「そういうことか……」
ひなたによる、貴也の指輪に対する解釈はどうやら皆を納得させたようだ。
「僕が三百年後の時代の人間だと分かったから、その仮説が成り立ったんだ……」
「そうですね……。あと、この二ヶ月で分かった分析結果もお知らせしておきますね」
そう言って、ひなたは手帳を取り出し、ページを捲りながら話し出す。
「まず、若葉ちゃん達それぞれに対応する誕生石に、現在の人類には構築不可能なほど高度な術式で一つずつ精霊の概念的記録が込められていることが分かりました。でも、石が小さすぎるためか出力は若葉ちゃん達が下ろした状態の二割にも達しないそうです。どうして、貴也さんが戦っている時ほどの力が出ているのかは、まだ不明だそうです」
「それともう一つ、変身時の貴也さんの霊的経路が指輪の他に、若葉ちゃん達五人と強固に結びついていることが分かりました。これは、若葉ちゃん達と神樹様との間に生成されている霊的経路と非常によく似たものだそうです。逆に、貴也さんには神樹様との霊的経路が生成されていません。おそらく、若葉ちゃん達を介した間接的な繋がりで、精霊を制御しているものと思われます」
ひなたが手帳を閉じ、一息つく。すると、千景が感慨深げにため息をつきながら呟く。
「貴也くんと神樹様との間に霊的経路がなくて、私たちとだけ繋がっているなんて、ますますお花見の時の上里さんの発言が真実染みてくるわね……」
「例の『土地神様に選ばれた勇者』じゃなくて、『私達に選ばれた勇者』みたいだって発言ですね……。私たちはただの人間ですから、それは無理な話じゃないでしょうか? 貴也さんがこの時代にやって来た時に偶々、指輪の力の元の宿主がすぐそばにいたからという理由かもしれません……」
杏がその感想に対する考察を返すと、今度は、友奈が疑問を提示した。
「ところでさ、ここに貴也くんの指輪は既にあるんだから、ヒナちゃんが言ったみたいに新しく、これから指輪を作る必要はないんじゃないのかな?」
「それはタイムパラドックスを生み出しますよ、友奈さん。誰が、いつ、どこで作ったか出所不明の指輪になっちゃいます。ちゃんと新しく作っておいた方が無難なんです」
「じゃあ、貴也くんのその指輪はどうなるの? なんか、どんどん増えていっちゃいそう」
「いえ、これから三百年間は二つ存在することになるでしょうけど、貴也さんが過去――今ですね――に戻った時点で、新しく作られた方が過去へ、貴也さんが持ってきた方はそのまま三百年後に残るんだと思います」
その友奈の疑問にも、杏が答えていた。彼女もいろいろな分野の書籍に手を出しているので、ある程度知識はあるようだ。
すると若葉が貴也に話しかけてきた。
「貴也。すまないが、これから先のことを教えて欲しい。少なくともバーテックスとの戦いがどうなるのか、それだけでも……。今後のバーテックスとの戦いに生かせる知識だけでもいい……」
貴也も困る。タイムパラドックスへの影響は、彼にも全く分からないからだ。しかし、バーテックスとの戦いを乗り切らないと明日がないことも確かだ。そこで、自分なりに決めた最低限のルールの下に話すことにした。
一つ、バーテックスとの戦闘に関する事項のみ話す。
一つ、人類側の固有名称や人名は使わない。
一つ、結界の外側に関する事項は話さない。
これらのルールに従い、西暦における戦いの趨勢は自分は知らないこと、神世紀に入ってからは二百九十八年までバーテックスの襲来は結界により防がれていたこと、それ以後、黄道十二星座をその名に冠する十二種類の大型バーテックスにより概ね三巡の襲来があったこと、その戦闘の概要も説明した。そして、バーテックスを送り出しているのが地祇、神樹と対を為す、天神、天の神であることも。
「貴也さん、よろしいですか……?」
「どうしたんだ? ひなた……?」
「貴也さんのお話を聞いていて、腑に落ちないというか、なんだかチグハグだなと感じた点が二つあるんです……。一つはバーテックスのことなんですけれど」
皆がひなたに注目する。その中、ひなたは静かに語り始めた。
「大型のバーテックスは十二種類いるということで、黄道十二星座の名が冠されているんですよね。そこが、まず不思議なんです。それらの星座はすべて中東起源であって、我が国や、我が国に影響が大きかった中国の夜空に対する考え方と異なるんです。ですから、私たちの敵、天の神に相当する天津神とは縁もゆかりもないはずなんです」
「それは……、未来の大社に相当する組織が憶測を基にそう名付けているからだと思うんだけど……」
「そうであってもです。なぜ、我が国の神話との親和性のない名前を付けているんでしょうか? というより、何故そんなものが天の神の尖兵の進化の果てとしてあるんでしょうか? 実際、十二種類のバーテックスを見た貴也さんの印象も、その名との整合性はあったんですよね……?」
「うーん……。ちょっと無理矢理かなと思うのもあったけど、概ねは納得のいく命名だったような……」
「それと、もう一つ。天の神は人間をまるで根絶やしにしようとしているようなんですが、それも我が国の神話とは整合性がないんですよね。我が国の神様は神罰を与えるようなことはあるにせよ、ある地域や人々を丸ごと根絶やしにするような話はないはずなんです。辛うじて
貴也の胸に不安と疑問が湧き起こる。
自分たちの真の敵は本当に『天の神』なのだろうか、という疑問が。
そこに、杏が追い打ちを掛けた。
「私もいいですか……? 私も不思議に思ったんです。なぜ、バーテックスは最初から四国に総攻撃を掛けてこないんでしょうか……? いえ、それは私たちにとっては幸いなことなんですけど、天の神から見た場合、最初から全力で滅ぼしに来るのが本当なのでは? と思うんです」
「それは、私たちを舐めているからじゃないの……?」
杏のその発言に、千景がそれが当然の答えであるように返す。
だが、杏はその発言を否定するように順を追って説明し出す。
「この時代においては、そうなのかもしれません。でも少なくとも貴也さんの話にあった、未来での攻撃はそうじゃないんです。一巡目の攻撃は、単体による威力偵察二回のあと、複数での攻撃を二回。勇者を二人倒したので、もう一度威力偵察。そして残り全てで総攻撃といったパターンです。これに対して二巡目も、威力偵察一回のあと、複数での攻撃を一回。勇者が増える情報を得たのか、その後もう一度威力偵察。そして残り全てで総攻撃。一巡目ととてもよく似たパターンだと思いませんか?」
「結局、どういうことなんだ、杏……?」
「なんと言いますか……、人類を根絶やしにするほどの総攻撃はしたくない、だけど戦略性に基づいた攻撃だと言い訳がしたい、そんな攻撃の仕方にも思えるんです。そもそも戦力の逐次投入は一般的に下策だとされているんですから」
「誰が、誰に対して言い訳したいんだ?」
「さあ……? それは、私にも分かりませんが……」
指摘した杏自身も困惑していた。
分からないことだらけだった。
そもそも貴也が持っている情報自体、全体を俯瞰したものではない細切れの情報なのだ。そこに加えて、若葉たちに話す際は出来るだけタイムパラドックスを避けるという意図も加えたため、結局、突っ込んだ考察に耐えられるような情報ではなかったのだ。
結局、その日はそこでお開きとなった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
六月下旬の攻撃を最後にバーテックスの襲来は途絶えた。不気味な沈黙であった。
若葉たちは友奈が精霊の使用を厳禁されたことから、酒呑童子に代わり各自がその身に下ろす、より強力な精霊を探し始めた。その資料については、ひなたと杏が率先して探し出してきた。重要となるのは古文献。皆苦労して読み込んでいった。
また、杏はそれらの資料を噛み砕いた二次資料を療養中の球子に送り、勉強を促していたようだ。
貴也は危機感を持っていた。
『次の戦いには、あの
だが、妙案は浮かばないまま時間は過ぎていった。
七月も下旬に入った。
その日は、ひなたと千景が二人ともアポ無しで貴也の家に押し掛けていた。
千景とテレビゲームで遊んでいたところに、ひなたが夕食を作りに来たのだ。二人の視線の間には火花が散っているような錯覚さえ覚える。
そう、近頃はさすがに貴也もひなたが家に押し掛けてくる、その真意に気付いていた。だから、二人が牽制しあうのを見ると思わず遠い目をして現実逃避をしてしまっていた。
だが、幸いと言っていいものか……? 目前にバーテックスの脅威があった。だから、それへの対処を優先すべきで、こちらの結論を出すのはまだまだ先だ。そう考えていた。
三人でどこか気まずい夕食を食べた後、ひなたが最新の指輪の分析結果を報告してくれた。
「どうやら精霊の出力が若葉ちゃん達に比べ少ない部分は、七人御先がカバーしているようです」
「どういうことなんだ?」
「七人御先も出力が足りないので千景さんのような実体のある分身は出来ないようなんですが、概念的エネルギーなら七倍にして出力できるようなんです。で、その七倍になった力を一つに束ねれば……」
「そうか、輪入道の車輪も七つ発生できてたよな。そういうことか……。――――――待てよ……? 僕と若葉や千景たちには霊的経路が繋がってるんだよな?」
頭を捻る。途端、園子の声で幻聴が聞こえた。
『あ! ピッカーンと閃いた!』
千景に視線を移す。千景はきょとんとした表情で見返してきた。
「千景、悪いけど勇者に変身して七人御先を使って欲しいんだ。数分でいい。頼むよ」
「え? ええ、構わないけど……。何をするの?」
「試してみたいことがあるんだ」
そう言って、貴也はニヤリと笑った。
「貴也さん! こんな危険なことは、もうしないでください!」
「そうよ、貴也くん。こんなことまでしなくても……」
涙ぐみながら叱責するひなた。戸惑いながらも心配そうにそう告げる千景。
貴也はまだ激痛に苛まれる体をソファに預けながら、荒い息をつく。
「そうはいかない。これで、やっと光明が見えたんだ……」
先ほどまで
これでもまだ足りないかもしれない。だが、今回の実験が成功した以上、もう一段上も狙える、そう貴也は結論を下した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
八月に入り神託が下りた。近々バーテックスの総攻撃があるらしい。
ひなたを始め、どの巫女にも十の巨大な星が迫り来る映像が見えていた。黄道十二星座の残り十。貴也たちは、それらが全て侵攻して来るのだろうとの予測を立てた。
そして、これがとりあえずの最後の戦いになるだろう事も予想が出来た。大社が二つの対策を用意するらしいのだ。一つは結界の強化。そしてもう一つは詳細は不明だが、天の神との交渉を行うらしい。そのためにも今回の戦いには勝利し優位に立つ必要があった。今は、その準備に大わらわだそうだ。
そして……
その日、貴也たち七人は丸亀駅にいた。その中には真鈴も含まれていた。何故、丸亀駅なのか。それは……
「たっだいまー! タマ、参上!!」
降車客の先頭を切って階段を駆け下りてきた球子が、改札口を通るなりそう叫んで杏に抱きついた。
「もう! タマっち先輩、他のお客さんに迷惑ですよ」
「しょうがないだろっ! みんなに、特にあんずには一秒でも早く会いたかったからな!」
その言葉に真っ赤になる杏。皆、笑顔で球子を迎えた。
球子が復帰した。その足は駆け回れるほどに回復していた。ただ、全力の戦闘にはまだ不安が残っていた。だが、一応の最終決戦ということもあり、少しでも戦力の補充を効かせたいが為、大社が招集したのだ。
皆で談笑しながら、我が家とも言える丸亀城へと帰路につく。
丸亀城の大手一の門を潜ったところで友奈が立ち止まり、皆に向き直る。
「あのさ、私って今までみんなに自分のこと、あんまり話してこなかったなーって思うんだ。タマちゃんが帰ってきて、みんな揃ってさ、嬉しいんだけど。よく考えてみたら、みんなとはよくお話もして、みんなのことよく知っているつもりだけど、私のことはあんまり話してこなかったから、みんなは私のこと、よくは知らないのかなーって思ったんだ。そしたら、ちょっと寂しくなっちゃってね。だから、いい機会だからね。私のこと、もっと知ってもらいたいんだ。今まで、周りの雰囲気が悪くなることを怖がってばかりで、自分を出せなかったからね」
「そんなことを考えていたんですか」
ひなたがそう言葉をこぼすと、千景が友奈を真っ直ぐ見つめて真剣に語りかけた。
「高嶋さんのことは、よく知っているつもりだったけど、考えてみたら、やっぱり『つもり』だったのかもしれないわ。なら、私はもっと高嶋さんのことをよく知りたい!」
「ありがとう、ぐんちゃん。――――――じゃあ、聴いて。私の名前は高嶋友奈。奈良県出身の十四歳。誕生日は一月十一日。血液型は真面目さんのA。趣味は格闘技とあと美味しいものを食べることかな? ちっちゃい頃はね、よく自然の中で走り回ってたんだ。それと近くの神社によく行ってた。掃除を手伝ったり、境内で遊んだり……。本殿の中に入り込んで、神主さんに怒られたこともあったっけ」
そう語ると、少し恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「でもね、特に得意なこともなかったし、頭もいい訳じゃないし、すっごく普通だった。だから、勇者になった時も、どうして自分が選ばれたんだろうって不思議だったし、戦うのは怖いしで大変だった。――――――本当は私、臆病者なんだ。戦うことが出来てるのは、戦う怖さより家族や友達を失う方がもっと怖いからなんだよ。だから『勇者』に憧れるんだ。勇気のある人になりたいんだ」
「友奈は私たちの中でも、最も勇者らしい勇者だと、私は思うがな」
「そうですね。臆病と勇気は、両立することだと思います」
「そうそう。怖がってても、いつの間にか体が勝手に動いちゃってさ、そんで後から周りの奴らに『お前、勇気あるなー』とか言われるのが勇者なんじゃないか?」
「そんな危ない人は、タマっち先輩だけにしてください。こっちの身が保ちませんよ。でもまあ、一理はありますけどね」
「あはは……。タマちゃんと杏ちゃんは、やっぱりいいコンビだねえ。高嶋ちゃんも、この二人を見習ってユルーく行っちゃえば?」
「高嶋さん。私も勇者としてはまだまだ未熟者だから、一緒に理想の勇者を目指して頑張りましょう……?」
皆のエールに、友奈は目尻に少し涙を滲ませ叫ぶ。
「そう言ってもらえるなんて嬉しいな。だから、みーんな、だーい好きっ!!」
そうして友奈のまだまだ続く自分語りを、六人の少女たちはそれぞれの観点から感想、意見を交えながら姦しく聴いていくのだった。
そんな西暦の少女たちを、貴也は少し離れた場所から嬉しげに見つめていた。そして、強く決意する。
『絶対に、この子たちを一人たりとも欠けさせはしないぞ!』
寮に帰り着く。談話室で球子の復帰祝いのパーティーの準備を始める貴也たち。
その途中、友奈が慌てた様子で談話室を出て行く。
「どうしたの? 高嶋さん」
「えへへ……。洗濯物、取り込んでおくの忘れちゃってたんだ」
しばらく後、友奈は偶々寮の裏手に落ちた洗濯物を拾いに行っていた。
「あーあ、ちゃんと干したつもりだったのになー。ついてないなー……」
その白地に赤のラインが斜めに入ったフェイスタオルを拾いながら、ブチブチと愚痴る。
その時、敷地の隅に見慣れない、こんな所にあるのはおかしなものが立っているのが見えた。
案山子だった。
「なに、これ……? 誰かな? こんな所に案山子を立てたの……?」
近づきつつ、そう呟いた。
その時、項垂れるようにしていた案山子の首が突如、友奈の方を向く。
「我はそほどなり。娘よ。言づてぞあり」
その、地の底から響くようなくぐもった声を聞いた瞬間、友奈の意識は途切れた。
『貴也さんには神樹様との霊的経路が生成されていません』このひなたのセリフ。詰まるところ、本作タイトルの伏線回収ですね。なお、くめゆタイトルの『勇者』が広義の勇者であったのに対し、本作タイトルの方は狭義の勇者ということで。
黄道十二星座だとか、根絶やしだとか、戦略性のある攻撃だとか、決して原作に喧嘩を売っている訳では無いことをご理解いただきたい。この辺の伏線はそのうち回収される予定ですので。
また、9話にて輪入道の車輪が7つ出てきたという地味な伏線が回収されました。
さて、友奈にヘンなフラグががが……。