ようこそTレックス至上主義の教室へ   作:大路京太郎

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櫛田桔梗は知りすぎる

 これは、2月に行われたAクラスの坂柳によって一之瀬穂波へと行われた、一連の事件が終息した頃の話である。

 バレンタインという大きなイベントも過ぎ、期末試験も近づき少しピリピリした雰囲気となった校内でひっそりと流れた一つの噂。

 ―――「綾小路清隆はTレックスを飼っている」。

 2月の事件は大きくなりすぎ、個人に対する誹謗中傷などの噂を流すことは禁じる。そう学校側に告げられたにも関わらず、いやだからこそ。噂という日々の娯楽を急に手放すことのできなかった生徒たちは、悪口とは言えないギリギリのラインにあるこの噂を、ひっそりと流していた。

 

 ※

 

 ある日の放課後、俺は櫛田とカフェで待ち合わせていた。どんな要件かは聞かされていないが、特に用事のあるわけでもない。綾小路グループの集まりは自由参加だしな。そんなわけで、櫛田と会うのを極力見られないようにカフェの入り口からほど遠い位置を陣取り座っていた。人の多い店内で一人端末を見るフリを延々と続けることを苦に感じ始めた頃、櫛田が店内に入ってきた。

 

「やっほー、綾小路くん。待たせてごめんね」

「いや、気にしなくていい」

 

 放課後になり、教室を出る直前に櫛田が女子と話していたのを見た。話が盛り上がりキリの良いタイミングがなかったのだろう、ということは想像がつく。櫛田は対面の席に座り、店員に砂糖、ミルクを一つずつ付けて紅茶を頼んだ。どうやらしばらくここに居ることになりそうだ。

 

「それで、どうして俺を呼んだんだ?」

「やだなぁ、クラスメイトと仲良くお話したいだけなんだけど、変?」

 

 …呼び出される要件はいくつか想定していたが、それは櫛田の裏の顔の方、つまりこの前交わした契約絡みのことだと思っていた。それは二人だけの秘密であり、こういう一目のある場所でする話ではない。わざわざ他の人間に見られる可能性のある場所に呼び出す意図が読めなかった。

 

「それでさ、この前の話なんだけど…」

 

 それから櫛田とは取り留めのない会話をした。クラスのあの子がどうとか、そろそろ二年に上がるね、とか。櫛田は楽しそうに話すが、それに対し俺は特に思うことはなく、適当な相槌を打ち続ける。本当に、ただ世間話をするためだけに呼び出したのだろうか。三十分、一時間と時が経ち、段々と陽が落ちる。そして、夕食時が近づき人がまばらになった頃、櫛田が切り出した。

 

「そういえば、正式に協力関係になったから言うんだけど―――」

「……」

 

 視線を動かさずに周囲を素早く確認する。…どうやら近くの席に人はいない。だが、不用意にする話でもないだろうと、少し視線を強めて櫛田を見る。櫛田はにっこりとしたいつもの笑顔のままにこちらを見返した。

 

「大丈夫。この席なら大声出さない限り周囲には聞こえないよ?」

「まあ、そういう席を選んだつもりだったからな」

 

 こちらを伺う気配はない。そもそも、俺たちは一時間以上も店内に居座っている。仮に橋本のような尾行者がいても、店内から動かない人物がいれば否応にも気付く。そう見越した上での発言だろう。とすると、これから切り出す話題が今日の本題とみるべきか。

 

「あの時話した“秘密”、その中で綾小路くんに関することで言ってないものが一つあるの」

「そうなのか」

 

 あの時とは、流す噂の選定をしていた時のことだろう。興味は湧いたが、今このタイミングで話す意図が読めない。下手に手札を晒すことに何の意味がある?

 

「今更なんで?って思うかもしれないけど、実はその噂、最近急激に広まりつつある噂で…一応綾小路くんも耳に入れておくべきかなーって。あ、これに関しては特に対価はいらないからね?」

「そういわれると不安になるな。それで、どんな噂なんだ?」

 

 大した噂ではないだろうと、特に気負うことなく聞いた。俺は次の瞬間それを後悔することになる。

 

「綾小路くんって、Tレックスを飼ってるんだって?」

「!?」

 

 本当に櫛田の口から出た言葉かどうか、思わず耳を疑った。

 

「今なんていっ」

「Tレックス、飼ってるんだよね?」

 

 もう一度櫛田は言った。先ほどの、にっこりというには、少し悪戯気な表情。思った以上に衝撃を受け、考えがまわらない。それを表に出さないように、平静を装って聞き返す。

 

「…ティラノサウルスはもう絶滅していたと思ったが?」

「ふ…く…くく、綾小路くん。ちょっと落ちついたら?普段絶対しない返し方してるよ?」

 

 そうだろうか。いや、そうだな。少し、動揺しているのかもしれない。櫛田は何が面白いのか、教室では見ることのないような笑い方をしていた。

 

「…それで、どこからそんなデマが?」

「一年の、いたるところ。主に男子から、かな?…く…ふふ」

「おい…おい」

 

 口の軽い山内や池、それと俺に恥をかかせたいであろう龍園辺りは容易に想像がつく。しかし、いたるところ、というからにはBクラスやAクラスでも同様の広がり方なのだろう。いやちょっと待て、今たしか―――。

 

「主に、というからには女子にも広まっているのか」

「たぶん、四割くらい。それと一部の上級生にも広まってるね」

 

 俺は天を仰いだ。たっぷり三秒ほど嘆いたあと視線を櫛田に戻すと、こらえられないとばかりに大きな声で櫛田は笑っていた。店にいた他の客からの視線が刺さる。

 

 ※

 

「…カフェでするような話じゃなかったと思うが?」

「でも、密室でするような話でもないでしょ?」

「まあそれもそうだけどな」

 女子が男子と二人っきりの時にこんな事を言うのは襲ってくださいと言っているようなものだろう。しかし、もう少し場所を選んでほしかった気もするが。櫛田が周囲の目を引いたためカフェには居づらくなり、寮へと帰ることにした。隣で並んで歩く櫛田の機嫌はとても良さそうだった。

 

「あー、笑ったー。ねえ、私もこれからはキングくんって呼んだ方がいい?」

「全力でやめていただきたい」

 

 これからもこのネタでからかわれるのは目に見えており、少し憂鬱になる。だが、クラスでの普段とも、俺に見せる裏とも違う素の櫛田の姿を見て思うところがあった。

 櫛田がクラスを壊した要因。それは溜め込む秘密に対してガス抜きが上手くいかなかったからだ。

 今日唐突に俺に見せた新しい顔は、協力関係が生まれてからのもの。櫛田の存在を脅かす者でも、一方的に秘密を握られるだけの者でもない。いつか敵になることが目に見えている、クラスの異なる龍園との部分協力関係でもない。

 今まで櫛田の周りにはなかった関係性だろう。

 

「やっぱり外は寒いな。そこの自販でコーヒーでも買うが、櫛田もいるか?」

「えー、これ以上プライベートポイント貰うのは悪い気も…あ、コーヒーはやめて欲しいかも。ココアにしてね」

「…わかった」

 

 この前の、嬉々として俺に秘密を話す姿が思い浮かぶ。

 もしかしたら、櫛田は秘密を誰かと共有することが楽しかったのだろうか。もしかしたら、俺は櫛田にとって初めて本音で話せる友人になれたのだろうか。今後櫛田を退学に追い込む方針だったが、その気持ちが少し揺らぐ。だが、結局考えを改めることはなかった。俺も、自分を守るためには最善を選ぶしかないのだから。

 

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