臓物ぶちまけて死にかけの侍を勇者として召喚してしまった件について   作:トロ

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第六話『こんなの僕は、聞いてない』

 困難な任務であり、さらに言えば納得のいかない任務だった。

 人間界の北方、魔族との死闘を日夜繰り広げる最前線に位置する国であるノートン帝国。そこでも激戦区と呼ばれる領土で、無数の戦場を駆け抜けた歴戦の騎士であるロンド・リンゲルは、ある日不可解な任務を上層部より言い渡された。

 曰く、メビウス王国の保有する魔法剣を奪取してくるというものだ。

 手渡された資料によると、今より千年以上前、現代に復活した魔王は当時封印したとされる伝説の剣こそ、その魔法剣らしい。

 鞘から柄に至る全てが、穢れを知らない白色の剣。魔術で扱う全ての属性の色を宿した宝石をちりばめられ、まさに豪華絢爛とでも呼ぶべきその剣。

 聖剣チート。

 ロンドに託されたのはその聖剣を奪取してくるというものだった。だが協力者はメビウス王国側から引き抜き、そのまま王国にスパイとして潜ませた魔術師が一人のみ。その者と協力して、あくまで秘密裏に聖剣を入手しろということであった。

 帝国側からは金銭以外の援助は一切ない。増援はスパイが一人のみで、後は全てロンドの采配に託すということ。

 確かにロンドは度重なる戦場を潜り抜けた猛者だ。低級魔族が相手でも足止めくらいはする技量は持っているし、積み重ねた経験から得た戦術の幅は広い。

 だがそれはあくまで前線での話。隠密など彼は一切したことはないため、何をしたらいいのかわからない。

 ──それほど、人類は追い詰められているということだろう。

 隠密に不慣れなロンドに託し、戦力をそれ以上割くことが出来ないくらいまで、限界はきている。

 当然ながら、メビウス王国側と交渉をしてみるべきでは? とも訴えたロンドだが、そのくらいは帝国も既に行っていたらしい。

 しかしメビウス王国は聖剣なんて知らぬとすっ呆けたのはおろか、あまり妄言ばかり吐くと支援を止めるとまで言ってきたということだ。

 ならば残された手段は奪取のみ。そしてそれが王国に気づかれぬように、あくまで間接的に聖剣を奪うことしか方法は残っていない。

 眉唾な話ではあるが、もし話が事実なら、ロンドとしても聖剣は意地でも手に入れたいものだ。そして、ロンドを含め、帝国もそんな藁にも縋るような話に望みを託すしかないほどまでの所に来ている。

 遠くないうちに、帝国の前線は瓦解して、魔族によって支配されるのは見えている。

 時は一刻だって残されていない。故に、様々な疑問や不満は飲み込んで、ロンドは単身メビウス王国に眠る聖剣奪取の任務を果たすことにした。

 その過程で苦労したのは、こちらの意図に気づくことのないくらいに頭が悪く、しかし最低限以上の戦力を有する者達の確保だ。

 スパイからの報告で、どうやら聖剣の安置所は森の奥にあり、しかもご大層に聖域と名づけたそこは、最低限の女性兵士以外の戦力がないということだ。さらに、相手は戦場などまるで知らないぬるま湯で訓練してきた兵士、であれば、そこそこの戦力があれば充分だとロンドは結論した。

 そして選んだのが、それなりの規模があり、全員が兵士崩れで魔術もそれなりに使えるボルデス傭兵団だった。

 嬉しい誤算だったのは、彼らが自主的に用心棒を雇って戦力を補充していたところにある。しかもあまり物事に興味がなさそうな傭兵だったのは幸いした。

 そして、いざ決行の日は訪れる。

 スパイが開いた転移パスを通して王国に不法入国したロンド達とボルデス傭兵団一行は、一目につかないルートで王都の離れにある聖域を目指した。

 幸いだったのは、予めスパイが極秘裏に繋いでいた転移パスを複数使うことで、一日も経たずに聖域にまで辿り着けたことだ。

 それからは、ロンドは念には念を入れ、後のことをボルデス傭兵団に任せ、自らは遠くの物を見ることが出来るという魔法具を用いて、スパイ、スニークス・アンロットと名乗った魔術師と共に様子を確かめた。

 どうか、作戦が無事に終わるようにと、そう思いながらことの成り行きを見守っていた二人は、信じられない結末を目撃することになる。

 

 聖剣を媒体とした勇者召喚。そして、その勇者によるあまりにも一方的な殺戮劇場。

 斬ってはぶちまけ、斬ってはぶちまけで、遂には傭兵団が雇った切り札である用心棒すら下してしまった。

 

「馬鹿な……」

 

 全てを見届けたロンドの呟きは、スニークスの気持ちでもあった。

 資料だけでしか分からなかった聖剣が実在し、そしてそれを用いる勇者の魔力が膨大であることは分かった。それは素直に感謝しよう、魔王を滅ぼす剣が存在したことは、入手できなかったとはいえ喜ぼう。

 だが、あれはなんだ。

 聖剣の力はおろか、魔術すら使用せずに、魔術を使う傭兵達をあっという間に切り捨てたあの男は何なのだ。

 特別な魔術も、ましてや手にした剣が特別な魔法具というわけではない。だというのに、あの男は魔術ですら困難な動きをしてみせた。

 さらに言えば、男が下したあの用心棒。戦いぶりを見て思い出したが、もしや一年前に突如姿を消した巨人と人間のハーフの傭兵、下級魔族と一対一の決闘の末に打ち破った女騎士、『魔族殺し』のクロナ・クロルキスではないか。

 

「なんだよ、あいつは……」

 

 隣で同じものを目撃したスニークスは、その全てを認めたくない一心で遠見の魔法具を解除した。

 ロンドが歴戦の勇士なら、スニークスはまさに温室育ちのお坊ちゃまといった感じだ。どうにも最初に出会ったときから何かとこちらを見下すような発言を繰り返しており、妙に聖剣の奪取にこだわる、あまり友好的にはなれないような男である。

 だがそんなお坊ちゃまも、いや、戦いを知らないお坊ちゃまだからこそ、遠見越しに見たあの異常を見て当惑している。無理もないだろう。生粋の戦闘者であるロンドですら、あの戦闘は魂を奪われ、実際に対峙しているわけでもないのに恐怖を覚えたのだから。

 そして鏡に映されていた映像は途絶え、魔法具には同じ恐怖を浮かべたロンドのスニークスの顔が映る。

 

「どう、どうするんだよ!? ぼ、僕の聖剣はどうなんだよ!」

 

 あからさまな動揺を露にするスニークス。ただ目の前で行われたそれを認めるわけにもいかず慌てるだけの彼の様子を見て、逆にロンドは落ち着きを取り戻した。

 

「……一先ず、遠見の鏡で様子を見よう。幾ら最年少で王宮付きの魔術師となったお前と組んだとしても──あれには絶対に勝てん」

 

 見たことはないが、おそらくあの男は貴族級魔族に匹敵するほどの化け物だ。いや、あまり考えたくないが、勇者として召喚された以上、もしくは魔王と同じ──

 

「ふざけるな! 折角ここまで来たんだ! あの聖剣を手に入れて、僕が英雄になってみせるチャンスが来たっていうのに、諦められるか!」

 

「落ち着けアンロット。むしろ戦う必要などは存在しないだろう? あの聖剣を守っていた少女の説得は難しいだろうが、それさえ出来れば聖剣を用いるあの男を担ぎ上げ、人類の反撃が……」

 

「うるさいなぁぁぁぁ! 君らの正論なんざどうでもいいんだよ!」

 

 ロンドの冷静な説得に対して、スニークスは子どものようい喚き散らす。

 

「っつーかよぉ、そもそも君らに聖剣渡すつもりなんかこっちにはねぇんだよ!」

 

「何──」

 

「『抉れ、(くろがね)の矛先よ』!」

 

 瞬間、困惑するロンドの体を無数の鉄の槍が刺し貫いた。

 普段なら詠唱を聞いた瞬間に回避が出来たはずだが、あの常識を粉砕するレベルの以上な戦闘を見せ付けられ、当惑した思考では回避することが出来なかったのだ。

 腹を貫いた無数の槍は、どれも重要な臓腑を幾つも貫いている。

 致命傷。

 最早、どう足掻いても死は免れない。

 

「が、はっ!?」

 

「ヒャハハ! ったく、聖剣を手に入れたらぶっ殺すつもりだったが予定変更だ! もう君達なんていらない、この天才魔術師のスニークス・アンロット様一人で充分なんだ!」

 

「お、まえ……」

 

 血を吐き出しながら、ロンドは先程繰り広げられた戦いで常識を粉砕されたスニークスの狂乱を見つめる。

 あれはそれほどまでに非常識な戦いだった。それこそ、見る者の正気など紙のように引き裂くくらいに衝撃的で。

 

「やってやる……! そうさ、あんな奴、どうせ聖剣を使って上手くやったインチキ野郎だ……! だったら僕の魔術であいつの聖剣を奪って、僕が勇者になれば……」

 

「く、そ……」

 

 錯乱したスニークスの声を聞きながら、最後についた悪態はきっと己に向けて。

 最初から、話し合いを持って聖剣を譲ってもらえるように頼めば、このような結末にはならなかったのだろうか。

 己のことしか考えない傭兵団。自国を容易く裏切るようなつまらない魔術師。

 人間種のためと思いながら、人間種のことなど微塵も考えていない者達を使った全て。

 ならば、最初からこの末路は決まっていたのだろう。

 そうして、最後まで己の不甲斐なさを呪いながら、戦いの名誉ではなく、不意打ち、しかも口外できぬような恥ずべき任務の中で、歴戦の勇士であるロンドの命は終わるのであった。

 

 

 

 

 全ては宗司の思い通りということなのか。クロナは見事メイルに仇討ちを行わせた宗司が、メイルの傍に歩み寄り、何かを語りかけるのを遠めに見ながらそんなことを思った。

 きっと、敵である自分すら許そうとしたあの少女にとって良からぬことを吹き込んでいるに違いない。付き合いと呼べるほど宗司と接したわけではないが、あの男が決してまともな人間でないということは、それこそ肌身で知っているから。

 だからと言って、干渉するつもりは一切ないのだが。

 クロナも言ってしまえば自己中心的な性格だ。いや、これは宗司にも言えることだが、己の中に律した法によってのみクロナは動いている。故に、己を遥かに上回る剣客であり、命の恩人でもある宗司には命を捧げるつもりであるし、一方で敵である己を許してくれたメイルには一定以上の敬意をもっている。

 単純にこの場合、命の恩人である宗司のほうを優先したというだけだ。結局、方向性が違うだけで、宗司も自分も似たようなものだなぁとか思っていると、折角着替えたドレスを血まみれにしたメイルを連れた宗司が、爽やかな笑顔を浮かべながら歩いてきた。

 

「待たせたな、くろな殿。いやはや、少々めいる殿と今後の話をしていてな」

 

「今後の話?」

 

「うむ。一先ず皆を埋めてやったら、そのままここを離れて王都とやらに行こうという形になった」

 

 ということはメビウス王国の王都で間違いないだろう。クロナはここに来る前に確認した地図を思い浮かべ、現在地と王都との距離を考えて一つ頷いた。

 

「確かここから王都までは歩けば一週間とかからないはずだ……となると、私とソージ達はここで別れたほうがいいな」

 

「と、言うと?」

 

「恥ずかしい話だが、私は不法入国で来ていてね。しかもこの見た目だ。情報の伝わらない小さな村ならともかく、王都となれば間違いなく外国の者は入国許可証の掲示が必要になってくるだろう……私ではこっそり入ることも出来ないし、まぁ、捕まるだろうな」

 

「むぅ、そういうものなのか……どうすればいい、めいる殿」

 

「え、えっと……私もそこらへん良く分からないんですけど」

 

「というか……君は大丈夫なのか?」

 

「え?」

 

 クロナの心配の声に、メイルは不思議そうに首を傾げる。

 その様子は、あの凄まじい処刑を行った少女のものとは思えないほど普通だ。無理をして平静を装っているというわけでもないようにすら見える。

 

「あー……君は、その……人を斬ったのだぞ?」

 

「あ、はい、まぁ今は恨んでませんよ。それでですねソウジさん。とりあえず屋敷に王国のことについての資料があるので、そちらを調べるのがいいかと」

 

「となると、弔ってからとなるな……書物を調べるとなると最低でも二日は欲しい所だが……くろな殿はそれでよいかな?」

 

「……うん」

 

 あまりにも簡単に流されてしまったせいでちょっと虚しい気分になったが、とりあえず本人が気にしていないならいいだろう。

 おそらくだが、斬った後に宗司が耳打ちした言葉によって、何かしら『やられた』のだろう。

 立派な洗脳であるのだが、冷静に考えればこんな惨劇を経験したのだ。まともでいるほうが精神に異常をきたしたかもしれない。

 

「クロナさん?」

 

「ん? あぁ、すまない。大丈夫だ」

 

 思案していたせいで表情が鋭くなっていたのだろう。それを見てこちらを心配してきたメイルに愛想笑いを浮かべたクロナは、そこで宗司が居ないことに気づいた。

 何処に行ったのだろうと思えば、宗司はふらりとぶちまけ死体の乱雑するところへ歩み寄り、一人ひとり首を持ち上げて丁寧に斬り飛ばしていた。

 

「……あれは?」

 

「あれはって、もう、さっき話したじゃないですか。ソウジさんのところだと首を斬って綺麗に洗って弔うらしいんです。死ねば皆ほとけ? って言ってましたけど、ほとけってなんなんですかね?」

 

「さぁ、彼の宗教……いや、あの男が神を信じるとは思えんが」

 

「あはは、ソウジさんだったら神様居たら喜んでぶっ殺しにいきそうですよね」

 

「……君、そんなキャラだったっけ?」

 

「はい?」

 

「いや、いいや……うん、なんか私、疲れちゃった。ほんのちょっとね」

 

「もう、クロナさんのほうがキャラ変になってますよ」

 

 元気出してくださいとメイルは朗らかに告げると、手を振る宗司の元へ血濡れのドレスを引きずって駆け寄った。

 笑顔で首を受け渡しする二人の様子を見ながら、何で私はここまで冷静なんだろうなぁと遠い目をしていれば、両腕に首を抱えたメイルが笑顔で駆け寄ってきた。

 

「クロナさん! 早速私洗ってきますね!」

 

「あぁ……いや、ちょっと待ってくれメイル」

 

「なんですか」

 

 メイルを呼び止めたクロナは、「直ぐ戻る」と告げて屋敷のほうへと歩き、扉の横においてあった魔術の刻印が刻まれた袋を持ってきた。

 

「そのドレス。勿体無いから私が動きやすいよう仕立て直そうと思うのだが、どうかな?」

 

 そう言いながら袋、見た目以上に大量の道具が入る魔法具の一つ『腹ペコ胃袋の口に手を突っ込み、中から裁縫道具の一式を取り出した。

 クロナの体躯から見るとあまりにも小さすぎるが、出された裁縫道具は使い込まれ、しかも丁寧に手入れもされて年季が入っている代物だ。余程使ってきたのが道具を見ただけでもわかった。

 メイルはクロナのそんな提案に持っていた首を地べたに置くと、喜色満面と言った様子で頷きを返した。

 

「ホントですか!? わー、クロナさんありがとうございます!」

 

「……流石に首洗い続けるのは面倒だからなぁ」

 

「何か言いました?」

 

「ハハッ、気にするな。それより着替えて──」

 

「よいしょっと」

 

 着替えてくるといい。

 そう言い終わるよりも前に、メイルは着るときとは裏腹にあっという間に全てを脱ぎ捨てて再度その裸体を晒した。

 その早業に唖然するクロナはおろか、遠目からそれを目撃した宗司も回収していた首を落とすほどの驚愕を露にする。

 

「あ、そういえばソウジさん私の裸嫌いだったんだ」

 

 だが二人の驚愕も他所に、メイルは思い出したように麻袋から先程のマントを取り出すと体に羽織った。

 そして、再度置いておいた首を拾い上げると「では、よろしくお願いしますね」と告げて、そのまま一人湖にまで駆け出した。

 

「……なんだ、あれは」

 

「あぁ、やっぱりここでも全裸になるのはおかしかったか。やはり同性であってもあれは驚くよなぁ」

 

「なんだ、あの胸は……! なんだ! あの胸は!」

 

「そっちか!?」

 

 鎧を纏った己の胸の部分に手を当てて激情するクロナと、その反応に驚く宗司。

 だがいつまでも驚いているわけにもいかず、湖に入って首を洗うメイルを眺めながらドレスを動きやすいようにスカート部分を直し始めたクロナ。宗司は残った首の半分をメイルのところに、もう半分を自分のところに持ってきて、適当な賊の服の切れ端を洗った布で首を丁寧に磨き始めた。

 

「ところでソージ」

 

「なんだ?」

 

 嬉々として人斬りをしていたというのに、弔う姿を見ればそれは真剣そのものだ。だがそれでもクロナは宗司に聞かなければならないことがあった。

 

「貴方は、メイルをどうするつもりなんだ?」

 

「俺を殺させる」

 

「は?」

 

 間髪入れずに返ってきた返答に目を丸くさせていると、宗司はクロナを見上げると、唇の端を吊り上げた。

 

「お主も見ただろう? あの賊の首を斬り落とした最後の一振り……あれは、美しかった」

 

「……悔しいが、それは認めよう」

 

 そのときを思い出して耽る宗司の言葉に、クロナは渋々ながらも同意をした。

 確かに最後の一閃は末恐ろしい何かを感じた。

 動きは稚拙。

 呼吸はばらばら。

 足腰も入ってなく、只腕の振りだけ使った稚拙な一撃。

 宗司ほどではないが、武に身をおいているクロナから見ればあまりにも矮小で取るに足らない一撃だった。

 なのに、飲まれかけた。

 あの最後の渾身。首を斬るという一心に奪われかけた。

 

「意志在る鋼に刃在り……一年ほど師事を受けたお方の言葉でな。意志というものは、それそのものが鋭利な刃物なのだ。技巧や体力など二の次だ。どれだけ己を刃と成すか、武の、いや、あらゆる全ての(ことわり)に通じる真理だと俺は思う」

 

「己を刃に……」

 

「あぁ。そして、あの瞬間のみならば……くろな殿はめいる殿に劣るだろうなぁ」

 

 言ってしまえば戦いを知らない小娘以下と言われているクロナだが、不思議と悔しいという思いは浮かばなかった。

 それはきっと、あの時のメイルの意志が、己を制した宗司が最後に放った一撃に近い何かであると悟ったからか。

 

「そして、心の刃とは凶器である。凶器は転じて狂気と成し、経てして狂気は死に狂い、果ての奈落で真理の闇と落ち続ける……その過程で闇に心を惑わさずにいられるかどうかが、修羅道と外道を分ける一線であろう」

 

「だとすると、貴方はどうなのかな?」

 

 クロナの意地の悪い質問に、宗司は困ったように眉を寄せながら嘆息を一つ。

 

「さてな。所業を思えば外道だが、至ると悟ったのは修羅の道……俺も奈落を落ちている道半ばの者。果てに立たねば、この業の闇では道の名などは分からぬよ」

 

 だから一人でも強き者を食らい、至らなければならないのだ。

 宗司はそう語ると、一心に首を洗う裸マント状態のメイルを見た。

 

「最初は少々ぼけた女子かと思ったのだがな。あれは完全に『脳髄の螺子がぶっ飛んだ狂人(・・・・・・・・・・・・・)』だ。資格といえば、充分だろう」

 

「では、私はどうなんだい?」

 

「お主は武人だ。少々まどろんでいただけで、根っこは只の正道者よ」

 

「それはどうも……で? 貴方は彼女を育て、そして己の糧にすると決めたんだね?」

 

 率直な物言いに、宗司もやはり率直な言葉を返した。

 

「うむ。垣間見た命の煌きは素晴らしかった。故に、俺を殺せるところまでめいる殿は極めさせてみせよう」

 

 だがしかし、宗司はそう言うと、何かを思い出したように含み笑いを浮かべた。

 

「ソージ?」

 

「ククッ……いや、これは盲点だったよなぁと思ってな」

 

 そう、あまりにも簡単なことだったのだ。

 己と比肩する者が何処にも居ない。

 

「最初から己で育てればよかったのだな、こういうのは」

 

 ないならば作ればいい。

 仮にもし己の目が曇っていて、思ったところにまで育たなくても。

 それでも、ある程度は斬りがいのある者には成長するはずだから。

 

「今から楽しみだなぁ」

 

「私は今から不安で仕方ないがね」

 

 どうやら、とんでもない男に特大の貸しを作ってしまったらしい。

 針でドレスを縫いながらそんなことを思ったクロナは、疲れた風に溜め息を漏らし。

 ちらりと、だが鋭い視線を森の奥へと走らせた。

 

「それで?」

 

「まっ、一先ず斬ればいいだろ」

 

 直後、宗司は落ちていた片手剣を拾い上げ、脱力を用いた高速の投擲で森の奥に片手剣を投げつけた。

 木々をすり抜けた片手剣は、そのまま木に突き立つのではなく、微妙に周囲の風景を歪ませていた虚空に突き立った。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ! 痛いぃぃぃぃ! 痛いよぉぉぉぉぉ!」

 

 遅れて発生した悲鳴を聞いて、メイルが驚いた様子で振り返る。

 その間に宗司とクロナの二人は立ち上がると、魔術によって周囲の風景へ姿を隠していたが、右肩を片手剣で貫かれた痛みで魔術を解いてしまった男が転がり出てきた。

 対して二人は静かな戦意を漲らせると、作業は一旦置いておいて、紫電の勢いで間合いを詰めた。

 

「ああああああ、あ、あ……あ?」

 

 涙と鼻水、そして止まらぬ流血で体を濡らしていた男は、あっという間に間合いを詰めてきた二人を見上げ、痛みに悲鳴をあげることすら忘れてしまった。

 何せ目の前には、紅蓮のように燃え盛る威圧感を発するクロナと、それすら飲み込むほどの冷気の如き殺気を視線に込めた宗司が居る。

 

「あ、ひ、ぃ……」

 

 僕、死んだ。

 

 幾ら馬鹿でも、己のおかれた状況だけは理解できたらしい。

 こうして、抵抗はおろか、見せ場すら見せ付けることも出来ず、スニークス・アンロットは二人の規格外を前に詰みをかけられたのであった。

 

 

 

 




次回、頑張れスニークス。
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