臓物ぶちまけて死にかけの侍を勇者として召喚してしまった件について   作:トロ

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第十二話『人間』

 鈴の音色が戦いの幕切れを告げた。

 人々は静寂に染み渡る歌声に酔いしれる。

 清廉にして下劣。恐るべき魔族すら凌駕する人の悍ましさが結実させた一刀の極点。

 リグの棍棒ごとその肉体は斜めに斬り裂かれ、その厚い肉体が思い出したかのように傷口から真紅の熱血を吐き出した。

 

「見事……!」

 

 リグは己より噴き出す鮮血で真っ赤に染まったメイルへ賛美の言葉を送ると、ゆっくりと仰向けに倒れる。

 明確な戦いの決着。立つ者と伏す者、戦いの果てに勝利を手にしたのは変わらぬ狂気で動き続けたメイルだった。

 

「ハァッ……! ハァッ……!」

 

 とはいえメイルにも余裕があるわけではない。土気色に染まった肌は彼女自身の疲労を如実に物語っている。

 どうにか聖剣を杖にして立っているが、一歩だって動けない状態にまで追い詰められていた。

 

「……ッ。良い、戦いでした」

 

 メイルはこみ上げてきた吐瀉物を飲み干して、リグという強敵を讃える。残り数分も経たずに死ぬ相手とはいえ、そこには死闘を通じて紡がれた友情が存在した。

 

「あぁ、そう、だな。最高の、殺し合い、だ、った」

 

 魔族として素晴らしき敵と戦い、相応しい相手に命を奪われる。

 リグは誇りある魔族として極上の生を楽しめたことを喜んだ。

 きっとこの体は、今日この日、この女と戦うために生まれたのだ。

 リグは満足だった。与えられた任務や、人族殲滅など頭の片隅にすら存在しなかった。

 素晴らしき女達と演じた素晴らしき殺戮演舞。あえて不満を述べるなら、もう少しだけ戦いたかったということだけか。

 それともう一つ。

 

「悔しい、ぜ。俺は、テメェを満足、させ、られなか……った」

 

 愛しき怨敵、メイル・リンクキャット。

 死線を超えて限界すら踏破した彼女の全霊を受けて、さらなる死闘に昇華出来なかった自分が不甲斐ない。

 

「悪い、な。俺、は、ここま、でだ」

 

 申し訳なかった。

 その超越に届かずに終わることを許してほしい。

 

「ううん、謝らないで、リグさん……貴方を斬って、次も斬る。貴方の力も、私の刃に――」

 

 ――その強さを私が証明し続ける。

 残念ながら最後まで言い切れず、メイルは意識を失って気絶した。

 

「……そう、かよ。へ、へへ」

 

 だが言わずとも伝わるものがあった。

 リグは笑う。ここで死しても終わりではないから笑える。

 この強き乙女が生き続ける限り、リグは彼女の強さの一部なのだ。

 そして彼女が殺されても、きっと殺した相手が強さを引き継ぐ。

 永劫に戦い、永劫に殺し合う。

 充分だ。

 

「……満足してもらっては困るぞ、オーガ」

 

 だがそのまま眠ろうとしたリグをふらつきながら近づいてきたクロナの言葉が引き上げた。

 

「教えろ。貴様、何故ここに現れた」

 

 何故、わざわざアイアス城塞からここまで魔獣を引き連れて現れたのか。確かに他国と違ってアバド流通街は賑わっており、前線に送る武器制作の一翼を担っているから、狙うのは理解できる。

 だが魔族が隠れて動く必要は無かったはずだ。リグの戦闘力から分かる通り、アバド流通街を潰すだけなら真正面から突撃するだけで片がつく。もっとも、そうなった場合は宗司によってリグの進撃は止められただろうが。

 しかし宗司の存在を把握していないならば魔族が隠れる意味は無い。

 

「あ? そんな、こと……あぁ、だがいいか」

 

 リグは僅かに考え込むと、どうでもよさそうに口を開いた。

 

「もう一匹、魔族が……ここに、居る」

 

「ッ!?」

 

「へ、へへ。俺ぁそい、つ、の、正確、な場所を、調べる役目、だったのよ」

 

 人選ミスだと思わねぇか? などと笑うリグの言葉もクロナには入らなかった。

 まだアバド流通街に魔族が居る。人知れず潜伏しているソレが一体いつから居たのかは分からないが、もしもリグの言葉が正しいならば。

 激闘の末に打ち倒した魔族をもう一度倒すなど考えたくもなかった。この日の勝利が次もあるとは思えなかった。

 

「まっ、勝手に……やりな。それより、メイルを、頼む、ぜ」

 

 リグに言われてクロナは倒れて動かないメイルを慌てて両手で持ち上げた。

 

「メイル……! おい! 返事をしろメイル!」

 

 呼びかけに反応はなく、濁音が混ざった呼吸音しか返ってこない。

 

「良い、女、だった……こんなとこで、殺すなよ」

 

「貴様に言われるまでもない……!」

 

 状況は一刻を争う。クロナは傭兵の一人に「後は頼む」と告げると、急ぎ宗司の元を目指して走り出した。

 

「へ、へへ。あばよ、メイル」

 

 遠くなっていく二人の姿をリグは霞み始めた視界で見送る。

 本当なら自分を打倒した彼女に首を貰って欲しかったが、こうなっては仕方ない。

 悔いはもう無かった。満足のいく命の最後だった。

 リグの霞む視界を、下劣で卑屈な表情を浮かべた傭兵達が取り囲む。

 遅れてやってきていながら、まるで自分達こそが勝者なのだと誇る、浅ましき様に嫌悪感しか浮かばない。

 

「殺せ、確実に息の根を止めろ」

 

「こいつ、まだ生きてやがる」

 

「今しかねぇ、へへっ、俺達でこいつにトドメを刺すんだ」

 

「死ね、死んで償え」

 

「お前みたいなクズは死ね」

 

 リグに降り注ぐ人間から滲み出る悪意と殺意。

 勝手に希望を託し、勝手に絶望して、最後は勝手に断罪者気取り。

 

「くっだらねぇ」

 

 視界を埋め尽くす鋼鉄の鈍い輝きを見据え、リグは最期まで笑みを止めることなくその命を終わらせた。

 

 

 

 

 

 ――終わったか。

 

 工房の外より鳴り響く轟音と衝撃が鳴り止んだのを感じて、宗司は戦いの先へと僅かに視線を飛ばした。

 だがそれもすぐにダンの方へと戻る。突如として貧民街の何処かで始まった楽し気な戦いの気配すら霞む程の気迫と執念。宗司をして飲まれるかと思わせる圧力を放つダンは、近場が戦場になった気配を微塵も気にせず、眼前の刀にのみ全てを注ぎ込んでいた。

 ある意味でこの男もまた一人の修羅だった。驚愕すべきは、武器へと注ぐ意志の総量は、あの修羅外道に比肩してすらいる。

 宗司達のような闘争の場にて輝く修羅とは違う、闘争という場を彩るために輝く修羅。

 悪鬼。

 邪悪。

 外道。

 罵る言葉は数多あれど、ダンという男を知る者が決まって最後に彼を指す言葉は一つ。

 

 剣錬殺鬼(けんれんさっき)。剣のために全てを捧げた鬼。

 

 それほどの男が持てる全ての技術を注ぎ込んで作り上げた剣が遂に生まれようとしていた。

 そしてその時は、呆気なく訪れることとなる。

 

「……出来たぜ」

 

 ダンはこれまでの饒舌さが嘘のように淡々と終わりを告げた。

 無理もないと宗司は思う。丸二日近く延々と槌を振るい魔術を使い、遠くで待つ自分ですら熱さを覚える高温の炉から動かずにいたのだ。生命力にあふれていた顔は一気に老け込み、槌を握る手は震えてすらいる。

 だがしかし、ダンを労おうとした宗司の思考は差し出された刀を見て吹き飛んだ。

 

「これ、が……」

 

 手渡された刀は柄も鍔も無い剥き出しの刀身のみだ。完成とは言ったが、ここから(なかご)に柄を付けるなりサラシを巻くなりする必要はある。

 ともあれ、ダンの言う通りこの刀は確かに完成されていた。

 手に持った瞬間、宗司は全身を鋭い電流が走った錯覚を覚えた。

 この刀は今まで存在していたあらゆる刀剣とは別次元の域にあった。

 よく体の延長のように武器を扱えと聞き、事実、鍛冶師の作る武器とは担い手の体の一部と同化を目指すという。

 しかし、これはそのような在り方とはまるで違った。

 生まれた時から共に生きてきた相棒の如き頼もしさ。体の一部として在るのではなく、刀という殺人武器として宗司に応える素晴らしき鋼。

 お為ごかしは要らない。

 人は人。

 鋼は鋼。

 相容れぬ両者は相容れぬまま、在るがままで在り続けろ。

 そのうえで人が操る鋼の真髄を突き詰めたのがダンの最高傑作。

 聖剣、魔剣によく付随される魔術の要素も微塵として存在しない。制作の過程で魔力を注がれながら、全てが担い手の技量のみを反映するためだけに練り上げられた極限の一。

 これまでダンが作ってきたような奇怪な装飾品や美しさはこの刀には存在しなかった。刀身には波紋すらなく、銘も無い。

 斬るためにあるだけの武器。

 以上でも未満でもない。

 

 それは、ただの刀(人斬り包丁)だった。

 

「銘はお前が好きに付けろ」

 

「良いのか?」

 

「それはお前のために作ったお前だけの武器だ。他の有象無象にも使えるように作っちゃいねぇ。……俺も含めてな」

 

「そうか。益々気に入った」

 

 宗司が感慨に耽っている間に、ダンは部屋の隅を漁り一本の木材を取り出した。

 

「柄と鞘はこいつで作る。まぁ刀身に合わせるだけだから大した労力じゃねぇがな」

 

「感謝する」

 

 宗司の礼に軽く手を振ってダンが応じる。そして改めて名も無い刀を宗司から受け取ると、再び魔力を用いて柄と鞘を作り始めた。

 最早、ここまでくれば自分が居なくても問題ないだろう。「少し外の空気を吸う」と言ってその場を後にした宗司は、遠目からでも分かるクロナの姿を見た。

 

「ソージ!」

 

「あぁ、あの戦場(いくさば)の喧騒はお前達のものだったか」

 

「話す暇はない! それよりもメイルが……!」

 

 言われて、宗司はクロナの両手からそっと地面に置かれたメイル見て、小さく笑みを漏らした。

 顔面蒼白、出血は止まらず、右腕は折れるのではなく潰れ、停止させた臓器は復旧に失敗したために動いてすらいない。

 半死半生どころか残り数分の命。

 しかも相手の一撃ではなく、自壊によって瀕死となった愚かな様。

 

「こやつめ、道に踏み込んだな?」

 

 だからこそ、メイルは確かに到達したのだと宗司は確信した。

 武器を手に取り、人を殺め、強くなり続けた日々。

 宗司の教えだけでは届かない強敵との激闘の末、メイルだけが見出したメイルだけの武の極地。

 いずれはと思っていたが、思いの外早い覚醒に笑いが止まらない。

 

「ソージ!」

 

「焦るな。何であれ聖剣があるのだから問題あるまいよ」

 

 急かすクロナを片手で制し、宗司はメイルの手にしていた聖剣の鞘を引き抜いた。

 瞬間、力を解放した聖剣チートの自己治癒能力によってメイルの折れた腕を含めた幾つもの怪我が治っていく。蒼白だった顔にも血の気が戻るころ、ようやくメイルは閉じていた瞼をゆっくりと開いた。

 

「ん……?」

 

「目覚めたか?」

 

「ソウジ、さん?」

 

「いつぞやとは立場が逆だな……それで、楽しかったかの?」

 

「あ……はい……! 私、多分、きっと……って邪魔だなこれぇ!?」

 

 メイルは反射的に全能の力を与え続けるチートを地面に突き刺して手放した。引き継ぐように聖剣を手に取って鞘に収めた宗司は再び同じ質問をメイルにする。

 

「楽しかったか?」

 

「ッ……はい! 私、やっと私だけの私になれました……!」

 

「そうか、そうか。ならば俺から言うことはもうない。一言も一聞も一見も終わりだ。これからは一身で盗み、一心に刻み込め。その下地は出来たであろう?」

 

「分りました!」

 

 快活な笑顔が眩しいくらいだ。宗司は晴れやかな表情のメイルに「良し」と言うと、続いて神妙な面持ちのクロナを見上げた。

 

「どうかしたのかくろな殿。先程から黙ったままだが……」

 

 宗司の問いかけにクロナはどう答えるべきか躊躇った。

 おそらく、リグが最期に言い残した言葉を聞いたのは自分だけである。

 近くにもう一体魔族が潜伏している。爆発すれば最後、全てを根こそぎ消し飛ばす恐ろしい爆弾の存在を宗司に語ろうとして躊躇ったのは、一重にメイルの戦いぶりを見たからだった。

 道を歩み始めた人間の狂気。心だけならば一つの極みに達したメイルと、その師匠である宗司がクロナには怖かった。

 だが、おかしい。

 何故その程度のことが理由として成立するのか。

 クロナ自身、定かではない理由の正体。その根底に根差す思いは――。

 そして言おうか言うまいか躊躇していると、「人の家の外でごちゃごちゃうるせぇんだよ屑共が!」というダンの怒鳴り声によって沈黙が破られる。

 

「ったく、締めの大事なとこだってのに……ってオイ、オッパイチビ! お前丁度いいところに帰ってきたじゃねぇか!?」

 

「え、えぇ?」

 

「ガハハッ、こりゃ最高だ。人生最高傑作作って最高のテンションのとこにオッパイ込みでぎりぎり及第点の剣客まで来たなら話は早い! お前の刀も打ってやるからこっち来い!」

 

「え、ちょ、ソウジさん、クロナさん!」

 

「オイ武器たらし! こいつで仕上げは終わりだ、受け取りな!」

 

「応、だん殿。お主の仕事、誠感謝する。めいる、胸がでかくてよかったな。遠慮なく打ってもらえ」

 

「うわぁぁぁん。この人達私の意志なんて無視してるよぉぉぉぉ、止めてぇぇぇ、犯されるぅぅぅぅ」

 

「ガハハハッ、テンション上がってきたぜぇぇぇぇ!」

 

「殺すぅぅぅ! いざとなったら相討ちじゃぁぁぁぁ!」

 

「……まっ、大丈夫と信じよう」

 

 ダンから刀を受け取った宗司は、そのまま工房に引きずられていくメイルを見送った。

 刀を打ち終えた時はすっかり老け込んだと思いきやもうこれだ。流石は一つの域を極めた男と言うべきか。道は違えど、その在り方には宗司をして賞賛するほかない。

 そして再び鋼鉄が打たれて響く甲高い音色を聞きながら、宗司はクロナを改めて見上げる。

 

「さて、と。ともあれ用があるなら付き合おうか?」

 

 腰に差した刀の柄を優しく撫でて宗司は笑う。

 そのどうしようもない悍ましさに戦慄を覚えながら、クロナは己の感情を隠すように視線を切って「ついてきてくれ」と宗司を伴ってグリイドの元へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 宗司達がグリイドの屋敷に着くと、そこでは中庭で報告がてら行われていた宴会の最中だった。

 飲めや歌えやの大騒ぎである。一体何事かと思う暇もなく、宴会に参加していた傭兵達は、クロナの姿に気付くと手にしていた盃を天高く掲げて出迎えてきた。

 

「おぉ! 我らが英雄の帰還だ!」

 

「魔族殺しに嘘偽り無し! 伝説の再来と新たなる伝説の誕生を祝って!」

 

「乾杯! クロナ・クロルキスとメイル・リンクキャットに乾杯!」

 

 誰もが口々にクロナとメイルの活躍を口にしている。まさしく、子どもが英雄譚を語るかのような言葉の数々は、本来であれば栄誉の一つとして胸を張って受け取ることが出来るはずだった。

 

「え?」

 

「これは、これは……」

 

 しかし、クロナは、そして彼女の隣の宗司も傭兵達からの万雷の喝采は一切耳に入っていなかった。

 二人が中庭で目撃したのは、陽気に笑い、英雄を祝福する人々の輪の中心。

 

 そこに、見る影もない程に肉体を損壊したリグの死体があった。

 

 木に張り付けされたリグには四肢のいずれも存在しない。乱暴に切断されたあの逞しい四肢は今、酒に酔いしれる傭兵達が戯れに剣を突き立てて遊び道具と化していた。

 だがリグ自身はそれ以上に酷いあり様だった。腹部は裂かれ、中の臓物は全てぐちゃぐちゃに切り刻まれたうえで、表情すら分からない程に切り刻まれた顔や口の中などに付着していた。

 リグはあらゆる尊厳と誇りを穢されていた。戦いを見守り、一喜一憂し、祈ることしかしなかった者達によって嬲り者とされていた。

 悪意だけで犯された強者の末路がそこにはあった。

 確かに、リグは敵だった。恐るべき怪異、生きる災禍、人間では抗しえない脅威としてクロナとメイルの前に立ち塞がり、事実、無数の人間を殺してみせた。

 そして彼女が知らないだけで、前線では今回以上に人間を殺戮してきたのだろう。

 それでも彼は武人だったのだ。強者として戦士に敬意を表し、彼なりの価値観を以て戦いという場で覇を唱えていた。

 そんな相手をどうしてここまで出来る?

 そもそも、お前達に彼を辱める権利があったのか?

 戦いもせずに息を顰めていただけの愚者が。

 勝算なく屍を晒すだけだった弱者が。

 何もしないで茫然としていた俗物が。

 ――人間め。

 ――卑しいだけの、二本足の愚物め。

 

 ――だからこそ、お前達の極限に立つ修羅(アレ)はあそこまで悍ましいのか。

 

「落ち着けくろな殿。それ以上は気付かれる」

 

「ッ……!?」

 

「ふん、理由は知らんが、アレは笑えんな」

 

 鋭い戦意の込められた宗司の気当たりがクロナを一瞬で落ち着かせる。見渡せばクロナの様子を訝しむ傭兵達がチラホラと見て取れた。

 

「すまない……」

 

「礼は良い。お主の面子をこれから潰すからなぁ」

 

「何?」

 

「まっ、見ておれ」

 

 言うが早く、宗司はリグの亡骸に剣を突き立てようとしていた傭兵の一人に近づいて――躊躇なくその体を地面に叩き伏せた。

 

「がふっ!?」

 

「て、テメェ何――」

 

「少し黙れ、不愉快だお主ら」

 

 突如として乱暴を働いた宗司に声を荒げようとした傭兵だったが、宗司が殺気と共に鋭い眼光を向けただけで押し黙る。

 その無様な負け犬の如き姿が余計に癪に障った。見る影もない死体となったとはいえ、鍛えた戦士の強さを見間違う宗司ではない。

 きっと、メイルとクロナが自分の知らない場所で死闘を繰り広げた相手とは彼なのだろう。

 

 ――高く、厚い壁として、良くぞめいるの前に立ち塞がってくれた。

 

 感謝の念を込めて、宗司は両手を合わせて静かにリグへ黙祷を捧げた。

 その姿にクロナの中に渦巻いていた言いようのない不快感が僅かに洗い流されていく。どんなに宗司が強者と死合うことだけを願う修羅だったとしても、彼にはここに居る者達とは違って良識があるのだと。

 

 そう思った刹那――宗司は腰の鞘から無銘の刃を解き放った。

 

 凛、と鈴の音色が鳴り響く。

 音色に溶けて消えてしまいそうになるような心地。斬撃というには美しすぎる旋律を奏でた後、張りつけにされたリグの首と胴体が分かれて落ちた。

 

「……良いぞ、素晴らしい仕上がりだ」

 

「な、あ……」

 

 クロナはその一瞬の出来事に言葉すら出なかった。

 宗司が行った一連の動きに躊躇も迷いも存在しなかった。

 死体を嬲りものにした不愉快な相手を叩き伏せ、死者に哀悼の意を示し、直後に試し斬りとして死体を斬る。

 それは矛盾なく宗司の中で成立していた。

 悪行に憤り、善を尊び、悪を成す。

 これが宗司だ。

 これが人間だ。

 クロナは他でもない宗司のその在り方に恐怖を覚えた。

 善も悪も知りながら、そのうえで自分の物差しで動く立ち振る舞い。

 人間の極限値。

 人の業。

 

 まざまざと魅せつけられた人間の真実。

 

「ッ……!」

 

「あぁ、くろな殿はそういう顔をするのか、」

 

 誰もが沈黙する中、宗司の視線は憤怒と嫌悪と恐怖の入り混じった表情を浮かべるクロナに向けられていた。

 痛い程の沈黙が流れる。

 

「いやはや、流石はクロナ・クロルキスの仲間だ。良い太刀筋をしている」

 

 誰もが動けずにいる中、拍手と共に現れたグリイドによって緊張した場の空気が僅かに緩んだ。

 

「お主は?」

 

「これは失礼、私はグリイド。今君が斬った魔族の討伐を彼女達に頼んだ依頼主だ」

 

「俺は宗司だ。まぁ見てもらったとおりの棒振りが得意なだけの剣客よ」

 

「ソゥジ、か。珍しい名前と服装だが、もしや暗黒海の向こう側の者かな?」

 

「暗黒海は知らんが、まぁここら一帯の者ではないのは確かだよ……ところで、ぐりいど殿と言ったが、これはどういった催し物だ? はっきり言って気分が悪い」

 

 今まさに傭兵達と同じく死骸を斬った人間が言う言葉ではないが、そう言って眉を寄せる宗司にグリイドが苦笑を返す。

 

「魔族と人族の長年に及ぶ殺し合いを知っていれば出ない言葉だ」

 

「生憎と世間知らずの根無し草なもので」

 

「なら教えよう。彼らは魔族が憎いのだよ。殺すだけ殺し、奪うだけ奪っていく彼らに幾度と煮え湯を飲まされ、怯え続けてきたか」

 

「こやつ等が自ら上げた御印でもないのに弄んでいたのはそれが理由か」

 

「そういうことさ。君が思うよりもずっと根深い問題なんだよこれは」

 

「気に入らんな」

 

「だがソゥジ君、君も斬ったであろう?」

 

「首を斬っただけだ。死ねば皆仏、首は洗って供養せねばならん」

 

 そう言うには斬撃を放った直後に浮かべた笑みは愉悦に塗れていた。それが分かっていながら、グリイドはあえて指摘はしなかった。

 この恐ろしい剣客の真髄を、彼もたった一太刀を見ただけでまざまざと魅せつけられたから。

 そしてそれは傭兵達も同じだ。たった一閃の絶技だけで、宗司がクロナと互角、否、それ以上の何かだと悟る。

 

「ところで、どうだろう。折角だからクロナ君は別室で私と一緒に飲まないか? 一応傭兵から報告は受けているが、実際に戦ったクロナ君の話を聞いておきたいんだ」

 

「……だ、そうだが。くろな殿はどうする? 俺は一度めいるのところに戻ろうと思うのだが」

 

「……そうだな。なら私は報告でもしようか」

 

「よし、それじゃあ話は早い。すまなかったね君達! 私達は別室に向かうが好きにやってくれたまえ!」

 

 グリイドの言葉で押し黙っていた傭兵達が再び騒ぎ出す。その喧騒を冷めた目で宗司は見据え、すぐに視線を切った。

 

「あぁぐりいど殿、あの亡骸は丁寧に埋葬しておいてくれ。流石に気に入らん」

 

「分かった。私の部下にやらせておこう。不快にさせたみたいですまなかったね」

 

「気にするな。アレはアレで慣れてる。人間なんぞ所詮はそういう類の畜生よ」

 

 グリイドは困ったように頭を振って屋敷の中へと入っていく。宗司もまたこれ以上話すことは無いため、踵を返して歩き始めた。

 

「ソージ」

 

 そんな宗司を、クロナは思わず呼び止めた。

 

「何だ?」

 

「いや、な」

 

 何を言おうとしたのか。咄嗟に呼び止めたものの、それ以上の言葉はやはり出ない。

 魔族のことや、メイルのこと。

 傭兵達のことや、宗司の行動のこと。

 そして、これからのこと。

 言いたいことは沢山あって。

 きっと、どれもが本当に話したいことではなかったから。

 

「……何でもない。どうやら、あんな光景を見て気分が悪くなったようだ」

 

 結局、言葉を濁してもっともらしいことを告げて終わりにする。

 自分の中の本当すら定かにならないまま、クロナは曖昧な表情を浮かべた。

 

「まっ、気持ちはわからんでもないが……そういうことではないだろう?」

 

 その内側の迷いを見透かすかのような鋭い視線を宗司がぶつける。

 刀のように心を貫く視線を受けてたまらず顔を背けたクロナを数秒見続け、宗司は退屈そうに溜息を吐き出した。

 

「言いたいことがあるならばはっきりと吐き出しておけ。内で溜めた淀みはいずれ腐敗し、知らず己が身すらも腐らせるだけだぞ?」

 

 かつて、メイルが本音を隠して賊を許すと告げた時と同じ。彼女は宗司によって殺人という一手で内の熱を全て吐き出したが、もしあの時吐き出していなければきっと違った結末が待っていただろう。

 

「それでメイルと同じ様となれと? 闘争に生きるような様を晒せとでも?」

 

 クロナはあてつけるように宗司に皮肉をぶつけた。

 吐き出した結果がアレならば、今のほうがマシだと。惑いまどって、迷い続けていたほうが正しいのだと。

 

「そうさな……うん。お主は正しいのかもな」

 

「だったら……」

 

「だがお主の迷いは、ただの言い訳ではないか?」

 

「言い訳だと? 馬鹿な、私は――」

 

「答えなど、もう出ておるくせに」

 

 宗司の断言に、クロナは何も言い返せなかった。

 その間にも宗司は一方的に言葉を重ねていく。

 

「迷っているフリ。惑っているフリ。眼を背けて、言い訳を繰り返し、お主はそこまでして何を守ろうとしている? 何を庇おうとしている? いいや、俺が断言してやる。俺達に守る価値はない(・・・・・・・)

 

「な、にを……」

 

「分らぬか? まだ分からぬと繰り返すのか?」

 

 リグを斬った時に見せたクロナの表情が全てを語っていた。

 彼女が迷っているのはそこだ。答えが出ないと迷っているのではない。

 

 その答えを肯定すべきか否か、迷っているのだ。

 

「俺は人間だ。だが、お主は誰だ?」

 

 いつか、メイルも口にした言葉を宗司もまたクロナへと叩きつける。

 

「見いだせよ、くろな殿……お主の(うろ)を埋める解答を」

 

「私の解答……」

 

 誰もが根差す、絶対の我。

 故にと叫び。

 これぞと立てる。

 

 唯一無二の答えを、この騎士が導き出したその時こそ――。

 

「ではな、くろな殿。また何処かで、会うとしよう」

 

 まるで別れの言葉のように。

 

 宗司とクロナは別れ――言葉通りに、決別した。

 

 

 

 




次回、魔族『殺し』

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