魔法少女魂☆プレックス   作:黒樹

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※今回はさな視点


私の居場所

 

 

 

私の居場所はたったひとつだけ。

 

一般人に見えない私は、家にも、学校にも、居場所はない。

ううん。元からどこにも居場所なんてなかった。私は空気のような存在だった。

ならいっそのこと誰にも見えなくなればいい。そんなことを思っていた日もあって……。

 

『みかづき荘』が私の居場所になってからは全部が新鮮だった。そこだけが私の居場所だった。唯一無二だと思っていた。けど、でも、私はもう一つ新しいものを見つけてしまった。

 

『万々歳』の秘密兵器さん。鶴乃さんのお兄さんだ。

最初にいきなりイタズラをされたけど、願いを無視して私のことを認識できる人は初めてで。

不安だけど、同時に羨ましくもあった。

鶴乃さんがあれだけ好きになれるお兄さんってどんな人なのかなって。興味がある。

今のところ私には趣味と呼べるものがなく、学校に行っても意味がなく、家にいても一人きりだから、少しだけ寄り道をしてみようと思う。お散歩の帰り道で私は万々歳の前まで来た。

普通なら、店に入っても認識すらされないから何もできないけど、ここなら違う。

私はまだ開店前の万々歳の引き戸をそっと開けた。

 

「お客さん、まだ開店前だよっ–––ってあれ?」

 

まず始めに反応したのは鶴乃さんのお父さん。引き戸が開いたことに反応したのだろう。私を見て–––誰もいないと認識する。おっかしいなぁと言いながら、作業に戻る。

一人で立ち尽くしてしまった私に声を掛けたのは噂の彼。

 

「やぁ、さなちゃんだっけ。いらっしゃい」

「えっと、開店前ですけど……」

「いいよいいよ。みかづき荘は俺の個人的なお得意様だ。それにさなちゃんのことはやちよに色々と言われてるから」

「そうなんですか?」

 

なんか申し訳ない。

 

「好きなものなんでもお兄さんが作ってあげよう。メニューにないものでもなんでもいいよ。まぁ、難点があるとすれば前日に言ってくれないと材料がなかったりするわけだけど。買いに行けばいいしね」

「そんな、悪いです……」

「子供が遠慮するな。俺は善意でもなければ、嫌でやっているわけでもないんだ。お節介というやつだよ」

「それなら、えっと……お兄さんの作る中で一番のやつがいいです」

 

私は私の願望を押し付けることはできなかった。無難な選択肢を選ぶ。これならきっと大丈夫。あまり迷惑にはならない。

 

「うーん。それなら麻婆豆腐かなぁ」

「……あの、麻婆豆腐に思い入れが?」

「麻婆豆腐と蕎麦が俺の中で極めたとも言える料理だよ。麻婆豆腐はある師範に教わってね、超激辛なやつがあるんだけど……まぁ、さなちゃんには無理だろうから、蕎麦かなぁやっぱり」

「……では、それで」

「って言いたいところだけど、さなちゃん遠慮はなしね。俺は心の底から食べたいと思える料理を提供するのが仕事なんだ。望みの品ではないものを作ることはできないよ」

 

あぁ、なんでわかってしまうんだろう。この人は。

 

「そ、それなら、オムライスは……ダメですか?」

「ふむ。心に嘘はついてないみたいだね。よし、作ろう。材料なら料理屋だから沢山あるし足りないなんてことはないから」

 

お散歩している時に美味しそうだなぁ、って思っていたのだ。けど、私はお店のサンプルを見て気になっても入っても認識されないからそのお店には行けない。食べられない。だから、ちょっとだけ羨ましいなと思っていた。

 

「じゃあ、ちょっと待ってな。すぐ作るから」

「あの、急がなくても……開店準備とかで忙しいでしょうし」

「開店準備なんて殆ど終わってるよ。そうじゃなくても親父にやらせればいいさ」

「……お邪魔じゃなければ、見ていてもいいですか?」

「見ていて面白いものでもないと思うけど、お好きにどうぞ」

 

それから少しの間、私はオムライスを作るお兄さんを見ていた。手際よくフライパンを振るその人の姿は妙に眩しくてどこかほっとする。中華でもないのに完成したそれはお店のショーウィンドウで見たサンプルよりも何倍も美味しそうだ。

 

「洋食も作れるんですね」

「まぁね。和洋中なんでも作れるよ、大抵のものなら」

「いただきます」

「あぁ、召し上がれ」

「……」

「……」

「……あの、見られていると恥ずかしいです…」

「おっと、ごめん。オムライスを前に頰を緩ませてるさなちゃんが可愛くてつい」

 

そう言って使用した器具を洗いに行くお兄さん。

私はそれを見送ってから、スプーンでオムライスを掬った。

まずは一口、衝撃が走る。

前に来た時も思ったけど美味しい。

美味しすぎて、なんて言っていいのかわからない。

私はこんなにも温かい料理を食べたのは、みかづき荘以来。

食事を黙々と続けて、食べ終えて、はふぅと一息つく。お茶まで美味しい。というかこれ、お店で出すお茶とまったく別なんだけど。

 

「デザートもどうぞ」

「…あ、ありがとうございます」

 

出てきたのはシュークリームだった。カフェラテもついて私は疑問に思ってしまう。ここ、中華料理屋だよね?

だけど美味しい。今まで食べた中で一番、それ以上かも。

 

「…あ、あの、お会計」

「ん?言っただろ。お節介だから気にするなって」

「で、でも……」

 

私が食べている間に開店していて、外にはやはり行列ができている。近くの会社で働いていたであろうスーツ姿の男性や女性が大勢見受けられた。席を一つ占領していると邪魔だろうから、と退店しようとしていたのに「ゆっくりしていきなよ」の一言。変わらず笑顔とも仏頂面とも似つかない顔で言われるものだから、私も真意を測りかねていた。

 

「払わないわけにはいきません」

「そうは言っても値段なんてないんだよ。メニューにないから」

 

た、たしかに……。

 

「材料費と人件費くらいは……」

「じゃあ、そこまで言うなら……0円で」

「ただじゃないですか!」

 

思わず声を荒げてしまった。

 

「あー、もしかしてやちよにでも言われた?タダより高いものはないって」

 

私の様子に何を察したのか困ったような顔のお兄さん。

 

「いえ、確かに言われましたけど……」

「体で払わされることになると?」

「…は、はい」

「一応言っておくが、限度というものは心得ているからな」

 

短い溜め息を吐く。

 

そんな時だった。

店の引き戸が開いてそれがやってきたのは。

 

「こちらが今神浜市で話題の中華飯店『万々歳』。まずは店主に話を聞いてみましょう」

 

突然のカメラとマイク–––を持った団体が来たのだ。思わず目を白黒とさせる私、と他のお客さん。そう言えば店前に今日は取材がどうとか書かれていたような……。ついでに言うと、鶴乃さんも同じことを興奮しながら話していた気がする。

 

「困ったことにさ、親父が取材勝手に受けちゃって……俺は嫌だったんだけどなぁ。めんどうだし。でも、鶴乃喜んでたし一回だけなら妥協するかと思ってさ」

 

しかし当の本人はやる気なさそうな重たい空気。今度は長めの溜め息を吐く。と、その間にもお兄さんの父親がリポーターを連れてやって来た。

 

「若き期待のホープ。万々歳店主の由比紫苑さんですか?」

「……はい。そうですね」

 

–––鶴乃さんのお父さんが店主では?と思ったら、お兄さんが父親を親の仇を見るような目で睨んでいた。どこ吹く風の鶴乃父に私はなんとなく理由を察してしまう。話題性のための生贄にされたらしい。

 

「まだ二十代だとか」

「まぁ、はい、正確な年齢は旅しているうちに忘れましたけど」

「海外でもご活躍なさっていたとか」

「別にそれほどのことはしてませんよ」

「三つ星の高級レストランで副料理長を勤めていたとか」

「「えっ!?」」

 

思わず驚いてしまったのは私とお兄さんのお父さん。次いで、昼食を食べに来ていた客まで耳を疑いインタビューに全神経を集中させ、目の前の料理を見やる。

 

「……あぁ、確かにやってましたけど。転職するうちに何故か出世してなっちゃったんですよね」

 

本人は何でもないと言うような風なのに、お父さんの方は半狂乱で息子の肩を掴んだ。

 

「な、聞いてないぞ!?」

「だって聞かれなかったし」

 

凄くまともなことを言ってるのに、秘密にしていたな!とやはり半狂乱のお父さん。

私だって自慢はあまりしたくない。そう言う気持ちはなんとなくわかった。

静かに過ごしたい、でも誰かに褒めてもらいたい、だけど自慢だなんて到底できない。

きっとお兄さんはそういう人なんだろう。

気恥ずかしそうに頰を掻きながら顔を隠している。

 

「しかし、何故ご実家にお戻りに?」

「料理を作るだけの毎日に飽きちゃって。それにあーいうかたっ苦しいのは性に合いませんから」

「お店も持っていたそうですね?」

「経営とか面倒なんで新しい料理長兼オーナー指名して経営権とか全部譲ったので、もう俺のではありませんよ」

 

それからもいろんな質問を受けて、小一時間ほど料理のレポートなど行って、テレビ局の人達は帰って行った。見送った瞬間、お兄さんは机にべったりと張り付いた。

 

「はぁ〜……」

「た、大変ですね」

 

 

 

 

 

取材の山。スカウトなど。沢山の人達がお兄さんを目当てにやって来た。当の本人は話そのものに興味がないようで軽くおじさまたちをあしらっている。

それでも私の面倒を見てくれるようで、ほぼ毎日通い詰めると食事を作ってくれて、いつしか私はそれだけで幸せだと思えるようになった。……同時にお兄さんがいつかいなくなってしまうかも、という不安が増幅していくのを心の奥底で感じていた。

 

「……つ、疲れた」

「紫苑さん、お疲れ様です」

 

今では、お兄さんは気が抜けると私に凭れかかってくるようになった。私としても嫌ではないので精一杯受け止めてみる。そうすると椅子の上に座ったお兄さんの膝に乗せられて抱っこされた。これが最近の私の日常だ。どうやらお兄さんは私にアニマルセラピー的な何か癒しを求めていると言っていたし、私もお兄さんを気に入っていたのでこの関係が今の私にとっては凄く大事だ。

 

「……このままだと過労死する」

 

毎日のように同じセリフを吐く。

 

「……あの、休まれては?」

「そうしたいのも山々だけど、今の万々歳は親父の力量が足らないから。もう少し修行させてからかな」

 

そして今日も、万々歳のためというよりは鶴乃さんのために働く。

お父さんはどうやらお兄さんによって料理の修行を行なっているらしい。

美味しく、さらに高みへ至るため……果てはお兄さんが楽するために、らしい。

調理はお兄さんが担当していて、これではお兄さんがいないと店が回らないのだとか。

 

今日も私は他愛ない話でお兄さんと過ごす。一日を浪費する。何も変わらない、幸せの一頁。

私は今日も変わらないと思っていた。

そうであると信じていた、そうでありたいと願った。

 

「へい、らっしゃい」

 

次の客が入って来るとお兄さんは気の抜けた声で出迎えた。

私もお兄さんに合わせて聞こえない声で「いらっしゃいませ」と歓迎する。

そして、客を見た瞬間–––私は全てが凍りつくのを感じた。

 

「っ–––!!」

 

私の家族だった。家族だった人達が来店した。

楽しそうに笑い合い、くだらない話題に花を咲かせて、今日もまた私を空気のように扱う。

体が硬直するのを感じた。

足が震えて、その場から動けなかった。

 

「何かあった?」

「い、いえ、なんでもありません……」

「なんでもない、か……」

 

私の緊張が伝わったらしく、お兄さんは私のことを心配してくれた。それなのに私は……。

 

「すみませーん」

「あーい」

 

あの人達が店員を呼ぶ。お兄さんが私を膝の上から降ろして立った。注文を取りに行こうとしたお兄さんの腕を無意識に、反射的に、私は掴んでしまって、かぼそい声が漏れた。

 

「……ぁ」

「ん?」

「……ご、ごめんなさい」

「なんだもう少し抱きしめて欲しかったのか?」

「ち、違います!」

 

冗談めかして言っているのを私は知っていて少し声を荒げてしまう。冷静に考えたらそれはわかっているはずなのに、反射的に反発してしまったのは私らしくない。

注文を取り終えたお兄さんが料理を開始する。その後ろ姿を眺めながら、私は出来るだけ自分の家族に目を向けないようにしていた。油や湯の跳ねるグツグツパチパチの音で会話内容を聞かないようにしていた。偶々偶然聞こえてしまったら仕方ないかもと、わけのわからない言い訳を並べ立てながら。

 

そうやって目を背けていたのもお兄さんが料理を運びに行くまで。料理を運んだお兄さんが何やら私の家族と話しているのを見て、とても複雑な感情が心の奥底で湧き上がるのを感じるまで。お兄さんが家族と話しているのを見て、私は何を話しているのが怖くなった、今度はお兄さんにも除け者にされているんじゃないかと不安になってしまった。

 

そんな私は戻ってきたお兄さんの服の袖をちょこんと引っ張って、構ってアピールする。

 

「……あれ、私の家族……だった人達です」

 

「そうか」とたった一言。お兄さんはそれだけ言うと何も聞かなかった。代わりにと私を抱き上げてまた膝の上に乗せる。

 

「……私は空気のようでした。家にいても、学校にいても、どこにいても、私は空気でした。誰からも認められず、まるでいないもののように扱われていました」

 

これは独白だ。私がお兄さんに話したかったこと。同情して欲しくて、可哀想だと思われたくて、構って欲しくて、寂しくて出た弱音。

 

「……私の生きる意味ってあるんでしょうか。生まれてきた意味ってあるんですか」

 

思わず吐いてしまった弱音。私はお兄さんに救いを求めている。それだけは確かだと言える。私は空気になりたかった癖に人一倍寂しいと感じている。涙ぐむ私を見てお兄さんははっきりと告げた。

 

「……君の話題は出なかったよ。あの家族からは。ちょっとそれとなく聞いてみたんだけど、困ったように首を傾げられた。確か置き手紙をしてきたんだってね。君がいなくても困っていないみたいだった」

 

どうやら私の家族だということを知っていたらしい。思い当たる節はある。

ところで、とお兄さんは真面目な顔を崩して言う。

 

「そんなことより。今君の両親が厨房を隔てて向かい側にいるわけだけど、娘をこんな風に堂々と抱いているのを知ればどう思うだろうね」

「……どうも思いませんよ、そんなこと。それより紫苑さんの言い方が悪いです」

「どう悪いのかなー?んー?」

「……い、言い方がえっちです」

「いや、なんか背徳的な感じがしない?興奮しない?」

「し、しないです」

 

私が恥ずかしげもなくこうしてるのはお兄さんのせいだ。最初は恥ずかしかった。お客さんがいるのに。その羞恥心を私から取り除いたのは『見えないなら問題ない』というお兄さんの言い分のせいだと思う。

 

「……あの、紫苑さん」

 

いつのまにかあの人達は店から出ていた。お会計は彼の父がしたのだろう。

 

「こ、これから、時々……お兄さんって呼んでもいいですか?」

「つまりさなちゃんは人前で見られそうで見られないスリルでは飽き足らず、そういう背徳感を求めていると?」

「もう、なんでそうなるんですか」

「じゃあ、俺は合法的に妹プレイを楽しめるわけだ。今日からさなちゃんに悪戯し放題だな」

「……そういうのは鶴乃さんに頼んでください」

「いやいや、妹と義妹では違うんだよなぁ……」

 

態とらしく冗談めかして本音八割、冗談二割の戯言。

私はこうやってお兄さんと過ごすのが堪らなく好きなのだ。

 

 

 




十八禁なことは何もしてない健全な戯れ。
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