鵜養貴也は勇者にあらず   作:多聞町

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第二十二話 決壊

貴也が学校から帰宅して園子の部屋へ向かうと、いつもとは異なる雰囲気がその部屋には漂っていた。

そこには、茫然自失した園子の姿があった。

 

「そのちゃん、ただいま。一体、どうしたの?」

 

「たぁくん、わっしーが……」

 

園子は今にも泣き出しそうな様子で、先ほどまでの美森とのやり取りを貴也に説明していった。

 

 

 

 

「ふふふ……。やったー」

 

小声で、そう喜びの声を上げつつ、小さくガッツポーズをとる。

真顔を保とうとするが、ニヤニヤが止まらない。

樹は、何度もスマホのそのメールの文面を見返しながら、学校からの家路を急いだ。

 

 

 

 

「それ、本当ですか?」

 

「ええ、そうですよ。犬吠埼樹さんは、確かに弊社のヴォーカリストオーディションの一次審査を通過しています。つきましては、二次審査の要項についてメールを送付させていただいておりますので、よろしくご検討をお願いいたします」

 

風は、自宅のダイニングの椅子に座りながら、その思いがけない電話の通話内容をもう一度、頭の中で反芻する。

驚きと喜びと、そしてそれを上回る妹への愛しさで胸が張り裂けそうだ。

 

今日はお祝いをしないといけないな、といそいそと準備を始めた。

 

 

 

 

「とーごーさん、家にも帰っていないって……」

 

「どこ、行っちゃったのかしらね。東郷が昼から学校をサボるなんて、雪でも降るんじゃないかしら」

 

昼食をとった後、学校から姿の見えなくなった美森を探していた友奈と夏凛。

放課後、校内にいないことを確認すると、友奈が東郷家に電話を入れたのだが、家にも帰っていないらしい。

 

「夏凛ちゃん。あのね、まだ言ってなかったんだけど……」

 

「どうしたの、友奈? 別に怒ったりしないわよ」

 

「昨日、風先輩とね、とーごーさんの家に呼ばれて……」

 

そう言って、友奈は昨日、美森に精霊バリアによって勇者が死ねない運命を背負っていると説明されたことを、夏凛に話していった。

 

 

 

 

「オエーーーっ! ゲホッ、ゲホッ」

 

四国を守る結界。特大の根や蔓が絡まって出来た壁の上。そこで美森は四つ這いになり吐いていた。

結界の外。その地獄のような光景に、そして理解できた世界の真実に、精神が耐えられなかったのだ。

 

「どうすればいいの……。考えなきゃ、考えなきゃ、考えなきゃっ! なんとかしないと、みんなが満開を繰り返していかないといけない……」

 

無限に復活を繰り返すバーテックス相手では、いずれ園子のように満開を繰り返さざるを得ない。

そうすれば勇者は誰も彼も、身体機能を欠損していくほか無いのだ。

そして最後は園子が言っていたように、樹木のように体は動かなくなり、記憶も精神も失い、ただ祀られるだけの存在に……

 

「そんなのはダメよ……。――――――そうよ。そうだわ……。たった一つだけ方法があるっ! 神樹を滅ぼせば、この生き地獄から解放されるはず。そうよ、こんな世界は私が終わらせてやる……」

 

美森は、決意を込めた獰猛な笑みを浮かべたつもりだった。だが、その口元は歪み、瞳は澱みきっていた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

勇者たちのスマホが、けたたましい警報音を奏でる。

今までの樹海化警報で鳴る警報音よりも、より焦燥感をかき立てる耳障りな警報音だ。

表示画面には『特別警報発令』と表示されていた。

マップを見ると、結界の一部から無数の赤い光点が四国側に押し寄せてきているのが確認できた。

美森と園子を除く五人の勇者は、いずれもその警報とマップの表示に驚き、戸惑い、そして勇者としての対応を決意した。

 

 

 

 

「全部、私のせいだ……」

 

「そのちゃん……」

 

辺りは樹海化が完了していた。彼方に、無数の小型バーテックス(星屑)が結界内に侵入してきているのが見える。

園子は変身はしたものの、勇者装束のリボンにも似たギミックを使って立ち尽くしたままだった。

 

「わっしーを傷つけたのは私だ。私は思い上がってた。たかだか二年早く勇者を経験して、大赦に祀られて、多少知識があったっていうだけで、本質的にはわっしーたちと何も代わらない立場だったのに……。取り返しのつかないことをしちゃった……」

 

涙声で、後悔ばかりが口をついて出る。園子は心が折れそうだった。

 

結界が破られ星屑の群れが侵入してきている、その場所に美森がいることをNARUKOのマップが明示していた。

前後の状況から考えて、結界を破ったのは美森であろうことは明白だった。

彼女が何故、そんなことをしたのか? それも、直前の園子とのやり取りを考えれば、分かろうというものである。

 

「たぁくん、どうしたらいいの? どうしたら良かったの? もう、なんにも分かんないよ……」

 

貴也にだって分かりはしなかった。

分かるのは、遅かれ早かれこうなっていただろうこと。たとえ、美森でなくとも他の誰かが同じようなことをした可能性は否めない。

自分だって、園子が今後も満開を繰り返さざるを得ないだろうことが理解できていて、そのことに絶望を感じていたのだから。美森のようなことをしなかったのは、単純にそんな力がなかったということと、それでも園子と一緒に日常を過ごせる幸せを感じ続けたかったからということの、二つの理由からでしかなかった。

 

そう。何よりも、誰よりも園子と一緒にいたかった。

だから、大赦から取り戻そうと思った。バーテックスから、満開と散華という運命から、守ってやりたかった。

 

だから、だからこそ自分の気持ちを園子にぶつけてみようと思った。

園子の前に立ち、両手でその華奢な両肩をつかむ。

一瞬、こんな華奢で小さな体で、ずっと重荷を背負ってきたんだな、と可哀想になる。

 

「そのちゃん。聞いてくれ。僕は、そのちゃんのことが好きだ。世界中の誰よりも好きだ。だから、いつだって無条件で君の味方だ。ずっと、いつまでも、どんなことになろうとも君の味方でいる。――――――だから、つらいかもしれないけど、東郷さんにそのちゃんの、自分の本当の気持ちをぶつけてみよう。君たちは二年前、確かに友達だったんだろ? その絆を信じてみよう。それしか無いと思うんだ」

 

「たぁくん……。うれしい……。私も、たぁくんのことが大好きだよ。――――――でも、私にはたぁくんに愛される資格なんて無いんだよ。それは、自分が一番よく分かってる。……でも、そうだね。わっしーに自分の気持ちをぶつけてみるよ。本当の、醜い胸の内、さらけ出してみるよ」

 

園子は、そう言って初めて微笑んだ。弱々しく、今にも消えそうな笑顔ではあったが。

貴也は、そんな園子を抱きしめた。少しでも元気づけられるように。少しでも勇気づけられるように。

 

「たぁくん。私、行くね。たぁくんは出来る限り戦わないでね。お願いだから……」

 

「分かった。それに、僕には他にすることもあるからね」

 

「じゃあ、またね」

 

「ああ、またな」

 

貴也の『他にすること』という言葉に少し疑問を持った園子だったが、追求はせず、微かな笑顔を残して、四国を守る結界の方へと跳んでいった。

 

それを見送った貴也は、マップを確認する。既に目当ての人物は、美森に接触していたようだ。

 

『そのちゃんには、ああ言ったけど、東郷さんを本当に止められるのは友奈しかいないはずだ。彼女の説得が上手くいけばいいけど……。もし、一度でダメでも二度、三度とやってもらう価値はあるはずだ』

 

貴也は、多重召還を掛けると輪入道の力で空中走行に入る。

目指すは結城友奈、その人。

だが、そこに至るには膨大な数の星屑が群れをなしていた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

時間は少しばかり遡る。

 

友奈と夏凛は樹海化が完了すると、すぐに変身して結界へと向かった。

NARUKOのマップ上、その付近に美森がいるのが表示されていたからだ。

異変の元凶が美森なのではないか。そんな不安に駆られながら、現場に急行した。

 

そこでは、壁と結界に大きな穴が開き、無数の星屑が侵入してきていた。

美森は、自分に襲い来る僅かな数の星屑を短銃で撃ち落としながら、無表情にたたずんでいた。

 

「とーごーさんっ! なにしてるのっ!?」

 

「友奈ちゃん……。壁を壊したのは私よ」

 

「東郷! 自分がなにやってるか、分かってるの!?」

 

友奈と夏凛の問いかけに淡々と答えながら、結界の外へと誘導していく美森。

三人が結界を抜けると、そこには地獄が広がっていた。

 

赤く焼け爛れた大地。吹き上がる炎。無数に飛び交う星屑。形作られていく倒したはずの大型バーテックス。

 

あまりの光景に驚愕したまま無言となる友奈と夏凛に、トドメを刺すように言葉を紡ぐ美森。

 

「これが世界の真実よ。四国以外はすべて滅んでいる。バーテックスも復活を繰り返して無限に襲ってくる。私たちには未来なんて無かったのよ。私たちは満開と散華を繰り返して、体の機能も大切な記憶も失いながら戦い続けて、ついにはすべてを失ってしまうの。――――――でもね、そんなことはもうさせない。神樹を滅ぼしてみんなを救うわ」

 

結界を構成する壁に向けて散弾銃を構える美森。

 

「やめなさい! 東郷!」

 

「どうして止めるの? 夏凛ちゃん……」

 

「私は大赦の勇者だから! 四国の人々を守るのが使命だから! そうよっ、だからアンタを止める!」

 

「大赦は貴方を騙して道具として使ってきたのに? 乃木さんだって、そう。この真実を隠していた。そんな人達を信じるの?」

 

「道具? そんな……」

 

「違うよ! とーごーさん。このことを黙ってたとしたって、なにか理由があるはずだよっ! 少なくとも園ちゃんは、私たちと一緒に……」

 

「もう私は、友奈ちゃんや勇者部のみんなが傷ついていくのを黙ってみてられないのっ! 分かって!!」

 

しかし、そのやり取りはそこで唐突に終わりを告げた。

背後から迫ってきた乙女座型(ヴァルゴ)バーテックスが射出する爆弾の爆発により、三人とも吹き飛ばされたからだ。

 

夏凛は、至近距離で爆発を受けたため気絶した友奈を抱きかかえて、後方へと撤退していった。

 

 

 

 

「お姉ちゃん! これは一体、なんなの!?」

 

「アタシにも分からない。でも、何か異変が生じているのは確かよ。とにかく、こいつら小型のバーテックスを殲滅するのが先よ!」

 

風の下へ、樹が合流する。

二人は事態の根本原因が分からないままではあったが、とにかく無数に侵入してきている星屑を殲滅するべく、戦闘を開始した。

 

風が大剣を振るい、樹がワイヤーカッターで撃ち落とす。姉妹は息のあった連係プレーで、四国の陸上部相当まで侵入してきていた星屑の数を徐々に減らしていった。

 

だが、暫く戦闘が続くと状況が一変した。彼女たちの目の前に大型バーテックス二体が迫ってきたのだ。

牡羊座型(アリエス)山羊座型(カプリコーン)であった。

 

「二対二か……。アタシ達は単独で封印が出来ないから満開無しじゃ、ちょっとキツイわね。樹はいけそう?」

 

「大丈夫だよ。任せて。満開無しでも、なんとかしてみせる!」

 

「よく言った! じゃあ、犬吠埼姉妹の女子力、見せつけてやるわよっ!!」

 

二対二プラス星屑という形での激闘が開始された。

 

 

 

 

結界を越えて侵入してきた乙女座型バーテックス。

その上空から、数十本もの槍が降り注いだ。

 

園子の攻撃だった。たちまち、穴だらけになる乙女座型。

 

「封印!!」

 

地上にまで貫通した槍を再利用して、単独で封印の儀に掛ける。

吐き出された御魂は、園子の右手にあった蓮の花の意匠がついた槍の一閃で、抵抗するいとまもなく破壊された。

 

そのまま、結界の壁の上に降り立った園子は、そこにいた美森と対峙する。

 

「わっしー、ごめんなさい。私が間違ってた。知っていることは、すべて貴方達と共有して一緒に考えていくべきだった。本当にごめんなさい。――――――でもね、こんなことは許されない。私は貴方を止めないといけない。それが私の贖罪の一つなんだ」

 

「いまさら、無駄よ。私は、この世界を終わらせるって決意したの。――――――バーテックスは無限に襲ってくる。なら、どうしても満開を繰り返していかないといけないの。今の貴方のように。散華を繰り返してボロボロになって。もう、友奈ちゃんや勇者部のみんなが、そんな風に傷ついていく姿を見たくないの!」

 

そう言って、涙を流す美森。

だが、園子はそんな美森を詰問する。

 

「それは、貴方だけの感情だよね。ゆーゆ達がどう思っているのか聞いたの? 傷ついていくのはイヤだって言ってたの? 世界を終わらせて欲しいって言ってたの?」

 

「そんなの聞けるわけがない! でも、体の機能を失っていくのを喜ぶ人なんていない! 散華を繰り返していかなきゃいけないなんて、生き地獄だよ!!」

 

「それじゃ、貴方が大赦と変わらないって言ってた私とおんなじだよ、わっしー。自分だけの殻に閉じこもっちゃダメって言ったよね。そう言ってた私自身がそうだったから偉そうなこと言えないけど、自分だけの考えを、感情をみんなに押し付けているだけだよ……」

 

「でも! それでも私は、みんなが傷ついていくのが耐えられないのっ!!」

 

美森の感情任せの慟哭にまみれた叫びは止まらなかった。

園子は視力を失い閉じたままの目で、しかしそんな美森を見据えた。

 

「もう建前論はやめよう、わっしー。貴方の本音は、そんなところには無いはずだよね」

 

「?」

 

「貴方の本音は、ゆーゆに忘れられたくないって、その一点に集約されているはずだよ。そうだよね?」

 

「……っ!」

 

美森の体に、いや心に衝撃が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

貴也は驚いていた。

今までの大型バーテックスとは違い、星屑相手であれば自分の輪刀が効果を発揮することに。

もちろん、今まで銀に鍛え上げられたすべてが功を奏しているのだろう。

だが、軽くスパスパと斬っていくことが出来ることに、高揚感を抱かずにはいられなかった。

 

だから意外に早く、撤退してきた夏凛と合流することが出来たのだ。

 

 

 

 

合流した地点近くの大きな樹木の陰に降り立つ二人。夏凛は気絶している友奈を貴也に託した。

 

「鵜養。友奈を頼むわ」

 

「どうするつもりだ?」

 

「バーテックスを殲滅しに行くわ。どのみち、あいつらを殲滅しないと明日は無いしね。東郷を止めるのは友奈に任せる。っていうか、友奈にしか止められないって思うし。――――――いい? アンタだから友奈を任せるの。三ノ輪に聞いたわ。先代は三人とも、何かしらアンタに守られていたって。もし、友奈を死なせたり、大ケガさせたりしたら承知しないからね」

 

「ああ、分かった。僕も友奈に、東郷さんの説得を頼むつもりだったんだ」

 

夏凛は貴也のその返答を聞くと、さも安心したように息を吐き、口調をガラッと変えて己の胸の内を明かす。

 

「フッ……。友奈に伝えておいて。戦うことしか知らなかった私が、大赦の道具でしかなかった私が、友奈のおかげで友達が出来たって。だから、ありがとうって」

 

「そんなことは自分で言えよ。その方が友奈だって喜ぶだろ」

 

「アンタ、アレが見えないの? 復活した奴らがぞろぞろ来ているのを。あとからあとから湧いて出るかもしれないしね。さすがの私も、満開無しじゃ無理よ。だから、伝えられる時に伝えておくの」

 

夏凛の指摘どおり、彼方に蟹座型(キャンサー)蠍座型(スコーピオン)射手座型(サジタリウス)魚座型(ピスケス)の四体が横一列で侵攻してきていた。

 

「満開はしちゃダメだ。そのちゃんが、君のお兄さんに約束してたんだ。妹さんが満開しないで済むように尽力するって。だから……」

 

「そんなこと言ってたの? あの甘ちゃんお嬢さん……。あーあ、やっぱり東郷の誤解か。そんなこと言うヤツが、私たちの敵であるはずが無いじゃない。バッカみたい。ほんと、バッカみたい……」

 

最後は今にも泣き出しそうに、そう呟くと、夏凛は貴也にもう一度向き直る。

 

「じゃ、友奈のことよろしく。大赦の勇者じゃなく、讃州中学勇者部の勇者として戦ってくるわ」

 

そう言って、四体の大型バーテックスめがけて飛び出していった。

 

「うっ、夏凛ちゃん……」

 

いつの間にか、友奈が目を覚ましていた。

貴也は、友奈のそばに駆け寄り、抱き起こしてやる。

 

「貴也さん、夏凛ちゃんが……」

 

「三好さんが言ってたよ。友奈のおかげで友達が出来たって。ありがとうって。東郷さんを頼むって」

 

「夏凛ちゃん……」

 

涙を流す友奈の視線のその先で、大きなサツキの花が空中に咲き誇った。

 

 

 




とーごーさん反逆編前編でした。

一応、樹の夢関連は極々軽く撫でるように触れています。今後に期待はしないでください。

そのっちvsわっしーは既定路線です。原作で園子の大切な人はこの時点でわっしーだけですから、わっしーに味方するのは当然でしょう。(親? 散華を知ってて黙ってるし、祀られた病室にも結局放置ですから、愛情を頭で理解できても、心が納得出来るかどうか)しかし、本作ではミノさんが生きてるし、たぁくんもいる訳ですから対立必至です。

また、この対決の時間を用意するために犬吠埼姉妹には再生怪獣どもをぶつけています。この姉妹、本作ではいろいろと蚊帳の外に置かれているような……
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