カンテレを弾く前に。   作:桜田家族

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二つの流派(TV版の2年前)
二つの流派 1-a


『大洗女子学園の勝利!』

 

 ガレージに一つだけぽつんと置いてある古びたテレビからは、決着を告げる審判の声と割れんばかりの歓声が響いていた。

 

 それを囲むように見ていた彼女達も、ある者は純粋にその結果に驚きの声を上げ、ある者はその熱戦が終結してしまったことを少し残念そうに息を吐く。

 そしてまたある者は、さも最初から結末は分かり切っていたと言わんばかりに膝に乗せていた弦楽器を指で弄んでいた。

 

「すごいねミカ!まさか本当に大洗が黒森峰に勝っちゃうなんて!」

 

 興奮冷めやらぬといった様子で驚きの声を上げていた、ブロンド色の髪を二つ結びのお下げに纏めた女の子、アキが弦楽器を指で弄ぶ少女に声を掛けた。

 

「……単純な勝敗だけに価値がある、というものでもないんじゃないかな?アキ」

 

 ミカと呼ばれたその少女は、膝に乗せていた弦楽器──カンテレを撫でるようにして鳴らすと、音を楽しむように目を閉じながらにこやかに答える。

 

「もー、ここは素直にすごいって言えばいいのに」

 

 ミカの言葉に話しかけていた女の子、アキは頬を膨らませながら「相変わらずひねくれてるなぁ」と不平を漏らす。

 対するミカはそんな様子のアキを見て茶化すようにカンテレを更に指で弄ぶ。

 少しずつ象られてきたその旋律はどこか讃美歌のようにも、鎮魂歌のようにも聞こえる、ミカが奏でるには珍しいものだった。

 

「ミカ?()()()のもいいが、さっさと来週の訓練日程を決めてくれないか?おかげでこっちは燃料弾薬の割り当てどころかこの前の大会で黒森峰にやられた車両の修理順すら決められないんだよ、そもそもお前のBTだが、どうすればあんなに……」

 

 そんな時、彼女達の後ろから整備班長がミカに声を掛ける。

 油や煤で汚れた、胸元に継と誂えられているジャージを着ているこのガレージの主はすっとミカの後ろに立ち、小言を連ねながらミカの肩を掴もうと手を伸ばす。

 

「ミッコ、アキ、後は頼んだよ」

 

 が、その手は急に立ち上がったミカの肩を掴むことは叶わず、そのまま空を掴んだ。

 

 いつの間にかカンテレを小脇に抱えたミカはそう言い残すと、そよ風が吹くように颯爽と、しかし素早く整備班長の横を背中までかかる栗色の長髪を靡かせながら立ち去っていった。

 

「あっ、おい! くっそ、あのバカ……」

 

「あ、あはは……」

 

 その様子の一部始終を膨れながらも見ていたアキは、ミカの額に冷や汗がわずかに流れていたことに気が付いていた。

 

 ……これは()()何か面倒事を拵えてるな、と整備班長の額に青筋が浮かんでいる事にも気づいたアキが思わずため息を吐く。

 そして足早に逃げるミカの小さくなっていく後姿を呆れを通り越して感心したように見送ると、アキも苦笑しながら立ち上がった。

 

 そして、そこで気づいた。

 

「……あれ?ミッコは?」

 

 先程まで隣で一緒にテレビを見ていた赤茶色の綺麗な髪の少女、白熱していく試合の行く末を共に楽しんでいたミッコがいつの間にかいなくなっていた。

 すると、整備班長がそういえば、とアキに伝える。

 

「あぁ、ミッコならミカが尻尾巻いて逃げ出した時、小腹が空いたとか言ってどっか行ったよ」

 

 アキの笑顔にぴしり、とヒビが入った。

 いよいよ雲行きが怪しくなってきた、とアキは冷や汗を流し始める。

 とにかく面倒事を嫌がるミカが逃げ出し、その上で野生の勘とでも言うべき直感を持つミッコが姿を消したのだ。

 

「そ、そっかぁ…… と、とりあえず私、ミカを探してくるね!」

 

 この場に残ればマズい事になる、そう考えたアキはそれとなくゆっくりと、後ろ歩きで整備班長と距離を取る。

 

「あぁ、いや それには及ばないよ」

 

 だが、アキの行動は完全に予測していたと言わんばかりに整備班長はアキに詰め寄ってきた。

 その顔は笑顔だったが、目は完全に笑っていない。

 そんな整備班長に気圧されて、アキは徐々に壁際に追いやられる。

 そして整備班長は、アキの顔の横に手を乱暴についた。

 

「もう逃がさないぞ?……ほら、一緒にお話でもしようか、お嬢さん?」

 

 時と場合と相手が違えば、アキの顔は紅潮し、目には期待から涙が浮かび、心臓は女子なら一度は憧れるシチュエーションに早鐘を打っただろう。

 しかしこの時は、アキの顔は青ざめ、目は絶望に染まったように光が消え、心臓は今までの経験から警鐘を鳴らすように鼓動を早くしていた。

 

「ふ、二人の……裏切りものぉぉぉ~~!!!」

 

 涙目のアキが最後に叫んだのは、自分だけが人柱になるよう仕組んだ仲間達への呪詛だった。

 

 

***

 

 

 ……少し悪いことをしたかな?

 

 と、ミカは誰もいない林道を歩きながら今頃謂れもない事で絞られているであろうアキに同情していた。

 恐らく全国大会2回戦時に歪んでしまった自身の搭乗する戦車、BT-42の車軸の事を伝え忘れたせいで整備班長はあそこまで怒っていたのだろう、とミカは推察する。

 

 その時、ちょうど共に戦ったBT-42がちらり、と木々の隙間から小さく見えた。

 車軸が90度ほど捻じ曲がり、転輪がまるで自動床掃除ロボットのように地面と接しているBT-42の周りには、途方に暮れた様子でそれを眺める整備士達の姿も見える。

 

 どれほどの損傷かなんて見れば分かるだろう、と連絡を怠ったせいで友人を不幸にしてしまった。これからはきちんと連絡をしよう。

 そんな幼稚とも取れる反省をミカは心の中で反芻する。

 

 そしてどれほど歩いただろうか、ふと林が開けて目の前には海が見え始めた。

 辺りを見渡すと丁度良く公園を見つけ、その中にあったベンチに腰掛ける。

 少し小高い所へ作られたこの公園は、先ほどまで歩いてきた林道はもちろん、海や街、学校等が一望できるようになっていた。

 

 いい場所を見つけた、しかしあまり長いすると潮風が弦に良くないかな?

 

 あてもなく歩いていた割にはよくこんな近場の、それもいい穴場を見つけられたものだ、とミカは上機嫌にカンテレを膝の上に置く。

 辺りに人気は無く、木々が揺らめく音と、艦に波が打ち付ける音だけが耳に届いていた。

 そんな自然の作り出す音楽を聞きながら、ミカはその細い指をカンテレに添わせる。

 

 ふと顔を上げるとそこには継続高校の校舎と、その学園艦の艦橋が視界に入った。

 改めてこうして見ると、()()に比べれば本当に小さな学園艦だな、とミカは苦笑する。

 

 ……そういえば彼女、いい顔をするようになった。

 

 弦に指を添わせたままミカは、ちょっとしたきっかけだったが脳裏に蘇った過去へと意識を傾ける。

 風と波の音を受けながら目を閉じれば、先ほどまでテレビの画面に映っていた彼女、西住まほの姿が浮かんだ。

 そして更に記憶を辿っているとある事に気付き、思わず口元に笑みが零れる。

 

 思えば、初めて出会った場所もここによく似ていたなぁ──

 

 

***

 

 

「おいお前、こんな所で何をしている」

 

 木漏れ日から射す春の暖かな陽気と、木陰にそよぐ優しい薫りのする風を楽しみながら微睡んでいた少女は、乱暴な口調で声を掛ける影と出会った。

 

 自分の失態を棚に上げて、少女は無粋な事をする奴もいたもんだと眉を顰めながら、寝そべっていた身体の上体だけを起こしその影の方を睨み付ける。

 

「もう間もなく戦車道の練習でこの辺りは立ち入り禁止になる、早く立ち去れ」

 

 新品の黒いパンツァージャケットと、まだ皺もついていないようなワインレッドのシャツに身を包んだその影──西住まほは射抜くような視線をその少女へと向けていた。

 

「……月並みだけど、私はお前なんて名前じゃないよ それに、そこまできつく言われる筋合いも無いと私は思うな」

 

 礼には礼を、無礼には無礼をといった様子で少女もまたそう言いながら同じように据えた目でまほと視線を合わせる。

 まほの着ているジャケットとはまた違う、どこか威圧感を感じさせる少女の制服は土と埃にまみれており、新品とはとても思えないほど薄汚れていた。

 

「っ…… 失礼しました、まさか上級生の方がここに迷い込まれてしまわれているとは思いも寄らず……」

 

 すると、まほは面食らったように目をぱちくりさせて数瞬呆けてしまうが、すぐに少し焦ったような様子で打って変わってぴしっとした、まるで軍人のように整った所作で丁寧にその非礼を詫びる。

 そのころころと変わるまほの雰囲気がおかしく、少女は面白そうにふっと口角の上がった口から声を漏らした。

 

「迷ったんじゃない、風に運ばれてきたんだよ」

 

「は……? っ、コホン。 繰り返しになってしまいますが、これから戦車道の練習でこの辺り一帯を使用します。危険ですので先輩は練習場の外へ移動願います」

 

 少女の突拍子も無い発言に思わずまほは再び呆気にとられていたが、すぐに自分が何のためにここにいるかを思い出しそう告げる。

 しかし先輩と呼ばれた少女は、またなにかがおかしそうにくすくすと笑みを零した。

 

「君、名前は?」

 

「え?あっ……西住まほです 本日、この黒森峰女学園高等部へ進級致しました」

 

「西住? そうか……君が」

 

 名乗ったまほに、少女は再び視線を送った。

 ただし今度は先程のように僅かばかりの苛立ちや怒りなどは微塵もなく興味深そうに、それこそ物珍しそうに少女はまほの姿態を無遠慮に眺める。

 

「あの、先輩……流石にそこまで見られると困ります」

 

 西住流という戦車道の一大流派で生まれ育ったまほは、今までもそういった好奇の目に晒される事は多かれ少なかれあることにはあった。

 だが、流石にここまで間近で、それもここまでじろじろと見られる事には抵抗を覚えるようで、手に持っていたクリップボードを盾にするように顔を覆いながらそう少女に声を掛ける。

 

「あぁ、すまないね ……それはそうと西住さん。これも何かの縁だ、帰りの道案内もお願いしたら駄目かな?」

 

 流石に悪いと思ったのか、少女は素直に謝罪して視線を空へ投げるが、直後に何かを思いついたといった表情を見せると、まほへそう問いかける。

 

「? えぇ、それくらいでしたら構いませんが」

 

「ふふっ、じゃあ行こうか」

 

 少女の様子を怪訝そうに見ていたまほだったが、その要望を断る理由も特に無かったので二つ返事で了承した。

 そんなまほの返事を受け、少女はにっこりと微笑みかけながら立ち上がると、小脇に枕代わりに使っていた小包を抱え、すっとまほの横を通り過ぎる。

 

 掴みどころがなくて少し話しづらい人だな、というのがまほが抱いたこの少女への第一印象だった。

 まほは、わずかにため息を吐いてから少女の後を追う。

 

 

***

 

 

 会話が無かったわけではなかったが、ただでさえ見ず知らずの人間との世間話が得意な方とはお世辞にも言えないまほが、この飄々とした態度を取る少女と会話の華を咲かせる事が出来る訳も無かった。

 

 不思議な空気感を二人の間に流したまましばらく歩き続けると、まほは前方に人だかりが出来ていることに気付く。

 

「……!」

 

 その人だかりを成している少女達は一様にまほと同じパンツァージャケットを身に着けており、そこが戦車用ガレージの前だと分かった。

 何故自分は校舎等へ先輩を案内することも忘れてぼーっと歩いていたんだろう、とまほは自責する。

 

「すみません先輩、今すぐ……」

 

 校舎の方へご案内します、と続けようとしたまほの口は、前に見える人だかりから風に乗って運ばれてきた会話を耳にして、思わず言葉を止めた。

 

 人だかりの中心になっている二人や周りの少女達は、近づいてくるまほ達にも気づかずに口論を続けている。

 その内容は、まほも簡単な話だけしか聞き及んでいない『とある噂』についてのようで、まほも口を噤んで無意識に耳を傾けた。

 

「隊長!私はまだ納得がいきません!そもそもこの一件、隊長の独断って本当なんですか!?だとしたらアンタ、本当に何を考えてるの!?アンタは昔からいつもいつも人の話も聞かないで一人で勝手に……」

 

「アッハッハ!いやー、まさか皆がそこまでびっくりするなんて思っても無かったね!いいサプライズになったじゃん! というかそんなに怒るとシワになるぞ~?」

 

 人だかりの中心にいた二人の内の一人、黒く長い髪を首の高さでサイドテールに纏めた少女は、自身が隊長と呼んだ相手に、黒真珠のような目を銃口のように向けながらがなり立てていた。

 

 それに対して、隊長と呼ばれた少女は竦むどころか、へらへらと笑いながら聞き流してからかってみせる。ただ自分でもこの舌戦は分が悪いことには薄々感づいているのか、目線は空の方を向いている。

 

 そしてそんな二人の周りにいる少女達は「副隊長、どうか落ち着いてください!」と言いながらサイドテールの少女を必死に宥めようとする者もいれば、副隊長に同調して説明を求める者や、ただ隊長の反応を面白がって見に来ている者など様々なで人で溢れかえっていた。

 

 そんな集団に、まほ達はさらに歩を進め近付いていった。

 すると、なんとかこの言い争いを終わらせるきっかけを求め、辺りの様子を探っていた隊長が目ざとくまほ達を見つけ、真紅色の目をきらきらと輝かせながら二人に必要以上の大声を上げて呼び込む。

 

「おぉっ!やっと来たかご両人!待ちくたびれたよ~、こっちこっち!早くおいで!」

 

「? 逸見隊長、話が見えませんが……まさか」

 

 そう声を掛けられ、まほは怪訝そうな表情を作りながらも返事をしながら近づいていく。

 だが直後にまほは、なにか衝撃を受けたように目を見開くとすぐ横に並んでいる少女の方へ顔を向けた。

 少女は相変わらず微笑を浮かべていたが、その視線はまっすぐと隊長である逸見セナを見つめている。

 

 その間にセナは、周囲の人だかりを揉みくちゃにされながら掻き分けて二人の方へ近づいていくと、まほ達の後ろに回って二人の肩を掴んで自身に引き寄せながら口を開いた。

 

「さぁ皆!今日から仲間になった子達の中で紹介してない最後の二人を発表するよ!噂の子達だぞ~? こっちが西の西住流、西住まほちゃんに……」

 

 いつの間にか周囲は静まり返り、隊長であるセナの言葉に耳を傾けていた。

 そしてセナがまほの肩を引き寄せ、頬が触れ合いそうになるほど顔を近づけながら紹介すると、大体の少女達はまほに注目する。

 

 まほは、引き寄せられて崩れた姿勢をすぐに正し、改めて自己紹介をしながら頭を垂れようとしたが、その際に副隊長を始めとした数名がまほではなく、セナに肩を抱かれたもう一人の少女に注目している事に気付いた。

 

 どうやらあの噂は本当だったのか……と頭を下げながら、まほは一緒にこの場所まで歩いてきた少女に目をやる。

 その風のように掴みどころのない少女は、小脇に抱えていた小包から黒森峰の制帽を取り出し、頭に乗せながらセナの言葉を遮って口を開いた。

 

「島田文香、どうやら皆さんから温かく歓迎して貰えているようで安心しました」

 

 開口一番、文香と名乗った少女が微笑を浮かべたまま先輩同期に口にした言葉は、誰が聞いても分かるような皮肉だった。

 

 島田文香、後にミカと名乗るその少女の言葉を受け、大多数の女生徒達は呆気に取られ、一部の女生徒はこめかみに青筋を浮かべ、まほは目を丸くして驚き、隊長は大声を上げて笑っていた。

 

 

***

 

 

 戦車道には、他の武芸と同じように『名門』と呼ばれる流派が数多く存在する。

 特に、その道に少しでも携わった事のある者であれば、必ず耳にするだろう流派は二つ挙げられる。

 

 まず西日本を代表する、「撃てば必中 守りは固く 進む姿は乱れ無し」の言葉で知られ、圧倒的火力と一糸乱れぬ統制を用いての短期決戦を是とする、日本で最古、かつ最大の流派である『西住流』。

 

 そして世界に「日本戦車道ここにあり」と言わしめた変幻自在の戦術、状況に即応した臨機応変な用兵と卓越した戦技を以って敵を駆逐する、ニンジャとも恐れられる東日本を代表する流派である『島田流』。

 

 互いに相反する思想から成るこの二つの流派はもちろん馬が合うこともなく、今日に至るまで対立を続けてきた。

 

 事ここに、黒森峰女学園に至っては伝統として西住流の気風を強く受けており、殆どの戦車道受講生は西住流門下生、ないしは『西住流』と少なからず縁のある人間のみで構成されていると言っても過言ではない。

 

 そんな黒森峰女学園に良く言えば好敵手、悪く言えば仇敵である『島田流』の人間が入ればどうなるか……

 

「セナ!アンタ正気!? まさか本当に『島田』の人間を連れてくるなんて、気でも触れたんじゃないの!?」

 

「隊長聞きました今の言葉!? コイツ、うちが『西住』の総本山だっていうのにこんな舐めた口利いて……」

 

 当然と言えば当然であるが、驚愕、怒り、呆然と差はあれど、皆一様に隊長の乱心を疑いながら島田流の人間を排斥しようと口々に罵った。

 

 この中で比較的平静を保っているのは、何となく話は掴めたが周りの声の大きさに驚いて口を閉じてしまったまほと、相変わらず何を考えているか分からない微笑を湛えたままの文香。

 そしてこの状況を作り出した張本人であるのに、三人の中心で笑い続けているセナだけだった。

 

「いやっ いや~……すごい!すごいなフミちゃん! くふっ……だ、第一印象はインパクトを与えた方がいいとは言ったけど、まさかいきなり喧嘩売るとか……いやぁ、やっぱ大物だわ、アッハッハ!」

 

「い、逸見隊長 とりあえず今は先輩方を宥めた方が……」

 

「あ、あ~ そうだね……くふっ、ほ、ほら皆!まほちゃんの言う通りだ とりあえず落ち着きなって!」

 

 笑い上戸なのか未だに笑い続けているセナの耳元に、まほが手に持っていたクリップボードを立ててそう耳打ちすると、ぱんぱんと手を手を叩きながらセナがにやけた口のまま宥めようとする。

 が、一向に熱が冷めない周りを見渡すと、自身の肩までかかる銀髪を無造作に掻き毟りながらため息をつく。

 

「……はぁ……整列!」

 

 そしてため息を吐いた際に項垂れてしまった姿勢をしゃんと正すと、今までとは違う、1トーンほど声の高さを下げたよく通る声で号令をかけた。

 

 すると周りで喚き散らしていた女生徒達は反射的にぴたりと口を噤み、ザッ、ザッ、と揃った足音を鳴らしながらその場で即席の4列縦隊を形成し、踵を揃え整列する。

 およそ2秒ほどの出来事だったが、傍から見れば黒森峰の練度の高さがよく分かる所作であろう。

 

「ゲホッ!ゲホッ!……うぇっ……」

 

 その美しささえ感じる隊列の前に立っているセナが、盛大に咳込んでいなければだったが。

 

「あー、やっぱ慣れない事はするもんじゃないわ…… あ、皆落ち着いた?それじゃあ改めて この子が西住まほちゃん、まぁ知ってるか……そしてこっちが島田文香ちゃん、色々事情があってウチが引き取ることにしたから、仲良くしてよ~?というか、イジメとか許さないから。そこんとこよろしく!」

 

 改めて紹介されると、再び隊員達の中にどよめきが起き始める。

 さらっと隊長が言い放った爆弾発言は、下手をすれば黒森峰戦車道の歴史や伝統を根幹から否定する事にも繋がりかねないものであり、隊員達は酷く困惑していた。

 

「よろしくって言われても……まずその事情ってやつを説明しなさいよ」

 

 そんな中で、副隊長が指でこめかみを抑えつつも落ち着いた様子でそう尋ねる。

 するとセナは、片手で頭を掻きながらバツが悪そうに、しかし相変わらずへらへらとした様子で答えた。

 

「そう言われてもなぁ……正直、アタシもまだ全部は知らないっつうね まぁ詳しく聞きたければフミちゃんに聞いてよ!」

 

「はぁ……まぁいいわ」

 

 列の一番前にいた副隊長が呆れたように深く息を吐くと、先ほどのセナと同じように手を叩き数歩前に出てから隊列の方へ振り返る。

 

「さぁ!皆も色々思うところはあるだろうけど、まずは練習よ!二年生以上は乗車前点検!一年生は会議室に集合!では、解散!」

 

 すると、副隊長は慣れた手並みでテキパキと端的に分かりやすく隊員達へ指示を出していった。

 まるで隊長のような副隊長のキリッとした言動に、隊員達は私語を切り上げ背筋を伸ばす。

 そして副隊長の後ろにいるセナの、これ以上話すことは無いと言いたげな、満足げに胸を張って両手を腰に当てている様子を見てしまえば、隊員達はそれ以上何かを口にする事もなく、副隊長の号令に「はいっ!」と返事をして各々が号令に従い、駆け足でその場を後にした。

 

 その場に残ったのはセナと副隊長、まほと文香の4人だけになった。

 

「……新年度早々、騒がしい事この上ないわね」

 

「アタシはこっちの方がいいなぁ、何よりうるさい()()がいなくなったし」

 

「はいはい、おかげで私は喉を鍛えられそうだわ……それじゃあ二人とも、改めてよろしくね」

 

「おっ、あんなこと言ってた割には案外素直じゃん」

 

「うるさいわね 隊員達の前じゃ、ああいう風に言うしかないわよ、ったく……」

 

 マイペースに傍若無人な振る舞いを続けるセナに、副隊長はまだまだ文句を言い足りない様子だったが、一度ため息を吐き深呼吸して落ち着きを取り戻すと、まほと文香の方へと振り返った。

 思わず少し身体が跳ねてしまうまほと、僅かに目を見開いた文香、そんな二人の様子を見て副隊長は苦笑する。

 アンタのせいで怖がられちゃってるじゃない、と一瞬セナへ白い目を向けた後、副隊長は二人に対して優しく口を開いた。

 

「……西住さん、島田さん、二人とも人一倍苦労することが多いかも……ううん、色んな大変な事とか面倒な事が絶対起こるわ。けど、一緒に頑張ろうね?私も力になれることはなんだって助けてあげるから」

 

 そう言いながら副隊長は、まほと文香に対して少し屈みながら笑顔を作る。

 ようやく自分のペースが戻ってきたまほは「はい、よろしくお願いいたします」と、姿勢を正しながら静かに頭を垂れる。

 その横に並んで立っている文香も、言葉こそ「お願いするよ」と端的だが、目を閉じたまま制帽に手を掛け、一度制帽を頭上に上げ一礼した。

 

「よしよし ……さぁ、隊長。島田さんの事よりも聞きたいことが山ほどあります。まずこの今年度特別予算に書いてあるレオパルトⅡ費という項目についてですけど……」

 

「さぁ二人とも!1年生は会議室に集合だ!遅れるなよ!」

 

「あ、ちょ、待てコラァ!!」

 

 まほ達にわざとらしくそう言い残しながら走り出したセナの後を、般若のような形相で副隊長が追いかけ始めた為、ついにガレージ前の点検用広場にはまほと文香だけになった。

 

「……では、行くか」

 

「そうだね」

 

 あまりにも中等部時代に見たイメージとはかけ離れたこの黒森峰女学園高等部の戦車道専攻科に、今日だけで何度も呆気に取られていたまほだったが、襟元を正すと気を取り直して隣にいた文香に声を掛け、一年生の集合場所である会議室に向かって歩き始める。

 

 しかし、少し歩いてからふと、まほは足を止めた。

 何かひっかかる、島田流の人間が何故この黒森峰にいるのか、などといった大それたことではなく、つい先ほどあった取り留めの無いやり取りの中で気になる点が……

 

「あっ」

 

 歩みを止めて声を上げたまほの顔を、その隣で同じく立ち止まった文香が怪訝そうに覗き込む。

 

「どうかしたのかい?」

 

「……お前、先輩じゃないじゃないか」

 

 少し表情を曇らせたまほは、反感を含んだ冷ややかな目で文香を睨みつける。

 一瞬、まほの言っている事を理解できなかったのか、ぽかんとした様子で文香は呆気に取られていたが、初めての二人の会話を思い返してすぐに納得した。

 と同時に、文香は思わず口に手を添えて笑みを零す。

 

「? ……あぁ、ふふっ 過去は風に乗せて遠くに飛ばしてしまえばいいさ」

 

「またそんな事を、んっ!?」

 

 相変わらず不服そうに噛みついてくるまほの口を、文香はそっと人差し指を立てて口を塞ぐ。

 驚きで目をぱちくりさせているまほに、文香はどこか悪戯っぽい口調でそっと告げた。

 

「それに 私は一度も自分の事を、君の先輩だとは言ってないよ?」

 

 くっ、と悔しそうに声を漏らすまほを尻目に、文香は何の気なしに再び歩き出す。

 何も言い返せなくなったまほは、少し拗ねたように頬をわずかに膨らませながら、文香に対して抱く印象を改めた。

 

 やりづらい、苦手な相手だ、と心の中で呟いてから文香の後を追う。

 

 自分と同じようなショートヘアの髪を揺らしている、自分よりわずかに小さいその背中の主は、からかいがいのある良い人を見つけたと思っていることを、まほは知る由もなかった。




(寮の部屋決め)

「同室……!?逸見隊長、それだけはご容赦いただきたいです」

「いいじゃないか、たまには風の赴くがままに身を任せるのも悪くないさ」

「お前とだけは無理だ、身が休まらない……!」

「傷つくなぁ」

「……なんか、昔を思い出すわね」

「んー、なんか見てて飽きなさそうだし決定!隊長命令!」
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