読んでくださってる皆さん全てに感謝です。
さて、今回のお話はあたかもUA1万突破記念作のように見えますが、さにあらず。
第30話投稿時くらいに整理をした4次プロットにて、この位置に挟み込むことが決定していた『
内容は、貴也くん失踪中における園子ちゃんの様子を描いたものとなっています。
また、本作はオリ主の貴也くんが植物モチーフの勇者ではないため花詞を絡ませて来ませんでしたが、今回は幕間劇扱いですので花詞を意識したサブタイトルとしました。
ちなみに、この花の花詞は『あなたを待っています』です。(他にもあるようですが、ここではこれということで)
では、本編をどうぞ。
目が覚める。
枕元の目覚まし時計に目をやると、アラームが鳴るぴったり一分前だった。
鳴り始めると同時に止めた。
のそのそと起き出し、立てかけてあった松葉杖をつく。昨日から左側をつくだけで、そこそこ歩けるようになった。自分でも、その異常な回復速度に戸惑いを覚える。
顔を洗い、着替えをして、身支度を整える。身なりだけは、ちゃんとしておきたかった。彼が帰ってきた時、可愛いと思われたかった。だから勝負服というほどのものでもなかったが、それなり以上にはめかし込んでいるつもりだ。今日は藤色のブラウスにクリーム色のフレアスカートを合わせてみた。
あとは暫く椅子に腰掛けたまま、ぼーっとする時間だ。
左手首のブレスレットに目をやる。病院でも、ずっとつけていたブレスレット。
すると頭の中をブレスレットに刻まれている『いつまでも、ずっと』という言葉だけが、ぐるぐると駆け巡る。
何かがポタッと落ちた。自分でも気付かないまま涙を流していたようだ。
やはり、のそのそと目元を拭う。
「そにょちゃん、おっはよー!」
千歳が元気いっぱいに挨拶しながら、部屋に入ってきた。
この子も辛いだろうに、自分のことを目一杯気遣ってくれているのだ。
我慢しきれず、嗚咽が漏れる。
「大丈夫? 一緒に朝ご飯を食べよ。元気つけとかないと、お兄ちゃんが帰ってきた時、心配するよ」
「うん、うん。ごめんね、チータン……」
園子が鵜養家に帰ってきてから三日が経った。だが、誰からも良い連絡は無かった。
銀と美森からは、気遣わしげな電話はあった。
勇者部の皆からは、SNSのメッセージが届いていた。
そもそも銀は、学校のあった昨日はともかく、日曜日はずっと一緒にいてくれた。
そして、千歳はこうやって家にいる間は、できる限りかまってくれていた。
でも、心配を掛けて申し訳ないという気持ち以外、なにも持てなかった。
『私、こんな子じゃなかったはずなのにな……』
勇者としての鍛錬をしていた時、貴也が昏睡状態にあった時、病室で祀り上げられていた時、思い返してみてもここまで毎日めそめそしていたことはなかった筈だと思う。
『二十九日目か……。たぁくんに会えないからじゃない。居場所すら分からないからだ……』
朝食を済ませた後、千歳の助けを借りて二階に上がり、貴也の部屋へ入る。そして、椅子に座って彼の勉強机にうつぶせに頭をつける。
この三日間、暇さえあればこの部屋に入り浸っていた。
「じゃあ、そにょちゃん。いってきまぁす」
「いってらっしゃい」
千歳が小学校へと登校していく。
また、無為な時間が流れていく。
「小説でも書こうかな……」
書く気など微塵も起こらないが、そう言ってみる。言ってみただけだ。
心の中の花がしおれてしまっている。そんな気がする。
窓の外は十月の青空が広がっている。雀が二羽、囀りながら飛んでいった。
「そう言えば、ゆーゆからメッセージが来てたな~」
ポケットからスマホを取り出して、SNSアプリを立ち上げた。
今朝方、届いていた最新メッセージを読み返す。
『土曜日の劇に、足の直りが間に合いそう! 見に来てね』
たったそれだけの文章。だが、彼女の喜びが伝わってくる。
「よかったね。ゆーゆ……」
涙が零れる。
友奈の機能回復が早かったことへの嬉し泣きなのか、彼女の幸せと引き比べて自分の身の不幸を嘆く涙なのか、自分でも判別はつかなかった。
部屋のドアがノックされた。貴也の母、千草がドアを開けて声を掛けてくる。
「園子ちゃん。お昼にしましょう」
「はい……」
階段だけは覚束ないので、助けを借りて降りる。
昼食は、わかめうどんと野菜天だった。
「天ぷらは
「いえ、おばさんの天ぷら、美味しいですから……。足が治りきったら、お料理、教えて下さいませんか?」
「いいわよぉ。貴也の好みの味付けも教えてあげましょうか?」
「ぜひ……」
千草が悪戯っぽく掛けてきた言葉に、微笑みで返す。ただ、どうしても寂しげなものになるのは、自分でもどうにもならなかった。
髪の毛が落ちてこないようリボンを結び直し、ちゅるちゅると食べていく。
「ほんと、綺麗な食べ方ね。千歳にも見習って欲しいくらいだわ」
「えへ……」
すこし照れ笑いを返す。
天ぷらも温め直し方が上手いのか、サクサクだった。
食事が終わった。
後片付けを手伝いたいところだが、杖をつかざるを得ない状態では、足元も手元も覚束ない。我慢するしかなかった。
『私、役に立ってないな……』
足が治りきったらお手伝いしないとな、とも思う。ただ、今はその気力も足りなかった。
二階の貴也の部屋へ戻ろうとした。彼の部屋が一番落ち着く気がしたからだ。
「待って、園子ちゃん。ちょっと、お話ししましょう」
千草に呼び止められた。
あまり気乗りはしないが、返事を返してリビングのソファに腰掛けた。
千草は手早く後片付けを済ませると、園子の隣に腰掛ける。
別にたいした話ではなかった。最近の貴也に関する話題は巧妙に避けつつ、昔の思い出話や、最近の世間の話題など暇つぶしとも取れる内容だった。
ただ一点、『園子ちゃんは、これからどうしたい?』という質問だけは答えられなかった。
体は回復してきている。本来ならば大赦の許可を取り、乃木家に戻り、学校に通うべきなのだろう。
ただ、我が儘を言ってよいのなら、このままこの鵜養家で貴也の帰りを待っていたかった。帰ってくるのかどうかさえ分からない上、貴也の両親に迷惑をかけ続けることになるのだが。
学校もどうする? 元々、友達と言えるのは貴也を除けば、銀と美森しかいなかった。神樹館へ戻っても銀しかいない。銀はあの性格だ。しっかりとした交友関係が既にあるだろう。今更、自分がその輪に入れるとは思えなかった。
むしろ、あの讃州中学の勇者部の輪の中に入りたいと思った。だが、通うのは無理があることも確かだ。そもそも市立中学なので域外通学が可能なのか、可能としても片道車でも一時間近い道のりをどうするか、といった問題があった。
貴也に相談したかった。別に彼の言いなりにしたいわけではない。彼に自分の意見を聞いてもらい、彼の意見を聞き、その上で自分で判断したかった。
貴也に話を聞いてもらいたいと、切実に思った。
涙が零れそうになったタイミングで、玄関のチャイムが鳴った。
千草がパタパタとスリッパを鳴らして対応しに行った。
「園子ちゃん? ご両親がいらっしゃったわよ」
千草の声に顔を上げると、父と母が顔を揃えていた。この家に帰ってきてからは初めてだった。
そもそも円鶴中央病院で祀られていた頃は、月に一度の僅かな面会時間しか会えなかった。
鵜養家に引き取られてからも、会える時間こそ一時間、時には二時間以上に伸びたが、頻度としては父は月に一度、母も十日に一度程度しか顔を出してくれなかった。もちろん両親ともに大赦のトップ、乃木家本家としての責務があり多忙なのは分かっていた。
そして今回。病院へは三週間ほど前に母が来てくれただけだった。
だから、このタイミングで両親が顔を出してくれるとの期待はまるでなかった。
「園子……。体は直ったんだな。供物は返ってきたんだな……」
「園子ちゃん……。本当に、本当によかった……」
「お父さん、お母さん……」
両親に抱きしめられた。堪えきれず声を上げて泣いた。両親も泣いていた。
しばらく泣いた後、父から声が掛かる。
「園子。家へ帰ってこないか? やっと大赦と……祭祀院側と話がついたんだ」
「えっ……?」
思いがけない言葉だった。
「鵜養さんの家にも、これ以上ご迷惑を掛けるのはどうかと思う。園子さえ良ければ、すぐにも用意をするぞ」
「園子ちゃん。家へ帰りましょう……?」
ふと、その言葉に対し怒りの感情が湧いてきた。理性はそれを抑えようとする。だが、抑えきれなかった。
「たぁくんがいなくなった、このタイミングでそれを言うの? 私がどんな気持ちでこの二年を過ごしてきたか、分かって言っているの?」
声が震える。
両親は一瞬、あっけにとられたような顔をしたものの、すぐに苦渋の表情に変わった。園子の気持ちに気付いていない訳ではないのだろう。
「私が本当に手を差し伸べて欲しかった時、何もしてくれなかったでしょ? 散華のことも教えてくれなかったよね? あの祀られた病室からも助けてくれなかった。解放された時も家に受け入れてくれなかった。――――――分かってるよ。乃木家だから、大赦のトップという立場だから、それが出来なかったってことは。でもね、たぁくんがいなくなった、この時点でそれを言うのはフェアじゃないよね……」
その後は、淡々と冷えた言葉が口をついた。止められなかった。仮にも、親に言ってはならないことだと分かっていてもだ。
「二年前、お役目の内容を知らないのに、実戦と訓練との怪我の差を心配してくれたの、たぁくんだけだったんだよ。ミノさんを、私の大事な友達を自分も瀕死の怪我を負ってまで助けてくれたのも、たぁくんなんだよ」
それでも、両親の顔からは視線を外さなかった。今、ここで言わなければならないことだとも思ったからだ。
「本当は私だってバーテックスと戦うのは恐いんだよ。神樹様のお役目じゃなきゃ、私たちが戦わないと四国が滅んじゃうんじゃなきゃ、逃げ出したいよ。でも、たぁくんは大赦の勇者でも、神樹様の勇者でもなくて、戦う義務なんて何処にもないのに私と一緒にいてくれたんだよ。どれだけ、心強かったか……。この前の戦いでも、勇者部のみんなと協力しても、もうダメだって時に助けに来てくれたんだよ」
だから、両親にとっても自分にとってもトドメとなる言葉を紡いだ。言葉にしてしまった。
「私は、今ここで家に帰る選択は取れないよ。それをしたら、きっと私はお父さんのこともお母さんのこともずっと恨んで生きていくことになるだろうから……。ここで、たぁくんを待ち続けたいよ」
そう言うと、千草に視線を向ける。
千草は園子の瞳を見つめ軽く頷いたあと、園子の両親に向き直った。
「乃木さん。夫に確認するまでもありません。わたくしどもは、園子ちゃんを受け入れると決めた時から、ずっとこの子を家族の一員同然として受け入れて生きていこうと思ったんです。園子ちゃんが家に帰りたくないのであれば、いえ、たとえ帰るという判断を下そうとも、わたくしどもは園子ちゃんのその気持ちを、行動を応援していきます。――――――園子ちゃん。貴方は、貴方の思ったとおりの行動をしていいのよ」
千草は園子の両親にきっぱりと言い切ったあと、園子に優しく語りかけた。
園子は、その言葉に勇気づけられた。だから、言い切った。小さな頃から乃木家の令嬢として『いい子ちゃん』であり続けた彼女の、初めての両親への反抗であった。
「私は、たぁくんが帰ってくるまでは、この家で待ち続けるよ。乃木家には帰らない」
「彼が何処に行ったのか、大赦の上層部でも把握出来ていないんだぞ。帰ってくるかどうかすら……、っ! すみません。失礼なことを申しました」
園子の父、紘和は言い過ぎてしまったと千草に頭を下げる。
千草は冷ややかな態度で、その謝罪を受け入れていた。
そして、園子はその父親の失言で自分の本当の気持ちに気付いた。
『たぁくんが帰ってこない訳がないよ。いつだって私が本当に手を差し伸べて欲しい時に、救いの手を差し伸べてくれたのは、たぁくんなんだから。今度も、きっと……。――――――だから、私も受け身のままでいちゃダメなんだ。待つことしか出来ないのは同じでも、私らしくあり続けないと!』
「お父さん、お母さん、私は帰らないよ。ここで、たぁくんを待ちます。それに、私が帰らなくても大丈夫でしょ? 私の散華が分かった時点で、私に代わる乃木家の後釜はちゃんと用意してるはずだよね」
園子はそれまでの態度を豹変させ、自信に満ちた表情で言葉を紡ぐ。その言葉に両親は絶句した。
「大丈夫だよ。その後釜がどんな人だろうと、私が力になってあげる。乃木家は安泰だから。ううん、大赦も同じ。今よりも、ずっとマシな組織にしてあげる」
それは反抗すら通り越し、両親との訣別ともとれる宣言だった。
「何か困ったことがあれば、あるいは頼りたいことがあれば、なんでも言いなさい。お父さんもお母さんも、いつでも園子の力になるよ」
両親は、どうやら一旦は諦めたようだ。園子の態度が豹変したあとは、その言葉を残し、あっさりと引き下がった。
両親を見送ったあと、園子は千草に頭を下げる。
「おばさん、ありがとうございます。おばさんの言葉で私は勇気をもらいました。このまま、たぁくんを待ち続けさせて下さい」
「いいのよ。もう貴方はうちの家族の一員なんだから。娘同然に思っているからね」
そう言いながらも千草は内心、慄然としていた。
『この子は底が知れないわ。貴也も、なんて子に好かれてるのかしら……』
園子は思う。
『めそめそなんてしてられない。たぁくんが帰ってきた時、笑顔で迎えられるようにしないと……。やらなきゃいけないことが、いっぱいある。もちろん、今、この場に帰ってきてもいいように、心持ちだけでも変えていかないと!』
その瞳は力強く、未来を見据えていた。
どうして、こうなった?
園子ちゃんに前向きになってもらおうと画策したエピソードだったんですが、本作においても園子様が爆誕してしまいました。
この子は超逆境に放り込むと、こうなってしまうんですね。
というか執筆中くだんの場面まで来たところで、乃木家の後釜問題を引き合いに両親を圧倒する園子様のイメージを受信してしまい、そのままだとくどい上に主題からも外れそうなので端的に処理した結果なんですけどね。
おそらくこの後、千草さんは園子から両親との会話内容を口止めされて、さらに戦慄したことでしょう。
園子ちゃんの絶賛散華中における乃木家の後釜問題も、原作においても裏であり得た話だろうと思います。
ということで、次回はのわゆ編に戻ります。