「ねえ、どうしてあなたは、こんなにも私に優しくしてくれるの……?」
日も落ち、暗くなった丸亀城。その彼女たちの寮が見えてきたところで、千景が涙を目にいっぱい溜めて問いかけてきた。
「どうしてって……? 僕たちは仲間で、友達で……、だから困っている時は助け合って当然じゃないか?」
貴也はその千景の態度に困惑した。彼女の故郷で善後策を打ったのは、確かにほとんど彼一人の判断と行動によるものだった。しかし、彼自身が大したことをした訳でないのも確かだった。実際の処置は佐々木に丸投げの状態なのだから。
「私には、あなたに優しくしてもらう価値なんてないのよっ! 実家で話したとおりよ。私は両親からさえ疎まれて生きてきたんだからっ! 村の人たちからも後ろ指を指されて生きてきたの……」
もう既に千景はポロポロと涙を零していた。そして、そこまで語った後、少しためらいを見せたものの、ギリッと唇を噛む。唇からツーッと血が流れる。と同時に意を決したように話を再開した。
「もう、あなたには全部話すわ……。私には生きている価値なんてないのよ。学校でも、ずっと虐められてたの! この耳の傷もその時つけられたものよ……。階段から突き落とされたこともあった……。服を燃やされて、下着姿で家へ帰ったこともあった……」
「そんなことが……」
「私にはね、勇者であること以外生きている価値なんてないのよっ!! でも、それも失ってしまった……。勇者としてさえ敬われないなんて、『死ね』って言われているのと同じなのよ」
「生きている価値がないなんてことはないよ……。僕だって、若葉だって、友奈だって、みんな君のことを大切に思ってる。それだけじゃない。君は必ず、君のことを全力で大切にしてくれる人に出会って、幸せになれる人なんだ!」
「それは、あなたのことなの……? あなたじゃないと嫌よ……。私はあなたとじゃないと嫌だっ! 好きなのよ……。私に愛される価値なんてないこと、分かっているけど! それでも、あなたのことが好きなのっ!! お願いだから、私のことを愛してよっ!!!」
涙ながらに訴えるその千景の言葉は、貴也に衝撃を与えた。
彼女が自分を慕ってくれていることは分かっていた。だが、それは友愛、そうでなければ家族愛とでも言うべきものに近いものだと思っていた。彼女の面立ちが妹に似ていたせいかもしれない。彼女が自分の遠いご先祖様だと知っていたからかもしれない。
しかし、そうではなかった。彼女は異性として、自分を慕ってくれていたのだとはっきりと思い知った。
だが、それを受け入れる訳にはいかないとも思った。
「ごめん……。僕は、君の想いを受け入れる訳にはいかないんだ。でも、それは決して君のせいなんかじゃないんだ……」
「じゃあ、どうして……?」
「僕は……」
そこで詰まる。
本当のことを言うべきだろうか?
だが、ここで言うべきなのだろうと思った。
「僕はね。三百年後の時代から来た人間だからなんだ」
千景が、きょとんとした表情を見せる。何を言っているのか分からない。そんな表情だ。
そこへ、別方向から声が掛かった。
「そうだったんですか……。神託のとおりだったんですね、貴也さん」
ひなただった。
「声が聞こえてきたものですから……。盗み聞きするつもりじゃなかったんです。でも、千景さんが虐めを受けていたという告白の当たりからは聞こえてしまってました。ごめんなさいね、千景さん……」
ひなたに聞かれてしまった。もう隠す訳にはいかないだろうと、覚悟を決める。
「文字による神託を連日のように受けているというお話、したことがありますよね。その中に『貴也参百年』という文字の神託があったんです。ですから」
ひなたの話が急に止まった。スマホから警報音が鳴り響く。
すぐに樹海化が始まった。
バーテックスに接触するまでは、ということで召喚のみを掛ける。周りに十体の精霊がふよふよと浮かぶ。
千景も一応は変身したようだ。彼岸花を思わせる暗赤色の勇者装束を翻して近づいてきた。
「三百年後の人間だから、どうだって言うの……? 私にとって、貴也くんは貴也くんよ。たとえあなたが未来人だって、宇宙人だって、ううん……、本当はバーテックスの人間態だって言い張ろうと、私の気持ちは変わらない。あなたが人類に敵対しようって言うなら、それでもついていく。だから、私のことを愛して……?」
「千景……」
いっそ、自分が千景の直系の子孫であることも打ち明けようかと思った。だが、そこまで話すのはさすがにタイムパラドックスが怖かった。だから、何も言い返せない。
「私はあなたの為だったら、何だってする。だから……」
目を逸らすしかなかった。だが、その態度に千景は激高する。
「どうしてっ!? どうしてよっ!? どうして、誰も私のことを愛してくれないのっ!?」
その言葉に心を切り裂かれたような気さえした。
だから三百年後に戻ることはすっぱりと諦めて、千景を受け止めてやろうかとさえ思った。
だがその瞬間、園子の笑顔が頭をよぎる。
『たぁくん……!』
彼女を裏切ることは出来ないと思った。
だから……、沈黙を続けるしかなかった。
「やっぱり私には生きている価値なんて無いのよ! もう、いいっ! あなたを殺して私も死ぬ!!」
いつの間に精霊をその身に下ろしていたのだろうか?
七人の千景が大葉刈の斬撃を貴也に浴びせていた。
ガキーン!!
だが、その斬撃の悉くが貴也の周囲に浮遊する精霊が張る障壁に防がれていた。
「どうしてっ!? どうしてよっ!?」
二撃目を与えようと、七人の千景が大葉刈を振り上げる。
次の瞬間、六人の千景がまるで花が散るように一瞬で消滅した。
「えっ!?」
戸惑う千景。
だがすぐに勇者装束さえ消え、千景は制服姿で樹海に立ち尽くしていた。
大葉刈の重さに耐えられず、取り落とす。
「何!? 勇者の力が消えた……? うそ……」
千景はスマホを取り出し、何度も変身用アプリを操作するが変身できなかった。
「千景? どうしたんだ?」
貴也の問いかけにも答えられず、呆然と立ち尽くす千景。
バーテックスの群れが千景に襲いかかってきた。
勇者ではない、無力な一人の少女となった千景。だから、一瞬で餌食になるはずだった。
「千景!!」
貴也が千景を抱きしめていた。バーテックスの攻撃は全て精霊達の障壁が防ぐ。
「貴也、くん……?」
信じられないものでも見たかのような表情で貴也を見上げる千景。
「どうしたっ! 二人ともっ!?」
「千景さん、変身はっ!?」
そこへ若葉と杏が合流した。周囲のバーテックスは瞬く間に殲滅される。
二人とも貴也と千景の様子に不審なものを感じたのか、鋭く問いかけてきた。
「詳しいことは後で話す! 千景が変身できないんだ!」
「!? 分かった。千景のことは頼むぞ、貴也。杏、二人で防衛線を張るぞ!」
「私がフォローします! 若葉さんは自由に動いて戦ってください!」
「頼むぞ、杏!」
結界を越えて侵入してくるバーテックスを迎撃しようと若葉と杏が飛び出そうとした瞬間、千景の叫びが轟いた。
「どうして!? どうしてよっ!? どうして、私なんかを守るの……? 貴也くんを殺そうとして、勇者の力さえ失った私を……どうして……?」
その千景の言葉にぎょっとする若葉と杏。あまりにも意味不明で理解不能な言葉が含まれていたからだ。
しかし、貴也の言葉で落ち着きを取り戻す。
「決まってるだろ。大切な仲間だからさ……」
「そうだ、千景。お前は私たちの仲間だ。友達だ。たとえ勇者でなくなってもだ!」
「千景さんは、私の大切な先輩ですよ。勇者かどうかなんて、関係ありません!」
そう言って、二人はバーテックスとの戦いに身を投じていった。
「貴也くん……。私が間違ってたわ……。みんな、私を勇者だからじゃなく、ただの友達として愛してくれていたのね……」
貴也の装束を両手で握りしめ、その胸に俯いたまま額を押し当て、ポロポロと涙を零しながら懺悔する千景。
「私はバカだ……。あなただって、さんざん友達として大切にしてくれていた態度を見せていたのに……。こんなバカな子、彼女になんかしてくれなくて当然だわ……。謝って許してもらえるなんて思わないけど、酷いことして、ごめんなさい……」
「許すも許さないも無いさ。僕は怪我さえしてないんだから。それに僕たちは、まだ知り合って三ヶ月しか経ってないだろ。誤解があってもしょうがない。これから、少しずつ分かり合っていけばいいさ」
その貴也の慰めに、千景はとうとう声を上げて泣き出した。
貴也はそんな彼女を、ずっと優しく抱きしめていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
今回の侵攻は数が少なかったらしい。数十分の戦闘で、若葉と杏の二人はバーテックスを殲滅していた。
樹海化が解けると、貴也はさすがに泣きやんでいた千景を促し、寮の談話室へと上がる。やがて合流したひなたには、自分の正体については後日、若葉たちも含めて説明するからと口止めしておいた。
その後、若葉と杏が合流すると千景が勇者の力を失った経緯を説明した。ただし、プライベートな部分を誤魔化すようにだ。
とりあえず、後で知られることは確実なので、高知で勇者に関するあらぬ噂から郡家が排斥されている事実を説明し、その関係で千景が取り乱していたのだということにした。さらには精霊の悪影響も受けて錯乱し、貴也を攻撃してしまったのだということにもした。
若葉たちは、それで納得したようだった。
だが、勇者のスマホでモニタリングを続けていた大社を誤魔化すことは出来なかった。
結局、千景は勇者システムを剥奪され謹慎処分を受けた。大社内部では勇者からの除名さえ議論されたようだ。
これに対し若葉たちは、千景の反逆行為はあくまでも実家の排斥に端を発する精霊の悪影響だと訴えた。そこには暗に大社の管理責任への追及も含まれていた。また、今回は敵の数が少なかったために撃退できたものの、通常であれば二人の勇者では撃退し得なかったとして、勇者システムの強制解除の撤廃を求めた。神樹様の意志であろうと戦闘中に強制解除でもされようものならば、解除された勇者を守るために戦力の大幅な低下がもたらされる危険性を説いたのだ。
膠着状態が続いたものの、若葉、杏、貴也の三人で頻発するバーテックスの侵攻に耐え抜き、若葉が大社の用意した原稿に沿った演説を行ったことも影響したのか、六月末近くになってようやく千景の謹慎が解かれた。変身能力も戻ってきていた。
さらに嬉しいことに、ほぼ同時に友奈が復帰したのだ。ただし、精霊の使用は厳禁されていたが。
また、勇者システムもアップデートが図られ、強制解除機能は撤廃された。
その一方で貴也の三百年後の人間であるとの告白に対し、大社からはなんのリアクションも無かった。ひなたと共にそれとなく大社の意図を探るべく接触を図ったところ、驚くべき事に大社側はその情報を掴んでいないようだった。その事実に疑問を持ちながらも、一応は胸を撫で下ろす貴也たちだった。
七月一日。貴也の誕生日である。皆の先陣を切って十六歳となる誕生日だったが、十五歳を体感半年しか経験していないので、違和感ありまくりではあった。
六月二十日にあった若葉の誕生日は、友奈が入院中、千景が謹慎中で正直、あまり盛り上がらなかった。
だからという訳でもないのだろうが、皆張り切って誕生日を祝ってくれた。
そして、ひなたと千景には予め言っておいた。パーティーの後、自分が未来から来た人間であることを皆に打ち明けることを。
「最初に言っていたように、みんなに聞いてもらいたいことがあるんだ」
寮の談話室でのパーティーが一段落ついたところで、そう言って注目を集めた。
各自のスマホは予め部屋に置いてきてもらった。貴也のものも千景の部屋に預けてある。大社への隠蔽工作だ。
「以前から言っていた、僕が鳥取出身で、そこからバーテックスに追われて南下してきて君たちと合流したっていうのは、実は全部嘘なんだ。今まで騙していてごめん。このとおり、謝るよ」
深々と頭を下げる。だが、ひなたと千景を除く若葉たち三人は困惑した表情を浮かべるばかりだ。
「どういうことなんだ? 詳しく説明してくれ」
若葉の問いかけに、意を決して語り始める。
「僕は三百年後の時代からやって来た、君たちから見れば未来人に当たる人間なんだ。どうして過去に飛ばされてきたのかは、僕にも分からない。ただ直前、当時の仲間たち、勇者たちと一緒にバーテックスと戦っていたのは本当だ。例の壁の外にいる超大型バーテックス、あれが他の三十メートル級バーテックスと合体したものと戦っていたんだ。で、最後は仲間の攻撃で倒したようなんだけど、そいつの核に当たる部分が爆発したようにも見えたんだ。そして、次に気がついたら君たちに助けられていたっていう訳なんだ……」
「そんなことが本当にあるんですか……?」
「えー、なに、それ? わけ分かんないよ。理解不能だ~……」
杏も友奈も信じられないようだ。だから、確実とは言えないが証拠品も見せる。
「これは、この時代に飛ばされてきた時に持っていた、あちらの時代で僕が通っていた学校の生徒手帳だ。年号が神世紀三百年ってなってるだろ。今の戦いが一段落ついたところで、年号が変わるんだ。それと、財布に入っていた硬貨。これにも神世紀二百九十六年とか入っている。これらも含めて、僕が提示する証拠についてはタイムパラドックスが起こるかもしれないから、君たちの胸の中にだけ納めておいて欲しいんだけどね」
皆、貴也の差し出した生徒手帳や硬貨をしげしげと眺めている。だが、呻くような声を上げるばかりで、なかなか納得がいかないようだ。
そこへ、ひなたが助け船を出す。
「私が受けている神託でも、貴也さんが三百年という年数と関わりが深いことは示唆されていたんです。ですから、私は貴也さんの言っていることが事実であると信じます」
「ひなたがそう言うなら、信じるしかないな」
ようやく、皆も納得してくれたようだ。これには苦笑するしかない。
「ハハハ……。やっぱり、ひなたとの信用の差は大きいな」
「貴也さん。そうじゃないと思いますよ。私の信用ではなく、神託にそうあったからということですよ。ね、皆さん」
「そうだな。貴也を信用していない訳じゃない。ただ、信じがたい話だな、っていうだけのことさ。神託があったのなら、その通りなんだろうけどな」
今度はひなたが神妙な顔つきで貴也に向き直った。
「で、貴也さん。ある時期から技術部の皆さんの貴也さんへの態度が大きく変わったことがあったと思います。そうですよね?」
「そうだな。四月の下旬に入ったくらいかな? 指輪の分析が始まって一週間経つか経たないかぐらいだったと思う」
「分析を初めて、すぐに分かったんです。その指輪が、若葉ちゃん達が使っている武器と言いますか、呪具と言いますか、神具と言いますか。とにかく生大刀や大葉刈などと同じように
皆、怪訝な表情でひなたを見つめる。
「プラチナの加工精度、インサイドストーンの研磨、嵌め込みなど、少なくとも二十世紀後半以降の技術を用いないとその指輪は作成できないんです。でも、そんな新しい時代の神具なんて、ある訳がないんです。ですから、技術部の皆さんは貴也さんを得体の知れない人物として敬遠を始めたのだと思います」
貴也も困惑せざるを得ない。
そして、若葉が硬い表情でひなたに問いかける。
「ひなた。結論はなんだ?」
「私の推測になりますが、この指輪は今より後、これから作られる物です。インサイドストーンを見て下さい。全部若葉ちゃん達の誕生石となっています。アレキサンドライトは六月、若葉ちゃんの、ガーネットは一月、友奈さんの、アメジストは二月、千景さんの、サファイアは九月、球子さんと杏さんの誕生石なんです。ですから、この指輪はこれから作られ、若葉ちゃん達の力が込められた上で、三百年の時を経て、神樹様のお力により
千景の暴走は、原作比ではあっさり(?)解決。
まあ、若葉と杏が千景の不穏な発言を華麗にスルーするというファインプレーがあった結果でもありますが。
大社の貴也に関する情報の不備は、10、24話でもあったデータ欠損とほぼ同じ事が起こっているのですが、大社側視点が無いと描写不能ですね。ですが大社自体データ欠損に気付いていないということで、このまま描写無しで進めます。
さて、ゆゆゆファンの皆さんの大半にはバレていたことでしょうが、やっと6話のインサイドストーンの伏線をぶちまけられました。
いやー、長かった。
実は既にストックが尽きていて自転車操業に突入しています。
年度末対応に向けて、投稿頻度の維持に黄色信号が点りつつあります。
一旦書き上げてからも時間を置いて見直し、色々と手直ししたい人なのでどこかの時点で不定期投稿に移行するかも、です。