翌日からも貴也の態度に変わりがなかったことに、園子は安堵していた。
よくよく考えてみれば、嫌われてしまってもおかしくない態度だったと思う。それなのに……
一方で、貴也の方はというと『私たちには早いかな?』という園子の言葉を額面通りに受け取っていた。
焦りすぎて、園子の気持ちに負担を掛けすぎたかな、と反省しきりであった。
結局、二人の間に認識のズレがあったことが幸いし、結果オーライの方向で事態が噛み合っていた。
互いに相手を思いやることで、普段通りの生活が出来ていたのだ。
そんな生活が一週間ほど続いた後の夕方、それは起こった。
バーテックス七体による総攻撃である。
その日は既に短縮授業に入っていたため学校は昼過ぎに終わり、貴也は早々に帰宅していた。
空が茜色に染まり、園子の部屋で読む本を自室で物色しているところであった。
スマホから警報音が鳴り響いた。『樹海化警報』。バーテックスの襲来を告げていた。
樹海化の完了を待たず、すべてが静止する中、部屋を飛び出した。召還を掛けながら園子の部屋へと急ぐ。
「そのちゃん!」
「うん。行こう」
途端、すべてが白い光に包まれていく。
樹海化の完了と園子の変身の完了は同時だった。二人は無言で頷き合うと、讃州市へ向けて全速力で移動を開始した。
移動速度を貴也に合わせて、園子が声を掛ける。
「今回はバーテックスが七体来ているみたいだから、今の子達に合流して、満開の危険性を説くね。それと、包帯も取るから」
「いいのか? 無理にそこまでしなくても……」
「見られるのは気分がいいものじゃないけど、その方が、分かり易いしね」
貴也は、彼女の覚悟は邪魔すまいと思った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「よーし! 勇者部一同、変身っ!」
偵察から戻ってきた犬吠埼風のかけ声と共に、讃州中学勇者部の残り四人が変身する。
樹海化によって一変した神秘的な光景を前に五人の少女たちは、遙か向こう、四国を守る結界付近にいるバーテックスの群れを見据える。
「敵ながら圧巻ですね」
「こいつら殲滅すれば、戦いは終わったようなもんなんだから、弱気は禁物よ」
東郷美森の呟きに三好夏凛が強気に返す。風はそんな二人に笑いかけながら、あることを提案する。
「みんな、ここはアレ行っときましょう」
「アレってなに? どれのこと?」
戸惑う夏凛を尻目に、残り四人は円陣を組む。にこやかに参加を促す四人に、夏凛もぶつくさ言いながらもどこか嬉しそうにその円陣に加わった。
そして、風が音頭を取る。
「アンタ達、勝ったら好きなモノ奢ってあげるから、絶対死ぬんじゃないわよ。いいわね。じゃ、いくわよ。勇者部ファイトーー」
「「「「「オーッ!!」」」」」
揃って鬨の声を上げると、少女たちはバーテックスに向き直った。
その時、勇者部五人の目の前に、勇者と思われる格好をした少女と少年が上空から飛び降りてきた。
「こんにちは~」
「いや、そのちゃん。その散歩の途中ででも出会ったような挨拶ってどうだろう?」
「えーっ? 出来るだけ穏やかに挨拶したつもりなんだけどな~」
「いや、アンタ達、誰よ?」
真っ先に反応した夏凛に向けて、園子が微笑みながら答える。
「二年前に大橋の辺りでバーテックスと戦っていた先代勇者だよ~。名前は乃木園子っていうんだ。で、こっちが鵜養貴也くん。えっと、同じく勇者ってことでいいかな?」
「まぁ、いいんじゃないかな。細かく説明すると、いろいろと面倒だし」
投げやりに返す貴也。そんな二人に、勇者部の面々はそれぞれの反応を示す。
「ええっ? 先代勇者? アタシそんなの聞いてないわよっ? 何者っ?」
「ちょっとお姉ちゃん、失礼だよ。私は犬吠埼樹っていいます。こっちがお姉ちゃんの犬吠埼風です」
「わー、男の人の勇者っていたんですね。あっ、私、結城友奈です。友奈って呼んでくださいね」
「えっと、東郷美森です。よろしく」
「なんでアンタ達、しれっと自己紹介してんのよ。あからさまに怪しいでしょうが。大体、男の方はともかく、アンタ、なんで包帯でぐるぐる巻きなのよ?」
天然気味に自己紹介をする勇者部の他三人に対し、警戒心を顕わにする夏凛。長剣を顕現させて、構えまで取ってくる。対して、園子は泰然自若で答える。
「バーテックスが来てるし、時間が無いから簡潔に答えるね。さっきも言ったとおり、私は二年前に戦っていた勇者だよ。『満開』って言葉は知っているよね? ゲージが溜まれば、勇者が使える切り札のようなものだけど、その言葉が示すように、満開した花は散るものなの。分かる? 花は一つ咲けば、一つ散る。その散ってしまうことを『散華』って言うんだ。私は二十回の満開で二十回の散華をして、二十の身体機能を失った。この両足も、左手も、右目もそう。そして、これもその一つ」
あからさまに不自由となっている箇所を示した後、園子は自らの顔を覆っている包帯を取る。そこには、右目を中心にケロイド上に爛れた皮膚が広がり、右頬には大きな切り傷もついていた。擦過傷、打撲痕も見られる。
「最初のバージョンの精霊バリアはチューニングが甘くてね。致命傷は防いでくれたんだけど、そこまでに達しない傷までは防いでくれなかったんだ~。おまけに代謝機能を失っちゃったから、傷も治らなくなったし……」
勇者部の五人は息を呑んだ。そして、互いに顔を見合わせる。そこには、戸惑いと恐れが見られた。
「ごめんね。恐がらせるつもりはないんだけど、満開の危険性を知ってもらいたかったんだ。勇者装束のギミックで戦闘中は補助を受けられるけど、日常生活には支障が出るからね。だから、みんなは絶対に満開をしないでほしいんだ。ゲージが溜まっても、意志を示さなければ満開は起こらないからね」
そこまで言って、園子はふうっと息を吐いた。最低限、言いたいことを言い切ったからだろう。
「満開の危険性は分かったわ。でも、なんでアンタは二十回も満開をしたの? そうなることが分かっていたんでしょ?」
「う~ん。そのへんはいろいろと事情があってね……」
「もう時間が無い。敵さん、動き始めたよ」
風の問いかけに、答える時間は無さそうだった。貴也の声にスマホのマップを確認すると、何体かのバーテックスがこちらへ動き始めていた。
「あれ? 乃木さんたち、マップに出ていないよ」
「アドインモードを立ち上げて。エキスパートモジュールを入れると表示されるよ。パスワードは『sendai』だから」
「あ、本当ですね。表示されたわ」
「ん~? あれ、あれ? とーごーさん、助けて~。分かんないよ~」
友奈の疑問に園子が答える。すぐに美森がNARUKOを操作して確認するが、友奈には少し難しい操作だったらしい。
「とにかく、戦うわよ。友奈、そんなのはあとにしなさい」
「聞いて。作戦があるんだ~。あいつらとは二年前にも戦っているから、ある程度特徴が分かっているから」
「聞かせてもらうわ、乃木」
「犬吠埼のお姉……、――――――あ~、もう、時間が無いし、あだ名で呼んじゃうね。フーミン先輩とイッつんは、神樹様に出来るだけ近づいて迎撃して。『双子座型』がやつらの切り札のはずだけど、そいつは小さい上に高速で走るから神樹様の前で待ち構えておいてほしいんだ。ゆーゆとにぼっしーは……」
「誰が、にぼっしーよ! 誰? その変なあだ名をコイツに教えたのは!!」
「フーミンって……、どういうセンス?」
「イッつんって、私のことでしょうか?」
「みんなのことは事前にリサーチしているからね。で、ゆーゆとにぼっしーは必ず二人一組を堅持して、遊撃に当たって。わっしーは……、東郷さん、貴方のことは、わっしーって呼ばせてもらうよ」
「二年前……、そうか、貴方、私が記憶を失った二年間の……、いいわ、好きなように呼んで」
「やっぱり、わっしーは
「アンタはどうするの? 一人で戦うっていうの? それは、ちょっと同意できないけど」
「私は二十回も満開して、二十一体も精霊がいるからね。どんな敵もズガーンってやっつけちゃうよ。大丈夫、無茶だけはしないつもりだから。じゃあ、任せたね!」
夏凛の問いにそう返し、園子は突出してきている
「とりあえず、乃木の言う作戦どおりに動きましょう。状況に合わせて修正を掛ければいいから。樹、行くわよ」
「ちょっと待ってよー、お姉ちゃん」
犬吠埼姉妹は、園子の指示どおり神樹の近くへと移動していった。
「私たちも行くわよ。友奈!」
「うん。私たちは園ちゃんの援護をすればいいんだよね、夏凛ちゃん」
「分かってるじゃない。っていうか、アンタもアイツに合わせてあだ名呼びするのね。とにかく、いくら強くてもこれだけの数が来てるんだから、そう
友奈と夏凛は、園子の後を追っていく。それを目で追いながら美森は射撃体勢を取り、貴也に話しかける。
「援護射撃を開始するわ。貴也さんと言ったっけ。貴方も乃木さんの援護に行っていいのよ」
「いや、バーテックスの知性を侮ったらダメだよ。君は近接戦闘に向いてなさそうだし、万一のためにね」
「そう。じゃあ、お願いするわ」
いよいよ、決戦の火蓋が切られた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
園子は後方を見やり友奈と夏凛が追随してきているのを確認すると、すぐさま牡羊座型への攻撃を開始する。
「恐らく囮だろうけどね。いっくよ~。それっ!」
右手を掲げて空中に十数本の様々な種類の槍を召喚すると、右手を振り下ろし、全てを牡羊座型へと射出する。重力加速度も加わった勢いで敵へ襲いかかった槍のうち、数本がバーテックスの装甲を穿ち怯ませる。
「ゆーゆ、にぼっしー、封印はお願い!」
二人にそう声を掛けると、蓮の花の意匠が穂先の根本についた槍を一本、左手代わりの白い帯に持ったまま、さらに加速して前方のバーテックスの群れへと突き進んでいった。
「言ってくれるわねー。友奈! 行くわよ!!」
「オッケー、夏凛ちゃん。任せておいて!」
夏凛が長刀を三本召喚して牡羊座型直下の地面へ投げつけ、封印を開始する。
「おとなしくしなさいっ! アンタが最初の血祭りよ!」
牡羊座型はすぐに逆四角錐状の御魂を吐き出す。だが、御魂はその場で高速回転を始め、最後の抵抗を試みる。
夏凛が短刀を数本投げつけたが、全て弾き返された。
「私が行くっ!」
友奈のパンチも一旦は弾かれたが、溜めを込めた二撃目は見事に御魂に突き刺さり、その回転を止めた。
「とーごーさん! お願いっ!!」
「任せて、友奈ちゃん」
美森の狙撃銃による一撃で御魂は破壊され、数十もの色とりどりの光の粒が天上へと帰って行った。
貴也はそんな美森を、あの時のでかい子か、と若干失礼なことを考えながら、NARUKOのマップを使って周囲を警戒する。
「東郷さん、魚座型が近づいてきている。くそっ、こいつ樹海の中を潜ることが出来るのか……。地面の下からの攻撃に気をつけて。――――――いや、そこから避けてっ!」
貴也の叫びに美森が飛び退くと同時に、一瞬前まで美森が居た位置の地面の下から魚座型が飛び出てくる。
すぐさま短銃を召喚して連射するが、大きなダメージを与えてはいないようだ。
貴也は輪入道の力で空中を走り、魚座型の背に取り付く。
「攻撃に全振りすれば、どうだ!」
二年前、蠍座型に最後の攻撃を仕掛けた時のように、輪入道、雪女郎、七人御先、三つの精霊の力を全て輪刀に込めて切りつける。
若干ではあるが、ダメージが通る。
魚座型は奇妙に身をくねらせながら、飛び上がり、あるいは地面に潜り、貴也を振り落とそうとする。
しかし、貴也も振り落とされまいとしながら、攻撃の手を休めない。
「少しは、役に立たないとな!」
一方、園子は
牡羊座型同様、大量の槍の投射でダメージを狙うが、天秤座型の回転による嵐で全てあらぬ方向に逸らされる。
「あっちのデカブツの方が気になるんだけどな~。横着しちゃダメか~。なら!」
「とーつげきーーっ!!」
天秤座型の下半身相当を破壊するが、水瓶座型の水流による射撃で吹っ飛ばされた。ただし、烏天狗の精霊バリアで直撃だけは避ける。
そこへ友奈と夏凛が到着した。
「園ちゃん、さっきの奴はやっつけたよ。どうすればいい?」
「個別にやっちゃえばいいでしょ! 三対三なんだからっ!」
「う~ん、バラバラはまずいかも~。あのデカブツが気になるんだよね~。とりあえず、あの天秤座型から……」
そこまで言いかけたところで、辺りに怪音波が響く。牡牛座型の上部の鐘が鳴り響いたのだ。
脳を揺さぶられ体がブレそうなほど響く、重量感のある音波攻撃に膝をつく、三人の勇者。
「なによ、この音。気持ち悪っ……」
「グッ、これぐらい、勇者なら……」
「こんな攻撃方法あったんだ。なんとか、しないと……」
その
バーテックスとの決戦祭り前編でした。
当初からの予定通り園子から、満開ダメ絶対、をいただきました。
これでゆゆゆ1期の感動ポイントの一つ、風の叛乱フラグをへし折ったということで。
園子の戦闘描写も難しいですね。
他の勇者も含めて満開状態よりは弱くみせないといけないし、かといって他の勇者よりも強いところはみせるべきでしょうし。
ゆゆゆ1期10話の園子の証言通り、大量の武器の召還でズガーンはデフォルトでしょうが。