そしたら衝動的に始めてしまった。
だが後悔はない!←無責任
ほぼ自己満足ともいえる担当に捧げる小説、スタートです。
新年度。4月第二金曜日の真昼頃、僕は大学内の大教室にいた。
「ふぁ~……ぁぁ」
大きな欠伸を溢して眺めたのは、教室の大きな窓から一望できる灰色の街並みと快晴の青空だ。ここはキャンパス内で最も高い建物の最上階にある教室でその景色も一塩だ——決して良いわけではないが。
欠伸を噛みつぶしながらスマホを点ける。大きく表示された時間は丁度12時30分を表示していた。
今は二限と三限の間の昼休み。一番後ろの端っこの席から教室を見回せば、溢れかえる大量の学生の姿。それは、昼休み後にこの教室で同じ講義を受ける予定の学生たちであり、同じように昼食も兼ねた席の確保に来た学生たちだ。
「ォエ……」
マスク越しでも伝わってくる匂いの
思わずえずく僕に何事かと前の席の学生が振り返る。彼の手元には有名カップ麺が置かれていた。先陣切った醤油の香りはお前のものか。
「ぇっくしゅんっ!」
怪訝そうに見てくる向こうから声がかかる前に、我慢できなかったクシャミが飛び出した。その音に驚いた向こうは正面に向き直り、食事を再開した。
えずいたりクシャミしたりとで怪しまれているが、そんなことを僕が気にしていられる余裕はない。
マスクの中で鼻を啜ると、再びやってくるノイズが走ったような感覚。霞みがかった、靄の中を手探りで歩いているような不安定な感じは、紛れもない鼻詰まりと酸欠が原因によるものだ。
「これだから春は嫌いなんだ……」
花粉症による目の痒みと、くしゃみの過多による腹筋とのどの痛みが体を蝕む。
あー帰りたい。こういう日は家に篭っていたい。だが単位の関係で大学には来なきゃいけないし、花粉症を理由に休むなんて不可能だ。
てか花粉症患者にとって春の外出は自ら首を絞める行為なんだぞ。その辺を周りはもっと知るべきだと思う。
—— ブブッ…… ——
『新規メッセージを受信しました』
世間への恨み言を念じているとは露知らず、どっかの誰かが僕にメッセージを送ってきた。画面の通知をスワイプしてアプリを起動すると、メッセージが表示された。
◀︎えんたー
《ボッチなう』
「知るか」
友人のメッセージに電源を切った。今のメッセージで寂しさを伝えたかっただったのだろうが、僕の知ったこっちゃない。孤独以上にこちとら体調不良だわ。目を開けているのすら辛いのに比べたら、一コマの間ボッチなんて楽だろう。
とはいえ、個人的な感情をぶつければ非難と炎上は予想できる。だからここは黙って見送ったのだが、同じグループ内の友人たちはそうではないらしい。
—— ブブッ…ブブッ……ブブブッ ——
「鬱陶しい!」
鳴り止まないバイブ音に我慢の限界を迎えた。
眉間に力が入るのを自覚しながら、起動したメッセージアプリで友人たちのログを辿る。ボッチ宣言が最後だったので、表示されるのはそれから後のメッセージだった。
《草生える(サッ)』
《全くだ(サッ)』
《可愛そうな奴(サッ)』
《オイコラ、こっち見ろオマエラ(怒)』
冒頭から下らない会話で見る気が失せた。どーせこの後も同じような三文芝居が続いてるんだろ、全員ボッチでヒマしてるから。
スクロールして流し見していると予想通り、その後のやりとりはスタンプも交えた三文芝居の続きだった。メッセージから皆が皆して別の教室で一人ずつバラけているのはわかったが、なんの得もしないやりとりにはかわりない。
◀︎えんたー
《
メッセージの最後まで辿りつくとそんな問いで連絡はピタリと止んでいた。気付けば確認中も鳴っていたバイブは止んでおり、通知時間を見るとここまで確認しているだけでだいぶ時間がかかっていた。
◀︎Saki
『一人だけど、なに?》
名指しである以上は答えてやるべきか。そう思って一言、文字を入力して送る。
反応は直ぐだった。
《え、崎本オコ? オコなの』
《あーあ、怒らせた』
《い~けないんだ、いけないんだ♪』
《せ~んせ~に、言ってやろ~♪』
《なんでやねん!』
《などと被告は供述しております』
《はいギルティ』
《お巡りさん、こっちです→』
無言で電源を落とした。次に電源を入れた時には通知数が恐ろしいことになってそうだが、それ含め何もかもが知るか。
電源を切ったスマホをリュックにしまい込み、代わりに缶コーヒーを取り出す。真っ黒なスチール缶と、金で描かれたダンディーな横顔のイラスト。
統領の名前でお馴染みのコーヒーメーカーの缶コーヒー(無糖ブラック)だ。
「あ゛ー……臭ぇ」
舌触りは慣れた苦み。しかし苦みや酸味とは違う鉄の味と、香りに混ざる鉄の臭いに顔を顰めた。
低価でそれなりの味を簡単に飲める缶コーヒーは好きだが、毎度毎度この缶の特有の匂いだけは慣れないし、気に入らない。どれだけの人間が同意してくれるか分からないが、缶コーヒー唯一の欠点は絶対にコレだろ。
「怠い……眠い……帰りたい……コーヒーが飲みたい……」
机に突っ伏しながら愚痴を溢す。なお『缶コーヒー飲んでんだろ』ってツッコミは受け付けない。僕が飲みたいのは“美味いコーヒー”であって、言葉は悪いが自販の間に合わせコーヒーじゃない。本格派の喫茶店で飲める豆から挽いたのが飲みたいんだ。
早く帰りたい。花粉もない平和な家の中でコーヒーを淹れたい。コーヒー片手に読書がしたい。
—— 着きました~。えっ? …わかりました、席を取っておきますねぇ ——
しばらくインスタントや缶だった反動だろう。今物凄くドリップした美味いのが飲みたくなってる。いっそミル買うか? ドリッパーは実家から貰ったのがあるし、豆は飲みながら好みを探しゃいいもんな。前に軽く調べた感じだと、一人分2杯〜3杯程度を引くサイズならそこそこ丈夫で安いのがあったし。
—— え~っと、空いてるのは~……あっ ——
そういえばコーヒー用のアルカリイオン水切らしてたっけ。マスクの予備も少ないし、帰りにドラッグストアにでも寄ってくか。ついでに食材を買いにスーパーにも……。
「あの~すみませ~んっ」
「ダメだ、忘れる」
買い物リスト作んねえと覚えきれん。あと書いとかないと無駄買い物する。
購入品目にリストアップをしつつ、隣の椅子に置いたリュックを漁る。都合よくメモ用紙なんて持ってないからルーズリーフになるが、メモ書きできりゃなんだっていい。
「小麦粉は家にあるから、牛乳と卵に生…「すみませんっ」あ?」
やばいと思ったが遅く、驚くほど低い声が出てしまった。くそっ…油断するとすぐこれだ…。イラついてるとはいえこんな八つ当たりみたいなことは避けてたのに……。
ほら、向こうを怖がらせて——
「わぁっ、目が真っ赤になってますよぉ! 大丈夫ですか…?」
「……は?」
怖がってなかった。それどころか結膜炎で充血する僕の方を心配していた。
マジマジと顔を見つめてくるその女の子を僕は知らない。そもそも同学科で女子の知り合い自体少ないが、それにしたってこんな娘は知らない。
「……どちら様?」
目測で50センチ。予想以上にパーソナルスペースが狭いらしい彼女は、前かがみで僕の顔を覗き込んでいる。彼女の大きな瞳には僕の面が映り込み、眉をハの字に顰めているその表情は痛ましげに見えた。
至近距離で見て思ったがこの娘、結構な美少女だ。大きな瞳と童顔にツインテールも相まって幼く見える。こんな可愛い子が同期なら、それこそ少しは知っていそうだが……。
「 私、ですか? 私は
ととき、なんて名字はうちの同期にいない。てことは他学科か新入生のどっちかってことになる。いや、去年一年間で大きな話題に美男美女関連はなかったから、新入生の方か。
新入生なら余計になんで僕なんかに話しかけたんだ? そう思っていると、とときさんは思い出した様子で困り顔で聞いてきた。
「あのぉ、ここって『
「あーそういう」
何事かと思えば教室の確認か。
まあ迷っても無理はない。このキャンパス内の建物の階層表記は頭が悪い上、加えて最上階だというのに大教室が五つもある。新入生なら迷って当然だし、実際に去年は僕も迷っていた。
「多いから間違えやすいけど、その番号ならここで合ってるよ」
「わぁ、よかった~♪ 私、この建物に来るの初めてだったので助かりました~」
手を叩いて、十時さんはホッと安堵した様子だ。心配されたと思えば、困り顔になり、そして笑顔とコロコロと表情の変化が激しい。
「あっ、そうだった! あのぉ、ここの席って空いてますかっ」
そう言って再び困り顔で聞いてきたのは僕の隣の空席のことだった。どうも遅れてくる友人二人の為に席を取っておきたいらしい。
幸いこの後の講義は僕一人で受ける予定だし、この四人掛けの席は僕以外の人間がいない。だから、余った三つの席を彼女らに譲ったとしても問題はないだろう。
「三つとも、どうぞご自由に」
「ありがとうございますっ♪」
快く譲ると気持ちのいい笑顔でそう返してくれた。別にこれくらいで礼なんていいし、最近はこうも丁寧にお礼を言う子は少ないというのに。
律儀で真面目な良い子だこと。
彼女の友人がいつ来るか分からないが、その短い間で誰かしらが座りかねない。その友人たちがきた時に荷物は動かすとして、残りの時間はどう過ごすか……。諦めてスマホ点けるか? メッセ溜まってそうで嫌なんだけど……仕方ないか。
「むぅ〜っ!」
「はい?」
リュックから取り出したスマホの起動を待っていると再び声をかけられる。みると、頬を膨らませて睨んでくるとときさんが居た。
全然怖くない。むしろ可愛くみえるんだけど……って、そうじゃなくて。なんでまだ立ってんの?
「あー、席足りないんなら退きます?」
「そうじゃなくてっ! カバンがあったら座れないですっ」
「……え、隣に座るん?」
「そうですっ!」
なんだその『さも当然』とばかりの顔は……え、マジもマジマジの大マジかよ(言語の迷子)。今時の子ってこんなに距離が近いもんなの?
(いや、きっと詰めて座るべきという考えだろ)
そりゃそうだ。何を好き好んで、わざわざ
自分の中の折り合いがついたところで、僕はようやくリュックを退かした。だがこのまま手元に寄せると奥の二つが取られる可能性がある。とときさんが隣に座ったのを確認してから、リュックを彼女の隣においた。
「……」
「どうしたんですか~?」
「……いや、なんでも」
女子特有の「それ、何が入るの?」というバッグから昼飯らしき包みを取り出すとときさんが首を傾げる。首を傾げたいのはこっちの方だ。
なんでこの子は見ず知らずの男の隣でこうも平然としているんだ。
僕の返答に不思議そうにしながらも、とりあえず納得した彼女は弁当に箸を伸ばした。
「あ~んっ♪」
美味そうに弁当を食う姿は普通だ、初対面の男の隣で食っていることを除けば。
隣で改めて彼女を見て思う。この娘はやっぱり可愛い。面食いな男どもが食いつきそうな可愛らしい美少女であるのは確かだ。加えてさっきのやり取りで、少なくとも人当たりは良く、物怖じしない性格をしているのはわかった。
(最も、この子の人目を引くところは顔や性格が原因ではないんだろうが)
ボーダー柄のワンピースは肩口が広く開いている、オフショルダーとかいうやつで、むき出しの肩からインナーらしきピンクの肩紐が見えている。
素材のせいなのか、サイズの問題なのか分からんが、やけに体にフィットしたそのワンピース姿は直視するには刺激が強い。なんせそのぴったりしたワンピースのせいで、彼女の豊満で凹凸の激しい体のラインがはっきりと現れているのだから。
(この性格で、しかもこの顔に
もしかしたら既に彼氏がいたりして? こんな娘を彼女にできる男は相当ツイているだろうな。
ま、僕には関係ないが。
口の渇きを覚えてコーヒーを飲む。相変わらずの鉄臭さはあるが、流石に慣れてきたからもう顔を顰めるようなことはなかった。
「あのっ」
特に会話をするでもなく呆然と教卓を眺めている僕に、とときさんは遠慮がちに声を掛けてきた。見ると半分ほど食べた所で、箸を咥えた状態でこっちを見ていた。
「なにか?」
「むぅ~! ズルイですっ!」
「はぁ?」
唐突にズルイと言われても困る。主語と動詞と目的とその他諸々含め、ちゃんと明確にして話してくれ。
「だって私は名前を教えたのにっ、私はアナタの名前を聞いてないってズルイと思いますっ。不公平ですっ!」
「……別に名乗るほどの者でもないんだが」
「そんなこと言わないでくださいっ。これから一緒に勉強する同級生なんですからっ」
「いや、今のは冗談というかネタふりなんだけど」
「ネタ?……あっ! そう言って誤魔化すつもりですねっ。騙されませんからっ!」」
「……
余りに純粋な目で僕の方が我慢できなかった。ネタが通じない相手にやると結構恥ずかしいんだな……。学科の連中は大体通じて慣れちまったから、この反応は予想できなかった。
「しゅうや……じゃあ、しゅうや君って呼んでもいいですか?」
「いいけど——君、それ素?」
「す?」
なんだ、なんだこの会話の繋がらない感じは。僕がおかしく思えてくる。
キョトンとした顔で首を傾げるとときさんに頭を抱える。小さい子ならともかく、この年齢でこのタイプは初めてのケースだ。対応の仕方が分からない。
誰でもいいから助けてくれ…。そんな僕の願いが天に届いたのかもしれない。
『ああ!? いたぁ!!』
突如、教室中に響き渡る大声に全員の視線が向いた。
例に漏れず、僕ととときさんも声の発生源を見ると、そこには息を切らした長身女子と黒髪ロングの綺麗系女子がコッチを指差して立っていた。誰だ?
「あ~っ、アカリちゃんにミナミちゃんですっ。こっち、こっち~!」
軽く息を切らす二人に向かってとときさんが手を振って呼ぶ。その様子から、さっき言ってた友人というのがこの二人なのだろう。
友人と合流できて喜ぶとときさんに反し、呼ばれた二人は怒ったり困ったりといった様子。はたから見ても、いい雰囲気とは言い難い。
『こっちこっち、じゃないわよ!! ちょっとアイリ、何してんのよ!?』
「ふぇ? 何って、さっき電話したじゃないですか~。席を取るって」
『違う教室の席取ってどうすんのよ!! 教室を間違えてるの‼︎』
「ええ~っ!?」
友人の指摘にとときさんは目を見開いて驚いていた。目の前で謎のコントを見せられていると、スッと寄ってきた黒髪の子が頭を下げてきた。
「社会情報学の先輩ですよね? 私は
「あの、頭をあげてくれないかな? 謝られるようなことなんて無かったんだし」
予想外の対応で面食らいはしたけど迷惑になることはなかった。なので年下の女のコに頭を下げられるのは気分が悪いし、なにより変な騒動につながりかねない。
慌てて新田さんに頭を上げてもらいながらとときさんたちのやりとりを聞く。
どうもとときさんは教室番号を間違えて覚えてたらしく、正しい教室に着いた友人二人が慌てて探しにきたらしい。
「この教室をどう間違えんだよ」
「多分ですけど、カリキュラムの一覧で教室の部分をズレて覚えちゃったんだと思います……」
原因は彼女の不注意だった。だがまあ……個人の不注意ではあるが、半分くらいは判り難い一覧を作った大学側の責任な気もする。
—— キーン、コーン…… ——
理由に呆れていると、揉めている彼女らをよそに予鈴のチャイムが鳴った。
『って、もう十分前!? あーもう! 急ぐわよ!』
「ああっ、待ってアカリちゃんっ。私まだお弁当が…」
『教室着いてからでも間に合うわよ! きっと!! とにかく教室が離れてんだから急ぐの!』
「あぁっ! 引っ張らないでぇ~!」
「アカリちゃん! 愛梨ちゃんの荷物がまだ……ってもう!」
長身女子にとときさんは強制連行されていった。荷物や弁当を放置していることに気づき声をかけようとしたが、それより早く新田さんが荷物をまとめて追いかけていった。
なお、新田さんも礼儀正しい子みたいでこちらに小さく会釈をしてから出て行った。無礼というか、余裕がないのは長身娘だけだった。
「……なんだったんだ?」
嵐のように去っていった三人を見送った僕は呆然。周囲で一部始終を見ていた人間も茫然としており、教室は嵐が過ぎ去った後のように静まり返っていた。
—— ブブッ……ブブッ…… ——
無事に起動したスマホが震える。バイブのパターンはさっきと同じで、あのメッセージアプリからの連絡だとすぐに予想できた。
◀︎えんたー
《可愛い子ちゃんと一緒にいたと聞いて』
◀︎E-sun
《弁明は?』
◀︎シュラちゃん
《ナイヨネ?』
◀︎セトゥン
《処す? 処す?』
「……。」
僕は無言でスマホを切った。
切る間際に見えた時間は58分。まもなく講義開始の鐘がなる。
窓の外に広がる青空を眺めながら、僕は缶コーヒーで流し込むのだった。
「ミル買おう……」
更新日時は狙ってやってます。
Happy Birthday! 愛梨! これからもPは誠心誠意応援するよぉ!!
次回更新は未定。
遅筆ながら続ける努力をしていく所存ですので、長い目で見て頂ければ幸いです。