臓物ぶちまけて死にかけの侍を勇者として召喚してしまった件について 作:トロ
楽な仕事だったと思う。
その日、メビウス王国と他国を遮るアポロン山脈の向こう側のとある国にて、山賊まがいのことをして生計を立てていた小さな傭兵の集まりであるボルデス傭兵団は、得体の知れない不気味な男からとある依頼を受けてメビウス王国に出向いた。
とはいえ、その男の先導を受けての密入国なのだが。そうでなければ自称傭兵を名乗るだけの小汚い山賊である彼らがメビウス王国と他国を繋げる転移パスを使えるわけが無い。
依頼は王国の外れにある聖なる森の奥深くにある魔法剣の奪取。それ以外は好きにしてもいいと言われたので、ボルデス傭兵団は言葉の通り好きなように森の奥に建てられた大きな屋敷を襲撃し、略奪の限りを尽くした。
はっきり言って、屋敷の抵抗は殆ど無かったといってもいい。粗野で知能が足りない彼らだが、腕っ節だけはそれなりだ。実戦経験のまるで足りない屋敷の警備兵やその他侍従などは容易く組み伏せ、思い思いにやりたい放題やっていた。
だがいざ目標の剣を見つけたと思いきや、転移魔法によって屋外への逃走を許してしまう。
しかし折角の脱出の機会を、逃がされた少女は外で呆けてこちらに直ぐ見つかってしまって棒に振る。呆気なく見つけたが、折角だし狩りでもするかとリーダーであるボルデスが、逃げた少女を八人の部下を引き連れて追いかけていって、それから数十分。
今頃、捕まえた少女をめちゃくちゃにしているんだろうな。そんなことを屋敷に残った部下達が、大広間で今回の『戦利品』を物色しながら思っていると、慌てた様子で少女を捕まえにいった男の一人が血まみれの姿で帰ってきた。
「あ、兄貴がやられた! 他の奴らも! 皆死んじまった!」
「は、はぁ!?」
その衝撃の一言にどよめきが賊達の間に走る。
「や、やられたって……全員か!?」
「あぁ! 俺以外全員やられちまった! ありゃ化け物だ……! いや、死神に違いねぇ……!」
「おい! おい!」
「おしまいだ……もう駄目だ……」
一体何を見たというのか。修羅場はそれなりに潜ってきた男が、怖い話を聞かされた子どものように体を丸めて震えている。
増援が来たのか?
そう思って焦りを浮かべる一同は、「ぎやぁぁぁぁぁぁぁ!」という外で見張りをしている下っ端の声を聞いた。
「ッ!? 来たのか!?」
「ひぃぃぃぃ!」
唯一全てを知っている男が悲鳴をあげるが、その程度で怯むほど彼らは悪党暦は短くない。
むしろ上等だと気勢を漲らせ、次々と広間に居た男達が外に飛び出していく。
その中、ボルデスの右腕にあたる男、バッズは外に出ると、こんなこともあろうかと金で雇っておいた用心棒に声をかけた。
傭兵の用心棒とはなんとも締まらない話だが、こういうことを想定して雇ったのだ。ならば相応に働いてもらわなければ困るというもの。
「へへっ、出番ですぜ旦那」
「……そうか」
のそりと起き上がった用心棒の背丈は異様なまでに高い。それなりに筋肉質で背が高いバッズと比べても倍ほどは違う背丈。その全身に抜き身の剣のような無骨な輝きを放つ使い込まれたフルプレートアーマーを纏っている。
腰には人間では使うことはおろか持ち上げることすら不可能なほどの剣、否、それは最早鉄の塊を強引に剣の形としたとでも言うべき鉄塊を差し、手には三メートルを超える巨体を隠すタワーシールドを持っている。
曰く、巨人族と人間族のハーフ。巨人の力強さと人間の知恵と魔力。両方の性質を備えた類まれな戦闘者である。
「……命を捨てるか」
フルフェイスのメットのせいで声が濁っているが、バッズはそう呟いた用心棒の言葉の意味を図り損ねていた。
「そりゃ、どういう意味ですか?」
「濃厚な闘志を感じる……あれでは向かった先から悉く斬り捨てられるな」
視線を屋敷の外に向けた用心棒は、そう言うと最早語るまいとばかりに歩き出す。
「ま、待ってくだせぇ!」
慌ててその後を追いかけるバッズの静止を無視して、用心棒はこの先に待ち受けているだろう想像を超えた死闘を思い、その大きな掌を強く握りこむのであった。
─
森を歩く間、泣きじゃくるメイルから辛うじて名前を聞き出すことまでは成功した宗司は、一先ずいつまでも耳元で泣かれてはかなわないので、彼なりに気を利かせて色々と話を聞かせていた。
その殆どが斬り殺してきた強敵の話ばかりという血なまぐさい話のため、まるでメイルの心が晴れることはなかったのだが、とりあえずざっくばらんに半生を語っていた宗司の話がその最後、老剣客との話を終えたところでメイルの反応が変わった。
「それから突然この森の中に飛ばされたのだが……お主、理由を知らぬかの?」
「……ごめんなさい」
「ん? お主に謝られるようなことをされた覚えはないのだがな」
奇怪な話だ。
宗司が首を傾げると、メイルは鼻水を啜り、喉を引きつらせながら、宗司の身に起きたことをゆっくりと話し出した。
「ソウジさんを、ここに来たのは私のせいです。本当は禁止されていた異世界より勇者を召喚する魔術を使って、なんの関係もない貴方をここに呼び出して……」
「なるほど。まっ、それは良いとして」
「え?」
「良いと言った。それより気になるのはお主、どうやって俺の体の傷が治ったのか知っているか? 一瞬で治るような傷ではなかったはずなのだがなぁ」
「いや、いやいや、ちょっと待ってください! 何の関係もない貴方を勝手に呼び出したんですよ!? しかも人々の総意ではなくて、私の個人的なわがままで、それを──」
「うっさいのぉ。耳元で犬のように鳴きおって。ったく、それに関してなら気にするな。所詮、当てなく流浪と流れていた身、お主の言ってることは全くもってよく分からんが、連れ出された程度で怒るほど器量の小さい男ではないつもりだ」
「だけど……」
尚も何かを言い募ろうとするメイルに対して、宗司は困ったように頬を掻くと、「ならば俺の傷が治っていることについて教えてくれ。それで許すということでどうだ」そうメイルに告げた。
それでも納得できない様子のメイルだったが、しかし宗司の困った風な笑みを浮かべて、これ以上は逆に迷惑だと悟り、渋々とだが頷きを返した。
「……えっと、多分ですけど、ソウジさんの傷が治った理由は、この聖剣『チート』のおかげだと思います」
「聖剣ちぃと?」
「はい。これは選ばれた者にのみ使用が許される聖なる剣で、手にしたものはありとあらゆる災厄を払いのける力を手に入れることになります」
それがこれです。メイルは抱きしめていた聖剣を丁重に宗司へと差し出した。勿論、肩に担がれた状態なので何とも珍妙だが。
「あの時、偶然聖剣の柄がソウジさんに触れて、その能力の一つである無限魔力と、それを用いた緊急の魔術詠唱によって、ソウジさんの致命傷が回復したというわけです」
「無限魔力? 魔術詠唱?」
なんだそれは。
疑問を投げかける宗司に、メイルは驚きを露にした。
「え、ソウジさん魔術を知らないのですか?」
「知らん。俺が知っているのは棒振りくらいだ。それすら極めたとは言えぬ体たらくよ」
謙遜なのではなく、本当にそう思っているのだろう。メイルからすれば、無数の敵をこの細い剣、刀で容易く屠っている姿を見て、彼がとてつもない剣士と思ったのだが。
「説明するよりも、ソウジさんが本当に勇者なら、この聖剣を引き抜けばわかるはずです」
魔力を用いて扱う魔術。
そして魔力とは違う生命のエネルギーを使って扱うスキル。
伝説通りなら、聖剣はその二つについて、ありとあらゆる情報を蓄積し、使えるようにしてくれるはずだ。
「……まっ、物は試しと言うしな」
騙されているような気がするが、試してみる価値はあるだろう。宗司からしてみれば、装飾が派手で扱い辛いようにしか見えない聖剣『チート』の柄に手をかける。
すると、掴んだ聖剣から再度激流の如き魔力が溢れ、宗司の脳裏に無数の情報が駆け巡った。
「これは……すてぃたす? 何だこれ」
膨大な情報が脳内を圧迫したのは一瞬。宗司は自分の脳裏にステータスを展開してくださいという機会な電波を受信した。
ここまで来たら試してみるか。
担いでいたメイルが魔力の嵐で悶えているので一先ず下ろすと、脳裏に映像として見えるという奇妙な感覚に悩みつつ、刻み込まれた情報の通りにステータスを起動させた。
すると、聖剣の切っ先から魔力の光が前方に放たれ、空間に四角い映像が投射された。
名・宗司。
性・男。
歳・18
称号『聖剣の担い手』
レベル1
HP・260168
MP・150000
筋力・8031
体力・8016
魔攻・8001
魔防・8002
敏捷・8052
幸運・2505
スキル・全派生技可能。習熟レベル100。限界
魔術・全属性使用可能。習熟レベル100。限界
@:・習熟レベルi0tji:@@;l。不可
lp¥・習熟レベルjie9ju48;@。不可
「これは……」
「ステータス、つまり自分の能力を数値化した図みたいなものです。ソウジさんのように聖剣などの専用の魔法具で見るか、少し難しいですが、これ専用の魔術を使って確かめることが出来ます」
「……己を数値で測る、か。戯けた話だ」
数字で測れる程度の力に何の意味があるというのか。宗司がメイルには聞こえないような小さな声で呟く一方、空間に映し出された宗司のステータスをメイルは食い入るように見ていた。
「凄い……」
「ん?」
その後ろからステータスを覗き込んだ宗司だが、イマイチ平均がどれくらいかわからないので凄いと言われてもピンとこないし、そもそもこの聖剣を握った状態で感じる今の全能感を数値化しているのならば、自分の能力ではないため嬉しくもなんともなかった。
「これ、凄いのか?」
「凄い、はずです。私もちゃんと見たわけではないですけど、以前習ったとき、王国の優秀な騎士さんでレベルが40で、全能力の平均が1000に届くかくらいですからね」
「ふーん」
「あの、凄いことなんですよ?」
「だが、この聖剣とやらの力だろ? なら喜ぶ必要もないし、借り物で得た力になど興味はない」
「そうかもしれませんけど……それにしても、この読めないものはなんでしょうか」
「知らん。聖剣がトチ狂ったのではないか?」
宗司はそう言うと、右手に掴んだ聖剣を掲げた。
確かに凄まじい剣らしい。もった瞬間、ありとあらゆる全能感が体を満たし、今なら何でも出来るような気さえする。それこそ、空だって飛べそうな感じだ。
手慰みには丁度いいかもな。
宗司は内心で聖剣をそう評価すると、何の未練もなくあっさりと聖剣を鞘に戻して、メイルに手渡した。
偽りの全能感が消え、唯一無二の己自身の実感が戻ってくる。
まるで体を作り変えられたみたいだと宗司は思った。万能の力を行使するのに相応しい体に作り変えるという聖剣の力。
だが、要らない。
「天地万物に対し、己一つで我を張るからこそ人間だろうに」
「ソウジさん?」
「なんでもない。行くぞ、めいる殿……もう、一人で歩けるかな?」
からかうような宗司の言葉。思った通りではなかったが、何とかメイルがそれなりに元気を取り戻したことに対する安堵はある。
同時に、聖剣を握ったことで得られたこの世界についての情報が、隠しきれない喜びを宗司の内側を満たしていた。
「そうか。強い者が無数と居るのか……」
聖剣が宗司に与えた魔術などの技の数々から予想される戦闘力は想像を絶するものだ。人型の生物が容易く大地を砕き山を割る。そんな超人的技の数々を操る者が無数と存在する世界で、己の培った理はどこまで通用するのか。
愉快、痛烈。
「楽しみだなぁ」
見えぬ敵手を思い浮かべて森の中を歩いていく。
そうしてようやく森を抜けたところで、二人は目に広がる澄んだ湖と、その側に建てられた巨大な屋敷が飛び込んできた。
広々とした屋敷の門には、地べたに座り込む不衛生な男が五人。その全ての視線が、おろかにも姿を現した宗司とメイルのほうを見た。
「あ……」
そこでようやくメイルは己がおかしてしまったミスに気づく。というよりも、これくらい気づいてしかるべきだった。
だが籠の中しか知らない少女にとっての世界とは、やはり籠の中か、もしくはそこから見た外の景色くらいしか存在しない。
結果として、彼女が指し示した道は、折角逃げ出した地獄への道筋であった。
どうしようもなく愚かな自分の行動に、メイルは当惑を露にして隣の宗司を見上げる。
怒っているのか。
或いは呆れているのか。
いずれにせよ、良い感情をもたれてはいないはずだ。そう思いながら、それでもせめて謝らなければと決心したメイルは、宗司を見上げ、言葉を失った。
「……く、はっ」
内の熱気を吐き出すかのような笑い声。先程まで柔和で優しかった黒い眼差しは冷たい氷に触れたような熱を孕んでおり、その視線は前方でこちらに向けて剣を抜き払った男達に向けられていた。
「ソウジ、さん」
「下がってろ、めいる殿。何、直ぐに終わらせてみせよう」
そう言いながら腰の鞘から刀を抜刀しつつ、宗司はゆっくりと男達目掛けて歩みを始めた。
「あ……!」
そこでメイルは己の手に持った聖剣のことを思い出し、せめてそれを渡そうと宗司に向けて歩き出す。
だがその歩みは一歩目を踏み出すことなく、空いた掌を突き出されて留められた。
「要らん。持っておれ」
「で、でも──」
「俺は、俺だ」
宗司は、メイルが言い終わる前に言葉を被せてきた。
その視線が見るのはメイルの抱きかかえる聖剣『チート』だ。
確かに強力であり、自身の傷を癒してくれた素晴らしい武器だとは思う。
だからこそ。
「借り物の力なんぞで、闘争を楽しめるものか」
五体全てに我を通す。宗司にとって闘争とは己の身で行うものであり、決して借り物の力に頼ってはならないのだ。
研鑽した技術。
練磨した経験。
繰り返す度、己を研ぎ澄まし、死地を越えて得たのが今の自分だ。
ならば、戦場(いくさば)にそれ以上のものなど不要なり。
「それにな、めいる殿。さっき分かったのだが」
宗司は朗らかな笑みを浮かべつつ一言。
「それ、使わんほうが俺は強い」
「え?」
それは一体どういうことなのか。
そのことを問う前に、宗司は一陣の風となって、屋敷の前の賊達へと突貫した。
次回、VS巨人。