鵜養貴也は勇者にあらず   作:多聞町

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第三十話  四国へ

北海道からの帰途、千景はずっと暗い表情のままだった。

あの北国の勇者、秋原雪花の無惨な死に様が脳裏を占める。

怖い。死にたくない。

初めてバーテックスとの戦いに臨んだ時の恐怖が蘇り、体が震える。

 

とうとう、新潟に上陸した辺りで堪えきれずにえづき始めた。

出来るだけ明るいうちに諏訪へ帰り着こうと、震える彼女をあえて無視していた貴也も、さすがに地上に降り千景の背中をさする。

 

「大丈夫か? 郡さん……」

 

「うっ、うううう……なんで、こんな目に……! 私たちが何したって言うの……? 嫌よ。死ぬのも、殺されるのも……うううぅぅ……」

 

激しくえづきながらも目から涙を溢れさせ、そんな言葉をこぼす千景。

貴也は、千景の背中をさすりながら、自分でも空しく感じる言葉を掛けるしかなかった。

 

「心配しなくていいよ。戦いたくなければ、戦わなければいい。僕が君を、君たちのことを絶対守るから……」

 

こんな言葉が何になるんだろう? そう疑問を持ちながら。

だが、千景はそんな貴也に縋り付いてきた。

 

「ほんとう……? 信じていいの……? 私のことを守ってくれるの?」

 

「ああ、約束するよ。絶対に守ってみせる」

 

「鵜養くん……、鵜養くん。うっ、うああぁぁぁ……」

 

とうとう泣き崩れる千景。

貴也はそんな千景をしばらくの間、抱きしめてやることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

まさに日が沈もうとしている頃、貴也と千景は諏訪の上社本宮の跡地にたどり着いた。

だが、若葉たちの姿はそこにはなかった。

 

「乃木さん達は、何処に行ったんだ?」

 

「捜してみましょう。何かあれば、連絡があったはずだわ」

 

そう言う千景の右手は、貴也の勇者装束の左腕部分をつまんだまま放そうとしなかった。そして貴也に視線を向けると、微かにはにかんだような笑顔をこぼした。

 

 

 

 

空中を走り、辺りを捜す。

白鳥歌野の遺品が見つかった畑の跡地に若葉たちはいた。

 

「お帰りなさい。千景さん、貴也さん」

 

ひなたを皮切りに、皆が貴也たちの帰りを迎える。だが、皆暗い雰囲気を纏っていた。

 

「北方の大地はどうだった? 生存者とは……」

 

若葉のその言葉に、貴也も千景も首を横に振った。

 

「そうか……」

 

「ちょうど、バーテックスに襲われて全滅する瞬間に立ち会ってしまったんだ……。生き残りはいなかった。その地の勇者とも会えたけど、彼女が事切れる瞬間だったんだ……」

 

貴也のその言葉に若葉たちは絶句した。

 

「すまなかった。行かせるべきじゃなかった……。私の判断ミスだ。鵜養くんと千景には、つらい思いをさせたな……」

 

「いや、事前に分かるものでもないし、仕方がないよ。北の勇者の名前を伝えられるだけでも良しとしないと……」

 

「で、その勇者の名前は?」

 

「秋原雪花。どうも、投げ槍を使う勇者だったらしい。彼女も白鳥歌野さんも、僕たちがその名前と行動を伝えて残していかないといけないよな……」

 

「そうだな……」

 

 

 

 

「ところで、乃木さんたちはここで何をしてたんだ?」

 

「今朝、やりかけてそのままになってしまった白鳥さんの畑に種を播く作業さ。残っているみんなで雑草を抜き、鍬で鋤き返したんだ。この一角だけだが、もう種も播き終わったんだぞ」

 

日が沈みきった残照の中で、畑の光景を見ながらそう自慢げに言う若葉。だが自慢げなのは言葉だけだ。その表情はずいぶんと寂しげだった。

 

「東京はどうだったんだ?」

 

「名古屋と同じだった。破壊され尽くした街に、卵が延々産み付けられていたよ。深入りすると危険が増しそうだったから、八王子の辺りで引き返してきたんだ。こちらも収穫が無くて、すまない」

 

「そうか……」

 

「で、昼過ぎには諏訪に帰り着いたからさー。若葉の発案で、こうして白鳥の畑を耕してたってところなんだ」

 

球子が泥だらけになった顔をタオルで拭きながら、そう言ってきた。

よく見ると、貴也と千景を除く五人とも農作業による泥の汚れがあちこちに付いていた。

若葉たちは汚れをある程度落とした後、夕食の準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

長距離の移動と農作業に疲れ切った一行はバーテックスの襲撃に備え、見張りを立てつつ交代で睡眠をとった。

二時間半ずつの三交代制。貴也は二番目に友奈と共に見張りに立った。

まだ、夜中は寒さが身に染みた。焚き火に当たりながら二人はポツリポツリと会話を交わす。

この四国外調査では、あまり良い結果が得られなかった。だから、二人の話す内容も明るくはならなかった。

大体は、友奈が貴也の鳥取での生活を根掘り葉掘り聞こうとして、微妙にはぐらかされるものだった。

 

「ねー、貴也くん。じゃあ、もし話せたらなんだけどね。初日に話してた、私によく似ているっていう友奈ちゃんの話を聞かせてもらってもいいかな? あっ、もし辛かったら別に話さなくてもいいよ……」

 

少し気遣いの姿勢を見せながらも、ずっと気にしていたであろう事を聞いてくる友奈。

貴也は、そんな彼女の気遣いを受け入れながらも、自分を受け入れてくれている事への感謝も込めて話し始めた。

 

「いいさ。――――――その子は結城友奈って名前でね、バーテックスとの戦いが始まってから知り合ったんだ。高嶋さんとよく似て明るい子でね。そういや、初対面から自分のことを友奈って呼び捨てで呼んでくれって言ってきたっけ」

 

「へー。人懐っこい子なんだね」

 

「誰とでも明るく接することが出来る子でさ、コミュニケーション能力のお化けみたいだったな」

 

「ははっ。ちょっと酷い言い方……」

 

貴也のちょっとした揶揄のこもった言いぶりに、少し困った風に返す友奈。

 

「でも、中でも一人だけすごく仲のいい友達がいてさ。その子とはいつもワンセットって感じだったな。高嶋さんには、そういう友達はいるの?」

 

「そうだなあ。私は、やっぱりぐんちゃんかな……? 勇者のみんなとヒナちゃんとは、すっごく仲いいけど、やっぱり一番と言ったらぐんちゃんになっちゃうかも」

 

「郡さんかぁ。彼女、そういやどことなく、その友奈の親友に感じが似ているな。面立ちは、僕の妹にどことなく似てるんだけどね」

 

「へー。その辺、もっと詳しく聞かせて……」

 

焚き火を絶やさないようにしながら、そんな話を更にポツリポツリと続けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

若葉、ひなた、千景の三人と見張りを交代した後、貴也は少し離れた所に設営したツェルトで一人横になった。

だが、眠れない。

明日は四国なのだと思うと、心の中がざわついた。

 

思えば、この三日間はジェットコースターのような展開だった。

初日には、美森の反逆から始まるバーテックス勢との一大決戦があり、そこから気がつけば三百年の過去に飛ばされていて、ばたついたまま四国へ戻ろうとしたところで星屑との戦いがあった。

二日目は、四国外調査に参加することになり、坂出から神戸、大阪、名古屋と廃墟と化した街々を巡ることになった。

三日目は、諏訪で白鳥歌野の、北海道で秋原雪花の遺志を継いでいくことになった。

 

心への負荷が限界に近かったのかも知れない。

貴也はツェルトから抜け出すと、諏訪大社上社本宮の跡地へと覚束ない足取りでふらふらと歩いていった。

 

 

 

 

ひなたは、若葉や千景と焚き火に当たりながらおしゃべりをしていた。

北海道での出来事については、主に貴也から報告を受けていた。だが、千景の印象、気付いた点も、あれば知りたかったため、そういったことを中心に聞いていたところだった。

 

目の端で、貴也がふらふらと歩いていくのが見えた。すぐに戻ってくるだろうと思っていたのだが、十分以上経っても戻ってくる気配がなかった。少し気になった。

 

「若葉ちゃん、千景さん。ちょっとだけ席を外しますね」

 

そう断って、貴也の歩いていった方向へと向かう。

若葉たちは、お花でも摘みに行ったのだろうと気にもとめなかった。

 

 

 

 

貴也は、瓦礫の山をぼーっと眺めていた。

涙がつーっと頬を流れ落ちる。

どういった感情で、涙がこぼれたのか自分でも分からなかった。

悲しみか、空しさか、怒りか、哀れみか……

 

ふいに声が聞こえた気がした。

 

「もう、お前は乃木園子に会うことは叶わないのだ。家族と会うことも、勇者部の皆と会うことも、友達と会うこともだ……」

 

「誰だ!?」

 

「分かっているのだろう……? この時代では、お前は異物だ。誰も本当のところは受け入れてはくれまい。お前は、孤独の中で野垂れ死ぬのだ……」

 

目の前に影があった。

警戒心を最大に強める。

徐々に雲で遮られていた月明かりが、その影の正体を顕わにしていく。

それは、自分自身、鵜養貴也その人の姿だった。

 

「うっ……!?」

 

「お前をこの時代に飛ばしたものはなんだ? その指輪の力ではないのか? 精霊の力ではないのか? その力をお前に与えたのは誰だ……?」

 

その自分自身の影は、にやりと口元を歪める。

 

「分かっているのだろう……?」

 

「違うっ! たとえ、そうだとしても彼女が意図してやった事じゃないっ!!」

 

「お前をこんな運命に引きずり込んだのは、お前の愛してやまない娘だ。意図していようが、いまいが関係あるまい。乃木園子は罪を犯した……」

 

「そんなことはないっ! そのちゃんは悪くないんだっ!!」

 

 

 

 

「貴也さん……、何をしているんですか?」

 

その言葉に、ハッと気がつく。自分の姿をした影は、それこそ影も形もなかった。

ゆっくり振り向くと、そこにはひなたの姿があった。

とても心配そうに貴也のことを見つめている。

 

涙が溢れた。

誰でも良かったのかも知れない。だが、ここにいるのは貴也とひなたの二人きりだった。だから、ひなたに縋ったのかも知れない。

 

「僕は……、僕は……」

 

「貴也さん……?」

 

「四国へ帰っても、誰もいないんだ……。そのちゃんも、父さんも、母さんも、千歳も……。友達も、勇者部のみんなだって……! 僕はもう一人きりなんだ!!」

 

「貴也さん……」

 

ひなたは戸惑った。常は比較的落ち着いた態度をとっていた貴也が涙を流しながら叫んだからだ。その声は決して大きなものではない。だが、とても悲痛な響きを伴っていた。

だが、ひなたは知っている。彼は感情的になることもある人物なのだと。大阪で、諏訪で、そうであったではないか。

 

「でも、それでも、そのちゃんは悪くないんだ……。たとえ、もう二度と会えないんだとしても、それだけは否定しないといけないんだ……、じゃないと、僕は……、僕は!!」

 

ひなたは貴也に駆け寄り、抱きしめた。

 

「落ち着いてください、貴也さん。しっかりして! 自分を強く持ってください。あなたは一人じゃありません。私たちがいます!」

 

彼の右肩に手を沿わす。ギプスで固められ、動かないように固定されている。自分の命を救ってくれた際に傷つけられた箇所だ。

この三日間での僅かなふれあい。だが、そんな少しの交流であっても、彼の誠実で優しい人柄は理解できた。

北海道の勇者の死を目前で見たという千景。だが、先ほど彼女はなんと言っていたか。勇者の死を目前にし、震え泣いていた自分を彼は優しく励ましてくれたのだと、微笑みながら話していたではないか。

ひなたも感情が溢れていた。

 

「私たちでは、あなたの大切な人達の代わりは出来ないかも知れません。それでも! 私たちがあなたを支えます。いえ、私一人でも!」

 

「僕は否定しないといけないんだ……。彼女は絶対に悪くないんだ……。たとえ、僕自身を否定することになっても!!」

 

「貴也さん……。もういいんです。誰も悪くないんです。誰にも罪は無いんです……」

 

貴也が何を否定したがっているのか、ひなたの理解の及ぶところではなかった。だが、それでもひなたは貴也をギュッと抱きしめ、なにものかも分からない罪を赦し続けていた。

 

 

 

 

貴也は気付いていなかった。ひなたも……。若葉も……。杏だけが、それに気付きつつあった。

精霊を人の身に宿すことの本当の危険性に。精霊の憑依が精神に与える悪影響について。

この時点で、貴也は実に四十時間以上もの長時間、連続して精霊を憑依させ続けていた。

彼の精神は蝕まれつつあった。

 

 

 

 

数分後、なんとか落ち着きを取り戻した貴也はひなたに頭を下げた後、またふらふらと戻ろうとした。あまりの彼の危なげな様子に、ひなたは彼を寝床まで送っていったのだった。

 

『貴也さんの様子はあまりにもおかしい……。何事も無ければいいんですけど……』

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、早朝に勇者たちは諏訪を発った。

白鳥歌野の遺した畑の前で、彼女に別れの言葉を残して。

 

『白鳥さん。私たちは誓います。あなたから受け取ったこの勇気のバトンを、次の世代により良き形で受け渡していけるよう、必ず私たちの世界を取り戻してみせます』

 

皆、その言葉を強く胸に焼き付け、一路四国へと向かう。

往路に使ったルートをなぞるように逆方向に。

 

 

 

 

勇者たちが四国へ帰り着いたのは、その日の昼前であった。

 

結局、三泊四日で終えざるを得なかった四国外調査。

その成果は、鵜養貴也という生存者一人を見つけたこと以外、明るいものは一つも無かった。

 

 

 




あまりにも長かった四国外調査編。完結まで6話もかかってしまいました。
で、ありながら作中時間は四日間です。これまで投稿してきた話を見返すと、テンポ遅すぎ、又は、内容濃厚すぎ、という感じです。

千景のバーテックスへの恐怖再発が雪花登場の影響で前倒しになってしまいました。

さらに、貴也もついに精霊憑依の悪影響が前面に出てきました。
ひなたの前で感情垂れ流し状態ですが、他五人の誰かが相手だと恐らく我慢できたんじゃないかな。どことなくであれ園子と似たところも持っているひなただからこそ、だと思います。

ということで、次回からは当然のことながら四国編になります。

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