の者はね、その殆どが魔族によって心を折られた者達なのだよ。いいや、正確には……勝てもしない戦争に人類の敗北を悟った者と言ったほうがいいか」

 

 メイルの言葉を遮って、歩みを止めることなくグリイドは淡々と語る。だがその眼には小さな、だがその横顔に、メイルはドロドロに滾る憎悪の塊が浮かんでいるように見えた。

 

「君はクロナ・クロルキスがかつてノートンの地で『魔族殺し』として謳われていたということを知っているかい?」

 

「えぇ、少しだけですが本人から聞きました」

 

 その実力は宗司との死闘と、旅の間での軽い模擬戦で充分に堪能している。ちなみに、成長したメイルですら未だに一本も取れていない。限界を超えた見切りですら、巨人と人間のハーフであるクロナの強大な身体能力を埋めるには足りないのだ。

 だがそれが今更どうしたというのだろうか。そんなメイルの疑問を知ってか知らずかグリイドは言葉を続ける。

 

「彼女は確かに人族側の戦士としては極限とも言える強者だ。だがね、彼女はあくまで巨人の――魔族側との混血であったからこそ、純正の魔族に打ち勝てたのであって、本来、エルフもドワーフもホビットも、その他大勢の種族や我々ヒューマンを含めて下級の魔族すら打倒できるものではないのだよ」

 

 魔族と人族。性能だけを比べた場合、魔族はあらゆる面で人族を上回る力を秘めている。

 空を割り大地を砕く身体能力。可視化される程に膨大な密度の魔力。エルフに匹敵、あるいは凌駕する膨大な寿命。そもそも、レベル毎の成長率と最大レベルですら人族と魔族では雲泥の差がある。

 個体数こそ少ないが、たった一体の下級魔族ですら人族の精鋭を集めてどうにか撃退できるかといった程だ。

 

「現状、イシス大結界のおかげで追加の魔族は来ていない。しかし大結界が張られる前にこちらに居た前線貴族と呼ばれる魔族達ですら、未だにクロナ・クロルキスが一体倒しただけで、未だに百体近くもの魔族が現役だ。しかも彼女が滅ぼしたのは前線に出てくる程度に下級の魔族だというのだから笑えん」

 

 それがどう意味か分かるかな? そう問われてもメイルは頭を振るしか出来ない。

 

「魔族側は我々へ攻勢に出ようとはしない。必死にイシスを取り戻して、もうすぐ効果が切れようとしている結界を補強しようとする人族を撃退し続けるだけだ。何故ならば北の大陸に居る魔族は……イシス周辺を奴隷国家として治める魔族を遥かに超える力を秘めた怪物ばかりらしい」

 

 そして何よりも、そんな恐るべき魔族達を力で統率した恐るべき魔王、クラウディア・ザ・ウロボロス。

 神に等しき力を秘めた魔王が結界超えた瞬間、人類は成す術なく敗北することになる。

 

「だが現状、攻め入るどころか徐々に前線は押し込まれている始末だ。(いたずら)に兵士を失い、敗北と敗走を重ね、気まぐれな魔族の進軍であっという間に領土を取り返すどころか奪われる始末。それなのに、魔族を滅ぼせる強者は現れることなく……勝てるわけでもない相手と死を前提とした戦いを続けていく内に折れていく兵士は少なくない」

 

 その逃げ続けてきた末路に行き着くのが、メビウス王国を除き前線より最も遠いこの街、アバド流通街なのだ。

 

「だからこそ君は恵まれているのだよ。確実に迫る死を知らずに、這ってでも戦えと言えるのは地獄を知らないからだ。あのクロナ・クロルキスですら前線を捨ててここに居るのが何よりの証拠だよ……いいかいメイル君、自分の死ではなく種族の死を実感するというのは、想像を絶するものなのさ」

 

 言葉通りに、これはどちらかが滅ぶまで行われる生存競争。そしてその生存競争に敗北すると分かった彼らは最早自分で動くことすら出来なくなった。

 種の敗北を受け入れた者達。

 理性はおろか、本能が屈したことによる絶望は筆舌に難い。

 だからそんな彼らを知らずに気に入らないと言ったメイルが恵まれているのだとグリイドは突きつけたのだ。

 

「そしてそんな街でどうにか人の尊厳を保つべく私の部下達は日夜力を尽くしているんだ。ほら、辺りを見てくれ」

 

 言われ、改めて周囲を見渡せば人々は苦しいながらも精一杯に人らしい営みを行っていた。

 確かに彼らの殆どが現実に打ちのめされた者で、そこから這い上がってこうして働いているのであれば(・・・)、それはきっと素晴らしいことなのだろう。

 

「とはいえ恥ずかしいことではあるが、現状では貧民街に居る者全てをどうこうするまでは出来ていないんだがね」

 

「……ふぅん」

 

 だがメイルはさして関心を示さなかった。だからどうしたと言った風に視線を切ってグリイドの横を何とも言えない顔で歩くのみだ。

 

「おや、気を悪くしてしまったかな」

 

「いえ、まぁ自分が恵まれているっていうのは事実です。それを指摘されて気分を悪くすることはないですよ」

 

 本来なら成す術なく死ぬはずだったところを宗司に救われた。

 しかし、奇跡的に彼の手によって救われ、その上生きるための力を手にすることも出来た。

 それはグリイドの言うこととは違うとはいえ、恵まれているのは事実である。

 

「それに、私は彼らをどうこう言える程に世間を知っているわけではないです。そう考えれば私の発言は軽率でした」

 

 そうは言うが、その言葉はあまりに空虚で軽薄だ。

 経験不足という点では、あるいは宗司以上にメイルはこの世界の人を知らないかもしれない。だからグリイドの言い分は聞き、反論もしない。

 それと同じく、アバド流通街がどういったところなのかもどうでもいい(・・・・・・)

 だから反省もする。謝罪もする。しかし、心にまるで響かない。

 メイルのその心境を察したのか。グリイドは関心の無さそうなメイルの横顔を伺って、そっと微笑んだ。

 

「まぁあまり興味がないのであればそれはそれでいいさ。だがそういうわけでね、ここまで言えばもう気付いていると思うが、私はこの街を治める町長のような立場の者なんだ」

 

「そんな貴方が、私みたいな子を招待してどうするおつもりで?」

 

「勿論それは――」

 

 グリイドが足を止めた先、そこにはこの街で見た中で何よりも巨大な屋敷が建っていた。

 見上げる程のその屋敷は、かつてメイルが住んでいた屋敷と同等以上。だがただの屋敷だったメイルの住処とは違い、この屋敷は見ただけでも感じる魔術的防御が展開されており、さながら小さな城塞のような印象を受けた。

 そんな自慢の屋敷を背中にして、得意げな笑みを一つ浮かべたグリードの一礼に合わせる形で、堅牢な城門の如き門がゆっくりと開いていった。

 

「私の屋敷で、君の仲間にお話しよう。改めてようこそ、メイル・リンクキャット君」

 

 

 

 

 




例のアレ

断絶魔人戦線ノートン

ノートン帝国の最北で行われている人族と魔族による種族滅亡を賭けた生存競争と言うべき戦争のこと。もうじき効果が切れるイシスの大結界を奪還して結界補強を目論む人族と、結界の影響から逃れた魔族と彼らの配下である魔獣が日夜戦いを繰り広げており、現状は圧倒的に人族が不利。
それというのも、魔獣相手であれば前線を押し返せる人族だが、魔族が相手だと蹂躙され、前線を押しあげるどころか徐々に後退を余儀なくされているためである。簡単に言うと、信長の野望やってたら敵側が無双シリーズのキャラを大量に投入してきた感じ、つまりクソゲー。

その中で唯一魔族を破ったクロナは人族側の英雄どころか救世の勇者扱いである。しかし人物設定を読んでいただいた方には分かるとおり、クロナと魔族側のレベル差は絶望的であり、人族から向けられる期待の眼差しと現実のクソゲー展開との板挟みに心を病んだクロナは逃亡した。

本来ならば二章開始時点で前線に聖剣の勇者が現れて一気にイージーモードになるはずだったが、スニークスのせいで最早人族滅亡待ったなし状態。
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