カンテレを弾く前に。   作:桜田家族

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二つの流派 4-a

 家族仲は悪くなかった。

 いや、むしろかなり仲の良い親子関係、姉妹関係だったと自信を持って言える。

 

 多忙な父とはあまり面と向かって話すことは無かったが、それでも時間さえ合えば家族全員で遊びに連れ出してもらっていた。

 

 戦車道の一大流派のトップという重圧を一身に受ける母は、そんな中でも私達の前では弱音など一切吐かずに、厳しくも優しい母親であり続けてくれた。

 

 少し変わった人形を好む妹は、大人しいながらもこんな私を姉としてよく慕ってくれて、二人だけで過ごす事の多かった生活も笑い声の絶えない、楽しいものだった。

 

 皆、大好きだった。

 

 

 だからこそ、私は西住みほが羨ましい。

 

 

***

 

 

 学園艦の定期的な寄港日と寄港場所は、事前に保護者や後見人達へと通知が送られる。

 それは、継続高校にとっても例外ではなく、今日の横須賀への寄港も事前に告知されていた。

 

「お久しぶりですね 継続高校戦車隊隊長、ミカさん」

 

 寄港から数時間後、都内の高級ホテルレストランの一室にミカは通される。

 その個室にはキッチンも併設されており、ミカは久しく嗅いでいなかった文明的な料理の匂いに鼻腔をくすぐられた。

 しかしその顔は固く、まるでミカに声を掛けてきた人物に対してボロを出さないよう警戒しているような表情を作って席につく。

 

「……えぇ、お元気そうで何よりです 島田流家元」

 

 一呼吸置き、ミカはいつも通りの微笑を浮かべて、目の前に座っている人物へ話しかけた。

 すると家元と呼ばれた女性、島田流宗家家元である島田千代は、何も答えずに口元へ手に持っていた扇子を添える。

 

 その仕草を見てミカは、ミカとして再び口を開いた。

 

「本日はどういったご用件で呼び出されたんでしょう、私は ……大学選抜の件でしたら、ルミさんを通して頂いた方が助かるんですけどね」

 

「ルミから聞いています ご家庭の事情で大学には行けない、と……貴女程の実力者であれば、戦車道の推薦も狙えるのではないかしら?」

 

「買い被り過ぎですよ それに、元から私は進学するつもりも無いですから」

 

 ミカがそう言っている間に、キッチンからシェフが料理を持って二人の元へやって来る。

 装飾なのか、コップに入ったロウソクが添えられたそのサーモンマリネは、オードブルと言うには少しばかり派手なものだった。

 

「そう、残念……前置きが長くなってしまったわね 今日呼び立てたのは他でもありません、継続高校にルミが私的にレンドリースしていた……」

 

 千代はにこやかに、しかし淡々と事務的なやり取りを開始する。

 その話の内容は、事前に継続高校の方へと書面で送られてきていたものであり、ミカは相槌を打ちながらも意識は他へと飛んでいた。

 そしてミカの目は、いつの間にか自分の前に差し出されていたメモ書きに向けられる。

 

 大学に行かないってどういうこと?お母さん何も聞いてないわよ?

 

 さらさらと流れるように、それでいて読みやすい綺麗な字で書かれていたそのメモを、ミカはしれっと読み流してから目の前にあるロウソクで燃やす。

 ふと、ミカが顔を上げると、そこには表情こそ何を考えているかは分からない、含みを多分に持った微笑を浮かべる千代の顔があった。

 

 しかし、その目の奥にある表情は、15年近く一緒に暮らしていた者にとっては易々と伝わってくる。

 

「……以上が、今回レンドリースを中止する理由です。 確かに連絡は取りづらいでしょうが、上の許諾を得るのも待たずに勝手な行いをしてはならないと……お分かりですよね?」

 

 うっ、とミカは声を詰まらせる。

 盗聴の恐れがある為、こんなにも回りくどい話し方をしなければならないが、最後の言葉は確実にミカ自身へ向けられたものだった。

 

 不味いな、怒ってる。

 心の中でそう呟きながらも、ミカは笑みを崩さずに口を開く。

 

「えぇ、もちろん……ただ、私はこうも考えます 道理を通す為だけの表面的な習わしより、実務的な事を優先する方が良い事もあると」

 

 そのミカの言葉に、千代はぴくりと眉を動かした。

 

「あなたの言う事も理解出来るわ、ただ大学選抜チームが特定の学校に対してだけ整備部品の供与しているというのは……世間体が保てない、というのも理解していただきたいですわね」

 

 千代は最後の台詞をトゲのある言い方で、まるで釘を刺すかのようにミカの方をじっと見つめながら言い放つ。

 事務的なやり取りの裏で行われている会話の内容は、娘の進路を心配している母親の説教という、至って普通なものだった。

 子供というのは一般的に説教を嫌う、それはミカも例外ではなく、分が悪いと分かっていてもミカは思わず反論する。

 

「世間体、というものに意味があるとは思えないですね」

 

「体面を保つというのは大事ですよ まだあなたには分からないかも知れないけれど、」 

 

「それを、貴女が言いますか」

 

「……!」

 

 本音では無い、言い争いの中でつい口を衝いて出てしまったその言葉。

 だが、千代にとってその言葉の意味は、何よりも勝る凶器であることをミカは知っている。

 

 しまった、とミカは自分が口走ってしまった事を内心で激しく後悔するが、後の祭りだった。

 それ以上の会話は無く、ミカと千代はお互いに黙りこくる。

 

 居心地の悪さを誤魔化す為に、ミカは目の前の料理に手をつけることにした。

 しかし、音を立てずにナイフとフォークを使って口に入れた料理は、不思議と味がしない。

 継続高校では絶対に味わえない、折角の御馳走を前にミカは苦笑した。

 

 ここまで気まずい話し合いは、あの日以来だと。

 

 

***

 

 

 音が……いや、声が聞こえる。

 

『よし、試合終了! みんな帰ってきなさい、ご苦労様』

 

「……あっ お疲れ様、二人とも」

 

 副隊長である真美の号令を受けて、文香はやや呆けていた意識をはっとしたように仕切り直し、一息吐きながら自身のパンターの乗員達に声を掛ける。

 

 結局、文香のパンターは定員割れとなる3名で運用される事となった。

 何人かが選抜されてはいたが、文香の用兵についていけずに辞退したり、そもそも文香についていける練度の隊員は既に他の車輛でレギュラーになっていたりと、2週間もの空白期間に生じた穴は、結局埋められずに終わる。

 

 その上、問題なく平均以上の成績を収めているとくれば、より少ないリソースで運用出来る方が、隊全体としては好都合なので隊長にそのままにされた。

 

「島田ぁ……これで私がボディービルダーみたいなガチムチ体型になったら恨むぞ……」

 

「あ、あはは……はへぇ……」

 

 乗員の疲労やストレス等は一切無視されて。

 

「うぉぉぉ!?ちびちゃん!?しっかりしろ!!」

 

 操縦手を務める先輩が、座席にぐてっともたれかかりながら天を仰いで恨み節を飛ばした。

 だが、それ以上に疲弊した様子の砲手と装填手、そして通信手を兼任していたもう一人の乗員が、装填装置の上へ白目を向きながら倒れたのを見ると、先輩は慌ててちびちゃんと呼んだ乗員を助け起こす為に、ハッチを開けて外へ飛び出して行く。

 

 その光景を文香はただ眺めているだけだったが、やがてノイズの混じった音声が、耳に着けていたイヤホンから聞こえ始める。

 

『文香、集合だそうだ 先に行くぞ』

 

「待ってよ 今日のMVPを置いて帰るなんて……」

 

『馬鹿を言うな 撃破数は私の方が上だ』

 

「へぇ…… まほは、私から横取りした獲物も数に数えるんだね」

 

『……どこかの誰かが囲まれて、危うく撃破されそうだったからな わざわざ私が支援する事になってしまった』

 

「あんなの、囲まれている内には入らないよ?」

 

『そうか?尻尾を巻いて逃げ帰ろうとしていたじゃないか』

 

「あれは、森林に誘引しようとしていただけさ 見て分からなかったかい?」

 

『まぁ、口だけなら何とでも言えるな』

 

「……ふふ、ふふふっ ……いいよ、買うよ」

 

『先に売ってきたのはお前だろうが』

 

『さっさと帰って来いっつってるでしょうが!!』

 

 副隊長の耳をつんざく怒号に、文香とまほの日課となりつつあるじゃれ合いが中断される。

 キーン、と耳鳴りが頭の中を響き渡っている中で、文香は口を尖らせながら不平を述べた。

 

「た、ただの馴れ合いに……そこまで怒らなくてもいいんじゃないかな、真美さん」

 

『そう言ってこの前アンタ達、止めに入る車輛を片っ端から排除しながら喧嘩してたじゃないの! おかげで修理費やら燃料費が嵩んで、今月の活動費はカツカツよ、カツカツ!』

 

「……あ、今日の夜ご飯は揚げ物がいいなぁ」

 

『聞こえてんのよ!!後で西住さんと隊長の執務室に来なさい!!!』

 

 文香の間の抜けた声を受けて、再び副隊長の怒号が無線に鳴り響く。

 流石に今のは自分が悪いと、文香は肩を竦めてこれ以上口を開く事はしなかった。

 

「……別に、あそこまで怒らなくてもいいんじゃないか?」

 

「んっ……ふふふっ」

 

 そんな折、いつの間にか隣にまで移動してきていたまほは、ティーガーⅠのキューポラから半身を晒して呟く。

 自分と同じような不満を漏らすまほに、文香は思わず吹き出した。

 

「……なんで笑う?お前もそう思うだろ?」

 

「い、いや……まほって結構そういう所あるよね」

 

「? どういう所だ?」

 

「子供っぽいって事だよ いい意味でね」

 

「……?」

 

 いまいち合点がいっていない様子のまほだったが、文香はまほの変な所で見せる悪戯っ子のような悪びれなさを気に入っていた。

 

「さぁ、早く面倒な鬼退治を済ませてしまおうか 今日は折角の寄港日だ」

 

「おい 今、無線は切ってるだろうな?聞かれてたらまた怒られるぞ」

 

「もちろんさ それより、この後どうしようか?まほは地元だろう?案内して欲しいなぁ」

 

「うん、それは構わないが……」

 

「おや、何か用事でもあるのかい?」

 

 文香の乗員も戻ってきたので、二輌の戦車は隣り合ってガレージを目指し走り出す。

 少し歯切れの悪いまほに、文香は首を傾げながらそう尋ねた。

 

「みほが……いや、妹が上手くやれているか気になってな」

 

「あぁ 確か、今は中等部で隊長をやっているんだったね」

 

 文香は、まほから話は聞いていた彼女の妹の事を思い出す。

 

「周りに気を遣い過ぎてないか、心配なんだ……あの子は、根が優しいから」

 

「君と一緒だね」

 

「……嫌味か?」

 

「傷つくなぁ、本心なのに」

 

「……まったく」

 

 くすくすと笑う文香を見て、まほはため息を吐く。

 しかしそんな文香を見て、まほはあまり深く考えてもしょうがないと気が楽になっていた。

 

 そして、乗員も交えた無駄話をしながらガレージに着くと、頼んでもいない出迎えが立っていることに気付く。

 

「二人とも、お帰りなさい……あぁ、他の皆は帰っていいわよ お疲れ様」

 

 はーい、と返事をしながら文香とまほの乗員達は、自らの車長を見捨てるようにさっさと立ち去った。

 そんな乗員達を咎める事もせず、二人は見事なまでに作り物だと分かる笑顔をこちらへ向ける真美から逃げようと、僅かに後ろ足をつく。

 だが、そんな虚しい抵抗はすぐに意味が無くなった。

 

「さぁ、鬼退治をするんでしょ?西住さん、島田さん? ……さ、行きましょっか」

 

 逃げられないよう首根っこを掴まれ、そのまま持ち上げられるんじゃないかというくらいの勢いで副隊長の真美に引き摺られていく中、まほと文香は視線だけで会話する。

 

 切り忘れてるじゃないか、無線。

 

 ごめんね、本当にうっかりしていたよ。

 

 

***

 

 

「えぇぇ~~~~…… めんどくさ……行きたくない……やだぁ……」

 

「嫌だ、じゃないわよ…… アンタ、これがどれだけ名誉な事だか分かってないの?」

 

「やぁだぁ~~!やだやだやだやだやだやだぁ!!!」

 

「……アンタって子は、ホントにもうっ!!」

 

 数分後。

 隊長の執務室に連れてこられた文香とまほが目の当たりにしているのは、駄々を捏ねて床でジタバタと暴れる隊長の姿と、母親のような呟きを洩らしながらそれを捕まえる副隊長の姿だった。

 

「うっ……」

 

「……わぁ」

 

 隊長の恥も外聞も無い行動は見慣れているはずの二人も、流石に少し引いたように壁際へと退く。

 

 事の発端は、まほと文香を連れてきた真美が、パソコンの前で腕を組んでいたセナを見つけた事だった。

 何事かと思い、真美がセナのパソコンの画面を覗き込むと、そこにはメール画面が。

 そして差出人の名前欄には西住しほ、とあった。

 その内容は、全国大会の前に一度お茶でもどうかというもので、真美は大層喜んでいたが、対するセナはすこぶる嫌がった。

 理由は……

 

「だって今日、やっと公開なのに!ずっと待ってたんだよ!明日でもいいじゃん、ね?ね?」

 

「それこそ映画なんかいつでも観られるでしょうが! 師範代がわざわざ時間を割いて下さったのに、アンタ馬鹿じゃないの!?」

 

「もう約束したんだってば!ほら、チケットだって買っちゃったし!!」

 

 そう言いながら、セナはパンツァージャケットのポケットから、くしゃくしゃになった映画の前売り券を取り出した。

 最早なんの映画だったかも分からないほど印刷が潰れているそのチケットを見て、真美は今年に入って何度目か分からないため息を吐く。

 

「……今時、紙のチケットを買う人もいるのね でもそれ、多分もう使えないわよ」

 

「なんで!!」

 

「そんな印刷も見えない紙切れで、入れてもらえる訳ないじゃないの……」

 

「へ?……あ、ああ……!?なんでこんなんになってんの!?うわあああ!?」

 

「ジャケットの中に、それも練習中ずっと入れてたらそうなるわよ……」

 

 泣き崩れそうになっているセナを、真美は心底呆れ返った目で見つめる。

 そしてしばらくすると、もう一度大きなため息を吐いてからセナへと話しかけた。

 

「……はいはい 今日ちゃんと挨拶に行けたら、私が新しいチケット買ってあげるから」

 

「あぁぁぁ……ぁえ? え、マジ!?」

 

「マジよ、マジ」

 

「……ぃぃやったぁぁぁ!!よし行こう! 真美、さっさと準備!遅いよ、遅い遅い遅い!」

 

 今度はまるで子供のようなテンションで着替え始めるセナに、真美は少し泣きそうになりながら呟く。

 

「……なんで、なんでこんなのが黒森峰の隊長なのよぉ……」

 

 そんな副隊長の背中に、文香とまほは深い憐みを抱いた。

 当の真美は、公用車のキーを取り出そうと机の引き出しを漁る。

 

「……あ、副隊長 よろしいでしょうか」

 

 すると、まほが哀愁を漂わせる真美へと話しかけた。

 

「……どうしたの?西住さん ああ、こんな隊でごめんね……私、もっと頑張るから……もうちょっとだけ我慢してくれるとうれしいな……」

 

「いえ、そうではなくて……もしよろしければご一緒させて頂けませんか? 実家に用がありまして」

 

「……? えぇ、いいけど」

 

 少し怪訝そうな表情を真美は浮かべるが、確かに目的地が一緒なら乗せていってあげても別にいいか、と了承する。

 すると、まほのパンツァージャケットの裾が、横にいた文香にくいくいっと引っ張られた。

 

「まほ、まほ」

 

「なんだ?」

 

「約束が違うじゃないか 今日はこの後、一緒に遊びに行こうって……」

 

「? ああ、そうだな」

 

 少しだけ睨むような目でこちらを見てくる文香に、まほは軽く首を傾げる。

 そのまほの様子を見て、文香は一つの可能性に気が付き、尋ねた。

 

「そうだな、って……もしかして、まほの家に遊びに行くのかい?」

 

「うん? うん」

 

「……本気かい?」

 

「本気も何も、遊ぶなら家しかないだろう」

 

 さらっと、何を当たり前の事をとでも言いたげな様子でまほは言いのける。

 対して文香は、少し眩暈を感じたかのように眉間を指で抑えた。

 

「……まほって、実はかなりの天然だったりするのかな?」

 

「それはお前だろう」

 

「いや、人の事言えないよ……本当に」

 

「……やはり、高校生にもなれば街で遊んだ方がいいのか?」

 

「そこじゃないよ…… いや、確かにそれもそうだけどね……」

 

 相変わらず首を傾げているまほを横目に、文香は自分の現状を評価する。

 

 確かに、学校内では針の筵どころか、友人にも少なからず恵まれ楽しい生活を送れているだろう。

 しかし世間から見れば、西住流のお膝元である黒森峰女学園に、その最大の敵とも呼ばれる島田流の宗家の長女が在籍しているだなんて、少なくとも西住流関係者からしてみれば腹の虫が収まらない事態である。

 

 この状況で、島田流の長女が西住流の宗家邸宅に出向くなど、火に油を注ぐ行為に他ならない。

 そして、そんな事が分からないほどまほは愚かでは無い。

 では、何故──

 

「あぁ……ふふっ」

 

 そこまで考えて、文香はまほの様子に気付く。

 文香を見つめるまほの顔は、ただ純粋に困惑しているようだった。

 何故なら、友人を家に連れて行くのに何か理由が必要なのか、と心の底から思っているからだ。

 

 本当に、友人には恵まれたようだね。

 そんなまほの様子を見て、文香は本当に嬉しそうに微笑みながら、まほに話しかける。

 

「ごめん、まほ 何でもないよ……じゃあ行こうか」

 

「ああ、いいのか?」

 

「大丈夫……だと祈ろうか」

 

 文香の変わり身の早さに、まほは相変わらず首を傾げていた。

 しかし、文香はそんなまほの様子を見て嬉しそうに笑う。

 

 

***

 

 

「それで逸見さん、何故島田流の教えを受けた子が黒森峰に、そしてこの場にいるのか 説明して頂戴」

 

「……」

 

「セナ?……ちょっとセナ、何黙ってんのよ……!」

 

「ほら、やっぱりこうなった」

 

「……何故だ?私と文香は友達なのに」

 

 臆面も無く言われたまほの言葉に、文香は思わず顔が赤くなりそうだったが、すぐに下を向きそれを誤魔化す。

 

 あれから1時間後、とある部屋に通された4人は静かにこちらを見据える目に射抜かれていた。 

 その部屋は、西住流宗家師範代である、西住しほの部屋。

 そして4人に相対してるのは、現在病気療養中の家元に代わり、西住流宗家を執り仕切っている西住流家元代行の、西住しほだった。

 

「ちょっとセナ……!失礼の無いように、とは言ったけど……別に喋るなって意味じゃないわよ……!?」

 

「……」

 

 しほと顔を合わせてからずっとだんまりを決め込んでいるセナに、真美は焦った様子でセナの肩を揺らしながら話しかけている。

 しかし、当のセナはじっとしほの目を見つめ続けていた。

 

「あ、いやーすみません師範代!セナ……コホン、隊長ってば緊張してるみたいで……アハハ……」

 

「……」

 

「……」

 

「あは、は……はは……いっそ殺して……」

 

 そんな黙りこくっている二人に挟まれている真美は、憔悴し切った声でそう呟く。

 

「まほ 君のお母さん、怒っているみたいだね」

 

「? いや、そうでもない むしろ……」

 

「まほ」

 

 セナや真美の後ろに座っていた文香とまほが話していると、しほが透き通った声でまほに声を掛けた。

 

「なんでしょう、お母様」

 

「そちらの方は?」

 

「友人の文香です」

 

「そう」

 

 その端的な会話を、しほとまほは真顔で何の気なしに交わす。

 

 だが、その様子を見ていた真美は、しほの一言一言に心臓が口から出てしまうんじゃないかというほど緊張していた。

 というのも先程まで、というよりこの家に着くまで西住流の宗家に文香を連れて行くということがどういう事か、呆然自失となっていた真美は気付いていなかったからである。

 

「セナ……せなぁ……お願い喋って…… 私、もう気がおかしくなりそう……」

 

 真美が我に返った頃には、しほと顔を合わせる段取りとなっており時既に遅く、真美の背中は冷や汗でぐっしょりと濡れていた。

 

「文香さん」

 

「……はい」

 

「娘がお世話になってるみたいね」

 

「……私がお世話になっていますよ、いつも」

 

「そう 仲良くしてあげて頂戴」

 

「ええ、勿論です」

 

 再び、真美の魂が抜けていそうな呼吸音が聞こえるほど辺りは静寂に包まれる。

 しほは、家政婦に用意させた緑茶の入った湯飲みを手に取ると、ゆっくりと口を付けた。

 

「……それで、貴女は何故こちらへ?」

 

 そしてことり、と音を立てて湯飲みを机に置くと、しほにとっての本題を切り出す。

 

「……何故かなんて、理由はもう忘れてしまいましたよ」

 

「日本代表のテストチーム、もしかしてあれが原因かしら?」

 

「っ!」

 

 有耶無耶にして誤魔化そうとしていた文香の口は、しほの述べた一言に封じられた。

 その単語を聞き、文香はどこか呼吸も忘れたかのように動揺する。

 文香の様子を見ていたしほは、少しだけ雰囲気を和らげて話を続けた。

 

「……話には聞いています あれは貴女の、」

 

「関係ないでしょう、その話は……!」

 

 しほはどこか同情めいた声色で文香に話しかけていたが、その言葉は文香の怒気を孕んだ声に中断される。

 

「……文香?」

 

「……いや、なんでもないよ 大丈夫さ」

 

「……そうか」

 

 いつになく取り乱した様子の文香に、まほが横から声を掛けた。

 そんなまほに、文香はいつもの笑みで答える。

 まほは、その文香の表情に含まれる意味を知った上で口を閉じる。

 その表情はどこか寂しげだった。

 

「……そうね ただ、貴女はどうして黒森峰を選んだのかしら?」

 

 しかし、しほは文香に対しての詰問紛いな問いかけをやめない。

 

「戦車道を続けたいだけだったのであれば、他にも数多くの学校があったでしょう ……何故、黒森峰に?」

 

 その目は、家元としての風格を既に持っている、大きな組織の長に足る威圧感を持っていた。

 その目に、思わず文香は気圧されて圧倒される。

 

「……そ、の」

 

 口が動く。

 話したくない事を、皆に知られたくない事を、文香は打ち明けようとしていた。

 

「貴女の……真意は、何かしら?」

 

 しほの再度の問いかけ。

 しほの瞳はまっすぐと、文香の姿を捉え続ける。

 そして、文香はその瞳に映った自分自身の姿を見てしまった。

 

 怖い、怖い、怖い、怖い。

 そう訴えかける自分自身の姿。

 その姿を、文香は知っている。

 そしてその自分自身の姿が、思い出したくなかった記憶を、次々と文香の奥底から呼び戻した。 

 大人達に囲まれ、大人達に嫉妬され、大人達に虐められ、最後には大人達に全力で排斥された思い出。

 

 ふと、文香は横に座るまほの方を見る。

 相変わらず文香を心配そうに見つめる、優しい目。

 その目が、唾棄すべき物を見るような冷めきった目に変わってしまう事を想像してしまい、自分の意思とは関係無く文香の手が震えた。 

 

「……っあ、あ」

 

 そして文香の心は、ついに恐怖という感情に支配される。

 呼吸をすることも忘れていたおかげで、彼女が思わず上げた絶叫は、ただの呻き声となって口を出た。

 

 いっそ、全てを言えば楽になれる。

 逃げ出してしまおうか。

 

 そんな考えが頭を過ぎる。

 そして文香は口を開いた。

 

「っ……それは、」

 

()()

 

 この部屋に入ってから、初めてセナが口を開く。

 その声に、文香は救われた。

 

「私の()()()を、訳知り顔で勝手に使うな」

 

 その声はあまりにも乱暴な、敬意というものを微塵も感じさせない口振りだった。

 

「な、な、な、な…… なんて、師範代になんて口聞いてるの馬鹿ぁ!!」

 

「黙れ、副隊長」

 

「で、でもそんな口の利き方……」

 

 セナのあまりにも失礼な物言いに、真美は慌てた様子で叱りつけようと声を荒げる。

 

「黙れ、と()は言ったんだ」

 

「……っ」

 

 しかし、まほと文香は初めて見る、そして真美は本当に久しぶりに見るセナの表情に声を失った。

 

「不愉快なんだよ 他人に私の物を漁られるのは」

 

 そのセナの声は、時折り耳にする作られた無機質な声。

 そして、いつもころころと表情を変えるセナが今見せている顔は、まるで人形のように整えられた無表情だった。

 

「師範代 貴女は今、どこに立っている?」

 

 セナの目は、まっすぐと目の前にいるしほを捉える。

 

「西住流の師範代で、今は療養中の家元の代行まで務められている、とても立派な事でしょう 私には想像もつかないくらいの高みだ」

 

 その目の中には、一切の感情が見て取れなかった。

 

「……で? それが一体、私達に何の関係がある?」

 

 だが、少しずつ目の色と声に表情が付き始める。

 

「黒森峰の戦車隊は私のもの 全て、全て隊長である私だけの物だ」

 

 そう言い放つ声は、どこか嬉しさを滲ませていた。

 

「まほも文香も他の子も、全員等しく同じ…… 私の愛する、私だけの隊員だ」

 

 そう言いながらも、その目はしほをどこまでも冷たく見つめ続けていた。

 

「私の部隊は西住のものでも、ましてや島田のものでも無い 私だけの、黒森峰(わたし)の戦車隊だ」

 

 セナの見つめる先にいるしほは、眉一つ動かさずにセナの言葉を受け止め続ける。

 

「師範代 私は貴女を尊敬しているし、小さい頃からお世話になった恩も感じています──だから、敢えて言わせて頂きましょう」

 

 まほちゃん、ごめんね。

 セナは心の中でまほに謝罪する。

 まほの実の母親に向かって言う台詞としては、あまりにも毒気の強いものをこれから言おうとしているからだ。

 しかし、そんな理性を上回って、セナの感情は怒りに満ち溢れていた。

 

「貴女の立場は今どこだ? 監督でも無ければコーチでも無い、ただの一生徒の親御さんだ」

 

 セナは立ち上がり、しほを見下ろしながら言い放つ。

 その目と声は、どちらもしほを心から拒絶していた。

 

「何故 ()()()()が私を呼び出し、私の隊に我が物顔で指図して、あまつさえ私の隊員の心の内を探ろうとしているんだ?」

 

 そして、セナの最後の一言で、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 辺りの空気が凍りついた。

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