臓物ぶちまけて死にかけの侍を勇者として召喚してしまった件について   作:トロ

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第七話『後悔なんぞ、死んでもせんよ』

 スニークス・アンロットはとある貴族が平民の女の間に作った子どもだ。その貴族がそれなりに情に厚いこともあり、迎え入れられることはなかったが、定期的に二人が生きていくだけには充分以上の金銭を与えてくれたため、スニークスは同世代の平民に比べて、いや、むしろ木っ端の貴族よりも裕福な暮らしが出来ていた。

 美味しい食事に、優秀な家庭教師による勉学の師事、同世代からは人気があり、子ども達の中では崇拝の対象であった。

 その当時から少々己のことについて無自覚な自惚れを覚えていた彼だが、その自惚れに拍車をかけたのが魔術の才能であった。

 貴族の血が入っているおかげなのか、或いは彼独特の才能なのかは分からない。ともかく、類まれな魔術の才を開花させた彼は、若干十四歳で、平民としては異例の王宮つきの魔術師として召抱えられた。

 それからの彼はともかく有頂天だったといってもいい。表面上は優雅に振舞いながら、内心では周囲の人間を劣等種と小馬鹿にしていたし、自分に見合う女性は王族の姫君のいずれかしか居ないとか思っていた。

 青春時代にかかる麻疹の如き自己肥大の顕示欲。それをこじらせた結果、二十歳となった現在でも子どもの幼稚な精神構造のままというどうしようもない男が彼であった。

 だがその魔術の腕は確かであり、その魔術によって王宮の図書館の奥、王族のみが入ることを許された秘蔵されている禁書を含めた蔵書のある部屋の封印をこっそり解除して閲覧することで、より魔術の腕を磨くようになった。

 結果、彼は勇者の存在と聖剣と呼ばれる規格外の魔法具の存在を知る。

 

 ──これこそまさに、僕に相応しい剣ではないか!

 

 文字通りその場で小躍りしたスニークスだったが、問題はこの聖剣とその保管場所を知るのが、代々聖剣の守り手として選ばれた幾人かの女性と王族のみであり、それ以外は誰も存在を知らないのだ。

 これではもし自分が意気揚々と聖剣を手に入れても、何故それを得たのかと王族に糾弾されてしまう。下には強いが上にはめっぽう弱い男でもあるスニークスとしては、何とかして王族に感づかれない形で、あくまでも偶然を装って聖剣を手に入れる方法が必要であった。

 そして彼は王国にも秘密の諸外国との交流を行い、遂に魔族の最前線である落ちかけの帝国の協力を取り付ける。

 これで役者は整った。後は彼らが派遣した賊達を屋敷で暴れさせ、彼らが森を出たところで、偶然を装って通りかかった設定の自分が颯爽と彼らを倒し、聖剣を入手すればいい。

 帝国側の兵士も一人派遣されたが、これは後でばれないところで殺せばいいだろう。

 などと、所々穴だらけだが、何を思ったのかこの計画を完璧だと確信したスニークスは遂に後一歩のところまで聖剣に近づいたのだが──

 

 現在、目の前にあるはずの聖剣との距離は、絶望的なまでに遠かった。

 

「さて……この小僧。どうするか」

 

 聖剣を入手する最大にして最悪の壁、宗司は顎をさすりながら、値踏みするようにスニークスを見た。

 その視線、立ち振る舞いからは隙など見出せない。呼吸すら鋭い宗司を見るだけで、現実から目を背けることでやる気を奮い立たせただけのスニークスの気を削ぐには十分だった。

 しかし、未だスニークスは戦う気力を失ったわけではない。

 

(畜生。後ちょっとなんだ。あいつから聖剣さえ奪えれば、こんな奴ら!)

 

 二人にはばればれだが、スニークスは痛みで呻き声をあげながら、宗司の腰に携えられた聖剣を盗み見た。

 世界中の美を固めて作り上げたような白銀の鞘と柄。鞘自体にも美しい金の細工が施されており、まさに勇者と呼ばれる英雄に相応しい剣に違いない。

 あれさえあれば僕も伝説の英雄なんだ。

 後僅か。それだけで世界の全てが自分の物になるというのに──

 

「ほれ、くれてやる」

 

 その思いを察した宗司は、何の躊躇いもなく聖剣をスニークスの前に放り投げた。

 

「へ?」

 

「俺はそれ要らんからな。使えるならくれてやる」

 

 スニークスは一瞬、宗司が言っていることが分からなくなった。

 今、くれてやると言ったのか。

 魔王すら封印してみせた伝説の聖剣を、何の躊躇もなく手放した?

 

「う、う」

 

「早く拾え。でないと回収するぞ」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 スニークスはあらゆる思考を手放して、再び聖剣を拾おうとした宗司の手を遮るように聖剣に覆いかぶさった。

 その際右肩に刺さった剣がさらに深く突き刺さり、骨をごりごりと削るが気にもならなかった。

 

「う、ひ、ひひひ……こ、これは僕のもんだぁ」

 

「……なぁくろな殿、こいつは誰だ?」

 

「大方、私を雇った傭兵団を雇った大本と言ったところかな。このタイミングで現れるとしたらそれくらいしかないだろう」

 

「ふむ。そういうもんかの」

 

「ふひゃああああああ!」

 

 スニークスは二人が話している隙を狙って、聖剣を片手に抱えて、地べたを舐めるようにして距離を取った。

 意外な逃げ足の早さに二人が「おぉ」などと感嘆していると、スニークスは唾液をだらだらと流しながら、焦点の合わない瞳で二人を睨み、聖剣を片手にゆっくりと立ち上がった。

 

「ぐ、おぉぉぉ!」

 

「さっきから叫んでばかりで五月蝿いのぉ」

 

 宗司がぼやく前で、強引に右肩に突き刺さった剣を引き抜くスニークス。乱雑に引き抜いたせいか、傷口が広がってさらに多量の血液があふれ出す。だがスニークスは虚ろな笑みを浮かべながら、体から溢れ出るほのかな光、魔力を吐き出して詠唱を始めた。

 

「『癒せ、慈愛の腕よ』」

 

 詠唱の後、スニークスの左手が温かな輝きを放った。

 性根が阿呆だろうが、魔術の腕は確か。魔術を知るクロナが感心するほどの魔術の冴えを見せたスニークスは、その左手を傷口へとあてがった。

 

「ぐ、ぅ……! だ、だが、これで回復すれば……! 急げ、急ぐんだ……!」

 

「しかしメイルは豪胆なのか単なる鈍感なのか……」

 

「あれは天然だな。普通、これくらい叫び声が聞こえれば近づいてきてもおかしくないだろうに……一度振り返ってそれきりだ。どうやら余程首洗いが気に入ったらしい」

 

「よ、よし! ふは、ふはははは! この馬鹿が! 僕に聖剣を渡すどころか、回復させるまで待つとはな! 何か算段があるようだが、聖剣を手に入れたこの僕は最早、そんな小手先なんて超越するほどの力があるんだよぉ!」

 

「というかソージ、乙女の肌をじろじろ眺めるな」

 

「やはり、ここでも全裸はいかんかったか……正直、ちょっと眼福だったんだがなぁ。礼儀ならば仕方ない」

 

 一人燃え上がるスニークスから視線を逸らすどころか背中すら向けて、宗司とクロナは鼻歌を歌いながら裸マントで首を洗うメイルの後姿を眺めて言葉を交わしていた。

 眼中にすらない。

 というか、興味すらもたれていない。

 

「ふ、ざ、け、る、なぁぁぁぁぁ!」

 

「だから五月蝿いと何度も──」

 

「うぉぉぉぉぉ! 聖剣よ! 我が力に応えたまえぇぇぇぇぃぃぃ!」

 

「聞いてもおらんか……」

 

 あきれ果てる宗司の前で、スニークスは聖剣の柄を握り締めると、なんだか大仰な叫び声をあげながら力を込めて引き抜こうとするが、当然の如く聖剣はスニークスの呼び声などに応えるわけがなかった。

 

「え!? ちょ! なんで!?」

 

「ソージ、やはりあの剣、君にしか扱えないのではないか?」

 

「はぁ……いや、本当に要らないのだが」

 

 宗司としては、スニークスが聖剣を扱うことが出来れば、厄介払い出来るうえにあの聖剣と戦えるという一石二鳥の展開だったのだが。

 どうやらそう上手くはいかないようだ。暫くは聖剣を掴んで得られた情報を元に、脳内で聖剣の機能を最大限に使える敵手との仮想決闘を楽しむしかない。

 ちなみに、聖剣を手に入れて現在までに片手間で繰り広げた仮想決闘の戦績は九十七勝八敗。

 尚、これは生身の聖剣の機能を全て使える相手の戦績ではなく、当然生身の宗司が聖剣を打ち負かした戦績である。

 つまり、宗司であっても聖剣の使い手であれば、地理的な条件が合えば百戦って五、六回は勝利を収める可能性があるのだ。

 恐るべきは、聖剣チートの万能なる力か。

 或いは生身で聖剣を圧倒する宗司の戦闘力か。

 いずれにせよ、聖剣を使えないのなら意味がない。宗司はつまらなそうにスニークスへと視線を戻すと、腰の鞘に手をかけた。

 

「いや、まだだ!」

 

「ん?」

 

「お前が聖剣の使い手なら、お前を殺せば聖剣が手に入る!」

 

 錯乱した状態の偽りの戦意ながら、スニークスは己を奮い立たせて宗司の前に立つ。

 阿呆とはいえ矜持の成す意志か。そのメッキのような頼りない心を、しかし宗司は良しとした。

 

「なら、俺を殺してみろ……だがな」

 

 宗司は言うが早くスニークスの意識を縫うような形で間合いを詰めると、こちらに気づく前に聖剣を奪い去った。

 

「あぁ!?」

 

「さて、と」

 

 宗司は容易く奪い去った聖剣の柄を握りこむと、一気に抜き払った。

 瞬間、聖剣を中心に天を衝き穿つほどの魔力の嵐が吹き荒れた。

 ──あれはまだ全力ではなかったのか!?

 クロナは眩いばかりの魔力の光に目を焦がしながら、魔族すら遥かに凌駕する魔力量に戦慄した。

 聖剣は宗司の戦う意志を受けてその力を解放している。何てことはない。これまで宗司が聖剣を扱っていたときは、彼が戦闘態勢に入っていなかったため、聖剣はその機能を最低限に留めていただけなのだ。

 唯一、聖剣から受ける情報でその全てを理解していた宗司だけが平然と立っている。その身を包むのは万能の力だ。

 その気になれば全てを破壊し、或いは全てを救済することができるとすら思える力。

 

「ほれ」

 

 それを容易く手放して、宗司は抜き身の聖剣を、恐怖にとうとう屈したスニークスの足元へと投げた。

 

「なにを!?」

 

「いやな。お主が抜けなかったとき思ったのだが、俺が抜いて他人に使わせたらどうなのかとふと思うてな」

 

「だからとてソージ。あの魔力量は……!」

 

「だからとてだよ、くろな殿。……だろ?」

 

 宗司は震えが走るほどの冷たい笑みを浮かべ「めいる殿を頼む」と告げてクロナを下がらせた。

 問答無用であり、そして抗うことが出来ない。これは自分が一度、宗司に敗北しているからなのか。いや、それ以上に底知れない宗司の異常性を察したからか。

 

「分かった……私はメイルと屋敷のほうに待機していよう」

 

 クロナは応じるがままゆっくりと後退しながらメイルの元へと行った。

 だが宗司は既にクロナを見ていない。視線を注ぐのは聖剣を前に混乱をあらわにするスニークスのみだ。

 

「ほら、使えよ。折角こっちでお膳立てしたのだ……少しは楽しませろよ?」

 

「う、ひ……」

 

 あの恐るべき力をなんら躊躇なく投げ捨て、あまつさえ敵対者である自分にわざわざ使わせようとするその精神は、精神的に凡人でしかない彼にはわからないものであった。

 恐怖。そして困惑。

 この男は一体何を求めているのだろうか。そんなことを思うのも束の間、直ぐに宗司がただ慢心しているだけだと無理やり納得して、聖剣へと手を伸ばす。

 

「こ、後悔するなよ」

 

「後悔なんぞ、死んでもせんよ」

 

 あくまで挑発し続ける宗司を、隠しきれない怯えを孕んだ瞳で睨みながら、スニークスは白銀に輝く美しい聖剣の柄に手をかけた。

 

 

 

 

 




次回、VS聖剣チート
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