臓物ぶちまけて死にかけの侍を勇者として召喚してしまった件について 作:トロ
「しかし驚いたな。このような場所まであるとは」
「元々は前線の拠点を屋敷としてリフォームしたものだからね。このように戦略会議場だったここには、巨人族ハーフも入れるように細工をされていたのさ」
グリイドも、辺りを見渡すクロナを見て言葉を交わす。
ここは屋敷の地下にある、かつて人族同士の戦いにおける戦略拠点の名残として残されていた会議場だ。魔術的に空間が拡大されているため、クロナですら容易に動き回れる程に巨大な部屋となっている。
物という物は雑多に置かれた酒樽程度で、どちらかというと運動場のような印象をクロナは覚えた。
「まぁ理屈はどうでもいいが、地下だとは思えないな」
「驚いてくれたなら幸いだ。さっ、あそこにある酒樽は好きに飲んでくれていい」
「だったら遠慮なくいただこう」
グリイドの指示で近くの酒樽ごとクロナが酒を持ってきたところで、上で騒ぐ傭兵達と真逆に神妙な表情でグリイドが口を開いた。
「さて……部下から報告は上がっているが、改めて君の口から戦いの詳細を教えてほしい」
まるで罪人を問い詰める憲兵のようなグリイドの圧力にクロナは知らず息を呑んだ。
「あぁ……とは言っても私も魔族と直接刃を交わしたのは僅かな時間だ。殆どはもう一人のほう、メイルの手柄だ」
「やはり、話で聞いたとおり君だけではなかったんだね」
「あのオーガははっきり言って恐ろしい相手だった。おおよそのレベルは300前後、中級魔族に手をかける程の強さだ。レベル差はそこまで感じなかったが、単純な素のステータスが頭一つ違っていたな」
「それはつまり、君以上の剛腕ということかの?」
「そうだ、技ではほぼ互角だったが、力の一点で――」
朗々と戦いの詳細を語り始めてからどれほどの時間が経過しただろうか。話は今回の戦いだけではなく、クロナがこれまで経験してきた戦いにまで及んでいく。
地下ということもあって時間を気にせず話続けていたが、いつの間にか空いた酒樽が幾つも置かれていることに気付く程度には時間はあっという間に過ぎ去っていた。
「……しかし、こうして強い戦士の話を聞くのは楽しいな。私は見ての通り戦士としては不甲斐なくてね、時折、生粋の戦士が羨ましくなるよ」
そう言うグリイドの眼は、淡い炎のような揺らぎが宿っていた。
憧憬のようで違う感情のような不可思議な視線。その正体を酒の熱で誤魔化して、グリイドもまた自賛していた酒を一息で飲み干した。
一方、そんなグリイドの様子など知らないクロナは小さな苦笑を浮かべる。
「羨ましい、か」
こうしてこれまでの戦いを口にして、むしろ自分の不甲斐なさに辟易する。
中途半端であいまいな強さ。誇るべき矜持はあるが、矜持を貫ける強さが自分にはない。
いや、強い弱いではないのだ。その点で言うならば、リグという絶対強者を相手に弱さを言い訳にせず戦い、勝利をもぎ取ったメイルは何なのか。
否、あれを強さと言うべきか。狂奔の果て、死線を嬉々として跨ぐ狂気の心理は強さなのか。
「分からなくなるよ。強さとは何なのかと」
「君程の騎士でも……いや、君程の騎士だからこそそう思うのかな?」
」
「私など、まだまださ……ソージやメイルに比べたらね。いつだって迷いっぱなしで、時折彼らの真っ直ぐさに胸がかき乱される」
ふと、いつかどこかで宗司が言っていた言葉を思い出す。
正道を歩く迷子。その迷いが覚悟を鈍らせ、在り方を曇らせている。
彼女の戦いが、これまでの歩みが、迷いと惰性を如実に表わしているのは理解した。
「……その迷いの正体は、もしかして件の魔族殺しの時からかい?」
グリイドの鋭い指摘にクロナは押し黙った。
それでも口を開こうとして、再度閉じ、だが己の中の躊躇いを振り払うように頭を振ったクロナは、視線を下に落としたまま淡々と語り始めた。
「……これから話すのはただの懺悔だ」
前置きを一つ。前置きという言い訳を並べる自分の愚かしさに自嘲も一つ。
「私は魔族殺しではあるが――魔族に勝ったわけではないのだよ」
―
何処からこの話をするべきだろうか。
あぁそうだな。私がどうして魔族との最前線に兵士として参戦したのかという理由から話そう。
当時、私を含めた半巨人とも呼ぶべき者を含めた、いわゆる半魔と呼ばれる人外が生活する隠れ里のような場所があった。
魔族に孕まされた女の子どもだった者や、先祖返りによって魔の血を覚醒させた者。人型に近い形をした最下級魔族の性奴隷の腹から生まれた者。まぁ色々な事情の人間が居たが、いずれも魔族とも人族とも馴染めない迫害された者ばかりが暮らす場所だ。
とはいえ、グリイドは知っている通り半巨人の種族は辺境で小さな領土とはいえ国を持つことを許された希少な半魔なので、私以外の半巨人の者はその隠れ里には存在しなかった。
私がそこで育った理由かい? 簡単な話さ、私はいわゆる先祖返りの類だったようでね。普通の人族の母親だったが、私のせいで出産を前に死んでしまったようだ。その後、紆余曲折あって隠れ里に捨てられたという口だよ。とはいえ、本当の両親の顔は覚えていないからどうでもいいがな。
――前置きが長くなった。それからそこで成長した私は戦士として一角の実力者となった。そして隠れ里に住む者達のために戦士として魔族達と戦うことを決めたんだ。
最初は仕送り目的の軽い気持ちだったが、実際の戦場で人族の困窮具合を知ってすぐに戦う理由は変わったよ。隠れ里を守る。その信念だけを支えに戦い続けた。
それからどの程度戦ったかは分からないが、気付けば人族連合の中でも一目置かれるようになり、状況は逼迫しているというのに、何処か充実感すら覚えていた時期だ。
だが私の戦いが、ただ運がよかっただけだと思い知るのはすぐだった。
ある日の戦場。いつも通りにイシスの大結界までの血路を開くべく進軍していた私達の前に魔族が立ち塞がったんだ。
しかも純粋な巨人族。私と同等の巨躯でありながら、秘めた膂力は私を遥かに上回る恐るべき怪物だ。
あの時の感覚はどう表現するべきか……。ともかく、恐かった。
あいつの手にする金属の塊が振るわれる度に、先日まで笑い合っていた仲間達が無数と散った。
私達が手にする武器の悉くが奴の体を貫けず、魔術の悉くも通用しない。
一方的な蹂躙。魔族という種の圧倒的すぎる力をまざまざと見せつけられて、瞬く間に私達は撤退を余儀なくされた。
そしてあの場で唯一戦いと呼べるものを成立することが出来た私が、皆が撤退するまでの時間を稼ぐために殿として残ったんだ。
戦いは殆ど一方的だったよ。今日戦ったオーガ相手と似たようなものだ。私はひたすらに蹂躙され、され尽くされ……それでも見出した隙を突いてアイツに一手だけを返せたんだ。
そう、一手だけ。
私があの戦いで届かせることが出来たのは……一手だけだったんだ。
―
半ば無意識に振り抜いた一閃であった。
暴風雨の如き怒涛の連撃の最中、一瞬だけ見出した隙を戦士の勘が見逃さず、奇跡的な刹那を縫ってクロナの放った刺突が巨人の胸に突き立っていた。
「ッ!?」
「……ハッ、やりおるのぉ!」
クロナの脳裏を動揺と困惑が満たす。
動揺は一撃を返せたこと、困惑は相手からの反撃が無いことだった。
何故? という問いかけの前に、切っ先が僅かに突き立った刃を見下ろした巨人がゆっくりと一歩引く。
「よくやった。素晴らしき戦士よ、お前さんになら儂の首をくれてやってもいい」
ずるりと刃が抜けて血の橋を描き、数秒とせずに千切れて消える間に、巨人は朗らかな笑顔を浮かべてクロナに賞賛の言葉を送った。
一体何故そのようなことを言うのか。巨人の理解出来ない行動に、クロナは剣を構え直すことすら忘れて、皺まみれの顔をさらにくしゃくしゃにして笑う巨人を見ている。
「ったく、人族はどいつもこいつも逃げ惑って諦める者ばかり。よく観察すれば儂がどのような状態か分かっただろうによぉ……」
そうぼやく巨人は全盛期のころより細くなった腕を振って苦笑を浮かべた。
「だが良い。お前という強き戦士と戦い、そして可能性を感じられる一撃を受けることが出来たのだ! これで儂に残された寿命に価値が生まれるというものよ!」
「どう、いうことだ?」
「どうもこうもあるまい。闘争を根幹とする魔族のもう一つの本能である人族滅亡の宿業、この二つを満たすために素晴らしき人族の戦士と戦い、命をくれてやりたい……そう思うのが普通だろう?」
その主張は常人からすれば理解出来ないものだった。
だがこの巨人は、否、魔族という存在はそういうものなのだ。普遍的な善悪の基準は存在せず、闘争と人族滅亡のみを根幹に置いた異形。
人を殺すだけに生まれた殺戮機械。
それでもそこには戦士の誇りがあり、守るべき矜持というものがあった。
「だから儂を斬れ、クロナ・クロルキス」
老巨人は自身に一撃を与えたクロナの名を誇らしげに呼んだ。
「儂を斬り、さらに研ぎ澄まされた力で他の魔族と戦い続けるんじゃ」
「狂って……そんなの狂っている! 理解出来ない。訳が分からない!」
「狂っている、のぉ……いやさ、最期に聞いておきたいのじゃが、良いかの?」
「なんだ?」
警戒するクロナを横目に、瓦礫に背を預けて地面に尻をつける。そうしてゆっくりと空を見上げた老巨人はゆっくりと問いかけた。
「なぁクロナよ、儂らは狂っているのか?」
「当り前だ! 勝手に人族を滅ぼそうとして、かと思ったら勝手に満足して命を差し出す! 狂っているとしか言いようがない!」
「そうか、そうか……人族の価値観では魔族の生き方はおかしいのか」
クロナは何を今更と吐き捨てたい気持ちを堪えて、代わりに握った両手剣に込める力を強める。
この戦いで思い知った魔族の矜持。これがこの巨人だけではないというなら魔族は種族として狂っているとしか言いようがない。
だが老巨人は軽く肩を竦めると改めて言葉を紡ぐ。
「ではなクロナよ……お前さん達はまともなのか?」
「……え?」
「儂らを狂っていると言うがなぁ……儂らはずっと――お前さん達が狂っていると思っておった」
老巨人の言葉にクロナは言葉を詰まらせた。
人族が魔族を狂っていると思うように、魔族が人族を狂っていると思う。
在り方が根底から違うからそう思うのか。闘争を根幹に宿すからこそ理解出来ないのか。
否。
違う、違うのだ。
理由は分からないがその時クロナは思ってしまった。
これは、そういうことではないのだと。
「儂らが人族と戦う度にお前さん達は多種多様な表情を見せた。怒り、嘆き、悲しみ、諦め、命乞いや他者を生贄に差し出す奴もいたのぉ」
「それ、は」
「なぁクロナ。少なくとも儂らは戦いには真摯に向き合っておるぞ? 相応しい戦士とは雄々しく戦い、平等に殲滅してきた。それはここに来る前、魔族同士で戦っていた時も同じじゃ。だからこそ、魔王様という強者を筆頭に誰もが従っておる」
その点人族はどうだろうか。
彼らもまた雄々しく戦う者が多い。初め、魔獣との前線に立つ兵士は果敢に戦い、魔族相手でも引くことすらしなかった。
しかし、その一方で人族は魔族のように容易く連携は出来ていなかった。
大して強くもなければ頭もよくない王族や皇族、貴族諸々、彼らの無駄な矜持のために足を引っ張り合い、今日の状況を招いた。
それでも人は変わらない。まさに種族滅亡を控えながら未だに、貶め、蔑み、騙し、嘲り、互いに足を引っ張り合う。
「お前さん達は狂っておるよ。だからこそ、儂らはお前さん達を滅ぼしたいと思うのかのぉ……」
「私、は……人は……それでも……!」
「それでも、何じゃ?」
「戦うだけのお前達と違って、人には誰かを愛する気持ちがある! 悪を憎み、正義を成そうとする意志が――」
「そう、それじゃ」
老巨人はクロナの言葉を遮ってニタリと不気味な笑みを浮かべた。
まさしくそれなのだと。
それこそが人族の――人間の狂気なのだと。
「善と悪とは何じゃ? 何故そのような枠組みを作りながら……悪を成す?」
「ッ……」
「少なくとも儂らは良いも悪いも無い。というか、ここを滅ぼしに来て、人族の書物を読んだり会話をしたり、勝手に殺し合うのを見て初めて知ったのじゃ……善悪とは、何じゃ?」
蔑み、貶し、見下すことは魔族だって行うだろう。憤り、恨み、妬むことも魔族はするだろう。
だがそこに良い、悪いはない。
彼らの思考が行き着く先は強者が行うことだ、ということだ。
「まぁ、なんとなくわかる。儂らも強者が上に立ち、弱者が下に付く。そう考えれば強者が善で、弱者が悪なのじゃろう?」
「そんな弱肉強食など……!」
「気に入らんか? じゃがな、力も知恵も無い雑魚が上に立っておるお前達のほうが儂らには理解出来ん」
だからこそ、老巨人は問うのだ。
「なぁ、儂らを狂っていると断じた強き戦士よ……お前さん達の正気は、誰が認めるのじゃ?」
告げられた言葉。
告げられない解答。
狂気の魔族と、正気の人族。
否。
否。
本物の正気は、どちらで。
本物の狂気は、どっちだ?
「常に迷いなく戦う儂らは狂っておるか?」
老巨人との戦いの後、クロナが幾度となく戦った魔族の全てが戦いのみに生を感じる狂人だった。
だが誰もが常に正々堂々と敵対者を迷いなく滅ぼす愚直さを持っていた。
狂いはなく、真っ直ぐな生きざま。
「善悪の基準を容易く乱すお前さん達は正しいのか?」
老巨人との戦いの後も前も、クロナは様々な人族を見てきた。
魔族のように純粋ではない。迷い、怯え、奮い立ち、戦い、死んで、泣き、喚き、絶望し、奮い立ち、また死んだ。
その間も後方では我関せずと生を謳歌する人が居て、くだらないことで人同士足を引っ張り合う。
それが良いことだとも、悪いことだとも知りながら、善悪を知り尚、悪を成す愚かな者達。
正しさを理解しながら、狂った生き様。
「恐ろしいのぉ……
「ッ……うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」
返答がないという恐ろしさを口にする老巨人に、クロナは己の中で生まれた迷いごとその首を斬り捨てる。
後に残ったのは静寂と、今に至るまで燻り続ける迷いの灯火。
クロナ・クロルキス。人族が誇る偉大なる『魔族
それはきっと、勝利の栄光と呼べるものではないのだ。
例のアレ
魔族殺し
一対一で魔族を殺した者に授けられる称号。
勝敗は関係ない。