臓物ぶちまけて死にかけの侍を勇者として召喚してしまった件について   作:トロ

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第十六話『破壊の跡で、いつもと同じ』

 

 疾駆する己の突き抜けた速度に宗司が楽し気に頬を緩める。対するクロナは宗司とは全く逆で、激走する己の感情をまだ発露したりないと、一目でわかる憤怒で顔を歪めていた。

 激突と同時に両者の間で空気が膨れ上がりはじけ飛ぶ。大地が大きく陥没し、周囲を彩っていた真紅の血潮がさらに四方へと散った。

 鍔迫り合う両者の視線が交差する。聖剣と魔人の初手、出し惜しみのない激突は全くの五分と五分。

 それはつまり、クロナ・クロルキスは全力全開の聖剣の膂力と伍する域に到達しているということに他ならない。

 

「ほう。背丈が縮んで膂力を失ったと思ったが……以前よりも力が増しておるではないか」

 

「その余裕からまずは剥ぐぞ、ソージ!」

 

 全長五メートル以上はある巨大両手剣にさらなる力が込められた。互角どころではなく、全力の聖剣をもってしても、今のクロナを抑え込むには僅かに足りない。

 

「剥がせるものなら剥がしてみせろ!」

 

 聖剣越しに圧してくる力の丈に喜びと驚きが半々。宗司は聖剣の指示に従って両手剣を刀身に滑らせて横にいなして、一気にクロナの懐へと飛び込んだ。

 

「そら! 捌いてみせぃ!」

 

 聖剣より離した右手の中に集まる魔力が四つの属性魔術に分割されて顕現する。

 無詠唱による中級魔術の掃射。かつて宗司も受けたことのある魔術の冴えを、ゼロ距離にてクロナへと解き放たんと掌を向けた。

 しかし魔術が放たれようとした瞬間、いなされた両手剣が炸裂した地面を中心にして大地が再び大きく抉られる。それにより足場を失ってバランスを崩した宗司目掛けて、両手剣を手放したクロナが拳を振りかざす。

 

「おぉぉぉ!!」

 

 殺意に塗れた雄叫びを乗せた拳と盾として割り込ませた聖剣が激突した。

 一瞬の均衡は即座に決壊する。聖剣もろとも拳を振り切られた宗司は、砲弾の如き勢いで真っ直ぐに吹き飛ばされた。

 

「う、おぉぉぉおぉぉ!?」

 

 目まぐるしく変わる視界。数秒のうちに背中が突き破った家屋はどの程度か。辛うじて聖剣を地面に突き立てて踏み止まった頃には、戦いの場は遥か先、大きく抉られた大地と吹き飛んだ家屋によって開けた視界で、宗司は天高く掲げられた巨大な鉄塊の存在を見つけた。

 

「来るか」

 

「ソォォォォォォォジィィィィィィィ!!!!」

 

 数百メートル先からも響き渡る怨嗟が全身を震わせる。その怨嗟を嬉々として受けながら、体どころか着物にすら傷一つないという魔術の凄まじさも楽しんで、宗司は静かに聖剣を構え直した。

 

「そら、多少驚いたがこの程度では傷一つすら与えられんぞ?」

 

 挑発の言葉は届かずとも、クロナの憤怒は変わらない。宗司が言葉を言い終わるや否や、局所的な地震すら起こす踏み込みで空高く跳躍したクロナが、大気を蹴るという荒業で加速しながら宗司目掛けて落下した。

 

「死ねぇぇぇぇ!!」

 

 天高くより落ちる雷。合わせて振り抜いた聖剣が再度の衝撃を世界に轟かす。だが先程のような鍔迫り合いは無く、激突と共に後方に飛んだクロナは、その長大なリーチを生かして両手剣を宗司目掛けて振るい始めた。

 

「楽しいな。いよいよもって超人らしくなってきた」

 

 その剣戟乱舞の只中、宗司も片手で握った聖剣で両手剣を捌きながら、中断されてしまった魔術やスキルも用いて反撃する。

 そして、超常極まる攻防が開始した。

 轟と空を割る鉄塊と無限魔力より描かれる四属性の魔術が乱れ飛ぶ。それは瞬く間に二人の周囲だけではなく、アバド流通街全域を巻き込む巨大な災禍へと変貌した。

 抉られた地面の土や砕かれた家屋の残骸が超音速で撒き散らされ、弾かれ、あるいは躱された魔術が無数の地獄を描き出す、遠距離スキルは破壊の濁流となって、かつて王都を滅ぼした惨劇の一撃が幾つも舞った。

 それは突如として現れた死刑宣告だった。

 誰も抗うことも出来ない。所詮は戦いから逃げてきた者達や、未だに富を蓄えることしか能がない落伍者のみの街。

 だがしかし、ここが前線へと武器などを供給する貴重な街であったことも事実。

 悪徳ながら人類守護に必要不可欠な街。人類という悪性の塊の如き世界は、魔人が宣告した通りに散滅していく。

 死ね。

 悉く死に絶え、絶命し続けろ。

 たった一人の怨嗟。だがたった一人で人族の希望を背負い続けてきた騎士の怨嗟が悪徳の街を滅ぼしていく。

 だというのに、宗司は笑っていた。

 きっと、メイルだって笑っている。

 クロナが最も嫌悪した二人だけは、この地獄にあっても己の喜びに身を震わせて酔いしれている。

 

「だからだ! だから死ね! 死んで死ね! 貴様が、貴様達が人間の根幹ならばここで死ね!」

 

「ははははっ! いいなぁこれも! お主達が魔術に傾倒する理由も確かに納得だ! こいつは病みつきになるのぉ!」

 

 自分では決して操れない魔術という超常の技。宗司が手にした極みとは違った楽しさが魔術やスキルには存在した。

 だからこそ、これは所詮遊びの類でしかないと再認識する。

 魔術やスキルはどんなに極めても所詮、ステータスという枠を超えることは出来ない。明確な限界が定められ、どう足掻いても超えられないように設定されていた。

 

「……ふん、絡繰りが見えてきたな」

 

 ステータスやレベル、魔術とスキルという制限。

 魔族や魔王という間引き(・・・)の存在。

 人間ではなく、人族という枠組み。

 これらを解き明かしていけば、きっと世界を巻き込む壮大な物語となるに違いない。

 

「まっ、どうでもよいか」

 

 故に宗司は即座にそれらを思考することを止めた。

 世界の仕組みなど些事でしかない。今はこの一時、この刹那。

 戦いに生きる今のみこそが至上の至福。

 

「ッ……それだ! 貴様達のそれが怖いんだ!」

 

 今の戦い以外どうでもいいと言えてしまう精神性。

 何をどうでもいいと言ったかは関係ない。きっと修羅と呼ばれる者は総じてこの様なのだろう。

 自分さえよければ、善悪など知ったことはない。

 それこそ今まさに脳裏を過った、幻想世界ファービュラスに秘められた巨大な仕掛けも些事。

 それが怖くて、同時に殺したくなった。

 クロナの斬撃がさらに圧力を増していく。レベル1500という最強ですら、魔人の赫怒は止められない。

 気付けば、辺り一面が瓦礫の山と化していた。その気になれば国ごと滅ぼせる聖剣の全力が数分も続いた結果がこれだ。最早、生物の気配は何処にも感じられず、かつて街だった場所に生きる生命体は片手で数えられるのみ。

 

「ッ……何故、何故だ!」

 

 クロナは瓦礫の山で唯一残っているボロ小屋の灯りを見て怒りに体を震わせた。

 僅かに聞こえる鎚の音色と、小屋の前で両手に奇妙な形の剣を握った少女が見える。

 メイル・リンクキャットが生きている。天変地異の只中を、無傷で生き延びて立っている。

 本当に殺したい者は生き続け、どうでもいい者は勝手に死んだ。

 

「駄目じゃないか! 死ぬべき人間は死んでなきゃ駄目だろう!?」

 

 屈辱よりも、不甲斐なさにクロナは震えた。

 まだ足りないのだ。魂以外の全てを別物に作り変えただけでは、修羅と呼ばれる怪物には響かない。

 

「死んでくれ! 死ね! 死んでよ! ねぇ、死んでよ!」

 

「童か何かかお主。そう駄々をこねられても死ぬというのは嫌に決まっておるだろ」

 

 あれだけ人を殺しておきながら、これだけの惨劇を全く気にしていないくせに。

 自分が死ぬのは嫌だとのたまう。

 気が狂いそうな発言に、事実気を狂わせたクロナはさらなる狂気に身を浸す。

 

「貴様は! 貴様が!」

 

 苛立ちを叩き込み、怒りを刀身に注ぎ込む。

 だがぎりぎりまで追い詰めているはずの宗司は未だ健在。後一歩のところで届かない。

 クロナは尚もどうしようもない現実に歯噛みした。

 こんなにも願っているのに。

 ただ自分は、人間に死んでほしいだけなのに。

 

 いや、ちょっと待て。

 

「あ、そっかぁ」

 

 不意に刃を振るうことをクロナは止めた。突然のことに訝しむ宗司を他所に、クロナはこれまでと打って変わって、歪ながらも笑みを浮かべていた。

 

「殺せばいいのか」

 

 死んでくれと願うばかりではいけない。大事なのは自分から行動することにあった。

 分かれば単純な答えに可笑しくなってしまう。第一、自分で最初に呟いておいて忘れてしまうとは馬鹿らしい。

 

「そうだな。殺そう」

 

 現れた怨敵を前に、大事なことをすっかり失念していた。

 死ねではない。

 殺す。

 私が、殺す。

 私だけが、殺し尽くす。

 

「死ななくていいよ、ソージ」

 

「うん?」

 

「殺す」

 

 直後、クロナが放った斬撃はこれまでの全てを凌駕する珠玉の一撃だった。

 一片の雑念すら存在しない透き通った殺意の結晶。聖剣で防ぐ暇すらなく、触れるだけで死に直結する死の一振り。

 魔人の性能と魔人の根幹。全てが合わさった理想の斬撃はそのまま宗司へと吸い込まれ――。

 

 凛、と。

 

 響き渡る鈴の音色と共に、両手剣は半ばから切断された。

 

「俺に抜かせたな、くろな殿」

 

 聖剣をいつの間にか手放した宗司が手にしているのは、腰に差していた一振りの鋼。

 魔力の淡い輝きが消え漆黒の夜に同化しながらも、手にした刀が月明かりを反射してその身を照らす。

 そこには聖剣を手にしていた時の圧力は存在しない。ただ、底冷えするだけの冷たさのみが存在した。

 聖剣チートの全力、つまり人族の守護者はクロナの殺意に敗北した。

 だがそれは所詮ただの前哨戦。本当の戦いは、殺し合いはここより。

 

「彼我一刀流、宗司」

 

 改めて告げられた名乗りこそがその証明。たった一本の小さな、だが偽りの全能では決して届かない牙を、宗司はクロナへ突きつけた。

 

「お主を斬るぞ」

 

 半ばで断たれた両手剣を構え直し、突きつけられた切っ先に怯むことなくクロナが応じる。

 静寂が両者の間を流れた。距離にして十歩半、両者の実力なら一歩で越えられる程度の間。

 ここから始まる戦いは、破壊の嵐を撒き散らすだけの荒々しいものとは無縁。一刀のみが勝敗を決する修羅の時。

 宗司か、クロナか。

 あるいはどちらもか。

 戦いの果てに骸を晒し、如何なる結果に至るのか。

 世界の在り方すら逸脱して、修羅場に佇む修羅が二人、今宵二度目の激突を果たそうと――クロナが刃を下げたのはその時だった。

 

「止めだ」

 

「……何?」

 

「止めだと言った。今回は私の負けだ」

 

 言って、クロナは使い物にならなくなった両手剣を放り捨てた。

 武器を捨てて両手を挙げるその仕草は降伏の証だ。それに対して、この日初めて宗司の顔に苦いものが浮かんだ。

 

「オイ、それはないだろ」

 

「いいぞソージ。貴様にその表情をさせただけで降参したかいがあった」

 

 冷や水をかけられた形になった宗司の嫌悪を感じて、クロナは心の底からという具合の笑みで応じた。

 だが別に本当に宗司の嫌そうな顔を見たいがために降参したわけではない。

 

「あの一撃を斬られた時点で、今の私では殺せないと理解した」

 

 人間に対する殺意が無くなったわけではない。

 今も心の中を満たすのは人間への、特に宗司とメイルへの殺意ばかりだ。

 だからこそ、クロナは殺すために全霊を注いでいる。

 

「だがそれは今の話だ」

 

「ほぅ」

 

「聖骸布によって私の限界は消滅した。貴様を殺せるまで無限に強くなり、無限に殺し尽くしてやる」

 

 いずれ必ず宗司を超える。もう彼女にとって勝敗はどうだっていいのだ。それこそ、宗司を、メイルを、この世に生きるありとあらゆる人間を殺すためなら、媚びへつらうことだって厭わない。

 そんな彼女を縛る制約は一つ。必ずこの手で(・・・・)殺すこと。

 それ以外のありとあらゆる行為を行い、殺す。

 

「待っていろ。貴様達を殺すのは私だ」

 

 そして夜空に向かってクロナは跳躍した。あまりの脚力に飛翔と見間違う程の跳躍の後、発生した衝撃波を斬り捨てた宗司は、クロナの飛んでいった先を見送る。

 

「ふん。まぁ、そういうことなら良しとするか」

 

 だが一度見逃したとはいえ、二度目を逃すほど宗司も優しくはない。次に剣戟を交わす時こそが互いの死地。今よりもさらに強大となるクロナのことを思えば、成程、悪くないだろう。

 消え去ったクロナとの再戦を思い描き、今宵の語らいに納得を一つ。

 

 これにて、終い。

 

「ソウジさーん!」

 

 そして戦いが終わったことを察したメイルが、瓦礫の向こう側から手を振って宗司を呼びながら駆け寄ってきた。

 どうにか破壊の嵐を捌ききったようだが、両手に持った剣はどれも刃毀れと罅割れが酷い。しかし、かつては捌くどころか逃げ続けることすら至難であっただろう破壊の中を生き抜いたメイルの実力は、もう宗司の手助けから離れた領域には到達している。

 だが魔人と化したクロナと比した場合、メイルの敗北は必至だろう。

 考えるに、間違いなくクロナは躊躇なくメイルを殺すはずだ。

 

「私の顔なんか変ですか?」

 

 ジロジロと宗司に見られて首を傾げるメイルには、危機意識は殆ど感じられない。

 強くなったのはいいが、まだまだ前途は多難ということだ。

 

「ハァ……お主は本当に、未熟だなぁ」

 

「いきなり酷いなぁ……そりゃあ、ソウジさんに比べたらそうかもしれませんけど……私だって頑張っているんですよ」

 

「だが精進あるのみだ。俺もお主も、目指す先は遥か彼岸よ。それよりは、なぁ?」

 

「なぁ? とは?」

 

「いや、お主。この光景を見て思うことはないのか?」

 

 腰の鞘に刀を戻した宗司は、周囲を見渡して溜息を吐きだした。

 アバド流通街。つい数分前まで人で賑わっていた街は完全に消え去り、宗司とメイルの声と、遠くよりリズムよく響く鎚の音以外に生命の気配は感じられない。

 これで王都メビウス、アポロン山脈に続いて三度目の殲滅である。いずれも人族にとって致命的な被害を与えているのは、どういった因果なのだろうか。

 魔族以上に人族に致命傷を与える勇者一行。字面にすると最低最悪、嗤うのはナイルくらいか。

 

「どう思うかって。これソウジさんが滅茶苦茶にしたんじゃないですか」

 

「え、まぁ……そうだが」

 

「ほらー、やっぱりソウジさんのせいじゃないですか! どうせまた悪ノリして遊んだんでしょ? 必死になってダンさんの工房守ってたからちゃんとは見てないですけど、それくらいは分かるんですからね! 少しは反省してください!」

 

「えー……」

 

「は・ん・せ・い!」

 

「……すまぬ」

 

「ふふーん。分かればいいんですよ。あ、ところで空に飛んでったのってもしかしてクロナさんだったりします?」

 

「あぁ、どうやら聖骸布を使ったみたいでな。背丈もお主より低くなっておった」

 

「え、マジですかそれ? じゃあこれで全部私より小さくなっちゃったんですねクロナさん」

 

「お主、くろな殿に殺されたほうが良いのではないか?」

 

「酷い!?」

 

 くだらない語らいをしながら、二人並んでダンの工房へと歩いていく。

 凄惨な光景すらも、やはり二人の心を揺るがすことは叶わない。何処までもいっても我意はそのまま、クロナが嫌悪した人間として。

 

 いつかくたばるその瞬間を迎えても、彼らの不変は変わることは無いのだろう。

 

 




例のアレ

これまでの勇者ソウジの活躍。

召喚初日→うっかりメビウス王都壊滅。人族への物資供給ライン壊滅。

召喚より暫く→興味本位で戦闘民族カリス全滅。人族、最終防衛ラインが人知れず消滅。

召喚より数週間→腕試しでアバド流通街壊滅。人族に残された唯一の楽園消滅、並びに刀剣やマジックアイテムなどの生産の大本が停止。さらに人族の英雄、クロナ・クロルキスが修羅に当てられ、人間絶対殺すウーマンになる。




次回より第二章後半戦、アイアス城塞奪還編。頑張れ人族!
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