おかげさまでUA2,000突破、お気に入り20以上の登録、評価をつけてくださっている方もいて、ありがとうございます。
わすゆ編も今回含めてあと3話で終了が確定しました。
続くゆゆゆ編もプロットの整理が出来たので、お気づきのように章立てを始めました。
今後とも、よろしくお願いします。
ということで、本編です。
「そうか……。私、分かっちゃった……」
四国を守る結界の壁の外。そこに園子は立ち尽くしていた。
まるで太陽表面のようにも見える灼熱に爛れた大地。吹き上がる炎。
空には小型のバーテックスが無数に飛び交い、数ヶ所でそれらが融合し、かつて追い払った大型バーテックスを形作ろうとしている。
『地獄』という言葉が相応しい光景。
自らの胸に右手を当てる。
動かない心臓。視力を失った右目。自由のきかない左手。
三回行った『満開』と同じ数だけの身体機能欠損。
「これが、世界と新しい勇者システムの真実……」
先ほど満開が解けた須美が、落下していった地点に戻る。
「わっしー! ――――――大変だよ。壁の外が……」
「誰? ここは……? そうよ、銀。銀はどこ!」
「わっしー……」
へたり込むように制服姿で座り込んでいた須美は、園子の声掛けに疑問を並べた後、混乱したように銀の名を呼ぶ。
明らかに須美は記憶を失いつつあった。満開の後遺症だろう。それが園子にはすぐ理解できた。
「あれは、なに?」
須美の声に振り向く。
二十体以上ものバーテックス。それらが結界の中に侵入してきていた。
まだ完成しきっていない不完全なものばかりだが、勇者が実質残り一人になったことに感づいたのだろう。全戦力を投入してきたのだ。
須美の方を向く。出来るだけ優しく微笑んだ。
彼女が右手に掴んでいる、戦いの前に自分が渡したリボン。それをなくさないように、須美の右手に結んでやる。
「私は乃木園子。あなたは鷲尾須美。あの子は三ノ輪銀。私たち三人は友達だよ。ずっと……」
「ともだち……」
「そうだよ。――――――後のことは全部、私に任せて。大丈夫。必ずまた会えるから。じゃあ、行ってくるね」
園子は、須美を振り返らずにバーテックスの群れ目がけて飛び出した。
須美が守ろうとしたもの。
銀が守ろうとしたもの。
貴也が守ろうとしたもの。
全部、全部、守りたかった。守り抜きたかった。
「満開!」
四度目の満開。今度はどの部位の機能を欠損するのだろう。
『私は死ねない。生かされているんだ。――――――そっか……。これが私が背負うべき十字架なんだ』
神世紀二百九十八年十月十一日。
乃木園子は二十回もの満開を繰り返し、人類を守り抜いた。
彼女は、神にも等しい存在となった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「たぁくん、たぁくん。起きてよ~。起きないといたずらしちゃうよ~」
園子の声が聞こえた気がした。
「もう~。起きないから、私、先に行っちゃうよ~。――――――必ず追いかけてきてね」
優しい声だった。でも最後の一言だけは、どこか涙声に聞こえた。
『ここは……?』
気がつくと電子音が響き、薬品の臭いが鼻をついた。
息を吸うと新鮮な空気が肺に流れ込むも、吐いた息はマスクに跳ね返り口の周りに生ぬるくまとわりつく。
腕の違和感にそちらを向くと、点滴を受けていることに気付いた。
貴也は、自分が病室に寝ていることを認識した。
『そうだ! あれから銀はどうなった? そのちゃんは?』
身じろぎする。それがアラートを鳴らし、医者を呼ぶ切っ掛けとなった。
園子が神にも等しくなった日。その深夜。貴也は三ヶ月の昏睡から帰還した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「貴也、貴也! ああ、良かった。神樹様、ありがとうございます……」
「お兄ちゃん、大丈夫? 痛くない?」
母と妹が涙を溢れさせて、自分の顔を触ってくる。
その後ろでは、父がやはり涙を流しながら何度も頷いている。
逆に貴也はそこまで家族に喜ばれて、いたたまれない気持ちになる。
彼にしてみれば、バーテックスの一撃を受けて気を失い、次に気付いたら今だったというだけなのだから。
「あー、分かったから。喜んでくれるのは嬉しいけど、ちょっと落ち着いて」
「本当に大丈夫? これからお兄ちゃんのお世話、わたしがしてあげるよ」
『いやいや、小一に世話される中一って、何なんだよ。嬉しいけど、複雑だよ』
「本当に大丈夫なの? 何時間も手術を受けて、三ヶ月も昏睡していたのよ」
「あぁ、本当に三ヶ月も気を失っていたなんて、信じられないくらいだよ」
事実、痛くないかと言えば、痛い。だが、我慢できないほどではない。むしろ、体のあちこちが引き攣れている方がつらい。
とはいえ、家族から聞く、かつての自分の惨状が信じられないほどには、どちらも軽いものだ。
そもそも、掠れ気味とはいえ、声だってそれなりには出ている。
病院に担ぎ込まれた時は、全身打撲に加え、骨折は十数カ所に及び、運悪く荷崩れしたトラックの鋼棒が突き刺さったケガもあり、もう助からないものと思われたほど瀕死の重態だったらしい。
怪訝に思う。ここまで綺麗に回復するものだろうか?
特に鋼棒が刺さり、穴が空いていたとも言う数ヶ所のケガ。実際は、
どんな再生医療の効果だろう。皮膚の色が若干異なるとはいえ、綺麗に塞がっていた。
家族との喜び溢れる面会の後は、精密検査の連続だった。
それはいい。
閉口したのは、医者から事故当時の状況をしつこく何度も訊かれたことだった。
友達の家から帰る途中、衝撃を受けて、次に気がついたら今だった。
それで押し通した。事実とは、当たらずといえども遠からじだ。肝心な情報が抜け落ちているだけ。そう思い込むことにした。
実は、医療担当者側も不審に思っていた。常人では考えられないほどの回復力に。
これだけの回復力は、勇者にも匹敵するのでは?
だが、精密検査の結果でもよく分からなかった。
確かに、
前回の報告が黙殺されたこともあり、不確定な情報を大赦中枢に上げるのは躊躇われた。
だから、この情報も大赦中枢が認識することはなかった。
もし彼らが貴也の日常生活を知っていれば、もっと子細に調べていたかも知れない。
それほど、あり得ない結果だった。
一般病室に移り、落ち着いたところで、一番気になっていることを母に訊いてみた。
「母さん。そのちゃんから、何か連絡あった?」
「ん? そうね、一週間前には連絡があったわよ。貴也のこと心配して、何度も電話をくれていたのよ」
「そうか。心配してくれてたんだ……」
「今度、連絡を貰ったら、貴也が目を覚ましたって教えてあげなくちゃね。きっと、とても喜ぶわよ。あの子、貴也のこと……。ふふふ……」
千草は、そう楽しそうに答えながら、貴也の身の回りの品を病室のロッカーにしまっていく。
『そうか、そのちゃん、無事だったんだ……』
貴也にも、園子の喜ぶ顔が目に見えるようだった。
一般の面会が解禁になり、いの一番にやってきたのは、やはりこの二人であった。酒井拓哉と伊予島潤矢である。
「しかし、タカちゃんも酷い目にあったもんだな」
「ああ、まあね」
「しっかし、はねたトラックって、まだ捕まってないんだろ。警察はほんとーにやる気があんのかね」
「ハハハ……」
乾いた笑いが出る。
捕まらないだろ。本当はバーテックスのせいだからな。
そんな言葉が喉まで出かかる。
現場に鋼棒が落ちていて、さらに貴也の体に刺さっていたのも、神樹様の隠蔽工作かもしれないな、と思う。
「で、鉄の棒が刺さってたって? 話聞いた時、クラスの連中、青ざめてたぜ」
「女子の何人かは泣いてたな」
「体に穴が開いたんだろ。傷がどんなか、見せてくれよ」
「――――――こんな感じだよ」
少し、患部を見せてやる。二人とも興味深そうに眺めていた。
「きれーに塞がってんじゃん。ちょっと、周りと色が違うか? たいしたもんだよな。最近の医療技術は」
「西暦の時代から明らかに進歩している、数少ない分野だからな」
「まあ、早いとこ、壁の外のウィルスをなんとかしてほしいもんだけどな」
「それを目指して、頑張ってんだろ?」
「ところでさ、学校って今、どんな感じ?」
話題を変えて、学校のことを訊いてみる。
「あー、特に変わったところはないぜ。まあ、お前の席は残ってるから心配しなくていいぞ」
「おいおい、ちょっとブラック気味だぞ。ああ、そうそう。小学校の時、ボクらのクラスの委員長やってた弥勒さん。こないだ転校したそうだよ」
「え?」
「なんでも、大赦の方でお役目が出来たとかでさ。珍しいよな。神樹館に転入してきて、さらに転出していくなんてさ」
「ふーん」
潤矢の情報に、なぜか嫌な予感がした。
「そのちゃんのことは、何か知らないか?」
「乃木ちゃん? さあ? 小学校の方のことは全然」
「連絡無いのか? まあ、あの子も神樹様のお役目とやらで忙しそうだからなー」
彼らが知らないのは当然だ。小学校と中学校。運営母体が同じでも、校舎も違えば立地も違う。小学校の内情を知っているわけがないのだ。
でも、嫌な予感はさらに深まった。
どこか、異常とも言える速度で身体は回復していった。リハビリも順調で、クリスマス前には退院が決まった。
ところがそれまでの期間、園子からの連絡は全くなかった。
乃木家へは何回か電話を入れたが、取り次いでさえもらえなかった。
中学への復帰は三学期の始業式からと決まっていたので、二学期の終業式の日、思い立って神樹館小学校へ行ってみた。
六年生の時、担任だった教師は快く貴也を迎えてくれた。
「噂に聞いたぞ。大変だったな。体の方は、もう大丈夫か?」
「はい、おかげさまで」
「まぁ、鵜養ならすぐに遅れた分も追いつけるさ。成績は抜群だったものな」
「そんな……。そんなたいしたものじゃないです。――――――ところで、すみません、今六年生の乃木園子をご存じですか?」
「ん? あぁ、知っているよ。受け持ちの学年は違えど乃木家のお嬢さんだからな。それが、どうかしたか?」
「いえ、今どうしているのかなって」
「なにやら『神樹様のお役目』ってやつで、転校したって聞いたぞ」
「え?」
「なんなら、詳しい人を紹介しようか? 十月に急に辞められたんだが、ちょうど引き継ぎに来られててな。――――――安芸先生、安芸先生!」
元担任が呼ぶと、二十台半ばと見える女性がやって来た。
「すいません、引き継ぎに来られてバタバタしているところ。こいつ、私の教え子で鵜養っていうんですが、この前まで在籍していた乃木さんについて訊きたいことがあるんだそうです。ちょっとだけでいいんで、相手してやってもらえませんか?」
安芸先生と呼ばれた女性は、貴也を値踏みするように
「鵜養くんね。じゃあ、児童相談室までいらっしゃい」
安芸は、勇者の身辺調査をした際に把握していた貴也のプロフィールを反芻していた。
乃木園子の一つ年上の幼馴染みにして想い人。
学業は神樹館にして抜群ではあるが、その他については凡庸な人物。
良い意味でも悪い意味でもお坊ちゃん気質。
見てくれも悪くはないが、あくまでも悪くはないレベル。傑出しているわけでもない。
正直、園子の相手としては物足りないといったところだ。
『まあ、蓼食う虫も好きずき、あばたもえくぼ、といったところね』
質問される内容も想像がつく。適当にあしらうつもりだった。
児童相談室の机を挟んで向き合うと、彼女はおもむろに尋ねてきた。
「で、私に訊きたいことというのは何かしら」
「先日まで在籍していた六年生の乃木園子について訊きたいんです。どちらへ転校したのか、ご存じですか?」
「彼女が『神樹様のお役目』についていることは知っているわね。その件に関して答えることはできないわ」
貴也は、安芸のその答えようになぜだか違和感を感じた。直感だが、彼女は本質的なことを知っているのかもしれないという疑念が湧いた。
「じゃあ、質問を変えます。彼女は無事なんですか?」
予定を変更して、切り込んでみた。途端に彼女の眼光が鋭くなった。
「どういう意味かしら?」
「彼女が神樹様のお役目を行った、と思われる時は必ずなんらかのケガを負っていました。でも、お役目には二種類あったようです。負っていたケガの程度に軽重があったんです。本命のお役目があった際は、かなり酷いケガを負っていました。だから、心配しているんです」
「部外者である貴方に答える義務はないわ」
「じゃあ、更に質問を変えます。
「どうして、それを? っ!」
銀が右腕を失っていることを知っていればこその、はったりだった。だが、さすがにそこまでは予想していなかったのだろう。安芸は失態をおかした。
「やはり、そうですか」
「君は、どこまで知っているの……。――――――とにかく、ごめんなさい。私からは何も答えられないの」
貴也がある程度の事情を承知の上で尋ねているのを理解したのだろう。安芸は態度をやや軟化させた。
だが、肝心なことまでは教えてもらえなさそうだ。彼女の目がそれを物語っていた。
「上からの指示なんですね。分かりました。僕の知りたいことを貴方が教えてくれることはなさそうだ。失礼します」
扉を開けて出て行こうとした時、後ろから安芸が声を掛けた。
「三ノ輪さんなら、新学期からこの学校に復帰するわよ。私から言えることはそれだけ」
貴也は何も言わず、その場を後にした。
その胸には、えもいわれぬ不安と焦燥が芽生えていた。
貴也と安芸先生を絡ませるのにどうしようか、と悩みました。
くめゆを読む限り、安芸先生は須美と園子の散華後すぐ(10月時点?)に神樹館を辞めている様なんですよね。
本作は銀が生きていて3学期から神樹館に戻る設定だったので、2学期の終業式にその辺りの引き継ぎに安芸先生が神樹館に来ていることにして、半ば強引に絡ませています。