鵜養貴也は勇者にあらず   作:多聞町

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一応の最終回をもって3万UAに到達です。
皆様が読んでくださっているおかげでモチベーションが維持でき、ここまで来ることができました。
深く感謝いたします。

それでは、番外編の1本目です。



特 別 篇   郡千景は勇者であった

神世紀十三年春。

ここ高松市の中心街、丸亀町にある某喫茶店前。

物陰に隠れている黒髪の女性が一人。

 

「ふふふ……、来ましたわ。時間どおりですね」

 

ほくそ笑むと、まるで今やって来たかのようなすました顔で姿を現す。そして、大げさに驚いてみせた。

 

「あら、若葉ちゃん。偶然ですね。まさか、お店の前でばったり顔を合わせるなんて……」

 

その姿を認めるなり、若葉と呼ばれた金色に近いミルクティー色の髪の凛々しい顔立ちをした女性が顔を顰めてみせる。

 

「どうせ、また待ち伏せしていたのだろう……? まあ、いい。千景を待たせるのも悪いからな。早速、入ろう」

 

促され、二人して店内に入る。

店内を見渡すと、道路に面した隅っこのテーブルで何か書き物をしている友の姿があった。

ひなたの髪色が少し明るめの黒なのに対し、こちらは『漆黒』あるいは『濡羽色』とでも形容するのが正しい髪色だ。

約束の時間にはまだ少しあるのだが、店に入った手前もあるので近付きながら声を掛ける。

 

「千景。久し振りだな」

 

「千景さん。お久し振りです」

 

手帳に何か書き付けていた千景は一瞬ビクッとしたが、慌てて手帳を閉じるとポケットに仕舞い、若葉たちの方に顔を上げる。

 

「あ……、の、乃木さんに上里さん? お、お久し振りね」

 

ひなたはジロッと千景のポケットに視線を送ったが、すぐににこやかな態度を取る。若葉と一緒に千景の対面の席に座った。

 

 

 

 

「球子と杏は、まだなんだな……」

 

注文を取りに来たウェイトレスにひなたとの二人分の注文をした後、若葉が尋ねてくる。

 

「ええ、そうね」

 

答えながら大きなガラス窓越しに外を見やる千景。と、一点を見つめる。

 

「いえ、来たわ」

 

その答えからちょうど三十秒後、店のドアが開く。

 

「えーっと……、おっ、いたいた」

 

小柄な茶髪の女性――球子と、若葉よりは薄いミルクティー色の髪をしている女性――杏が一緒に席にやってくる。

それを認めると千景は席を奥へ詰める。大ぶりのソファータイプなので、詰めれば三人横に並べるからだ。

 

「お、わりーな、千景。あんずはアタシの隣な」

 

「へへ……。タマっちの隣は私の指定席だもんね。それはそうと、千景さん、お久し振りです。去年の秋以来ですよね」

 

「そうそう、真鈴の弟の結婚式以来だよな」

 

「……ええ、そうね。お久し振りです、土居さん、伊予島さん」

 

その球子と杏の振りに、少し目が泳ぐ千景。

 

「こうやって私たち五人が揃うのも、なかなか機会がなくなっちゃいましたものね。なにか行事があるとかの理由がないと、なかなか……」

 

ひなたも球子たちの話に相槌を打つ。

 

「あ、それから真鈴さんから言づてがあります。急に仕事が入って行けなくなり、ごめんなさいって」

 

「えーっ、真鈴の奴、来れなくなったのか。残念だなぁ」

 

「ひなたさんは来れたのに、何かトラブルですか?」

 

「ええ、宇和島の方の神社で抗議活動があったようです。真鈴さん、埒が開かないからって現地へ慌てて飛んでいきましたよ」

 

「かーっ、支部統括の責任者だもんな。しょうがないか……」

 

安芸真鈴がこの場に来れなくなった事が分かり、球子と杏は残念そうに肩を落とす。

そんな雰囲気を払うように若葉が千景に尋ねた。

 

「と、いうことで千景。お前の招集に、こうして皆が馳せ参じた訳だが、私たちを集めた理由を教えてもらおうか……?」

 

「え、ええ…………。えーっと…………」

 

なにやら顔を赤くして逡巡している様子の千景。皆、黙ってその様子を見ていたのだが、一分、二分と時間が経つうちに焦れてくる。すると一番我慢が効かなかったようである球子が若葉に同意を求めてきた。

 

「なあ、もういいんじゃないか? こうやって待ってても話が進まないし……」

 

「そうだな……。仕方がない。じゃあ、皆で一斉に……!」

 

「……?」

 

その球子と若葉のやり取りに、顔に疑問符を浮かべる千景。だが次の瞬間、彼女は驚きの表情を見せる事になる。

 

「「「「ご婚約、おめでとう(ございます)、千景(さん)!」」」」

 

「!? どうして、そのことを……」

 

「こっちにはひなたがいるんだぞ。元勇者の動向など筒抜けもいいところだ」

 

自分が報告しようと思っていた事が既に知られていることに驚きながらも何故かを皆に尋ねる千景。だが、苦笑気味に告げる若葉の回答に、納得せざるを得なかった。

 

 

 

 

「お相手は大学時代の同級生だそうですね。しかも同じゼミだったそうで……」

 

「そんな事まで筒抜けなの? はぁ……」

 

「お名前は、千景さんからお聞きしたいですけどね」

 

「もう知っているんでしょ……? 鵜養俊也さんよ。実家は食品加工業を営んでいるわ。高知では有数の大企業よ。同族経営だけどね。それで、彼も次男だけど家業を助けるために経営学を学んでいたのよ」

 

ひなたに何もかも筒抜けである事が分かり、千景は脱力しつつ答える。

 

「へー、大学からの付き合いか。もうアタシたちも三十手前だし、八年以上の付き合いなのか……」

 

「そうじゃないわ。付き合いだしたのは一年ほど前からよ。偶然、仕事上の付き合いで再会してね」

 

「そういえば、千景さんだけ大赦勤めじゃないですもんね。大学の助教って、大変なんですか?」

 

「上が詰まってて、准教授はおろか講師の空きも無いのよ。仕事よりも生活の方が大変だわ。独り身だから、なんとかなってたようなものね」

 

「それで、ようやく婿を取る決心がついたという訳ですね」

 

「いえ。私は嫁ぐわよ」

 

「「「「!?」」」」

 

その千景の返答は爆弾だった。若葉たちは皆、驚きの表情で固まる。

 

「どうしたの、みんな?」

 

「千景さん……。ここにいるみんな、もう結婚しているのはご存じですよね? 皆、婿を取っているんです。それは何故か? 大赦の方針として、勇者の家名を残すためなんです。確かに、もう一般向けには乃木家と上里家だけを前面に残すような形にしています。それは、友奈さんの殉職を覆い隠すためですが、そうであっても土居家、伊予島家、郡家は勇者直系の御三家として、大赦の中枢を担っていただかなければならないんです。そのためにも……」

 

「私には関係ないわ」

 

ひなたの説明を断ち切るように、そう言った。

 

「千景さん……」

 

「私はね、(こおり)という名字に未練なんか無いわ。むしろ、封印したいと思っているの。この名字には子供の頃からの嫌な思い出ばかりが詰まっているから……。母が亡くなり、父が失踪してからも随分経つわ。だから家族を表すものとしても、郡という名字に対してはもう何も感じないのよ」

 

千景の諦観めいた、だが永年の想いがこもった声が続く。皆、息苦しくも感じるその雰囲気の中で彼女の独白を聞く。

 

「そして、多分これが一番の理由よ。間違った読み方だったとはいえ、私を名字で呼んでくれた、呼び続けて欲しかった人はもういないから…………だから……」

 

『ぐんちゃん』

 

そう呼んでくれる人は、もうこの世にはいないから。

そう呼んでいいのは、そう呼んで欲しかったのはその人だけだったから。

 

「上里さんから言われるまでもなく、以前から大赦には婿を取るように言われてたわ。でも、もし結婚するような事があれば、私は嫁ぐと決めていたの。もう、俊也さんには相談しているわ。彼は、ううん、彼のお父さんも私の気持ちを守ってくれるって約束してくださったわ……」

 

「そうだったんですか……」

 

ひなたが力無く、納得したとの想いを込めた嘆息の答えを返す。

 

「なら、アタシたちも千景の事、応援してやらないとな! な、あんず?」

 

「そうですね。私たちも千景さんを大赦の横暴から守る防波堤になりましょう!」

 

「ひなた、いいのか……?」

 

「仕方がありません。千景さんの気持ちを知ってしまったからには、私も味方にならざるを得ないじゃありませんか。そうでしょ、若葉ちゃん?」

 

「そうか。なら、私たちは皆、お前の味方だ。千景が気持ちよく嫁げるように力になろうじゃないか」

 

「みんな…………。ありがとう……」

 

こうして西暦の元勇者たちは次なる困難に向けて、また一つに団結することになるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、千景が十一月下旬を目標に結婚式を挙げる予定で動いている等の話をしたため、自然に話題はそれぞれの結婚の話へと移行していった。

 

「それでね、今更だけどタマっちが高校卒業後二年も経たずして結婚しちゃった事。ショックだったんだよねー」

 

「うーん。アタシもさ、自分で自分のこと言うのもなんだけど、意外だったな。大赦からさんざん婿を取れ、婿を取れって、洗脳かっ? って思うほど言われてたからな。あと、相手に会ってみたら意外に気が合っちゃったもんだからさー」

 

「私も似たようなもんだったな。特にひなたから、私が結婚しないと自分も結婚できないから、と言われたのが、今にして思えばトドメだったな」

 

「うふふ……。それに若葉ちゃんの場合、そもそも四国救世の英雄ですからね。さっさと結婚させないと、婿の候補者がいなくなっちゃいますから」

 

「それでみんな、二十代前半で結婚してしまったのね……。もう三十目前の私は、危機的状況にあった訳なのね……」

 

「やっぱり、出産の事もありますからね」

 

「でも、私も大学卒業するまでは千景さんと同じように、結婚に関しては放置されていましたよ。卒業した途端に、婿を取れ~、の呪いを掛けられましたけど」

 

そういう事で、四人の中では一番遅かった杏の結婚でさえ五年近く前の事であり、いかにこのメンバーの中で千景の縁談が突出して遅かったのかが浮き彫りとなったのだった。

そういったところまで話が来たところで、急に球子が立ち上がった。

 

「あ、あんず、ちょっくらごめん。お手洗いに行って来るわ」

 

そう言って球子は席を立つとお手洗いへと行ってしまった。

 

 

 

 

流れで話は子供のことへと移ってゆく。

流石に話題に入れず、千景は窓の外をぼんやりと眺めていた。

いつの間にか戻ってきた球子に、杏が話を振っている。

 

「で、タマっちは今日は子供さん達をどうしてきたの?」

 

「どうって、三人とも旦那とうちの両親に見てもらってるよ。ま、あのやんちゃ坊主達を一日見てたら、アタシが帰った頃には三人ともグロッキーだろうけど……」

 

そう言いながら杏にどいてもらい、元の千景の右隣の席に着こうとする球子。

すると、床に落ちている手帳に気付いた。

 

「なんだ、これ……? 千景のか……?」

 

先程、慌ててポケットに突っ込んだために、いつの間にか抜け落ちたのだろう。

まずい事に、先程まで書き物をしていたページが開いていた。

球子は拾い上げると、見るとはなしに開いていたページを見てしまう。

 

「待って、土居さん! 見ないでっ!」

 

悲鳴じみた千景の叫びが上がった。

 

ピキン!

 

球子が凍り付いた。

ややあって、恐る恐るそのページを皆に見えるように広げる。

 

『鵜養千景 鵜養千景 鵜養千景 鵜養千景 鵜養千景 鵜養千景 鵜養千景 鵜養千景 …………』

 

そうびっしりと小さな文字でページが埋め尽くされていた。何ページも、何ページも……

 

「練習なのよ、練習。そう! 練習なのよ……。結婚した後、サインをする時なんかに間違わないように、って…………え?」

 

皆の千景を見る目は変質者を見るものだった。凍り付いたような冷めきった視線。

だが、長くは続かない。すぐに弛緩した空気が流れると、ひなたが呆れたような声を上げる。

 

「先程、書いていたのはこれだったんですね。千景さんにも困ったものですね。まさか、こんな変態じみたことをしていたとは……」

 

「アタシもさ、千景は恋をしたら重い女なんだろうなって予想してたんだが、これはタマげた」

 

「ちょっと、この重さは怖いです……」

 

球子と杏の追撃に、既に千景は涙目だ。

 

「だって、だって……、『うかい ちかげ』ってなんだか語呂がいいから、暇があったら自然に書いちゃうのよ! 書いてたら、なんだか嬉しくなっちゃうし……」

 

「そうか? それほど語呂がいいとも思わないが……」

 

若葉が首をひねる。

 

その語感がよく聞こえるのは、書くと嬉しくなってしまうのは、もしかしたら失われた記憶、あるいは想いから来ているのか……

 

兎にも角にも、その後、彼女たちが会うたびに千景をからかう重要なネタになったのは、言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

神世紀十三年十一月二十一日。

その日、鵜養俊也と郡千景の結婚式が執り行われた。

もちろん彼女の希望どおり、入籍後の千景の名前は『鵜養 千景』となっていた。

 

 




番外編の1本目でした。
元勇者たちが二十代前半でバタバタ結婚していますが、公式記録で神世紀72年にバーテックス襲来実体験者最後の一人が老衰で死亡とあり、相当寿命が縮まっているようです。大赦のことだから事前に情報を得て対策しているものと解釈しました。(例のテロ事件に絡んだフェイクかもしれませんが)

千景が婿を取るのではなく、嫁に行くことを強く望んだという話題が13,26話にあって、話の流れの根拠になっていました。そこで、これに関するエピソードは描写しておくべきだなということで、ご開帳。
本編に入れ込むには、時系列として飛びすぎだからという事で。

また、球子の一人称をタマ→アタシ、としています。アラサー女子ですからねぇ。

次回の番外編もお楽しみに。


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