臓物ぶちまけて死にかけの侍を勇者として召喚してしまった件について   作:トロ

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第八話『勇者(傀儡)を、斬る』

 全能感とはどのような状態だろうか。

 

 ──無論、今のこの僕の状態だ。

 

 聖剣を握り締めた瞬間、圧倒的という言葉ですら足りぬほどの膨大な魔力が体中を駆け巡ったのを悟り、スニークスは先程までの絶望から一転、万能の力に滾る己を天に誇るように胸を張って立ち上がった。

 

「ふふふふ、ははははははは! 全く愚かなことをしたよ君は! いやはや、確かにこの力を有すれば自惚れる気も分かるがね。まさか聖剣の力を己の力と過信して僕に手渡すとは! くはは! ここまで僕を虚仮にした人間は君が初めてだが、今となってはその嘲りが悲鳴に変わるのを思えば、笑いすら漏れてくるよ!」

 

「……」

 

「どうした!? 今更になって僕の力に恐れをなしたか!」

 

 そう言って、スニークスは挨拶代わりとばかりに聖剣を虚空に向けて一振りした。

 だがただ虚空を切り裂いただけではない。滂沱と溢れる魔力が刃の軌跡に沿って魔力の刃を成し、宗司目掛けて疾風の勢いで放たれる。

 これはスキルと呼ばれる魔術とは別の詠唱を必要としない固有の技術だ。古い言い方だと魔闘技と呼ばれていたが、ステータスが導入されてからはスキルと呼び名は統一されている。

 その中で剣術スキルの初歩に当たるのが今スニークスが放った『スラッシュ』と呼ばれるスキルだ。術者の魔力を刃の軌跡に沿って飛ぶ斬撃として敵手に放つことが可能なこのスキルは本来、斬撃の十分の一程度の威力でしか放てない牽制用のスキルである。

 しかし今宗司目掛けて解放されたスラッシュは、習熟度が限界に到達しているため、斬撃の十倍の威力と速度という規格外と化していた。

 さらに聖剣の力で底上げされた戦闘力との相乗効果によって、スラッシュの斬撃は宗司はおろかクロナの巨躯すら超えるほどの規模となる。

 

「……ふん」

 

 しかし、閃光と放たれたスラッシュは宗司に当たることなく、その背後にあった屋敷を両断し遥か彼方まで大断層を刻むだけに終わった。

 軌道を予測した結果、自分にはぎりぎり影響が及ばないところで放たれるのを宗司は悟ったから動くことはなかった。

 故にどんなに破壊力があろうと、当たらないなら眉を潜める必要すらない。鼻を鳴らして腰の刀を抜き払った宗司は、こちらのことなど無視して哄笑するスニークスを静かに見据えた。

 

「ヒャヒャヒャ! す、凄いぞ! 高々スキルの一つを使っただけでこの威力! しかも上級スキルすら使い放題ときた! これだよ! 僕に相応しい力だよ!」

 

「……所詮、畜生か」

 

 宗司は呆れた風に肩を竦めると、スニークスが気づくくらい大袈裟に前に一歩踏み出した。

 そこでようやく宗司が刀を構えていることに気づいたスニークスは、喜悦を孕んだ瞳で、今や格下となった宗司を見下した。

 

「おいおい、まさか君、今の僕と戦おうっていうのかい? はははは! 慈悲深い僕としては、抵抗しないなら楽に殺してやってもいいと思っているのだがね?」

 

「……」

 

「もしくはそうだなぁ。あそこで暢気に何かしてる裸マントの変態女を僕が相手している間は逃がしてやってもいいんだぜ? 勿論、飽きたらあの女もぶっ殺して逃げた君を丁寧に殺してやるがね!」

 

「……」

 

「今更己の過ちを後悔してだんまりかい? 馬鹿が! 聖剣の力に酔って油断しまくったあげく、どうせ自分以外に使えないだろうと聖剣を手放した君が愚かなだけさ! 残念ながら今や聖剣は僕を選んだ! そうさ! 僕こそが英雄! 僕こそが勇者! 僕こそが──」

 

「一先ず目を覚ませ」

 

 瞬間、スニークスの右腕が吹き飛んだ。

 

「え?」

 

「ったく、あまりにも長口上すぎて飽きたわ」

 

 だから斬った。

 あらゆる能力が限界値に到達したスニークス。そんな化け物の意識の隙を容易く縫って間合いを詰めた宗司の斬撃は、やはり容易く聖剣を掴んでいない右腕を根元から断ち斬った。

 それだけ。

 たったそれだけの、異常な術理。

 

「ぎゃああああああああああああ!」

 

「……お主、実はわざと道化となってないか?」

 

 斬られたのを知覚したのと同時、決壊した堤防から溢れ出る水の如く切り口から噴出す熱血。自ら流れる血潮の赤に濡れながら、スニークスは激痛に悶え地べたを転がりまわった。

 

「ギャアアアアア! あぁぁぁぁ! うわあああああああ、あ、あ?」

 

「ほう……これで俺も助かったのか?」

 

 激痛に悶絶していたスニークスは、右腕の感触が戻ったのに目を瞬かせた。

 同時に痛みも全てなくなっている。慌てて右腕を掲げれば、そこには無傷の腕が傷口の跡もなく綺麗に繋がっていた。

 これが聖剣の能力である自動詠唱の力だ。使用者の窮地には自動で魔術を詠唱しピンチを離脱させる。それによってたとえ使用者が動けない状態でも、動かせる状態まで数分もかからずに治すことが可能である。

 今回は宗司という規格外の脅威を前に、斬られた腕を直接繋げるのではなく、瞬時に肩から新たな右腕を再生させてみせたというところだ。

 無論、人間の肩からもりもり腕が生えてくる光景はとても正視に堪えるものではないが、宗司は興味深そうに全てを見届けた。

 

「で? どうする?」

 

 スニークスは頭上で刀を構えている宗司のその一言に、慌てて体を起き上がらせ距離を取った。

 一歩で十メートルを容易く超える距離を広げた膂力は大したものだが、最早スニークスの顔からは聖剣を手にしたことによる余裕や、宗司に対する嘲りの感情は全て失われていた。

 その顔に浮かぶのは未知の化け物に対する恐怖だ。それを聖剣を手にしたというちっぽけな矜持で押さえつけ、辛うじて宗司と対峙している。

 

「な、なんなんだよお前は!」

 

「我流。宗司。これは無銘の刀。お主が今持っている聖剣とは違い、変哲もなき鋼よ」

 

「う、嘘だ。そんなの……」

 

 咄嗟に否定の言葉が出たが、それは直ぐに聖剣の搭載する魔術の一つである解析魔術によって覆る。

 解析の結果、宗司の持つ刀に特殊な魔術の痕跡は見られない。それどころか、刀を操る宗司すら、魔術を使用している痕跡がなかった。

 では先程の一連は何だと言うのか。音速の一撃すら見切る目と、鋼を遥かに凌ぐ硬さを得た肉体を乗り越え、容易く己の右腕を切断したアレはなんだ。

 何が起きている。

 何をされている。

 何が。

 何を。

 

「ふざけるなぁぁぁぁ! 聖剣を手にした僕が! 負けるわけないだろぉ!」

 

 脳裏を駆け抜ける様々な疑問を振り払って、スニークスは魔術を発動しようとして──いつの間にか目の前から宗司が居なくなっていることに気づく。

 

「遅い」

 

 だが気づいた時にはすべては終わっている。やはり動揺している間の隙を見切り、間合いを詰めた宗司は、呆けた様子でこちらに視線を向けるスニークスの上半身と下半身を泣き別れにする勢いで真一文字に刀を振るった。

 だがそれに対してスニークスは、否、聖剣は反応する。スキル自動詠唱で、動かない体を魔力で強制的に動かすスキル『マリオネットダンス』を発動してスニークスを下がらせた。

 しかし、一歩が遅かったのか。下がったスニークスが着地すると、その衝撃で浅く斬られた腹部から、思い出したかのように臓物の一部が溢れ出した。

 

「ぎ、ひ?」

 

 痛みよりも、己の腸が出たことへの嫌悪感に当惑する暇もない。さらに間合いを詰めた宗司が上段より縦一閃。回避できぬと悟った聖剣は、回復を置いて聖剣の刃で宗司の一撃を受け止めた。

 

「はは、口惜しいが、今の俺ではやはりお主は斬れぬようだな、ちぃと!」

 

「痛、痛い! お腹! お腹が!」

 

「だが所詮は道具。担い手を斬れば意味なしよ!」

 

「やめ! ぎゃあ! 痛い! 痛いぃぃぃぃ!」

 

 宗司とスニークスの両者が呼気すら感じる間合いで火花を散らす。

 一瞬で己の間合いを取った宗司は、聖剣にスキルと魔術を使用させる暇すら与えずに怒涛と刃を振るう。

 しかし聖剣もさるもの。生物の目を騙す宗司の技量を、無機物ならではの機械的な判断能力で対応し、刃を防ぐどころか返しの一撃すら何度か織り交ぜてさえいた。

 だがやはり剣技の間では宗司が一歩どころか段飛ばしで圧倒している。聖剣が一を放つ前に、宗司の斬撃は速度で決定的に劣りながら十を返し、さらにはその内の三を確実にスニークスの肉体へと斬りつける。

 最早、聖剣の使い手となったと『勘違いしていた』スニークスは、聖剣に操られる肉で出来た人形でしかない。美麗な顔を斬り傷から溢れる鮮血と涙と鼻水でぐしゃぐしゃに歪め、腕の肉を斬られて骨が覗き、眼球を一つ抉られ、腹から出た腸をずたずたに斬り裂かれながらも、彼は引くことも出来ずに聖剣の傀儡として戦うしか出来なかった。

 彼にとっては最悪なことに、自動詠唱にて唱えられたスキル『自動回復』によって、再生と破壊を幾度も繰り返すこととなる。本来なら宗司がそうであったように数秒で致命傷すら回復するスキルだが、それすら上回る宗司の技量によって、徐々にだが確実に死への道筋を辿っていた。

 当然、その道筋は回復効果と相俟って永遠とさえ思えるほどの長さと化してはいるが。

 

「助けて! 誰かぁぁぁ! 助けてくれぇぇぇぇ!」

 

 死という救いすら聖剣を握るスニークスには訪れない。

 悲痛な叫びに応えるのは冷たい鋼のみ。再度防御を突き抜けて顔面に縦に割った刃は、綺麗な曲線を描いていた鼻を二つに割り、優雅な笑みを象っていた唇も上下二つではなく四つに分断した。

 ぱっくりと分かれた鼻からとめどなく流れる鮮血は、だが二秒もせずに強引な癒着を果たす。だが聖剣をもってしても回復に裂く余力はないのか。繋がった鼻筋と唇は歪に姿を変えてしまっていた。

 その間にも死闘は加速していく。術理の限界を極めた宗司が優勢に見えるが、その実、一撃で戦況を変える力を有する聖剣が相手では一瞬たりとも気を緩める暇すらなかった。

 肌を焼く暴風。体を突き抜ける鋼の重さ。上手く流れを読まねば、規格外の膂力より放たれる風の余波だけで自分は吹き飛び、敗北するだろう。

 宗司はスニークスの周囲を回りながら刀を振るう。クロナの戦いで見せた緩急の動きは健在だ。たとえ無機物の思考であっても、やはり宗司の奇怪な歩法は完全には捕らえられないらしい。一秒前に宗司が居たところを虚しく裂いているのがいい証拠だ。

 だが確実に修正してきている。

 宗司は着物の端がずたずたに引き裂かれるのを感じ、刻一刻と迫る聖剣の牙を夢想し冷や汗を流した。

 これだ。

 これなのだ。

 脳内で思い描いた聖剣との戦いとは違う生の実感。現実ゆえの差異、想像を超えるからこその現実。

 そこに浸るからこそ、己もまたより一段と鋼に磨きを掛けられるというものだ。

 

「いいぞ、いいぞ、ちぃと! この修羅場にて! 言葉でなく(まこと)の刃であるお主と斬りあえる至福に感謝しよう!」

 

「もうやだぁぁぁぁ! やだよぉぉぉぉ! ママぁぁぁぁぁぁ!」

 

「滾るぞ! もっとだ! まだまだ終わらせるものかよ!」

 

 周囲の景観すら一変させる聖剣の膂力に震えながら、宗司の顔に浮かぶのは隠し切れない喜悦の笑み。

 止めるつもりなど何処にもない。

 この冴え渡る死地の只中、今はひたすら強敵と語らう刹那の狂気に身を委ねよう。

 

 

 

 

 

 聖剣チート。世界を滅ぼす魔王から人類を守るべく神より与えられたとされるこの魔法具の正体を知る者は、その剣に何度も滅ぼされてきた魔王以外には最早存在しない。

 無限の魔力。全ての魔術とスキル。そして担い手の能力値を限界まで引き上げるこの恐るべき力を、何故メビウス王国は魔王の復活に伴う人類の窮地に対して、これまで解き放つことをしなかったのか疑問に思うはずだ。

 何せ、担い手の召喚は、聖剣そのものを媒体にするだけで容易く行えるものであり、その力をもっと早くから使っていれば、今日の人類の窮地をもう少しマシなものにできたはずだ。

 いまだ、メビウス王国自体が魔王の脅威に晒されていないから。それも理由の一つとしてあげられるだろう。だが、スニークスが見つけた王国の禁書に記されている通り、魔王を倒す絶対的な手段としてある以上、他に方法がないのなら、何れ世界が魔王に飲み込まれる前に聖剣を使うのは必然であるはずだ。

 そもそも今は世界各国の魔術師が命を賭して展開した結界によって、魔界と人間界を隔てる結界が張られ、辛うじて均衡が保たれているが、もしこの結界が展開されるのがもう少し遅かったら、メビウス王国は容易く魔族達の手によって飲み込まれていただろう。

 そんな危うい状況にありながら、メビウス王国が頑なに聖剣チートの存在を秘匿し、そして担い手たる勇者を召喚しなかった理由は、一つ。

 単純な話だ。聖剣は、魔王よりも危険だからである。

 たったそれだけの単純明快。その真実を、宗司達はその体で体感することになる。

 

「あー。あー」

 

 戦いは熾烈を極めていた。果たして開始よりどの程度の時間が流れただろうか。度重なる剣戟。宗司が放つ斬撃の激痛に耐えかね、肉体の傷はある程度回復してはいるが、ついに目を虚ろにさせて、口から唾液と血液のブレンドした液体を流し、その精神が壊れるほどまでスニークスがなる程度の時間は流れていた。

 だが、腹から漏れた大腸から、食した残飯と血液、そして股から糞尿を垂れ流すまで自我を失ったスニークスの動きは、恐るべき速度と精度を維持している。一切乱れることなき聖剣の切っ先を見据え、宗司は声を出すことなく、その力に感嘆していた。

 

 ──ここからだ。

 

 高揚する精神とは裏腹に、あくまで冷徹に斬撃を繰り返す宗司は、ぼろぼろになった着物を靡かせて、大上段から振り下ろされる一閃を巧みに背後へ回りこんで回避する。

 虚空を斬る刃。だがそれだけに終わらず、威力を増した聖剣の一太刀は、その直線上にあった大地と木々を、魔力のこもった閃光でなぎ払った。

 今や、両者の立つ周囲の光景は、戦う当初とは様変わりしている。

 まるで百万の軍勢がぶつかり合ったかのように崩壊した周囲の光景の中、しかし宗司は傷ひとつ負うことなく、チートの成す脅威から逃れ、返しの一撃を放っていた。

 対して、聖剣は振りぬいた勢いに抗うことなく、前方に転がることでその切っ先から逃げる。

 しかし浅く斬られた背中は確か。そこから溢れる熱血を意にも返さず、転がりながら距離を取ろうとした聖剣に宗司は追いすがった。

 

「逃がす……ッ!?」

 

 宗司はスニークスの体を流れる魔力の流れを見切り、反射的に刃を振るった。

 紫電の斬撃は、予想通り宗司目掛けて放たれた炎の矢を斬って散らす。僅か止められた歩み、それだけで充分だと、聖剣はスニークスを媒体に、虚空に幾つもの魔法陣を敷いた。

 炎の矢。

 氷の剣。

 草の鞭。

 風の弾丸。

 属性をふんだんに使った魔術の顕現。出し惜しみせぬと一斉に放たれた魔術郡は、やはり宗司の歩法によってあらぬ方向へ放たれて虚しく散った。

 

「目に頼るとそうなる……!」

 

 聖剣が予測した宗司の回避行動は、全て宗司が歩法で騙した偽りの動きだ。一歩も動かずに無機物たる聖剣を騙してみせた宗司は、それを誇るでもなく、あらゆる魔術が降り注ぐ世界を、一直線に駆け抜ける。

 無詠唱で放てる魔術では宗司を捉えることは不可能だ。

 それを悟ったのか。聖剣は魔術への魔力供給を止めて、全てを肉体の強化へと叩き込む。

 白い光を纏ったスニークスもまた、迎え撃つと宗司へ飛び掛った。速度はやはり聖剣が上、刹那も経たずに間合いへ辿り着いた両者の機先を制したのは、速度で劣っているはずの宗司だった。

 聖剣が予測した間合いに入るタイミングを僅かにずらし、先んじて間を詰め一閃を放る。袈裟に抜いた煌きは、意をずらされた聖剣の反応を超えて、はみ出た臓腑ごと腕と肺を裂いた。

 

「ッ!?」

 

 しかし、鋭利過ぎる切っ先が逆に手を損じる。

 見事な切り口の断面を、聖剣は直接魔力で繋ぎ合わせ、そのまま瞬時に癒着させる。この土壇場で、聖剣もまた新たに生み出した技法にて宗司に追いすがろうと技を練っていた。

 成長する最強。

 チートの名は伊達ではない。敵手の巧みを知り、それを元に己の技を巧みと扱う術を洗練とさせているのだ。

 そして、斬られたはずの腕を即座に回復させて力を取り戻したスニークスの手は、斬撃後の隙を晒す宗司の首へと走った。

 稲光の如き刺突は、それでもやはり空を裂く。

 宗司の顔の横を抜けた刃は直撃しなかったが、巻き起こった風の刃は、宗司の耳を二つに裂き、頬にも浅い裂傷を与えた。

 

「良くぞ、斬った」

 

 宗司は痛みに怯むことなく、そのままスニークスの懐へ入り込むと、お返しとばかりに渾身の刺突を心臓へ突き立てた。

 肋を割り、心の臓を裂く刃。今更だが、ドラゴンの鱗を凌ぐスニークスの体を容易に貫いた宗司の刃は、それだけでは終わることはなかった。

 

「徹せ!」

 

 踏み込んだ足に力を込め、突き立てた刀を掴む右手を捻るようにして押し込む。

 捻りによって生み出された螺旋の力。それは小規模な竜巻となってスニークスの胸部で破裂した。

 徹し。クロナを起こした時にも使用した、力を任意の場所に伝えるこの技を応用することで、一点に収束する刺突の力を、全方位に拡散させる術。

 当たれば内側から爆発するという一撃は、鋼を超える硬さを誇るスニークスの肉体には殆ど電波しない。

 しかし宗司の狙いは破壊ではない。そも、今のスニークスは心臓を吹っ飛ばしたとしても、聖剣の力で強引に動くことは可能だろう。

 狙いは一つ。浸透させた力による、肉体の誤作動だ。

 

「あ、が」

 

 全身の血流に乗せられた宗司の徹しは、霊的な力である魔力の通る体を狂わせる。

 一瞬、強化された肉体の魔術が解け、柔らかな人体の手応えが宗司の手に伝わってきた。

 

「シッ!」

 

 これならば、無理をする必要もない。

 呼気を一つ吐き出して、強化魔術が再び構成される前に、宗司は突き立てた刀を真上に振るった。

 胸から脳天までが見事二つに分かれる。中心線から割れたスニークスは絶命したはずだ。

 

「……おいおい」

 

 宗司は振りぬいた刀の向こう側、噴出する流血に視界を赤く染めながら苦笑した。

 割れた肉体が重力にしたがってずれる瞬間、聖剣より走った魔力が、即死したスニークスの傷口を癒着させる。

 さらには、破壊された心臓を復元し、雷の魔術を用いた心臓マッサージを行ってさえいた。

 

「うごごごごごごごご! あががががががががが!」

 

 体に流れた電流で再起した心臓。意識を取り戻した─精神はぶっ壊れている─スニークスが、電流のショックで小刻みに震えながら、それでも動く手で反撃の一振りを返した。

 今まさに死んだ身だというのに、その一撃は熾烈を極める。やはり回避してみせた宗司だったが、冷や汗を流さずにはいられなかった。

 

「……これでも死なない、か」

 

 心臓を抉られ、脳みそが機能を停止した一瞬、いまだ体に残された臓腑が僅か機能していた。そしてそれは聖剣にとって生きているのと同義だったため回復したという話だろう。

 どうやらこれを殺しきるには、聖剣を掴んだ手を直接斬り飛ばすか、一瞬で肉体を消滅させるしか方法がないらしい。

 前者は、何度も試しているものの、それこそ心臓と脳みそが斬られるとしても、聖剣を掴んだ腕は庇っているため、難しい。

 後者は、そもそもそんなこと、普通の人間が相手でも出来るわけがない。

 

「となると、腕ごと斬るしかないか」

 

 出来ることなら、聖剣を斬り裂ける力が己にあれば、それをしたというのに。

 残念ながら、ドラゴンの鱗並みの強度を誇るスニークスの肌を容易に斬る宗司であっても、聖剣は斬れない。

 己の稚拙に呆れるほかあるまい。宗司は内心で恥を覚えながら、そんな己の油断を振り払い、スニークスの背後へと回り込んで刀を振り上げた。

 

 

 

 

 

 苛烈を極める戦いの中、極大の嵐を眺めるという暴挙を行っているのは、結局逃げそびれてしまったクロナとメイルである。

 最初は、屋敷を吹き飛ばした聖剣の一撃に呆けて逃れる機を逸したために戦々恐々としていた二人だったが、とあることに気づいてからは二人とも注意は向けているものの、すっかり観戦ムードとなっていた。

 

「クロナさん。あの人、遂に叫ばなくなりましたね」

 

「十分程度とはいえ、斬殺と復活を繰り返しているようなものだからな。私だってあんなことになったら正気を保つ自信はない。というか、あんな状況になるなんて考えたくもない」

 

「死にたくても死ねないって嫌ですね。私の読んだ御伽噺で不老不死を願う悪党とかいましたけど、この光景見たら諦めるんじゃないでしょうか」

 

「そうだなぁ……あれを見ると、死ねるっていうのは救いだっていうのを身に染みてわかるよ」

 

 普通なら死ぬはずの傷をスニークスは何度、いや、何百繰り返しただろうか。臓腑を抉られショック死。血液を流しすぎて失血死。心臓を抉られ即死。脳天割られて死亡。

 そのたびに強引に蘇生させられて戦わされるスニークスの精神が吹っ飛ぶのは仕方ないはずだ。

 

「だがねメイル。普通、あんな力を行使して、あんなにも一方的に斬られ続けるなんていうのはありえないからね。そこは間違えないように」

 

「あ、はい」

 

「わかってるのかなぁ」

 

 戦闘の余波からメイルを守りつつ、クロナは食い入るように宗司の戦いを見守るメイルを、何とも複雑な心境で見下ろした。

 

「しかし……あんな規格外と渡りあいながら、こっちを気遣う余裕まであるとはな……」

 

 聖剣の一撃は、余波だけであらゆる物を吹き飛ばしている。

 だというのに、距離があるとはいえ、二人の戦いが視認できるところに居る二人が、荒れ狂っているとはいえ、突風程度の風しか受けていないのは、つまりそういうことだ。

 宗司は一撃でも受ければ己が死ぬかもしれない戦いで、わざわざこちらに聖剣の余波が来ないような立ち位置を維持しながら戦っている。

 殺しても死なないうえに、一撃で家屋を破砕する一撃を無数と放つ化け物を相手に、こちらを気遣う余裕があるというのは、最早驚きすら通り越してしまう。

 

「本当に、君は一体何者なんだ……」

 

 あれは、生身の人間の皮を被った別の生き物ではないのだろうか。

 これで何度目になるか分からぬ背後を取った宗司の刀がスニークスの背中を大きく抉るのを身ながら、クロナは考えても仕方ないようなことを考えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 聖剣の一撃を遥かに凌ぐ閃光の一太刀は、スニークスの背中を大きく切り裂く。肩甲骨を抜け、背骨を両断されたスニークスの体は、普通はそのまま倒れるはずなのだが、今や聖剣の操り人形となった彼の動きは鈍らない。

 魔力の糸で強引に動かされた肉体。人体の稼動域を超え、腰を百八十度回転させるという荒業でこちらに向き直ったスニークスは、下半身がちぎれるのすらお構いなしの再度刃を解き放った。

 

「ッ!?」

 

 流石の宗司もこれには驚愕する。肉と骨の砕ける音を風切の音で掻き消して、真一文字に走る聖剣を、辛うじて地べたに寝転ぶようにして逃れる。

 

「ぐ、お……!?」

 

 直撃は回避した。

 だというのに、発生した風圧で体が持っていかれそうになるのを、地面に刀を突き立て、四肢を地べたに食い込ませることで耐え凌ぐ。

 

 ──応手を誤った!?

 

 ここまで、あくまでも担い手を壊さないように戦ってきた聖剣が、ここにきて担い手を壊すことも躊躇わずに攻勢を仕掛けてきた。何とか反応してみせたが、人間の域を超えた凶手は、流石の宗司でも予想外でしかない。

 結果、スニークスの上半身と下半身は、自らの動きによって捻り切られ、瞬きの内に上半身が大地に落ちるだろうが、ツケの代償は明らかに宗司のほうが大きい。

 四肢で這う宗司が見上げた先、背中に向けられた切っ先は惑うことなく動きを止めた宗司へと襲い掛かる。

 その初動で発生した風圧だけで、宗司の体が軋みを上げた。幾ら超人的な能力を誇ろうが、所詮聖剣を扱わない宗司の身体能力は、強化魔術を扱う只の人間よりもある程度上というだけしかない。

 それでも驚異的だが、宗司の能力と聖剣の能力は、単純に地を這う虫とドラゴン程の差が存在する。

 当たれば死、ではない。

 当たらなくても、宗司は死ぬ。

 聖剣が振りぬかれるよりも早く、このままでは風圧だけで宗司は挽き肉となるだろう。

 体を押しつぶそうとする風の圧力の中、このままでは凄惨な死しか宗司には残されていない。

 だというのに宗司の口元に貼り付けられた笑みは変わらない。むしろ、この窮地を待っていたとばかりに、零秒後の死を間近、宗司の瞳は歓喜に揺らいだ。

 刹那、聖剣の切っ先が一ミリほど動いた瞬間、スニークスの体は虚空に舞った。

 

「……見えたぞ。ちぃと」

 

 地に刺した刀を抜き、切っ先が動くよりも早くその腹でスニークスの上半身を吹き飛ばすことで死地から脱した宗司は、腹からねじれた臓腑を撒き散らして地べたを転がったスニークスを、否、聖剣を静かに見据える。

 立ち上がった宗司の口元からは一筋の血が流れていた。

 僅か一ミリ。されど一ミリ。それによって発生した風圧は、宗司の肋骨を一本へし折り、肺に突き立てる程度の威力は発生させたらしい。

 

 ──背骨が折れなかっただけ、僥倖だな。

 

 上手く行えない呼吸を、呼吸の間隔を長くすることで誤魔化しつつ宗司は嘯く。

 下半身を引きちぎって、ようやく骨の一本。

 どちらが恐ろしいかといえば、やはりこの剣客だった。

 確かに聖剣は恐ろしい。

 目的遂行のためなら、担い手の意思を無視して全てを実行しようとする無機物ゆえの思考。それらを支える数多の能力。

 千人の力自慢を容易く超える膂力。

 ドラゴンの吐く炎すら耐え切る硬度。

 瀕死の重傷すら直ぐに回復させる治癒能力。

 そしてこの戦いでは出す暇もなかったが、町一つを容易になぎ払う魔術の数々。

 どれをとっても宗司では届かない。

 あらゆる全てが宗司を遥かに上回っている。

 

「底が見えたぞ、ちぃと」

 

 だというのに、宗司はその聖剣の底知れぬ全てを見切ったと言い放った。

 両手を投げ出して、遂に動くことを止めた聖剣を見て言った。

 肉体の回復は始まっている。漏れた臓腑を収納し、千切れた断面から新たな肉と骨を魔力で生み出しながら、そのままなら一分もせず回復するだろう。

 対して、このまま回復を待ち、戦いが始まれば、宗司は肺を一つ潰された状態で再度万全の聖剣を打倒しなければならない。

 しかし宗司は待った。全快せねば目的を果たすのは不可能だと悟り、無駄な抵抗をせず、治癒に全ての力を注いでいる聖剣の回復を只静かに待った。

 

「いやはや、俺も幾多の力自慢と仕合ってきたが、お主以上の力自慢は後にも先にも会ったことはなかったぞ……」

 

「ぃー。ぁー。あー」

 

 返ってくるのは、精神が崩壊したスニークスの呻き声ばかりだ。だが当然宗司はそんなスニークスにではなく、言葉を返さぬ聖剣に語りかけているのであり、返事は期待していなかった。

 

「俺の頭に刻まれたお主の魔術も考慮すれば……ふむ、まさに一騎当千。否、破軍破国の猛者とでも言うべき傑物よな」

 

 そう、聖剣を賞賛し、

 

「だが、遅い」

 

 宗司は膝まで回復した聖剣を見下ろし、言った。

 

「そして、拙い」

 

 スニークスが、聖剣が回復を終えて立ち上がる。その動きは機敏であり、問答するつもりもないのか、万全を取り戻した両腕で柄を握り締め、放出できる限界まで魔力を放出した。

 空を突き抜けるのでは、と思えるほどに肥大した魔力。聖剣とはいえ、それを束ねるには僅かな時間が必要なのか。動き出そうとはしないその姿を眺め、宗司もまた刀を大上段に掲げた。

 

「来い。前言を撤回するつもりはないのでな」

 

 ──たとえ稲光であろうと、理なき一撃に当たることはない。

 

 クロナとの戦いで語った言葉は決して嘘ではない。

 そしてそれが聖剣の限界だ。

 理とは、業だ。人間が、人間を殺すというためだけに練り上げた術理。技術ではなく、技術の中に込められた信念。

 それがお前にはない。

 聖剣チート。

 お前は所詮──

 

「歪すぎる」

 

 人が刀を扱うから刀は刀であり、刀が人を扱うなど、それは本末転倒なのだから。

 そして遂に、練り上げられた魔力が聖剣に集い、至高を極めた最上級のスキルが解放される。

 歴史上、魔王を除き二人しか扱う者が出なかった究極が一。

 最上級スキル『神魔千撃』。

 初期スキルである『スラッシュ』と同じでありながら、その破壊力はこめた魔力の百倍にまで破壊力を引き上げた光の閃光を千、一つに束ねて放つという恐るべき技である。一発ならばあらゆる攻撃を無効化する魔術『絶対硬式』すら、複数の斬撃という特性上、一瞬で無力と化す、まさに必殺の一撃。

 しかも習熟度を極めたため、その破壊力たるや、歴代の『神魔千撃』の使い手を遥か上回り、千を超え、万に達する光を束ねて、解き放たれる。

 振るえば即殺。

 逃れようにも光の如き速度を前に、逃れる術も存在しない。

 それほどの規格外。

 それほどの恐るべき。

 

 それほど故に、その程度。

 

「さぁ」

 

 目を焦がす閃光を見るまでもない。宗司はもう、聖剣の底を見抜いたから。

 剣が人を刀とするのではない。

 人が鋼を刀と化すのだ。

 理を告げる。今こそ、この身に刻まれた術理の全てを解き放とう。

 あの老剣客との死闘で極まった己の全てを、魅せてやろう。

 賊との戦いでは、瀕死であるため出せなかった。

 クロナとの戦いでは、出すに足るとは思えなかった。

 だがお前なら良いだろう。

 歪であり、稚拙であれど、それ以外の全てが究極へ達したお前ならば、良いだろう。

 我が理。

 刀が人を刀と成すのではなく、人が人として刀と成る真理の極み。

 心鉄合わさる金剛に、この一振りは重なって。

 

「斬ろうかな」

 

 天意が授けた聖なる剣を。

 我欲が編んだ刀で絶つ。

 

 加速した思考。時の止まったような世界を宗司の体が跳ねた。脱力からの力み。解き放たれる力の桁は、想像を上回る神速を宗司に与える。

 それは最早、人間の形をした刀だった。そして愚直に標的へと走る矢でもあり、突き立てられた槍でもあった。そしてそれは、すなわち鋼と同義であった。

 聖剣より放たれる光は、確かに光速に匹敵するだろう。だが、それを放つ両腕は、決して光速へとは届かない。

 宗司はそれを超えるだけでよかった。己の肉体を全て行使し、涅槃寂静の時、宗司の速度は聖剣の速度を上回る。

 閃光の切っ先は放たれる間近。天の光に劣らぬ明かりに総身を照らし、宗司の体が疾駆する。

 天の月如き光に吼える、暗く冷たい鉄の冴え。

 鈍く光る淡い波紋に思いを乗せて、神魔を絶つ必殺へ、只人たる身が衝き上げた。

 

 そして、時は再び刻み出す。

 

「聖剣ちぃと……」

 

 放たれるはずだった『神魔千撃』は、放つ直前を見切った宗司の刃に両肘を切り裂かれ、その威力を正面にではなく、振り上げた背後、あらぬ方向に解放される。

 網膜を焼く閃光の中、一時的に視界を潰された宗司は、それでも己の肌に感じた熱血の温もりに悦を浮かべ、内の高揚とは裏腹に、重く冷たい音色で告げた。

 

「俺の、勝ちだ」

 

 両腕を奪われ、己の血の海にようやく倒れることが出来たスニークスの背後。放たれた『神魔千撃』によって勝ち名乗りは掻き消される。

 遥か彼方へ消え去った万の剣群を確かに感じて、魔力も持たぬ無力な人間でしかない宗司は、究極の一振りの最強すらも乗り越える。

 轟音に震える世界。破滅の光は、消えぬ大断層を大地に刻む。

 

 その破壊の中、宗司の耳は、確かに響いた凛と冴える鈴の音色を捉えていた。

 

 

 

 

 




次回、メビウス王国編、エピローグ。
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