臓物ぶちまけて死にかけの侍を勇者として召喚してしまった件について   作:トロ

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第九話『メイル、はりきる』

 

 話は数分程前に戻る。

 

「へへ、頼んだぜメイルの嬢ちゃん」

 

「クロルキスの仲間だって? その腕、期待してるぜ」

 

「なぁに、何があってもクロルキスが居れば何とかなるさ」

 

 クロナを置いて走り出した先遣隊の傭兵達の言葉の情けなさに顔が歪みそうになるのをメイルはグッと堪える。

 走れば一分もしない先に感じる複数の気配。他に貧民街の住民が見つからないことから、この一帯の住民はきっとこの気配の者達に殺されたのだろう。

 故にここは戦場。宗司と違って未熟である自負があるメイルには、彼が居ない戦場に余裕などない。

 簡単に殺され、簡単に殺す。

 聖剣も使えない今、メイルに残されたのは積み重ねた経験のみ。

 

「おっ、余裕だね」

 

 知らず笑みを象ったメイルを見て傭兵が茶化すように言うが、もうメイルには彼らのことなど頭になかった。

 余裕からではない。

 いつだって手一杯か、手に余る戦いだった。

 だから笑うのだ。

 たったそれだけのことを、どうしてこの人達は分からないのか。

 ささやかな疑問すら彼方に放りだして、傭兵達を置き去りにする形でメイルは気配の元へと先行する。

 

「お、おい!?」

 

 メイルを止めようとする傭兵は無視。崩れかけの家屋が並ぶ道を走り抜けたメイルは、強化の魔術で増幅した身体能力のまま一足飛びで家屋へ飛び乗った。

 一瞬、眼下を見下ろす。そこに居たのは緑色をした幼子程度の小さな魔獣ゴブリンと、分厚い脂肪と筋肉で覆われた醜悪な顔の魔獣オークの群れ。

 笑みが濃くなる。

 剣を掴む手が熱くなる。

 

「見ぃつけたぁ……!」

 

 戦いの予感に高鳴る心臓が赴くままに。

 メイルは集まっていたゴブリンとオークの群れのど真ん中に飛び降りた。

 

「■■っ!?」

 

「■■■ッ!!」

 

「ハハッ! 遅いなぁ!」

 

 突如現れた人間に動揺するゴブリンとオーク。メイルはその動揺に突き入れる形で剣の切っ先を手近なゴブリンの首へと突き刺した。

 さらに引き抜く勢いで背後のオークの腹を両断。その出っ張った腹より顔面と同じく汚い臓腑が溢れる間に周囲の魔獣を怒涛と切断。

 僅か数秒の殺戮舞踏。

 御捻り代わりに血の雨を喝采と受けて、ようやく状況を理解して武器を構えた魔獣達へメイルは躊躇いなく踏み込んだ。

 その眼に映るのはこれより放たれる魔獣達の動きの軌跡。滂沱と視界を染め上げる死線の数々の間を縫う形で全てを回避する。

 斬られる前に敵の全てを避け、逸らし、そして斬る。

 単純明快でありながら理解不能な見切りの妙技が魔獣達を撫で斬りし、その命を盛大に散らせた。

 

「■■っ!?」

 

「■っ! ■■!!??」

 

 幾ら知性に乏しいとはいえ、この異常事態に魔獣達を動揺が襲った。

 しかし、動揺に体を硬直させれば死の結実。違えず魔獣達の急所を一撃で斬り、貫き、絶命の未来へと確定させるメイルの顔には変わらぬ笑みが一つ。

 

「あははっ! これじゃあただの試し斬りじゃあないですか!?」

 

 快刀乱麻を断つ。傭兵達が合流するまでの十秒程度の時間で魔獣達の二割がメイルの凶刃に倒れた。

 その勢い傭兵達すら動きを止めて魅入る程の凄まじさ。これまで見た何よりも流麗な太刀筋は、美しき乙女という素材と相まって一種の芸術のようであった。

 

「ッ……お、俺達もやるぞ!」

 

「お、おう!」

 

 とはいえいつまでも見つめているわけではない。メイルが半数を血の海に沈めたあたりでようやく動き出した傭兵達。

 メイル一人で半壊したところに傭兵が加われば戦いは決着したのも同義だ。そしてようやく戦い始めようとした傭兵達とメイルによって戦意を失った魔獣達の戦いが始まる。

 

「……つまんないや」

 

 思ったよりも大したことがない戦いだった。

 後は全て傭兵に任せてもどうにかなるだろう。稚拙な戦いをする彼らを尻目にメイルは一人離脱しようとして――突如魔獣と傭兵が入り混じる戦場の前にあった家屋より膨れ上がる気配を察してその場を飛び退いた。

 

「うるぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 瞬間、家屋もろとも傭兵と魔獣がはじけ飛ぶ。

 

 あまりの威力に痛みはおろか状況すら理解出来ずにその場の半数が一瞬で絶命した。

 突然のことに魔獣も人も動きを止める。その中で動いたのは、爆発より歩き出した影と、歓喜の色を瞳に浮かべたメイルのみ。

 

「あぁぁぁぁぁぁ! ったくよぉ、人が折角気持ち良く寝てるってのにキンキンキンキンとうっせぇなぁ! ただでさえめんどくせぇ任務だってんだからせめてぐっすり眠らせてくれよなぁ!?」

 

 現れたのは分厚い男であった。

 腕が太い。足が太い。首が太い。存在すらも太い。幾重にも束ねられた鋼鉄のような厚みを感じる赤い肌の男が、ゴキゴキと首を鳴らしながら唖然とする魔獣と傭兵を見下す。

 額より鋭く伸びた二本の角は強き男の象徴であった。事実、彼は闘争を日常とする種族の中でなお、戦士と呼ばれる英傑。

 魔獣と人族などはどちらも木端にしか見えない。彼が生命体として認識するのは己を害する強き戦士のみ。

 

「まぁでもばれたら仕方ねぇ。隊長はなるべく秘密裏にやれって言ってたが、ホント、仕方ねぇよなぁ?」

 

 だが木端とはいえ敵は敵。有象無象であれ戦えるならばそれこそ本能。

 

「俺はオーガ族が誇り高きガの一人! リグ・ガ・ギガ!」

 

 両手に家の支柱よりも分厚い棍棒を二本構えて宣誓する。

 

「名を上げてぇならかかってこいやぁ!」

 

 魔族、オーガ。

 レベルに換算して300に迫る怪物の登場。

 それが意味することは、抗えぬ死に他ならず――。

 

「う、うわぁぁぁぁ!!??」

 

「ひぃぃぃぃぃ!!」

 

「■■っ!?」

 

「■! ■! ■■■■ぁぁぁぁ!!??」

 

 魔獣と人族。いずれもゴミとしか見ない超越者の殺気を間近に浴びて戦意を保てる者はいない。

 傭兵は刻みこまれた種族滅亡の恐怖に負けて。

 魔獣は単純に生存本能を駆り立てられて。

 どちらも膨大な殺気を受けて、我先とばかりに逃げ出した。

 

「あ? オイ! テメェらそれでも人族のガかよ! って魔獣共もかぁ!?」

 

 そのあまりにも情けない姿にリグは一瞬呆気にとられるが、すぐにその鋭い牙の生えた口を壮絶な笑みに変えると。

 

「それなら、いいさ」

 

 右手が一回り以上隆起する。溢れる魔力がその筋肉をさらに強化することで、その振り上げた右腕に明確な殺戮のイメージを連想させた。

 振り上げて、振り下ろす。

 単純明快な破壊の渾身に、これだけの意志を乗せられるからこそ、魔族。

 どんなに逃げても無駄なのだと悟らせるからこそ種族の死。

 

「まとめて死ねや」

 

 上級スキル『メテオブレイク』。

 振り下ろされた棍棒より発生した破壊の乱気流が周囲一帯の家屋もろとも魔獣と傭兵を肉と骨と武器の混ざった生ゴミへと作り変えた。

 

「ハァ……こんなんなら最初からまとめてぶっ殺せば良かったぜ」

 

 オーガらしい単純明快な思考だ。溜まったゴミを捨てたような爽快感にリグは気分よく鼻を鳴らしながらゆっくりと背後に振り返った。

 

「で、お嬢ちゃんはどうすんだい?」

 

「どうする、ですって?」

 

 そこには、たった一つの狂気が立っていた。

 これまで様々な強さを魅せられてきた。

 宗司の技。

 クロナの強さ。

 アポロン山脈では手段の恐ろしさ。

 だがリグのそれはいずれとも違う。

 魔族という化け物の力。

 クロナのソレとも違う単純明快な力という強さの塊。

 これが魔族。

 人族にとっての死神。行ける災禍。殺戮兵士。

 

 だから(・・・)メイルは笑った。

 

「そんなの一つに決まってるじゃないですか」

 

 体が歓喜に震える。心臓が早鐘を打ち、血流が加速する。

 一方、熱くなる体と逆に心は加速的に冷えていっていた。

 死線が引かれている。

 見切りではどうにもならない能力の差が、明確な死のイメージをメイルに叩きつける。

 なまじ敵の強さが充分分かるため、メイルがリグに感じる死の恐怖は逃げた魔獣や傭兵を遥かに凌ぐものだった。

 だが笑う。

 笑って、剣を構えて。

 

「私は新米剣士、メイル・リンクキャット……貴方の敵だ」

 

 宣誓には絶対の確信を。

 お前を斬ると、確信だけを信仰して。

 

「ハハッ! こりゃ嬉しいねぇ! まさか前線から逃げたカスしかいねぇと場所で、こんなに良いガの女とヤりあえるなんざなぁ!?」

 

 リグもまた小さくも勇ましき戦士の登場に、全身で喜びを露わにした。

 だがそこにメイルを見た目で侮るような隙は無い。

 強さ、弱さではない。

 消し飛ばす木端か、全霊を賭して殺す戦士か。

 魔族にとってそれだけの話。

 そしてメイルはまさしく戦士に相応しい気概のある女だった。

 

「この辺境で出会えた勇ましきガの女、メイル・リンクキャット! 気概だけのガじゃねぇところを見せてみな!?」

 

「えぇ、そうね――リグ・ガ・ギガ」

 

 刹那のことだった。

 先程までメイルの体を強化していた魔術が消えるのと同時、メイルがリグの視界より消える。

 それは強化の魔術で無駄に膨れ上がった身体能力では使えなかった繊細な技の粋。

 宗司直伝の歩法によりリグの懐まで潜り込んだメイルが、鋭い袈裟切りを放った。

 

「オォ!?」

 

 半ば直感で棍棒を軌跡の間に間に合わせたリグは、鋭い斬撃に驚愕の声を張り上げた。

 

「まずは一手、ってところかな?」

 

「ハッ、面白れぇ! 気概も力も! 俺らに殺される最高の糞袋じゃねぇか!?」

 

 その一撃はリグの中――魔族として、人間(・・)を殺戮するという本能を刺激するには充分だった。

 殺すべき怨敵。魔王が憎み、殲滅すべきと祈り続けた人間(・・)

 

「殺してやらぁ!」

 

 その他一切の感情を削いだ純粋なる殺意を二振りの棍棒に乗せて、リグは薄らと冷たい笑みを浮かべるメイルへ果敢と踏み出した。

 剛剣が一瞬前までメイルが居た場所を拭き飛ばす。風圧だけで崩れた瓦礫が再び吹き飛ばされる程の破壊力だ。

 強化魔術を解除した今の状態で掠りでもすればその時点で絶命は必至。だがレベルに換算して限界値である100を超えた今のメイルの見切りは、その危険水域すら完全に読み切っていた。

 それどころか宗司の歩法によって相手の視界から消え去ってみせる。速度ではなく生物故に逃れられない反射を逆手に取った妙技。宗司レベルではないがリグ相手にも充分通用する技を以て次の一手。

 風となって流れに紛れ、意志ある紫電で敵手を穿つ。

 

「しぃ!」

 

 いつの間にかリグの背後へ回り込んだメイルが刺突を放つ。膝裏の関節を狙った一撃は過たずリグの皮膚へと突き立ち――皮一枚を裂いたところで弾かれた。

 

「ッ!?」

 

「はっはー! すばしっこくても火力がなけりゃあなぁ!?」

 

 最初の印象通り、鉄を幾重にも重ね合わせたかのような耐久力だ。だというのに、痛痒を微塵も感じさせないリグの動きは見た目以上に素早く機敏。

 膝裏の刺突を受けるのと振り返りながら棍棒を振るうのは同時だった。

 

「受けな! 『スラッシュ』!」

 

 後方に退いて逃れようとするメイルを、薙ぎ払われた棍棒の軌道に沿って見えない斬撃が襲う。空間に描かれる死の光景。受ければ受けた腕ごと体が千切れ飛ぶ。

 ならば逆らわない。

 メイルはスラッシュで放たれた斬撃に上に飛び乗って、あろうことかそのままリグへと飛び込んだ。

 だがそれこそリグにとって絶好の機。スラッシュを放った逆の手に握った棍棒がメイルの命を刈り取るべく横一文字を描いた。

 しかし、そこに手ごたえはない。違和感に目を細めるのと、振るった棍棒の重みに気付いて笑うのは同時。

 棍棒の上にメイルが立っている。如何なる絶技か命知らずか。どちらにせよこの棍棒は、そのまま敵手の命へ届く道。

 

「カカッ、大道芸かぃ!?」

 

「残念、辻斬りぃ!」

 

 疾駆する小さな影が鋭い切っ先を鬼の眼球を狙い穿つ。

 一瞬の交差。感触は硬質。

 メイルは自慢の刺突がリグの額から伸びた鋭い角で弾かれた事実に戦慄した。

 

「それってインチキ……!?」

 

「悪いが自慢のイチモツでねぇ!」

 

 リグが虫を払うように腕を振る。だがその数瞬前に飛び退いたメイルは、角との激突で痺れた手を軽く振って、良い笑顔を浮かべるリグを睨み上げた。

 

「下品ですね、お兄さん」

 

「オーガなんざそんなもんさね、強い奴は殺す。仲間とは酒を飲む。良い女は犯すってな。ん? そういやテメェ、強くていい女だな。喜べ、殺されるか犯されか好きな方を選びな」

 

「もう一つ選べますよ。貴方を殺してその首を肴に酒を飲む。素敵じゃないですか?」

 

「ぎゃははは! テメェ……とことん良い女じゃねぇかぁ!?」

 

 地面を爆発させる程の勢いでリグがメイル目掛けて走り出した。

 たったそれだけで感じる圧力はアポロン山脈で倒したカリスを数十人以上束ねた以上。

 どの能力も足りない。

 あの体を斬る力がない。

 だからと言って強化魔術を使えば宗司より教わった技が使えず簡単に潰される。

 現状、考えられる全てを用いても勝てる気がしない。

 

「だけど、斬りたいな」

 

 メイルは呟いた。

 願わくばと思いながら、それは祈りではなく誓いだった。

 

 

 




次回、死闘
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