「凄い……」
「………………」
園子が息を飲む。貴也に至っては、声すら出ない。
三体のバーテックスの猛攻。
だが、風と樹は素早い動きで
突出した友奈は
「こんなのがあの時あれば、もしかしたらって思っちゃうよね」
園子が寂しげに微笑んだ。
そうだろう。二年前の戦い。これだけの力があれば、四人とも傷つかずに済んだかもしれない。
満開だって必要なかったかもしれない。
「だからこそ、あの子達に『満開』なんてさせちゃ、ダメなんだよ。――――――きっと、あの子達は何も知らずにその力へ手を伸ばさないといけない局面に立たされるはず。でも、あの子達を供物になんかさせない」
園子の声は、いつの間にか少し震えていた。
友奈の危機に覚醒した東郷美森の参戦は、さらに戦局を勇者側に傾かせた。
美森は召還した短銃のただの一撃で蠍座型の尾針を折ると、さらに散弾銃の連射を本体に叩き込む。
続けて友奈が怯んだ蠍座型の尾を掴み、渾身の力で投げ飛ばした。蠍座型は見事に蟹座型にぶち当たり、両者ともダウン。すぐに風、樹、友奈の三人でまとめて封印に掛ける。
一方、射手座型は美森の狙撃銃による遠距離射撃に翻弄されていた。
蟹座型の御魂は友奈の攻撃を素早い動きで避け続ける。
「この御魂、絶妙に避けてくるよ~」
「代わって、友奈! 点の攻撃をヒラリとかわすなら、面の攻撃で押し潰ーすっ!!」
風の大剣の腹での攻撃で蟹座型の御魂は潰され、光の粒となって天上に帰っていく。
一方、蠍座型の御魂はその数を二十以上に増やして勇者を翻弄する。
「数が多いなら、まとめて! えーーーいっ!!」
樹のワイヤーカッターがまとめて御魂を切り刻む。こちらも光の粒となって天へと帰る。
残る射手座型も美森の遠距離射撃で足止めしている間に、残る三人で封印に掛けた。吐き出された御魂は本体周囲を超高速で周回する。
だが、これも美森の長距離狙撃により一撃で破壊された。
樹海化が解けていく。
「なんだか、仇をとってもらっちゃったみたいな気分……」
「そうだな。あの子達は本当に凄いよ」
二人で顔を見合わせ、笑みを交わす。
当代勇者達が一人も欠けず、特に大きなケガもせずに済んだことに二人は安堵した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「本当に対応が遅いよ。プンプンだよ」
鵜養家の園子の部屋でのやり取りだ。
言葉の選び方はともかく、態度としては本当に憤懣やるかたなしといった風情の園子。
対して大赦職員の三好の態度は平身低頭の極みである。
「本当に申し訳ありません、園子様。ただ、申し開きさせていただくなら、初戦はともかくとして、二戦目はまさか翌日になるとは全くの想定外でしたので……」
「それも踏まえた上で遅いって言っているの。現行の勇者システムのリリースは三月中旬だったそうじゃない? 今はもう五月も中旬だよ。どうしてここまで遅くなってるの? 同じシステムをインストールするだけだよね?」
「技術部からは、園子様のシステムは精霊が二十一体もいるので調整に時間が取られたのが一つ、その調整で遅れてしまったのでこの際、勇者単体でも封印可能とするマイナーバージョンアップも反映させようとしたというのが一つ、の計二つの理由によりさらに一ヶ月ほど遅れたということだそうです」
「はぁ~、いろいろと理由を付けて、私へ変身用端末を渡すのを遅らせようとしてたんだろうけどね。もう、いいや。とりあえずは手に入ったことだし」
そう。ついに園子の下へ変身用端末であるスマホが正式に戻ってきたのである。これも園子と貴也、二人の勇者のうち、どちらかが常に変身能力を確保することで、大赦との交渉でアドバンテージを持っていたことがそれを可能としたのである。
もちろん、貴也が変身能力を失ったことはないのだが、昨年の秋にスマホを一時的に大赦に預けていた時期は、大赦を
「ところで、次の戦いにおいては余程のことがない限り、讃州中学の勇者たちへの接触は控えていただきたいのですが……」
「ん? どうして?」
「実は、次の戦いで大赦からの五人目の勇者を合流させる予定なんです。同時に二系統の勇者を合流させるのは混乱が生じる恐れがありますので」
「例のミノさんの端末を受け継いだっていう勇者のこと?」
「そうです。名を三好夏凛と言います。一年半ほど鍛練を積んだ複数の候補の中から選ばれた逸材です」
「三好って……。もしかして、三好さんの御身内の方ですか?」
貴也のその問いに、三好の肩がピクッと反応した。しかし、抑揚を押さえて答えを返す。
「いえ。私は、その問いに答えを返す立場にありませんので」
「ふーん。ところで、満開システムについて讃州中学の勇者が情報を持っていないって、本当?」
「アプリに入っている説明以上のことは知らないとは思いますが」
「あの、いい加減な嘘八百の解説書だね。でも、その三好夏凛って子は当然知っているよね。大赦から派遣する勇者なんだし。だからといって散華についてまでは、やっぱり知らないんじゃないのかな?」
「何が言いたいんですか」
三好の反応に若干、感情が混じっていた。対する園子の言葉は極度に冷たいものだった。
「真実も伝えないで、よくも平然と身内を供物に捧げることが出来るんだな~って、感心しているの」
「なっ?」
「運良く勇者になれたと思ったら、実は身内からも切り捨てられた人身御供でしたってね。その夏凛って子も可哀想に。よっぽど……」
「そのちゃん! それは言い過ぎだっ」
その貴也の言葉にさらにかぶせるように、三好の怒気に満ちた言葉が発せられる。
「妹のことを何も知らないくせにっ! あいつは、勇者になるために血の滲むような努力をしてきたんだっ! それに、あいつは見知らぬ人にだって手を差し伸べるような優しい奴なんだっ! たとえ、真実を知っていたって、やめるはずがないんだっ!!」
そこまで一気にまくしたてた後、ハッとして口をつぐむ三好。
だが、その言葉を聞いた園子は、優しく微笑んだ。
「ごめんね。そんな言葉が聞きたかったんだ~。私のお父さんやお母さんも同じような気持ちだったのかな~って……。妹さんが満開をしなくてもすむように、出来るだけ上手く立ち回るから。――――――本当にごめんね」
「園子様……。すみません。取り乱しました。私はこれにて失礼いたします」
去って行く三好の背中を見送る二人。貴也がポツリと漏らす。
「大赦のやり方って、みんなを不幸にするだけなんじゃないかな」
「そうだね~。もっと上手いやり方があるようにも思うんだけどな~。みんながみんな、狭い世界に閉じこもっているような気がするよ」
そう言って、園子はまだ少しだけ動く右手を貴也に向けて伸ばした。
その右手を優しく左手で握ってやる貴也。
「とにかく。ああ言われたけどね。バーテックスが複数で攻めてくるようなことがあれば、わっしー達に合流して戦うよ。私に出来ることは、やらなくちゃね」
「僕には、出来ることが少ないんだよなー、情けないことに」
「それは……、そうだ! 前、言われたこと、そのまま返す形になっちゃうけど。――――――たぁくんが、そばにいてくれるから私は頑張れるんだよ。樹海化された時でも、たぁくんがそばにいてくれて、私、心強いんだ」
「そのちゃん……」
「だからね。落ち込まないで、いいんだよ」
そんな園子の気遣いの裏に隠された感情を、しかし、貴也はなんとなく感じ取っていた。
『そんなに自分で何もかも背負い込まなくてもいいのに。自責の念から来ているんだろうけど……』
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
園子が変身できるようになったのは、彼ら二人にとって大きなアドバンテージとなった。
樹海化発生直後に、貴也が迎えに行く必要がなくなっただけではない。園子の移動速度は、貴也の輪入道を使った全速力よりも速いものであったし、貴也も変身していない園子を抱きかかえたままでは全速力を出せなかったからだ。
そういったことで、六月上旬の三好夏凛初参戦時において、彼女の戦いの一撃目から観察することができたのは僥倖であった。
「あいつは、僕が初めて見たバーテックスだな」
「あ~、私たちが戦ってたのを見たっていう……。あの時は、本当は二体来てたんだけどね~」
「そうなんだ」
「地上戦だと、地震を起こしたり、ジャンプして攻撃してきたり厄介だよ。でも一体だけだし、こちらは援軍もいるから、今回は三好さんの言うとおり、おとなしくしておこうか? ね、たぁくん」
そんなことを話していると、いきなり
上空から、夏凛が強襲を掛けたのだ。
讃州中学勇者部の勇者四人があっけにとられて見ている間に、事態は急展開をみせた。
短刀を投擲しての攻撃に山羊座型が怯んでいる間に、長刀を使い、一人で封印に掛ける夏凛。
「チョロいのよ! 思い知れ、私の力!」
吐き出された御魂は、しかし濃い紫色のガスを大量に噴出し視界を遮る。
精霊バリアが生じている。毒ガスでもあるのだろう。
しかし、夏凛はそれをものともせず、長刀を振りかぶり御魂がいるであろう場所へ飛び込む。
「そんな目くらまし! 気配で見えてんのよっ!!」
一刀両断。御魂は数十の光の粒となり、天上に帰っていった。
「さすが、大赦で鍛練を積んできた勇者だね。強いなぁ」
「戦い方の相性も良かったからね。それにしても、初めの頃のミノさんに戦い方が似てるな~。前掛かり過ぎて、なんとなく危うい感じがするよ」
「あれ? 讃州中学の四人ともめてる?」
「う~ん。でも、私たちが行くと、さらに混乱しそうだしね~。成り行きを見守るしかないかな~。――――――でも、たぁくん。次回はちゃんと合流するから、覚悟しといてね」
「了解」
ちょっと、ふざけて敬礼を返す。
とりあえず、楽勝の展開にほっとする二人であった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
七月一日がやって来た。貴也の誕生日である。
しかし、園子は憂鬱だった。いや、貴也の誕生日だけではない。千歳の誕生日も、自身の誕生日も、クリスマスや正月も。とにかく祝い事のある日はそれが近づいてくるだけで憂鬱になる。
皆と共に祝うことの出来ない、この体が呪わしかった。
プレゼントを用意できないのは、まだ言い訳が立った。自身に対してもだ。
だが、食事を共に出来ないのは悲しかった。せめて味覚か嗅覚、どちらかが残っていれば……
どちらも無い今、無理をして食事をしても、味も匂いもしない物体を口の中でグチャグチャとかき混ぜるような感覚でしかなく、気持ちが悪いだけだった。
だから、貴也の家に引き取られてからこっち、祝い事への同席は全て断っていた。
努めて明るく、こんな体では祝うことも出来ないし、皆に気を遣わせるだけだから、と言って。
こんな時だけは、あの祀られた病室に残ったままの方がマシだったのかもしれない、と思う。
そして、すぐに自嘲する。
あの部屋に居続けることなんか、耐えられないくせに、と……
その夜、貴也が部屋にやって来た。おやすみの挨拶だろう。誕生日の祝いの言葉は、今朝方掛けた。
「そのちゃん、おやすみ」
「おやすみ、たぁくん」
だが、貴也はいっこうに部屋へ戻ろうとしない。彼には珍しく、なにかもじもじしながら逡巡しているようだ。
「たぁくん、どうしたの?」
「あー、えーと、うん、そのぉ……」
「どうしたの? なんでも言ってもらって、いいよ」
優しく笑いかけた。まさか、次に衝撃的な答えが返ってくるとは思いもせずに。
「え、えっと、誕生日プレゼントをもらいたいな、と思ってさー。キ、キスさせてくれないかな?」
顔が赤くなった。だが、胸は高鳴らない。心臓が動いていないからだろう。
一瞬、心臓が動いていないのにどうして顔が火照るのだろう、とどうでもいいことに考えが向いてしまう。
彼から、こんな直截的な求愛を受けるなんて、夢にも思わなかった。
貴也も顔を真っ赤にして、でも、園子の顔を真っ直ぐに見つめている。
ふと、彼の視線が自分の唇に向いているのに気付いた。
サーッと、潮が引くように感情が冷めていった。
「ごめん。まだ、私たちには早いかな?」
首を傾げて、そう言ってみた。
「あっ、そうか。――――――ごめん、今の言葉は忘れて……」
彼は明らかに落胆し、肩を落として部屋を出て行った。
唇に触覚が残っていないのが、悔しかった。悲しかった。
もちろん、貴也にそれと
でも、自分がそれを感じられないのは、死ぬほどイヤだった。彼と一緒に感じたかった。
園子は枕を顔に押し当てて、声をくぐもらせて泣いた。
消えてなくなりたい、と思った。
ゆゆゆでの勇者キラートリオとの戦いはわすゆとの落差が酷いですね。
それだけ、勇者システムが進化してるってことですが。
ところで、ちょっと変化球気味かな?
春信兄さんにはシスコンの片鱗をみせてもらいましたが、ただのシスコン描写じゃつまらないので、園子の本音っぽいところと絡ませてみました。
最後に、貴也の誕生日と絡ませて園子ちゃんを虐めてみました。
しょうがないよね。可愛い子ほど虐めたくなっちゃいますよね?
さて、次回は早くも例の決戦です。