臓物ぶちまけて死にかけの侍を勇者として召喚してしまった件について   作:トロ

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第八話『魔族、襲来』

 

 翌日、朝食も早々にクロナとメイルの二人は屋敷の中庭でグリイドのその護衛の兵士達と相対していた。

 残念ながら宗司については今だダンの下から動けずにいるらしい。よって、今回の依頼はクロナとメイルの二人が参加することとなっていた。

 だが当然と言えば当然なことに、二人以外にもそれなりに腕が立つ傭兵たちが複数その場には居た。

 数にしておよそ百前後、グリイド直属の兵士も混ざっているので、質的には問題はないはずだ。

 だがそれでも相手が武装した魔族となれば楽観は出来ない。誰もが真剣な表情で壇上に立ったグリイドを見ていた。

 そんな彼らの視線を一身に受けながら全く動じた様子も見せず、グリイドは軽く咳き込むと、メイル達に思いの外よく響く声で話し始めた。

 

「さて諸君、まずは集まってくれたことに感謝させてほしい。本当にありがとう。ここに居る者達は、アバド流通街では数少ない、戦う意志を秘めた戦士だ。そんな君達ならば此度の魔獣達の件を必ず解決してくれると信じている……だがその前に、まずは現状で知り得た情報を聞いてほしい」

 

 そう言って、グリイドが投影魔術を使って虚空に巨大な地図を描き出した。それはこのアバド流通街の詳細な地図である。グリイドはその地図を用いて説明を始めた。

 

「魔獣が発見されたのは貧民街の外れ。つい最近新たに作られた貧民達の住居の一角だ。そこで武装された魔獣、オークとゴブリンが発見されたらしい」

 

 オークとゴブリン。両者ともに魔獣としては珍しい部類ではない。それどころかゴブリンに至っては野良でも良く発見されており、時折人里で乱暴を行うことから魔獣というより害獣扱いをされていた。

 そしてオークだが、動きは鈍く知能も低いものの、人よりも優れたタフネスと膂力で前線でも尖兵としてよく見受けられる魔獣だ。

 どちらも野良で発見された場合は武装した兵士であしらえる程度の力しか持たない。だが一度武装を施されある程度の訓練を積ませると、たちまち苦戦を強いられる恐ろしい難敵と豹変する。最下級魔族と呼ばれているが、その実力は決して油断出来るものではなかった。

 

「そして――彼らを指揮する魔族の可能性も考慮してくれ」

 

 グリイドのもたらした情報に小さくないざわめきが傭兵たちの間に伝播した。

 無理もない。ここに集まった者達は、貧民街で助けられるのを待つだけの敗残者よりマシとはいえ、彼らも終わらぬ戦いと魔族の恐ろしさに逃げてきたことには変わりない。

 そんな彼らの動揺を受けてグリイドは落ち着かせるように声を張り上げた。

 

「待ってくれ皆。これはあくまで可能性の話でしかない。諸々の事情から考えて出た最悪の結論というだけで決まったわけではない。だが、覚悟だけはしてほしいという話なんだ」

 

 グリイドの言葉に動揺が鎮まる。それでもその可能性を知った傭兵たちの表情はこれまで以上に緊張の色が滲み出ていた。

 

「だが安心してほしい。仮に魔族が出てきたとしても、我々には彼女が居る」

 

 そこでグリイドは彼らを安心させるために、傭兵たちの背後に立っていたクロナに向けて両腕を広げてみせた。

 

「知っている者は多いと思うが改めてこちらから紹介させてほしい。五年前に下級魔族との一騎打ちを制した生きる伝説、クロナ・クロルキスだ」

 

 先程のどよめきとは違う明るさの伴った喧騒がその場を静かに満たす。中には本物なのかと疑う者もいたが、それもごく僅かだ。

 ほとんどが期待の眼差しでクロナを見上げている。

 最早、重圧とも呼べるその眼差しは向けられていないメイルですら感じ取れる程。

 メイルはクロナが前線より逃げ出した理由が理解出来ないが、少なくともこの期待が気持ち悪い(・・・・・)ものだということはよくわかった。

 あぁ確かに、これに晒され続けて勝手に死なれるのは、吐き気がする。

 そんな視線の中、クロナは一度視線を落として目を閉じた。だがそれも数秒、覚悟を決めた表情で真っ直ぐに傭兵たちを見渡して、腰に差した鞘より肉厚の両手剣を引き抜いて空へとかざした。

 さながら絵画に描かれる英雄の如き所作に傭兵たちの士気が上がっていくのが分かる。そんな彼らへ向けてクロナは歌うように告げた。

 

「魔族殺しのクロナ・クロルキスだ。諸事情があって今まで前線より離れていたが、今日、この日を以て再び戦いの場に赴こう! 今日はその前哨戦だ、我らが剣で魔獣達にその威を示せ!」

 

 宣誓が終わるのと、傭兵たちの歓喜の声が上がるのは同時だった。

 

「クロナ! 我らが英雄クロナが帰ってきた!」

 

「英雄クロナ・クロルキスの帰還だ! この戦い、俺達なら勝てるぞ!」

 

「うぉぉぉぉぉ! 俺はやるぞ! 伝説と一緒にやってやるぞぉぉ!」

 

 一気に色めき立つ傭兵たちが口々にクロナを讃え、戦意を増していく。

 グリイドに扇動される形とはいえ、こうなれば最早クロナも後に引けないのだろう。いや、あるいは先日メイルと話した通り、逃げることを止めて覚悟が決まったのか。

 クロナという旗印があれば傭兵たちは力の限り戦うことだろう。今やその戦意は前線の兵士達より高いものとなっている。

 戦えるのだ。

 今ならば胸を張って、強く荒々しく戦えるのだと、誰もが目を輝かせていて。

 

「気持ち悪いなぁ」

 

 誰かを理由にしなければ戦えない。

 そんな彼らを、メイルは冷めた眼差しで見続けるのであった。

 

 

 

 

 

 あの日を境に、私の人生は大きく変わった。

 戦うために戦っていた日々の中、やり方はどうあれ(・・・・・・・・)魔族を殺した私に、彼らの眼に希望が宿ったのだ。

 希望という光。

 魔族殺しという証を背負った私を見れば、他者の眼に輝きが灯る。

 一つ一つの明かりは小さなものだ。吹けば容易く消えてしまい、放っておいても無くなる程度のささやかな光。

 だがそれが十、百、千と多くなるにつれて、照らすには大きすぎるこの身を鮮明に暴き立てる。

 

 ――止めてくれ。

 

 その光から目を背けるように前を向いて剣を振るう。

 振るった後に誰かの輝きが何処かで消える。私の身体は大きいけれど、小さな全てを守れる程には大きくない。

 だが彼らは希望を絶やさない。しかしそれは希望という言葉が示す前向きな意味合いが込められているわけではなかった。

 種族としての絶滅。自身の死を超越した絶望から逃れるために、彼らは死んでも希望にしがみついた。

 

 ――止めてくれ。

 

 これまで、多大な犠牲を払ってようやく撃退するしか出来なかった魔族を決闘で打倒した私こそが、魔族に占領されたイシス周辺の土地を奪還する勇者(・・)なのだと。

 そんな私を慕って様々な者が訪れてきた。

 私の活躍で生きながらえた兵士――死んだ。

 私の武勇伝を聞いて武器を手に取った少年――死んだ。

 私のおかげで半魔の身を誇るようになった女性――死んだ。

 私が誇らしいと戦いに加わった巨人の血を受け継ぐ戦士達――死んだ。

 私こそが勇者だと勲章を授けて未来を託してくれた将軍――死んだ。

 私を勇者と呼んだ幼子達――死んだ。

 

 死んだ。誰も彼も、魔獣との戦いで、襲撃で、あるいは私が殺した魔族よりも強い魔族から私を逃がすために。

 

 ――止めてくれ。

 

 ――もう、止めてくれ。

 

 私は皆が思うような素晴らしい騎士ではない。

 そんな風に眩い輝きを向けられ、あるいは希望を託される程に強い人ではない。

 だから私は逃げたのだ。死んでいった者へ、信じてくれる者へ、唯一の真実すら告げることも出来ずに私は竦み、耐えられず無様に前線から消えた。

 その後、風の噂で私が戦いの最中に負傷して現在はとある場所で療養中であると聞いた時は、恐くなった。

 

 ――もういいだろう。

 

 ――私にこれ以上期待しないでくれ。

 

 逃げた。ひたすらに逃げ続けた。

 だがいつまでも付きまとう魔族殺しという名。大きすぎる身体が災いして、誰もが私を見て『もしかして』と思うのだ。

 だからもっと遠くへ。私のことなど知らない場所へ。

 そして遂に私は遥か南の地で盗賊まがいのことをしていた者達に拾われ、そのままメビウス王国へとたどり着いた。

 そこで私はこれまでの逃げ続けた人生にトドメを刺す死神と出会った。

 ソージ。

 恐るべき剣客。生身で私を下し、万軍を打倒する聖剣すら斬り伏せた修羅。

 彼との出会いを経て、私は今こうしてここに居る。

 そして再び、クロナ・クロルキスとして希望の光を浴びている。

 

 ――止めてくれ。

 

 覚悟が決まったというのに、未だ、心の奥で弱くて醜い私が叫んでいた。

 だがもう分かっているはずだ。

 メビウス王国は王都が滅び、アイアス城塞が落とされた。

 最早、逃げる場所は何処にもない。

 故に私は剣を手に前を進む。あの日々と同じく眩しい眼差しに背中を見せて(目を背けて)

 戦え。

 戦って、戦って。

 あぁ、それでどうする?

 答えは見えず、私は変わらず、流されたままだ。

 だが戦おうとしているのはきっと――。

 

「じゃあ、敵を引っ張り出してきますね」

 

 メイルの言葉に我に返った私は「あぁ、頼んだ」とこの場で私同様に異彩を放つメイルへと返事をした。

 旅に耐えられるよう縫い直したとはいえ、武闘会よりも舞踏会が似合うドレスの如き衣装を着て、背中に美しい白銀の剣、聖剣チートを携えたメイルはある意味私よりも目立っている。

 そんな彼女をここに来る道中で訝しむ傭兵は居たが、私の仲間だと言えば納得した様子を見せ、気付けば魔獣を引っ張り出す先遣部隊の隊長としてメイルは任命されていた。

 だがメイルに気負った様子はない。私程ではないが活躍を期待する傭兵の視線を受けているというのに、その視線など眼中にすらない様子だった。

 

「クロナさん、大丈夫ですか?」

 

「すまない。柄にもなく緊張しているようだ」

 

「止めてくださいよ。緊張のせいでうっかり殺されましたとか嫌ですからね私」

 

 からかうようなメイルの言葉が私の緊張を解きほぐす。改めて「すまない」と告げて私は抜刀した。

 

「もう大丈夫だ。私はここで本隊と敵を待つ。上手く誘い出してくれよ?」

 

「えぇ、任せてくださいよ、クロナさん」

 

 まるで散歩に行くような気軽さだった。そしてメイルは腰に差した鞘から奇妙な装飾を施された二股の剣を抜いて振り返ることなく走り出す。

 遅れてその後に付いて行った傭兵達を眺めながら、私は周囲の傭兵に感づかれないようゆっくりと深呼吸を繰り返した。

 さぁ、久しぶりの戦いだ。

 いや、戦いだけならばアポロン山脈やソージとの死闘。そして道中の試合で行っているが、魔獣との、そして魔族殺しとしての私を知っている者との戦いは久しぶりだ。

 もう逃げられないから戦うしかない。

 戦って、理由はまだ分からないけど、戦うのだ。

 それで、どうやって――。

 

「クロルキスさん!」

 

 思考の海に落ちかけていた私を傭兵の声が引き上げた。

 耳を澄ませば聞こえてくる剣戟の奏でる戦いの音色。入り混じった人と魔獣の叫び声が戦いの始まりを知らせていた。

 始まった。

 覚悟を決めろ―出来ていない―。

 今は迷ってなどいられない―迷いが晴れない―。

 それでも。

 それでもと剣を強く握り締め。

 

「うるぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 世界全てを震わせるかの如き咆哮と共に戦場と化していた貧民街の一角が爆発した。

 轟音を奏でて無数の家屋が吹き飛ぶ。粉塵に紛れて千々と空へ消えていく残骸に紛れて、魔獣と傭兵の血肉と骨が混じったものが幾つも舞っていた。

 その一部が遠く待機していた私の手前にベチョリと不快な音をたてて落ちる。「ひっ」と声をあげた傭兵が見たのは、着ていた皮鎧ごとミンチになった傭兵の残骸。

 

「まさかッ……!」

 

 私は幾度と繰り返される爆発と咆哮を聞いて目を剥いた。そして、傭兵達も災厄に見舞われた戦場に居る存在を思い描いて顔を青ざめさせる。

 家屋を纏めて吹き飛ばすような一撃を幾度と繰り返す恐るべき敵。それは最早、魔獣の域に非ず。

 人族の英雄を纏めて塵芥とする怪異。

 人知を超えた、魔なる者。

 確実に迫りつつある爆音がとうとう私達の姿を隠していた家屋を吹き飛ばして、その威容を露わにした。

 

「魔族……!」

 

「あぁ? オイオイ、こんなとこにもまだ獲物が居たのかよ!」

 

 傲岸不遜を体現したようなそれは、全長こそ私程ではないが、それでも一般的な兵士と比べて倍の体躯。

 筋骨隆々とした赤色の肉体に纏うのは下履きらしきものを一枚だけ。さながら自身の肉体こそが最強の鎧だと誇示しながら、右手と左手に私の腕と同じ太さと長さの鉄塊を掴んで雄々しく立っていた。

 そして、その足元には片膝をついた――。

 

「メェェェェイル!」

 

「ハハッ! いいねぇ、次はテメェが相手かよデカブツの女ぁ!」

 

 今にも倒れかけのメイルの名をクロナが叫ぶ。その気迫を感じて二本角の男が手にした棍棒を構え直した。

 その男こそ、魔族、オーガ。身体能力という点では巨人族すら凌駕すると言われる恐るべき鬼の血族の戦士。かつての戦場で幾度も辛酸を舐めさせられた鬼の戦士の一人が辺境の地に君臨したのだった。

 

 

 




次回、メイル、張り切る
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