イラストも図表も無いものの、思わぬ所での『ゆゆゆ』との出会いにほっこり。
ということで、本編をどうぞ。
貴也は、左手に着けた黒いラインの入ったブレスレットを見つめる。胸に熱いものがこみ上げてくるが、辛うじて押しとどめた。
『そのちゃん……。このまま、もう会えないんだろうか……?』
この時代に飛ばされてから一ヶ月が経った。だが、元の時代に戻れそうな兆候はどこにも現れてはいなかった。
一人きりで手持ち無沙汰になり、さらに考えを巡らすこともない時は、こうしてブレスレットを見つめることが多かった。胸元に隠している指輪よりも目に付くだけではなく、そこには『園子』という文字が彫られていることもあったからだ。
園子たちや若葉たちのように、勇者に変身すると服装等が完全に変わってしまう訳ではない貴也だ。そのブレスレットはいつの間にか傷だらけになり少し変形もしていた。それでも、園子との繋がりを感じていたいからと、万が一、突然元の時代へ戻れた時にこの時代へ忘れていくことが無いよう、常に肌身離さず腕に嵌めていたのだった。
球子が皆に見送られて高知へ旅立ってからの数日間は、貴也は連日の報道に苛立っていた。
前回の戦いでも、勇者全員が奮戦していた。だが、大型バーテックスが二体、進化体もこれまでに無く多数侵攻してきていたためであろうか、四国全土のあちこちで土砂崩れや竜巻など自然災害が起こっていた。死者も複数出ているようだ。
『そもそも樹海化も、神世紀三百年のものと比べると薄い感じがするしな。神世紀の時は人工物で形が残っているのは精々瀬戸大橋ぐらいだったのに、西暦では大きなビル程度でも原型を保っているし……。結界の壁だって高さは低いし、厚さも薄い……』
あの規模の侵攻だと、どうしても被害は免れ得ないのかもしれない。侵攻があった場合、できるだけ速やかに敵を殲滅するしか対処方法はないと思われた。
いまだに続く苛立ちの原因は、その頃の報道だけではなかった。
指輪の分析のため、やはり連日、大社本庁の技術部へ顔を出さざるを得なかったのもその一つだ。
技術部の人間の貴也を見る目が、次第に不可解なものでも見るようなものに変わっていったのだ。もちろん、最初から『男の勇者』ということで、奇異の目で見られていたことは確かだ。だが、扱われ方がある日を境に急激に、その後は徐々に変わっていっていた。だが理由は不明だ。問いかけても曖昧な答えしか返ってこない。全員が全員、そういう態度である訳でもないのだが、概ねの傾向としてそうであるため、比較的温厚な貴也でさえ思うところが出てくるというものである。
ただ、その負の感情の増大も精霊の影響が多分に入っていることも分かってきた。
それについては先日、その報告があったところだ。
以前から杏が付けていた勇者たちの切り札の使用に関するメモと、諏訪での貴也の様子に関するひなたの報告が決め手となったのだ。また、四国外調査で結局五十時間も精霊を憑依させていた貴也と名古屋で切り札を使った球子のモニタリングデータは、重要な証拠となっていた。
結論として、精霊という人ならざるものとの触れ合いは、人体に物理的ダメージを与えるだけでなく、精神に徐々に瘴気や穢れと呼ばれるものを溜め込ませていくのだということが分かったのだ。つまりは、心が不安定になり、危険な行動を取りやすくなるということなのだそうだ。
これにより、これまで以上に切り札の使用は制限されることになった。だが、明確な基準は示されず、あくまでも努力目標のようなものであり、実効性には疑いが残るものでもあった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
やがて五月になり、友奈や杏の包帯も取れていった。
球子がいなくなった教室は、その分静かで寂しいものだったが、それでも穏やかな日常が帰ってきていた。
バーテックスの襲来もあれから一度も無かった。
貴也の皆との交流も、本人的には、何故か、というレベルで深まっていた。
若葉とは、彼女が始業前に行っていた朝の自主練に付き合うようになっていた。そこから彼女と話す機会が増え、連鎖的にひなたともよく話すようになった。
授業の合間の休み時間は、友奈が千景と杏を引き連れて話しかけてくることが多くなった。球子がいなくなって、やや孤立しかけた杏を友奈が上手く巻き込んだのだ。
その杏は貴也が読書好きだと知ると、恋愛小説の布教を始めてきた。貴也は活字には比較的雑食的傾向があったため、あまり抵抗無く読むことが出来、杏との会話が弾むようになった。
千景とは携帯ゲーム機で遊ぶ機会が生じた。貴也も神世紀では拓哉や潤矢とよくテレビゲームで遊んでいたため、千景ともなんとか勝負になる程度には遊べたのだ。といっても勝率は一割そこそこなのだが。
そして五月も半ばを過ぎた頃、大社から一つの任務が勇者たちに言い渡された。
「珍しいね。壁の外の敵を討て、だなんて」
「大社の方針が変わったんだろうか?」
「でも、敵の姿なんて見えないわ。どこにいるのかしら……?」
「警戒はしていきましょう」
友奈の怪訝そうな言葉に、皆戸惑ったような答えを返す。貴也だけは、ほぼ真実に近い答えを持っていたが。
『ついにと言うか、何と言うか……、壁の外の視界を遮蔽し始めたな……?』
瀬戸大橋橋上を進み、壁を越えた時点で皆息を呑んだ。貴也ですらもだ。
身の丈百メートルに達する超大型のバーテックスが形成されていっていたからだ。
『
若葉たちは、結界による視界の遮蔽の方をこそ気にしているようだ。四人とも、壁の内と外を行き来して確認を取っている。
「隠されているのか……」
「大社の方針なんでしょうか……?」
「分かんないけど……、でも、今はそれより!」
「そうね……。高嶋さんの言うとおりだわ。今は結界のことよりも、バーテックスの方が問題だわ」
皆、超大型バーテックスに向き直る。
だが、全員無言になる。前回の三十メートル級ですら、並みの精霊を下ろしただけでは歯が立たなかったのだ。この超大型にどこまで通じるのか? 皆不安に駆られる。
「杏、どうすればいい……?」
思わず若葉が尋ねる。だが、杏にもこれといった策があるわけでもなかった。
「とりあえず、私たち三人の精霊が通用するか試してみましょう。友奈さんと貴也さんは前回、強力な精霊を使っていますから待機ということで」
若葉が義経を、千景が七人御先を、杏が雪女郎をそれぞれその身に下ろし、攻撃を仕掛ける。
三人は、超大型バーテックスを形成するために集まってきていた通常個体のバーテックス、星屑を足場にしながら、器用に飛び跳ねて獅子座型に肉薄する。
「個々に攻撃してもダメです! 中央のリング部分を破壊するように攻撃を集中させましょう!」
杏の作戦どおり、三人は一箇所に攻撃を集中させた。金弓箭の極低温の猛吹雪を一点に集中させ、そこに七人の千景がヒットアンドアウェイで攻撃、千景が飛び退いている間に若葉が数十の斬撃を与えて離脱。これを繰り返した。だが、ダメージは通らなかった。
星屑も、それらの攻撃が通用しないことを理解しているのか、三人を無視して超大型の形成に専念し融合を続けていた。
「僕が行く! 多重召喚!!」
続いて貴也が攻撃を仕掛ける。先ほど三人が攻撃していた部位に、一目連を含む四つの精霊すべての力を込めて斬撃の嵐を放つ。だが、ダメージが通らない。輪刀を一つに減らし一撃当たりの威力を増した攻撃すら、僅かな傷すらつけなかった。
「クソッ、そういえば合体した奴は夏凛の攻撃すら全く通さなかったな……」
絶望が心に芽生える。そこに友奈の叫びが聞こえた。
「私が行くっ! 来いっ! 酒呑童子っ!!」
「友奈さんっ!!」
「高嶋さんっ!!」
杏と千景の心配の気持ちが目一杯詰まった叫びが続く。
「友奈っ! 僕を足場に使えっ!!」
「うんっ! ありがとう!!」
貴也が友奈の元へ戻り、そう声を掛けると、友奈は礼を言うや否やジャンプし、驚くことに貴也の両肩の上に立つ。
「ゲッ……!? それでバランスは大丈夫なのか……?」
「いける、いける! 貴也くん! このまま、行っちゃえーーっ!!」
超大型バーテックスを指差し、笑顔で貴也を
二人は輪入道の全速力で獅子座型に接近する。
「喰らえーーっ! 勇者パーーンチッ!!」
すれ違いざま友奈のパンチが炸裂し、貴也の両肩に凄まじい反動が掛かる。その攻撃は、僅かに獅子座型を傷つける。
さすがに、獅子座型がゆっくりと向きを変え始め、星屑も貴也たちに襲いかかってきた。
それら星屑の攻撃は、若葉たちが迎撃した。
「貴也くん。今度は飛びついて連続パンチをするから、受け止めてね」
額から二本の角さえ出ている友奈は、その恐ろしげな見た目からは信じられないような可愛げのある笑顔を貴也に見せると、キッと超大型バーテックスを睨みつけた。
「ああ、任せとけ!」
もう一度、獅子座型に接近すると、友奈はジャンプして連続パンチを浴びせ掛ける。
「連続勇者パーーンチッ!!」
連続で両拳を獅子座型に叩き込む。だが、八撃目で異変が起きた。
「ガハッ……!」
友奈が大量に血を吐き、落下していく。
その友奈を狙い澄ましたように、急激に生成された巨大な火球が獅子座型から発射された。
「高嶋さんっ!!」
とっさに千景が友奈を突き飛ばす。その分身体の一つであった千景は、友奈の代わりに火球に飲み込まれ消滅していった。
突き飛ばされた友奈は貴也がかろうじてキャッチする。
巨大な火球は海面にぶち当たると、凄まじい水蒸気爆発を引き起こした。全員が吹き飛ばされる。
火球はそのまま海面上を走り、本州の陸地に着弾すると巨大な爆発を起こした。
「そんな……」
「ダメだ。一時撤退するっ!!」
若葉の撤退の指示が響いた。
貴也は友奈を抱きかかえたまま、結界の壁へと空中を走る。
その友奈は全身から血を流し、気絶していた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
その日は、五人とも入院した。全員、精霊をその身に下ろしたからだ。
特に友奈は集中治療室に入れられ、絶対安静かつ面会謝絶となった。酒呑童子を二度もその身に下ろしたことで、特に内蔵へのダメージが大きかったらしい。
翌日の夕方、友奈を除く四人は退院できたが、みな暗い表情のまま家路についた。
ところが、若葉と杏は寮へ戻ったものの、千景はずっと貴也に付いてきた。
「千景は、若葉たちと寮へは帰らないのか?」
「一緒にいちゃ、ダメ……?」
そう、上目遣いで言われると、断り切れない貴也だった。
それでも家に上げる時には一応、苦言を入れておいた。
「男の一人暮らしの部屋に、それも日が落ちようとしている時間帯に、女の子が一人で上がるのはよろしくないんだけどなぁ……」
「貴也くんのことは信頼してるし……、それに高嶋さんが入院してるから、寮に帰っても……」
頼りなげにボソボソと小さな声でそう言われると、やはり家に上げざるを得なかった。
冷蔵庫と小さなパントリーを覗き、とりあえずの食材があることを確認して夕食の用意を始める。
「食べていくだろ? 千景?」
「料理、出来るの?」
貴也の問いかけに目を丸くする千景。
「一人でいると余計なことばかり考えるからさ。手慰みに練習してるんだ。だから、そこの本のレシピどおりにしか作ったことないし、出来るレパートリーも片手ぐらいしかないから、リクエストには応えられないぞ。あと、味も文句言いっこ無しだからな」
「私も手伝うわ……」
千景もろくに炊事をしたことがないのだろう。二人とも覚束ない手並みに互いに苦笑しながら、肉じゃが、味噌汁、ご飯を用意し、貴也が二日前に作った残り物のきんぴらゴボウを添えて夕食とした。
「見た目はなんだか残念ね。――――――あ、でも意外に美味しい……」
「本当だ……。千景と二人で食べてるからかな? 一人で食べてる時は、豚の餌かよ、って思いながら食べてたんだけどな……」
二人で顔を見合わせて笑顔になる。
「なんだか、しんこ……、ううん、何でもない……」
何か言いかけて、真っ赤になる千景。
貴也は、千景が何を言いかけたのか察するのだが、微妙にズレた感想を持つ。
『確かに、新婚さんみたいだな……。うん。なんだか、家族と食事しているみたいだぞ……』
互いにズレた気持ちを持ちながら、それでも二人は楽しげに食事を続けた。
後片付けは自分がすると言い張る千景を、お客様だからとリビングに追い立て、貴也は洗い物を始めた。
「据え置きのゲーム機はないのね……」
「ああ、なんか余裕がなくてさ。携帯型でも十分遊べたしな。でも、なにかしてみようかな? 最新事情に疎いから、今度お勧めのハードを教えてくれよ」
「いいわよ……。ねえ、このパソコン、使ってもいい……? ちょっとネットでも見てるわ」
「ああ、いいよ。別にパスワードも設定していないから、ご自由に」
リビングのローテーブルの上に放置してあったノートパソコンを弄りだす千景。貴也が情報収集のために用意したものの、忙しさにかまけて碌に触っていないものだった。
『お気に入りに入っているのも、検索エンジンか、大社関係しかないわね……。よかった。ヘンなページが登録してあったら、困っちゃうもの……。自由に使わせてくれるだけあるわ……』
洗い物を終え、トイレで用を済ませて戻ってくると、千景の様子が何かおかしかった。
「どうした、千景……? なにかヘンなサイトでも……」
「なによ……!? なによ、これ!?」
怒りの表情を滲ませ、目元に涙を溜めた千景が振り返った。
画面を覗いてみた。彼女が見ていたのは匿名掲示板のようだ。そこには噂話のような内容が踊っていた。
『新しいタイプの化け物が出てきて、勇者が負けたんだって。災害が頻発した時期があったのは、そのせいだってさ』
『何人か死んだって聞いたぞ。土居球子と高嶋友奈、それと諏訪から合流した、誰だっけ?』
『鵜養だろ。男の。勇者、マジ使えねえな』
『我々市民には何も真実は伝えられねえってか?』
『だから、前から俺は言ってたんだよ。あんなガキ共、役に立つはず無いって』
千景の手が震えていた。
「どうしてっ!? どうしてよっ!! どうして、高嶋さんが! わたし達がこんな事言われなきゃならないのよっ!?」
「千景……」
貴也も、それらの書き込みに対して、書き込んだ者たちに対して憎悪が膨れ上がる。
神世紀の頃には経験がなかったことだ。少なくとも彼の身の回りでは、噂にすら聞いたことの無い事案。だから、西暦の人々のモラルさえ疑う。
だが同時に、頭の隅で警鐘が鳴らされる。
『気を付けろ! その感情は精霊の影響だ! 惑わされるな!』
辛うじて踏みとどまると、千景を後ろから抱きしめた。
「気にするな……。何も知らない、無責任な奴らの書き込みなんか……」
自分にも言い聞かせるように、そう呟くように言った。
貴也のその言葉に、驚いたように首だけで振り返る千景。だが、彼が唇を噛み締め、その目に涙を浮かばせているのを知ると、力無く呟いた。
「分かった……。私は、あなただけを信じる……」
千景は、そのまま彼の肩に頭をもたれさせた。
彼も自分と同じように感じてくれている。それが分かっただけで、何故か心が癒された。
彼の暖かさを感じるだけで、満足できた気がした……
友奈は前回、原作ほど負の感情を溜め込まずに戦えたので、今回ある程度戦えることになりました。結果は、さほど変わりませんが。
千景と二人の食事風景。甘い発想にならないのは当然知識と見た目によるもの。ご先祖様かつ妹似というのは高いハードルなのです。
千景は友奈がそばにいなくとも、貴也がストッパーとして機能しました。果たして、このまま原作のような暴走をせずに済むのかどうか?