「神樹様の下へなんか、行かせないっ!!」
猫又をその身に下ろした杏が、高速で走る
だが、杏はその痛みに耐えながら金弓箭の矢を連射して双子座型を倒そうとする。ところが、その攻撃を双子座型は軽やかに躱していく。
「絶対に、行かせるかっ!!」
杏は、不得意な格闘戦に持ち込んだ。杏の拳に友奈のものと比べると小さな手甲が現れ、そこから鋭い爪が伸びる。双子座型の前方に降り立ち、殴りつけるように爪で引っ掻く。
双子座型は、首と両手をつなぐ大きな枷のような部位を振り回して杏にダメージを与えようとする。それを猫又の俊敏な動きで躱しながら攻撃を続ける。
だが、体に蓄積されたダメージが隙を作った。僅かによろけた瞬間を狙い澄ましたように、枷の一撃が杏の頭部にクリーンヒットした。一瞬、意識が飛ぶ。
『なんで、こんな痛い思いまでして戦わなきゃ、いけないんだろう……。故郷のクラスメイトだったみんなは、今ごろ楽しい思いをしながら暮らしてるんだろうな……。好きな本をいっぱい読んでたいな……』
体がふらつく。だが、力を込めて足を踏ん張り、体勢を立て直す。
『違う! 私は誓ったんだ。タマっち先輩と一緒に強くなるんだって! そして、平和な世界を取り戻して、タマっち先輩と本当の姉妹のように仲良く過ごすんだ!!』
双子座型が再び枷の一撃を加えようと体を振り回す。ジャンプ一番、躱すと、杏の右拳に金弓箭の光の矢が十数本も出現した。それを握りしめて、双子座型の頭部に叩き込む。
「喰らえーーっ!!」
全身の力を込めて、矢の束を押し込んでいく。
バギンッ。
頭部が砕けた次の瞬間、双子座型は砂のように崩れ去っていった。
球子は苦戦していた。既に足は限界を迎えている。機動力は戦い始めの半分ほどに落ちていた。
水流も土石流も
いかに
いきおい球子は肉弾戦に頼らざるを得なくなる。しかし、それは足を酷使することになり、徐々にパフォーマンスは落ちていった。球子が殴りつけて壊すよりも、乙女座型の回復がそれを上回っていったのだ。
今や乙女座型が繰り出す卵型爆弾の爆発により吹き飛ばされるシーンが増えていた。
「ちくしょう、ジリ貧だ。こうなったら旋刃盤、お前の出番だぞ……」
左腕に装着している旋刃盤に意識を向ける。
それを思い出したからか、はたまた八岐大蛇をその身に下ろしている影響か、体中を不安と恐怖、怒りと悲しみ、それらが混じり合った負の感情が満たしていく。
「クッ……。あんず……」
大切な妹分の、その笑顔を無理矢理捻り出すように思い出して負の感情に抗う。
「あいつの笑顔を守るためにタマは戦うんだ! 絶対に負けてタマるか!!」
旋刃盤を振り回し投げつけようとした。が、乙女座型は今まで防御にしか使っていなかった白い帯を球子に叩きつけてくる。
弾き飛ばされた。地面を小石のように跳ねながら転がり続ける球子。
だが、全身ボロボロになりながらも起き上がると不敵な笑みを浮かべる。もちろん、半分は強がりだ。
「ヘッ……。距離を稼げて、逆にこっちが有利になったぞ……」
ワイヤーで手元に戻した旋刃盤を右手で持つと体全体を使って振り回し始める。一回転、二回転、三回転、四回転!
「いっけーーーっ!!!」
旋刃盤を乙女座型目がけて全力で放り投げる。龍神の力を得た旋刃盤は巨大化し紅蓮の炎を纏い飛んでいく。周囲の刃も高速で回転する。
旋刃盤は軌道上、いや付近にいた星屑もその余波で殲滅しながら乙女座型にぶち当たる。乙女座型が真っ二つになりながら炎に包まれるのと、旋刃盤が砕けたのは同時だった。
「今まで、ありがとな。旋刃盤……」
砂のように崩れ去る乙女座型を背にそう呟くと、球子は仲間を援護するためにボロボロの体を引き摺るように歩き始めた。
いかに、大妖怪である大天狗をその身に下ろしていようと、大型バーテックスの体当たりの直撃を受ければひとたまりもない。
絶体絶命の窮地に、若葉の精神は精霊の瘴気に飲み込まれようとしていた。若葉の脳裏をバーテックスによって殺された人々、破壊された街々の姿が占めていく。憎悪と怒りが胸を渦巻く。
『報いを受けさせてやらねば!』
瞬間、牡羊座型の電撃が若葉の体を打った。
無意識に躱していたのだろう。辛うじて掠めただけだった。だが、それでも体全体に衝撃が走った。
しかし、それが良い方向に働いた。意識が瘴気の淵から浮上したのだ。
『違う! 復讐じゃないんだっ!! 私は、四国を、そこに住む人々を守るんだ! そして、友のいる日常に帰るんだっ!!』
脳裏を今度は、ひなたの、友奈の、千景の、球子の、杏の、貴也の、真鈴の笑顔が占めていく。
『乃木さん、あなたに託しました』
『白鳥さん……!』
「おおおおおおおおっ!!」
若葉の裂帛の気合いと共に、彼女の周囲を取り囲むように炎が出現する。
天を一夜にして焼き尽くしたともいう大天狗の力。それが若葉を後押しする。彼女を中心に灼熱と炎が際限なく広がる。もはや、牡牛座の怪音波は彼女を拘束するに至らない。
「でやぁぁあああっ!!」
六体の牡羊座のうち一体だけ異なる動きを見せていた個体。それを一刀両断する。その個体は炎に包まれ、砂のように崩れ去る。
返す刀で牡牛座を両断。これも炎に包まれ、砂のように崩れ去った。
残りは有象無象だった。
若葉はその身を自らの炎で焼かれながらも高速で飛行し、残る五体の牡羊座分身体を、無数の星屑を殲滅していく。
「みんなはどうなった……? 早く救援に行かないとっ!!」
身に纏う炎は一旦静まったが、若葉は仲間を救援すべくそのまま高速で飛行を続けた。
千景は四方八方から
幸いだったのは矢の供給源が射手座型一体のみだったことだ。だが、距離を利用した時間差で、二方向あるいは三方向同時に狙われる瞬間さえあった。
『ここまで、連携が巧妙だなんて……!』
瘴気の溜まり方が激しいと感じられる瞬間移動。極力使わないようにしようと考えていたが、そうも言っていられなかった。彼女の耳に、暗黒へ引きずり込もうとするような文言が呪文のように響き続ける。
『誰もお前を愛してなどいない……』 『親にも見捨てられたクズ……』 『お前は誰にも受け入れられない……』 『虐げられる為だけに生まれてきた底辺……』 『誰にも賞賛されない無価値な勇者……』 ………………
「そんな言葉に負けるものかっ! 私の中には仲間から受け取った光がある! 秋原さんから受け継いだ想いがある! 好きな人からもらった暖かいものがある! 私だけの力じゃないっ! 仲間たちと一緒に、この四国を守るのよっ!!」
炎を纏った大葉刈の斬撃が光の矢の束をすべて斬り落とす。だが、もう一方からも矢の束が……!
ザンッ!!
千景のものではない斬撃が、千景の死角を狙った矢の束をすべて撃ち落とす。
「千景っ! 無事かっ!?」
高速で飛行してきた若葉の生大刀による一閃だった。
若葉と千景は空中で背中合わせになり、バーテックスたちの攻撃に備える。
「助かったわ、乃木さん。あなたが来てくれたのだから、百人力ね」
「フッ……。そこまで買い被らないでくれ。だが、もうこれ以上、千景を窮地になど陥らせないっ!」
強がる若葉だが、ここまでの高速飛行と先の二種類の大型バーテックスとの戦いは彼女の体に多大なダメージを与えていた。体のあちこちが焼けただれている。また、その口の端からはツーっと血が流れていた。内蔵にもダメージが来ているのだ。
「私が大型の気を引きますっ! 二人は進化体を先にっ!!」
その声にハッとする。杏だった。杏が猫又の高速移動で援護に駆けつけたのだ。
弾け飛ぶような動きを見せて、二人の戦いが再開された。若葉の立体機動を伴う生大刀の斬撃が、千景の炎を纏わせた大葉刈の一閃が、一体、また一体と進化体の数を減らしていく。
杏は金弓箭の射撃で射手座型の気を引けないと知るや、俊敏な動きと手甲の爪で射手座型に挑み続ける。まさに白い閃光となって射手座型を削り続ける。だが、人体の限界を超えた速度は彼女の体を傷つけていく。体の至る所で筋繊維がブチブチと千切れ、毛細血管が破れる感触がした。目尻からも血が流れている。それでも、限界を超えて攻撃を続けた。
二人が進化体の最後の一体を屠ったのと、限界をとうに超していた杏が倒れ込んだのは同時だった。
刹那、射手座型が巨大な矢を発射した。
「千景っ!!」
射線上にいた千景を突き飛ばし、生大刀でその巨大な矢をいなそうとした若葉が吹っ飛ばされる。
「乃木さんっ!! よくもっ!!!」
最大限にまで巨大な炎を纏わせた大葉刈を振り上げ、突貫する千景。
「ここだっ! 喰らえっ!!!」
倒れていた杏が僅かに体を起こすと、両手を突き出し油の奔流を放つ。
その油の奔流は射手座型を巻き込んでいく。そこへ千景の炎の斬撃が叩き込まれた。
縦に真っ二つに裂かれながら、全身を炎に焼かれる射手座型。最期は砂のように崩れ去っていった。
若葉、千景、杏の三人が集まる。若葉と杏の二人は、もう戦いを続行するのは不可能に見えるほどボロボロだ。
だが、命に関わるような怪我をしていないことにホッとした。その時だ。大切な友達のことを思い出す千景。
「そうだ! 高嶋さん!」
「千景。私たちのことはいい。先に行け!」
「友奈さんを助けてあげて下さい!」
唯一、余力が残っている千景が走り出す。それは、すぐに大きな跳躍の連続へと変わっていく。
『高嶋さん! どうか、無事でいて……』
酒呑童子をその身に下ろしている友奈の連続パンチが
友奈の手甲――天ノ逆手。それは地の神の王子、事代主の霊力が宿りし呪具。天の神への呪詛に満ちた武具。
友奈はそれをバーテックスの襲撃からの避難時、幼い頃から通い慣れた神社で手に入れていた。四年に渡り、共に戦い続けてきた神具。その力が酒呑童子の力と相俟って蟹座型の反射板を打ち砕く。
ついに最後の反射板を砕いた。
「私は、守るんだ! もうこれ以上、何も奪わせない! 喰らえ! 勇者ぁーパーーーーンチッ!!!」
蟹座型が尾の鋏で友奈の脇腹を抉ったが、それに構わずに本体に拳を打ち付けた。その一撃で半壊する蟹座型。
だが、なおも尾を振り回して反撃しようとする。
「どけーーっ! お前に構っている暇はないんだ!!」
最後の一撃が蟹座型の頭部に炸裂し粉砕する。蟹座型は砂のように崩れていった。
しかし、友奈の両拳は酒呑童子の力の反動で既に手甲の中で砕けていた。手甲から血が溢れ出す。
それに構わずに友奈は走り出す。頭の中で警鐘が鳴り響く。
『あいつを神樹様に近づけちゃダメだ!』
そこに友奈が追いついた。
「勇者っ! パンチッ!!」
跳躍しながら山羊座型の頭部にパンチを浴びせた。その一撃で友奈の右腕の骨が折れ、皮膚を突き破る。それと引き替えに山羊座型の頭部を半壊させた。
同時に山羊座型の反撃。角を一本、零距離で友奈の腹にぶち込む。友奈は大量の血を吐きながら吹き飛ばされた。
友奈は体がバラバラになりそうな激痛にもんどり打つ。
『体が……思うように動かない……?』
視界が暗くなる。諦観が体を支配していく。
『もう、いいや……。どれだけ頑張っても、かないっこないよ……。私は普通の女の子だもん。大人たちにいいように使われて、あんな恐い化け物と戦わされて、痛い思いばっかりして……。ほんと、バカみたい……。どうして、こんなことしてるんだろう……? ぐんちゃん……、勇者なんて、体も心も痛いばっかりだよ。なんで、私はたたk……………………』
一瞬、意識が遠のく。
『――――――なんで、戦うのかって? 勇者だからだよ! 私は勇者なんだ!! 理由なんて、それだけでいい! 私は、みんなを、四国の人々を、ううん……、私がこの短い人生で、直接、間接、認識したすべての人を守るために戦う、勇者なんだーーーっ!!!』
友奈が立ち上がる。そこに山羊座型の四本の角を束ね合わせたドリル状の攻撃が炸裂した。
「高嶋さん!!」
ガギャギャギャッ!!
千景が大葉刈の刃でその攻撃を受け止めた。
「ぐんちゃん、ありがとう!!」
友奈はもう一度、山羊座型の頭部へ攻撃を仕掛ける。
バギンッ!!
「きゃっ!!」
大葉刈の刃が砕け、千景が吹き飛ばされる。
「喰らえーーーっ!! 勇者ぁあああ、パァアアンチッ!!!」
左拳で、再生しつつある山羊座型の頭部を粉砕する。左拳も砕けきる。
だが、山羊座型の砕けた頭部の中から鈍く光る人間大の球体が出現した。
「なに、これ!?」
球体は鋭く尖った突起物を生成し突き出す。それは友奈の右胸を貫いた。
「ガハッ……」
大量の血を吐く友奈。
球体は突起物を一旦縮め、もう一度伸ばしながら突き出す。今度は腹を貫いた。
「グボッ……」
「高嶋さんっ!!!」
飛び込んできた千景が、砕けた大葉刈の刃の欠片を球体に叩き込んだ。が、球体が生成した二本の突起物が、千景の右肩と左脇腹を貫く。
「グハァッ!!」
それを見た友奈は腹を貫かれたまま、最後の力を振り絞った。
「ぐんちゃんを虐めるなーーっ!!!」
両拳を合わせて、千景が突き刺した大葉刈の刃の欠片に力一杯叩き込んだ。
途端、球体は爆発し、数十もの色とりどりの光の粒となって、天上へと帰っていく。
山羊座型本体も砂となって、崩れていった。
友奈と千景は落下していった。その場所は神樹のすぐ根本。
意識が朦朧としている友奈は、自分の体が指一本動かせないことにだけは気付いていた。
体が地面に叩きつけられると、視界が徐々に暗くなる。
その時、自分の体が温かいものに包まれ、そこに溶け込んでいくような不思議な感覚を覚えた。
『神樹様に取り込まれていってる……? そっか……。みんな、ゴメンね。私は、ここまでみたいだ……』
不思議に恐怖は覚えなかった。友奈は、その感覚に身も心も委ねていった。
樹海を構成する根や蔓が友奈の体を押し上げ、神樹の幹に触れさせる。
すると、友奈の体を樹皮が覆いつつ、幹の内部へと取り込んでいくのであった。
「高嶋さん!」
「友奈!」
「友奈!」
「友奈さん!」
「友奈!」
全身血まみれの千景が、若葉が、球子が、杏が、貴也が、神樹に取り込まれていく友奈を見つめていた。見ていることしかできなかった。
五人がその場に集まった時には、既にやっと顔が見えているだけになっていたのだ。
友奈を救い出そうとは試みた。だが、何をしようとも助け出すことは叶わなかった。
そして、ついに友奈の姿は神樹の幹の中に消え去ったのだった。
「どうして、こんなことに……」
両手を地面につき、嘆く千景。
千景以外は、皆俯き、唇を噛んで拳を震わせていた。
ゴゴゴゴゴゴ………………、ガバァッ……
突如、貴也の傍の樹海の地面から何ものかが立ち上がる。案山子だった。
案山子は地の底から響くようなくぐもった声で言い放つ。
「神婚は成れり。これより
それだけを言い切ると宿っていた神気が失せ、ただの案山子に戻るや否や風化するように崩れ去った。
一拍おいて、貴也の体が透け始める。
『な……!?』
貴也の驚愕は言葉にさえならなかった。
「貴也くん!? まさか……」
「友奈を目の前で失ったばかりなのに、神は私たちから貴也まで奪おうというのか……!?」
「貴也! 行くなーーーっ!!」
「貴也さん! 行かないでっ!!」
「貴也くん! 私を置いてかないでっ!!」
皆の嘆きの絶叫が響き渡る。若葉も、球子も、杏も、千景も体のダメージは深い。皆、手を伸ばすのが精一杯だった。
「ちか……」
言い切ることは出来なかった。貴也の意識は、そこでプッツリと切れた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ふと、気がつく。まだ樹海の中のようだ。だが、すべての景色が薄い灰色に染まっている。まるで色が抜け落ちたような世界だ。
自らの体を確認する。多重召喚状態の装束を纏っている。怪我は全く無いようだ。
「ここは……?」
「いらっしゃい……」
背後から声を掛けられた。
貴也は振り向く。
勇者装束をその身に纏った友奈が立っていた。だが、見た目こそ高嶋友奈その人だが、雰囲気が異なった。結城友奈とも異なる。
「誰だ? お前は……?」
「神世紀三百年の神樹。まあ、その中の一柱かな? 名は……、君に言っても理解不能だろうね……」
へらっと、友奈にも似た笑いを浮かべる。
「悪趣味だな。なんだよ、その姿は?」
怒りと嫌悪を滲ませ、問うた。
「通常、神が人と意思疎通できないのは知っているよね。我々神は神となった時点で『人らしさ』を構築してた部分を失っているからね。だから、
「そうか……。僕をこの時代に飛ばしたのは、お前たちなんだな……?」
睨み付けながら、その問いがそのまま答えとなるだろうと確信しながら問う。
だが、アバター友奈はやはりへらっとした笑みを浮かべながら否を返す。
「違うよ。君を過去に飛ばしたのは、私たちじゃない……」
過去最大ボリュームだった23話をさらに僅かに超える文字数約7,600文字でお届けした、のわゆ編最終決戦後編でした。
戦闘の最後の締めはぐんたかコンビでやりたかったので、大いに満足です。
なお、設定上たかしーは助けられず。ゴメンね。
古文セリフの分かりづらい部分の対訳は以下の通りです。
・おだしからむ > 平穏だろう
・そほど > かかし
・見たらむ > 見ているだろう
相変わらず、なんちゃって、ですが。
次回は、ネタバレ編の中のネタバレ回です。
恐らく、設定解説の会話文ばっかりで読みづらいことになりそうです。