『どうして、こんなことになったのかしら……?』
千景は、自分の置かれている状況にいまだに混乱していた。
同い年の男の子に自分から抱きついていて、さらには左腕で抱きしめられている。
わけが分からない。
こんな状況がもう既に十分も続いていて、更にあと二十分は続きそうなのだ。
だからといって、今更やめるわけにもいかない。
やめた途端、海中にドボンだ。勇者に変身しているからといって、それは変わりがない。
千景は貴也と共に一路神戸を目指していた。
坂出から神戸まで、文字通りの一直線。貴也の空中走行がそれを可能にしていた。
落ちないように、落とさないように、抱きつき、抱きしめていないといけないという条件付きではあったが。
一時間前と十五分前の自分を張り倒したい気持ちにもなる。
普段の自分なら、絶対受け入れない、受け入れられない条件だ。
『どうかしていたのよ、私は……』
まったく下心の見える様子のない、貴也の横顔を見ながら、これまでの出来事を思い返す。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
七時を回った頃、瀬戸大橋記念公園にたどり着いた千景と貴也を待っていたのは、大社の職員達であった。
連絡どおり、待機してくれていたのだ。
そこで、千景は貴也と別れた。彼は坂出市内の病院に送られたからだ。
千景は車中、簡単な報告をしたあと、拠点である丸亀城に着いてから本格的な報告を行った。もちろん、貴也が男性の勇者であることも含めて。
その夜は、なかなか寝付けなかった。
彼女自身もよく理解していなかったが、長時間の密着、魅力的だとの言葉、命が掛かった場面での助けなど、同年代の男の子との生まれて初めての経験が重なったからだった。
小学生時代、ずっと凄惨ないじめのターゲットであった彼女に、同年代の異性からの暖かな気持ちを伴った接触など全く経験がなかったからだ。
『彼は本当のところ、私のことをどう思っているんだろう……』
なぜか、そんなことを考えながら、いつしか疲労に負けて熟睡していた。
翌朝、若葉達に合流すべく準備を整えると、一応見舞いをしてから行くべきだと考え、貴也の入院している病院へと向かった。
驚かされた。
彼は大社の職員と交渉し、千景と同行して若葉達の四国外調査に参加することになったというのだ。
昨日の怪我のことを尋ねると、既に右肩以外は問題ないレベルに回復しているとのことで、その右肩も十分に固定しておけば特に問題は無いだろうとのことだった。
わけが分からなかった。どうやって回復したのだろう? どう交渉したのだろう? 疑問符が頭の中を占めた。
とりあえず、彼の持ち物等の準備があるので小一時間ほど待機することとなった。
その際に、彼から合流までの経路として一直線の案が提示されたのだ。
『抱きつ、抱かれつしないといけないけど、どうかな?』と聞かれたのだが、彼の怪我と大社との交渉経緯への疑問で頭がいっぱいで生返事をしてしまい、気がつくとその案が採用されていて内心慌てた。
その後、少し会話をして交渉内容は分かった。が、怪我に関しては納得がいく説明はなかった。
また、彼が同学年で自分より半年ばかり年長であることも分かった。家族構成も。
鳥取での生活については口ごもっていたが、それは仕方のないことだろうと思った。既にバーテックスによって終わらされたことなのだ。良い思い出など何もないが、それでも故郷の残っている自分では想像も出来ない苦しみがあるのだろうと思った。
出発の直前にも彼は気遣わしげに、『やっぱりやめておくか?』と聞いてきた。
嫌だ、やっぱりやめておく、と言おうとした。だが、言葉にならなかった。
なぜか、その言葉を口にしようとすると、ひどく残念な気持ちになったからだ。
結局、『どうしてこうなった?』という気持ちだけを引きずって、彼に抱きついたままの海上飛行? となったのだ。
一方、前日千景と別れた貴也は治療を終えたあと、すぐ泥のように眠った。よほど消耗していたのだろう。
翌日、早朝に目覚めた貴也は驚いた。怪我がほとんど治っていたからだ。元々大きな怪我は右肩だけで、それはまだまだ痛んだが、それ以外の星屑に跳ね飛ばされた際の怪我は痛みを感じない程度には回復していた。
結局、当直医の診察を受けて、右肩を十分に固定しておけば、ある程度動きの激しい運動をしても大丈夫だとの太鼓判を押されてしまったのだ。
その直後、大社職員の訪問を受けた。その三十歳前後の男は佐々木と名乗り、他に例の無い男の勇者として、その詳細を教えて欲しいと言ってきたのだ。
そこで一計を案じた。もう体は十分に治っている。ならば早めに若葉達と合流し、彼女たちの命の危険が低下するよう合力すべきだと思ったのだ。
「勇者用の予備のスマホがあるはずですよね。僕を四国外調査に合流させて、その予備端末でモニタリングすれば丁度いいんじゃないですか? 実戦データもその方が集まりやすいですよね?」
貴也のその言葉に、佐々木は飛びつくように合意してきた。言葉だけの説明を受けるよりも実測データの方が重要だったからだろう。
一方、貴也の方ではこの時代で生き抜くために自らの力の秘密を大社に切り売りする覚悟を決めていたのだった。
こうして、貴也は千景と同行して四国外調査に参加することとなったのだ。
一刻も早く合流したい貴也は、海上を一直線で神戸に向かうプランを提示し、佐々木と千景の了承を得た。
全速力を出せば、坂出から神戸まで約三十分で移動可能だからだ。
千景が『男の人は苦手なの』と言っていたことだけが懸念材料だった。しかし二度ほど意思確認をしたが、あまり気にしてなさそうな態度だったので、こちらも特に気にしないことにした。
貴也にとってご先祖様である彼女は異性として意識しづらかったため、彼女の微妙な態度に気付けなかったのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
途中、小豆島と淡路島を掠めたが、どちらも把握可能な範囲では壊滅状態であることが見て取れた。
事前の通信で、神戸では港の赤いタワーの残骸近くのフェリーターミナルの廃墟を合流場所と決めていた。
「早かったな、千景。鵜養くんも元気そうで良かった。驚いたよ、君が調査に加わると知った時は」
若葉がにこやかに近づいてきた。が、握手を交わすと途端に真剣な顔つきで質問してきた。
「で、君は見てのとおり勇者だそうだな。どういうことか、説明してもらえるだろうか?」
「か、彼は別に悪気があって隠してたんじゃないわよ」
その、突然の千景の助け船に若葉達は皆、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。だが、千景はそれに気付かない様子で、わたわたしながら言葉を続ける。
「な、なんでも、彼と一緒にいた巫女様が、男の勇者は激レアだから出来るだけ隠しておきなさいって言ってたんだそうよ。そうよね?」
貴也を振り返って、同意を求める。
「まぁ、そうなんだけどさ。郡さん、僕からちゃんと説明するから、大丈夫だよ」
「なんだか、えらく仲良くなってるようだな。意外というか、なんというか……」
苦笑気味に若葉がそう告げると、さらに慌てたように返す千景。
「そ、そんなことあるわけないじゃない。昨日、彼が勇者であることが分かった時に、ちょっと聞いただけよ」
「なんか、そんなに楽しそうなぐんちゃん、初めて見たよ」
「た、楽しいわけないでしょ! 男の人と二人きりなんて、すごく緊ちょ……イヤだったんだから!」
友奈がニマニマしながらトドメを刺しに来たところを、千景は噛みながらも辛うじて返した。そこで、若葉がパンパンと手を叩きながら締めた。
「今、ここで説明してくれというわけじゃない。日中は調査優先だ。説明は夜になってからでいい」
神戸でも、生存者は見つからなかったそうだ。
貴也たちを加えた一行は、次の目的地、大阪を目指して移動する。
「なんか、鵜養だけずっこいぞ! タマ達は自分の足で飛び跳ねてるのにっ!」
「ゴメン、ゴメン。でも、こればっかりは持ってる能力の違いだからなぁ……」
「確かに……。若葉ちゃんには悪いですけど、すっごく楽です。皆さん、ごめんなさいね」
現在、貴也に抱きついて安定した空中走行を満喫しているのは、ひなただ。貴也の能力を知った若葉が、ひなたの体を気遣って彼に任せてきたのだ。
やはり、跳躍に身を任せると進行方向、逆方向にかなりの加速度が掛かるので、ひなたには辛かろうというものだ。貴也に任せた場合、一定速度での移動になるので体への負担が段違いになるのだ。
球子など、足を動かさず楽に飛行しているように見える貴也たちに、完全に嫉妬している。
千景はそんなひなたを見やると、ため息をついた。
なんだか、胸の中がもやもやする。
きっと、さっき貴也に助け船を出したせいだろうと、あさっての方向に納得する。
自分でも、何故あんなことを言い出したのか、理解に苦しむ。昨晩から、彼のせいで調子が狂ってばかりだ。
半分、逆恨み気味に彼を睨みつけた。
そして、その貴也はというと、ひなたの胸部装甲の攻撃に必死に耐えていたところだった。
出来るだけ別のことに気を逸らそうと、周辺警戒を兼ねて辺りをキョロキョロと見回しながら走行する。先ほどの球子の苦情もありがたかった程だ。
『う~ん。郡さんの時は、それほど気にならなかったのになぁ』
そう思いながら千景を見ると、なぜか
ゾッとした。彼女はまさか自分の考えていることが分かるのでは、と恐怖する貴也であった。
大阪中心部手前の大きな川、淀川を渡る辺りから六本の線路が集中している鉄道路線をたどった。阪急電鉄の路線だったものだ。その大阪のターミナルである元の梅田駅付近に達した時、杏が悲鳴を上げた。
「ああぁぁぁっ!? 有名な古書店街がぁぁああ! ひどいっ!!」
杏が言うには、日本有数の古書店街があった一角だったそうだ。貴重な書籍の数々が失われたことがショックだったらしい。
『この子は本好きなんだな。話が合うかも……』
貴也も読書好きなので、このおとなしそうな少女に好感が持てた。
そんな貴也の感想をよそに、貴重な書籍は四国に避難させられているに違いないと、友奈が杏を慰めていた。
とにかく駅周辺の地上は、破壊の限りを尽くされていた。
が、地下街への入り口にはバリケードが作られていた痕跡があった。一時は立て籠もった人達がいたのだろう。だが既にそのバリケードが壊されている以上、生存者のいる可能性は絶望的だった。
それでも七人は意を決して、調査のため地下街へと降りていった。
地下は闇が支配していた。持参した懐中電灯で照らしながら内部調査を進める。
内部は原型を保ちながらも破壊の痕跡がそこかしこに見られた。やはりバーテックスの侵入を許したのだ。
その他ゴミの集積場のようなもの、バリケードを築いていた痕跡も幾つかあった。
「誰かいないかーーっ!?」
若葉が時々、そう声を張り上げながら周囲を照らす。しかし、どこからも反応は返ってこなかった。
三十分程歩き回った頃、円形の広場らしき所に出た。広場の中央には噴水らしき設備もある。
そして、その周囲に大量の白骨が積み上げられていた。百体分以上はあるかもしれない。
杏が悲鳴を上げた。ひなたはへたり込み、千景はなにか呻くように呟いている。
他三人も呆然としている。
『なんだよ……。何なんだよ、これは!!』
そして貴也は、急速に膨れ上がる憎悪に胸の内を焼かれていた。
彼がこのような大量の死を直接目にするのは、生まれて初めてだった。葬式すら数えるほどしか出席したことはない。バーテックスとの戦いでも、人の死を目撃したことはなかった。最も凄惨だったのが、銀が右腕を失った瞬間だったが、それすらこの目前の死の山と比べればなんと軽いことか。
若葉が一冊のノートを拾い上げていた。皆でその内容を確かめる。
一人の高校生の少女が綴った日記だった。妹と二人、この地下街へ逃げ込んだ後の悲惨な状況が記されていた。
最初は協力しあっていた人々が、バーテックスへの恐怖と地下での避難生活への閉塞感から、次第に和を失い、物資の奪い合い等からそのコミュニティーを崩壊させ、互いに殺し合い、最後にはバーテックスの侵入により全滅していく様が綴られていた。
「これが、その結末か……」
若葉が白骨の山を見やりながら呟く。
そこへ、暗闇の向こうから重量感溢れる物音が聞こえてきた。
「バーテックスか……。この地下街に、もう生き残りはいない。脱出するぞ!」
若葉が神刀――生大刀を抜いて、号令を掛ける。他の勇者たちもそれぞれの武器を構え、一斉に地上を目指し駆け出した。
『私は、あんな人達のようにはならない……。私には勇者の力がある。あんな惨めな死に方はイヤ。私は最後まで勇者として敬われて生きていくの!』
千景は、そんなことを考えながら走っていた。
実のところ三年前のバーテックス初襲来時に、球子、杏の二人は故郷において数百名の、若葉、ひなた、友奈の三人は四国までの逃避行において数万を超す人の死を直接目にしていた。
だが千景だけは、貴也と同じく大量の死を直接その目にするのは初めてだった。
二人の受けた衝撃は、他五名のそれより重かった。
前方に数体の星屑が現れた。
「うぉぉおおおーーーっ!!」
貴也が飛び出していった。彼の左手の輪刀から繰り出される斬撃により、瞬く間に星屑は切り捨てられる。
彼の修羅の如き活躍で、他五人の勇者は何もすることなく地上へとたどり着いた。
『なにが
貴也の怒りと憎悪は、地上に出てからも星屑たちの殲滅に向けられていった。
その姿はチームの中で最も肝が据わっているはずの若葉さえ、色を失うものであった。
千景を除いて、彼女たちは貴也の戦いを初めて見たのだ。男性の勇者の戦いを。だから、彼の怒り任せの戦いを止められる者は誰もいなかった。
千景でさえ、昨日の戦闘時とは打って変わった貴也の姿に戸惑いを隠せなかった。
彼の咆吼は、大阪駅周辺にいた星屑すべてを殺し尽くすまで続いた。
四国送りになったかと思いきや、四国外調査に参加することになった貴也くんです。空中走行が可能なので文字通り一直線で合流することになりました。
ここで貴也くんの巡航飛行速度を確定させました。のわゆに一跳び数百メートルだとか車以上の速度とありますし、四国外調査2日目に神戸から諏訪までこなしてます。この間、ルートを考慮して450km程度。活動時間を5:30~18:30、大阪、名古屋、諏訪の3ヶ所で各3時間調査するとして、西暦勇者の巡航移動速度は120km/h程度かな。ひなたを抱えていてこれだとしたら本来はその倍は出るかな、と。そこら辺を鑑みて貴也くんの巡航最高速度は260km/h程度に設定しました。
戦闘時の一時的なものなら、もう少し出るということで。
千景は章題にもなったので、少しヒロインらしい扱いをしようかと思いましたが、どうでしょうかね。