臓物ぶちまけて死にかけの侍を勇者として召喚してしまった件について   作:トロ

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第十話『修羅の兆し』

 そして戦いは今へと続く。

 宗司から受け継いだ技術を使うために強化魔術を切ったメイルは、怒涛と攻めたててくるリグの猛攻によって全身がボロボロの状態だった。

 

「ハッ、なんだぁ? こそこそと隠れた雑魚がまだあんなに居やがったのか?」

 

 対して、遠目にクロナ達を捕捉したリグに傷らしい傷は殆どない。幾つか体に裂傷が刻まれているが、所詮は皮膚を裂いた程度、いずれも魔族の生命力を脅かす程ではなかった。

 これが純粋な性能の差。

 メイルが鍛錬によって築き上げた技を真正面から打ち砕く魔族の力。

 そしてその威容はクロナ達の体をすくませるには充分だった。

 

「……オァ!」

 

 だがメイルは決して怯まない。痛む体を無理矢理起こして、衰えぬ気力と再び展開した強化魔術を支えにリグへと飛びかかった。

 

「メイル!?」

 

 煙を抜けて現れた血濡れでボロボロのドレスを身に着けたメイルを見てクロナが悲鳴にも似た声をあげる。

 しかし、メイルは裂けた額より流した血で顔面を染め上げながら、その顔は決して崩れない笑みを象ったまま。

 

「ハハッ! 面白れぇなぁ嬢ちゃんよぉ! まだやりたりねぇってか!?」

 

 その笑顔に呼応してリグはクロナ達を無視してメイルと再度剣戟を合わせた。

 激突する両者より発生する衝撃が大気を震わせクロナ達の臓腑に響く。

 強化の魔術に下級スキルのスラッシュを合わせた一撃でどうにかリグの軽い一振りと互角。その事実がいっそうの戦意をメイルから引き出す。

 この強い相手を倒すにはもっと強く、さらに強く。

 見切りで描き出される死線を身体能力に任せて掻い潜り、メイルは必死にリグの隙を見出そうと抗う。

 だが誰がどう見てもメイルがリグに勝てる要素は見当たらなかった。

 

「な、んで……」

 

 勝てるわけがない。

 オーガ族の戦士と言えばレベル300に及ぶ恐るべき戦士だ。レベルだけならばクロナも近い領域にあるが、ステータスの成長具合も魔族と人族で違う以上、仮にクロナがリグのレベルを超えていたとしても敗北する可能性は高い。

 そしてそんなクロナにすら未だに一本も取れないメイルでは何をしてもリグには勝てない。

 それなのに何故戦う?

 逃げてもいいはずだ。幾ら実力差があるとはいえ、メイルならばリグから逃げて宗司の元まで行くことくらいはできるはずだ。

 例え魔族であっても、数値に換算してレベル1000に到達する聖剣すら制した宗司ならば容易く葬れるだろう。それでこの戦いは終わりだ。

 それでいいじゃないか。

 まだやりたいことがあるだろう?

 強くなってからでいいじゃないか。

 勝てないなら勝てないなりに、それでいいじゃないか。

 

「あははははは!」

 

 だが笑っている。

 そんなことは分かっていながら、今ここでメイルは戦っている。

 

「あはは! あはははは!!」

 

「笑って、やがる」

 

 メイルの笑い声を聞いて傭兵達が得体の知れない物を見るような眼差しをメイルに向けていた。

 魔族という絶対強者を相手に、決死の覚悟で戦うのでも、悲壮の決意で戦うのでも、勇気を抱いて戦うのでも無い。

 強者と死合える喜びの狂気。

 これを超えることで得られる強さにしか興味がない。

 それで死ぬならそれでいいと、メイルは本気でそんなことしか考えていなかった。

 

「最高だ! 最高だぜメイル!」

 

 唯一リグだけがメイルの狂気を是としていた。

 だがそれはリグが狂っているということではないし、そもそも、根本的な意味で彼には、魔族ではメイルを理解出来ない。何故なら、彼らは戦うことしか価値がない(・・・・・・・・・・・)からこそ、似たようなメイルを歓迎しているだけなのだ。

 善悪という価値を知らずに戦うだけの魔族。

 善悪という価値を知りながら戦うだけの人間。

 一方は純粋な戦士で、一方は純粋な修羅。

 狂気とはそれだ。他の素晴らしき価値を知り、慈しむ心を持ち、悪に憤り、悲劇に涙しながら、それら全てをどうでもいい(・・・・・・)と言い切れる異常。

 多様性を持つ人間だからこそ得られる狂気という純心。

 人間という最悪の結晶。

 

「なんて……なんて様だ」

 

 傭兵が呟き、その場の誰もが頷いた。

 あんな者が自分達と同じ人間なのだと、認めたくないからこその呟きだった。

 

 戦いは激化する。

 勝者と敗者の立ち位置が定まりだす。

 

「ゼヒッ……! ゼヒッ……!」

 

「クカッ、流石に限界が近いかよぉ?」

 

 リグの軽口に答える余裕すらメイルにはない。呼吸すらまともにできない程に疲弊とダメージは積み重なっている。

 見切りによって辛うじて保っているが、それでもリグの猛攻をメイルでは捌ききれない。分かっていても体が動かない。振るおうとしても体が遅い。

 もどかしさに苛立ちすらこみ上げる。

 だがそれでも今持てる全てで戦うしかないのだ。

 

「ふぅー……すー……」

 

 強引に呼気を整える。体の傷はどうしようもないが、呼気を落ち着かせるだけでどうにか斬撃数回分の体力を確保する。

 しかし、もう終わり。

 

「先に逝ってろ、そんでいつか地獄でヤろうや」

 

 リグはこの戦いの終わりを感じ取っていた。

 ここまでぎりぎりを凌いできたメイルだが、技を捨てて強化魔術に縋った時点で勝敗は決した。

 延命出来たのはここまで。後は全力の一振りで終わる。

 

「こいつぁ礼儀だ。テメェは俺の全力で殺す」

 

 リグが右手を大きく振り上げる。

 それは一番初めに使った上級スキル『メテオブレイク』の構えだった。

 放てばメイルもろともその背後で戦いを見守るクロナ達にすら及ぶ、範囲殲滅では上級スキルでもトップクラスのスキル。

 対して、抗う手の無いメイルは張り付けた笑みをそのまま、幾度もの激突で至る所が欠けた剣を構え直した。

 その眼は全く諦めてはいない。むしろその上級スキルの隙に食らいつかんばかりの戦意に、リグは犬歯を剥いてその気概を喝采した。

 

「ありがとよ、このクソッタレな任務、テメェに出会えたってのを砦の馬鹿共に自慢できるだけで受けたかいがあったってもんだぜ!」

 

 故に手向けと散れ。

 

「ハデに逝けやぁぁぁぁ!」

 

 剛腕が唸る。破壊の奔流が炸裂する。

 確定された死がメイルの視界に描かれた。

 回避不能。

 迎撃不能。

 反撃不能。

 死亡確定。

 選択は一つ。

 

 故に、斬る。

 

「行きます」

 

 その意志だけを頼りにして、メイルは人生最期の斬撃を――。

 

「『破邪装飾』!」

 

 その間に割って入ってきたクロナが展開した光り輝く障壁が、全てを砕く破壊の一撃を受け止めた。

 

「ぬぅ!?」

 

「ぐ、おぉぉおおおぁぁぁぁ!!!!」

 

 裂帛の気合いを発して、最上級スキルが一つ『破邪装飾』越しに『メテオブレイク』の一撃を抑え込むクロナ。

 本来ならば上級と最上級の差で受け止められるはずだが、リグとクロナの力量差によって、むしろクロナのほうが押されていた。

 しかしクロナは必死の形相で目を焼く濁流から視線をそらさずに耐える。

 何故動いたのかは分からない。むしろ心の中では『メイルは危険すぎる』と思ってすらいた。

 自分も傭兵達と同じ、なんて様だと思った。

 これが人間(・・)かと背筋が凍る心地だった。

 

「それ、でも……!」

 

 クロナは知っている。

 この旅の中でメイルが浮かべた笑顔、優しさ、無邪気さ。

 どんなに相容れないと知っていても仲間であることには変わりなく。

 

「殺させて、たまるか……!」

 

 ――メイルは私の手で殺す

 

 激突の最中、クロナの答えは途中で途絶え、意味を変える。

 されど今この瞬間、クロナはメイルを守るのだと間違え(・・・)て、その意志を支えに『破邪装飾』は『メテオブレイク』の威力をそのまま反射した。

 

「ぐ、うぉぉぉぉぉぉ!!??」

 

 全霊を込めた一撃がまさか自分に返ってくるとは思わず、リグは至近距離で彼自身の全力を真っ向から受け止めることとなる。

 その巨体すら丸々飲み込む輝きがそこで止まらず破壊しつくされた貧民街をさらにかき乱した。

 後に残るのは爆撃の後にしか思えない更地と化した貧民街の末路。

 その光景を見届けたクロナの全身から力が抜けてその場に崩れ落ちた。

 

「ッ……!」

 

 たった一撃。されど魔族が放つ最強の一撃。全ての体力を使い果たしてようやく反射出来たのだ。

 

「ぉ、うぉぉぉぉ!!」

 

「スゲェ! 流石魔族殺しだ!」

 

「やったんだ、伝説が帰ってきたんだ!」

 

 一瞬の、しかし無限にも等しい激突の決着に生き残った傭兵達が歓喜に沸く。

 魔族殺しの復活と、魔族殺しの伝説の再来。

 ここに刻まれた新たな伝説に沸く一同はその立役者たるクロナに駆け寄ろうとして。

 

「くははははは! そうかそうか! こいつがオグの爺さんをぶっ殺したっていうクロナ・クロルキスかよ!」

 

 そんな彼らの足を止める絶望が、さらなる喜びに身を震わせながら再度立ち塞がった。

 

「ッ……生きてる、だと?」

 

「ハッ、驚くことかい? テメェでテメェをぶん殴ればそりゃイテェけど、それで死ぬ馬鹿なんざ見たことねぇよ」

 

 そう豪快に言い切るリグだったが、凛々しい角は二本とも砕け、防御に使った左腕は筋肉が痙攣するだけで動く気配すらない。その他、全身に裂傷と火傷の痕が残っており、傍目からは重傷といってもいい具合だ。

 

「俺の全力を防ぐたぁ、噂通りのいい女じゃねぇか。聞いてるぜクロナ、他の奴等もいっつもカスに邪魔されて最期までやれねぇが、人族との殺し合いでテメェとの戦いが一番最高だったってな! しかしよぉ、メイルにテメェと立て続けに最高の女とヤりあえるたぁ、クカカッ、こりゃ砦の奴等悔しがるに違いねぇ!」

 

 半ばで砕けた棍棒右手で握り直してリグが変わらぬ戦意を滾らせる。

 たったそれだけで傭兵達の顔が絶望に染まり動きが止まった。

 恐るべき剣士と、魔族殺しの英雄が合わさっても滅ぼしきれぬ悪夢。

 これこそが魔族。

 天変地異の体現、リグ・ガ・ギガ。戦闘種族オーガ族の雄々しき(戦士)

 

「さて、続きといこうかい?」

 

 気楽に告げる口許から多量の血を流してリグは不敵に笑った。

 半死半生でありながら勝つヴィジョンが一切浮かばない。

 勝てるはずがなかった。唯一無二の機会を逸したクロナの思考に小さくない絶望が過る。

 だがその隣で息を整えたメイルがやはりリグと同じく笑いながら立ち上がってみせた。

 

「ありがとうございますクロナさん。あと一息です」

 

「メイ、ル」

 

「今なら、斬れます」

 

 言葉に驕りも虚偽も含まれていなかった。

 クロナの渾身の『破邪装飾』によって追い込まれている。そう、どんなに装ったところでリグの負傷は隠し切れない。

 傷すら騙す威圧感で見誤っているだけなのだ。

 メイルは冷静にリグの限界を見切っていた。ここに至るまで一分も見えなかった勝利への道標が今ならば見える。

 

「私達なら斬れます。クロナさん」

 

 二人(・・)ならば届くのだ。

 

「君、は……」

 

 これが人間(・・)か。

 この状況で、絶望という言葉の重みを感じながらも迷いなく進める意志。

 メイルも感じているのだ。この状況下で心を潰す絶望が神経を逆なでるように精神を蝕んでいる。

 だが斬る。

 全てを知って、尚も斬ると告げられる。

 狂っている。

 純粋を極めようとする人間の狂気にクロナは恐怖した。

 頼もしさ以上に、その在り方を恐れた。

 だからこそなのかもしれない。

 

「ぐ、おぉ!」

 

 絶望に染まりかけた思考を払い、震える足に喝を入れて立ち上がる。

 全力の『破邪装飾』を使ったことで見た目以上に体力は残っていない。残りの体力から考えれば中級スキルを一つ使えばガス欠だ。

 だがそれは相手も同じ。

 きっと勝てる。そう思えるのは、クロナもまたリグと同じく(・・・)メイルを、人間を信じているから。

 

「やるぞメイル。君のその様に私は賭ける」

 

「言ってることは分かりません! でも……やってやれないことはないです!」

 

 今だけは、その狂気こそが美しい。

 爛々と輝く瞳で真っ直ぐ敵を射抜くメイルを一瞥したクロナは、立ち塞がる災禍を打破するべく狂気に引きずられるように駆けだした。

 

 

 




例のアレ

破邪装飾

最上級スキルの一つであり、クロナ・クロルキスの切り札。効果自体は単純で、下級スキルである『パリィ』と酷似している。ただしパリィが相手の攻撃を弾いて一時的な隙を見出す技に対して、破邪装飾は相手の攻撃をそのまま相手に反射するというもの。その威力は習熟レベルが上がるごとに上昇し、習熟レベル100ともなれば赤子のパンチを砲弾の一撃クラスに増加させて反射することが可能。
このスキルの利点は、展開した障壁に攻撃が当たった瞬間に反射が発動するところにある。欠点として最上級の名に相応しくHPの消耗が激しく、場合によっては敵の攻撃をそのまま食らったほうがダメージは少ないという場合が多々あるため、敵の攻撃をしっかりと把握することが重要。そのため、クロナは宗司との戦いでは破邪装飾を使うことが出来なかった。



スキル

魔術はMPを消費するが、スキルはHPを消費して発動する。いわゆるメガテン方式。
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