私生活ボロボロで黙ってフェードアウトしかけてました。
ちょっとずつ、進めていきます。
大分期間が開いてしまい、申し訳ございませんでした。
第二話、どうぞ
『ブルーマンデー症候群』。週初め、仕事や学校が始まることに鬱屈した気持ちに陥ることを指す。
日曜日に、翌日の仕事のことを考えて『面倒』だと考えたりしないか? 飲食・小売なんかのサービス業に従事する人間は、月曜日に休むことに罪悪感を覚えることは? 無いなら構わない。が、中には周囲の仕事をしている姿を見て、引け目や負い目を感じる人間もいる。
そうした人間が一定数存在し、世界的にも認知され、日本国内じゃ日曜夕方の国民的アニメの名前が付けられているのが、この精神病だ。
「……今日は一段とじゃねえんだよ、クソが」
連勤明け。天気予報の追い打ち。
朝から僕の気分は最下層まで落ちていた。
疲労の残る心身を引き摺ってやって来た朝の講義室。先週と同じ最後列の一角に座って教室を眺めれば、爽やかな天候に似合わない重い空気が漂う。右も左もどこか暗い顔の学生が多く、ここにいるだけで気分が悪くなりかねない。
週初めの月曜日。生活リズムを崩させない為か、大学の意図であろうことに一限は大体必修講義で固められる。休めない上に遅刻も危ういと焦ってか、一限はギリギリ駆け込んで入室する学生が多くみられた。
『でさぁ……あ』
『おい……見るなって』
窓を眺める僕の隣を、出欠打刻を済ませたらしき学生が通り過ぎる。すれ違い様の声に視線を向ければ、目が合った2人組が気まずそうに席へと歩いて行った。彼らが居なくなると、今度は僕の背中に視線が集まるのを感じて振り返る。
だが目が合う奴は居なかった。
「……チッ」
いい加減慣れた不快な視線とはいえ、気分は悪い。今朝に限っては、ブルーマンデーの鬱憤も一緒にぶつけられている気がする。
思わず舌打ちが零れると背中に掛かっていた圧が減った。耳ざとい奴が多い。横を通り過ぎていく学生が速足な気がするが、マスク越しの聞こえるわけが無い。
そう自分に言い聞かせて、僕は眠気覚ましも兼ねたコーヒーを呷った。
「あ゛あ゛ぁー、クソが……」
コーヒーを飲む数秒、ほんの僅かマスクを外しただけで襲い来るアレルギー反応。むず痒くなる鼻孔に釣られて、気にならなくなっていた目の痒み症状までも現れだした。目がしょぼつくのは睡魔だけじゃなく、絶対に花粉のせいもある。
掻きむしらないように耐えながら講義の開始を待つ。この必修講義は外部講師が担当するらしく、しかも噂じゃ、前職はテレビ局でプロデューサーをしていたらしい。
更にはこの講義、初回を休んだ奴は落第が確定とも聞く。
「噂通りなら、この場に居ない連中は終わりだが」
他はどうか知らないが、うちの学科教授陣は『研究優先で講義は二の次。課題提出さえしていれば、最低評価でも単位を得られる』ってスタンスが多い。実際、去年受講した講義のほとんどがそんな講義ばっかだった。遅刻常習者や欠席数ギリギリの学生が普通評価を貰っていたりして、欠席が多いわりに僕と同じ評価だった学生もいる。あれには抗議したく思ったものだ。
そんなわけで。昨年は楽な方だったが、今年はそうはいかないらしい。
新学期一発目からやってくるこの外部講師、前職では鬼
「朝一でこの講義に当たるとか、ツイてねぇな」
講義のほとんどは、初回がオリエンテーションで中身に入ることは少ない。履修登録漏れなどのシステム不備を配慮してか、評価基準や提出物、教科書などの説明をするだけで、初回の欠席を甘く見る傾向がある。
必修ではその限りではない(そもそも卒業するには必ず単位を取得してなければならない)ので、今朝こうして朝の教室に空席が伺えるのは、進級不可だった奴が居たにしたって多すぎる。仕事人間が講師になったからといって甘くなるなんてのはない。今日サボった連中はきっと、進級はできないだろう。
「まあ、他人の心配をしている余裕があるのかって話だよな」
こうして受講の用意が出来ていようと、残りの講義と考査でミスれば僕とて同じ。今すぐ寝たい気持ちを抑えつけ、居眠りしないようにしなければ。
改めて気持ちを引き締めていると、教室前方の席に見知った顔がいた。
「はぁ?」
見間違いかとばかりに目を擦った僕だが、クリアになった視界に映る顔は見間違えようがない。これまでの人生で、アイツ以上にやかましい存在を僕は知らない。そもそも、大学で知り合った奴に、あれ以上のインパクトがある奴がいなけりゃ、同じレベルすら見たことがない。
間違いなく、他学部に居るはずの友人の姿だった。
「……いや、他人を気にしている場合じゃねえんだって」
なんで他学部の奴が、
なんでうちの学科生とあんなに馴染んでいるのか。
なんで朝から遠目で分かるハイテンションなのか。
ツッコミたい点は多々あるが、そんなことを指摘する精神的余裕は無い。既に僕の体力は疲労とアレルギーのせいで、イエローゾーンに突入しているんだ。
「わざわざ疲れに行くなんて馬鹿らしい」
無視することを決めたところでチャイムが鳴る。同時に、前方の扉が大きな音を立てて開き、そこから初老の背筋の伸びた男性が入ってきた。髪は少しばかりに白髪交じりだが、事前に聞いた年齢の割には体系の崩れもなく、きびきびとした足取りだった。
講師の男性が教壇に向かう間に、学生たちはゆっくりと席に座っていく。その様をジッと眺めていた男は、全員が席に着くとマイクを取りだした。
『これで全員か?』
挨拶よりも先の問いかけに、学生が誰も答えない。チラチラと左右を伺い、ボソボソと友人同士で会話を始める。
講師のこの人には悪いが、全員かどうかなんて僕らにはわからn——
反響。そして無言の絶叫。脳を指すような鋭い音が教室中に鳴り響いた。
言葉には形容しがたいその音に、全学生が耳を抑えて苦悶の表情を浮かべる。中には小さく悲鳴を上げている奴さえいた。
同じように被害を受けた僕も耳を抑え、そして思わず音の発生源を睨むように見た。
『おしゃべりは許可してないよなぁ? 先ずは、質問に答えろよガキ共』
黒板から手を放し、ドスの聞いた粗雑な声がマイクを通る。その声に反応して彼らが顔を上げると、表情に僅かな苛立ちを交えた、ヤンキーのような男がそこに立っていた。
『これで、全員か? 聞かれたんだから、手え上げるなりして答えろよ。名指し待ちとか舐めてんのか。ああ?』
もう一回やるか? とばかりに手を黒板に添える男に、ほとんどの者が身構える。さっきの音はあの引っ掻き音だったか。
『社会出てその待ち姿勢が許される思ってんのか? 自分から学ぶ姿勢を身に着けるのが大学だろうが。率先して動け! 思考し続けろ! 沈黙は金なんて格言は、仕事上役に立たねえからな!』
バンッ、と教壇を叩いて講師が叫ぶ。マイク越しの怒声が教室中に反響は、無言になってしまった学生の空気もあって一際大きく感じた。
朝一からなんで説教食らってんだろうか。そんな疑問を浮かべていると、男は大きな溜息を溢してバインダーを取り出す。
『ったく、こんな調子で半年も講義するのかよ……この講義を受けようがどうしようが勝手だが、休んだら速攻落第だ。そもそも社会に出れば理由もなく来ない奴を信用しない。雇い続けるメリットがねえからな』
そう言ってバインダーから紙を取り出すと、先頭の席に適当な束を渡す。
『冠婚葬祭や感染症等による欠席・出席停止は事前連絡と、証明書持参が必須。これも社会に出れば当然だ。遅刻したきゃすりゃいいが、欠席と同じな——覚えたな? 2度も言わねえぞ』
回ってきた紙を一枚取って確認すると、今の説明が書かれた資料だった。資料といっても、シラバスの内容に今の口頭説明が足されただけのものだが。
『話を聞かねえ馬鹿の口実にしかならん配布物は無い——そもそもそんな奴の為に骨を折る気は毛頭ない。だからここにいねえ馬鹿どもには諦めろと伝えとけ』
『毎年後になって言う馬鹿は居るからなぁ』という小さな台詞もマイクに拾われて聞こえていた。いや、あえて聞かせているのか。この様子じゃ毎年、理不尽だのと文句を垂れる学生がいるのだろう。
『紙は回ったな? なら、早速今日の内容始めるぞ。チンタラしている奴を待つ気はねえから、死ぬ気でついてこい』
そうして自己紹介すら無しに挨拶を締めた講師が講義を始める。液晶に表示されるプレゼン資料が表示され、学生達が慌ててノートやらメモを取り出し始める。だが宣言通り、講師が待つような素振りは一切ない。ツラツラと説明を始めた講師の声に耳を傾け、僕もまた必死にノートを取りだした。
おおよそ90分。腕が痛くなる講義は、余りの辛さにそれ以上の長さに感じた。
「いや~、まさかサキが一緒に受けてるなんてな! 居たんなら声かけてくれよ~」
講義を二つ受け終えて12時20分。何処にいたんだとツッコミ待ちのような学生がキャンパスを行きかう昼時に、
「そもそも、なんでオマエがサキんとこの講義受けてんの? 必修なんだろ、ソレ?」
「え、マジ?」
昼飯の弁当を突きながら思う。給食ってのは、如何に効率的で楽だったのかと。
高校卒業以降、学食なり弁当なりを利用してから考えるのは栄養バランス。給食はその辺をしっかり考えて合って、三食中一食は補完できるとあって、給食費を払うだけの価値があった。それでいざ給食が無くなると、昼飯の栄養バランスが一気に崩れる。特に、登校前にコンビニに行く、学食・売店で購入する場合なんかはとりわけ偏りやすい。
好きな物だけ食っていけたらと、弁当を用意するようになってからつくづく思うよ。
「いや申請してんだから知ってんだろ」
「正直、講師の名前と講義内容以外は見てなかった」
「見ろよ」
中規模程度の講義室を半分ほど埋める中、隅の一角に集まった友人たちが雑談を交わしている。箸を加えて首を捻る友人に、菓子パンを飲み込んだもう一人の友人が呆れている。
「こんなんで平気なん? なあ、サキ」
「受講態度は概ね好印象だったよ、残念ながら」
「……概ね?」
「一節毎に質問してくる学生を相手にして、お前ならどう思う?」
「うわぁ……」
遠目だったからハッキリとは分からないが、後半は苦虫を噛みつぶしたような顔してたっぽいんだよな。ど頭の説教よりも深い眉間のシワを作って帰ってったのは、多分肉体的な疲労だけが原因じゃないはず。
「そんな褒めんなよ~」
「日本語通じてますか?」
あの講師もこんな——こんな面倒くさい奴が受けに来るとは、想像してなかっただろうよ。
謎の言語変換をする友人に呆れ果てていると、教室へと入ってくる学生が増えていることに気付いた。時計を確認すれば、昼休みも半ばを過ぎていた。
「……そろそろ移動しないと」
「え? うおっ!? ヤッベ!!」
一足先に弁当箱を片し始めると、向かいでは慌てた様子で弁当を掻き込みだす。中規模の講義室が半分埋まっている時点で、そこそこ受講人数が多いと思っていたが、これは全席埋まるか?
「
「午前無しで昼からだけど……さっきから
「え? この時間で寝坊? まさかの?」
「いや、奴なら在りうる」
そこまで言ったらもうギャグの領域だと思うんだが?
相変わらずの朝(もはや朝と言っていい時間でじゃないの)に弱い友人を思い浮かべ、揃って溜息を吐く。去年はそれでいくつか再履修を食らってた筈だが、進級しても改善される様子が見られない。これじゃ今年も負債が積み重なりそうだな。
「アイツいないと話進まないし、
「二限からだから、昼はいるよ」
「了解。
「ンンッ!(グッ)」
口いっぱいに詰め込んで喋れない東条はサムズアップで答えた。全員の了解を得たところで、丁度チャイムが鳴る。予鈴のチャイムだ。
「ングッ——じゃ! また明日!」
掻き込んだ弁当を咀嚼しながら片付けを済ました東条は、リュックに放り込むと慌ただしく教室を飛び出した。教室前で出欠打刻をする人垣を掻き分けて、奴は別棟へと走っていた。食後に直ぐ走るとか後で後悔しそう。
「じゃ、僕も」
「うぃっす。おつかれ」
出入口の人が減ったところを見計らって、僕も教室を出た。慌ただしく教室へと入っていく学生とすれ違いながら、僕の足は迷いなく目的地へと向かって進む。
現状の履修登録では、この後一コマの空き時間が存在する。その間どこかで時間を潰そうと思った時に、僕の脳裏にはあの場所が真っ先に浮かんだ。
「……チッ」
棟の出入口である自動ドアが開いた瞬間、太陽光とは違うムワっとした空気に舌打ちが漏れる。薬の効果が切れたのか、次第に目と鼻に小さな刺激がやってくる。その衝動が大きくなる前にと逸る気持ちが、無意識に速度を速める。
見上げた先は木漏れ日。光の先の空は青く、そよ風は春の温もりを拭いながら木の葉を揺らす。
爽やかな春。しかし個人的には忌々しさしかないこの季節。
一年で最も嫌いな季節を全身で感じながら、僕は黙々と目的地へと足を進めるのだった。
お久しぶりです、抹ッチャです
ようやく更新(執筆)の目途が立ってきたので、ストックを作りつつ書き進めています。
定期更新へと移行が出来ない遅筆ですが、よろしくお願いします。