水着を調達した翌日の午後、貴也たちはマイクロバスで坂出市の番の州地区を北へ向かっていた。
実のところ、丸亀近辺に海水浴場は少ない。東の高松か西の観音寺あるいは三豊に出れば選択肢が広がるところではあるのだが。また、バーテックスの侵攻前であれば本島など備讃瀬戸の島々にも海水浴場があったのだが、もはやそれらの島々は結界の向こう側になっているか、こちら側であっても無人の地となっていた。
そういうこともあり結局、上里ひなたから海水浴場の手配を依頼された大社は強権を発動し、丸亀から最も近場にある沙弥島の海水浴場を押さえていた。
沙弥島。元は備讃瀬戸に浮かぶ離れ小島であったのが、番の州地区の埋め立てで四国本土と陸続きになった、さらには間近に瀬戸大橋を望む場所である。
「この景色が元は海だったなんて、人間のすることは凄いものね」
車窓を見やりながらぽつりと呟く千景。
すると、隣の席の友奈がその言葉にすぐ食いついてくる。
「ぐんちゃん、よく知ってるねー! ここ、昔は海だったんだー」
「社会科の授業で習ったでしょ?」
「うーん、よく覚えてないや……。それよりもさ。凄いって言えば、この瀬戸大橋もすごく大きいよねー。人が作ったものだなんて信じられないくらいだよ」
「なんでも、外国と行き来できるような大きな船を
そうやって目に映る巨大な橋脚のことについて喋っている友奈、千景ペアの後ろには球子、杏ペアが陣取っていた。
「早く着かないかなー? もうタマは泳ぎたくて泳ぎたくてウズウズしているぞ!」
「どうどう。目的地に着く前に疲れちゃうよ、タマっち先輩」
「フフフ……。タマは高知でずっと静かに過ごしていたからな。元気が有り余っているのだ!」
そうやって騒いでいる球子たちを見ながら苦笑しているのは、通路を隔てた一人掛けの席に座っている貴也。
そして、最前列では二人掛けの席の若葉とひなた、そして一人掛けの席に座っている今回の引率者である大社職員の佐々木との間で、最後のスケジュール確認が行われていた。
「それじゃ、やはり貸し切りの状態なのは二時半からなんですね?」
「そうです。流石にオンシーズンですからね。急な話だったこともあって午後の一部時間帯しか押さえられませんでした。申し訳ないです」
「まあ、決戦も間近だ。一日中遊び倒すわけにも行かないだろうしな。半日でも十分です。ありがとうございます」
タイムリミットを再度確認してくるひなたに申し訳無さそうな態度を取る佐々木。大社の強権を持ってしても数少ない海水浴場を長時間押さえるのは難しかったようだ。二時前までは一般客の利用を止められなかったのだ。だが、若葉も現状を弁えているつもりだ。無理を通してくれた大社の代表として、佐々木に頭を下げてみせる。
「それではスケジュール通り、一般の人達がいなくなってから行動開始ですね」
「そうだな。──────おっ! そろそろ目的地だぞ」
ひなたの言葉に若葉が相槌を打つと、バスは減速し産業道路然とした幅広い道から左折して、小高い丘を目指す二車線道路を走っていった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「なんか、タマが思ってたのと違うな……」
「そうですね。ちょっと違和感。──────あ、いえ! 絶景ですよ! 絶景ですけど、なんだかこれは……」
「ハハハ……。やっぱり初めての人は、そんな感想になるか」
無人となった砂浜に立つ三人。
貴也は、球子に選んでもらった黒一色にオレンジのストライプが入ったボードショーツを身に着けている。
球子は、貴也とお揃いを目指したような、オレンジ一色に黒のストライプの入ったスポーティーなセパレートタイプの水着。
そして杏は、白を基調に七色の水玉模様の入ったキャミソールタイプの水着を着用していた。
この時点で貴也はまだ平常心であった。球子は起伏の少ない幼気な体型であったし、杏は出るところの出ている女の子らしい体型ながら、着ている水着が体型を隠すようなふんわりとしたデザインのものだったからだ。
その女子二人は海岸の風景を見て微妙な表情をしている。そして、その視線は目の前に広がる構造物を捉えていた。
防波堤だ。
それは一見かなり近くにあるように見えるため、なんだか圧迫感があるのだ。
ただ、それを除けば目の前には備讃瀬戸の美しい風景が広がり、まさに絶景と言ってもいい眺めではある。
「ま、遊ぶにはまったく問題無いしな」
「それに内側は波がとても穏やかになっていますしね。安全第一ですよ」
二人から肯定的な意見が返ってきたところで、三人の後ろから声が掛かる。
「びっくりしただろ」
ひなたを引き連れた若葉だった。
「若葉も知ってたのか?」
「ああ。昔、ひなた達と家族一緒に瀬戸大橋記念館に遊びに来たついでにな。ん? 記念館の方がついでか? まあ、どっちでもいいか。貴也も来たことがあるんだな」
「僕の場合は三百年後だけどね。まあ、自然の眺めの方はそう大して変わるものじゃないようだし、防波堤もね……」
そうして眺めを見やった後、改めて若葉たちを見てドキッとする。
若葉は、競泳用と見紛うようなスポーティーなデザインの青と黒のワンピースの水着を着ていた。若葉の鍛えられた美しい体のラインが丸見えで眩しい限りだ。
そして、さらに問題なのはひなただ。ひなたは、あえてボディーラインを強調したようなデザインのパステルピンクのワンピースを着用していた。胸元にリボンをあしらっているのが更に胸を強調するようなデザインになっている。それは思春期の男子には凶悪すぎる武器となっていた。
ただ、なぜか表情には疲れが垣間見える。
貴也は知らないことであるが、昨晩、ひなたは神世紀で貴也と一緒に喫茶店に行ったという少女についていろいろと想像が膨らみすぎ、寝不足気味なのであった。
「みんな、ちょっと速いよー」
そんな声が後ろから響いてくる。
振り返ると丁度友奈が更衣室に使っていたマイクロバスから千景の手を引いて出てきたところだった。
そして、五人のいる場所へと駆けてくる。
その二人の姿がはっきりと視認できたところで、今度こそ貴也は心臓の鼓動をマックスにまで早め、顔を真っ赤にする。
友奈は、花のアクセサリーをふんだんにあしらったピンクのビキニを身に纏っていた。その肌の露出面積は六人の少女たちの中でも飛び抜けて広い。弾けるような健康的な色気を振りまいていた。
だが、貴也の動悸を早めた最大の要因は千景にあった。千景は、赤とピンクの三段フリルのビキニをその身に纏い、腰から下はピンクの花柄のパレオで覆っている。露出度は友奈ほどでははない。だが、普段の私服はモノトーンが多く、勇者装束も彩度の低い赤色の千景である。その少女らしい可愛い装いはギャップを感じさせ、更に千景を可憐な少女に引き立てていた。
「ぐんちゃんが恥ずかしがって、なかなか出てこなかったからさあ」
合流するなり、そう言ってへラッと笑う友奈。千景はその隣でもじもじしているばかりだ。
「そういえば千景の水着姿は初めて見るな。よく似合ってるじゃないか」
「二人とも攻めてますねえ。可愛さ全振りじゃないですか」
「あんずも可愛いぞー。ってか、貴也! いつまでもジロジロ見てんじゃないぞ!」
若葉や杏の賞賛に更に体を縮こませる千景。球子は杏も負けてない事を言いつつ、ジャンプしながら呆然と千景を眺めたままの貴也の頭をはたく。
「いてっ! なにするんだよ、球子!」
「お前、友奈と千景を見すぎなんだよ!」
「あっ、そうか。悪い、友奈、千景……」
頭をさすりながら文句を言うも、球子の言は正しいため、それもそうかと二人に頭を下げる貴也。
そんな貴也を見ながら友奈は満足げな笑みを浮かべる。
『よし。貴也くんもぐんちゃんの魅力にメロメロだあ。──────ゴメンね、ヒナちゃん。でも、私はどちらを選ぶか聞かれたなら、ぐんちゃんをとるから。ぐんちゃんの応援に回るからね』
そして、申し訳なさそうな表情でひなたを見やる。
顔を真っ赤にさせ、千景を見つめている貴也。
その姿に一番ショックを受けていたのは当然のことながらひなただった。
『え!? まさか、貴也さんはおっぱい星人ではないのですか!?』
そうだと信じていればこその、この胸の膨らみを強調した水着なのだ。千景のそれと比べれば圧倒的なボリュームを誇るそれ。なのに、貴也を落とす武器として役立たずとは……
自分の計画がガラガラと音を立てて崩れていく様を幻視する。
ここにきて知識偏重で、男性とのお付き合い経験ゼロであったひなたの策略が机上の空論であったことが露呈してきた。
貴也を意識した最初のきっかけもまずかった。自分の双丘が押し付けられることで、貴也がキョドった行動を見せ始めたことがきっかけだったのだ。その印象はとても強い。ひなたが彼を『おっぱい星人』であると誤解したのも
大体、ひなたの様な美少女の胸の膨らみを直接押し付けられて、それを意識しない男性などほぼいないだろう。だが、それが恋愛感情に直結するかと言われると……
そして実際のところ、貴也にそんなこだわりはあまりなかった。人並みには意識するのだが、それだけだ。そもそも他人の身体的特徴を重視する様な性格ではなかったのだ。
ひなたは気づいていないが、実は貴也の胃袋を掴む作戦も上手くは行っていなかった。
貴也はひなたの料理を美味しいと思っているし、作りに来てくれていることにも感謝していた。だが、それが彼女への恋愛感情を盛り上げていたか? というとそんなことはなかった。むしろ、ひなたの気持ちを見透かす根拠になってしまい、彼を複雑な気持ちに追い込んでいるだけだったのだ。
さらにひなたに追い打ちを欠ける展開が繰り広げられる。
もじもじしながらも千景が自分の格好に対する感想を貴也に求めたのだ。
「貴也くん、ど、どうかしら、この水着……。似合ってるかしら……?」
「あ、ああ、とても似合ってる。とても可愛いよ……」
もはや千景の姿をその目に映すのも恥ずかしいのか、貴也は明後日の方向を向き、真っ赤な顔で頬をポリポリ掻きながら、そう返す。
ひなたには、その二人の姿が恋愛感情クライマックスの恋人同士にさえ映った。
『か、完敗です……。一体、どうしてこんなことに……?』
仲間たちが遊ぶ用意に向かう中、虚ろな瞳で立ち尽くすひなたがそこにいたのだった。
貴也はシートを広げ、パラソルを立てたりしている。
若葉たち水着の少女を見続けているのは目の毒になるため、引率者の佐々木と二人、縁の下の力持ち役を引き受け、彼女たちを先に遊ばせていたのだ。
だが一人、そんな彼らの近くで砂浜に腰を下ろしている少女がいた。
「ひなたは一緒に遊ばないのか?」
「まあ、まずは若葉ちゃんの水着姿を撮り溜めないといけませんからね。フフ……」
ひなたらしい理由が返ってきたが、その後に続く笑いは力の抜けたようなものだ。若葉を写すカメラのシャッター音もパシャリ、パシャリと心なしかいつもの力強さが無い。
不思議に思いながらも最後の荷物であるクーラーボックスを置き、いよいよ遊ぼうかと、荷物運びの間日よけに着ていた白いパーカーをシートの上に脱ぎ捨てる。
「あら? 指輪はつけたままなのですか?」
「ああ。いつバーテックスが襲ってくるか分からないしね。それにプラチナだから海水にも強いだろ?」
「でも、万一海の中に落としたりしたら……。それに砂で傷がつくかもしれませんよ」
「あ、そうか」
「それに若葉ちゃんたちも武器とスマホは佐々木さんに預けているようですし……。そうですよね?」
そう言って佐々木を振り返るひなた。佐々木は別のパラソルの影に荷物台を置き、その上に若葉たちの変身用端末を並べ、さらに武器となる神具をその横に並べていた。
「ええ。いざという時もこうしておけば大丈夫だと思いますよ。荷物番は私がしますし」
「佐々木さんは泳がないの?」
「まさか……。私はこの為に来ているようなものだからね」
貴也の疑問に、そう言ってにこやかに笑う佐々木。
ひなたは貴也に向き直ると、その腕にも視線を投げる。
「それに、そのブレスレット。それなんか錆びてしまうのでは?」
「そうか。ステンレスだけど、流石に海水に浸けるのはマズイか……」
結局、ネックレスにしている変身用の指輪も、園子との思い出の品であるブレスレットも外して佐々木に預ける。
その一連の動作をパシャパシャと写真に取るひなた。
貴也と言葉を交わしたことで、ひなたは少し気持ちが落ち着いてきた。
『まあ、今回のことは仕方がありません。まだ巻き返しのチャンスはいくらでもあるでしょう……』
そう意を強くして、若葉たち遊びの輪の中に駆け出していったのだった。
競泳に、砂遊びに、岩場での生き物観察に、スイカ割りに、ビーチバレー。短時間ながら遊び倒した。
競泳は本職の勇者組に敵わなかった貴也が悔しがり、スイカ割りでは見本を見せようと意気込んだ球子が失敗して貴也を叩いてしまい、土下座で平謝りをした。
ビーチバレーは流石に身体能力の関係でひなたは審判役となり、若葉と貴也、友奈と千景、球子と杏の三チームで総当たり戦を繰り広げた。結果は皆さんのご想像どおりである。
帰り道。既に日は落ち、夕闇が迫っている。
バスの車内ではあちらこちらから寝息が聞こえている。短時間とはいえ、思い切り遊び倒したからだろう。
ひなたはカメラの液晶モニターを覗き込みながら、今日撮り溜めた写真を確認していっていた。
「フフフ……。若葉ちゃんと貴也さんのお宝画像がいっぱい。やっぱり、今日来た甲斐はあったのですね」
ニヤニヤしながら若葉と貴也の水着姿を目に焼き付けていく。
「あら? 一周してしまいました。もう一度、今度は細部までじっくり確認しながら見ていきましょうか」
独り言をブツブツ呟きながら、再度最初から写真を見ていく。
すると、貴也がブレスレットを外している画像のところで引っかかりを覚えた。
「ん? これは何でしょう……?」
画像を拡大して見てみる。ブレスレットの内側に何か彫られているようだ。
画像を最大まで拡大して、その箇所をよく見てみる。
「え……? 『園子&貴』?」
そこまでしか見えなかった。読み取れなかった。
だが、それだけで十分理解できた。
『貴也さんには三百年後に、こんなプレゼントを贈り合うような仲の彼女がいたんですね……』
喫茶店に一緒に行ったことがあるという、彼女らしき人物の話が思い出される。
ショックだった。でも、それは一過性のもので……
『でも今、貴也さんはここにいるんです。三百年後の人に取られるわけがありませんし、そもそも、その人よりも私の想いの方が強いに決まっています!』
ただ、彼の気持ちだけは心配だった。彼の気持ちは、その娘にこそ強く向かっているのではないかと。
『それでも時間を掛けて振り向いてもらえれば、それでいいんです。私は負けません!』
後ろを振り向く。項垂れたような姿勢で眠っている彼の姿を捉えた。
その姿を見ながらひなたは強く誓う。千景にも、三百年後の彼女にも、それこそ誰にも負けないと。
この二日後、この時代最後にして最大の決戦があった。
貴也は三百年後の世界に戻され、ひなたの気持ちも、千景の気持ちも宙ぶらりんとなった。
策士策に溺れるを地で行ったひなたちゃんでした。
ここでもうタイトルの意味がお分かりになったでしょう。ひなた(ちゃんが可哀想にも)ぼっこ(ぼこの憂き目に遭うお話)。
さて、作者は有明浜も沙弥島も行ったことがあります。(お偉いさんの案内のカバン持ちですが)よって沙弥島海水浴場の描写は両者に同日に行った作者の個人的感想になります。決して、貶めているわけではないことをご理解いただきたい。(だって有明浜の方は開放的で気持ちのいい眺めだったんだもの……)
ところでたかしーと千景の水着です。これらはゆゆゆい初期のイベントからまんま持ってきました。作者はゆゆゆいはやっていませんがその気で検索すれば色々出てきますからねえ。この二人の水着は印象に残ったのでそのまま採用。他の人のも目についた画像がモチーフになっています。
ひなただけは策略の内容を鑑みて三次元の画像からピックアップ。でも、書いているうちにどこを参照したのか分からなくなってしまいました。
次回は、このお話の後日談となります。