鵜養貴也は勇者にあらず   作:多聞町

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第三十六話 真仮名の神託

目が覚めた。頭がガンガン痛む。

ひなたは、のそのそと寝床から起き出すとため息をついた。

五月に入ってからこっち、連日のように神託が下りていた。目覚める直前、夢とも(うつつ)ともつかない中で。

忘れないように、枕元に置いてあるメモ用紙に手早く書き付けていく。

その内容は奇妙だ。すべて漢字である。

 

 

 

 

通常、神託は映像の形で下りる。言葉で告げられることもあるが、それは珍しかった。そも抽象的な内容であるため解釈が分かれる場合もあるのだが、ひなたは大体その内容を捉えることが出来ていた。

実のところ、大社所属の中でもひなたは指折りの巫女なのだ。だからこそ、勇者付きの巫女に据えられたのだ。決して、若葉の幼馴染みだからという訳ではなかった。最後の決め手ぐらいにはなったのかもしれないが、それは重要視される項目ではなかったのだ。

 

神託はすべて大社で管理されることとなっていた。重要と思われるもの、解釈が分かれそうなものもあったが、そういう神託は主立った巫女にはすべて下りていたので、そこで解釈の擦り合わせが行われていた。

 

それにしても奇妙である。

この神託だけは、ひなたにしか下りていなかった。しかも、文字による神託など他に例が無かった。

毎日、十文字前後の漢字が目覚める直前の夢とも(うつつ)ともつかない中に現れる。初日に、それを書き付けねばならないという言葉による神託も受けた。だから、朝起きれば一番にメモを付ける。

通して見ると、文章になっているようだ。だが、どうやら万葉仮名で綴られているらしい。旧字体のものが多い上、言葉遣いもやたら古く感じる。また、神事に関する専門的な内容にも感じた。

ひなたは一般家庭出身であり、あの運命の日に目覚めた巫女なのだ。いきおい神事に関係する専門知識には疎い。

だから、内容は表面的にしか理解できなかった。昨日までは『斯无許无』なる儀式の行い方に関する神託だったらしい。だが、その内容の本質的な部分をひなたが理解することは出来なかった。

 

 

 

 

今日の神託で受けた九文字を見入る。

 

『保宇加佐伊波美許乎』

 

「ほ、う、か、さ、い、は、み、こ、を、って読むのかしら……?」

 

頭を捻るが、これだけでは意味は分からない。何かの神事に巫女が絡んでいるのだろうか?

気持ちを切り替えて、自分の手帳を見やる。そこには五文字の、大社に報告を上げていない神託がメモされていた。開かなくとも一言一句間違えなく覚えている。毎朝見る、大社に報告すべき神託の後に現れる、小さな文字。

 

「やはり、嫌な予感がしますね。これだけは、報告をあげるのはやめておきましょう……」

 

手帳を引き出しに入れて、鍵を掛ける。

その手帳の最後のページ。そこには、こう書かれていた。

 

『貴也参百年』

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

その日の朝、学校でひなたが若葉と話しているところへ杏が登校してきた。

 

「若葉さん、ひなたさん、貴也さん、おはようございます。うーん。やっぱり貴也さんも早いですね……」

 

「おはよう、杏」

 

「おはようございます、杏さん」

 

「おはよう、杏。若葉の朝練に付き合ってるからね」

 

「それにしてもよく続きますよね」

 

「強くなりたい一心で食らいついてるからなあ。――――――あっ、そう言えば借りてた本、返すよ」

 

貴也が鞄の中から単行本を取り出し、杏に返却する。

 

「どうでした、この本?」

 

「面白かったよ。タイトルが如実に内容を表してるんだな……」

 

「あー、『木の葉散る小川』ですか。そうですよね。木の葉が主人公の二人を、小川が二人を取り巻く社会というか、環境というか、そういうのをよく表してますよね」

 

「ああ、狭くて小さな社会でも急流があったり、淀みがあったりして、二人がそれに翻弄されるけど、最後は大海に旅立っていくって、ストレートなタイトルだよな」

 

「でも、もっさりしたタイトルなんで、ベストセラーっていう訳じゃないんですけどね。――――――ふふっ……。貴也さんも、だいぶ恋愛小説が分かってきたじゃないですか。これで、恋愛小説フリークの仲間入りですね」

 

「面白かったけど、でもやっぱり僕は、小説を読むならサスペンス物か推理物の方がいいな」

 

「えー? じゃあ、貴也さんに合う恋愛小説、探しに行きましょう。次の日曜日は私に付き合ってくださいよ。昨日は一日、千景さんとお出かけしてましたよね……?」

 

その杏の発言に、ひなたの耳がピクリと反応した。

 

「コンシューマーゲーム機のお勧めを買うのに付き合ってもらっただけだよ。まあ、お礼を兼ねて昼食は奢ったけどさ」

 

「でも先週、退院した日は夜遅くまで一緒だったじゃないですか。どこまでいったんですか?」

 

杏は興味津々といった風情で貴也に迫っている。その日、夜遅くに千景を送っていくと、杏にばったり会っていたのだ。

 

「どこもいってないぞ。一緒に夕食を作って、食べただけだよ。そのあと、一緒にネットを見てたら意外に時間を食っちゃっただけだからな」

 

「ほんとーですか……? あっ、でも貴也さん、料理できるんだ?」

 

「あれ? そこで、千景が作ったって方向に行かないんだな……」

 

「千景さんが炊事、あんまり得意じゃないのはみんな知ってますからね。貴也さんは得意なんですか?」

 

「いや。練習してるけど、なかなか上手くならなくてさ――――――」

 

 

 

 

「ひなた。私の話、聞いているか?」

 

「ちゃんと聞いてますよ。ちゃんと受け答えしているじゃないですか」

 

「うーん、そうなんだが……。なんだか表情は、心ここにあらずっていう感じだったからな……」

 

「それは若葉ちゃんの話の内容のせいでは……?」

 

「なにっ!? 私の話は、そんなにつまらなかったか……!?」

 

うーん、と唸りながら、自分の話していた内容の反省をしだす若葉。

ひなたは、そんな若葉をにこやかに眺めながら、頭の中では貴也と杏の会話内容を反芻する。

 

『千景さんも隅に置けませんね。悠長に構えていると、貴也さんを取られかねません。なにか、早急に手を打たないと……』

 

そんなことを考えていると、千景も登校してきた。

 

「おはよう……」

 

いつものクールっぽい態度で席に着く千景。

だが、ひなたは目ざとくそれに気付いていた。

千景がチラッと貴也を見やると一瞬だけ、はにかんだような笑みを微かに浮かべたことに。

 

『やっぱり、動くべきですね……』

 

 

 

 

授業が始まる。

ここにいる生徒は五人だけだ。

友奈はいまだに絶対安静、面会謝絶が続いていた。

 

それでも貴也たちは、普段どおりの態度をとっている。心配は心配だが、雰囲気を暗くしても何もいいことはないからだ。むしろ、精霊を下ろしている事による負の感情の増大を招く恐れがあった。

だから、努めて明るく振る舞う。

そのストレスはいかばかりか……

 

 

 

 

 

 

 

 

上里ひなたは同年代の少女と比較して大人びた少女だ。だが、自分は男の子に対する免疫がないと自覚している。

小学五年生まで、男子に対する色恋染みた感情は持たなかった。幼馴染みの若葉に対する関心が強すぎたせいかもしれない。

土地神様あるいは神樹様の巫女として目覚めてからは、若葉たち勇者にせよ、大社の巫女達にせよ、同年代では同性としか付き合う機会がなかった。

 

貴也に初めて会った時も、特に強い関心はなかった。ああ、生き残りに会えて良かった、と思っただけだった。

直後、命を救ってもらった時も、強い感謝の念を持ちこそすれ、それ以上の感情は持たなかった。すぐに別れることになり、二度と会う機会もないかもしれないと思ったからだ。

翌日、彼が『男の勇者』として四国外調査に合流した時も、単純に驚いただけだった。

 

だが、空中走行を行う彼にしがみついて行動するようになると、面白いように自分の感情が動いた。

恐らく自分という少女の体と、特に胸の膨らみと密着したからだろう。それまで落ち着いた態度を見せていた彼がキョドった行動を見せ始めたのだ。嫌な感情は持たなかった。むしろそんな彼を可愛いと思った。

また、諏訪で白鳥歌野の想いについて強い感情を見せながら語っていた姿や、北海道へ向かえという無茶振りに誠実に応えていた姿は、とても格好良く見えた。

そして諏訪での夜、彼が取り乱した時は、彼のことを守ってあげたいと強く思った。大切な人をすべて失ったのであろう彼を支えてあげたいと思った。

その翌日、四国への帰途。空中走行のために密着した彼の横顔を見ながら頬が熱くなるのを感じ、自分はなんてチョロい女なんだろうと思った。

 

四国外調査の期間中、彼との二人きりの行動が多かった千景の存在も大きかったのだろう。

四国に帰ってきてからも、千景はそれ以前の友奈に対するものに近い行動、貴也にひっついて何かボソボソとしゃべっていることが多かった。彼に対して時折見せる、はにかんだような笑顔も気になった。

胸の奥がチクリどころではなく、キリリと痛んだ。

ああ、自分は独占欲が相当強いんだな、とやっと自覚した。

思えば、若葉の写真を撮りためていたのも、その独占欲のせいなのだと思い至った。代償行為なのだろう。

 

『自分の感情を分析していても始まりません。行動あるのみです……!』

 

 

 

 

 

 

 

 

杏が貴也を誘っていた翌々日の水曜日。

ひなたは半ば強引に、その日の夕食を貴也に作ってあげることにしていた。練習の成果を確認して欲しいから、と適当な理由をでっち上げた。

 

『献立を何にするかが勝負の分かれ目ですね。うどん……は毎日のように食べていますし、アピールポイントが足りない気がします……。洋食系……。ハンバーグやグラタンはアピール度が高い気がしますね。でも、貴也さんは料理を練習していると話していましたし……。なんとなく、自分で作られているような気もしますね……。中華系も最近は簡単調理用の調味料が揃ってきていますしね……。むしろ和食がいいかもしれません。私たちの年代の男子が作るにはハードルが高く感じるのではないでしょうか? 家庭料理に餓えている可能性は極端に高いでしょうし、簡単ながら見た目のいいものを出した方が、手間なくアピール出来るかもしれません……』

 

傍から見る分にはムダに思えるほど思考を走らせながら、食材調達に精を出すひなた。

思わず、フフフ……、と黒さがほのかに覗く笑いが漏れる。

 

『そうそう、お祖母様も仰ってました。殿方を落とすにはまず胃袋を掴みなさい、と……。これは千景さんには真似できないはずですからね……』

 

そこまで考え抜くと、心なしか軽い足取りで会計を済ませ、ウキウキした気分で貴也の家へ向かった。

 

 

 

 

僕も何か手伝おうか、と言ってくる貴也をキッチンから追い出し、腕によりを掛けて作る。

貴也の家のキッチンを独り占めしていることを意識すると、何故か鼻歌でも歌いたい気分だ。

 

上機嫌で料理を食卓に並べると、貴也を呼ぶ。

 

「貴也さん、出来ましたよー」

 

リビングで読書をしていた彼が、本をローテーブルに置いてやって来た。

食卓の上には、白ご飯の他、白味噌の味噌汁、鯖の味噌煮、ほうれん草のおひたし、高野豆腐といんげんの卵とじが並んでいる。

 

「おおっ、白味噌のお味噌汁だ! これ飲みたかったんだよなぁ。自分だと、なかなか上手く作れなくてさ。特にお正月はやっぱり白味噌に餡餅の雑煮だよな」

 

「あらっ? 貴也さんは鳥取の出身では?」

 

「あ、いや……、母親が香川の出身でさ。食事は基本、香川スタイルだったんだ」

 

「そうだったんですか。じゃあ、私の味付けは貴也さんの口に合うかもしれませんね。ふふふ……」

 

『なんだか、勝利の足音が聞こえてくるような気がします……』

 

 

 

 

「うおっ! 美味い! 花見の時の弁当でも思ったけどさ、ひなたって料理上手だよな」

 

「そうですか……? ありがとうございます。誉めてもらえるなら、また作りに来たいですね」

 

「いやぁ、そこまで我が儘は言えないよー」

 

心底美味しそうにニコニコしながら食べる貴也を見ながら、心の中でそっと不満を漏らす。

 

『そういう我が儘は、むしろ言って欲しいんですけどね……』

 

だから、今後も餌付けをしに来るための理由を用意する。

 

「今回もそうでしたけど、若葉ちゃんに食べてもらう前の毒味役が欲しかったですからね。逆に私の方から、今後もお願いしたいんですけど」

 

「あぁ……、そういうこと? じゃあ、喜んで毒味役に立候補するよ」

 

軽い調子で承諾する貴也に、少し罪悪感も持ちながらホッとする。

 

『ゴメンなさいね、貴也さん。本当は毒味役なんか必要ないんです。そういうことは自分でするものですしね。私の我が儘なんです。でも、良かった。これでライバルを一歩も二歩もリードできます……』

 

 

 

 

食後、食卓でお茶を啜りながら、洗い物をしている貴也を見やる。

ふと、神託の事を聞いてみようかと思い立った。

 

「貴也さん、ちょっといいですか?」

 

「いいけど。何かな?」

 

「『三百年』という言葉に何か、心当たりはありませんか……?」

 

「? 何それ?」

 

「心当たりが無ければ、いいんです。どうか、気になさらずに……」

 

『やっぱり貴也さんには関係ないんですね……。やはり『貴也参百年』の最初の二文字は、とうときなり、ですとか、きなり、ですとかそういう風に読むものなのかも知れません……』

 

 

 

 

とっさのことで、連想できなかった。

ひなたの言った『三百年』とは、神世紀三百年であるとか、自分の遡った時間、約三百年を指すのではと、後になってから思い至った。

貴也は思った。

 

『ひなたは、何か感づいているのかも知れない。本当のことをみんなに言うべき時が迫っているのかも知れないな……』

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

五月も終わり頃から、バーテックスの襲来が頻発するようになった。週に一、二度のペース。

大型の個体はおらず、通常個体の星屑、進化体レベルのものばかり、千から二千ほど。

だが、友奈はいまだ入院中であり球子と二人を欠いているため、貴也を含め若葉、千景、杏の四人とも精霊をその身に下ろして戦わざるを得ない状況に置かれていた。

それでも、なんとか一般への被害は最小限にとどめ、自然災害は起こるものの四国市民に死者までは出さない状況で抑えていた。

 

 

 

 

そんな中、六月に入ってから一週間ほど経った頃、千景のスマホに一通のメールが届いた。

 

『一度、帰ってこい』

 

たった、それだけの文章。

父親からだった。

 

 

 




神託の内容はなんでしょうね?(すっとぼけ)
とはいえ1ヶ月300文字では漢文ならともかく仮名だけだとたいした情報量にはならないですね。恐らく内容は概要だけにとどまり、詳細はどこそこを参照しろとでもあったのでは?
なお、『斯无許无』は『しんこん』と読みます。

作中の恋愛小説は架空のものです。
実在作を引用するのは、照れる上に、内容をある程度紹介する上で無駄に文字数を食いそうなので止めました。

毒味役――味見役とどちらを使うか迷ったのですが、若葉絡みの二人のおふざけということで。

ちょこちょこ入っていたひなたの怪しい行動に関する伏線回収回でした。
なお、貴也がこれ以上モテることは無いものと思われます。


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