魔法少女魂☆プレックス   作:黒樹

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※やちよ視点


懐かしいあの場所へ

 

 

 

あいつが帰って来た。由比紫苑。鶴乃の兄にして、私の先輩、そして恋人だった人。彼がこの街へまた戻って来たのだ。元から何考えてるかわからないマイペースな人だったけど、普段はボーッとしてあまり人と関わろうとしないくせにいざとなると優しい彼に惹かれたのだ。その彼を振ったのは私–––それも彼を嫌いになる前、お互いに好きなままで別れている。もっとも私が彼を嫌いになったと思っている筈だから、真相はおそらく私しか知らない筈だ。あいつは苦笑いしながら追求はしなかった。

 

そして、今–––私は『万々歳』の前にいる。

 

なぜ?ってこっちが聞きたい。

環さんと話しているうちにこんなことになってしまった。

今や大繁盛して行列のできる店となった万々歳へわざわざ予約を取って、足を運ぶ始末。

確かに外には待ちの並びが出来ていて、リピーターも増えているらしい。常連客だった人達もちらほらと見える。

 

フェリシア、二葉さん、鶴乃、環さんと揃って店の中へ入って行くのを私は最後尾からついていった。

 

「お兄ちゃん、予約『みかづき荘』御一行到着だよ」

「その席が空いてるからそこに座れ」

「いつもの席だね!」

「「「いつもの席……?」」」

 

フェリシアと二葉さん、環さんが声を揃って首を傾げるのも無理もない話だ。

店の奥。行列が出来ていたというのにそこだけがらんと座敷席が空いているのだ。そこはかつて、みかづき荘が揃って食事をしていた場所、彼女達の知らないみかづき荘が集っていた場所だ。

みふゆやあの子も此処に来るとあの席に座った。決まってあの人はあの席を空けてくれていた。私達の思い出の場所。

 

鶴乃が席へ通すなり、みんな揃って腰を下ろす。私は出来るだけ部屋の隅へ座った。私の隣には二葉さんを挟んで環さんが並ぶ。向かい側にフェリシアと鶴乃が座る。

 

「御注文は?」

 

手が空いたのか注文を取りに来たのは彼だった。というか、鶴乃のお父さんがいない。

 

「オレ、チャーシュー麺」

「わたしはおにーちゃんのオススメ」

「じゃあ、私は油淋鶏定食で」

 

フェリシアと鶴乃、環さんが先に注文する。

斯く言う私は、声を発するのもままならない。

 

「さなちゃんは何にする?」

 

その間に二葉さんに耳打ちする環さん。

彼女の声は、一般人には認識できないようになっているらしい。

だから、買い物も一人ではできないし、注文もできない。

代理人を立てる必要があった。

姿を透明にする願いは同時に存在の認識というものを薄めるようだった。

 

「あの…私は…葱ラーメンで」

 

カリカリ。

 

「葱ラーメンお願いします」

 

その時の私は自分のことで手一杯で小さな違和感に気付きはしなかった。

 

「私は……いつもの」

「はいよ。豆乳スタミナラーメン、ニンニクマシマシネギマシマシチャーシュー脂少なめコーンマシね」

 

ずっとドキドキしていたから。

彼が私の良く食べるラーメンのトッピングを覚えてくれていたから。

素っ気なく振る舞う彼の優しさ。

それがたとえ、彼自身も私のことを避けているとしても、単純に嬉しかった。

 

 

 

「……あの、ひとついいですか?」

 

彼が注文を復唱して調理に入ったところで声を上げたのは二葉さんだった。

 

「……とても変なことを言っていると思うんです。でも、あの…」

「何かあったの?」

「はい……。いえ、何もなかったのが問題というか、自然過ぎたのが問題というか……」

 

もう既に一度食べたらしい環さんは今から運ばれてくる料理にウキウキしていた。そんな楽しい気分に水を差すような……言い表すなら、不可解というものだろう。

 

「あの、鶴乃さんのお兄さん……私のこと見えてませんか?」

 

突拍子も無いこの発言にフェリシアが噛み付いた。

 

「なぁなぁ、さなって魔法少女にしか見えないんだろ?」

「…はい。そのはずです」

「なら、あの人が魔法少女の衣装着て戦うのか?」

「–––ぷふっ!」

 

思わず吹き出してしまったのは私だ。

想像したらシュールで滑稽過ぎて笑わずにはいられない。

元より、魔法少女になれるのは生物学的に女性だけ。

その例外を目にしたことは、七年魔法少女している私でもない。

 

「さすがにそれはないんじゃないかしら」

「いえ、でも……」

「そうだよ。おにーちゃんがいくら女の子好きの変態でも見えない女の子まで見えるようになるってのはおかしいよ」

「でも、ですよ?私達は確かに予約のために人数を伝えました。でも、見えないなら私がいる席の方にお冷やを三つ配るのはおかしいんです。おしぼりだって、ほら」

 

……確かに。台の上には配り易いように2:3でサービス品が割り振られている。そのどれもが席の人数に合わせて寄せられていた。

 

「それに気のせいかもしれないですけど、いろはさんが復唱する前、私が注文を頼んだ時にメモに書き始めていたんです」

「……むぅ。確かに、そうだったような……」

 

鶴乃が自分の兄に対して記憶違いすることはほぼない。

絶対ではないけれど、これは……もしや……と思ってしまう。

 

「それにもうひとつ。あの…やちよさんは気づいていないかもしれないけど…やちよさんを一瞬見て、逸らした後…私と目が合ったんです」

 

それも数秒見合っていたという。そして、にっこり微笑んだと。

 

「じゃあ、おにーちゃんに直接聞いてみようよ」

「……それは任せるわ」

 

そうして決まった謎の究明。彼が忙しくない時を狙って確かめてみようということになったのだが、そのチャンスは意外にも早く回ってきたのだ。

 

「–––チャーシュー麺、油淋鶏定食お待ち」

 

フェリシアと環さんの前へそれぞれの品が届けられる。

 

「–––麻婆豆腐定食、豆乳ラーメン以下略」

 

鶴乃と私の料理も運ばれた。

 

「葱ラーメンお待ち。以上で良かったか?デザートは……あとでいいな」

 

そして、決定的となってしまったのが認識できないはずの二葉さんの前に葱ラーメンを置いたことだ。

 

「あの、鶴乃ちゃんのお兄さん。……もしかして見えてます?」

「見える?……ははぁ、見たなぁ〜。この店が建つ前、そのまた前、家主が怪死してから現れるという幽霊を……だっ!?」

「……そんな店の評判を下げるようなことを言ってないで真面目に答えなさい」

 

今まで無視していたのにいきなり怪談を始めようとするものだから、思わず腕を抓ってしまった。彼はそんなことなんでもないというように私を一度見据えてから、途端に真面目な顔をする。

 

「見えるって何が?」

「この子、見えるんですか?」

 

環さんが隣の二葉さんの肩に手を置く。

傍から見て危ない発言に彼は首を傾げた。

 

「え、なに、幽霊?」

「いえ、そういうわけではないんですけど……」

「なぁお客さん、この席にいる美少女何人に見える?」

 

彼は瞬く間に隣の客へと絡み始めた。

 

「何言ってんだ兄ちゃん、四人だろ」

「すまん。酔っ払いをあてにした俺が悪かった」

「ひでぇーなー兄ちゃん」

「そこのお姉さーん。此処の席に女の子は何人いる?」

「え、四人でしょ?」

「……実はこの中の一人が男の娘かもしれないという可能性は?」

「それはご褒美ね〜」

「はーい。ありがとうございましたー」

 

その後も入念な聞き込みをしていき彼は誰が幽霊かを悟ったようだ。わざわざ二葉さんの隣に座ってまじまじと見つめている。それも胸元を凝視している。

 

「えー、此処に女の子がーうっそだぁ」

 

そして、あろうことか見えないふりをして二葉さんに抱きついた。

 

「わひゃっ!?」

「むっ、この歳にしてやちよ以上の胸の大きさ」

 

ついでに胸も触った。

 

「……あなた全然変わらないわねぇ!」

「オレハナニモシテナイヨー」

「見えてるのはわかってるのよ、あと離れなさい!」

「ちょっ、ヘッドロックは……あ、胸少し大きくなった?」

「うっさいバカ!!」

「お、折れる……!」

 

白々しくとぼけてみせる彼の首を絞める。だけどどうだろうか、彼は腕を剥がすこともなく右手を私に伸ばす。

 

「ひゃっ!」

 

太ももを撫でた。

外したヘッドロックだが、彼は左手でそのまま私の腕を掴んだ。

離そうとした距離を詰められて、一瞬ドキッとして。

彼の頭に肘鉄を打ち降ろす。

 

「ガード堅いなぁ、やちよは。今日もロングスカートだし」

「あなたがいてもいなくてもそうよ」

「せっかく綺麗な脚なのに」

「……露出なんてしたらあなたに何されるかわからないでしょう。無駄口叩いている暇があるのならお客さんに対応したら」

「それより新しいみかづき荘のメンバーを紹介してくれよ」

「嫌よ。うちの子たちにまた手を出されでもしたら困るわ」

「もしかして、やちよが嫉妬してんの?」

「そんなわけないじゃない、バカ!」

 

しっしっ。追い払ってそのままの手の動きで無駄な運動のせいで火照った体を煽る。

 

「ああいうやつだからあなた達は近づかないように」

「あはは……」

 

私の忠告に乾いた笑いを漏らして応えたのは環さんだけ。フェリシアと鶴乃は聞いてやしない。まぁ、鶴乃はあいつの妹だからそんな忠告意味もないのだろうけど。

心配なのはフェリシアよ。無垢でバカ–––じゃなくて、純粋だから、あいつのことだしそういう少女は大好物だ。よからぬことをしない保証がない。もっともああいう男勝りなのは……いえ、やっぱり危険ね、ももこに似ているわ。

 

 

 

 

 

デザートに舌鼓を打っている頃だった。

 

「相変わらず、憎いくらいに美味しいわね–––って、そうじゃなくてなんであなたこの子のことが見えるのよ!」

 

つい彼の自由奔放なところに流されてしまったが、私達はその議論を重ねていたことを思い出した。

 

「なんでって言われてもな……。逆に美少女の姿が見られないのがおかしいのでは?」

「いえ、普通にあなたがおかしいのよ。そんな言葉一つで片付いちゃうあなたがね」

 

そう。女の子に関しては何が起きてもおかしくないのがこいつだ。でも、今回に限って“願いそのものを捻じ曲げるような存在”である彼が存在していることがおかしいのだ。私達の願いの代償は小さくない、ならばそれ相応に払った対価に見合う願いという報酬は支払われているはずなのだ。

 

これはある意味で魔法少女に対する冒涜だ。

 

契約違反とも言える。そもそもキュゥべえが叶える願いは持続性なのか、即効性なのか。或いは両方か。不明瞭な点もある。

 

「……あの、やちよさん」

「なに?環さん」

 

環さんが耳打ちしてきたので耳を傾けてみる。いったいどうして小声で離そうとしたのかは次の一声で判明した。

 

「鶴乃ちゃんのお兄さんはやちよさんが魔法少女だって知らないんですか?」

「だから説明しあぐねているのよ」

「そうですね。一般人がそう簡単に信じるというのも……なら、この際言ってみれば?なんでかわからないんですけど、鶴乃ちゃんのお兄さんなら信じてくれると思うんです」

「絶対に嫌よ。……そんなこと知ったら『え、その歳で魔法少女?プクク』って笑うに決まってるわ」

「……年齢のこと気にしてたんですね……」

 

でも、それを伏せた上で二葉さんのことを説明するとなるとそれ相応の作り話が必要だ。一人で来られる店というのは彼女にとっても貴重だし、危険性を鑑み見れば見るほど行かせたくはないけど……。家に一人きりで置いておくのも可哀想だし。いや、あれと二人きりにされる方が可哀想かもしれないけど。

 

「……じー」

 

その本人といえば興味ありまくりで彼が仕事する姿を眺めていた。

それはそうだ。自分のことが見える男の人は初めてなのだろう。後にも先にも彼しか現れないのかもしれない。そうなれば、彼女と結婚できるのは彼だけで……。

運命の人、と言い換えればきっとそれはぴったりの言葉なのだろう。

 

「……はぁ。先が思いやられるわね」

 

もっとも、それは私の関与することではないが。

 

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