その部屋は神樹館小学校の講堂ほどもあろうかという大部屋だった。
そこに二十一名の少女が集められていた。
園子は知らなかったが、集められた少女たちはいずれも大赦関係でも名家と呼ばれる家の縁者。それも小学四年生から中学一年生までの者たちであった。
常にマイペースを崩さない園子であっても、理由も知らされず大赦の本部に、それもこのような形で呼びされては不安にもなろうというものである。
『なにが始まるんだろう……』
でも、一つだけ救いがあった。それは何あろう……
「あら、乃木さんのお嬢さんじゃありません? 貴方も呼び出されたの?」
貴也のクラスの委員長だった。
「いいんちょーさん……」
「クラスはおろか学年まで違う貴方に鵜養くんもいない場で、その呼び方はされたくありませんわね。特別に、ゆ、み、こ、と下の名前で呼ばせて差し上げます」
「ユーミン……、じゃあユーミン先輩で」
「なんですの、そのあだ名は? まあ、いいですわ。主題はそこにありませんから」
そして声のトーンを落として囁いてくる。
「ここに集められているのは、いずれも四国で名家と呼ばれている家の者たちですわ。私もよく知らない方が大半ですから、分家の末端クラスまで集められていますわね」
よく知らないとも自分で言っておきながら、そこまで断言するユーミン先輩のことがなんだかおかしくて、園子はやっと緊張から解放された。
以前から思っていたことだが、この人も楽しい人で、そして、それ以上に優しい人だ……
そうこうしている間に、大赦の神官と思しき人物から説明を受けた。
曰く、近々、神樹様に関して大きなお役目が生じる。ついては、そのお役目を果たすに十分な能力がある者を選び出さなければならない。ただし、能力があっても、今のままではそのお役目には耐えられないので、選び出された後も鍛錬に励んでもらわねばならない。そこで貴方達がその候補者として集められたのだ。
お役目の詳細については、まだ神託が降りていないため分からないが、皆、神樹様に選ばれるよう励んでもらいたい。
その説明で、かえってますます訳が分からなくなる。
お役目の詳細が分からないのに、対象者を選抜できるものなのだろうか。鍛錬の必要性は? そもそも候補者の選抜基準すら分からない。
頭の中にたくさんの疑問符を浮かべながら、園子は選抜のための検査を受けることとなる。
受けてみると、なんてことはない。ありきたりの健康診断と体力測定だった。
ただ、普通のものと異なっていたのは、よく分からない、見たこともない機械から伸びている電極を体につけられて、数分、何かを計測されたこと。明らかに心電図の類ではなかった。
また、体力測定の方では武具、例えば竹刀であるとか、薙刀であるとか、槍であるとか、数種類の物を振るわされたことである。
結局、この時は二日間に渡って色々な検査を受けただけで帰らされた。
この頃はまだ、この検査の結果が自分の生活に影響を与えるものだとは思っていなかった。
まさか翌年の初詣が、時間を気にせずに貴也と遊べる最後の機会となるとは想像すらしていなかった。
松の内が明けた頃、貴也は父である隆史から衝撃的なことを聞かされた。
乃木家本家での父の仕事が終了し、今後貴也を乃木家に連れて行く機会は失われたのだ、という。
それは、これまで五年近くの間、恒例行事のように月に一度または二ヶ月に一度行われてきた、乃木家で園子と会い、一緒に遊ぶ、ということが出来なくなったということである。
それは、まだ我慢できた。
学校に行けば、園子の顔を見る機会はあったから。
短時間とはいえ、下校時に一緒に帰ることだって、遊ぶことだって出来たから。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
二月下旬。
園子は再び、大赦本部に招集された。
それは、凍てつくような寒さが香川を襲った日でもあった。
三ノ輪銀はその日、珍しく遅刻をしなかった。大赦本部へ彼女を連れてきた父親が、彼女のトラブル体質を見越して早めに家を出たからだ。
だが、どんなトラブルに遭うのか事前予測は不可能だ。その部屋に通された時点で約束の時間までたっぷり三十分も残っていたのだ。
部屋には大きな座卓が置かれていた。銀が案内された側には座布団が三つ並べられている。
「ははーん。あと二人、呼び出されている訳か」
顎に手を掛けながらキラーンと目を輝かせ、自分では名推理をしたつもりになる。
真ん中の座布団に座ってみる。が、すぐにジリジリとしてくる。
「だあーっ! あたしはこんなのが一番苦手なんだよっ!」
ぴょんっと正座の状態から飛び上がって、器用にすっくと立つと、すぐに屈伸運動を始める。
この元気印少女に、おとなしく人を待て、というのがそもそも無茶振りなのである。
だから二十分後、襖が開けられた時、銀はホッとした。これで話し相手ができる。
そこには知った顔の少女が立っていた。
園子の目の前、和室でどういう訳だか一人で柔軟体操をしていたのは、記憶にある少女だった。
三ノ輪銀。一年生の時、同じクラスだった少女だ。
灰色の髪をしており、運動が得意で活動的な少女であり、ボーイッシュな雰囲気をもっている。
園子にとっては元来、苦手なタイプでもあった。
女子の中にあっては一際大きな声。男子にも負けない気の強さ。
同じクラスだった時、気を遣って話しかけてきてくれたこともあったが、園子は気圧されてしまい、いつも以上に突飛な言動をしてしまった。それ以来、他の子たちとは違い、逆に園子の方から避ける形になってしまっていた。
園子の銀に対するイメージは未だネガティブである。
銀が身を乗り出して話しかけてくる。
「乃木さんも呼び出されたんだ。なんで呼び出されたか知ってる? それにしても、こうやって話すのって一年生の時以来だっけ? ――――――」
『あれ? あんまり圧迫感がない。どうして?』
『あっ、そうか! タッくん先輩と同じ感じなんだ。むしろ言葉遣いが優しい感じだから、三ノ輪さんの方が話しやすいかも……』
『そっか~。私、こんなところでも、たぁくんに助けてもらってるんだ』
以前感じていたはずの、銀からの圧迫感を余り感じず、園子は戸惑った。
そして気づいた。男女の違いはあれど、銀は貴也の親友の一人、酒井拓哉と同タイプの人間なのだと。むしろ拓哉の方が言葉は荒いし、男の子特有の気のきかなさが有った分、銀の方が取っつきやすいのだと。
園子がそんな拓哉と曲がりなりにも交流できたのは、貴也がワンクッション置いてくれていたからだとも気づいた。
つつーっと、頬に涙が零れた。
「大丈夫か? おいっ」
ぼーっとしているように見えた園子の目から涙が零れたのを見て、銀は慌てて園子の目の前で翳すように手を振った。
「あ~、なんでもないんよ。ちょっと目にゴミが入っただけなんよ~」
園子がほにゃっと笑みをこぼしながらそう返した時、ちょうど三人目が現れた。
その娘は濡烏とも言える
まるで、どこかの家元のお手本のような綺麗な座礼をしてきた。
「鷲尾須美と申します。小学四年生です。以後、よろしくお願いいたします」
「あ、これはご丁寧にどうも、どうも~。乃木園子っていうんよ~。同い年だね、よろしくね~」
「あ、えっと……三ノ輪銀です。あたしも同い年だよ。えっと、よろしく……です?」
つられて二人も座礼を返す。だが、どうにもしまらない。普段の生活態度が滲み出てしまうようだ。
三人が詳しく自己紹介をする時間はなかった。
須美に続いて部屋に入ってきた大赦の神官が三人。顔を面で隠していて表情は窺えない。おどろおどろしい不気味さを感じさせる。
彼ら、いや、そのうちの最年長と思われる一人の神官がすぐに、今回の招集について説明を始める。
今、四国は神樹様の結界によって守られている。結界の外の世界は恐ろしいウィルスによってほぼ全滅しているのだ。そのウィルスの海から人類と神樹様を滅ぼすべく、『バーテックス』なる怪物が襲ってくるとの神託があった。これを迎え撃つための戦力が、彼女たち三人なのだと。
にわかには信じがたい話のように思えた。
だが、少なくとも須美は既に詳細を承知しているかのようなそぶりを見せている。
逆に銀は、理解できているのか心配になるほど、ぽかーんと聞いている。
園子も話の内容自体は理解できたが、およそ現実感に乏しい話だとも感じていた。
なにせ、神樹様がバーテックスと戦うための力を授けられる人間は『無垢な少女』のみだというのだ。
どこの世界のおとぎ話か、と思う。
確かに、大昔の神話ではそういう設定のお話が目白押しだ。
『西暦の勇者様』の話だって、その類型の一つと言っていいだろう。
だからといって、自分たちがその対象となるとは……
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
園子には大赦の意図がまったく分からなかった。
あれは、三人の顔合わせの場ではなかったのか。
今後、連携して戦っていく三人が初めて顔を合わせたのだ。常識的に考えれば、互いに自己紹介をさせ、できるだけ一緒に過ごす機会を与えて、互いの信頼を醸成させていくものではないか。
だが、現実には説明を受けた後、三人はすぐにバラバラにされ、個別に今後の鍛錬等のスケジュールについてレクチャーを受けたのだ。
そればかりか、その鍛錬自体、個別に行っている有り様だ。
聞くところによると、銀は斧、須美は弓矢を武器とするのだという。自分は槍だ。
確かに基礎訓練は個別に行った方が良いようにも思える。まずは、各自の武器を使いこなせるようにする必要があるだろう。
でも、戦いの中での連携はどうするつもりなのだろう……
あれ以来、他の二人と顔を合わせる機会はなかった。
銀については学校で顔を見かけることもあったが、須美についてはそれすらなかった。
五年生に進級しても事態は、ほとんど変わらなかった。
学校で須美を見かけるようになったのが、唯一の変化と言えた。
どうやら、四年生までは別の学校に通っていたらしい。
だが、どういう事だろうか。せめてクラスぐらい一つにまとめるものだろう。
神樹館小学校は各学年三クラスしかないのだ。それなのに三人ともバラバラのクラスだ。
園子は何も分からないまま、一人、鍛錬を続けていた。
ただ、園子が我慢を強制され、だが、我慢出来なかったことがある。貴也のことだ。
鍛錬が始まると、下校時に一緒にいることさえ出来なくなった。
放課後の時間は、ほぼ全て鍛錬に当てられ、オフの日は体を休めるよう強く言い渡されていた。
いつの間にか、何日かに一回、夜の数分、電話で会話をするのが唯一の繋がりとなった。
それすら、鍛錬で疲れていたり、学校の宿題などで出来ない日が多かった。
だからいつしか、学校で偶然姿を見かけることだけが、幸せの拠り所となっていった。
『もっと会いたいよ。本当はお話しだって、いっぱいしたい……。たぁくん、苦しいよ……。いやだよ、こんなの……』
それでも、頑張って頑張って……
それは、本当に偶然だった。
「イヨジン先輩~っ!」
鍛錬所への送迎車が先頭で赤信号に引っかかったとき、手の届きそうなその先に見知った顔がいたのだ。伊予島潤矢。貴也の親友だ。
だから、慌てて窓を開け、後部座席から身を乗り出してまで声を掛けた。
「あれ? 乃木さんじゃない。久しぶりだね。どうしたの?」
「時間がないから。これ、たぁくんに渡してください。お願いします」
近寄ってきた潤矢に、小さな紙袋を手渡す。
園子には、いつものほわんとした
「いいけど。自分で渡せないの? あぁ、そうか。このところ全然会えなくなったって、タカちゃん、へこんでたもんなぁ」
「詳しい事は言えないけど、神樹様のお役目なんです。お願いだから、たぁくんに渡してください。本当にお願いです」
半分、涙声になる。自分がここまで必死になるなんて、考えたこともなかった。
車が発進する。
あとの答えは、聞けなかった。
たぁくんの手に渡りますように……
神樹様に手を合わせた。
七月も終わろうとしている。
その日、貴也は拓哉、潤矢と待ち合わせをしていた。
珍しいことに、新作映画の封切りがあったからだ。神世紀に入ってからは、本格的な映像作品の新作は数えるほどしか作られていない。需要と供給、双方が破綻しているからだ。
映画館の入り口で待っていた二人の元へ、潤矢がやって来る。片手に小さな紙袋を持っているようだ。
「やあ、お待たせ。それとタカちゃんには、ほれ、サプライズプレゼントだ」
「キモッ、お前ら、そういう仲かよ。今の今まで知らなかったぜ」
「何言ってんだよ、タッくん。――――――で、なんの嫌がらせ?」
「お前らー……。さっき、乃木ちゃんと偶然会ってさ。タカちゃんに渡してくれって、泣き付かれたんだよ」
不審な紙袋を渡してきた潤矢を
「えっ? 本当に?」
「その紙袋、結構ヨレヨレだろ。だいぶ前から用意してた物なんじゃないか?」
「あー、そういう事か。タカちゃんも女
慌てて紙袋の中身を確かめる。中にはハンカチと便箋。
まず、便箋を確かめた。そこには園子の文字で短い文章が綴られていた。
『たぁくん、お誕生日おめでとう。これからもよろしくね。 園子』
その下に、後から書き足したと見られる一文が。
『ごめんね。当日に渡せなくて』
ハンカチを確かめる。既製品の、しかしちゃんとしたブランド物の浅葱色のハンカチ。
よく見ると、白い糸で少し乱れた刺繍が施されていた。
『うかい たかや』
目頭が熱くなった。
「ちょうど四週遅れだな。七月一日だろ、お前の誕生日」
「でも、学校で渡すチャンスくらいはあったと思うんだけどなー」
「あー見えて、乃木ちゃん。結構、真面目ちゃんだからな」
「外で渡す機会を探して、持ち歩いてたってところか」
早くお役目が終わればいいのに……
貴也は、何も知らず、そう願っていた。
わすゆの物語開始時点での主役3人の仲の不自然な浅さは、仲良くなる過程を見せるためなんでしょうけどね。そこに至るには大赦がこんなことをしてたんじゃないかと。
すると、小6までボッチで頑張り強靱なメンタルを得ている原作園子ちゃんと異なり、普通のメンタルしかない本作の園子ちゃんはえらい目に遭うことに。
なお、次回はほのぼのの予定。