鵜養貴也は勇者にあらず   作:多聞町

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第五十六話 一月十一日(その1)

「あのね、とーごーさん。私、神樹様と結婚するね」

 

翌朝の登校時。学校が見えてきた時点で、そう言って友奈は隣を歩く美森に微笑みかけた。

 

「ど、どういうことなの、友奈ちゃん!?」

 

あまりの衝撃に、美森の思考と歩行は急停止した。

 

 

 

 

大赦は友奈とその家族に考える時間を与えなかった。

通知のために訪れた、その翌日に神婚が行われるのだ。

友奈の両親は激怒した。だが、「神樹様の生命が失われようとしており、時間がないのだ」との主張は彼らを黙らせるのに十分な力があった。

 

神樹様が失われれば人類は滅亡する。神樹様の生命を永らえさせるには、神樹様と無垢なる少女との結婚が必要なのだ。無論その少女は、有り体に言えば死ぬ事となる。だが、その犠牲により人類は神樹様の眷属となり、未来永劫安寧の中で生きる事が可能になるのだ。

 

そのロジックの前に、友奈も両親も納得せざるを得なかった。

友奈の中で、どちらに傾こうとも破滅しかあり得ない天秤が揺れる。

天の神のたたりによって死ぬのか。

神樹様との結婚によって死ぬのか。

 

『私は勇者だ! 勇者はみんなの為になる事をするんだ! 天の神のたたりで死ぬなんて、無駄死にもいいところだよ。なら、私は自分の生命をみんなのために使うんだ……!!』

 

そう決意をする友奈の表情は悲愴感に満ちあふれていた。

 

 

 

 

「なんで、そんな事しようとしてるのよ! アンタが犠牲になるだけじゃない!!」

 

「そんなの、違うと思います……!」

 

風が机をドンと叩き、樹が勢いよく椅子から立ち上がり、二人とも力強く反対の意を表明した。

 

もはや授業どころではなかった。美森は勇者部の面々を部室に集め、友奈の主張を代わりに説明した。その反応が先の犬吠埼姉妹の発言だ。

 

「これで分かったでしょ? 友奈ちゃんの考え方が間違っているのが……。自分だけを犠牲にしようとしないで」

 

美森が眉根を顰めて友奈を諭そうとする。

 

「でも、私が神婚しないと神樹様の寿命が尽きて人類が滅んじゃうんだよ」

 

「それは分かったわ。でも、今すぐって訳でもないんでしょ? 時間ギリギリまで他の策がないか試してみれば……」

 

「神婚すると、死ぬんでしょ? 他の方法は無いの……?」

 

それでも抵抗する友奈に、風も夏凛も他の方法を模索する事を考えるべきだと彼女の考えを改めさせようとする。

そこへ、銀が疑問を投げかける。

 

「なあ、そもそも神樹様の眷属になるって、どういう事なんだよ……? とても、人として生きていくって感じじゃなさそうなんだけど」

 

「確かに、なんだか嫌な感じがします……」

 

「幸せな生き方だとは、とても思えないわ……」

 

その投げかけに樹も美森も同意する。

皆、押し黙ってしまった。互いに互いを見やるばかり。

そんな中、口を開いたのはやはり友奈だった。

 

「風先輩。勇者部の活動はみんなの為になることを勇んでやることでしたよね。これも、そうだと思うんです。世界を救うために、他に選択肢がないんです。だから……」

 

「友奈。それは違う。確かに勇者部の活動はみんなの為を考えて行う部活よ。でもね、そこには自分の幸せも入っていないといけない、アタシはそう思うわ」

 

だが、風は友奈の主張を切って捨てる。自分をないがしろにした活動など、行動など、誰が認めようとも自分だけは認めない。そう固く決意して。

 

「でも! 私には、もう時間が……、っ!!」

 

自分の生命が残り少ない事を主張してまでも皆を納得させようとする友奈。だが、言いかけたところで、やはり皆の左胸に太陽の烙印が鈍く光り出すのを幻視する。言葉を続けられなかった。

 

しかし、その友奈の様子から皆、御記の内容を思い出す。

 

「友奈ちゃん。私たち知っているわ。友奈ちゃんが天の神のたたりを受けている事も。他の人にそれを伝えれば、たたりが伝染する事も。友奈ちゃんの残された時間の事も……」

 

「!? 私は何もしゃべってない! 何も教えてない!」

 

美森のその言葉に取り乱す友奈。

 

「友奈……。あたし達がなんとかするから。園子も助け出してみせる。神樹様の事も、友奈の事も。だから、無理をするなよ……」

 

「私は無理なんかしてない! 私は勇者だから! だから、みんなのためにこの命を使うんだ!」

 

銀の説得にも耳を貸さず、さらに頑なな態度を取る。もはや、誰の説得も届かなかった。

 

「友奈ちゃん……、どうして分かってくれないの? 友奈ちゃんが死ねば、みんな悲しむのが分からないの? 私は後を追うわよ!」

 

「とーごーさんだって、生け贄になろうとしたじゃない! 私がしようとしている事は、それとおんなじなんだよ!」

 

「そうよ。私は、私一人の犠牲で済めばって思ってた。でも、それは私が壁を壊した事実に対する贖罪(しょくざい)だったのよ。友奈ちゃんが何をしたっていうの? 私は間違った事をした。でも、友奈ちゃんはいつだって勇者として正しい事をしてきたの。そんな友奈ちゃんが犠牲になるのは間違ってる」

 

「でも私は……、私は私の出来る事を……。そうだよ……、もう時間がないんだ。それでも私は諦めたくない。みんなの笑顔を守りたいんだ! 勇者部五箇条! 『なるべく諦めない!』 為さなければ、どうにもならないんだ。だから……『為せば大抵なんとかなる!』 私はいつだって、そうやってきたんだ!!」

 

「友奈! 五箇条をそんな風に使わない!! どうして分かってくれないの? アンタが守りたいって言う『笑顔』。そこには、アンタ自身もアタシたちも入っていないじゃない!!」

 

悲痛な表情で五箇条を挙げる友奈に、風の否定の叫びが轟く。

誰もが守りたいものがあって。でも、それは少しずつ違っていて。

 

「どうして、こんな……。言い争いなんて……。ウッ、ウッ…………」

 

ついに樹が声を押し殺して泣き始めた。

皆、顔を俯かせる。友奈だけは、罪悪感に打ちひしがれたような表情で樹を見つめていた。

そんな中、銀がポツリと呟いた。

 

「行けよ、友奈……。お前のやりたい事、やりたいようにすればいい。――――――あたしも命を張ろうとした口だったからなぁ。もちろん、その時だって生きて帰るつもりだったけどな。だから、神婚でもなんでもやってこい! そんでもって、お前の旦那様になった神樹様を説得して生きて帰ってこい! 『なるべく諦めない』んだろ? なら、生きる事を諦めんな!! あたしたちも諦めない。お前を救う事を! 園子を救う事を! 絶対!! 諦めないからっ!!」

 

最後には叫んでいた。その表情は複雑で、友奈を励ましているようでもあり、止めようとしているようでもあり……

 

「ちょっと、何を言ってるのよ、銀!?」

 

「そんな事を言ったら、友奈ちゃんが!」

 

銀の言葉に慌てふためく風と美森。夏凛と樹は唖然としていた。

 

「ありがとう! 銀ちゃん!!」

 

そして、友奈はその言葉を残し部室を出ると駆け出していた。

 

「友奈ちゃん!!」

 

美森も、友奈を追いかけて続いて部室を出て行く。

 

 

 

 

「銀、どうしてあんな事を言ったのよ?」

 

「友奈の奴、もうこれしかないって視野が狭まってたからな。あいつ、あたしたちの中で一番勇者らしい奴だけど、勇者である事に囚われすぎてんだよな……。だから、言葉だけの説得じゃ埒が開かない気がしてさ。それにどのみち、みんな友奈を救うつもりなんだろ? 勇者の資格剥奪されて変身できないあたしが言うのもなんだけどさ、過程はどうだっていいじゃん」

 

風の問いに、そう笑顔で返す銀。胸の内では、友奈を救う決意を固めていた。

たとえ、その方法は分からなくとも……

 

 

 

 

端末に表示される友奈の反応を追いかけ、結城家までやって来た美森。三日前と同じく、青坊主に壁抜けをさせて鍵を開け、友奈の部屋に忍び込んだ。

だが、その部屋に友奈の気配は無かった。

彼女の勉強机の上に置かれた勇者御記と変身用端末。これでは、アプリのレーダーを使った追跡は不可能だ。

 

「友奈ちゃん……。一体どこへ……?」

 

その時、美森の変身用端末がメッセージの着信音を鳴らす。

 

「え? 大赦から?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

当日、貴也は学校を休み、自宅で待機していた。

園子の救出に関しては神託を信じ、襲撃を受けた際に行おうと考えていた。

 

美森が友奈の自室で端末を見つけたのとほぼ同時刻、鵜養家の前に白いセダンが止まった。

 

「鵜養くん、神託が下りた! 一緒に来てくれ!」

 

以前、一度会ったことのある佐々木だった。

彼と一緒に車で西へ向かう。

 

「君を乃木神社に連れてこいとのことだ。国土亜耶様に言葉での神託があったんだ。」

 

「それは、もしかして……」

 

「そうだ。スクナビコナ様からの神託だ」

 

 

 

 

乃木神社前に急停車すると、佐々木は貴也を促す。

 

「神社とは話を付けてある。拝殿を抜けて、本殿へ急げ!」

 

運転席に座る彼に向けて頷き、拝殿目がけて走り出した。

以前、園子と一緒に呼ばれたことのある神社。境内の配置は大体頭に残っていた。

 

「勇者様、こちらです! 土足で構いません! 拝殿を突っ切って下さい」

 

宮司と思しき人物が行く手を指し示す。

会釈だけして通り過ぎた。

 

 

 

 

本殿の入口前。そこに彼女が立っていた。

 

「やあ、本当に久しぶりだな。貴也」

 

「若葉…………、本当に若葉なのか?」

 

「三百年も経つと忘れるものか? 正真正銘、お前の知っている乃木若葉だぞ。まあ、神なんてものになってしまった上、この身は所謂アバターと呼ばれるものだがな。もちろん、お前の記憶が基になっている」

 

そう言って苦笑する若葉。かつての青い勇者装束をその身に纏っている。年格好も、貴也が覚えているそのままだ。

感極まった貴也は両手で、彼女の手を覆うように握る。

 

「若葉、すまなかった。あの時は、ちゃんとお別れが出来なくて……。ん? そういえば、記憶は……?」

 

「ああ、神樹様に消されていたお前に関する記憶か……。つい先日、戻してもらったところだ。神格に大きな差があるから、いいように使われている。まあ、お前と同じようなものだがな」

 

そう言うと、ポンポンと貴也の肩を叩く。

 

「積もる話もあるが、まずは用件を済まそう。これを乃木園子と結城友奈に渡してやってくれ」

 

そう言うと、大刀(たち)と手甲を手渡してきた。

 

「これは……、若葉の『生大刀』と友奈の『天ノ逆手』?」

 

「そうだ。ホアカリとの決戦に使うといい。私たちと元の所有者の加護がある」

 

そう言うと、若葉は足元を見やる。足元には暗赤色の狐、橙色の蛇、白色の猫が揃っていた。

 

「千景たちなのか? 彼女たちは、若葉のようにアバターを使えないのか?」

 

「そうらしい。どうやらフルネームで祀られていないのがマズいらしい。私との意思疎通は問題ないんだがな」

 

「千景……球子……杏…………。そうだ! 友奈は?」

 

「友奈は神上がった経緯が異なるからな。神婚を介してのものだから別の所にいるはずだ。私もこの三百年、会ったことはないが、神として存在していることは確かだ」

 

貴也は残念そうに三匹の神獣を見やる。そこで高嶋友奈のことを思い出したのだが、若葉が言うには彼女もずっと会ったことはないらしい。

 

「なあ、若葉……。僕はどうしたらいいんだろう……? 園子の襲撃を待っていたらいいんだろうか?」

 

「まあ、焦るな。すぐにその時は来る。それまで少し話をしないか……?」

 

焦りを見せて問う貴也に、彼女は穏やかに微笑みながら返した。

すると下の方から、蛇のシャーッという鳴き声と、猫のニャーという鳴き声の双方がした。

 

「どうした、球子、杏? そうか……分かった。――――――貴也、乃木園子の変身用端末を持っているだろ? 貸してくれないか?」

 

「いいけど、どうしてだ? あ、それと僕の血で汚れているんだけど……。園子に返すのに、綺麗にしておけば良かったな。そこまで気が回らなかったよ……」

 

「お前の血が付いているのなら、その方がむしろいいだろう。気にするな」

 

自分の血で汚れていることを気にしつつも、若葉の求めに応じて園子の端末を手渡した。なぜか若葉は、その方が良いと言う。

そして若葉はそれを蛇に渡す。蛇は端末を口に咥えると白猫の背中に乗り上がる。そして、白猫は蛇を乗せたまま、どこかへと走り出して行ってしまった。

 

「あ! どういうことなんだ……?」

 

「あいつらには、あいつらなりの考えがあるんだろう……」

 

そう言いながら、若葉は走り去る白猫と橙色の蛇を頼もしそうな表情で見送った。

 

 

 

 

「なあ、貴也……。『神』とはなんだと思う?」

 

「なんだよ、藪から棒に……?」

 

球子と杏が姿を消して暫く。若葉がそう切り出してきた。唐突な話題に困惑する貴也。

 

「私は、神なんてものになってしまって痛感しているんだ。『神』とは『人』の『映し鏡』じゃないか、ってな」

 

「映し鏡……?」

 

「そうだ。『神』は『人』の『信仰』なくしては存在し得ない。信仰の対象でなくなれば、それは『ただの自然現象』であるか、または『ただの死者』に過ぎない。信仰あればこその『神』なんだ」

 

「確かに……、そうかもしれないな」

 

「もちろん、この世すべてを創り給うた絶対的存在はあるのかもしれない。でも、それこそ『人』がそう考えているだけなのかもしれない」

 

「神になると、随分哲学的になるんだな……?」

 

物思いにふけったように遠い目をする若葉を揶揄して、そう言ってみた。

 

「なに、大半はひなたや杏、千景からの受け売りさ……。私は、どうもこういう事を考えるのに向いているようではないからな」

 

そう返して苦笑する若葉。その挙げられたメンバーに球子が入っていない事に、吹き出しそうになる貴也。

 

「回りくどいのはやめて、結論を言おう。神は『人が神に近づきすぎた』ことに怒り、バーテックスを遣わして人類を滅ぼそうとしている、という解釈が大勢だ。だが、私たちは違うと思う。『人が神に近づきすぎた』と思っているのは『人』の方なんだ。『神』が自らの存在の根拠である『人』を自らの意志で滅ぼそうとするのは、何か違うような気がする。むしろ『人』の方が、『神に近づきすぎた自分たちは天罰を受けるべき存在なのではなかろうか』と考えたんだと思う。天の神は、その意を汲んだだけなんじゃないかと、私は思うんだ」

 

「まるで人類自身が滅びを望んでいるような言い方だな……」

 

「まさに、その通りだ。だから、この事態が西洋を中心に起こっている事の説明にも繋がると思うんだ。『滅びによる救済』なんだよ、まさしく」

 

若葉はそう言うと、どや顔で貴也を見やる。

 

「今、大赦が為そうとしている神婚もその延長上にあるんだろう。人の形を捨てて神の眷属となり、その庇護の下で安寧をむさぼる。いかにも、滅びによる救済だ」

 

「一つ、疑問がある。神の力が信仰に基づくのなら、人類に敵対した時点で弱体化するんじゃないか? 少なくとも、人類の篤い信仰を受けている神樹様よりは弱く……」

 

「フッ……、貴也ともあろう者が浅いぞ。たとえ日照りが続こうとも、太陽に対する信仰を人が捨てられる訳がないだろう? すべての生命の源だぞ……」

 

「! そうか……、そうだよな……」

 

若葉との問答の末、人類滅亡の真実の一端に触れたのかもしれないと思う貴也。そのまま、思考に没入しようとした時だった。

 

「なにやら面白い話をしているわね。私も混ぜてくれないかしら……?」

 

本殿の神域と外界を隔てる板塀。淡藤色の旧勇者服に身を包んだアバター美森が、その上に腰掛けていた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

瀬戸大橋記念公園に佇む木製ドーム。そこは、歴代の勇者と巫女を祀る追悼と鎮魂の場所。

中央部のステージ上には鎮魂の碑が置かれ、その周囲には西暦と先代と当代の勇者たちの戦闘を描いた三つの巨大な扇形の絵が安置されていた。

 

勇者部の面々、風、樹、美森、夏凛、銀の五名は、勇者や巫女、個人個人の墓とも言うべき石碑の間を下りていく。ステージ上の石碑の横に、彼女たちを呼び出した女性神官が立っていたからだ。

 

「勇者様に最大限の敬意を……」

 

「アタシたちを呼び出したのはアンタね。友奈はどこ?」

 

「結城友奈様はここにはおられません。大赦本庁におられます。ここならば静かに話が出来るかと、あなた方を呼び出したのです」

 

「なら、アンタに用はないわ。アタシたちは大赦へ行って友奈を助ける」

 

女性神官に背を向け、風は皆を促そうとする。

 

「知っておられるかと思いましたが……? 世界を救う方法は神婚しか残されていません」

 

「ええ、知っているわよ」

 

風は苛立ったように答えを返す。問答に時間を費やすつもりは、これっぽっちも無かったからだ。

 

「もう時間が残されていないのです。友奈様にも、神樹様にも」

 

「友奈さんのたたりを祓う方法は、本当にないんですか?」

 

たまらず、そう問いかける樹にも女性神官は淡々と、聞きようによっては冷たく答えを返す。

 

「大赦の総力を挙げて方法を模索しました。けれども、無かったのです。天の神のたたりを祓うなど、人の身では為しようが無かったのです」

 

「そんな……」

 

「ここに祀られている歴代の勇者や巫女達。皆、人類を守るためにその命を散らしていったのです。友奈様も同じ。皆のために、その身を捧げようとされているのです。それこそが勇者の有りようなのです」

 

「ここに祀られているみんなも、その大半は友奈や私たちと同じような年齢だったのよね? 子供を犠牲にして生きながらえて、それでよくも恥ずかしくもなく、そうやっていられるわね!」

 

夏凛のそのきつい揶揄にも女性神官は感情を見せない。

 

「それしか方法がないのです。人類を存続させるには。それが、この時代における人の在り方なのです」

 

「見損なったよ。あたしたちと一緒に戦っていた時は、そんなじゃなかったのに……! あたしは、どんなに厳しくても気持ちが寄り添ってくれていた、そんな安芸先生が好きだったのに!」

 

「銀の言うとおりだわ。私も先生の事、尊敬していたのに……!」

 

しかし銀と美森のその言葉は少し、彼女の心を抉ったのかもしれなかった。言葉に微妙に感情が混じり始めた。

 

「自分たちの身近な人が、そうなるからこその感情なのよ。この四国には四百万人もの人々が、それぞれの暮らしを紡いでいる。皆、それぞれに大事な人がいるのです。その中の、ほんの僅かな犠牲、それで大部分の人の幸せが守られるのなら……」

 

「そんな理屈……! なら、あなた達が犠牲になればいいのに!」

 

だが、その言い訳じみた話は風の感情を逆撫でする。激高する風。女性神官は顔を俯かせ、言葉を続けた。

 

「出来るものなら、そうしています。けれども、私たちでは神樹様が受け入れてくれないのです。こういう事に、素直に怒りの感情を出せるあなた達だからこそ、受け入れているのか……」

 

 

 

 

その時、皆のスマホから警報が鳴り響いた。『樹海化警報』ではなく、『特別警報』だった。

しかし、その警報音も表示も、すぐにアプリがバグってしまったように消える。

 

急にドンと突き上げるような震動が襲った。

 

「なに、これ!?」

 

激しい震動に続き、青かった空が蝕まれるように赤黒く変色していく。

そして、結界の壁の上すれすれを、半径数十キロメートルはありそうな巨大な円盤状のものが浮遊し侵攻してくる。

 

「想定していた以上に早い。――――――さあ、あなた方の出番です。天の神が神婚を阻止するために襲ってきたのです」

 

「バーテックスじゃない?」

 

「現実の世界に敵!?」

 

「あれが、あんなのが敵なんですか?」

 

「なんて巨大なの……」

 

美森も風も樹も夏凛も、その敵の、天の神の姿に驚愕する。

 

「友奈様が神樹様と神婚を為し、人々が神の眷属となれば、もう襲われる事はありません。人類は神樹様と共に平穏を得るのです。――――――これが最後のお役目です。敵の攻撃を、神婚成立まで防ぎきりなさい」

 

そこまで女性神官が言った時だった。

 

ザンッ!!

 

「安芸先生!!」

 

ドンッ!!

 

どれが早かったのか? 斬撃か、銀の叫びか、はたまた銀が女性神官を突き飛ばした事か。

女性神官の右手の薬指と小指。その第二関節から先が、血の弧を描いて飛んでいた。

 

「そのっち……?」

 

青薔薇の旧勇者服に身を包んだ園子が、斬撃を放った後の姿勢で佇んでいた。

その顔に表情はなく、どこまでもどこまでも暗いオーラを放っていた。

 

 




最終決戦編その1でした。

若葉再登場を含め、いろいろとカオスチックに。
原作で修羅場っていた部室での友奈と勇者部のやり取り。銀に少し違う立ち位置を用意してみました。

人類粛正の真実も、ちょっとロジックを変えてみました。
特に生命倫理なんかの分野では、そういった風にも聞こえないことはない議論がありますからね。

さて、貴也たちの所にアバター美森、勇者部の方には園子が乱入。
はてさて、どうなることやら。
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