若葉と杏が、その部屋に戻ってきた時には、既に戦闘は終わっていた。
都合四体の星屑。そのすべてを球子が倒していた。
しかし、球子は放心したようにその光景を眺めていた。
倒れている貴也に、ひなたが泣きながら手当をしていた。
「一体、何があったんだ? 球子」
「若葉か……。タマがドジ踏んじまったんだ。バーテックスに手間取っている間に、別方向から攻めてきた奴にひなたが襲われて、鵜養がそれを庇ったんだ」
「でも、全部お前が倒したんだろ?」
「そうだけど。でも、もっと上手くやれてれば……」
そう言って落ち込む球子をとりあえず置いておき、貴也たちの様子を確認にいった杏に声を掛ける。
「杏。鵜養くんの具合はどうだ?」
「右肩を一部、食いちぎられています。でも、命に別状は無いようです」
「そうか。鵜養くんには悪いが、死者が出なかっただけ不幸中の幸いだ」
球子を励まし、貴也の手当を続けつつ、友奈と千景の帰還を待った。
全員が揃ったところで、若葉が頭を下げてきた。
「鵜養くん。ひなたを救ってくれてありがとう。このとおりだ」
「いや、当然のことをしただけだよ。頭を上げてくれ」
実際、貴也には打算があった。
まったく知らない人間であれば、見捨てていたかもしれなかった。当然だ。園子に再会できるまでは、死ねないと思ったからだ。
だが、この勇者たちの誰か一人でも欠ければ、歴史が大きく外れていく恐れがあった。少なくとも、乃木若葉が死ねば園子が、郡千景が死ねば自分や千歳達が、この世から消えてしまう公算が大きかった。
だから、少なくともこの西暦の勇者メンバーは死なせてはならないと思ったのだ。
「貴也さんが庇ってくれなければ、今頃、私は死んでいました。本当にありがとうございます」
ひなたもそう言って、頭を下げてきた。そして、若葉ももう一度頭を下げる。
「それともう一つ。こんな事態になってしまい、生存者の捜索は打ち切らざるを得ないんだ。私たちも時間が限られている中で、やるべきことが山積みなんだ。申し訳ない」
「いや、勇者の力で一時間近く捜索して見つからなかったのならしょうがない。そういう運命なんだと受け入れるよ」
「本当にすまない」
気まずい沈黙が流れた。
貴也も園子たちのことは諦めざるを得なかった。
元々、一緒にこの時代に飛ばされているのかどうか、あやしかったのもある。
最初から諦め気味だったため、自分でも意外なほどにすんなりと受け入れられた。
沈黙に耐えきれなかったのか、友奈が慌てたように若葉に問いかけてきた。
「と、とにかく、これからどうしよう? 若葉ちゃん」
「そうだな……。今日は、本当は神戸まで行って周辺の調査を行う予定だったからな……。二手に分かれよう。千景に鵜養くんを任せる。今日中に四国に戻って彼を引き渡し、明日の朝、四国を発ってもらって神戸で合流しよう。私たちは、先行して今日中に神戸入りし、明日千景が合流するまで調査に当たろう」
「ちょっと待って。どうして私なの? 他の人じゃダメなの? 男の人と二人きりなんて、イヤよ」
若葉の提案に対し、千景がはっきりと拒絶の態度を取ってきた。本当に心底嫌そうな表情だ。
「鵜養くんを送るためだけに人員を割くわけにいかないからな。私は、この中で単独行動を任せられるとしたら千景だと思ったんだ。私がチームから離れるわけにもいかないしな。それに鵜養くんのことなら、ここまでの彼の言動で、信頼が置ける人物だと私は思っている。ま、いざとなったら勇者の力でぶっ飛ばせばいい。フフッ……」
若葉は千景の目をまっすぐに見つめ、真剣にそう返した後、最後は少し冗談混じりの発言をして軽く笑った。
「勇者の力でぶっ飛ばされるのは、勘弁したいな。君が嫌がるようなことは絶対しないと約束するよ」
貴也も、そう言って若葉のフォローをする。そこに友奈が優しく微笑みながら続けた。
「ぐんちゃん。貴也くんなら大丈夫だと、私も思うよ。こんなケガを負ってまでヒナちゃんを助けてくれた人だよ。安全なところまで、送ってあげようよ……」
「高嶋さんがそう言うなら……。分かったわ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「いろいろと、ありがとう。四国で機会があったら、お礼に伺うよ」
「ヘンなところは触らないでよ。――――――じゃあ、行ってくるわ」
貴也を背負った千景が跳躍していき、姿を消す。
「大丈夫でしょうか?」
杏が二人が消えた方向を眺めながら、そう呟いた。すると、球子が杏の背中を軽く叩いて諭す。
「心配性だな、あんずは。鵜養は、タマも信頼が置ける奴だと思うよ。それに千景はああ見えて、いろいろ考えられるし、いざという時は精霊の力も強いしな。タマも見習わなくちゃいけないところがあるからな」
「タマっち先輩がそう言うなら、そうかもしれませんね。私も二人を信頼することにします」
「さあ、私たちは神戸へ向かうぞ。暗くなる前に野営地を見つけないとな」
若葉達は荷物を纏め、東へ向けて移動を開始した。
「すまないな。迷惑を掛けて……」
「気にしないでいいわ。これも勇者としての任務の一環よ」
千景の跳躍に身を任せながら、貴也が話しかける。
気を遣っているのか、輪入道の全速力と比べると半分以下の速度しか出ていない。だから、軽く会話が可能だった。
そもそも、自分の直接のご先祖様に当たる少女だ。それなり以上に興味があった。
「郡さんは戦い始めて、どれくらい経つんだ?」
「実戦は半年、訓練を入れれば三年といったところよ。あまり話しかけないでくれる? 男の人は苦手なの」
「ゴメン。でも、妹とちょっと面影が似ているから話してみたいなって思ったんだ」
確かに、千歳の面影を残したような顔立ちだ。直接のご先祖様なのだから当然かもしれない。
でも十数代は離れているはずである。それなのに、まるで千歳が成長したらこんな顔立ちになるのではないか、といった感じなのである。ただ、性格はまるで違うようだが。
「そうなの。で、妹さんは――――――あっ、ごめんなさい。そう、そうよね……」
「もう、会えないんだろうな、とは思うよ……」
断言はしたくなかった。理由も原因も分からず過去の世界へ来てしまった。でも、だからこそ、また理由も分からず元の時代へ帰れるのでは? その低い可能性に縋っていた。
だが、やはりあくまでも低い可能性だ。希望は持ちすぎない方がいいとも思った。
「とにかく、男の人が苦手ってのは残念だな。まぁ、あんまり無防備でも危ない話だけど」
「なによ。なんの話?」
「いや、絶対幸せになれそうなのにな、って思っただけだよ。きっと、君が幸せを感じられるように全力を尽くしてくれる人が現れそうだからさ」
そう、将来婿を取るのではなく嫁に行くことを願うはずの、この少女を全力で受け入れようとする人が、家が現れることを知っているから。だから、そう言ってしまった。
「それは私が勇者で、必要とされているから? そうなんでしょ?」
「え? 勇者とか関係ないだろ? 郡さんは美人さんだし、こうやって優しくしてくれるし、魅力的だと思うよ」
「……! な、なに言ってるのよ!! ふざけていると、このまま振り落とすわよ!」
「ゴ、ゴメン。ちょっと口が滑った。振り落とすのは勘弁してくれ!」
さすがに、そのあたりで会話は途切れた。
沈黙が支配する中、二人は市街地を抜け、山がちな地域に入ってきた。跳躍の最高点では、遠くに瀬戸大橋の姿が見える。
貴也にとっても、体感で二年ぶりの健全な状態での瀬戸大橋の偉容である。
だが、山がちな地域も抜け、再び市街地――児島の市街地であった――に入ろうと跳躍の最高点に達した時、二人は気付いた。
「どうして……? いつの間に、こんなにバーテックスが……」
「数が多いな。百体以上いるんじゃないか?」
市街地の一角、というよりは一部と言ってもいい広さに星屑が集まってきていた。
だが、それに気を取られすぎたのがまずかった。着地点に十体近い星屑がいたことに気付くのが遅れたのだ。
着地すると同時に襲われた。
二人は跳ね飛ばされ、地面に別々の方向へ転がった。
千景はすぐさま起きあがると、彼岸花を想起させる暗赤色の勇者装束を翻し、大鎌――大葉刈を振るい星屑に立ち向かった。
が、貴也に気を取られた。貴也は立ち上がっていたが、そこへ二体の星屑が襲いかかろうとしていた。
「鵜養くん!」
貴也を守ろうと向きを変え、走り出したところで左から別の星屑に襲われる。大葉刈の一閃でそれを屠り、貴也へ飛びかかる二体も斬り飛ばす。
だが、大鎌は小回りが利きづらい武器だ。さらに右後方からの突進に対処しきれなかった。
「クッ……!」
噛み付かれることさえ覚悟した。が、後方から跳ね飛ばされただけだった。
貴也が、千景に食らいつこうとした星屑に全力で体当たりを掛けたため、気を逸らしたのだ。
だが、そのために貴也は千景以上の距離を跳ね飛ばされていた。
「鵜養くん!!」
『私を守ろうとしてくれたの?』
千景の心に後悔が宿る。
『もっと、彼を信頼すべきだった……』
「お前、たちっ!!」
その目に微かに涙を滲ませながら、千景は奮闘した。
しかし、その奮闘はさらなる星屑の集結を誘発しただけだった。
貴也は無様に転がり続け、塀にぶつかってやっと止まった。
「くそっ! 変身さえ出来ればっ!! そのちゃん! 力を貸してくれっ!!」
全身の激痛をこらえて立ち上がる。が、もはや右腕は使い物にならない。元々肩の肉を一部食いちぎられ肘から先しか動かせなかったところに、転がった時の強打でまったく動かなくなったようだ。
千景のいる場所へは、さらに十体以上の星屑が集まってきていた。
その時、胸に提げている指輪が熱を持っていることに気付いた。
「まさか……? 頼むっ!! 多重召還!!!」
白い光が胸元から発し、全身を包み込む。そして、それが収まった時、もう既に見慣れた狩衣にも似た装束を身に纏っていた。その色は白にほんの少し青を混ぜた薄浅葱。肩から両脇、腰回りから両足に向け、青、橙、白、紅の四色のラインが走っている。
「よしっ!!」
『ダメだ。精霊の力を使わないと保たない……』
斬っても斬ってもその数を増やす星屑を前に、千景は切り札である精霊、七人御先の力をその身に宿すことを決意する。
今回の調査ではよほどのことがない限り、精霊の力を使わないことを仲間内で決めていた。精霊の力を使うことは勇者の体に大きな負担を招くと考えられていたからだ。
だが、今こそがそのよほどのことなのだ、と千景は思った。
自らの体の内側に意識を集中させようとした、その時だった。
「いけーーーっ!!」
背後から高速で突っ込んできた何かが、星屑を斬り飛ばしていく。
目を瞠った。
勇者の戦装束にも近い衣装をその身に纏った貴也だった。
彼は、空中を高速で走行していた。足を動かしているわけではない。両足の側面で四つの車輪が高速で回転していた。その力で空中を走行しているのだろう。
星屑をまるで豆腐でも切るかのように、軽く斬り飛ばしていっている。その力の源泉は左手に持っている輪っかの形をした刀だ。
彼は立体的な機動で、瞬く間に十体を越える星屑を屠っていった。
その間、千景は何も出来なかった。ただ、彼の戦闘を見ているだけだった。
前方から彼が高速で突っ込んでくる。輪刀が消えると、左手で千景をすくい上げ、そのまま逃走に入った。
「一旦、撤退だ! 仕切り直す!」
彼のその言葉を呆然と聞いていた。
町はずれにあった小さなビル。その影に二人は身を潜めた。
千景を降ろした途端、貴也は倒れ込んだ。
「すまない。体がもう限界なんだ。ちょっと、しばらく休憩させてくれ……」
鼓動は痛みを覚えるほど激しい。息も荒く、喉もカラカラだ。全身を激痛が苛んでいる。特に右肩の痛みは尋常ではない。なるべく早く医者に診てもらいたいところだが、そうも言っていられないのは理解しているつもりだった。
「なんなの、この力? あなた、勇者なの?」
千景が呆然としながらも尋ねてくる。その問いに、以前話した嘘と辻褄が合うようにさらに嘘を重ねた。
「本当は、勇者は友奈じゃなく、僕なんだ。僕たちのコミュニティーにいた唯一の巫女様から、男の勇者は超イレギュラーな存在だって聞かされていたから、ちょっと誤魔化した。ゴメン……」
「そうだったの……。でも、今まで戦わなかったのは何故? 上里さんの時、この力を使っていれば、こんな怪我、負わずに済んでいたはずなのに」
「どういうわけか、今の今まで変身できなかったんだ。今、変身できているのも偶々かもしれない。あるいは、逃げてきた仲間を失ったショックで変身できなかったのかも……」
嘘を重ねることに心に痛みが走ったが、飲み込むことにした。
園子にも、今目の前にいる千景にさえも顔向けできないな、と思った。
「分かったわ。とりあえず、この問題は置いておきましょう。それよりもバーテックスよ。あなたのおかげで時間を稼げたわ。助かった。あとは私に任せて」
「どうするつもりだ?」
「精霊の力を使う。勇者の切り札よ」
「でも、一人じゃあの数は……」
「乃木さん達を呼んでいる時間はないわ。あなたの回復を待っている時間もね。あの数でさえ、今四国に攻め込まれたら危ういの。それに私の精霊は七人御先。七人に分身して戦えるから大丈夫よ。任せて。一ヶ月前、みんなと一緒とはいえ、あの十倍では利かない数のバーテックスを殲滅したんだから。あなたは無理をしないで休んでてちょうだい」
そう言うと、千景は貴也の返事を待たずに飛び出していった。
「七人御先だって……!?」
自分が使っている精霊と同じ名の精霊。そこに驚いたが、体が動かない。今は体を休めるほか無かった。
二時間近く経った頃、千景は帰ってきた。その体には疲労感が満ち満ちていた。
だが、その顔には遣り切ったという感情の溢れる笑みがこぼれていた。
二人は助け合って瀬戸大橋を渡り、太陽が沈みきった頃四国入りを果たした。
貴也くんが変身できないので四国送りかと思えば、変身できてしまったり。
さて、児島に集結していた星屑は4月早々にあるだろうあの戦いの戦力の一部だったという設定です。集結後さらに別の場所に移動するつもりだったのかも。千景に殲滅させられてしまいましたが。
これでちょっとは千景に自信がついてないでしょうかね? どうも自己評価が低すぎるのが原作のあの結末に繋がっていると思われますので。
ということで、今回貴也のバディっぽく振る舞っている千景がのわゆ編の章題の栄誉を受けることになりました。まぁ、この子を救うのがこの章の最大の難関でしょうから、当然のタイトルかも知れませんが。