鵜養貴也は勇者にあらず   作:多聞町

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どうやら作者はまだ息をしていたようだ……

お待たせしました。令和改元後の一発目です。
ついに勇者の章、本編に入っていきます。

では、本編をどうぞ。




第五十話  歪む日常

「行ってきまーす!」

 

両親に挨拶をしながら玄関を出て行く制服姿の友奈。登校の時間だ。

 

「さあ! 今日も張り切っていくぞー!」

 

右手を突き出して、元気よく歩き出す。始業時間には充分に余裕があるはずだ。

学校への道を歩きながら、ふと隣家を見やる。大きな日本家屋だ。友奈が覚えている限り、昔から空き家のままだったはず。ただ、誰か定期的に手を入れているのだろう。誰かが住んでいると言われても納得の(たたず)まいだ。

 

「誰か、住んでくれたらいいのにな……」

 

何故か今日に限って気になり、普段思っていることが少し漏れる。だが、それも一瞬だ。次の瞬間には、学校で勇者部のみんなと何しようか、との考えが頭の中を占めた。

 

 

 

 

讃州市のシンボルの一つでもある三架橋を渡っていく。今日も朝日を浴びて財田川の流れはキラキラと輝いている。毎日綺麗な川を渡って登校するのは気分がいい。

橋を渡りきった先の交差点。車道の向こう側を車椅子を押す年配の女性を見かけた。老人が座っているのを見るに、娘さんが朝の散歩にでも連れ出したのだろうか。何故か気になり、暫く目で追っていた。

 

「おはよう、友奈。なにしてんの? 信号、青に変わってるわよ」

 

肩を叩かれた。振り向くと夏凛がにこやかに立っている。

 

「あ、うん……。なんでもないよ。一緒に学校へ行こ、夏凛ちゃん」

 

笑顔を返すと、二人一緒に連れ立って学校へと向かった。

 

 

 

 

「おはよー、友奈、夏凛」

 

「おはよー、銀ちゃん」

 

「おはよう、銀」

 

教室に入ると、早速銀が朝の挨拶をしてくる。園子は、と見やると机に突っ伏して寝ているようだ。いつもの事ながら苦笑いが漏れる。

 

「園ちゃん、もうすぐ予鈴が鳴るよ」

 

「う~ん、もう朝~?」

 

肩を揺すって起こす。ふにゃ~っとした寝起きの顔に吹き出しかけた。

夏凛、銀、園子の席は教室の一番後ろ、窓側から順に横並びだ。一瞬、教室内の机の配置に違和感を覚えたが、すぐに親友たちとの雑談の中で霧散した。

今日も、なにげない日常が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後。家庭科準備室兼勇者部部室では……

 

「讃州中学勇者部は、勇んで世の為になることをする部活動です。『なるべく諦めない』、『為せば大抵なんとかなる』などの精神で頑張っています。今日も勇者部しゅっぱーつ! っと……」

 

「まるで小学生の作文ね」

 

「中学生だよ……?」

 

「友奈。タウン誌に載せてもらう勇者部の活動紹介なんだから、もっとビシッとしたのをお願いね」

 

「? はーい……?」

 

「ちょっ……顔がハテナマークになってるわよ……」

 

タウン誌の原稿を執筆中の友奈だが、書いている内容を一々声に出しながらシャーペンを走らせているようだ。おかげで夏凛からの突っ込みが絶えない。風からも、もっとキチッとした文章を書くように注文が入る。が、あまり通じていないようだ。

 

「お姉ちゃん! 幼稚園からお礼のメールが来てるよ! それも、すっごいたくさん!!」

 

「ふむふむ……。この間のはバカ受けだったもんね」

 

「親御さんの表情は微妙だったけどね……」

 

先日の人形劇のお礼メールが来ているようだ。パソコンを操作している樹の弾むような喜びの声が上がる。だが、子供達や先生の受けはともかく、父兄の受けは微妙だったようだ。

 

「乃木園子、はいりま~す。ごめんごめん。遅れてしまったんよ~」

 

「何やってたのよ、園子?」

 

「あはは~。渡り廊下の所でね、蟻の行列を見かけたんよ~。でね、じ~っと眺めてたら、いつの間にかこんな時間になってたんよ~」

 

「おー、いかにもらしいことやってるな」

 

「はぁ……なにやってるんだか……」

 

園子が遅れて部室にやってきた。どうやら、どうでもいいことで時間が潰れたらしい。銀は納得の表情だが、夏凛は首を振りながら頭に手をやり、ため息をついていた。

 

「さて。じゃあ、みんな揃ったところで十二月期第一回目の部会、始めるわよー!」

 

友奈、夏凛、樹、銀、園子を前に、黒板を背にした風の声が響いた。

 

 

 

 

「さてさて、まずは今依頼が来ていて未処理の案件を地図に落とし込んだんだけど――――――」

 

『うーん……? なにか、ヘン?』

 

風が部会を取り仕切る中、友奈はなんとも言えない違和感にソワソワしていた。周りをキョロキョロ見渡すと、園子が難しい顔をしたまま一点を見つめているのに気付いた。そして、同じようにキョロキョロとしていた銀と目が合ってしまう。

 

「「!」」

 

「ちょい、そこ! アタシの話も聞かずに、何やってんの……!?」

 

思わず目が合ってしまったことに息を呑んだ二人に気がつき、風が説明を一旦止めて注意してきた。

 

「あ、えと……」

 

「なあ……、なにかヘンじゃないか……?」

 

友奈が答えに窮すると、銀が違和感を口にして皆に問いかける。

 

「ん? なにかって、なによ?」

 

「いや、具体的なことは言えないんだけど、なんかおかしくないか……?」

 

「「「?」」」

 

風が質問に質問で返すと、曖昧な問い掛けが返ってきた。風、樹、夏凛の三人は頭に疑問符を浮かべる。

 

「あ、私もなんだかこの辺りがザワザワとヘンな感じがするの……。それも、ここ二、三日くらい……?」

 

友奈は自分の胸に手を当て、慌てて銀の言をフォローする。銀が言いたいことは何となく分かる。自分も具体的なことは言えないにしても。

 

「なに? 銀も友奈も、よく分かんないこと言うわね……って、園子!? アンタ、何やってんの!?」

 

一点を見据えたまま微動だにしない園子に気がつき、夏凛が園子の顔の前で手を翳すようにブンブンと振る。しかし、それでも園子はピクリとも動かない。

 

「アンタ、もしかして目を開けたまま寝てる……?」

 

「いや、超集中の考え事モードだぞ、これ!」

 

「どうやらみんな、月曜日故の休みボケっていう訳じゃなさそうね……」

 

いつもよく居眠りをする園子であるだけに夏凛が真っ当な心配をするが、すぐに銀が真実に気付く。風もどうやら、本当になにごとかが起こっているらしいことに納得していた。

その時、スマホの着信音が鳴り響いた。園子のスマホだ。その音に園子がやっと動き出す。

 

「はい、もしもし。乃木さんちの園子さんですよ……」

 

ただ、反応自体は鈍く、のそのそとしたものだ。電話口に出た際の名乗りも茫洋としたものだった。

 

「えっ!? たぁくん!? うん…………うん…………。ちょっと待って。みんなに聞こえるようにスピーカーにするね。――――――もう一度、最初からお願い」

 

相手が貴也だったのだろう。急に反応がよくなると、皆に通話内容が分かるようにスピーカーモードに切り替えた。そして、話を一からスタートするよう、お願いをする。

 

『だから、今日気付いたんだけど……。僕の机の上に飾ってある、文化祭の時に撮った集合写真があるだろ……? あれから東郷さんの姿が消えてるんだ。だから、そっちで何か起こってるんじゃないかって心配になって――――――』

 

 

 

 

「そうだ! とーごーさん!!!」

 

友奈は、大切な親友の名を叫んだ。

 

『どうして、今まで忘れていたんだろう?』

 

そればかりが頭の中を駆け巡る。

そして思い出す。最後の戦いの後、意識を失っていた間に聞いたはずの彼女の言葉を。

 

『あなたは私の一番大事な友達だよ。失いたくないよ……。――――――やだっ、やだよ……。約束したじゃない……、私を一人にしないって……。返事をしてよっ、友奈ちゃん!』

 

そして、彼女との約束を。

 

『私のすべてを賭けてもいい。約束するよ。絶対、とーごーさんのこと、忘れたりしない』

 

それだけではない。『一人にしない』とも、『ずっと一緒にいるよ』とも約束したことを。

 

 

 

 

美森の名を呼び涙を流す友奈を見やりながら、園子は貴也との電話を一旦切る。

 

「分かった、たぁくん。また、詳しいことは後で連絡するね……。今は勇者部のみんなと情報共有するから」

 

それだけを伝えた。

 

「どうしてあたし、須美のことを忘れてたんだ……!」

 

「東郷先輩……?」

 

「東郷、どうして……?」

 

「………………」

 

銀も、樹も、風も、夏凛も自分が大切な友の事を忘れていたことに愕然としていた。

 

「フーミン先輩。とりあえず、何が起こっているのか確認しよう」

 

「そうね。手分けして確認しましょう。銀と乃木は職員室で先生方への確認と、それから出席簿や生徒のデータベースの確認。友奈と夏凛はクラスメイトに当たって。アタシと樹は部室内の写真やら何やらの確認。いいわね? それじゃ、お願い!」

 

園子の発案で現状を確認すべく、風が役割分担を指揮する。だが、園子は異を唱えた。

 

「ちょっと待って。私は大赦に確認をとってみる」

 

「「「「「!」」」」」

 

「だから、職員室はミノさんといっつんでお願い。今回の件、大赦が一枚噛んでいる可能性は高いからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

小半時のち、勇者部部室に再び六人が集まった。

 

「じゃあ、それぞれ状況を報告。友奈からお願い」

 

「えーっと、私と夏凛ちゃんは部活なんかで残ってたクラスメイトと去年のクラスメイトに確認をとってきたよ。でも……、誰もとーごーさんのこと覚えてなかった……」

 

「というか、最初から知らなかった、と言った方がいいかもね。そんな態度だった。それに、教室に机も無かったしね」

 

友奈は報告の途中で肩を落とし、夏凛が補足した。続いて銀と樹が報告を行う。

 

「先生方も同じような状況だったよ。誰も須美のことを知らないようだった。担任の先生は、あたしが名前を告げると違和感を感じてた様だけど……」

 

「出席簿や生徒管理用のデータベースも確認してもらったけど、東郷先輩の名前、どこにもありませんでした……。まるで、最初からいなかったみたいに……。それに私が歌のテストの時にもらった、みんなからの応援メッセージからも東郷先輩のメッセージだけ消えてるんです……」

 

「アタシも部室の中の物を確認したけど、東郷がいた形跡がまるで無かったわ。写真からも見事に消えてた」

 

最後に全員の視線が園子に集中した。だが、園子も首を横に振る。

 

「私が電話連絡可能な神官さん達に当たってみたけど、誰もなにも知らないって……。それも声を震わせながら……。本当に知らないみたいだったよ」

 

「どういう事よ、これ!? 大赦も知らないって……」

 

「でも、鵜養は一番に気付いたんでしょ……? それに、これって……」

 

風が声を荒げるが、夏凛が何かに気付いたように呟く。

 

「そうだよ。この前見つけた、西暦の写真や御記とおんなじだよ。西暦のたぁくんと同じ事が起こってる」

 

「じゃあ、神樹様の仕業って事なんでしょうか……?」

 

「実行犯は神樹様だけど、理由は多分大赦だと思うんだ。たぁくんの時はタイムパラドックスの回避っていう理由があったけど、今回は理由が分からない。なら、大赦なんだろうと……」

 

「でも、大赦は知らないって、園子さん、言いましたよね」

 

「私が電話連絡出来る地位の人達は、ね。上層部が知らない訳がないよ……」

 

樹の疑問に園子が答えていく。その答えにいらだったように風が吐き捨てた。

 

「大赦め! 勇者の力さえあれば、ぶっ潰してやるのに……」

 

それを見て、園子はため息をつくと決意の籠もった口調で話し始めた。

 

「どうやら、私たちの切り札を切る時が来たみたいだね」

 

全員が、疑問の目を園子に向ける。

 

「前に言ったよね。たぁくんの力の源泉を大赦に隠しているのは、いざという時の私たちの切り札にする為だって」

 

「確かに、そんなこと言ってたわね」

 

「うん。今回の事で、幾つか分かったこともあるんだ。たぁくんが真っ先に気付いたのは、恐らくご先祖様達の加護を受けた勇者だから……。だから、神樹様の記憶改変をある程度、受け付けなかったのかもしれない。それと、大赦がたぁくんの力の秘密に気付かなかったこと……。これも、大赦がたぁくんに関する情報を掴む度に、ご先祖様達や神樹様が記録や記憶を改竄していたんだ、って事なんよ」

 

「そうか……。それなら辻褄が合うな。さっすが、園子だぜ!」

 

「ふふっ……。じゃあ、これから私とたぁくんとで大赦本部に殴り込みを掛けるね。幸い、日も暮れたし。それに、今からならまだ主要な人達は残ってるだろうしね」

 

そう言って、スマホを取り出す園子。だが、皆不満のようだ。

 

「アタシたちも行くわ。これは勇者部全体の問題よ!」

 

「私も! とーごーさんのこと、私が助けてあげたいよ!」

 

風と友奈が同行を申し出る。他の三人も口にこそ出さないが、同じように視線を送ってくる。

 

「ダメだよ。今の私たちは変身できないからね。いわば、今回の大赦は敵地でもあるからね。不測の事態に備えて、交渉役の私と護衛役のたぁくんの二人で行くのがベストだと思うんよ。それに、みんなも警戒して自分の身は自分で守ってね。私たちの突入に反応して、過激派が何か動きを見せるかもしれないから……」

 

その言葉に皆息を呑んだ。今回の大赦は、明確に敵に回る可能性があることを理解したからだ。

実際のところ、勇者に変身できない現状、彼女たちはただ身体能力が多少高い女子中学生に過ぎないのだから。

 

「ま~、末端はなにも知らないようだから、そこまで危険度が高いって訳じゃないと思うけどね~」

 

園子は、自分の警告に薬が効きすぎたかな、と反省しつつ、そう付け加えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

讃州中学の校舎屋上に、輪入道の空中走行でやって来た貴也が降り立つ。

 

「日が落ちて目立たないからって、無茶ぶりだぞ、園子……」

 

「さっさと行かないと、帰りが早い人は退勤しちゃうからね」

 

そんな二人の周りを勇者部の面々が取り囲む。

 

「貴也さん、お願い。とーごーさんを助けてあげて……」

 

「鵜養、頼んだわよ。園子の事は、アンタに任せたからね!」

 

「鵜養さん、東郷先輩のこと、お願いします……」

 

涙ぐみながら、手を組んでお願いをしてくる友奈の頭を優しく撫でてやる貴也。夏凛と樹には力強く頷くことで応えた。

 

「鵜養。東郷と乃木のこと、頼んだわ。それから、アンタも無事で帰ってくること。いいわね……?」

 

「ああ。分かってる」

 

風の言葉にも力強く答えた。

銀はニカッと笑いながら右手の親指を立て、バチンとウィンクしてくる。

 

「じゃあ、行こうか、たぁくん……!」

 

「ああ……!」

 

「えっ……!? ちょっ、ちょっ……これっ……!?」

 

「ヒュー!! やるー!」

 

園子が慌てだし、風が囃し立てる。それもそのはず、園子は貴也にお姫様抱っこをされていたのだ。

 

「ちょっと、これは恥ずかしいよ、たぁくん……!!」

 

「いつも振り回されている、お返しさ……! 存分に、恥ずかしがれっ!!」

 

そう言う貴也の顔も真っ赤ではあるのだが……

そして、そのまま彼は園子を抱きつつ空中走行に入る。

目指すは大赦本部。対する相手は海千山千の大人たち。鬼が出るか、蛇が出るか……

 

 

 

 

「こうしてると、半年前を思い出すね……」

 

「あの時は、そのちゃんは全身を散華してたけどな」

 

姫抱っこをされながら貴也に話しかける園子。彼も笑みを浮かべながら返す。

半年前、まだ勇者部と合流する前に勇者部の皆の戦いを見守るべく行動していた頃を思い出す。

 

「あ~あ、これが単なるデートだったら良かったのにな~」

 

園子が頭を擦りつけるようにしながら、若干甘えた声を出す。

 

「気を引き締めていくぞ。もう大赦本部、見えてきたよ」

 

「うん。絶対に、わっしーを取り戻そう!」

 

二人は、もう一度気を引き締め直して行き先を注視する。

既に日が落ちた闇の中、山の麓にへばりつく様に立ち並ぶ建造物の数々。宗教施設とも、研究施設ともとれるような佇まい。

そして、奥の方には常識的な範囲ではあるが、一際大きな樹木が立っている。それは淡く光っているようにも見え、高貴な神性を感じさせる。平時の神樹の姿だ。

 

貴也は目当てである、メインの建物の正面玄関前に降り立つと園子を下ろしてやる。

 

「行くよ! たぁくん。まずは書史部の部長さんにアタックだよ」

 

「ああ……。このまま、多重召還を掛けたままで行った方がいいかな?」

 

「単純召還の方がいいかも……? 精霊は一般の人には見えないけど、ここは大赦だからね。精霊が見える人の割合は高いから、威圧の効果があると思うよ」

 

「よし。じゃあ、送還! からの、召還!」

 

貴也の周囲に十体の精霊がふよふよと浮かぶ。輪入道、雪女郎、七人御先、一目連だ。

それらを引き連れ、園子と共に大赦の建物の中へと入っていった。

 

 




貴也が若葉神たちの力を受けた勇者擬きであるため、神樹の記憶改竄が上手く作用していなかった、というお話でした。ただ、どうも二、三日は誤魔化せていたようではあります。
その他は切り口が異なるだけで、原作沿いですね。

次回は、vs大赦となります。

仕事が実質ワンオペになった関係で更新はガンガン遅れると思いますが、『エタりません、完結するまでは』を目標に、『なるべく諦めない』、『為せば大抵なんとかなる』などの精神でやっていこうと思います。


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