鵜養貴也は勇者にあらず   作:多聞町

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第五十七話 一月十一日(その2)

「お前は……!!」

 

乃木神社本殿と外界を仕切る板塀に腰掛けていたアバター美森。飛び降りるや、すたすたと近づいてくる。

 

「多重召喚!!」

 

「待て! 貴也!!」

 

臨戦態勢を整える貴也だが、若葉が手を差し出し制する。その態度に疑問を覚えた。

 

「若葉……?」

 

「落ち着け。この御方はスクナビコナ様だ」

 

「え……?」

 

「汝に(まみ)えるのはこれで三度(みたび)なるぞ、鵜養貴也」

 

若葉が告げるその名に驚く貴也。アバター美森も一瞬だけ雰囲気を変え、そう告げた。

 

三度(みたび)って……? そ、そうか、三百年前、蠍座型(スコーピオン)天秤座型(ライブラ)と戦った後に出会った、あの影!」

 

同様の雰囲気を持つ者の心当たりを思い出す。確かに、それを含めれば会うのは三度目だ。

 

「じゃあ、何故!? どうして、園子を攫う必要があったんだ!? お前は味方じゃないのか!? 答えろ!!」

 

園子の生命に関わることでもあり激高する貴也。だが、アバター美森ことスクナビコナは穏やかに返す。

 

「あの時、言ったわよね? 天津神と繋がりを持たせるためだって……」

 

「話を聞こう、貴也」

 

若葉も貴也を諭してくる。頷くしかなかった。

 

「ホアカリをまつろわせる。言葉で言うほど簡単じゃないのよ。鎮魂(たましずめ)の儀と順花(はなまつろい)の儀、二つの神事では足りない。二千年前の人類は、神に直接干渉する手段を持たなかった。だから、神話を書き換えて人々の信仰を思う方向へと捻じ曲げた。具体には、ホアカリの代わりの太陽神アマテラスを用意し、彼女の神話で彼の神話を上書きし、その他にもイメージの重なる小さな神話を積み上げた。オオヒルメとワカヒルメ、クニアレヒメとモモソヒメ、ホオリノミコトとトヨタマヒメ、他にもあるわ。そしてトドメとして天岩戸神話とヒミコとトヨ。そしてオキナガタラシヒメ。こうして、人の信仰の力をもって神をまつろわせたのよ」

 

いくらか勉強していたとはいえ、貴也も半分ほどしか理解できなかった。だが、スクナビコナの言いたいことはなんとなく分かる。

 

「では、今度は? 神話などを使う時間は無い。代わりに勇者という神に対してすら直接干渉可能な手段を持っていた。ただし、そのためには霊的経路を繋ぐ必要があった。結城友奈も乃木園子も、力の源となる神樹との経路は繋がっていた。それでは干渉すべきホアカリとは? 結城友奈はたたりという形で霊的経路が繋がった。だから、乃木園子の経路だけが残されていたのよ」

 

「じゃあ、なぜ犬吠埼風を襲ったんだ?」

 

「あれは、助けたのよ。私が干渉しなければ、もっと大きな車両にはねられて彼女は死んでいた。結城友奈と乃木園子の精神を、これ以上汚染させる訳にはいかなかったからね。余剰分のたたりは、この前あなたに負担してもらったわよ」

 

思わず自分の手のひらを見る。まだ、あの時の貫通創の痕は生々しく残っていた。

 

「僕はどうすればいい……?」

 

「ほぼ場は整いつつある。後は二人を大陸の史書にもある二人の巫女王、ヒミコとトヨに見立てて直接ホアカリを攻撃すればいいわ」

 

「巫女王だって? 園子も友奈も勇者であって巫女じゃないぞ……?」

 

「神の力をその身に下ろす神懸かりは、古来巫女の行うものよ。その意味から言えば、勇者とは巫女の一分類に過ぎない。そういうことよ。――――――あなたは男性だから(かんなぎ)ね。まあ、大和言葉の『かんなぎ』には元々性の区別は無いのだけれども」

 

 

 

 

その時、急に突き上げるような震動が襲った。

そして、激しい震動に続いて青空が蝕まれるように赤黒く変色していく。

 

「な、何が起こってるんだ……?」

 

「いよいよ、その時が来たようね。ホアカリが神樹と結城友奈の神婚を阻止するために、直接侵攻してきたのよ。――――――さあ、大橋の袂に向かいなさい。そこに、ホアカリの意志に汚染された乃木園子の体がある。魂は高天原に囚われたままよ。あなたが救いなさい。『勇者の守り手』よ」

 

力強くうなずく貴也。だが、彼を若葉が制する。

 

「今の貴也の力では乃木園子の力に届かない。私たちが力を貸しますが、いいですね?」

 

「好きにしなさい。元々、私が神樹の(がわ)の力になろうと思ったのは、三百年前、この鵜養貴也の姿を見たからよ。そこに、因果律を壊す危険をすら省みず、仲間を救おうとするあなた達の執念を見たからよ。――――――信仰を失った『神』は『人』と共に滅ぶのも一興。私の、その考えを覆したのだから」

 

微笑むアバター美森に、だが貴也は項垂れる。

 

「でも、僕は友奈を助けられなかった……」

 

「気にする必要は無いわ。あのまま私が干渉しさえしなければ、高嶋友奈も生を繋いだ筈なのだから」

 

その言葉に驚きの目を向ける貴也。

 

「あの時、高嶋友奈を神樹と神婚させなければ、結界は強化されずに、遠からず四国も炎に飲まれていたからよ。あなたは乃木若葉達の期待に十分応えた。誇りに思って良いわ。――――――さあ、時間が無い。行きなさい」

 

「貴也、行くぞ」

 

スクナビコナのその言葉に力を得た貴也は若葉を振り向く。そこには、かつて何度も見たことのある、頼もしい笑顔があった。

 

暗赤色の狐が駆け寄ってきた。勇者姿の貴也の胸に飛び込むように、光となって溶け込む。

続いて、若葉が貴也の胸に右手を当てる。

 

「私の子孫、一緒に助けるぞ」

 

若葉も光となって、貴也の体に溶け込んでいった。

そして、彼の腰からは九本の光の尾が伸び、背中からは光の翼が羽を広げる。

 

「行ってきます」

 

スクナビコナにそれだけを告げると、貴也は大橋へ向けて飛び立っていった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「目を覚ましなさい! 園子!!」

 

夏凛の斬撃。だが、園子は大きな槍を器用に操って、それをいなす。

風、樹、美森、夏凛の四人は勇者に変身して、園子を抑えに掛かろうとした。

だが、園子に精霊バリアの恩恵が無く、自分たちの攻撃に傷を負うことに、園子の攻撃が僅かとはいえ自分たちの精霊バリアを抜いて怪我を負わせることに、全力が出せない状況に追い込まれていた。

 

「あれ、東郷先輩が言っていた、天の神のアバターじゃないんですか?」

 

「感じが全然違うもの。そのっちに間違いないわ」

 

信じたくない状況に樹がそう疑問をこぼすも、美森が即座に否定する。

二人とも手が出せないでいた。美森の銃は攻撃力が高すぎ、樹のワイヤーはことごとく槍に切り裂かれていたからだ。

どういうわけか、園子の動きは完全に人間離れしていた。

 

「乃木ぃいっ! 歯ぁあ、食いしばれぇぇえええ!」

 

風が大剣の腹で横殴りに園子をぶっ叩く。だが、園子は剣の力に逆らわずに叩かれた方向へとふわりと飛ぶ。勢いよく飛んではいったものの、あまりダメージを受けたようには見せずに着地した。

 

 

 

 

銀は美森から受け取った救急セットで女性神官の手当てをしていた。斬り飛ばされた指を止血し、きつく縛り上げてから包帯を巻いた。

 

「ありがとうございます、三ノ輪様。私のことなど見捨ててもよかったのに……」

 

「そんなこと言わないでくださいよ。あたしは、本当は今だって先生のこと、信じてるんだからさ」

 

そう言って、ニッと笑顔を見せる銀。そこへ……

 

ニャー……

シャーッ……

 

鳴き声に視線を向けると、白猫とその背中に乗った橙色の蛇がいた。蛇は口に何かを咥えている。

と、首を振って、その何かを銀に投げ飛ばした。

 

「スマホ……? ゲッ、血で汚れてる? ってか、これ、園子のスマホ……?」

 

思わず受け取り、それが血で汚れていることに驚いた。が、見覚えのあるスマホであることにも気付く。

すると、白猫が駆け寄ってくる。そして、銀の胸へと飛び込むように蛇と共に光となって溶け込んでいった。

 

「なに? これ!?」

 

銀が驚きの声を上げると同時に、なんの操作もしていないのにスマホに電源が入る。画面には、牡丹の花の意匠と蓮の花の意匠が明滅していた。

 

「まさか、これって……?」

 

恐る恐る画面をタップする。

すると光が銀の体全体を包み込む。それが晴れると、銀は勇者の姿となっていた。

装束の作りは園子のもの、そのままだった。だが色が異なる。本来の紫色に対し、それは鮮やかな銀朱の色。

 

「そういうことか。なら!」

 

両手にかつての愛用の武器をイメージする。すると、両手に大ぶりの双頭の槍が現れる。

 

「やっぱ、園子ベースなんだな。でも、これなら前使ってた斧と同じように使えるぞ!」

 

槍を振ってみる。手によく馴染んでいた。

 

「三ノ輪様……」

 

「行ってきます、先生。先生は隠れててね。―――――――おっ? 左足もちゃんと動くし、右手も見た目は兎も角、違和感が無いぞ!」

 

心配そうに話しかけてきた女性神官に優しげに返すと、自分の体がほぼ万全であることに意を強くする。

無言で飛び出した。

夏凛に斬撃を放つ園子の槍を、二つの槍をクロスさせて受け止める。

 

ガキンッ!!

 

「銀? アンタ……?」

 

「園子はあたしに任せろ! みんなは友奈と、あのデカブツを頼む!!」

 

 

 

 

皆、互いに顔を見合わせる。時間が無いのは確かだ。

風は一瞬、逡巡した。今回は、天の神のみならず神樹様も敵対行動に出るかもしれないからだ。

だから、それでも決断する。

 

「アタシと東郷で友奈を助ける。夏凛と樹は時間を稼いで! 出来る……?」

 

「うん! お姉ちゃんは友奈さんをお願い」

 

相手はバーテックス如きではない。それでも妹に絶対の信頼を置いた。

 

 

 

 

夏凛は瀬戸大橋のひしゃげた塔頂にすっくと立った。

 

『友奈と……みんなと一緒に帰るんだ。こんな私でも友奈が誘ってくれた、あの優しい日常へ……!』

 

天の神、その化身と思われる巨大な円盤状の物体――鏡を強く見据える。

 

「東西無双、三好夏凛!! 一世一代の大暴れ、とくと見よ!! 満開!!!」

 

赤黒い空を背に、大きなサツキが花開いた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

徳島県の霊峰剣山。そこに大赦の主立った者達が集まっていた。

皆、神樹への信仰が特に篤い者達である。いや、その様は狂信的であると言っても良いだろう。

その彼らの視線を一身に集め、司波辰成はその身を震わせていた。

 

『やっと、ここまで来たのだ…………』

 

感慨深かった。

 

 

 

 

彼は神樹の一介の信者に過ぎなかった。出身の家も一般家庭だ。名家の血筋に掠りもしない。

だが彼は優秀であり、真面目であり、他人に好かれる(たち)であり、そしてなによりも信仰に篤かった。大赦内部での出世はトントン拍子だった。

それが、彼を狂わせたのかもしれない。

出世をして、この世の真実に近づけば近づくほど、人類が絶望的状況に追い込まれていることが分かった。

そして何より、勇者や巫女という存在。それは供物、あるいは生け贄、もしくは人身御供。

彼には妻も娘もいた。妻が選ばれなくて良かったと安堵すると共に、娘が選ばれるかもしれないという恐怖に襲われた。そして、自分の感じる恐怖は他人も感じるであろうと。

 

『なんとしてでも人類に安寧を! 一人の犠牲も出さずに済む方法を!』

 

寝食も惜しみ、あらゆる伝手を使い、その目的に向かって盲進した。

大赦の祭祀院副総裁の地位にある桐生の右腕と呼ばれる立場まで上り詰め、やっと手がかりを掴んだ。

神婚による眷属化。

救われた気がした。仲間を、上司を説得し、賛同するものを増やしていった。

が、その時問題が持ち上がった。東郷美森の一時的叛逆の結果、結界の外の炎が勢いを増したのだ。

大赦の対策は六名の巫女を生け贄にする奉火祭。

彼は()()()()()()()()()()()()()()()。だから、その事態を引き起こした美森を生け贄に推したのだ。

 

 

 

 

『だが、それらの苦労ももう終わる。人類は、結城友奈様を最後の犠牲として安寧を手に入れるのだ。人としての生? 天津神に滅ぼされては元も子も無いではないか。たとえ、人としての形を失おうとも、生命を繋ぐことこそが本当に大切なことなのだ!』

 

自らに視線を集める人々に向き直る。

 

「これで我ら人類は神樹様の眷属として迎えられるのです。なんと幸せな事なのでしょう」

 

高らかに謡い上げるように、そう宣言した。

 

 

 

 

神樹内の異空間。

友奈の体に、闇の中から姿を現す幾匹もの白蛇が絡みついていく。

 

『私の命でみんなが助かるなら……。恐くない…………恐くない!』

 

 

 

 

『神樹様……!』

 

神との一体感を感じた次の瞬間、司波の意識はプツンと途切れた。

後に残るは、中味の無くなった神官衣と砂の如き穀物、そこから生える小麦と思しき植物のみ。

 

周りの人々も次々と同じように……

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

既にドームからは少し離れた場所に移動していた。安芸を巻き込まないように気を配ったからだ。

銀と園子の対決は、銀がやや優勢なままで推移した。

得物の数の違いと、そもそも銀の方が近接戦闘型の勇者だったからだ。

だが、斬撃が届くと園子の体に傷が付く。そのため、どうしても全力を出し切れない。

 

「園子! 目を覚ませ! お前は、そんなのに負けるほど弱い奴じゃないはずだろ!!」

 

その声も届かない。

どこまでも暗いオーラを放ちながら、それでも瞳は虚ろなままの園子は感情を見せずに槍を振るう。

 

『チクショウ! あたしじゃ届かないのか? 貴也さん! 早く来てくれ!!』

 

その時、樹海化が始まった。結界の壁の方向からまばゆい光が放たれる。

一瞬、気を取られた。

その一瞬の隙が、致命的な攻撃を呼び込む。

躱しきったと思った斬撃。ところが流れるように石突の攻撃に切り替わっていた。

 

『今までの攻撃は全部、(おとり)!?』

 

心臓の位置を狙った一撃。現状、銀には精霊バリアが無い。だから、その一撃は本当に致命的で……

 

ガキン!

 

下段からの大刀の一閃が石突の軌道をずらした。銀の顔の横をすり抜ける攻撃。

 

「貴也さん!!」

 

「銀! 園子は僕に任せろ!」

 

「でも、園子の実力は……」

 

「今の僕は、西暦の勇者の中でも近接戦が得意な二人のブーストが掛かっている! 任せろ!!」

 

「分かった。後は頼みます!」

 

銀は貴也のその言葉を信じ、夏凛たちの後を追った。

 

 

 

 

「園子! 僕だ! 貴也だ! 分からないのか!?」

 

生大刀と輪刀の二刀流でなんとか園子の斬撃を捌きながら、怒鳴るように声を掛ける。

若葉と千景、二人の力を借りても互角としか言えないような戦いだった。

 

『貴也、声を掛け続けろ! ただし、乃木園子の魂はここには無い。高天原に囚われているんだ。それを意識して語り掛けろ!』

 

若葉のアドバイスが頭の中に響く。

袈裟懸けの斬撃を生大刀で止める。

 

「園子、覚えているか? 二人で大赦本庁に殴り込みに行った事。あの時、お姫様抱っこしただろ? 本当はあれ、前々からもう一度やりたいなって思っててさ……。だから、あの機会に……!」

 

石突の突きを輪刀を絡めるように受け止める。すかさず、左の蹴足が来た。とっさに右腕でガードする。

精霊バリアは一瞬張られるが、園子の攻撃はそれをすり抜けてくるのだ。

 

「園子、覚えているか? 二人だけでうどんを食べに行ったこと。あの時の、君のとろけるような笑顔が忘れら……っ!!」

 

下段からの薙ぎ払い。トンボを切って躱す。少し距離が出来た。

 

 

 

 

「クソッ……!!」

 

その後も幾つか思い出を語り掛けようとするが、まったく届かない。

 

『どうすれば……。そうか、密着すれば……!』

 

上段からの斬撃が来た。これを輪刀で受け止める。右手の生大刀で突きを放ちながら、園子が躱すことによって力の入る方向が変わったのを利用して、輪刀を手放した。

斬撃は地面を穿つ。

貴也は体を回転させるように園子の後ろを取り、羽交い締めにした。

 

「目を覚ましてくれ!! そのちゃん!!!」

 

ほとんど泣きそうな気持ちで、彼女の、その幼い頃から呼び続けてきた愛称を絶叫した。

直後、恐ろしいほどの力で振りほどかれる。

後ろ向きにたたらを踏みながらも、なんとか生大刀を構え直す。

そして異変に気付いた。

 

園子は槍を構えることなく、だらんとさせたまま、呆けたように突っ立っていた。

 

『そのちゃん……?』

 

彼女を覆っていた暗いオーラは少しずつ薄くなっていった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

友奈の元へと急ぐ風。跳躍を繰り返す。

 

「風先輩、乗ってください!」

 

横合いから声が掛かる。既に満開をしている美森だった。

 

「よっしゃ東郷、友奈の所へ行くわよ!」

 

「最大戦速で向かいます」

 

浮遊砲台に飛び乗り美森を促す。美森も声を張って応じた。

 

 

 

 

炎を纏った無数の星屑の大群を蹴散らし、巨大な鏡へと挑む夏凛。

大方星屑を殲滅しきったところで、鏡から射手座型(サジタリウス)の巨大な矢が放たれる。

大太刀二本をクロスさせ弾いたが、余波は夏凛の頬を傷つける。

 

「バリアが抜かれた!? 園子の攻撃と同じ!?」

 

脳裏を、風が車道に突き飛ばされた時のことがよぎる。友奈を、皆の顔を曇らせた事件。

 

「そうか……こいつが……、ふっざけるなぁぁあああ!!」

 

鏡に対し特攻を掛けようとしたが、光の矢の雨が降り注ぐ。大太刀でいなすが、手を、足を、横腹を切り裂かれ、鮮血が飛び散った。

さらに夏凛の後方に、いつの間にか蟹座型(キャンサー)の反射板が展開されていた。光の矢は反射され、夏凛に襲いかかる。

 

「グッ……!!」

 

対応が間に合わない、そう思った時だった。横合いから飛び込んできた何者かが、得物を回転させて矢の雨を防ぐ。

 

「銀!! あんた、園子は!?」

 

「貴也さんに任せてきた。それより、あんまり突出するなよ、後輩! 後ろがお留守だったぞ!」

 

「先代が来てくれたなら、千人力ね!」

 

「あんまり買いかぶりなさんな」

 

前後からの矢の嵐を捌きながら、背中合わせに軽口をたたき合う二人。

そこへ、十数本もの蠍座型(スコーピオン)の尾が襲い来る。だが、これも数百本ものワイヤーが雁字搦めに捕らえた。

 

「「樹!」」

 

「みんなで守りましょう。友奈さんが、みんなが帰るこの四国(ばしょ)を!」

 

満開した樹が、そう二人に語りかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「メッブゥゥウウウ! 無理無理ムリムリ無理無理ムリムリ、無理ッ!!」

 

「雀っ! 相手は星屑でしょう!? 落ち着いて捌けば、対処できる!」

 

「こんな数ムリムリムリッ! 私、死んじゃう!! 助けてメブゥ!!」

 

樹海化の中、三人の巫女を頂点とする三角形状の結界では九人の少女がそれぞれのお役目を果たそうとしていた。

 

今まさに、浮舟と呼ばれる箱の上で十六夜怜が儀矛を突く踊りを舞っていた。

また、その横では国土亜耶が鈴を鳴らしながら一心不乱に舞を踊る。

二人とも、ただひたすらにゆっくりと祝詞を上げながら……

 

三角形の頂点、それぞれに座する巫女も祝詞を上げている。三人とも同じ祝詞だ。

この祝詞によって形作られる結界の中では、勇者でなくとも樹海の中での活動が可能なのだ。

 

そして、これら五人の巫女を護衛する防人(さきもり)が四人。楠木芽吹、山伏しずく、弥勒夕海子、そして先程から騒いでいる加賀城雀。

 

その彼女たちに多数の星屑が迫っていた。

 

「ぎゃぁああ、来た来た来たーっ!!」

 

「落ち着きなさい! 雀は亜耶ちゃんと怜さんを守りなさい! 弥勒さんとしずくは私と迎撃!」

 

「鵜養くんは、まだですの!?」

 

「まだ来ていないという事は、なにかトラブルがあったのかもしれません! 私たちだけで対処します」

 

「俺に任せな! 全部、銃剣の錆にしてやるぜ!」

 

「しずくさん、いつの間にシズクさんになっていますの……?」

 

指示を出す芽吹に夕海子が、当初の作戦どおりでなく貴也が来ていない事に疑問を呈する。しかし、この()に及んではどうする事も出来ない。一方、しずくはいつの間にか別人格の強気なシズクに入れ替わっており、夕海子は目を丸くしていた。

 

 

 

 

襲い来る星屑の群れ。

だが、三人の銃剣がその数を徐々にではあるが減らしていく。

驚くべき事に、最も活躍していたのは雀だった。たった一人で、神事にその身をやつす二人の巫女をその盾で守りきったのだから。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 

『目を覚ましてくれ!! そのちゃん!!!』

 

「!? たぁくん……?」

 

貴也の自分の名を呼ぶ絶叫が聞こえ、反射的に顔を上げた。

 

周りはどこまでもどこまでも灰色だけが広がる空間。だがしかし! 一点の光が見えた!

 

「たぁくんが助けに来てくれた!!」

 

魂だけの姿となっている園子。光の方へと全力で移動しようとする。

もがく…………もがく…………もがく!

たとえ傍目には無様な姿であろうと、自分の一番帰りたい場所へ、一番会いたい人の元へ。

 

光が徐々に近づいてくる。

その時! 天上から光の矢が園子に降り注いだ。魂だけの園子の体は赤黒く変色していく。

 

「負けるもんか! 私は帰るんだ!!」

 

そして、目の前が真っ白になり……

 

 

 

 

貴也の姿が目の前にあった。

 

「たぁくん……!」

 

「そのちゃん……意識が戻ったのか……」

 

自然に顔がほころぶ。心は嬉しさで弾け飛びそうだ。

帰ってこれたのだ。彼の元へ。

彼の安堵したような笑顔がそこにあった。

 

彼のすぐそばへと駆け出そうとして、違和感に気付いた。

 

『手足の感覚が無い?』

 

刹那、視界がぶれた。一瞬で彼との距離がさらに近づく。

そして、彼の呻くような声が続いた。

 

「ぐっ……、そのちゃん……どうして……? カハッ……」

 

視線を彼の顔から下へとゆっくりと下げていく。

自分が両手で持っている槍。それが、彼の腹を貫いていた。

 

「いやぁぁぁあああああっ!!!」

 

園子の悲痛極まりない絶叫が轟いた。

 

 




最終決戦編その2でした。

スクナビコナのやり方。敵を欺くにはまず味方から、を地で行くものですが、やられた方はたまったものじゃありませんね。
スクナビコナも上里咲夜も、味方のようでいて少し違う立ち位置にいる、その辺りを狙っています。

なんとなく神婚を画策していた大赦側の心情も入れたくなって、司波という人物を配してみました。まあ、蛇足っぽいですが。

夏凛、銀、樹vs天津神は図らずも41話の千景、若葉、杏vs射手座型戦のリスペクトっぽい展開に。まずもって原作通りの流れなんですが、園子でなく銀というところがミソなんでしょう。

さて、園子が貴也をブッスリといってしまいました。こういう展開って、過去にも……うっ、頭が……

さて、次回で決着がつくでしょうか?


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