鵜養貴也は勇者にあらず   作:多聞町

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鷲尾須美の章 放映一周年記念で投稿開始。
当面、週二ペースを維持の予定です。




鵜養貴也の章
第一話 園子と貴也


 

見渡す限りの風景が海の向こうから伸びてきた巨大な植物の蔓や根に覆われていく。

樹海化だ。

 

樹海化によって一変した神秘的な風景を前に五人の少女たちが見下ろしていた。

 

遙か向こうから異形の化け物の群れが迫ってきている。

少女たちの心に不安がよぎる。

前回までの戦いとは違う。相手も全力。厳しい戦いになる。

 

しかし少女たちは逃げない。

なぜなら、彼女たちは『神樹様に選ばれた勇者』だからだ。

化け物どもから、この四国を、神樹様を守るために戦う宿命を背負った勇者だからだ。

 

彼女たちの勝敗如何で人類の命運は決まってしまう。

それでもなお、いや、だからこそ彼女たちはその身を、心を奮い立たせていた。

 

 

 

 

だが……

 

彼女たち自身すら自覚できないほどの、心の片隅の小さな小さな部分。

そこは泣き叫んでいた。

 

当たり前だ。彼女たちは年齢的にはまだ十代前半の中学生に過ぎないのだから。

 

とはいえ、それでもなお彼女たちは勇者であった。

自身が傷つくこと、自らの死を恐れてのものではなかった。

 

純粋に『仲間の誰一人欠く事無く終わってほしい』という想いだけ。

 

だから彼女たちは自覚無く願う。

 

『誰か……、誰でもいい。助けて……、私たちを救って……』

 

その小さな願いは、やがて祈りとなり……

 

 

 

 

「みんな、アレをやろう」

 

互いに声を掛け合い、少女たちは円陣を組む。不安に負けないように。

 

揃って鬨の声を上げると、少女たちは絶望に立ち向かうべく歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「お父さん、お母さん、おはようございますっ!」

 

鵜養隆史(たかふみ)は息子のその朝の挨拶に目を丸くした。

傍らでは妻の千草も朝食を用意する手を止めて、息子の顔をじっと見つめている。

 

「どうした、貴也? いつもはパパ、ママと呼んでいるじゃないか」

 

そう柔和な顔で尋ねる父に対し、貴也は少しはにかむような仕草を見せた後、幼いなりに決意をはっきりと見せて答えた。

 

「うん。先月、千歳が生まれてお兄ちゃんになったし……、それに今日から一年生だから!」

 

その答えに隆史も千草も、自分たちの息子が精神的な成長を見せている事を感じ、心から喜んだ。

 

「そうか、そうだな。今日から小学生だもんな」

 

「そう、貴也も立派にお兄ちゃんしようと思ったのね。さあ、顔を洗ってらっしゃい」

 

隆史は破顔し、その手で息子の頭を撫でくり回し、千草は優しい声で息子を促す。

 

 

 

 

貴也は今朝、目覚めた瞬間にその考え、決意が湧き起こった事になんの疑念も感じていなかった。

 

『そうだ、僕はお兄ちゃんになったんだ。今日から一年生なんだ。だから、もうパパ、ママじゃなくてお父さん、お母さんって呼ぶんだ!』

 

だから、自分のその気持ちを一刻も早く両親に伝えたくて、寝床を出ると一目散に両親の元へ赴き、朝の挨拶をしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

神樹館小学校の入学式は滞りなく終了した。

自宅に帰ってきた貴也たち親子は両親双方の祖父母を交えて、祝い膳代わりの昼食を摂り、しばらく団欒(だんらん)の時を過ごす。

 

「ん、そろそろ時間だな」

 

「そうね。貴也、服をちゃんとして」

 

「もうそんな時間なのね。乃木家には失礼のないようにね」

 

「お義母さん、ご心配なく。貴也も先方では行儀良くするんだぞ」

 

両親が慌ただしく準備を始める。

今日は午後三時からの約束で、乃木家本家に挨拶に向かう予定なのだ。

貴也を連れて行くことはおろか、両親にとっても初めての訪問となる。

 

「僕、知ってるよ。乃木さんて四国で一番偉いうちなんだよね」

 

母に制服を直してもらいながら、貴也はやや得意げに父に話しかける。

 

「よく知ってるな、貴也。そうだ。正確に言うと大赦のツートップの片方だ。一つはより宗教的……、神樹様をお祀りする方で力があるのが上里家。そしてより政治的、普通の意味で力を持っているのが乃木家だな。まあ、大赦のトップということは四国では総理大臣より力があると言っても過言じゃないがな。でもな、貴也。鵜養家も捨てたもんじゃないんだぞ」

 

すると、父方の祖父も相槌を打つ。

 

「そうそう。赤嶺や鷲尾、三ノ輪に弥勒といった名家よりも格上なんだぞ」

 

「父さん、それは本家に限った話でしょ。うちは分家だから……。まあ、ツートップを支える御三家、伊予島、土居、鵜養と言えば大赦はおろか、政府内でも力があるようですけど」

 

「うちって、そんなに偉いの?」

 

貴也は父と祖父の会話の内容に驚く。子供ながらに自分の家族の生活レベルが名家と呼べるほど裕福であるとは感じておらず、中流の普通の家であると感じていたからだ。

 

「いやいや。うちは曾祖父(ひいじいさん)、貴也にとっては高祖父(ひいひいじいさん)か。その代で本家から分かれた分家だから。まあ、普通の家だよ」

 

「じゃあ、今日はどうして乃木家へ行くの?」

 

「ああ、仕事で今度パパが乃木家本家の担当になったからさ。それで、その挨拶に伺うんだ。貴也も顔つなぎしておけば、将来役に立つかもしれないぞ」

 

「千歳は連れて行かないの?」

 

「千歳は赤ちゃんでしょ。まだ、病院以外はお外に連れて行かない方がいいのよ」

 

「ふーん」

 

ベビーベッドですやすやと眠る妹を見やりながら、貴也は

 

『お留守番は、ちょっと可哀想かな』

 

と考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

乃木家は貴也の想像以上に大きな邸宅だった。

 

貴也の家からは意外に近く、幼い子供連れであっても徒歩でなんとか来れる場所にそれはあった。

 

大きく立派な門をくぐると広大な和風庭園が広がり、その奥に見たこともないほど大きく両翼に広がる平屋の和風建築。どういった役割があるのか他にも何棟か、やはりこれらも和風の平屋が建っていた。

 

執事らしき人に促され本館に上がると、玄関だけでもちょっとしたパーティーが開けそうなほど広く、内装も豪華であった。さらに長い廊下を進み、客間へと案内される。途中、洋風の部屋もあれば和風の部屋もあるようだった。

 

客間では三人の人物が待っていた。乃木家の当主その人とその奥方、そして彼らの一人娘である園子。

 

貴也の園子を見た第一印象は『お人形さんみたいに可愛い子』だった。

整った目鼻立ち、ミルクティー色の柔らかそうな髪。その容姿に違わぬおっとりとした受け答え。

 

しかし、その受け答えの内容はとても的確で、貴也は自分より一つ年下の幼稚園児とは信じられなかった。

 

 

 

 

一通りの挨拶が済み、雑談を交えてお茶をいただいた後、いよいよ父の仕事の話に入ろうかという時、貴也と園子は子供たちだけで遊んできなさいと、客間から下げられた。

 

扉を閉めると途端に、それまでお嬢様然としていた園子の態度がガラッと変わる。

 

「私のお部屋、こっちだよ~」

 

「走ると危ないよ、園子ちゃん」

 

てーっと走っていく園子を追いかける貴也。すると園子がすてーんと転ぶ。

 

「危ないなあ。気をつけなよ」

 

「えへへっ。ありがとう。たきゃや……。言いにくいから、たぁくんでい~い?」

 

手を取って起こしてあげると、照れ笑いを浮かべながらお礼を言おうとしたのか、思いっきり噛んだ後、いきなりあだ名で呼ばれる。

 

「まぁ、いいけど」

 

「よかったぁ。私ね、あだ名で呼べるお友達が欲しかったんだぁ。――――――私たち、お友達だよね?」

 

恐る恐る、そう訊いてくる園子。その不安そうな表情をどうにかしたくて……

 

「うん。僕たちはもう友達だよ、園子ちゃん」

 

そう答えたのに、園子は頬をぷーっと膨らませてダメ出しをしてくる。

 

「もうっ! たぁくんも私のことあだ名で呼んでくれないとダメだよっ!」

 

「ええーっ。じゃあ……、うーん。――――――そのちゃんでいい?」

 

「うんっ! いいよっ!」

 

気の利いたあだ名が何も思い浮かばず貴也が答えたその安直なあだ名に、園子はぱあーっと花が咲いたような笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

園子の部屋はいかにも女の子らしい部屋だった。

部屋自体はありきたりな洋室だが、貴也の目にも置かれている家具は上質でかつ女の子向けらしい柔らかなデザインのものであった。

 

しかし、何より目を引くのは大小いくつものぬいぐるみ。ぱっと見で二十近くはあるのではないだろうか。ただし、そのどれもが何となく微妙な見た目であるのだが。

 

「あ、やっぱり気になる~? これがね~、私の一番のお気に入りのサンチョなんだ~」

 

そう言って園子が持ってきたのは、猫と思しき生物を模したと見られる枕。

 

「たぁくんなら、抱いてもいいよ~」

 

サンチョを貴也に押しつけると、今度は次々と、やはり奇妙な風体のぬいぐるみ達を紹介していく。

 

「この子がね、ロッテンマイアなんだ~。このちっちゃいのはね、ピエール。お出かけなんかで大きい子を連れて行けない時はこの子を連れて行くんだ~。あっ、このお猿っぽいのはね、スティーブンス。背中の手触りがいいんだ~。触ってみる?」

 

『よくしゃべる子だなぁ。女の子ってみんなこうなのかな? 千歳も大きくなったらこんな風になるのかな?』

 

男の子同士での遊びしかほとんど経験の無かった貴也は、半分あっけにとられながら延々と続く説明を聞いていく。

 

半分、ぼーっとぬいぐるみを眺めていると、いつの間にか説明が止まっていた。見やると、園子は立ったまま目を閉じ動かなくなっている。

 

「どうしたの、そのちゃん?」

 

恐る恐る声を掛けてみるも、なんの反応もない。戸惑いつつも何も出来ず、数分が過ぎる。

 

「ん、……んんっ……ん? あれ、寝ちゃってた? えへへっ、ごめんね。じゃあ、お絵かきしよっか」

 

『えーっ、そう来るか? って言うか、ぬいぐるみの説明の途中じゃ……』

 

園子の、それまでと脈絡のない唐突な切り替えに頭が追いつかない貴也であった。

そうしてる間にも、園子は机から画用紙を何枚か取り出し、クレヨンも用意してくる。

 

「たぁくんも、私のクレヨン使っていいよ~」

 

ニコニコしながら四つ這いで絵を描き出す園子。

 

『まぁ、千歳が大きくなった時の練習かな? ちゃんと小さい子の相手しないとな』

 

そう思いながら、貴也も園子の隣に四つ這いになって絵を描き出すのであった。

 

 

 

 

「たぁくんは何描いてるの~?」

 

「ん~、ウルトラマンゼロが怪獣をやっつけてるところ」

 

「あ~、男の子は好きだよね~、こんなの~。でも、たぁくん上手だね~」

 

「そのちゃんは?」

 

「えへへ~。みんなでお散歩してるところだよ~。これがパパでね、これがママでね、これが私。で、これがたぁくん」

 

確かにその絵には四人の人物らしきものが描かれている。何とも表現しがたい前衛的な画風だ。しかし四人とも笑顔なのは分かる。周りには木や草花も描かれている。なかでも一際目立つのは右上に描かれた真っ青で大きな丸。

 

「この青いのは何?」

 

「これ~? これはお日様だよ~」

 

「えっ? だってお日様って普通は赤とかオレンジで描くものじゃ……」

 

「ん~? お日様の下は暑いし、日焼け止め塗りなさいって言われるし……。だからこうすると涼しいし、日焼け止め塗らなくていいし、みんなもニコニコだよ~」

 

そう言いながら、ニコニコと貴也の顔をのぞき込む園子。

 

『この子、ちょっと変わってるかも。さっきも急に立ったまま寝てるし……』

 

その考えが顔に出ていたのだろう。園子はサッと顔を青ざめさせると

 

「やっぱり、私って変な子?」

 

と訊いてくる。その悲しげな表情に、貴也は慌てて取り繕った。

 

「あ、いや。そのちゃんは色々考えて絵を描いてるんだなーって感心してたんだ」

 

「あ~、よかった~。幼稚園じゃ、変な子って言われて友達いないんだ~。ほんとによかったよ~」

 

嬉しそうなその言葉に、貴也は少し罪悪感を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ、そうなんですよ。普段ぼーっとしている子で、私たちも心配になったので、ある時、夫婦揃って苦しんで倒れたふりまでしてあの子の反応を見たくらいなんですよ」

 

大人組は休憩がてらの雑談の中で、園子についての話となっていた。

 

「で、園子ちゃんはどうされたんですか?」

 

「それが大人顔負けの対応をして、呼んできた執事への状況説明も年齢からすればしっかりしたもので、私たちも今後は見守っていこうかと思っていたんですが……」

 

「幼稚園では、どうしても他の子と少しちがう行動をよくするようでして。どうも他の子達から敬遠されていると言いますか、浮いていると言いますか……」

 

「で、貴也くんならどうかと思いまして。さっきの受け答えもしっかりしていましたし、なにより私たちや園子に年齢なり以上に気を遣っているのが見て取れましたから」

 

「それで、園子ちゃんと貴也を二人きりに?」

 

「そうです。いい友達になってもらえれば、それ以上のことはないんですが」

 

隆史は昨日までの少し甘えん坊だった貴也を想起し、先方の期待の大きさに冷や汗をかいていた。

 

しかし、その隣で妻の千草は落ち着き払っている。

 

『貴也もお兄ちゃんとしての自覚が出てきたから、まぁ大丈夫でしょう』

 

母親の勘とはよく当たるものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

貴也は三枚目の絵に取りかかろうとしたところで、園子がクレヨンを持ったまま固まっているのに気づいた。

 

『また寝てるのかな?』

 

見やると、なんだかぼーっとしており目の焦点が合っていないようだ。

 

「そのちゃん、そのちゃん、どうしたの?」

 

声を掛けても先ほどと同じく反応がないので、しばらく横顔を眺めていた。

 

『うっわ、長い睫毛。唇もプクッとしててなんだか触りたくなるな。あっ、瞬きした』

 

「そうだ! お蔵の探検に行こう! たぁくんもきっと楽しいよ」

 

急に大声をだされたのでビクッとすると、園子はまた不安げな顔で尋ねてくる。

 

「ごめん。やっぱり私、変かな? 私と遊ぶのイヤ?」

 

『この子、友達がいなくて寂しいのかな? じゃあ、僕がしっかりしないと』

 

「そんなことないよ。急に大声を出されたからびっくりしただけだよ。でも、蔵って子供だけで行っちゃ危ないんじゃないかな?」

 

「よかった~。それとお蔵は危なくないよ。私、何度も一人で入ってるもん」

 

心底、安心しきった顔で園子は貴也を新しい遊び場に誘う。その手にはいつの間にか、蔵の鍵らしきものが光っていた。

 

「いつの間に……」

 

 

 

 

午後五時を越えた頃、外はだいぶ日が落ちてきており夕方の気配が濃厚になってきていた。

 

そんな中、足元に気をつけながら貴也は園子の案内で薄暗い蔵の中を歩き回っていた。

 

入り口近くは何が入っているのか分からない箱だらけで、特に面白くもなかったが、奥に行くにつれ子供にも興味が湧く品々が転がっていた。

独特な形をした壺、何に使うのか全く不明なガラクタの類、よく分からない箱形の機械、なぜか剥き出しで飾られている鎧兜。

 

それらの中でも貴也の興味を一際(ひときわ)引いたのが、大きな太刀であった。だが、子供の手には余る代物でもあった。両手で持とうとしても、重くて取り回すことさえ出来なかった。かといって、床に置いて鞘から抜いてみれば妖しく光る刀身にびびってしまい、刀身が僅かに見えたところですぐに鞘に戻し、元の場所に返す。

 

「本物の刀って怖いなあ」

 

思わず本音が漏れる。

 

そのすぐそばにあった脇差しを手に取ったところで、何かが崩れる大きな音が響いた。

慌てて周りを見回しても、園子の姿が見えない。サッと血の気が引いた。

 

「そのちゃん、大丈夫?」

 

声を掛けながら、崩れる音がしたと思われる場所に急ぐ。

 

「大丈夫だよ~」

 

そこには埃まみれになった園子の姿があった。駆け寄って、頭から腰あたりまで埃を払ってやる。

 

「これを取ろうとしてたんよ~。中に何が入ってるかな~?」

 

そう言って、小さな箱を見せてくる。開けると中には植毛されたケースが一つ。そのケースを開けると中には指輪が収まっていた。

 

「わ~、綺麗。ねえ、たぁくん。綺麗な指輪だね~」

 

おそらくプラチナなのだろう。明かり取りから差し込む、既に赤くなっている日の光を反射し、キラッと光る指輪。

 

でも、貴也は指輪よりも園子に見惚れていた。指輪を高く掲げてくるくると回っている園子に。

キラキラとした笑顔のせいだろうか。園子の体は全体が淡く光っているようにも見え、貴也はそんな園子をいつまでも見つめていた。

 

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