臓物ぶちまけて死にかけの侍を勇者として召喚してしまった件について   作:トロ

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第七話『貴女はだぁれ?』

 

 初めから話すと少々ややこしい話になるのだが、昨今の情勢に疎い君達に諸々の事情を語っても意味は無いだろうから簡潔に話そうと思う。

 実は先日、アバド流通街とノートン帝国を挟む形で建設された人族の絶対防衛戦の要、アイアス城塞が魔族の手によって奪われた。

 人族の誇るあらゆる技術の粋を込めて作られたこの城塞が何故奪われたのかについての詳細は不明だが、奪われたというのは確実らしい。

 ――まぁそれについてははっきり言って問題ではない。いや、人類全体で見れば問題だが、それをどうにかするのが人族連合の役目だ。そも、我々でどうにかなる問題ではない。

 さて、本題はここからだ。

 実は数日前のことだが、私の部下が貧民街の一角で魔獣と遭遇したという情報を得た。

 このご時世だ、別に魔獣の出現はそう珍しいことではない。

 だが出現したのがある程度統率の取れた人型魔獣の群れだったんだ。

 おや、眼つきが変わったねクロルキスさん。そう。君が懸念した通りだよ。

 周辺で遭遇する魔獣は獣型の存在が多い。何故かというと人型の魔獣は全て北のイシス周辺で魔族の配下として人族連合と戦っているからだ。

 あぁメイル君もようやく事の重大さが分かったかい?

 そうだ。人型の魔獣が現れたということはつまり、その魔獣を統率する魔族、あるいは高位の魔獣が近辺に居る可能性が高いということだ。

 先程言ったアイアス城塞の占拠という情報から考えれば、城塞を占拠した魔族の配下がここまで手を伸ばしてきたと考えるべきであろう。

 正直言って私はこの情報を知った時、困り果てたものだ。確かに私の部下も充分な訓練を積んだ優秀な兵士ではあるが、それでも相手が相手であるからね。下手に突いて全面戦争が始まった場合、どのようになるか想像が出来なかった。

 そんな時、魔族殺しとまで謳われた騎士、クロナ・クロルキスが仲間と共にここに来たと聞いたので、居ても経っても居られずこうして一席を設けたということだ。

 嬉しいことに、クロルキスさんの仲間であるメイル君と、ソゥジ君という男も、あのダンと互角に渡り合う素晴らしい実力者であるときた。

 それでどうだろうか?

 君達さえよければ、貧民街に巣食う魔獣の討伐を受けてはくれないだろうか?

 無論、報酬は君達の言うだけ与えよう。

 では私はこれで失礼するよ、私が居ては相談することも相談出来ないだろうからね。

 

 色よい返事を、期待してるよ。

 

 

「分りました。その依頼、このメイル・リンクキャットにお任せください!」

 

 グリイドの屋敷に数多くある部屋の一室。依頼内容を聞き終えたメイルは、特に迷いもせず答えていた。

 

「そうか、依頼を受けてくれるんだね」

 

 現在では王族でも目に出来ないソファーに腰かけたグリイドの対面で、同じくソファーに腰を下ろしたメイルが頷く。

 

「はい、私も腕試しの機会は欲しかったので願ったり叶ったりです」

 

「それは頼もしい。流石は魔族殺しの連れ合いだね」

 

「えっと、グリイドさん。一つ質問なんですけど、その魔族殺しっていうのを詳しく聞かせていただけませんか?」

 

「おや? 本人から聞かないのかね?」

 

「んー、あまり本人は話したがらないみたいでして。でもグリイドさんは知っているのでしょう?」

 

「まぁ人並みにだがね。そうだな……巨人部隊というのを知っているかい?」

 

「えーっと……ごめんなさい」

 

「そうか……正式にはノートン帝国にかつて十八有ったという軍の第八軍なのだがね。巨人部隊というのは彼女が来るまではあくまで巨人の如き怪力自慢ばかりが集められた軍という意味で呼ばれていたのだが、彼女はその軍に属して獅子奮迅の活躍をして、巨人部隊の意味をクロナ・クロルキスの部隊という意味に変えてしまったのだよ。それほどに彼女は人族連合にとって期待の星だった」

 

 今から五年程前のことになる。

 十年前より始まった度重なる戦いに次ぐ戦いによってノートン帝国最北端の前線はいつ決壊してもおかしくなかった。

 かつては十八あったノートン帝国自慢の軍も半数が無くなり、残りの半数へと吸収されることでどうにか軍としての形を保っているのみ。その他、援軍として各地より送られ続けている人族連合の兵士達も確実に当初の勢いを無くしていた。

 それも、イシス大結界へと続く道が開けるどころか、徐々にだが確実に魔族によって領土を奪われていることも影響していたのだろう。今ほどではないが、誰もが色濃い疲労と小さくない絶望に心が折れそうになっていた。

 

 そんな時に巨人部隊に加わったのがクロナであった。

 彼女は巨人と人間のハーフという特殊な生まれのおかげか、巨人の膂力と人間の魔力という両方の特性を受け継いだ稀有なる存在であった。

 当初は中級魔族でもある巨人族のハーフということで白い目で見られていたが、それも最前線で活躍するクロナの姿を見て一変。一年と経たずに人族連合でも噂される戦士の一人として名を上げた。

 

「そんな折、定期的に現れる魔族から人族連合の兵士を撤退させるために彼女が殿としてその場に残ったらしい……相手は下級魔族ではあったが、それでもレベルに換算して250を超えていたとのことだ」

 

 下級とはいえ魔族の力は人族でエースと呼ばれる者の最大レベルを遥かに上回る。下級の魔族一体ですら、当時の人族も、そして現在の人族も太刀打ち出来ない災禍だった。

 腕の一振りで二桁以上の兵士が吹き飛ぶ。

 走るだけでその後には死体しか残らず、使う魔術は悲鳴と絶叫すらかき消した。

 

「先程も話したが、そんな怪物が今も人類圏には百体程、そして大結界の向こう側ではさらに強力な魔族が数えられない程に待ち構えている……いや、それは今関係ないね。ともあれ、彼女は人族が多大な犠牲を払ってどうにか撃退出来る相手と一人対峙して……勝利した」

 

「どんな、戦いだったんですか?」

 

「さて、彼女が殿だったからね、詳細を知る者はそれこそ本人しかいないだろう……ただ、撤退する兵士達は、どんなに離れても響き続ける轟音を聞いていたようだよ。まるで天変地異でも起きたかのようだったらしい」

 

「……そうですか」

 

 メイルが知るクロナの戦いは、宗司との一戦のみだ。最早、鉄塊としか呼べない両手剣を豪快に振りまわす力強さに、魔術で遠距離攻撃も行う繊細さを兼ね揃えた生粋の騎士。メイル自身も彼女との模擬戦でその実力の一端は感じとっていた。

 だが果たしてそれが本当に彼女の実力だったのだろうか? 宗司との一戦は死闘と呼ぶに相応しい戦いではあった。しかし、前線より逃げるようにして後方に下がった彼女が本当に全ての力を出し尽くせたのか?

 魔族殺し。

 唯一無二の称号を持つ彼女は本当に、宗司が見た通りの正道を行くだけの者なのか?

 

「戦いの過程は分からないが、彼女は勝った。それは魔族殺しの称号が示す通りの事実だ……そして、その称号が彼女を追い詰めることになったんだろうね」

 

「称号が追い詰めたのですか?」

 

「あぁ。およそ人の抗しえない恐るべき魔族を滅ぼした人族の希望。だがねメイル君、彼女は人族では最強だったかもしれないが……彼女が倒したのは下級魔族、魔族の尖兵にすぎなかったんだ」

 

 その後、クロナの出る戦場に現れる魔族は中級以上の魔族が良く確認されるようになった。レベルにして300を超える正真正銘の怪物達。それでも歯を食いしばり戦う彼女を失わないために、共に殿として残った兵士がその命を次々に散らせていく。

 魔族を倒せる唯一の希望。人族に残された最後の力。種としての生存をクロナに託して消えていく兵士。

 だがどんなに足掻いても、下級ですら死闘を繰り広げる程度の実力しかないクロナが中級以上の魔族を滅ぼせるだろうか。

 

「憶測だがね。彼女はそんな彼らの期待に耐えられなくなったのだろう。そうして彼女は前線より逃げ出し、彼女という希望を失った人族連合は再び絶望に身を投じる……おかげでここ数年でアバド流通街に流れ着く元兵士の数も増えたよ」

 

 そう語り終えたグリイドは目の前のテーブルに置かれたグラスを手に取り、中の酒を一気に飲み干した。

 

「だが、いつまでも逃げ続けることは出来ない。ここに居る者も、そして彼女もね」

 

「……私には、よくわかりません。戦う相手が居るなら戦えばいいだけじゃないですか」

 

「やはり君は恵まれているな、メイル君」

 

「皮肉ですか?」

 

「まさか。むしろ期待しているのだよ。もしかしたらそういう環境で育まれた君こそが、この街に巣食う袋小路の人族を何とかするのではないかとね」

 

「私は、私以外にどうでもいいです」

 

「素晴らしいな。尚のこと君が気に入った。クロナ・クロルキスがこの依頼を受ける受けないに関わらず、今回の依頼、私は君に賭けてみたいと思うよ」

 

 ではまた明日。楽しみにしているよ。

 そんなグリイドの言葉を最後に、メイルは一礼をすると振り返ることなく部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 クロナすらも入れるグリイドの屋敷で、使用人の案内でどうにかこうにかクロナの居る巨人用として用意された客室にメイルは到着した。

 そこにある家具はいずれも人間からするとあまりにも巨大だ。

 まるで自分が小人にでもなったような気分を味わいながら、メイルはクロナの座る椅子の前のテーブルに乗って、神妙な顔で考え込むクロナを見上げた。

 

「ってな感じで私はこの依頼を受けることにしたんですけど」

 

「……魔獣の群れ、か」

 

「クロナさんは気が乗らないんですか?」

 

「いや、そういうわけではないのだが……」

 

 そう言って、悔恨するようにクロナはかつての記憶を語り始めた。

 それは、かつて戦い続けた前線の記憶。

 来る日も来る日も迫る魔獣を薙ぎ払い続け、どうにか前進した先でたった数体の魔族によって撤退を繰り返す日々。

 それでも人族連合はイシスの大結界を取り戻すために前へと進み続けるしかなかった。北の大陸から魔族の増援が来てしまえば、半年もしない内に人類は全滅する。いや、現在南の大陸に点在する魔族が本腰を入れて進軍を始めれば人族連合は容易く瓦解してしまう。

 そんな地獄だった。その中でクロナは殿として魔族との決闘を行い勝利したことで、人族連合の希望の御旗として担ぎ上げられたことがあった。

 

「……苦い記憶だよ」

 

 自嘲するように唇を引き攣らせるクロナをメイルは黙して見上げる。

 

「本当は戦っている誰もが分かっていたんだ。どんなに頑張っても、命を投げ打っても、人に待ち受けているのは滅びの未来だということをね。だが彼らはそんな自分を誤魔化すように私を持ち上げた。そして私もまた自分の諦めを誤魔化すためにいっそう前線で戦い続けたよ」

 

 だが疲れた。

 戦い、進み、現れた魔族を抑える殿として戦い、共に残った兵士を犠牲にして辛くも敗走し、ボロボロの自分を魔族を食い止め生き続ける英雄だと囃し立てられる日々。

 終わらない。

 終われない。

 出口は何処だ?

 この戦いは、破滅するまで止まれないのか?

 

「だから逃げたんですか」

 

 そんなクロナの悔恨を、メイルは責めるでも同情するでもなく、淡々とクロナに問いかけていた。

 不躾な言い方だったが、クロナは不愉快になることはない。事実として、彼女はその逃避行の結果、メイルの知り合い達を犯し、殺した傭兵の仲間に身を落としたのだから。

 いや、そうでなくともメイルを責める気など起きなかっただろう。

 クロナは逃げた。目を背けて、逃げるしかなかった。

 

「逃げた、か。そうだな。私はきっと逃げたんだと思う。責任からも、戦いからも……そんな私が今更魔獣と魔族の討伐に出向くなどとは、な」

 

「嫌なら断ってもいいんじゃないですか? 後は私とソウジさんで勝手にやりますけど」

 

「いや……大丈夫だ。私もいつまでも逃げているわけにはいかないからな」

 

 これもある意味では運命なのかもしれない。

 そう自分に言い聞かせるクロナに「そうですか」と一言返事したメイルは「ところで、クロナさんが戦った下級魔族はどういう人だったんですか?」と単純な好奇心で聞いてきた。

 その問いにクロナは数秒言葉を詰まらせる。彼女をして死闘というに相応しい戦いを思い出して耽っているのか。

 あるいは言葉に出来ない理由があるのか。

 

「……相手は、おそらく私の先祖にあたる巨人の男だった」

 

 暫くして重い口を開いたクロナは、メイルを見るでもなく遠くに視線を向けながら語り始めた。

 

「魔族らしい魔族と言えばいいのか。奴らは基本的に強敵と戦うことを望んでいる節があってな。何故奴等が積極的に人族との戦いに介入しないのかというと、人族程度の弱者を相手にするのはつまらないからという理由なんだ」

 

「へぇ、なんだかそれだけ聞くとソウジさんみたいですね」

 

「確かにな。あるいはより純粋に闘争というものに重きを置いた種族と言うべきか……さておき、私が戦った巨人もそう言う類の奴でな。人族の殿として残った私以外は気にも留めず、純粋に戦いを楽しんでいるようだった」

 

 思い返せば、圧倒されるだけの戦いだったとクロナは語る。

 宗司のように研ぎ澄まされた技に翻弄されるのとは違う。単純な性能の差、純粋魔族の秘めた身体能力はクロナですら防戦に回るのが手一杯というレベルのものだった。

 

「そのうえ、技量の上でもほぼ互角だった。そうなれば後は身体能力の差で追い詰められるばかりでな……今思い返しても、恐ろしい」

 

「だけど、クロナさんは勝ったんですよね?」

 

「勝った、か」

 

 クロナは自嘲の笑みを浮かべると再度言葉を詰まらせた。

 何故言葉に詰まるのか。『魔族殺し』としていう誇るべき二つ名を持つ彼女が語れないようなことなのか。

 

「私は……いや、これもまた迷い、か。悪い癖だな、いつだって私は迷っている。」

 

「あの、生意気な言い方ですけど、クロナさんはちょっとばかし迷いすぎですよ。ここいらで一つばっさりと全部斬り捨ててこれからどうするのかを決めたほうがいいです」

 

「そういう君には迷いはないのかい?」

 

 これ幸いと話をすり替えてきたクロナの機微も知らず、メイルは僅か首を傾げて小さく唸った。

 

「迷い、ですか……」

 

 言われてみて、メイルふと考える。

 聖域で宗司を召喚してからここまで、様々な経験を経てここに自分は立っている。その過程、身に着けた経験の意味。

 導き出される答えと迷い。

 

「私は、恐いです」

 

「怖い?」

 

「はい、今がいつまで続くんだろうって思うと、恐いんです」

 

「……そうか」

 

 意外にも思春期によくある悩みだとクロナは思う。

 だがクロナは既に知っている。メイル・リンクキャットが年相応の悩みを抱くようなまとも(・・・)な人間ではないことを。

 そんなクロナの内心を知らずに、メイルもまた自分の悩みを口にする。

 

「ソウジさんに剣術を教えてもらって、クロナさんの美味しいごはんを食べながら、三人で笑いあって旅をする。出来ればいつまでも続いてほしいですし、続けたいと願ってます」

 

 だが予感があるのだ。

 メイルの――芽吹き、花を咲かせようとしている修羅の蕾が感じていた。

 

「ねぇクロナさん。この旅は楽しいですか?」

 

「ん? ……あぁ、そうだな。色々と言いたいことはあるが、楽しいと言えるはずだ」

 

「えへへ、私も楽しいです。だってクロナさんとソウジさんが大好きですから」

 

 彼ら二人は、メイルにとって血の繋がらない家族だ。師匠である前に、兄であり姉でもある。

 決して長いとは言えない間の旅であったが、聖域という狭い世界しか知らなかったメイルには、彼らこそ無二の存在に違いなかった。

 だからこそ、確信があった。

 

「だけど、私達は殺し合います」

 

 その言葉を、込められた確信こそ、かつて宗司が言っていた言葉と同じであった。

 いずれ自分を殺させるのだと、宗司は言った。

 あの男はそう言って、メイルはそういう存在になるのだと信じている。

 

 しかし、待ってほしい。

 

 一つだけ訂正しなければならないことがある。

 だからクロナは何を馬鹿なとメイルの言葉を聞いて思っていた。

 

「待て、待ってくれメイル……こう言ってはアレだが、君達が殺し合うのは百歩譲って分かる。だが……何故私までもが、君達と殺し合わなければならない?」

 

 あの夜の日、クロナは恐るべき三人の修羅と自分の間に引かれた明確な線を実感した。

 彼らと自分は違う。戦いという螺旋に疑いもせずに飛び込む彼らと、迷うばかりで常に間違える自分は違う存在でしかない。

 そんな自分がメイルと宗司を相手に殺し合う、だと?

 

「私は、違う」

 

 お前らとは。

 

「私は、君達のような」

 

 お前らみたいな――。

 

「私は、私は……!」

 

「私は人間。貴女はだぁれ?」

 

 メイルは動揺を露わにするクロナに妖艶に笑いかけた。

 グリイドの話を聞いて、そして、こうしてクロナの口から本人の話を聞いて、確信する。

 自分は人間。

 貴女は迷って。

 人と誰かが、ここに居た。

 

「私達を否定すること以上の理由が、殺し合いに必要ですか?」

 

 いずれきっと、必ずどこかで。

 その迷いが晴れた時こそ、私達の旅の終わり。

 

「ソウジさんは期待してないとか言ってましたけど……私は信じてますからね、クロナさん。大好きですよ」

 

 

 

 





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