臓物ぶちまけて死にかけの侍を勇者として召喚してしまった件について   作:トロ

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第十五話『EAT,KILL ALL ・1』

 

「お前はまだまだ発展途上のボンクラにしかすぎねぇ」

 

 ダンが突きつけた言い分に、メイルは言い返すようなことはしなかった。

 初めはやれ犯されるなどと喚いていたメイルだが、実際に錬鉄を行っている姿を見てからは静かなものである。

 老害の極みとでも言うべき男が見せる無二の技。匠と呼ばれるべき手腕は、素人目でもその技術の凄まじさが感じられた。

 そんな繰り返される錬鉄の音色が響き渡る工房で、目の前の鉄に意識を注ぎ込みながら、ダンは説明するように言葉を紡いでいく。

 

「だがお前はさっきまでのお前から段飛ばしに成長して、カスからボンクラにまで成長しやがった。つまり、今のお前に合わせた武器を作ったところで、お前さんはすぐにそれを使い潰しちまうだろう」

 

 そう言いながら、今まさにメイルが扱うための武器をダンは打っている。鬼気迫る勢いは宗司の刀を作った時と変わらず、だがこれより打ちあげるのは究極の一振りではない。

 

「アイツには俺の全部を注いだ一品をくれてやった。だがお前には俺のとっておきをくれてやる」

 

「とっておき、ですか?」

 

「あぁそうさ。可能性の武器ってところだな」

 

「可能性、かぁ……」

 

 宗司からの師事を受けてから成長し続けてきた日々。その力が結実したリグとの戦いを経て、メイルは新たな境地へと達していた。

 そして今後、メイルはさらなる成長をしていくことになる。他ならぬメイル自身にも確信があった。

 だがこれも宗司という素晴らしい先達と、リグを含めた圧倒的強者との戦いによるものだ。

 そして今後は、メイル自身が手に入れた魔術と技術の融合というオリジナルの道を独学で行くこととなる。

 険しい道だ。道半ばで倒れる可能性だって十分にあり得る。

 そんな自分の道を共に行く武器。

 

 可能性という未知数を鋼に宿すという不可能を、ダンという希代の鍛冶師は果たそうとしていた。

 

「大事なのは親和性だ」

 

 不意に、ダンは未だ赤熱化したままの鉄のインゴットを魔力で覆った右手で掴んでメイルへと振り返った。

 ジッとメイルを見る目は、彼女の外見どころか内面すらも見透かすように鋭く深い。思わず身構えるメイルとインゴットを繰り返し見続けていたダンは、また炉へと向きなおって槌を構えた。

 

「オイ、オッパイチビ、お前の魔力をそこからこっちに放て」

 

「は、はい!」

 

 言われるがままに淡い魔力の光がメイルの体より溢れる。その一滴をそっと掌に乗せてダンの背中へと投げれば、振り返ることなく無骨な掌がメイルの魔力を掴み取った。

 

「……ふん。純粋無垢なツラして汚ぇ魔力だな。殺しすぎてどす黒いくせに穢れなんざ一切見当たらねぇ」

 

「酷い言い方ですね」

 

「俺好みの魔力だぜ」

 

「え、今の褒めてたの?」

 

「なんだオイ? グチグチうるせぇぞ?」

 

「やっぱ酷い……!」

 

 さめざめと肩を落とすメイルを背後に、ダンの武器を打つ手に力がこもる。集中するために呼吸を数度整えた後、ダンは掴んでいたメイルの魔力をインゴットへと注ぎ込んだ。

 そして、一際高く振り上げられた槌がインゴットへと叩きつけられる。すると、槌で叩かれた部分が魔力をそのまま宿したかのように淡く輝き始めた。

 

「思った通りだ! 殺しまくりのクソったれ魔力が武器との親和性が悪いわけねぇもんなぁ! 最高だぜオッパイチビ、お前のクソ汚ぇ魔力で面白れぇことになりそうだ!」

 

歓喜の声をあげるダンが嬉々として槌を打ち続ける一方、「あれは褒めているあれは褒めている」と行き場の見つからない怒りをメイルはグッと堪える。

 

「おぉ、中々捗っておるようだな」

 

 そんな不思議空間とも言うべきところに帰ってきた宗司は、二人の様子を見て楽し気に喉を鳴らした。

 

「あ、ソウジさんお帰りなさい。クロナさんはどうしたんですか?」

 

「どうやら報告が残っておるらしくてな。俺は阿保らしい騒ぎが面倒だったからささっと帰ってきたのだ」

 

「阿保らしいですか?」

 

「うむ。お主が斬ったという魔族の死骸を嬲り者にしていたのでな。さくっと首と胴だけ離してきたが……どうせあの程度の奴等のことだ。今も魔族の死骸を弄んで楽しんでいるだろうよ」

 

「うへー、悪趣味ですね傭兵の皆さん。まぁあの人達性根から終わってる感じでしたから分からないでもないですけど」

 

「オイ、ぐちゃぐちゃ話すなら外出てやってくれや。オッパイチビも出来上がるまでもう来なくていいぞ。むしろ邪魔だお前ら、うぜぇ」

 

「……一先ず出るか」

 

「……そうですね」

 

 武器を作ってくれたとはいえ、あまりにも勝手な言い分に辟易しつつ、宗司とメイルは並んで外へと出た。

 既に時刻は夕方が近い。僅かな肌寒さからすぐに夜の帳が下りるだろうと宗司は空を見上げて思った。

 

「そう言えば新しい刀はどうですか?」

 

 メイルが興味深そうに宗司の腰に差した刀を見た。応じるように刃を抜き払えば、簡単の溜息が返ってくる。

 

「凄い、ですね……」

 

「あぁ、俺も正直驚いた。はっきり言えば今の俺でも持て余してしまう一品だ。こういう言い方はややこしいかもしれんが、刀らしい刀というべき物よ」

 

 遊びは一切存在しない無骨な刀。それは極限にまで斬撃のみを追い求めた至高の一振りに違いない。

 担い手の使い方で只の棒か刀となるかが決定する純粋な鋼は、それ故に美しさすら感じられた。

 

「ソウジさんでも持て余す程ですか」

 

「過てば簡単にへし折れる繊細な刃だからな。だからこそ、血沸き踊るというものよ」

 

 武器に自分が釣り合わないということは、まだまだ自分には成長の余地があるということだ。

 そして宗司には理由の無い予感があった。この刀を手にした理によって十分に操れるようになったその時こそ、宗司が目指す空の三日月――修羅外道に届く時なのだと。

 

「まっ、俺もお主も鍛錬あるのみということだな」

 

「うーん。これ以上ソウジさんが強くなったら追いつける自信がないですよ」

 

「ハッ、思っても無いことを口にするな馬鹿者が」

 

「えへへ、分かります?」

 

「当然だ。俺は先に行く、お主も早く俺に追いつけ」

 

「はい!」

 

 笑顔で未来のことを語り合う師弟。だがそれは、追いついたその時こそ雌雄を決するという意味を持った破滅の語らい。

 どこまでも歪で、どこまでも純粋な剣客としての性。

 宗司とメイルはいずれ訪れるその時に思いを馳せ――。

 

 突如、遠くより発生した力の奔流に表情を引き締めた。

 

「ッ……これって?」

 

「ほぉ……面白い」

 

 二人が視線を投げた先は同じ。グリイドの屋敷の方角から発せられる力は、リグと比しても圧倒的。

 単純明快でシンプルな力の圧力に、知らず宗司とメイルは笑みを浮かべていた。

 

「ソウジさん――」

 

「いや、駄目だ。悪いがこの獲物は俺が頂く」

 

 早速行きましょうと告げようとしたメイルを片手で制して、宗司が戦意を漲らせて腰の鞘に手を添えた。

 

「えー! 私も戦いたいですー!」

 

「駄々をこねるな阿呆。お主はさっき戦ったのだから次は俺だろうが」

 

 当然、不満を口にするメイルだったが、宗司に言われてしまえば返す言葉はない。

 

「それに、コイツの試し斬りをしっかりと行っておきたい。お主は自分の刀が出来るまで留守番だ」

 

「むぅ。そう言われたら仕方ないです」

 

「ハハハッ、落ち込むなよ、めいる。強者には事欠かぬ世界なのだ。次の獲物はすぐに現れることだろうよ」

 

「はーい。行ってらっしゃいです」

 

「頼んだぞ」

 

 では行ってくる。そう告げる次いで、邪魔な聖剣をメイルに投げ渡そうとした宗司は、突然鞘から抜いていないにも関わらず輝きだした聖剣に目を剥いた。

 

「むっ?」

 

「え、え、え?」

 

 宗司はおろかメイルも輝きだした聖剣を見て困惑を露わにする。

 まるで警告を発するかのように輝く聖剣。一体何故、と思う間もなく、続いて二人が感じたのは物理的な重圧すら覚える程に強烈な殺気だった。

 二人に浮かんでいた笑みが一瞬にして消えうせる。あの力の濁流が児戯に思える圧、宗司をして笑みすら無くなる圧力の元こそが、聖剣が光り輝く元凶だと判断する。

 故に。

 だからこそ、二人は静かな笑みを浮かべ直した。

 宗司は渡そうとしていた聖剣を腰に差し直してメイルに告げる。

 

「めいる。行ってくる」

 

「はい、いってらっしゃいソウジさん」

 

 これより向かう死地を前に、気楽な在り方は変わらない。

 

 それこそが殺意の元凶であるとも知らずに、宗司は今再び元凶の元――グリイドの屋敷へと急ぐのであった。

 

 

 

 

 

 そこは大嵐が過ぎ去った後の場所にしか見えなかった。

 重厚な屋敷は跡形もなく消し飛び、砕かれた瓦礫が四散した先でさらなる二次被害が生まれている。倒壊した家屋、地割れが幾つも起きた大地。散らばった残骸によって死した人々の骸が辺り一面に転がっている凄惨な光景。

 だがまだ天災によって死んだ者は幸せだったかもしれない。

 グリイドの屋敷。そこのかつて中庭と呼ばれていた場所は、凄惨という言葉では言い表せられない惨劇の場と化していた。

 肉塊と化した人間の成れの果て。徹底的に磨り潰され、かつての面影など微塵も感じられない死骸よりぶちまけられた血潮によって中庭は真紅に彩られている。

 

「……来たか」

 

 その中央で、この惨状をたった一人で引き起こした張本人であるクロナ・クロルキスが、待ち望んだ来訪者を黒い殺意のこもった眼で出迎えた。

 

「これは、驚いたのぉ。お主、くろな殿か」

 

 辺り一面の光景に顔を顰めながら現れた宗司は、最早別人と化したクロナを見て目を白黒させた。

 単純に見た目だけとっても、見上げていたあの巨躯が小さくなり、メイルと同じかそれ以下にまで縮んでいる。さらに鍛えられ、健康的な小麦色をしていた体は真っ白となり、全身を隠す黒髪より覗く四肢は枯れ木の如く細く弱々しい。

 一見ではクロナと見抜けるはずがない。だが宗司は彼女を見て即座にクロナ本人なのだと確信した。

 どんなに見た目が変わっても変わらない在り方。迷いというフィルターで隠されたクロナの根幹はかつてと同じ。むしろ迷いを払ったことで、かつて以上の力強さすら感じ取れる。

 

 ――怖くなった。

 

 宗司は最早、かつてのようにクロナを格下の弱者として扱いはしない。単純な強さもそうだが、何よりも感じられる恐ろしさ。クロナという存在そのものが持つ重圧が、宗司に警戒の色と、それ以上の歓喜を与える。

 

「堪らぬ。まさかここまで豹変するとはな……聖骸布とやらを預けたかいがあったというものよ」

 

 聖剣が警告を発する理由はそれしかない。クロナは預けられた聖骸布を使って自分自身を改造したのだ。

 聖剣によって貸し与えられる力とは違う。存在そのものを作り変えるという荒業は自我を失ってもおかしくない自殺行為。

 だがクロナは耐えきった。聖骸布の改造に自我を保ち続け、魂はそのままに立っている。

 その魂の強さに惚れる。素晴らしいと喝采をあげたくなる。

 

「それだ、ソージ。貴様のそれが、ずっと不快だった」

 

 クロナは笑う宗司に両手剣の切っ先を向けた。今の背丈の数倍以上はある刃には、たっぷりの血と臓腑が滴っている。刀身よりその残骸を流しながら、クロナは嫌悪に顔を歪めて宗司に怒りをぶつけていた。

 

「行き着く果ての汚らわしさ。悍ましさ。どう足掻いても生きている価値のない貴様らこそが私をここに至らせた」

 

「礼ならいらんぞ」

 

「するつもりはない。私が貴様に与えるのは、我が憤怒と憎悪が込められた鉄塊だけだ」

 

 小さな指を柄にめり込ませて両手剣を構える。

 最早、問答は無用だった。人間という嫌悪に対して交わす言葉は不要だった。

 死ね。

 ひたすらに死に続けて死を晒せ。

 悪を用いて、悪を滅ぼす。殺戮という悪行を是としたクロナもまた、自分が矛盾に佇む人間なのだと理解していた。

 だからきっとこれから先、自分は笑うことはないのだろう。

 いつだって嫌悪すべき人間を感じながら人間を殺し続ける。根絶やした果てに自分すらも虐殺する。

 歪な殺意の権化。魔族としての本能を、人間という矛盾で成立させた魔人。それが今のクロナだった。

 

「殺す。必ず殺す」

 

「ははは、これは面白くなってきたな」

 

 そう言って宗司が引き抜いたのは――聖剣チートだった。

 瞬間、全身に偽りの全能感が満ち溢れる。何故か、魔王に対してしか発揮しないはずのブーストすら上乗せされた今の状態は、宗司が戦った時の聖剣以上の力を漲らせていた。

 だが事情はどうあれ、宗司が聖剣を引き抜いた事実にクロナは犬歯を剥いて憤怒の形相を浮かべる。

 

「貴様ぁ! どういうつもりだ!」

 

「いやさ、余興だよくろな殿。別に今更疑うつもりはないのだがなぁ……お主、俺に勝てるつもりかよ?」

 

 驕るでもなく、宗司は事実として己が勝利を確信していた。

 アンと戦って手にした奥義、心鉄金剛。修羅外道とは違う域の極みを十全に活かせる新たなる刀。この二つを手にした宗司は、今のブースト状態がかかった聖剣が相手でも、一方的に勝利を収められるだろう。

 だからこそ、丁度いいのだ。

 この世界の頂点である聖剣の最大解放状態。理由は分からないが、危機に際して覚醒した聖剣チートすら超えられない程度ならば、戦う価値すら宗司にはない。

 今や彼の全力を受けられるのは、ナイル・アジフと、いずれ成長するメイルのみ。少なくとも、変貌する前のクロナでは話にならない。

 

「来いよ、くろな殿。聖剣の担い手ごとき(・・・)も倒せずにして、俺に一手すら届けられるものか」

 

 そう言って、宗司は聖剣より送られた知識の通り、正眼に聖剣を構えてみせた。

 魔王との戦いでのみ発揮されるブースト。ただでさえ最大値まで付与される能力が、そこからさらに1・5倍された現在の宗司は、単純計算でレベル1500という、魔王ですら配下の魔族を全て投入した全面戦争でのみ、辛うじて拮抗状態に持ち込める究極の生命体。

 神と呼ばれるに相応しい神気を漲らせた宗司に対して、勝てる見込みなど本来ならば存在しない。

 

 しかし。

 

 あぁ――それ故に(・・・・)

 

「一手、だと?」

 

 俯いた顔がゆっくりと上がる。伽藍の眼は嘲笑する宗司を捉え、徐々に、沸々と沸き立つ怒りの炎で満たされ――。

 

「それこそ驕るな……人間が」

 

 人外の質量を片手にクロナが猛る。

 その眼にはかつての迷いや怯えは微塵もない。

 在るのは一つ、人間の殺戮という目的のみ。

 

「その驕りもろとも死ね、ソージ」

 

「やってみせろよ、くろな殿」

 

 我意を示した嫌悪と恐怖の権化、魔人クロナ・クロルキス。

 対峙するは人の守り手、聖剣チート。

 長年にわたり人々を守護し続けた聖剣の打倒を以て、魔人の誓いを証明しよう。

 

 太陽が消えた夜の世界。魔力で輝く互いの体を見据えた二人は、引かれ合うようにして激突した。

 

 

 




次回、VS魔人。

例のアレ

聖剣チート・ブーストモード
魔王戦のみに発動する無敵モード。通常状態でも魔王以上の力を与える聖剣だが、設定を見て分かる通り魔王は聖剣に一歩劣る程度の実力であり、人族でまともな実力者が居ない以上、これに四天王やその他上級魔族が加われば普通に負ける可能性がある。
そこで魔王に対してのみ聖装シリーズは能力値1・5倍。インフレにインフレを重ねて一方的な虐殺ヒャッハー!をやることが可能となる。どう足掻いても絶望。魔王かわいそう。本編に記述した通り、レベルにして1500に匹敵する。これはステータス設定上の限界値を超えているため、幻想世界の生命体では勝つことは不可能。

分かりやすく言うと、今のメイルより二回りくらい強い。


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